説明

オキソポルフィリン系電極触媒材料

【課題】白金に代替可能な酸素分子を4電子還元し得る燃料電池用電極触媒材料の提供。
【解決手段】下記一般式(I):


[各Rは、互いに独立して、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基またはフェニル基であり、Mは、MoまたはW。]で表されるオキソポルフィリン系錯体を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オキソポルフィリン系化合物からなる電極触媒材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境負荷の低減がますます重要となってきているが、温室効果ガス、とりわけCO2の排出量が減少する兆しがみえない。特に、車両に起因するCO2の排出割合が非常に大きく、この低減策として燃料電池自動車が有力な打開策と考えられている。
【0003】
しかしながら、燃料電池自動車の商業的普及を達成するためには克服しなければならない問題が多く存在する。その一つが燃料電池本体のコスト低減である。とりわけ、燃料電池の電極触媒として従来使用されている白金(Pt)は、燃料電池のコストを上げる大きな要因となっており、白金の使用量の低減や白金を全く使用しない触媒の開発に関し、産学を問わず、精力的に研究が行なわれている。
【0004】
以下に燃料電池の発電メカニズムの概略を示す。まず、燃料電池の燃料極より水素ガスが供給され、触媒の作用によって水素分子が、水素イオンと電子とに分解される。その後、水素イオンが電解質膜を通過して空気極に到達し、空気極にて触媒の作用により、該水素イオンと、空気極に供給されているO2分子とが反応する。この一連の反応において、電子が燃料極から負荷を経て空気極に到達することにより電力が供給される。
【0005】
このように、空気極において酸素の還元反応が行なわれるが、酸素が4電子還元されると水が生成し(O2+4H++4e- → 2H2O)、酸素が2電子還元されると過酸化水素が生成する(O2+2H++2e- → H22)。酸素の2電子還元により生成した過酸化水素は、燃料電池の電解質膜を分解させ、燃料電池の運転寿命を縮めることになるため、空気極用電極触媒の設計にあたっては、主としてあるいは完全に4電子還元を行なう電極触媒であることが要求される。
【0006】
たとえば、非特許文献1〜4には、コバルトや鉄のポルフィリン二核錯体あるいはポルフィリン多核錯体が、酸素分子を4電子還元し水を生成させることが記載されている。しかし、これらの二核錯体や多核錯体の製造には、多くのプロセスを要するという欠点がある。また、コバルトポルフィリン等の単核錯体は、酸素分子を4電子還元ではなく、2電子還元し、過酸化水素を生成するため上記問題を有する。
【非特許文献1】B.Steiger,F.C.Anson,Inorg.Chem.33,5767(1994)
【非特許文献2】M.Yuasa,B.Steiger,F.C.Anson,J.Porphyrins Phthalocyanines,1,180(1997)
【非特許文献3】C.J.Chang,Z−H Loh,C Shi,F.C.Anson,D.G.Nocera,J.Am.Chem.Soc.126,10013(2004)
【非特許文献4】S.Fukuzumi,K.Okamoto,C.P.Gros,R Guilard,J.Am.Chem.Soc.126,10441(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、白金を使用しない、白金に代替可能な燃料電池用電極触媒材料であって、酸素分子を4電子還元し得る電極触媒材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、特定金属のオキソポルフィリン錯体(以下、オキソ金属ポルフィリンとも称する)を電極触媒として用いることにより当該課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0009】
本発明は、下記一般式(I):
【0010】
【化1】

【0011】
[式中、各Rは、互いに独立して、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基または置換基を有していてもよいフェニル基であり、Mは、モリブデン原子(Mo)またはタングステン原子(W)である。]
で表されるオキソポルフィリン系錯体からなる燃料電池用電極触媒材料を提供する。
【0012】
本発明の電極触媒材料は、固体高分子型燃料電池における空気極の電極触媒として好適に用いることができる。
【0013】
上記一般式(I)における各Rは、水素原子(H)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、白金触媒に代替可能な新規な電極触媒材料が提供され、本発明に係る電極触媒材料を燃料電池に用いることにより、燃料電池のコストを大幅に削減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の電極触媒材料は、下記一般式(I):
【0016】
【化2】

【0017】
で表されるオキソポルフィリン系錯体からなる。
上記一般式(I)中の各Rは、互いに独立して、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基または置換基を有していてもよいフェニル基であり、Mは、モリブデン原子(Mo)またはタングステン原子(W)である。これらの中でも、Rがすべて水素原子(H)であるオキソ金属ポルフィリンMO(por)が好ましい。ここで、porは、Rのすべてが水素原子(H)であるポルフィリン環を意味する。また、金属原子Mは、モリブデン原子(Mo)またはタングステン原子(W)のいずれでもよいが、4電子還元性(4電子還元のしやすさ)を考慮すると、モリブデン原子(Mo)であることが好ましい。金属原子Mが、たとえば、チタン(Ti)、バナジウム(V)またはクロム(Cr)である場合には、酸素分子はオキソポルフィリン錯体と反応しないため、固体高分子型燃料電池における空気極の電極触媒として使用することが困難である。
【0018】
置換基Rの具体例としては、たとえばメチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基等の脂肪族アルキル基;フェニル基、o−、m−、p−トリル基、メシチル基(2,4,6−トリメチルフェニル基)等の、置換もしくは非置換の芳香族基を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。このような置換基を有するポルフィリン環としては、たとえば5,10,15,20−テトラ−p−トリルポルフィリン(ttp)、2,3,7,8,12,13,17,18−オクタエチルポルフィリン(oep)、5,10,15,20−テトラフェニルポルフィリン(tpp)、5,10,15,20−テトラメシチルポルフィリン(tmp)などを挙げることができる。
【0019】
本発明に係るオキソポルフィリン系錯体(オキソ金属ポルフィリン)は、従来公知の方法により製造することができる。たとえば、ポルフィリン環が5,10,15,20−テトラ−p−トリルポルフィリン(ttp)であり、金属原子がMoであるMoO(ttp)は、T.Diebold,B.Cheverier,R.Weiss,Inorg.Chem.18,1193(1979)に記載の方法を用いて製造することができる。MoO(por)、MoO(tpp)、MoO(tmp)、WO(por)等の他のオキソポルフィリン系錯体についても同様の方法で製造することができる。
【0020】
本発明に係るオキソポルフィリン系錯体(オキソ金属ポルフィリン)を燃料電池空気極の触媒材料として用いる場合、空気極触媒層は、従来公知の方法で作製することができる。典型的には、導電性担体に通常の方法により本発明のオキソ金属ポルフィリンを担持することにより形成される。たとえば、本発明のオキソ金属ポルフィリンを含むスラリーやペースト、懸濁液を調製し、それに導電性担体を浸漬するか、または上記スラリーやペーストを担体に塗布し、それを乾燥することにより本発明の空気極触媒層を形成することができる。スラリー、ペーストまたは懸濁液の溶媒としては、クロロホルム、テトラクロロエタン等のハロゲン化炭化水素溶媒やアセトニトリル、テトラヒドロフラン、単環式芳香族炭化水素溶媒(たとえば、ベンゼン、トルエン)、C1-6の低級アルコール(たとえば、プロパノール、ブタノール)等を挙げることができる。
【0021】
導電性担体としては特に限定されるものではなく、たとえば、カーボンブラック、黒鉛、炭素繊維、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー等の炭素材料を用いることができる。また、導電性担体は、単位重量当たりの表面積が大きいという理由から粉末状であることが望ましい。
【0022】
本発明に係るオキソポルフィリン系錯体(オキソ金属ポルフィリン)は、燃料電池用の電極触媒として好適に用いることができる。特に、酸素還元能を有し、酸素を4電子還元し得ることから、固体高分子型燃料電池における空気極の電極触媒として好適に用いることができる。
【0023】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0024】
<実施例1>
(密度汎関数理論による第一原理計算を用いた酸素還元性能の評価)
MoO(por)およびWoO(por)の2つのオキソ金属ポルフィリンについて、密度汎関数理論による第一原理計算を用いて、O2分子との相互作用を調べた。また、これらの結果を、TiO(por)、VO(por)およびCrO(por)と比較した。
【0025】
(1)計算方法
密度汎関数理論による第一原理計算は、Vienna ab initio simulation package(VASP)を用いて実施した(G.Kresse and J.Hafner,Phys.Rev.B47,558(1993);G.Kresse and J.Hafner,Phys.Rev.B49,14251(1994);G.Kresse and J.Furthmuller,Comput.Mater.Sci.6,15(1996);G.Kresse and J.Furthmuller,Phys.Rev.B54,11169(1996)を参照)。各電子のポテンシャルは、Vanderbiltのウルトラソフト擬ポテンシャルを用いた(D.Vanderbilt,Phys.Rev.B41,7892(1990)およびG.Kresse and J.Hafner,J.Phys.Condens.Matter 6,8245(1994)を参照)。
【0026】
また、金属原子であるMo、W、Cr、TiおよびVの擬ポテンシャルについては、価電子軌道のd軌道に加えてp軌道も考慮した。平面波基底のカットオフエネルギーは、400eVとした。交換・相関得エネルギーについては、一般化勾配近似(GGA)の中でPerdew−Burke−Ernzerhof(PBE)を用いた(J.P.Perdew,K.Burke,M.Ernzerhof:Phys.Rev.Lett.77,3865(1996)およびJ.P.Perdew,K.Burke,M.Ernzerhof:Phys.Rev.Lett.78,1396(1997)を参照)。
【0027】
スーパーセル内のポルフィリン錯体のすべての原子について全エネルギーに対する構造最適化計算を実行し、その手法は、共役勾配法(CG)を用いて計算された(M.P.Teter,M.C.Payne,D.C.Allan:Phys.Rev.B40,12255(1989)およびD.M.Bylander,L.Kleinman,S.Lee:Phys.Rev.B42,1394(1990)を参照)。用いたスーパーセルの大きさは、20Å×20Å×20Åであり、オキソ金属ポルフィリンおよび酸素分子が吸着したオキソ金属ポルフィリンが、隣のスーパーセルのオキソ金属ポルフィリン(または酸素分子が吸着したオキソ金属ポルフィリン)と影響を及ぼしあわないような十分大きなものを選んだ。また、真空中の孤立した分子における全エネルギーに修正するために、全エネルギーに対する双極子、四重極子補正を行なった(G.Makov,M.C.Payne,Phys.Rev.B51,4014(1995)を参照)。
【0028】
(2)計算結果およびその評価
図1は、上記計算結果に基づく、オキソ金属ポルフィリンの構造を示す模式図であり、MoO(por)、WoO(por)、TiO(por)、VO(por)およびCrO(por)について、全エネルギーが最小になるときの構造最適化されたオキソ金属ポルフィリンの構造を示すものである。図1(a)は、該オキソ金属ポルフィリンを真上からみたものであり、図1(b)は横からみたものである。ここで、Mは、オキソ金属ポルフィリンを構成する金属原子(Mo、W、Ti、VまたはCr原子)を示し、ポルフィリン環の中央に位置する。N1、N2、N3およびN4は、ポルフィリン環を構成する窒素原子を表し、O1は、上記金属原子Mに配位する酸素原子を表す。また、ポルフィリン環の外周に位置する最も小さい球は水素原子を表し、それ以外の白い球は炭素原子を表す。
【0029】
また、これらオキソ金属ポルフィリンの構造最適化後の分子構造パラメータを表1に示す。表1中、「∠O1−M−N1〜N4」は、O1と金属原子MとN1〜N4とがなす角度(°)であり、「M−Np距離」は、N1、N2、N3、N4のうち3つのN原子から作成できる平面と金属原子Mとの平均距離である。
【0030】
【表1】

【0031】
TiO(por)、VO(por)およびCrO(por)についてみてみると、周期表を右に進むにつれて、M−O1、M−N1〜N4およびM−Npが短くなっている。この傾向は、Mの原子半径の違いに起因するものである。すなわち、Ti、V、Crの原子半径は、それぞれ1.47Å、1.32Å、1.25Åであり、周期表を右に進むにしたがって原子半径が小さくなる。これにより金属原子Mとの結合距離も周期表を右に進むにしたがって短くなるものと考えられる。
【0032】
次に、CrO(por)、MoO(por)およびWO(por)についてみてみると、CrO(por)におけるM−O1、M−N1〜N4は、MoO(por)およびWO(por)のそれと比較して短い。また、MoO(por)とWO(por)とを比較すると、M−O1、M−N1〜N4にほとんど差がないことがわかる。この傾向もまた、Crの原子半径(1.25Å)が、Moの原子半径1.36ÅおよびWの原子半径1.37Åより短いこと、ならびにMo原子半径とW原子半径にほとんど差がないことから理解することができる。
【0033】
図2および図3は、上記計算結果に基づく、オキソ金属ポルフィリンにO2分子が吸着した錯体の構造を示す模式図であり、MoO(por)、WoO(por)、TiO(por)、VO(por)およびCrO(por)について、全エネルギーが最小になるときの構造最適化されたオキソ金属ポルフィリンの構造を示すものである。ここで、図2は、O2分子中の両酸素原子が金属原子Mと結合する「サイド・オン配位」する場合における最適化構造であり、図3は、O2分子中の一方の酸素原子が金属原子Mと結合する「エンド・オン配位」する場合における最適化構造である。また、図2(a)および図3(a)は、酸素分子が吸着したオキソ金属ポルフィリンを真上からみたものであり、図2(b)および図3(b)は横からみたものである。これら図中における球の意味は図1と同様である。図2および図3におけるO2およびO3は、吸着した酸素分子中の酸素原子を表す。
【0034】
また、「サイド・オン配位」および「エンド・オン配位」それぞれの場合について、これらオキソ金属ポルフィリンに酸素分子が吸着する際の吸着エネルギー(すなわち、酸素分子の結合エネルギー)を表2に示す。表2中、「−」は、安定な構造も準安定な構造も見つけることができず、酸素分子がオキソ金属ポルフィリンから離れていったことを意味する。
【0035】
【表2】

【0036】
計算結果より、MoO(por)(O2)およびWO(por)(O2)の結合エネルギーは、サイド・オン配位において正の値である一方、エンド・オン配位では負の値であるか、あるいはサイド・オン配位と比較してより低い正の値であり、両オキソ金属ポルフィリンは、O2分子が吸着する際、サイド・オン配位をとることがわかった。また、サイド・オン配位におけるMoO(por)(O2)およびWO(por)(O2)の結合エネルギーは、それぞれ0.611eV、1.400eVと十分に高い正の値であり、O2分子の吸着反応は十分進行すると考えられる。一方、TiO(por)(O2)、VO(por)(O2)およびCrO(por)(O2)の結合エネルギーは、サイド・オン配位、エンド・オン配位のいずれの場合でも、負の値であるか、あるいは不安定(酸素分子がオキソ金属ポルフィリンから離れていく)という結果から、これらのオキソ金属ポルフィリンへの酸素分子の吸着反応はほとんど進行しないと考えられる。
【0037】
また、結合エネルギーの大きさから、MoO(por)(O2)よりWO(por)(O2)の方が、O2分子の吸着によって、より安定化することがわかる。
【0038】
上記計算結果に基づく、MoO(por)(O2)およびWO(por)(O2)のサイド・オン配位における分子構造パラメータを表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
MoO(por)(O2)についてみてみると、Mo−N1の結合はオキソ配位子(すなわち、O1)によって、Mo−N3の結合は、パーオキソ配位子(すなわち、O2およびO3からなる吸着した酸素分子)によって隠れるような立体配置をとっている(図2参照)。また、これらの結合は、Mo−N2やMo−N4の結合よりわずかに長いことがわかった。Mo−O2とMo−O3の結合距離は完全に等しく、両結合はMo−O1結合より長い。さらに、O2−O3結合距離は1.42Åであり、該結合長は、気体O2分子の酸素原子間の結合長よりかなり長いため、O2−O3結合は解裂しかけていると考えられる。また、MoO(por)と比較すると、O2分子による吸引のため、Mo原子は約0.40Å程度N原子平面より上に突出している。
【0041】
次に、WO(por)(O2)についてみてみると、MoO(por)(O2)と同様にW−N1の結合はオキソ配位子(すなわち、O1)によって、W−N3の結合は、パーオキソ配位子(すなわち、O2およびO3からなる吸着した酸素分子)によって隠れるような立体配置をとっている(図2参照)。また、これらの結合は、W−N2やW−N4の結合よりわずかに長いことがわかった。W−O2とW−O3の結合距離は完全に等しく、両結合はW−O1結合より長い。さらに、O2−O3結合距離は1.45Åであり、O2−O3結合は解裂しかけていると考えられる。また、WO(por)と比較すると、O2分子による吸引のため、W原子は約0.44Å程度N原子平面より上に突出している。上記MoO(por)(O2)におけるO2−O3結合距離1.42ÅおよびWO(por)(O2)におけるO2−O3結合距離1.45Åは、TiO(por)(O2)、VO(por)(O2)、CrO(por)(O2)のO2−O3結合距離(それぞれ、1.33、1.30、1.37Å)と比較して長い。
【0042】
MoO(por)(O2)およびWO(por)(O2)に関する上記分子構造パラメータの計算結果は、WO(por)の分子構造パラメータの計算結果がMoO(por)のものとほとんど変わらないという結果と同様に、WO(por)(O2)の分子構造パラメータの計算結果がMoO(por)(O2)のものと変わらないことを意味するものである。このこともまた、WとMoの原子半径の類似性に起因すると考えられる。
【0043】
以上のように、第一原理計算により、MoO(por)(O2)とWO(por)(O2)との分子構造パラメータ非常に似通っていることがわかったが、当該計算により、オキソ金属ポルフィリンに酸素分子が吸着する際の吸着エネルギーは、MoO(por)とWO(por)との間で差異があることもわかった(MoO(por):0.611eV、とWO(por):1.400eV、いずれもサイド・オン配位)。このような吸着エネルギーの差異は、MoO(por)とWO(por)のHOMO、すなわち、金属原子Mのd軌道と、O2分子のπ*軌道との間のエネルギー差の違いによって定性的に説明することができる。
【0044】
図4は、左から順にMoO(por)、MoO(por)(O2)、O2分子に対する分子軌道エネルギーダイアグラムおよび価電子密度図を示す模式図である。エネルギーは、真空位置から目盛られている。また、各分子について左側の分子軌道は、α−スピンの電子によるものであり、右側の分子軌道は、β−スピンの電子によるものである。各電子密度は、0.003電子数/Å3の等電子密度表面で描かれている。
【0045】
電子密度をみてみると、MoO(por)の2つのHOMOは、主にMo原子のd軌道から作られており、MoO(por)(O2)の2つのHOMOは、主に吸着したO2分子のπ*軌道(反結合性軌道)から作られていることがわかる。このことから、O2分子の吸着により電子がMoO(por)からO2分子に遷移し、遷移した電子はO2分子のπ*軌道を占め、その結果、O2分子中のO2−O3結合を弱めることがわかる。したがって、O2分子中のO2−O3結合は、吸着によって長くなる。一方、Mo原子のd軌道から、元々MoO(por)に存在していたO1原子への電子の遷移はほとんどない。
【0046】
MoO(por)とMoO(por)(O2)のα(β)−HOMO−1はほとんど同じであり、また、MoO(por)とMoO(por)(O2)のα(β)−HOMO−2もほとんど同じである。非常に少ないO2分子の電子がMoO(por)(O2)のα(β)−HOMO−1およびα(β)−HOMO−2に確認できるが、たいていの電子は、MoO(por)のポルフィリン環の周りに滞在している。これらの結果は、MoO(por)上へのO2分子の吸着の間に、Mo原子のd軌道の電子が吸着するO2分子のπ*軌道に遷移していることを意味するといえる。
【0047】
また、MoO(por)のα−HOMOとβ−HOMOのエネルギー差は、約0.365eVであり、MoO(por)(O2)のα−HOMOとβ−HOMOのエネルギー差は、約0.099eVであることから、α−HOMOは、O2分子の吸着により、約0.924eV安定化し、β−HOMOは約1.190eV安定化することがわかった。
【0048】
図5は、左から順にWO(por)、WO(por)(O2)、O2分子に対する分子軌道エネルギーダイアグラムおよび価電子密度図を示す模式図である。エネルギーは、真空位置から目盛られている。また、各分子について左側の分子軌道は、α−スピンの電子によるものであり、右側の分子軌道は、β−スピンの電子によるものである。各電子密度は、0.003電子数/Å3の等電子密度表面で描かれている。
【0049】
価電子密度に関しては、金属原子がMoの場合とほとんど同じであった。したがって、WO(por)上へのO2分子の吸着の間に、W原子のd軌道の電子が吸着するO2分子のπ*軌道に遷移しているといえる。
【0050】
各軌道のエネルギーについてみてみると、WO(por)のα−HOMOとβ−HOMOのエネルギー差はほとんどないが、WO(por)(O2)のα−HOMOとβ−HOMOのエネルギー差は、約0.096eVであることがわかった。上記Moの場合と比較すると、MoO(por)はもともとWO(por)より安定なα−HOMOを有しているので、O2分子の吸着によって、WO(por)ほど安定になることができないことがわかる。すなわち、O2分子の吸着により、MoO(por)と比較してWO(por)の方が、より安定な生成物を生成する。
【0051】
以上まとめると、密度汎関数理論による第一原理計算により、以下のことが明らかになった。
(A)本発明に係るMoO(por)およびWO(por)は、O2分子と反応する一方、TiO(por)、VO(por)およびCrO(por)はO2分子と反応しない。
(B)MoO(por)およびWO(por)へのO2分子の吸着により、該O2分子中のO2原子−O3原子間の結合距離を伸長させる。
(C)WO(por)におけるO2分子との吸着エネルギー(1.400eV)は、WO(por)のそれ(0.611eV)と比較して約2倍であり、W原子とO2分子中のO原子との間の結合は、Mo原子と比較して強い。このことは、これらオキソ金属ポルフィリンのHOMOと吸着するO2分子のπ*軌道との間のエネルギー差によって説明することができる。すなわち、WO(por)ではα−HOMOとβ−HOMOのエネルギーレベルがほとんど等しいが、MoO(por)ではα−HOMOのエネルギーレベルがβ−HOMOより低い。したがって、WO(por)は、O2分子の吸着によってMoO(por)と比較して、より安定化される。
【0052】
上記計算結果より、本発明に係るMoO(por)およびWO(por)は、O2分子と反応することができ、反応したO2分子中のO原子間の結合を伸長させる、すなわち弱める機能、を有するものである。上記表3に示したように、本発明に係るMoO(por)およびWO(por)を用いた場合、吸着した酸素分子のO−O結合は、それぞれ1.42Å、1.45Åまで伸長する。燃料電池の空気極の触媒に白金を使用した場合、吸着した酸素分子のO−O結合距離が約1.4〜1.5Åまで伸びると水素イオンと結合することが知られていることから、このような機能を有するMoO(por)およびWO(por)は、燃料電池用の電極触媒材料、特には固体高分子型燃料電池における空気極の電極触媒材料として好適に使用することができる。特に、MoO(por)は、WO(por)と比較してO2分子との吸着エネルギーがより低いことから、次に起こる水素イオンおよび電子との反応による水の生成をより有利に行なえると考えられることから、4電子還元可能な電極触媒材料として好適に使用することが可能である。
【0053】
なお、上記計算は、ポルフィリン環が置換基を有さない場合についてのもの(すなわちpor)であるが、上述のように本発明の電極触媒材料は、これに限定されるものではなく、たとえばポルフィリン環が5,10,15,20−テトラ−p−トリルポルフィリン(ttp)、2,3,7,8,12,13,17,18−オクタエチルポルフィリン(oep)、5,10,15,20−テトラフェニルポルフィリン(tpp)、5,10,15,20−テトラメシチルポルフィリン(tmp)などであってもよい。これらのような置換基を有するポルフィリン環であっても、これらの置換基は、ポルフィリン環の外側に位置するため、オキソ金属ポルフィリンに酸素分子が吸着する際の配位形態に影響を与えないと考えられることからから、同様の計算結果が得られると考えられる。
【0054】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】密度汎関数理論による第一原理計算結果に基づく、オキソ金属ポルフィリンの構造を示す模式図である。
【図2】密度汎関数理論による第一原理計算結果に基づく、オキソ金属ポルフィリンにO2分子がサイド・オン配位で吸着した錯体の構造を示す模式図である。
【図3】密度汎関数理論による第一原理計算結果に基づく、オキソ金属ポルフィリンにO2分子がエンド・オン配位で吸着した錯体の構造を示す模式図である。
【図4】左から順にMoO(por)、MoO(por)(O2)、O2分子に対する分子軌道エネルギーダイアグラムおよび価電子密度図を示す模式図である。
【図5】左から順にWO(por)、WO(por)(O2)、O2分子に対する分子軌道エネルギーダイアグラムおよび価電子密度図を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】

[式中、各Rは、互いに独立して、水素原子、炭素数1〜6のアルキル基または置換基を有していてもよいフェニル基であり、Mは、モリブデン原子(Mo)またはタングステン原子(W)である。]
で表されるオキソポルフィリン系錯体からなる燃料電池用電極触媒材料。
【請求項2】
固体高分子型燃料電池における空気極の電極触媒に用いられる請求項1に記載の電極触媒材料。
【請求項3】
上記一般式(I)における各Rは、水素原子(H)である、請求項1または2に記載の電極触媒材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−221083(P2008−221083A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−60672(P2007−60672)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年10月17日 http://www.jstage.jst.go.jp/article/ejssnt/4/0/630/_pdf、http://www.jstage.jst.go.jp/article/ejssnt/4/0/4_630/_articleおよびhttp://www.jstage.jst.go.jp/browse/ejssnt/4/0/_contents/−char/ja/を通じて発表
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】