説明

カテーテルロック溶液

【課題】カンジダ菌も含めた多くの菌種に対して比較的短時間で殺菌効果を示すことができ、しかも治療用抗生物質に対する耐性菌の出現もない、新規なカテーテルロック溶液を提供する。
【解決手段】ベンジルアルコールを17〜25mg/mL含有し、更に必要に応じて、ヘパリン又はその塩を含有することを特徴とするカテーテルロック溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カテーテルロック溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
注射液容器から静脈カテーテルや静脈留置針によって確保された静脈内への薬剤投与経路は、静脈ルートと称されており、各種の治療目的や栄養補給目的で使用されている。この様な静脈ルートでは、接続部分や三方活栓などの側注口などからの菌汚染があると、血液感染の原因となる場合がある。
【0003】
通常、静脈ルートを使用していない間、例えば、長期間輸液を投与されている患者については、入浴等の理由で一次的に投与を中止する間は、血管に留置されたカテーテル又は留置針内を含むルート内腔全体をヘパリン生理食塩水や生理食塩水で満たすことによって、管腔が血栓等で閉塞しないように管理されている。これは、通常、ロックと称されている。欧米では、抗菌剤を含む液でルートを定期的にロックして、汚染されている可能性のあるルートの殺菌または菌増殖を抑制し血流感染を防止する抗菌ロックが使用されることがある。この目的で用いられる抗菌剤としては、抗生物質、EDTA、タウロリジン、パラベン類などの報告がある(下記非特許文献1〜3、特許文献1参照)。しかしながら、抗生物質は、耐性菌の出現に結びつくことから、予防的な抗菌剤投与はすべきでないとされている(下記非特許文献4参照)。また、その他の抗菌剤ではカテーテル関連血流感染の主要な原因菌の一つであるカンジダ菌には短時間処理で十分な効果が期待できない。
【非特許文献1】Messing B. Catheter-sepsis during home parenteral nutrition: use of the antibiotic-lock technique. Nutrition 1998; 14: 466-468
【非特許文献2】Ryder M, Nishikawa R, Liu YL, et al. Efficacy of tetra sodium EDTA: a novel antimicrobial agent superior to ciprofloxacin in coagulase-negative staphylococcus and pseudomonas aeruginosa biofilm bacteria. ASM conferences; Biofilms 2003 Abstract book: 98.
【非特許文献3】Shah CB, Antimicrobial activity of a novel catheter lock solution. Antimicrob Agents Chemother 2002; 46: 1674-1679.
【特許文献1】特開2006-232829号公報
【非特許文献4】O’Grady N et al. Guidelines for the prevention of intravascular catheter-related infections. Centers for Disease Control and Prevention. MMWR Recomm Rep 2002;51(RR-10):1-29.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記した従来技術に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、カンジダ菌も含めた多くの菌種に対して比較的短時間で殺菌効果を示すことができ、しかも治療用抗生物質に対する耐性菌の出現もない、新規なカテーテルロック溶液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記した目的を達成すべく鋭意研究を行った。その結果、一般に保存剤、安定化剤等として用いられているベンジルアルコールを特定の濃度以上で用いた場合には、驚くべきことに、カンジダ菌も含めた多くの菌種に対して優れた抗菌効果を示すという従来知られていない作用を見出した。本発明は、この様な知見に基づいて更に研究を行った結果完成されたものである。
【0006】
即ち、本発明は、下記のカテーテルロック溶液を提供するものである。
1. ベンジルアルコールを17〜25mg/mL含有することを特徴とするカテーテルロック溶液。
2. 更に、ヘパリン又はその塩を10〜1000U/mL含有する上記項1に記載のカテーテルロック溶液。
3. ベンジルアルコールを20〜25mg/mL含有する上記項1又は2に記載のカテーテルロック溶液。
4. 生理的に等張である上記項1〜3のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
5. プレフィルドシリンジに充填されてなる上記項1〜4のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
6. カテーテルロック溶液の容量が1〜20mLである上記項5に記載のカテーテルロック溶液。
【0007】
以下、本発明のカテーテルロック溶液について具体的に説明する。
カテーテルロック溶液
(1)ベンジルアルコール
本発明のカテーテルロック溶液は、ベンジルアルコールを17〜25mg/L程度含有するものである。
【0008】
本発明のカテーテルロック溶液は、上記した特定の濃度範囲のベンジルアルコールを含有することによって、カンジダ菌も含めた多くの菌種に対して優れた抗菌作用を示すことができる。ベンジルアルコールは、ヘパリン注射液など種々の薬液の保存剤、安定化剤として、臨床での使用実績が十分な物質であるが、上記した濃度範囲で用いた場合に、優れた殺菌作用を示すことは、従来全く知られていない。例えば、特開2004−10596号公報には、安定剤としてベンジルアルコールを8mg/mL〜12mg/Lの濃度で含むヘパリンナトリウム注射液製剤が記載されているが、この様な濃度範囲では、満足のいく殺菌作用は得られない。
【0009】
本発明のカテーテルロック溶液では、ベンジルアルコール濃度の上限は、25mg/mL程度とする。ベンジルアルコール濃度がこれを上回ると製剤の安定性を維持できないおそれがあるので好ましくない。尚、ベンジルアルコールを多量に投与すると呼吸困難を起こすとの報告もあるが、上記した濃度範囲で通常の使用量であれば、この危険は無いと考えられる。
【0010】
本発明のカテーテルロック溶液では、ベンジルアルコールの濃度は、特に、20〜25mg/L程度であることが好ましい。この様な濃度範囲では、特に、カンジダ菌についても非常に短時間で死滅させることが可能である。
【0011】
(2)溶媒
本発明のカテーテルロック溶液では、溶媒としては通常の注射用蒸留水を用いればよい。
【0012】
(3)ヘパリン
本発明のカテーテルロック溶液は、血液凝固を防止するために、ヘパリンを10〜1000U/mL程度含有することが好ましい。ヘパリンとしては、公知のものを使用できる。例えば、健康な食用獣(例えば、ウシ、ブタ等)の肝、肺あるいは腸粘膜から得られ、血液凝固阻止作用、脂血清澄作用を有する、ムコ多糖類の硫酸エステルであって、ウロン酸とグルコサミンが交互に1,4結合した構造を有する、分子量は5000〜20000程度のもの等を用いることができる。また、塩の形態でもよく、ナトリウム塩、カルシウム塩等が例示される。これらのヘパリン及びその塩は、いずれも公知であり、入手可能である。更に、上記ヘパリンを分解して低分子化した低分子ヘパリン(例えば平均相対分子量4500〜6500、硫酸エステル化の度合は二糖類当たり2.0〜2.4のもの)も使用可能である。
【0013】
(4)その他の添加剤
本発明のカテーテルロック溶液には、その他必要に応じて種々の添加剤を加えてもよい。尚、ベンジルアルコールは防腐作用を示すので、特に他の防腐剤を必要としないが、防腐剤を添加することを妨げるものではない。
【0014】
(5)カテーテルロック溶液の性状
本発明のカテーテルロック溶液は、生理的に等張とすることが好ましい。そのために、塩化ナトリウム等の塩類や、ブドウ糖等の糖類などを等張化剤として配合することができる。
【0015】
また、本発明のカテーテルロック溶液は、pH6〜8程度の中性域とすることが好ましい。そのために、水酸化ナトリウム、塩酸等のpH調整剤や、クエン酸、リン酸、炭酸あるいはそれらの塩等の緩衝剤などを、必要に応じて適宜添加できる。
【0016】
使用形態
本発明のカテーテルロック溶液の使用形態については特に限定はないが、汚染されることなく、使用時に直ちに用いることが可能なプレフィルドシリンジに収容することが好ましい。収容容器として用いるシリンジの材質は特に限定されないが、通常のシリンジに用いられているプラスチックを使用できる。尚、ベンジルアルコールの安定性を高めるため、シリンジに遮光性を付与しておくのが好ましい。また、プランジャや栓に用いる弾性体としてブチルゴムを用いる場合は、ベンジルアルコールが吸着されるのを防ぐために、テフロン(登録商標)等でコーティングするのが好ましい。
【0017】
本発明のカテーテルロック溶液をシリンジに収容する場合には、カテーテルロック溶液の容量は、使用方法などに応じて適宜決定すればよい。通常は、1回のカテーテルロックに用いる量である1〜20mL程度の容量とすることが好適である。
【0018】
製造方法
本発明のカテーテルロック溶液の製造方法については特に限定はないが、例えば、注射用蒸留水にベンジルアルコールを溶解し、無菌充填等により上述のプレフィルドシリンジ等の容器に収容して密封した後、過酸化水素滅菌などの、公知の滅菌を施せばよい。
【0019】
使用方法
本発明のカテーテルロック溶液の使用方法は、通常のカテーテルロック溶液の使用方法と同様でよい。例えば、本発明のカテーテルロック溶液をプレフィルドシリンジに収容して用いる場合には、使用時にシリンジのキャップを取り外して、ロックする静脈ルートに接続する排出口側の密封を解除して、ルートに接続した後にプランジャーロッドを押し込むことにより、本発明のカテーテルロック溶液でカテーテル又は留置針を含むルート内腔全体を満たせばよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明のカテーテルロック溶液は、カンジダ菌も含めた多くの菌種に対して比較的短時間で殺菌効果を示すものであり、しかも治療用抗生物質に対する耐性菌出現の心配もない。
【0021】
従って、静脈ルートを使用していない間は、留置されたカテーテル又は留置針を含むルート内腔全体を本発明のカテーテルロック溶液で満たすことによって、管腔が血栓等で閉塞することを防止すると同時に、耐性菌を出現させることなく、汚染される可能性のあるルートの殺菌または菌増殖を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、実施例及び試験例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。
【0023】
実施例1
健康なブタの小腸粘膜由来のヘパリンナトリウム(局方品)を、100 U/mLの濃度となるように注射用水に溶解し、塩化ナトリウムを加えて等張となるように調整した。更に、クエン酸ナトリウムと塩酸を用いてpH6.8に調整した後、ベンジルアルコールを17mg/mLになるよう添加し、本発明カテーテルロック液を得た。
【0024】
実施例2
ベンジルアルコールを20 mg/mLになるよう添加した以外は、実施例1と同様にして、本発明カテーテルロック液を得た。
【0025】
実施例3
実施例1および2で得られた本発明カテーテルロック液を、5mLずつポリプロピレン製注射器に無菌充填し、先端を封止して、遮光外装袋に収容した。
【0026】
比較例1
ベンジルアルコールを添加しない以外は、実施例1と同様にして、カテーテルロック液を得た。
【0027】
比較例2
ベンジルアルコールを10 mg/mLになるよう添加した以外は、実施例1と同様にして、カテーテルロック液を得た。
【0028】
比較例3
ベンジルアルコールを15 mg/mLになるよう添加した以外は、実施例1と同様にして、カテーテルロック液を得た。
【0029】
試験例1
上記方法で調製した各実施例および各比較例のカテーテルロック液を、各5本の試験管に各5 mLずつ分注し、約103 CFU/mLとなるようにStaphylococcus aureus、Staphylococcus epidermides、Candida albicans、Serratia marcescens、Pseudomonas aeruginosaを添加し、室温下で添加後0、6、24、48時間後に菌数(CFU/mL)を測定した。結果を下表1〜5に示す。(数値は1 mLあたりのコロニー形成単位 CFU/mL)
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
【表4】

【0034】
【表5】

【0035】
上記表1〜表5から明らかなように、ベンジルアルコールを含有しない比較例1のヘパリン含有カテーテルロック液についての試験結果から、ヘパリンを含有する生理食塩水中ではSerratia marcescensは24時間後には既に増殖することが確認され、Pseudomonas aeruginosaも48時間後までには増殖することが確認された。Staphylococcus aureus、Staphylococcus epidermides、Candida albicansは48時間後まで増殖しなかったが、ヘパリンを含有する生理食塩水中で生存できることが確認された。
【0036】
また、ベンジルアルコールを10 mg/mL含有する比較例2のロック液では、Staphylococcus aureus、Staphylococcus epidermides、Serratia marcescens及びPseudomonas aeruginosaの増殖を抑制し、24時間後または48時間後には死滅させることが確認されたが、いずれの菌種に対しても6時間では効果がみられなかった。また、Candida albicansに対しては48時間後まで全く効果が確認できなかった。
【0037】
ベンジルアルコールを15 mg/mL含有する比較例3のカテーテルロック液はStaphylococcus aureus、Staphylococcus epidermides、Serratia marcescens及びPseudomonas aeruginosaの菌種を6時間後までに死滅させることができた。しかし、Candida albicansに対しては24時間後まで全く効果が確認されなかった。
【0038】
一方、実施例1及び実施例2のカテーテルロック液はStaphylococcus aureus、Staphylococcus epidermides、Candida albicans、Serratia marcescens及びPseudomonas aeruginosaのいずれの菌も、6時間後までに死滅させることができた。
【0039】
以上の結果から、本発明のカテーテルロック液は、多くの菌種に対して比較的短時間で殺菌作用を示すことが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベンジルアルコールを17〜25mg/mL含有することを特徴とするカテーテルロック溶液。
【請求項2】
更に、ヘパリン又はその塩を10〜1000U/mL含有する請求項1に記載のカテーテルロック溶液。
【請求項3】
ベンジルアルコールを20〜25mg/mL含有する請求項1又は2に記載のカテーテルロック溶液。
【請求項4】
生理的に等張である請求項1〜3のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
【請求項5】
プレフィルドシリンジに充填されてなる請求項1〜4のいずれかに記載のカテーテルロック溶液。
【請求項6】
カテーテルロック溶液の容量が1〜20mLである請求項5に記載のカテーテルロック溶液。

【公開番号】特開2008−100926(P2008−100926A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−282547(P2006−282547)
【出願日】平成18年10月17日(2006.10.17)
【出願人】(000149435)株式会社大塚製薬工場 (154)
【Fターム(参考)】