説明

オリゴ糖、その製造方法、及びその用途

【課題】安全性が高く、医薬品、飲食品、飼料等への使用が可能な、安定性に優れたα−グルコシダーゼ阻害活性を有する新規オリゴ糖、その製造方法、それを含有するα−グルコシダーゼ阻害剤を提供すること。
【解決手段】新規なα−D−グルコピラノシル−(1→4)−[β−D−グルコピラノシル−(1→6)]−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−D−グルコピラノシドで代表されるオリゴ糖、及びそれを含有するα−グルコシダーゼ阻害剤、並びに焙焼デキストリンを酸で加水分解し、さらにα−アミラーゼ、次いでグルコアミラーゼで消化して得られる分解物から、特定のオリゴ糖を採取するオリゴ糖の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規オリゴ糖、その製造方法、及びその用途に関し、さらに詳細にはα−グルコシダーゼ阻害活性を有する新規なオリゴ糖、その製造方法、それを含有するα−グルコシダーゼ阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
α−グルコシダーゼ阻害剤は、食後の急激な血糖上昇を抑制する作用があることから、高血糖に起因する糖尿病、肥満症等の生活習慣病の予防、治療に有用であるとして注目されている。その作用機序は、経口摂取された飲食品中のシュクロース、マルトース、イソマルトース等の二糖類を単糖に分解するα−グルコシダーゼ活性を阻害し、二糖類の単糖への分解を抑制して単糖の腸管からの吸収を遅延させることにある。
α−グルコシダーゼ阻害剤として、これまでにボグリボース(Voglibose)、アカルボース(Acarbose)等が知られている。これらの化合物は動物試験や臨床試験において食後の血糖値上昇抑制効果が確認されており、抗糖尿病作用、抗肥満作用も確認され(非特許文献1)、糖尿病治療薬として使用されている。
しかしながら、これらの化合物は、α−グルコシダーゼ阻害活性は非常に強いものの、本来生体に対して異物であり、その安全性については懸念が残されており、使用上の厳密な制限がある。
【0003】
医薬品として投与されるα−グルコシダーゼ阻害剤に対して、阻害作用は緩慢であるが、副作用がほとんど無く、主として食品用に使用される天然物由来の糖質関連物質として、例えばL−アラビノースやD−キシロース等の糖類や、糖アルコール類、ヌクレオチド及びその構成成分等が知られている(特許文献1〜3)。また、糖誘導体としてのα−メチル−D−キシロシドを有効成分とするα−グルコシダーゼ阻害剤も開示されている(特許文献4)。
L−アラビノースやD−キシロース等の糖類は還元性の単糖であるが、甘味料として使用する場合は着色しやすいという問題がある。糖アルコールは阻害活性が弱く、多量に使用すると下痢などの症状を伴うことがある。ヌクレオチド類も活性が弱く、味質の面でも問題がある。また、α−メチルキシロシドは、安全性についての検証が必要である。
一方、澱粉由来で、適度のα−グルコシダーゼ阻害活性を有するオリゴ糖については知られていない。
【0004】
【特許文献1】特開平6−65080号公報
【特許文献2】特開平8−23973号公報
【特許文献3】特開平8−289783号公報
【特許文献4】特開平11−286449号公報
【非特許文献1】日本農芸化学会誌、第63巻、第217ページ、1989年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、新規なオリゴ糖を提供することである。
本発明の他の目的は、安全性が高く、医薬品、飲食品、飼料等への使用が可能な、安定性に優れたα−グルコシダーゼ阻害活性を有する新規オリゴ糖を提供することである。
本発明のさらに他の目的は新規オリゴ糖を含有するα−グルコシダーゼ阻害剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、澱粉を焙焼して得られる焙焼デキストリンを、酸加水分解し、次いでα−アミラーゼ及びグルコアミラーゼ消化して得られる低分子オリゴ糖画分がα−グルコシダーゼ阻害活性を有することを見出し、その中から比較的高含量で適度のα−グルコシダーゼ阻害活性を有する新規なオリゴ糖を単離してその構造を決定した。本発明はこのような知見に基づいてなされたものである。
すなわち、本発明は、以下に示すオリゴ糖及びその製造方法を提供するものである。
1.下記式(I)で表されるオリゴ糖。

(式中、R1及びR2は、独立して水素原子又はグルコース残基を表すが、同時に水素原子であることはない。)
2.下記式(II)で表される、上記1に記載のオリゴ糖。

3.上記1又は2に記載のオリゴ糖を含む、α−グルコシダーゼ阻害剤。
4.焙焼デキストリンを酸で加水分解し、次いでα−アミラーゼ及びグルコアミラーゼで消化して得られる分解物から、上記1又は2に記載のオリゴ糖を採取することを特徴とする、上記1又は2に記載のオリゴ糖の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明のオリゴ糖は、澱粉由来の安全性の高い、低分子で非消化性の化合物であり、α−グルコシダーゼ阻害活性を有する。本発明のオリゴ糖を含有するα−グルコシダーゼ阻害剤は、食後血糖値の急激な上昇を抑制し、過血糖を主体とする糖尿病の予防や治療、肥満の予防や抑制を意図した、医薬品、飲食品、飼料、ペットフード等への広範な利用が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の式(II)で表されるオリゴ糖は、マルトトリオースの中央のグルコース残基にグルコースがβ−1,6結合で結合した4糖骨格を有する新規オリゴ糖である。
本発明のオリゴ糖は、各種糖質分解酵素に対して耐性で、α−グルコシダーゼ阻害活性を有することを特徴とする。
【0009】
本発明において、α−グルコシダーゼとは、シュクロースをグルコースと果糖に分解するシュクラーゼ(インベルターゼともいう)及びマルトースをグルコースに分解するマルターゼのことをいう。
シュクラーゼ阻害活性及びマルターゼ阻害活性は、例えば次のようにして測定することができる。市販のラット小腸粘膜酵素のアセトンパウダーをマレイン酸バッファー中で均質化し、その遠心上清を酵素液とする。基質(シュクロース又はマルトース)及び試料とともにそれぞれ37℃で反応を行い、生成するグルコースを経時的に測定してその生成速度を求め、下記式により、各酵素に対する阻害活性を算出する。
阻害活性(%)=100x{A−(B−C)}/A
ただし、
A:試料を含まない反応系におけるグルコース生成速度
B:試料を含む反応系におけるグルコース生成速度
C:基質を含まない反応系におけるグルコース生成速度
【0010】
本発明のオリゴ糖の製造方法に限定はなく、化学合成、酵素的合成又はそれらを組合わせた合成、あるいは焙焼デキストリンの加水分解物からの抽出等の方法から適宜選択することができるが、例えば次のようにして製造することができる。
まず、澱粉を鉱酸(例えば、塩酸、硫酸、硝酸)の存在下で常法により焙焼して焙焼デキストリンを得る。これを例えば、0.35%シュウ酸存在下、120〜140℃で15〜30分間加水分解して、平均糖鎖長が4〜8のα−グルコシダーゼ阻害活性を有する分解物を得る。
次いで、α−アミラーゼ及びグルコアミラーゼ消化を行って大部分の消化性糖残基を単糖に分解する。得られた酵素消化物を脱色、脱塩、濃縮を行った後、ポリスチレン製強酸性イオン交換樹脂のカラムに通して生成した単糖の大部分を除去し、平均糖鎖長が3〜5のα−グルコシダーゼ阻害活性を有する分解物を得る。これをルーズ逆浸透膜により分子量分画を行い、α−グルコシダーゼ阻害活性の高い低分子画分を得る。さらに分取逆相クロマトグラフィーを行って本発明のオリゴ糖を単離する。
このようにして単離されたオリゴ糖は、メチル化分析およびNMR測定によりその構造を決定する。
【0011】
本発明のオリゴ糖は、水溶性の無味無臭白色粉末であり、各種消化酵素に耐性の、安定性及び安全性に優れた澱粉由来のα−グルコシダーゼ阻害剤として、過血糖症の予防及び治療を目的とした医薬品(例えば抗糖尿病薬及び抗肥満薬)、食後の血糖上昇抑制を目的とした各種飲食品、飼料、あるいはペットフード等への用途が可能である。
【0012】
本発明のオリゴ糖を医薬品として使用する場合、投与形態としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤等による経口投与、又は注射剤等の非経口投与をあげることができる。これらの各種製剤は、常法に従って、賦形剤、結合剤、崩壊剤、潤沢剤、溶解補助剤、コーティング剤等の既知の医薬製剤技術分野で通常使用可能な補助剤を用いて製剤化することができる。その使用量は、症状、年齢、体重、投与方法及び剤形等によって異なるが、通常は成人に対して一日0.1g〜5gを一回又は数回に分けて投与することが好ましい。
本発明のオリゴ糖を飲食品、飼料として使用する場合は、飲食品、飼料中に本発明のオリゴ糖を0.1質量%以上含有していれば、その形態にとくに制限されることは無く、飲料、固形食品、半流動食品、ゲル状食品等、あらゆる食品、飼料形態に加工することが可能である。飲食品、飼料の風味等を妨げない限り上限は特に限定されないが、通常は、飲食品、飼料中、10質量%以下が好ましい。
【実施例】
【0013】
以下に実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、実施例によって本発明が限定されるものではない。
実施例1(オリゴ糖の単離)
焙焼デキストリン20質量部を酸(シュウ酸を焙焼デキストリン100質量部に対して0.35質量部)により125℃で30分間加水分解し、次いでα−アミラーゼ(ターマミル120L、ノボザイム社)を焙焼デキストリン100質量部に対して0.2質量部加え、pH6.0で60℃、60分間作用させ、次いでpHを4.5に調整し、グルコアミラーゼ(グルクザイムNL−4(天野エンザイム)を焙焼デキストリン100質量部に対して0.1質量部加え、55℃、24時間加水分解した。
得られた加水分解物の平均重合度は3.5、食物繊維量は38〜45質量%であった。
【0014】
なお、平均重合度はグルコースを標準としてSomogyi−Nelson法で還元糖を、Phenol−硫酸法で全糖を測定し(「還元糖の定量法」、学会出版センター1990年10月25日発行の9〜11頁及び50〜52頁)、次式により算出した。
平均重合度 =全糖(質量%)÷還元糖(質量%)
また、食物繊維量は、衛新13号(栄養表示基準における栄養成分等の分析方法等について)(「新開発食品ハンドブック」、中央法規出版(株)平成11年9月25日発行の415〜423頁)に記載されている高速液体クロマトグラフ法(酵素‐HPLC法)により測定した。
【0015】
この加水分解物12.5kgを水50kgに溶解し、擬似移動床クロマトグラフィー(樹脂:CR1320Na型、オルガノ社製、11Lを充填したもの)に通し、大部分のグルコースを除去した組成物(平均重合度5.3、食物繊維量90質量%)5.1kgを得た。その一部をスルホン化ポリエーテルスルホン系ルーズRO膜NTR7450(食塩の阻止率50%、日東電工)で分画を行い、その膜透過液を全芳香族ポリアミド系ルーズRO膜NTR759(阻止率99.5%、日東電工)にてさらに分画を行い、濃縮液(固形分1.8g)を得た。得られた濃縮液を、ODSカラム:SP−120−5−ODS−BP、20mmI.D.×250mmL(ダイソー(株)、溶出:蒸留水、カラム温度:室温、流速:3ml/min、検出:示差屈折計)を用いる逆相高速液体クロマトグラフィーによってさまざまなオリゴ糖を単離し、その中でマルターゼに対する阻害活性の高いオリゴ糖23.9mgを得た(図1)。
【0016】
実施例2(オリゴ糖の構造解析)
実施例1で得られたオリゴ糖を、メチル化分析およびNMR解析により構造解析を行なった。
メチル化分析はCiucanuらの方法に従った。すなわち、オリゴ糖のすべての水酸基をメチル化し、次いで酸加水分解して部分メチル化単糖とした。これを還元して糖アルコールとし、次いでアセチル化して部分メチル化アルジトールアセテートを得た。これを試料にして、キャピラリーカラムDB−225(J&W Scientifics)を用いてGC−MSにより分析した結果、1,5−ジ−O−アセチル−2,3,4,6−テトラ−O−メチルへキシトール(図2のピークA)と1,4,5,6−テトラ−O−アセチル−2,3−ジ−O−メチルへキシトール(図2のピークB)が2:1で検出された(図2)。
NMR解析は、COSY、HOHAHA、HSQC、HMBCの2次元NMRを測定した(図3−6)。その結果から得られたケミカルシフトを表1に示す。
【0017】
【表1】

*ND:not determined

メチル化分析及びNMR分析の結果から、実施例1で得られたオリゴ糖は、式(II)で表される、新規なα−D−グルコピラノシル−(1→4)−[β−D−グルコピラノシル−(1→6)]−α−D−グルコピラノシル−(1→4)−D−グルコピラノシドであると決定した。
【0018】
実施例3(オリゴ糖のマルターゼ阻害活性)
市販ラット小腸粘膜酵素アセトンパウダー(シグマ)を0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.0)で懸濁(15g/100ml)し、ホモジナイズした後、3000rpmで30分遠心分離し、その上清を粗酵素液とした。基質としてマルトースを0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.0)に溶解し、0.1Mの溶液を調製した。また被検物質も0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.0)に溶解し、1.2%の溶液を調製した。
反応液の組成は0.1Mマレイン酸バッファー(pH6.0)464μL、マルトース溶液36μL、各被検液50μLおよび8倍希釈した粗酵素液50μLを混合し、計0.6mLとした。
反応は、37℃で行い、反応時間1、10、20分で反応溶液150μLを0.5M過塩素酸50μLと混合して反応を停止し、酵素反応で生成したグルコース量をグルコースCIIテストワコー(和光純薬社製)を用いて測定した。各反応でのグルコース量の経時変化から1分当たりのグルコース生成速度を求め、下記の式により阻害活性を算出した。
【0019】
阻害活性(%)={A−(B−C)}/A×100
A:被検物質無添加でのグルコース生成速度
B:被検物質添加でのグルコース生成速度
C:被検物質のみでのグルコース生成速度
これらの結果を表2に示した。
表2に示したとおり、新規オリゴ糖は、マルターゼに対して強い阻害活性を持つことが知られているD―キシロースより強い阻害活性を示した。同じ分岐オリゴ糖であるイソマルトース、セロビオース、ゲンチオビオースおよびイソマルトトリオースの阻害活性は非常に弱く、またパノースにおいても強い阻害活性を示すものの、新規オリゴ糖の阻害活性はパノースの約1.8倍であることから、新規オリゴ糖のマルターゼに対する阻害活性が非常に強いことが判明した。
【0020】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のオリゴ糖をHPLCで分離したときのチャートを示す。
【図2】Ciucanuらの方法でメチル化した試料をGC−MS分析した結果のチャートを表す。図中、ピークA及びBは、それぞれ1,5−ジ−O−アセチル−2,3,4,6−テトラ−O−メチルへキシトール及び1,4,5,6−テトラ−O−アセチル−2,3−ジ−O-メチルへキシトールのピークを示す。
【図3】COSYにより測定した2次元NMRスペクトルを表す。
【図4】HOHAHAにより測定した2次元NMRスペクトルを表す。
【図5】HSQCにより測定した2次元NMRスペクトルを表す。
【図6】HMBCにより測定した2次元NMRスペクトルを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表されるオリゴ糖。

(式中、R1及びR2は、独立して水素原子又はグルコース残基を表すが、同時に水素原子であることはない。)
【請求項2】
下記式(II)で表される、請求項1に記載のオリゴ糖。

【請求項3】
請求項1又は2に記載のオリゴ糖を含む、α−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項4】
焙焼デキストリンを酸で加水分解し、さらにα−アミラーゼ、次いでグルコアミラーゼで消化して得られる分解物から、請求項1又は2に記載のオリゴ糖を採取することを特徴とする、請求項1又は2に記載のオリゴ糖の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−297211(P2008−297211A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−141808(P2007−141808)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【出願人】(000188227)松谷化学工業株式会社 (102)
【Fターム(参考)】