説明

カルボン酸の製造方法

【課題】不飽和トリアシルグリセロールを原料として、過酸化水素を酸化剤として用い、モノカルボン酸、ジカルボン酸、及びトリカルボン酸を効率的に合成する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】不飽和トリアシルグリセロールと過酸化水素とを、タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上、並びに第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボン酸の製造方法に関する。さらに詳しくは、ポリエステル系可塑剤等として有用なカルボン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボン酸は、ポリエステル系可塑剤、ナイロン、ポリエステル原料、潤滑油等の原料として広範囲に利用されている有用物質であり、その製造方法も種々知られている。一般的には、過マンガン酸カリウムや重クロム酸カリウム等の金属化合物によるアルコールもしくはアルデヒドの酸化や、オゾン等の酸化剤によるオレフィン類の酸化開裂が行われている。しかし、これらの方法は金属化合物やオゾン等の毒性物質を取り扱うため工業的規模での製造にはまだまだ課題が多い。また、金属化合物による方法は、選択性が悪く重金属を含む大量の廃棄物を生ずる問題がある。さらに、オゾンによる方法は、大量のオゾンを合成するために大電力が必要であり、環境問題の解決に寄与するためのバイオプラスチック用原料の合成技術には不適である。
【0003】
そこで、カルボン酸を製造するための方法として、近年、過酸化水素等の酸化剤を用いた酸化開裂により製造する方法が知られている。例えば、(特許文献1)には、リンタングステン酸と4級アミンとの錯化合物を触媒として用い、オレイン酸と過酸化水素を反応させてアゼライン酸及びペラルゴン酸を得る方法が開示されている。また、(特許文献2)には、ヘテロポリ酸を触媒として同じくオレイン酸からアゼライン酸及びペラルゴン酸を製造する方法が開示されている。しかしながら、これらの方法は煩雑な操作が必要であったり、コストがかかる等、工業的な実施には不利な点があった。
【0004】
さらに、(特許文献3)には、不飽和カルボン酸の過酸化水素による酸化を行う際に、タングステン酸、リンタングステン酸等と4級アミン塩とを別々に仕込んで酸化開裂反応を行うことにより、低濃度の過酸化水素でも容易な製造工程で良好な収率で飽和カルボン酸が得られることが記載されている。
【0005】
上記従来の技術は、植物種子油であるトリオレインや、カノーラ油、ニンジン油等の植物油脂を原料として直接ジカルボン酸を合成することはできず、またトリカルボン酸の合成には成功していないなど、実用化には不十分なものであった。トリカルボン酸は3官能のモノマーであり、バイオプラスチックの架橋剤として有用であるが、石油を原料とする従来の合成法では生成困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭60−34929号公報
【特許文献2】特開昭63−93746号公報
【特許文献3】特開平5−4938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、不飽和トリアシルグリセロールを原料として、過酸化水素を酸化剤として用い、モノカルボン酸、ジカルボン酸、及びトリカルボン酸を効率的に合成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、不飽和トリアシルグリセロールと過酸化水素とを反応させる際に、タングステン酸類及び第四級アンモニウム多塩基酸水素塩を触媒として用いることにより、トリアゼライン酸等のトリカルボン酸が生成することを見い出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)不飽和トリアシルグリセロールと過酸化水素とを、タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上、並びに第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを含むカルボン酸の製造方法。
(2)不飽和トリアシルグリセロールが、トリオレイン又はニンジン油である上記(1)に記載のカルボン酸の製造方法。
(3)タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上が、タングステン酸ナトリウムである上記(1)又は(2)に記載のカルボン酸の製造方法。
(4)タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上が、リンタングステン酸ナトリウムである上記(1)又は(2)に記載のカルボン酸の製造方法。
(5)第四級アンモニウム多塩基酸水素塩が、硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウムである上記(1)〜(4)のいずれかに記載のカルボン酸の製造方法。
(6)カルボン酸が、モノカルボン酸、ジカルボン酸及びトリカルボン酸から選ばれる一種以上である上記(1)〜(5)のいずれかに記載のカルボン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、過酸化水素を酸化剤として用い、不飽和トリアシルグリセロールのC=C二重結合部を特異的に酸化分解して、ジカルボン酸やトリカルボン酸等の多価カルボン酸を効率的に得ることができる。反応効率は従来の2〜5倍に達する。なお、得られたトリカルボン酸は、バイオプラスチックの架橋剤等に好適に利用することができる。
【0011】
また本発明は、ハロゲンを用いず、且つ有害な廃棄物を生成することなく実施することができる。さらに、タングステン酸ナトリウムを用いた場合には、タングステン元素としての使用量を従来(リンタングステン酸)の1/12程度に低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明のカルボン酸の製造方法は、不飽和トリアシルグリセロールと過酸化水素とを、タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上、並びに第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを特徴とする。
【0014】
本発明で原料として用いられる不飽和トリアシルグリセロールは、グリセロール(グリセリン)に3分子の脂肪酸がエステル結合したものであり、脂肪酸としては分子内に少なくとも1つ以上の二重結合を有する不飽和脂肪酸であれば特に限定されるものではなく、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、また単鎖不飽和脂肪酸、分岐不飽和脂肪酸のいずれも用いることができる。また、cis型不飽和脂肪酸、trans型不飽和脂肪酸のいずれであってもよい。脂肪酸部分の炭素数は、特に限定されるものではないが、好ましくは8〜26、より好ましくは16〜22である。
【0015】
不飽和脂肪酸の例としては、オレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、エルカ酸、ブラシジン酸、オブツシル酸、カプレイン酸、ウンデシレン酸、リンデル酸、ツズ酸、フィゼテリン酸、ミリストレイン酸、エライジン酸、アスクレピン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、ゴンドイン酸、セトレイン酸及びcis−6−ヘキサデセン酸等が挙げられる。ペトロセリン酸の場合は、本発明により生成するジカルボン酸がナイロンの合成等に使用されるアジピン酸となり、産業上有用である。
【0016】
多価不飽和脂肪酸の例としては、リノール酸、リノレン酸、γ−リノレン酸、リシノール酸、α−エレオステアリン酸、β−エレオステアリン酸、ブニカ酸、trans−10−オクタデカジエン酸及びtrans−12−オクタデカジエン酸等が挙げられる。
【0017】
本発明の方法においては、グリセロールに上記不飽和脂肪酸のいずれかが結合した1種類のグリセロールエステルのみを用いても良いし、あるいはそれぞれに異なる不飽和脂肪酸が結合した2種類以上のグリセロールエステルの混合物を用いてもよい。また、上記不飽和トリアシルグリセロールを含む植物油、植物油脂類を用いることもできる。具体例として、植物種子由来のトリオレイン(トリオレイン酸グリセロール)、ニンジン油、カノーラ油等を挙げることができる。ここでニンジン油は、ペトロセリン酸、オレイン酸、及びリノール酸が結合した3種類の不飽和トリアシルグリセロールを主成分としている。
【0018】
金属触媒として用いられるタングステン酸としては、H、HWO等が挙げられ、これらの塩としては、例えばリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩が挙げられる。この中でも、タングステン酸ナトリウム(NaWO)は特に好ましく用いられる。
【0019】
また、ヘテロタングステン酸は、タングステン酸骨格中にリン、ケイ素等のヘテロ原子が挿入されたものであり、例としてケイ素タングステン酸(H(SiW1240)・nHO)やリンタングステン酸(H(PW1240)・nHO)等が挙げられる。またこれらの塩としては、例えばリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩が挙げられ、特にリンタングステン酸ナトリウム(Na(PW1240)・nHO)が好ましく用いられる。結晶水の数は特に限定されるものではなく、通常は20〜40である。
【0020】
上記のタングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩は、いずれか1種類を用いても良く、あるいは複数種を併用しても良い。
【0021】
本発明で用いられる第四級アンモニウム多塩基酸水素塩とは、下記式:
[RN]
(式中、R、R、R及びRは、それぞれ独立して、C〜C10アルキル基又はアラルキル基であり、Xは多塩基酸水素イオンである)
で表されるアンモニウム塩を意味する。
【0022】
〜C10アルキル基の例としては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル等が挙げられる。また、アラルキル基の例としてはベンジル基が挙げられる。
【0023】
第四級アンモニウムイオン[RN]の例としては、例えば、トリオクチルメチルアンモニウムイオン、テトラブチルアンモニウムイオン、ベンジルトリエチルアンモニウムイオン等が挙げられる。
【0024】
また、多塩基酸水素イオンXとしては、硫酸水素イオン、炭酸水素イオン、リン酸水素イオン、砒酸水素イオン及びセレン酸水素イオン等が挙げられる。特に好ましい第四級アンモニウム多塩基酸水素塩は、硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウムである。なお、上記の第四級アンモニウム多塩基酸水素塩は、いずれか1種類を用いても良く、あるいは複数種を併用しても良い。
【0025】
過酸化水素は、例えばその水溶液(即ち、過酸化水素水)として用いてもよい。水溶液として用いる場合その濃度は特に限定されないが、本発明者らの研究によればタングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩、並びに第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で用いると、低濃度の過酸化水素水(例えば、1〜30wt%)でも効率的に酸化反応が進行することが分かった。従来の方法では、触媒活性を十分に出すためには高濃度の過酸化水素水(例えば65wt%)が必要であったが、本発明の方法では低濃度の過酸化水素を用いることができるので、安全性及びコストの面から非常に有利である。
【0026】
タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる金属触媒の使用量は、触媒や基質である不飽和トリアシルグリセロールの種類等によって異なり、特に限定されるものではないが、一般的には基質100モルに対して0.1〜30モル、好ましくは1〜20モル、さらに好ましくは5〜15モルである。より具体的には、NaWOを用いる場合、基質100モル当たりの触媒量は1〜30モル、好ましくは2〜30モル、さらに好ましくは5〜15モルである。またH(PW1240)・HOを用いる場合には、基質100モル当たりの触媒量は0.1〜10モル、好ましくは1〜3モルである。
【0027】
また、相間移動触媒として用いる第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の使用量についても特に限定されるものではないが、一般的には基質100モル当たり1〜30モル、好ましくは5〜15モルである。
【0028】
反応溶媒としては、特に水が好ましいが、有機溶媒、例えばクロロホルム、ジクロルエタン、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素、炭素数1〜5のアルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトニトリル等を単独で又は2種以上を混合して使用しても良い。
【0029】
反応温度としては、室温〜還流温度で行うことができる。また、反応時間は反応温度や反応性にもよるが、通常1〜24時間程度である。さらに、この反応はリン酸、硫酸等の酸を添加して行うことが好ましい。なお、本発明の方法は、例えば90℃の反応温度、10時間未満あるいは5時間未満の反応時間でも十分に反応が進行することが分かった。従来のカルボン酸の製造方法(特開平5−4938号公報)では、100℃で10〜24時間程度の反応を要するため、本発明によりカルボン酸を高効率に得ることができる。
【0030】
反応終了後、必要に応じて、反応混合物から生成したモノカルボン酸、ジカルボン酸、及びトリカルボン酸を単離する。好ましくは、モノカルボン酸は反応混合物から非水性溶媒により抽出分離される。非水性溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン等の脂肪族炭化水素溶媒及び酢酸エチル等が挙げられる。
【0031】
次いで、ジカルボン酸及びトリカルボン酸を含む水相のpHを適宜調整し、非水性溶媒を加えてジカルボン酸を抽出する。さらに、残りの反応混合物に非水性溶媒を加えてトリカルボン酸を抽出する。あるいはトリカルボン酸を抽出した水相から再結晶によってトリカルボン酸を析出させても良い。
【0032】
また上記の抽出分離に代えて、又は抽出分離と組み合わせて、例えば、クロマトグラフィーや蒸留等の周知慣用の精製手段を用いても良い。
【0033】
本発明の製造方法により、原料に用いた不飽和トリアシルグリセロールに対応したモノカルボン酸、ジカルボン酸、及び/又はトリカルボン酸を効率的に簡便な方法で製造することができる。本発明の方法により、例えば、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、コハク酸、グルタル酸、ウンデカン二酸、トリデカン酸又はスベリン酸等のジカルボン酸を製造することができる。また、トリアゼライン等のトリカルボン酸を製造することができる。本発明の方法により得られるジカルボン酸及びトリカルボン酸は、例えばポリエステル系可塑剤、ナイロン、ポリエステル原料、潤滑油等の原料として広範囲に利用される。
【実施例】
【0034】
以下、実施例及び比較例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、これらに限定されるものではない。
【0035】
(実施例1)
トリオレイン1.0gに対して13.2当量の30%過酸化水素水(酸化剤)、0.15当量のタングステン酸ナトリウムと硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウム、硫酸(0.37mmol)及び蒸留水1mlを用いた触媒系で酸化反応を行った。その結果、モノカルボン酸であるノナン酸は収率87%であった。またアゼライン酸の収率は19%であり、残りはトリアゼラインで反応が停止していた。これにより、トリオレインと過酸化水素による酸化反応は選択的反応であり、オレフィン部位が酸化的開裂を起こしてカルボン酸を与える反応が優先的に進むことが明らかとなった。下記に反応式を示す。
【0036】
【化1】

【0037】
(実施例2)
次に、不飽和トリアシルグリセロールとしてニンジン油を用いて酸化反応を行った。ニンジン油は数種類の化合物が混合されており正確な分子量は分からない。しかし、全体の8割以上を占める成分はペトロセリン酸とオレイン酸由来であり、これらは二重結合の導入位置が異なるのみで分子量は等しい。そこでニンジン油の分子量はトリオレインと同程度と推定し、上記実施例1の場合と同様の触媒量を使用した。
【0038】
ニンジン油1.0gに対して13.2当量の30%過酸化水素水(酸化剤)、0.15当量のタングステン酸ナトリウムと硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウム、硫酸(0.37mmol)及び蒸留水1mlを用いた触媒系で酸化反応を行った。反応は実施例1のトリオレイン酸化反応と同条件で進行し、20時間で転化率99%以上となった。収率はアジピン酸が14%、アゼライン酸は35%、ラウリン酸が22%、そしてノナン酸が31%であった。
【0039】
(実施例3)
トリオレイン1.0gに対して13.2当量の30%過酸化水素水(酸化剤)、0.05当量のリンタングステン酸ナトリウムNa(PW1240)・nHOと硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウム、40%リン酸水溶液(リン酸0.05mmol相当)を用いた触媒系で酸化反応を行った。その結果、モノカルボン酸であるノナン酸は収率69%であった。またアゼライン酸の収率は52%であり、残りはトリアゼラインで反応が停止していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不飽和トリアシルグリセロールと過酸化水素とを、タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上、並びに第四級アンモニウム多塩基酸水素塩の存在下で反応させることを含むカルボン酸の製造方法。
【請求項2】
不飽和トリアシルグリセロールが、トリオレイン又はニンジン油である請求項1に記載のカルボン酸の製造方法。
【請求項3】
タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上が、タングステン酸ナトリウムである請求項1又は2に記載のカルボン酸の製造方法。
【請求項4】
タングステン酸、ヘテロタングステン酸及びそれらの塩から選ばれる一種以上が、リンタングステン酸ナトリウムである請求項1又は2に記載のカルボン酸の製造方法。
【請求項5】
第四級アンモニウム多塩基酸水素塩が、硫酸水素メチルトリオクチルアンモニウムである請求項1〜4のいずれかに記載のカルボン酸の製造方法。
【請求項6】
カルボン酸が、モノカルボン酸、ジカルボン酸及びトリカルボン酸から選ばれる一種以上である請求項1〜5のいずれかに記載のカルボン酸の製造方法。


【公開番号】特開2010−189317(P2010−189317A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−35529(P2009−35529)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】