説明

カルボン酸の製造方法

【課題】環境への負荷が少なく、高収率でモノカルボン酸及び/又はジカルボン酸を製造する方法を提供する。
【解決手段】不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを含むカルボン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不飽和脂肪酸を原料としてモノカルボン酸及び/又はジカルボン酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飽和カルボン酸はポリエステル系可塑剤、ナイロン、ポリエステル原料、潤滑油等の原料として広範囲に利用されている。
【0003】
飽和カルボン酸を製造するための方法としては、過酸化水素等の酸化剤により酸化開裂により製造する方法が知られており、例えば、リンタングステン酸と4級アミンとの錯化合物を触媒として用い、オレイン酸からアゼライン酸及びペラルゴン酸を得る方法(特開昭60−34929号)や、ヘテロポリ酸を触媒として同じくオレイン酸からアゼライン酸及びペラルゴン酸を製造する方法(特開昭63−93746号)等が知られている。しかしながら、これらの方法は煩雑な操作が必要であったり、コストがかかるなど工業的な実施に不利な点があった。
【0004】
特開平5−4938号公報では、不飽和カルボン酸の過酸化水素による酸化を行なう際に、タングステン酸類と4級アミン塩とを別々に仕込んで酸化開裂反応を行なうことにより、低濃度の過酸化水素でも容易な製造工程で良好な収率で飽和カルボン酸が得られることを記載している。また、特開平8−99927号公報には、不飽和脂肪酸を、ルテニウムベースの触媒の存在下で過酸化水素により酸化してモノ/ジカルボン酸を製造する方法が記載されている。
【0005】
しかしながら、これらの方法では依然として触媒活性が低かったり、高濃度の過酸化水素が必要であったりするなどの問題がある。
【0006】
【特許文献1】特開昭60−34929号公報
【特許文献2】特開昭63−93746号公報
【特許文献3】特開平5−4938号公報
【特許文献4】特開平8−99927号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、環境への負荷が少なく、高収率でモノカルボン酸及び/又はジカルボン酸を製造する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることにより、触媒活性が高く、効率的にカルボン酸を製造できることを見出した。
【0009】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを含むカルボン酸の製造方法。
(2)前記不飽和脂肪酸が一価不飽和脂肪酸である前記(1)記載の方法。
(3)前記一価不飽和脂肪酸が、オレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、エルカ酸、ブラシジン酸、オブツシル酸、カプレイン酸、ウンデシレン酸、リンデル酸、ツズ酸、フィゼテリン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、エライジン酸、アスクレピン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、ゴンドイン酸、セトレイン酸及びcis−6−ヘキサデセン酸からなる群より選択される前記(2)記載の方法。
(4)前記不飽和脂肪酸が多価不飽和脂肪酸である前記(1)記載の方法。
(5)前記多価不飽和脂肪酸が、リノール酸、リノレン酸、γ−リノレン酸、リシノール酸、α−エレオステアリン酸、β−エレオステアリン酸、ブニカ酸、trans−10−オクラデカジエン酸及びtrans−12−オクラデカジエン酸からなる群より選択される前記(4)記載の方法。
(6)前記タングステン酸類がタングステン酸アルカリ金属塩である前記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記多塩基酸水素塩が、硫酸水素塩、炭酸水素塩、リン酸水素塩、砒酸水素塩及びセレン酸水素塩からなる群より選択される前記(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)さらにリン酸を添加して反応させることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)モノカルボン酸及びジカルボン酸を製造するための前記(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)前記ジカルボン酸が、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、コハク酸、グルタル酸、ウンデカン二酸、トリデカン酸及びスベリン酸からなる群より選択される前記(9)記載の方法。
(11)前記(1)〜(10)のいずれかに記載の製造方法であって:
(a)不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させる工程;
(b)反応混合物からモノカルボン酸を非水性溶媒で抽出分離し、次いで残った反応混合物からジカルボン酸を水で抽出分離する工程;
そして、場合により、
(c)前記工程(b)のジカルボン酸を含む水層に非水性溶媒を加えてジカルボン酸をさらに抽出分離するか、または該水層から再結晶によってジカルボン酸を析出させる工程;
を含むモノカルボン酸及びジカルボン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、不飽和脂肪酸の酸化開裂反応における触媒活性を高くすることができるため、酸化剤である過酸化水素の使用量が少なくても高収率で目的とするモノカルボン酸及び/又はジカルボン酸を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明の製造方法について詳細に説明する。
本発明によるカルボン酸の製造方法は、不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを含む。
【0012】
本発明で原料として用いられる不飽和脂肪酸としては、分子内に少なくとも1つ以上の二重結合を有する脂肪酸であれば特に限定されるものではなく、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、cis型不飽和脂肪酸、trans型不飽和脂肪酸のいずれのものであってもよい。
【0013】
一価不飽和脂肪酸の例としては、オレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、エルカ酸、ブラシジン酸、オブツシル酸、カプレイン酸、ウンデシレン酸、リンデル酸、ツズ酸、フィゼテリン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、エライジン酸、アスクレピン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、ゴンドイン酸、セトレイン酸及びcis−6−ヘキサデセン酸等が挙げられる。
【0014】
多価不飽和脂肪酸の例としては、リノール酸、リノレン酸、γ−リノレン酸、リシノール酸、α−エレオステアリン酸、β−エレオステアリン酸、ブニカ酸、trans−10−オクラデカジエン酸及びtrans−12−オクラデカジエン酸等が挙げられる。
【0015】
本発明の方法においては、上記不飽和脂肪酸のいずれか1種類だけでもよいし、あるいは2種類以上を用いてもよい。また、上記不飽和脂肪酸類を含む魚油や植物油、例えば、マッコウ鯨油、いるか油、鯨油、あざらし油、イワシ油、にしん油、サメ肝油、タラ肝油、菜種油、ひまわり油、落花生油、オリーブ油、ナッツ油、コーン油、大豆油、アマニ油、麻油、ぶどう種子油、コプラ油、パーム油、綿実油、ババス油、ジョジョバ油、ごま油及びひまし油等を用いてもよい。さらには、上記不飽和脂肪酸のエステル(例えば、グリセリド)を用いてもよい。
【0016】
本発明で用いられるタングステン酸類としては、例えば、タングステン酸、リンタングステン酸、モリブデン酸、リンモリブデン酸等が挙げられ、これらの塩を用いてもよい。塩としては、例えば、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩が挙げられる。
【0017】
本発明で用いられる第四級アンモニウム多塩基酸水素塩とは、下記式:
[RN]
(式中、R、R、R及びRは、それぞれ独立して、C−C10アルキル基又はアラルキル基であり、Xは多塩基酸水素イオンである)
で表されるアンモニウム塩を意味する。
【0018】
−C10アルキル基の例としては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル等が挙げられる。また、アラルキル基の例としてはベンジル基が挙げられる。
【0019】
第四級アンモニウムイオン[RN]の例としては、例えば、トリオクチルメチルアンモニウムイオン、テトラブチルアンモニウムイオン、ベンジルトリエチルアンモニウムイオン等が挙げられる。
【0020】
多塩基酸水素イオンXとしては、硫酸水素イオン、炭酸水素イオン、リン酸水素イオン、砒酸水素イオン及びセレン酸水素イオン等が挙げられる。
【0021】
タングステン酸類は2種類以上を組み合わせて用いてもよい。また、び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩も2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
本発明の方法では、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で酸化剤として過酸化水素を用いて、これを不飽和脂肪酸と反応させて不飽和脂肪酸中の二重結合を酸化開裂する。
【0023】
過酸化水素は、例えばその水溶液(即ち、過酸化水素水)として用いてもよい。水溶液として用いる場合その濃度は特に限定されないが、本発明者らの研究によればタングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で用いると、低濃度の過酸化水素水(例えば、1〜30wt%)でも効率的に酸化反応が進行することが分かった。従来の方法では、触媒活性を十分に出すためには高濃度の過酸化水素水(例えば65wt%)が必要であったが、本発明の方法では低濃度の過酸化水素を用いることができるので、安全性及びコストの面から非常に有利である。
【0024】
タングステン酸類の使用量は、不飽和脂肪酸に対して通常0.1〜10wt%、好ましくは2〜7wt%である。また、第四級アンモニウム多塩基酸水素塩は不飽和脂肪酸に対して通常0.1〜10wt%、好ましくは2〜7wt%である。
【0025】
反応溶媒としては、特に水が好ましいが、有機溶媒、例えばクロロホルム、ジクロルエタン、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素、炭素数1〜5のアルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトニトリル等を単独又は2種以上を混合使用してもよい。
【0026】
反応温度としては室温〜還流温度で行なえばよい。また、反応時間は反応温度や反応性にもよるが、通常1〜24時間程度であり、好ましくは1〜10時間である。
なお、この反応はリン酸を添加して行なってもよい。
【0027】
反応終了後、反応混合物から生成したモノカルボン酸及びジカルボン酸を単離する。好ましくはモノカルボン酸は反応混合物から非水性溶媒により抽出分離される。非水性溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン等の脂肪族炭化水素溶媒及び酢酸エチル等が挙げられる。
【0028】
次いで、ジカルボン酸を残りの反応混合物から水により抽出分離する。さらに精製するには、例えば、ジカルボン酸を抽出した水層に非水性溶媒を加えて抽出するか、あるいはジカルボン酸を抽出した水層から再結晶によってジカルボン酸を析出させるとよい。
【0029】
また上記の抽出分離に代えて、又は抽出分離と組み合わせて、例えば、クロマトグラフィーや蒸留等の周知慣用の精製手段を用いてもよい。
【0030】
本発明の製造方法により、原料に用いた不飽和脂肪酸に対応したモノカルボン酸/及びジカルボン酸を効率的に簡便な方法で製造することができる。本発明の方法により、例えば、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、コハク酸、グルタル酸、ウンデカン二酸、トリデカン酸又はスベリン酸等のジカルボン酸を製造することができる。本発明の方法により得られるモノカルボン酸及びジカルボン酸は、例えばポリエステル系可塑剤、ナイロン、ポリエステル原料、潤滑油等の原料として広範囲に利用される。
【実施例】
【0031】
本発明を以下の実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1:オレイン酸の酸化によるアゼライン酸及びノナン酸の製造
【0032】
【化1】

【0033】
タングステン酸ナトリウム二水和物(584mg,1.77mmol)、硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウム(824mg,1.77mmol)及び30%過酸化水素水(17.7g,155.76mmol)を混合し、60℃で15分間撹拌した。その混合溶液にオレイン酸(10.0g,35.4mmol)を加え、90℃で5時間撹拌した。反応終了後、蒸留水(5ml)を加えて90℃で抽出を6回行ない、分離した水層を酢酸エチル(20ml)で5回抽出した。酢酸エチルを留去してアゼライン酸(4.7g,70%)を得た。次いで、残りの反応溶液は室温まで冷却してヘキサン(20ml)で6回抽出し、溶媒を留去することによりノナン酸(4.8g,85%)を得た。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の方法により、低濃度の過酸化水素を用いても優れた収率で不飽和脂肪酸からカルボン酸を製造することができる。また、本発明のモノカルボン酸及びジカルボン酸の製造方法は、脱石油、カーボンニュートラルのニーズを満たすものであり、さらには低濃度の過酸化水素を使用することが可能であるので、環境に対する負荷が低い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを含むカルボン酸の製造方法。
【請求項2】
前記不飽和脂肪酸が一価不飽和脂肪酸である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記一価不飽和脂肪酸が、オレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、エルカ酸、ブラシジン酸、オブツシル酸、カプレイン酸、ウンデシレン酸、リンデル酸、ツズ酸、フィゼテリン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、エライジン酸、アスクレピン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、ゴンドイン酸、セトレイン酸及びcis−6−ヘキサデセン酸からなる群より選択される請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記不飽和脂肪酸が多価不飽和脂肪酸である請求項1記載の方法。
【請求項5】
前記多価不飽和脂肪酸が、リノール酸、リノレン酸、γ−リノレン酸、リシノール酸、α−エレオステアリン酸、β−エレオステアリン酸、ブニカ酸、trans−10−オクラデカジエン酸及びtrans−12−オクラデカジエン酸からなる群より選択される請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記タングステン酸類がタングステン酸アルカリ金属塩である請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記多塩基酸水素塩が、硫酸水素塩、炭酸水素塩、リン酸水素塩、砒酸水素塩及びセレン酸水素塩からなる群より選択される請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
さらにリン酸を添加して反応させることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
モノカルボン酸及びジカルボン酸を製造するための請求項1〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
前記ジカルボン酸が、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、コハク酸、グルタル酸、ウンデカン二酸、トリデカン酸及びスベリン酸からなる群より選択される請求項9記載の方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項記載の製造方法であって:
(a)不飽和脂肪酸と過酸化水素とを、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させる工程;
(b)反応混合物からモノカルボン酸を非水性溶媒で抽出分離し、次いで残った反応混合物からジカルボン酸を水で抽出分離する工程;
そして、場合により、
(c)前記工程(b)のジカルボン酸を含む水層に非水性溶媒を加えてジカルボン酸をさらに抽出分離するか、または該水層から再結晶によってジカルボン酸を析出させる工程;
を含むモノカルボン酸及びジカルボン酸の製造方法。

【公開番号】特開2008−156298(P2008−156298A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−348125(P2006−348125)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】