説明

カチオン電着塗料組成物および電着塗膜の塗膜欠陥を抑制する方法

【課題】カチオン電着塗装における塗膜のガスピン欠陥をカチオン電着塗料組成物中への配合剤の添加により簡単に抑制する方法の提供。
【解決手段】ハロゲン化有機酸を含有するカチオン電着塗料組成物およびハロゲン化有機酸をカチオン電着塗料組成物中に配合することにより、カチオン電着塗料組成物より形成される電着塗膜の塗膜欠陥を抑制する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カチオン電着塗料組成物およびそれを用いる塗膜の塗膜欠陥(クレーター)を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カチオン電着塗装は、複雑な形状を有する被塗物であっても細部にまで塗装を施すことができ、自動的かつ連続的に塗装することができるので、特に自動車車体などの大型で複雑な形状を有する被塗物の下塗り塗装方法として広く実用化されている。カチオン電着塗装は、カチオン電着塗料中に被塗物を陰極として浸漬させ、電圧を印加することにより行なわれる。
【0003】
カチオン電着塗装では、上述のように被塗物を陰極として電圧を印加するが、陰極表面では水が電気分解されて水素ガスが発生する。水素ガスは被膜の析出と同時に発生し、発生した水素ガスがスパーク(放電)すると塗膜にピンホールが形成される。このようなピンホールは当業者に「ガスピンホール」あるいは「ガスピン」と呼ばれる塗膜欠陥(クレーター)となる。最近、カチオン電着塗装を施す被塗物は、防錆性の観点から亜鉛メッキ鋼板や亜鉛―ニッケルメッキ鋼板等が多用されているが、これらの被塗物ではガスピンの発生が比較的多く、それを抑制する必要がある。
【0004】
カチオン電着塗装におけるガスピンの抑制に関する技術は、多く見られる。例えば、特開2002−60680号公報(特許文献1)には、アミン変性エポキシ樹脂とブロックポリイソシアネート硬化剤とを含有するバインダー成分を、中和剤として有機酸と有機酸の金属塩とを含有する水性媒体中に分散させてなるエマルションを含有するカチオン電着塗料組成物において、中和剤としての有機酸の量を特定範囲にする技術が開示されている。この技術で用いられる有機酸は、従来からカチオン電着塗料組成物の中和酸として用いられている乳酸、蟻酸やスルファミン酸である。
【0005】
特開2006−28550号公報(特許文献2)には、カチオン電着塗装時におけるガスピン欠陥を抑制する技術として、合金化溶融亜鉛メッキ鋼板の表面処理方法として、リン酸亜鉛化成処理層とその上に電気的析出により形成される特定金属層を形成する技術が開示されている。この技術は、溶融亜鉛メッキ鋼板に限定的な処理であるのと、鋼板の表面処理であって、カチオン電着塗料組成物への配合剤の技術ではない。同様の技術は、特開2006−28551号公報(特許文献3)にも提案されており、上記特許文献2の電気的に析出される層が金属酸化物である点が異なる。この技術も基本的に鋼板の表面処理技術であって、塗料組成物への配合剤の技術ではない。
【0006】
特開2006−2002号公報(特許文献4)には、(a)アミノ基を有するアミン変性エポキシ樹脂、(b)ブロックポリイソシアネート硬化剤および(c)オニウム基を有する変性エポキシ樹脂を含有するバインダーエマルションを含む、カチオン電着塗料組成物を開示する。この技術は、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(c)を配合することにより、塗料組成物の電気伝導率を低く抑えると共に、ガスピン欠陥を抑制することが可能になるものである。
【特許文献1】特開2002−60680号公報
【特許文献2】特開2006−28550号公報
【特許文献3】特開2006−28551号公報
【特許文献4】特開2006−2002号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、カチオン電着塗装における塗膜のガスピン欠陥をカチオン電着塗料組成物中への特定化合物の添加により簡単に抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は、ハロゲン化有機酸を含有するカチオン電着塗料組成物を提供する。
【0009】
また、本発明は、ハロゲン化有機酸をカチオン電着塗料組成物中に配合することにより、カチオン電着塗料組成物より形成される電着塗膜の塗膜欠陥を抑制する方法を提供する。
【0010】
前記ハロゲン化有機酸はブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロ酢酸またはフルオロ酢酸が好ましい。
【0011】
前記ハロゲン化有機酸は好ましくは電着塗料組成物の樹脂固形分に基づいて2〜20mmol/100gの量で含有する。ハロゲン化有機酸の添加方法は、どのような形態であっても良く、例えば塗料製造過程で製造する樹脂エマルションの中和酸として添加したり、従来の方法で作成されたカチオン電着塗料組成物に後添加する方法であっても良い。
【発明の効果】
【0012】
亜鉛鋼板に生じるガスピンと呼ばれるクレータ(塗膜欠陥)は、電着塗装時に被塗物上に発生する水素ガス中で火花放電が生じることに起因する。このような火花放電は電着塗装初期に生じる。また火花放電は、塗膜に印加される電位が大きくなるほど生じやすくなる。電着塗装初期の塗膜に印加される電位を低くするためには、電着塗装初期の電着塗膜の抵抗の形成を遅延化させればよいと考えられる。
【0013】
カチオン電着塗料の塗装時に陽極では、下記水の電気分解反応が進行し、水酸化物イオンが発生する。従来のカチオン電着塗料では水酸化物イオンは、カチオン電着塗料組成物中のエマルションの還元反応に作用する。しかし、本発明では、生成した水酸化物イオンは塗料組成物中に共存するハロゲン化有機酸と反応してハロゲン化水素HXを与える反応に消費される。さらにハロゲン化水素HXは、別の水酸化物イオンと反応する。
【0014】
水の電気分解

水酸化物イオンとハロゲン化有機酸の反応

水酸化物イオンとハロゲン化水素の反応

エマルションの還元反応

【0015】
この様に本発明では、カチオン電着塗料組成物中に配合されたハロゲン化有機酸が、水の電気分解で生成した水酸化物イオンを消費するために、水分散されたカチオン電着塗料組成物の還元による不導体化がわずかに遅れ、結果として電着塗装初期の膜抵抗の形成を遅延化できていると考えられる。その結果、ガスピンと呼ばれるクレータの発生が軽減できたと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明をより詳細に説明する。一般にカチオン電着塗料は、カチオン性のエポキシ樹脂(特に、アミン変性エポキシ樹脂)とその樹脂の硬化剤(特に、ブロック化イソシアネート硬化剤)を基体樹脂成分としており、その他に顔料や添加剤を含み、水性媒体中に分散したものである。本発明では、ハロゲン化有機酸はカチオン電着塗料に含まれていれば良いので、ハロゲン化有機酸の添加方法は特に制限されるものではなく、ハロゲン化有機酸をカチオン電着塗料組成物中に添加剤として添加するか、あるいは必要に応じてカチオン電着塗料組成物中に用いられている中和酸の一部をハロゲン化有機酸に置き換えて用いても良い。
【0017】
ハロゲン化有機酸
本発明で用いるハロゲン化有機酸は、ハロゲンが結合した有機酸であれば、特に限定されるものではないが、好ましくは下記式1で示されるものであって良い:
【0018】
【化1】

(式中、R、RおよびRは、水素、それぞれ独立して炭素数1〜5のアルキル基、ハロゲン原子を表し、R、RまたはRの少なくとも1つ以上がハロゲン原子である。)また、ハロゲン原子は具体的には、フッ素、塩素、臭素若しくはヨウ素であってよい。ハロゲン化有機酸は、より具体的にはブロモ酢酸、クロロ酢酸またはフルオロ酢酸であってよい。
【0019】
本発明において、ハロゲン化有機酸は基体樹脂の中和酸の一部または全部に用いることができる。また、顔料分散ペーストに用いる分散樹脂中和酸として用いても良い。ハロゲン化有機酸を他の中和酸と共に用いるときの、中和酸はカチオン電着塗料組の中和酸として用いられるものであれば特に限定的ではないが、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アクリル酸などの有機酸、またはリン酸、塩酸、スルファミン酸などの無機酸が挙げられる。
【0020】
ハロゲン化有機酸は、中和酸として用いる方法以外に、添加剤としてカチオン電着塗料組成物中に添加して、ガスピン欠陥を防止することも可能である。添加剤として添加する場合は、電着塗料形成時であっても良く、電着塗料が形成されてから電着塗装中や電着塗料補給時や、種々の場合でカチオン電着塗料組成物中に添加される。
【0021】
ハロゲン化有機酸の電着塗料中における含有量は、電着塗料組成物の樹脂固形分に基づいて2〜20mmol/100g、好ましくは5〜12mmol/100g、より好ましくは7〜12mmol/100gであって良い。2mmol/100gより少ないと、ガスピン欠陥の抑制効果が発揮されないことがある。逆に20mmol/100gより多いと、析出性の低下を招くおそれがある。
【0022】
電着塗料組成物
本発明の電着塗装方法において、一般に使用される任意の電着塗料組成物を用いることができる。しかしながら、つきまわり性に優れた電着塗料組成物、例えば被塗物に対して厚さ20μmに電着された電着塗膜の膜抵抗が900〜2000kΩ・cmであり、および電着塗料組成物の電導度が900〜2,000μS/cmである、カチオン電着塗料組成物を用いることが好ましい。電着塗料組成物は、カチオン性エポキシ樹脂、硬化剤および必要に応じて顔料や添加剤を含むものが挙げられる。以下、それぞれの成分について説明する。
【0023】
カチオン性エポキシ樹脂
本発明で用いるカチオン性エポキシ樹脂には、アミンで変性されたエポキシ樹脂が含まれる。カチオン性エポキシ樹脂は、典型的には、ビスフェノール型エポキシ樹脂のエポキシ環の全部をカチオン性基を導入し得る活性水素化合物で開環するか、または一部のエポキシ環を他の活性水素化合物で開環し、残りのエポキシ環をカチオン性基を導入し得る活性水素化合物で開環して製造される。
【0024】
ビスフェノール型エポキシ樹脂の典型例はビスフェノールA型またはビスフェノールF型エポキシ樹脂である。前者の市販品としてはエピコート828(油化シェルエポキシ社製、エポキシ当量180〜190)、エピコート1001(同、エポキシ当量450〜500)、エピコート1010(同、エポキシ当量3000〜4000)などがあり、後者の市販品としてはエピコート807、(同、エポキシ当量170)などがある。
【0025】
特開平5−306327号公報に記載される、下記式
【0026】
【化2】

【0027】
[式中、Rはジグリシジルエポキシ化合物のグリシジルオキシ基を除いた残基、R’はジイソシアネート化合物のイソシアネート基を除いた残基、nは正の整数を意味する。]で示されるオキサゾリドン環含有エポキシ樹脂をカチオン性エポキシ樹脂に用いてもよい。耐熱性及び耐食性に優れた塗膜が得られるからである。
【0028】
エポキシ樹脂にオキサゾリドン環を導入する方法としては、例えば、メタノールのような低級アルコールでブロックされたブロックポリイソシアネートとポリエポキシドを塩基性触媒の存在下で加熱保温し、副生する低級アルコールを系内より留去することで得られる。
【0029】
これらのエポキシ樹脂は、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、および単官能性のアルキルフェノールのような適当な樹脂で変性しても良い。また、エポキシ樹脂はエポキシ基とジオール又はジカルボン酸との反応を利用して鎖延長することができる。
【0030】
これらのエポキシ樹脂は、開環後0.3〜4.0meq/gのアミン当量となるように、より好ましくはそのうちの5〜50%が1級アミノ基が占めるように活性水素化合物で開環するのが望ましい。
【0031】
カチオン性基を導入し得る活性水素化合物としては1級アミン、2級アミン、3級アミンの酸塩、スルフィド及び酸混合物がある。1級、2級又は/及び3級アミノ基含有エポキシ樹脂を調製するためには1級アミン、2級アミン、3級アミンの酸塩をカチオン性基を導入し得る活性水素化合物として用いる。
【0032】
具体例としては、ブチルアミン、オクチルアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、メチルブチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン、トリエチルアミン塩酸塩、N,N−ジメチルエタノールアミン酢酸塩、ジエチルジスルフィド・酢酸混合物などのほか、アミノエチルエタノールアミンのケチミン、ジエチレントリアミンのジケチミンなどの1級アミンをブロックした2級アミンがある。アミン類は複数のものを併用して用いてもよい。
【0033】
硬化剤
本発明で使用する硬化剤は、ポリイソシアネートをブロック剤でブロックして得られたブロックポリイソシアネートが好ましく、ここでポリイソシアネートとは、1分子中にイソシアネート基を2個以上有する化合物をいう。ポリイソシアネートとしては、例えば、脂肪族系、脂環式系、芳香族系および芳香族−脂肪族系等のうちのいずれのものであってもよい。
【0034】
ポリイソシアネートの具体例には、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、p−フェニレンジイソシアネート、及びナフタレンジイソシアネート等のような芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4−トリメチルヘキサンジイソシアネート、及びリジンジイソシアネート等のような炭素数3〜12の脂肪族ジイソシアネート;1,4−シクロヘキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロヘキサンジイソシアネート、イソプロピリデンジシクロヘキシル−4,4’−ジイソシアネート、及び1,3−ジイソシアナトメチルシクロヘキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5−もしくは2,6−ビス(イソシアナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン(ノルボルナンジイソシアネートとも称される。)等のような炭素数5〜18の脂環式ジイソシアネート;キシリレンジイソシアネート(XDI)、及びテトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)等のような芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート;これらのジイソシアネートの変性物(ウレタン化物、カーボジイミド、ウレトジオン、ウレトイミン、ビューレット及び/又はイソシアヌレート変性物);等があげられる。これらは、単独で、または2種以上併用することができる。
【0035】
ポリイソシアネートをエチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチロールプロパン、ヘキサントリオールなどの多価アルコールとNCO/OH比2以上で反応させて得られる付加体ないしプレポリマーも硬化剤として使用してよい。
【0036】
ポリイソシアネートは、脂肪族ポリイソシアネート又は脂環式ポリイソシアネートであることが好ましい。形成される塗膜が耐候性に優れるからである。
【0037】
脂肪族ポリイソシアネート又は脂環式ポリイソシアネートの好ましい具体例には、ヘキサメチレンジイソシアネート、水添TDI、水添MDI、水添XDI、IPDI、ノルボルナンジイソシアネート、それらの二量体(ビウレット)、三量体(イソシアヌレート)等が挙げられる。
【0038】
ブロック剤は、ポリイソシアネート基に付加したものであり、ポリイソシアネート基にブロック剤が付加して得られた化合物は常温では安定であるが解離温度以上に加熱すると遊離のイソシアネート基を再生し得るものである。
【0039】
ブロック剤としては、低温硬化(160℃以下)を望む場合には、ε−カプロラクタム、δ−バレロラクタム、γ−ブチロラクタムおよびβ−プロピオラクタムなどのラクタム系ブロック剤、及びホルムアルドキシム、アセトアルドキシム、アセトキシム、メチルエチルケトオキシム、ジアセチルモノオキシム、シクロヘキサンオキシムなどのオキシム系ブロック剤を使用するのが良い。
【0040】
カチオン性エポキシ樹脂と硬化剤とを含むバインダーは、一般に、電着塗料組成物の全固形分の25〜85質量%、好ましくは40〜70質量%を占める量で電着塗料組成物に含有される。
【0041】
顔料
本発明で用いられる電着塗料組成物は、通常用いられる顔料を含んでもよいが、低固形分型の電着塗料の場合は固体状の顔料、特に無機顔料は使用量を少なくしたり、使用しないようにすることができる。使用できる顔料の例としては、通常使用される無機顔料、例えば、チタンホワイト、カーボンブラック及びベンガラのような着色顔料;カオリン、タルク、ケイ酸アルミニウム、炭酸カルシウム、マイカおよびクレーのような体質顔料;リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウム、リン酸カルシウム、亜リン酸亜鉛、シアン化亜鉛、酸化亜鉛、トリポリリン酸アルミニウム、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸カルシウム及びリンモリブデン酸アルミニウム、リンモリブデン酸アルミニウム亜鉛、水酸化ビスマス、酸化ビスマス、塩基性炭酸ビスマス、硝酸ビスマス、安息香酸ビスマス、クエン酸ビスマス、ケイ酸ビスマスやセリウム系のような防錆顔料等、が挙げられる。
【0042】
顔料は、一般に、電着塗料組成物の全固形分の1〜35質量%、好ましくは10〜30質量%を占める量で電着塗料組成物に含有される。
【0043】
顔料分散ペースト
顔料を電着塗料の成分として用いる場合、一般に顔料を顔料分散樹脂と呼ばれる樹脂と共に予め高濃度で水性媒体に分散させてペースト状にする。顔料は粉体状であるため、電着塗料組成物で用いる低濃度均一状態に一工程で分散させるのは困難だからである。一般にこのようなペーストを顔料分散ペーストという。
【0044】
顔料分散ペーストは、顔料を顔料分散樹脂ワニスと共に水性媒体中に分散させて調製する。顔料分散樹脂ワニスとしては、一般に、カチオン性又はノニオン性の低分子量界面活性剤や4級アンモニウム基及び/又は3級スルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂等のようなカチオン性重合体を用いる。水性媒体としてはイオン交換水や少量のアルコール類を含む水等を用いる。一般に、顔料分散樹脂ワニスは5〜40質量部、顔料は10〜30質量部の固形分比で用いる。
【0045】
上記顔料分散用樹脂ワニスおよび顔料を、樹脂固形分100質量部に対し10〜1000質量部混合した後、その混合物中の顔料の粒径が所定の均一な粒径となるまで、ボールミルやサンドグラインドミル等の通常の分散装置を用いて分散させて、顔料分散ペーストを得る。
【0046】
電着塗料組成物の調製
電着塗料組成物は、カチオン性エポキシ樹脂、硬化剤、及び必要に応じて顔料分散ペーストを水性媒体中に分散することによって調製される。また、通常、水性媒体にはカチオン性エポキシ樹脂の分散性を向上させるために中和酸を含有させる。中和剤は前述に記載したものであって、必要に応じてハロゲン化有機酸をその一部として用いることができる。中和酸の全体量は少なくとも20%、好ましくは30〜60%の中和率を達成する量である。
【0047】
硬化剤の量は、硬化時にカチオン性エポキシ樹脂中の1級、2級又は/及び3級アミノ基、水酸基等の活性水素含有官能基と反応して良好な硬化塗膜を与えるのに十分でなければならず、一般にカチオン性エポキシ樹脂の硬化剤に対する固形分質量比で表して一般に90/10〜50/50、好ましくは80/20〜65/35の範囲である。
【0048】
電着塗料は、ジラウリン酸ジブチルスズ、ジブチルスズオキサイドのようなスズ化合物や、通常のウレタン開裂触媒を含むことができる。鉛を実質的に含まないものが好ましいため、その量はブロックポリイソシアネート化合物の0.1〜5質量%とすることが好ましい。
【0049】
電着塗料組成物は、水混和性有機溶剤、界面活性剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、及び顔料などの常用の塗料用添加剤を含むことができる。
【0050】
本発明の電着塗装方法に用いられる電着塗料組成物は、電着塗膜の膜抵抗が膜厚20μmにおいて900〜2000kΩ・cmであることが好ましい。本発明の電着塗装方法においては、電着塗膜の膜抵抗がこのような範囲である高つきまわり性の電着塗料組成物を用いる場合であっても、電着タレ跡などを発生させることなく硬化電着塗膜を形成することができる。また、電着塗膜の膜抵抗が2000kΩ・cmを超えると、塗膜外観が劣ることとなる恐れがある。電着塗膜の膜抵抗は、より好ましくは900〜1500kΩ・cmである。
【0051】
電着塗膜の膜抵抗は、析出膜の電荷移動媒体量や粘性を制御することにより調節できる。また、電着塗膜の膜抵抗値は、最終塗装電圧(V)における、塗膜の残余電流値(A)より、下記の式にて求められる。
【数1】

【0052】
本発明の電着塗装方法に用いられる電着塗料組成物は、電着塗料組成物の電導度が900〜2,000μS/cmであるのが好ましい。本発明の電着塗装方法においては、電着塗料組成物の電導度がこのような範囲である高つきまわり性の電着塗料組成物を用いる場合であっても、電着タレ跡などを発生させることなく硬化電着塗膜を形成することができる。電導度が900μS/cmを下回ると、十分なつきまわり性が確保できず好ましくない。一方、2000μS/cmを超えると塗膜表面の外観が悪化する恐れがある。電導度は、市販の導電率計を使用して測定することができる。
【0053】
電着塗料組成物を用いて電着塗装を行う場合の被塗物は、予め、浸漬、スプレー方法等によりリン酸亜鉛処理等の表面処理の施された導体であることが好ましいが、この表面処理が施されていないものであっても良い。また、導体とは、電着塗装を行うに当り、陰極になり得るものであれば特に制限はなく、金属基材が好ましい。
【0054】
電着が実施される条件は一般的に他の型の電着塗装に用いられるものと同様である。印加電圧は大きく変化してもよく、1V〜数百Vの範囲であってよい。電流密度は通常約10A/m〜160A/mであり、電着中に減少する傾向にある。
【0055】
本発明の電着塗装方法によって電着した後、被膜を昇温下に通常の方法、例えば焼付炉中、焼成オーブン中あるいは赤外ヒートランプで焼付ける。焼付け温度は変化してもよいが、通常約140℃〜180℃である。本発明の電着塗装システムによって塗装された塗装物は、最終水洗の後、乾燥、焼付けされることによって、硬化電着塗膜が形成され、これにより塗装工程が完了する。
【実施例】
【0056】
本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。本発明はこれら実施例に限定されるものと解してはならない。実施例中、「部」および「%」は、ことわりのない限り、重量基準による。
【0057】
製造例1 ブロックポリイソシアネート硬化剤の製造
ジフェニルメタンジイソシアネート1250部およびメチルイソブチルケトン(以下「MIBK」という。)266.4部を反応容器に仕込み、これを80℃まで加熱した後、ジブチルスズジラウレート2.5部を加えた。ここに、ε−カプロラクタム226部をブチルセロソルブ944部に溶解させたものを80℃で2時間かけて滴下した。さらに100℃で4時間加熱した後、IRスペクトルの測定において、イソシアネート基に基づく吸収が消失したことを確認し、放冷後、MIBK336.1部を加えてブロックポリイソシアネート硬化剤を得た。
【0058】
製造例2 アミン変性ビスフェノール型エポキシ樹脂の製造
攪拌機、冷却管、窒素導入管、温度計および滴下漏斗を装備したフラスコに、2,4−/2,6−トリレンジイソシアネート(重量比=8/2)87部、MIBK85部およびジブチルスズジラウレート0.1部を仕込んだ。反応混合物を攪拌下、メタノール32部を滴下した。反応は、室温から始め、発熱により60℃まで昇温した。反応は主に、60〜65℃の範囲で行い、IRスペクトルの測定において、イソシアネート基に基づく吸収が消失するまで継続した。
【0059】
次に、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから既知の方法で合成したエポキシ当量188のエポキシ樹脂550部を反応混合物に加えて、125℃まで昇温した。その後、ベンジルジメチルアミン1.0部を添加し、エポキシ当量330になるまで130℃で反応させた。
【0060】
続いて、ビスフェノールA100部及びオクチル酸36部を加えて120℃で反応させたところ、エポキシ当量は1030となった。その後MIBK107部を加え反応混合物を冷却し、ジエタノールアミン79部を加え、110℃で2時間反応させた。その後、MIBKで不揮発分80%となるまで希釈し、3級アミノ塩基を有するエポキシ樹脂(樹脂固形分80%)を得た。
【0061】
製造例3
製造例2で得られた樹脂に製造例1で得られたブロックイソシアネート硬化剤と固形分比で70/30で均一になるように混合した。その後、樹脂固形分100g当たり酸のミリ当量数が25になるよう蟻酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のブロックポリイソシアネート含有のエマルションXを得た。
【0062】
製造例4
製造例2で得られた樹脂に製造例1で得られたブロックイソシアネート硬化剤と固形分比で70/30で均一になるように混合した。その後、樹脂固形分100g当たり酸のミリ当量数が13に相当する酢酸と、12に相当するブロモ酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のブロックポリイソシアネート含有のエマルションYを得た。
【0063】
製造例5
製造例2で得られた樹脂に製造例1で得られたブロックイソシアネート硬化剤と固形分比で70/30で均一になるように混合した。その後、樹脂固形分100g当たり酸のミリ当量数が20に相当する乳酸と、10に相当するクロロ酢酸を添加し、さらにイオン交換水をゆっくりと加えて希釈した。減圧下でMIBKを除去することにより、固形分が36%のブロックポリイソシアネート含有のエマルションZを得た。
【0064】
製造例6 顔料分散樹脂の製造
まず、攪拌装置、冷却管、窒素導入管、温度計を装備した反応容器に、イソホロンジイソシアネート(以下、IPDIと略す)222.0部を入れ、MIBK39.1部で希釈した後、ここヘジブチルスズジラウリート0.2部を加えた。その後、これを50℃に昇温した後、2−エチルヘキサノール131.5部を攪拌下、乾燥窒素雰囲気中で2時間かけて滴下した。適宜、冷却することにより、反応温度を50℃に維持した。その結果、2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(樹脂固形分90.0%)が得られた。
【0065】
次いで適当な反応容器に、ジメチルエタノール87.2部、75%乳酸水溶液117.6部およびエチレングリコールモノブチルエーテル39.2部を順に加え、65℃で約半時間攪拌して、4級化剤を調製した。
【0066】
次に、エポン(EPON)829(シェル・ケミカル・カンパニー社製ビスフェノールA型エポキシ樹脂、エポキシ当量193〜203)710.0部とビスフェノールA289.6部とを適当な反応容器に仕込み、窒素雰囲気下、150〜160℃に加熱したところ初期発熱反応が生じた。反応混合物を150〜160℃で約1時間反応させて、次いで、120℃に冷却した後、先に調整した2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(MIBK溶液)498.8部を加えた。
【0067】
反応混合物を110〜120℃に約1時間保ち、次いで、エチレングリコールモノブチルエーテル463.4部を加え、混合物を85〜95℃に冷却し、均一化した後、先に調製した4級化剤196.7部を添加した。酸価が1となるまで反応混合物を85〜95℃に保持した後、脱イオン水964部を加えて、エポキシービスフェノールA樹脂において4級化を終了させ、4級アンモニウム塩部分を有する顔料分散用樹脂を得た(樹脂固形分50%)。
【0068】
製造例7 顔料分散ペーストの製造
サンドグラインドミルに製造例6で得た顔料分散樹脂を120部、カーボンブラック2.0部、カオリン100.0部、二酸化チタン70.0部、リンモリブデン酸アルミニウム18.0部、ジブチルスズオキサイド10.0部およびイオン交換水221.7部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料ペーストを得た。(固形分48%)
【0069】
実施例1
製造例4で得られたエマルションYと、製造例7で得られた顔料分散ペーストを固形分比75/25で混合し、さらにイオン交換水を加えて固形分濃度20%のカチオン電着塗料組成物Aを得た。
【0070】
実施例2
製造例5で得られたエマルションZと、製造例7で得られた顔料分散ペーストを固形分比75/25で混合し、さらにイオン交換水を加えて固形分濃度20%のカチオン電着塗料組成物Bを得た。
【0071】
実施例3
製造例3で得られたエマルションXと、製造例7で得られた顔料分散ペーストを固形分比75/25で混合し、樹脂固形分100g当たり酸のミリ当量数が7に相当するヨード酢酸、さらにイオン交換水を加えて固形分濃度20%のカチオン電着塗料組成物Cを得た。
【0072】
比較例1
製造例3で得られたエマルションXと、製造例7で得られた顔料分散ペーストを固形分比75/25で混合し、さらにイオン交換水を加えて固形分濃度20%のカチオン電着塗料組成物Dを得た。
【0073】
電導度
実施例および比較例によって得られたカチオン電着塗料組成物の電導度を、導電率計(東亜電波工業(株)社製CM−305)を用いて液温25℃の条件で測定した。
【0074】
ガスピン性
化成処理を行った合金化溶融亜鉛めっき鋼飯に、260Vまで5秒で昇圧後、175秒で電着したのち水洗し、170℃で25分間焼き付けし、塗膜状態を観察した。塗膜異常が認められない場合を良好(○)、わずかに異常が認められる場合を異常あり(△)、著しい異常が認められる場合を不良(×)と判断した。
【0075】
【表1】

【0076】
比較例1と実施例を比較すると明らかであるが、ハロゲン化有機酸を導入すると、ガスピン性が良好であるのに対して、ハロゲン化有機酸を導入していない比較例1ではガスピン性が良くない状態である。この実験結果はまた、次のことも証明している。即ち、ガスピン性は従来、カチオン電着塗料の電導度の影響を受けると考えられることもあったが、実際はガスピン性はカチオン電着塗料の電導度とは余り関係が無く、ハロゲン化有機酸を配合すると有効に改善されることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化有機酸を含有するカチオン電着塗料組成物。
【請求項2】
前記ハロゲン化有機酸がブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロ酢酸またはフルオロ酢酸である請求項1記載のカチオン電着塗料組成物。
【請求項3】
前記ハロゲン化有機酸が電着塗料組成物の樹脂固形分に基づいて2〜20mmol/100gの量で含有する請求項1記載のカチオン電着塗料組成物。
【請求項4】
ハロゲン化有機酸の添加方法として、エマルションの中和酸として、および/またはカチオン電着塗料組成物に後添加する方法で、ハロゲン化有機酸をカチオン電着塗料組成物中に配合することにより、カチオン電着塗料組成物により形成される電着塗膜の塗膜欠陥を抑制する方法。
【請求項5】
前記ハロゲン化有機酸がブロモ酢酸、ヨード酢酸、クロロ酢酸またはフルオロ酢酸である請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記ハロゲン化有機酸をカチオン電着塗料組成物の樹脂固形分に基づいて2〜20mmol/100gの量で配合する請求項4記載の方法。

【公開番号】特開2008−156436(P2008−156436A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−345589(P2006−345589)
【出願日】平成18年12月22日(2006.12.22)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】