説明

カーボンナノチューブ分散評価装置

【課題】カーボンナノチューブを分散させるための分散溶媒や分散手法の評価を行うために有効なツールを提供する。
【解決手段】まず試料(カーボンナノチューブが分散された分散液)に対する全波長領域の励起光走査を行ってフォトルミネッセンスのスペクトルを測定した結果に基づき、カイラリティ分布を作成・表示する(S1〜S3)。その分布上で1乃至複数のカイラリティが選択されると(S4)、該カイラリティに対応した励起光波長、蛍光波長の波長ペアについての受光強度が、設定された測定時間間隔毎に測定され、グラフ上にプロットされる(S6〜S17)。カーボンナノチューブは凝集した状態ではフォトルミネッセンスを発しないため、時間経過に伴う強度の低下状態により凝集化の進行を把握することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、励起光の照射に応じて試料から放出されるフォトルミネッセンスを測定するフォトルミネッセンス測定装置を利用して、カーボンナノチューブが分散された分散液中のカーボンナノチューブの分散状態や凝集の起こり易さなどを評価するためのカーボンナノチューブ分散評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
シングルカーボンナノチューブ(SWNT)は炭素六員環構造が連結した1枚の網目状のシート(グラフェンシート)が筒状に丸められた構造を有しているが、この丸まり方(カイラリティ)によって物性が大きく異なる。例えば炭素の六員環がチューブの軸に沿って並んでいる場合には金属としての特性を示し、炭素の六員環が軸の周りに螺旋状に並んでいる場合には半導体としての特性を示す。従って、カーボンナノチューブを評価する上でカイラリティを調べることは重要であり、カーボンナノチューブを含む試料の特性を把握する上でカイラリティ分布を調べることが必要である。
【0003】
シングルカーボンナノチューブが孤立分散状態である場合、光励起により各カイラリティに特有の波長の発光(フォトルミネッセンス)が生じることが知られている。この現象を利用して、従来より、カイラリティ分布を測定することが可能な近赤外光フォトルミネッセンス測定装置が開発されている(例えば非特許文献1参照)。従来のこうした装置では、試料に照射する励起光の各波長毎に、一定の時間内で検出される信号を積算して蛍光強度(フォトルミネッセンスの受光強度)とし、これを並べてプロットすることで、励起光波長、蛍光波長、強度の3つのディメンジョンを有するデータを収集し、これから3次元マッピングを行うことが可能である。これにより、試料に含まれるカーボンナノチューブのカイラリティの種類を確認することが可能である。
【0004】
ところで、カーボンナノチューブを様々な分野で利用するため、或いはカーボンナノチューブを様々な部品として利用するためには、カーボンナノチューブが孤立化された状態で均一に分散された分散液を用いることが有益である。こうした分散液では、分散溶媒中に均一分散させたカーボンナノチューブが時間経過に伴って凝集(バンドル化)し易いという問題があり、こうした凝集が起こりにくい分散溶媒材料や分散手法の研究・開発が鋭意進められている(例えば特許文献1、2など参照)。こうした研究・開発を進めるために、分散液中のカーボンナノチューブの分散状態の保持時間の測定や凝集化の過程の観察などを行うことがますます重要になってきているが、従来、特定のカイラリティにターゲットを絞ってカーボンナノチューブが元の凝集状態に帰する経緯を観察できるような装置は存在しなかった。
【0005】
【特許文献1】特開2005−154630号公報
【特許文献2】特開2007−76998号公報
【非特許文献1】渡邉、大隅、池田、篠山、中川、「デベロップメント・オブ・ニア−インフラレッド・フォトルミネッセンス・スペクトロメータ(Development of Near-Infrared Photoluminescence Spectrometer)」、フラーレン・ナノチューブ研究会、第29回フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウム講演予稿集、平成17年7月25日
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこうした課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、カーボンナノチューブが分散された分散液中のカーボンナノチューブの凝集の時間的経緯を容易に且つ的確に観測することができるカーボンナノチューブ分散評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料に所定波長の励起光を照射する光励起手段と、その光励起に応じて試料から放出されるフォトルミネッセンスの強度を検出する検出手段と、を具備するフォトルミネッセンス測定装置を利用して、カーボンナノチューブが分散された分散液の評価を行うカーボンナノチューブ分散評価装置であって、
a)目的とする試料に対して所定の波長範囲に亘る励起光の波長走査を行いつつフォトルミネッセンスの強度を検出した結果に基づいて、励起光波長、蛍光波長、強度の関係を示すカイラリティ分布情報を作成する事前情報作成手段と、
b)前記カイラリティ分布情報を利用して、ユーザが特定の1乃至複数の励起光波長・蛍光波長の組を指定するための指定手段と、
c)前記指定手段により指定された1乃至複数の励起光波長・蛍光波長の組に対応したフォトルミネッセンスの強度を時間経過に伴って繰り返し測定する測定実行手段と、
d)前記測定実行手段による測定結果により、励起光波長・蛍光波長の組毎にフォトルミネッセンスの強度の時間的変化を示す情報を作成する時間的変化情報作成手段と、
を備え、前記時間的変化情報作成手段により得られる情報に基づいて試料中のカーボンナノチューブの凝集状態の評価を行えるようにしたことを特徴としている。
【0008】
一般的に、分散液中でのカーボンナノチューブの凝集化の状態や進み方はカーボンナノチューブのカイラリティによって異なる。そこで、まず最初に試料(分散液)中にどのようなカイラリティのカーボンナノチューブが存在するかを調べるために、上記事前情報作成手段は、所定の波長範囲に亘る励起光の波長走査を行いつつ蛍光スペクトル(フォトルミネッセンスの波長分布特性)を検出し、励起光波長、蛍光波長、強度の3つのディメンジョンを持つデータを収集して、これらの関係を示すカイラリティ分布情報を作成する。
【0009】
一態様として、この情報は、励起光波長、蛍光波長を紙面上で互いに直交する二軸にとり、その紙面に直交する方向に強度軸をとった(強度は等高線や色の相違などで表現する)グラフとすることができる。このグラフの上で、カイラリティを表す指標であるカイラル指数は励起光波長と蛍光波長の組と一対一で対応付けることができる。即ち、上記指定手段により、或る一組の励起光波長と蛍光波長の組とが指定されることは、或る1つのカイラリティが指定されることを意味する。従って、ユーザは指定手段により、凝集化の過程を観察したい、任意の数(種類)のカイラリティを指定することができる。
【0010】
1乃至複数の励起光波長・蛍光波長の組が指定されると、測定実行手段は、例えば予め設定された時間間隔毎に、指定された励起光波長の励起光を試料に照射し、それに応じて試料から発せられたフォトルミネッセンスの中で指定された蛍光波長の強度を測定する。測定の時間間隔は測定パラメータの一つとしてユーザが設定できるようにしておくとよい。測定実行手段は時間経過に伴って測定を繰り返し、時間的変化情報作成手段は、その測定結果を用いて例えば測定開始時点からの経過時間を横軸、強度を縦軸にとったグラフをカイラリティ毎に作成する。
【発明の効果】
【0011】
分散溶媒中でカーボンナノチューブが凝集状態であると、光励起を行ってもフォトルミネッセンスを発しないため、時間経過に伴ってフォトルミネッセンスの強度が低下した場合にはカーボンナノチューブの凝集化が進んだと捉えることができる。本発明に係るカーボンナノチューブ分散評価装置によれば、カイラリティ毎にこうしたカーボンナノチューブの凝集化の状態が把握できるので、分散溶媒の種類や分散手法の相違などに対する分散状態の安定性などの評価に関する有益な情報を得ることができ、カーボンナノチューブの研究・開発の効率向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係るカーボンナノチューブ分散評価装置の一実施例について図面を参照して説明する。この実施例の装置は、ハードウエア構成としては近赤外フォトルミネッセンス測定装置を用い、これに特徴的な制御ソフトウエアを適用してカーボンナノチューブ分散液中のカーボンナノチューブの凝集状態をモニタする機能を持たせたものである。
【0013】
図1は本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置の要部の概略構成図である。キセノンランプを含む光源部1から出射した白色光は励起側分光器2で波長分散され、特定の波長を有する光が取り出されて、励起光として試料Sに照射される。励起側分光器2で取り出される光の波長は、分析制御部10からの指令に応じて所定波長範囲λ1〜λ2内で走査可能となっている。なお、試料Sへ入射する励起光を遮蔽するために、光路中にはシャッタ駆動部4により駆動される励起光シャッタ3が配設されている。
【0014】
励起光の照射に応じて試料Sから発生する蛍光や燐光などによるフォトルミネッセンスは、蛍光側分光器7に導入され、ここで波長分散されて検出器8に入射される。なお、蛍光側分光器7に入射する光を遮蔽するために、光路中にはシャッタ駆動部6により駆動される蛍光シャッタ5が配設されている。検出器8は多数のインジウム−ガリウム−ヒ素(InGaAs)受光素子が直線的に配列されたリニアPDA検出器であり、フォトルミネッセンスに由来する所定波長範囲の分散光はほぼ一斉に検出され、波長毎の受光強度に応じた検出信号が出力される。
【0015】
検出器8による検出信号はA/D変換器(ADC)16によりデジタル値に変換され、データ処理部13に入力される。このデータ処理部13及び全体の制御を司る中央制御部12はパーソナルコンピュータ(PC)11で具現化することができ、PC11にインストールされた専用の制御/処理ソフトウエアを実行することでその機能を実現することができる。中央制御部12には、キーボード、マウス等のポインティングデバイスなどの操作部14と、液晶ディスプレイなどの表示部15とが接続されている。
【0016】
図2は励起側分光器2及び蛍光側分光器7を含む測光系の詳細な光路構成図である。図示しないキセノンランプからの出射光はコリメートレンズによりコリメートされた状態で図2の右方から導入され、レンズ20で集光され、スリット21を通過して、ミラー22、第1回折格子23、トロイダル鏡24、スリット25、第2回折格子26から成るダブルモノクロメータで波長分散される。そして特定の波長を有する光がスリット27を通過し、ミラー28及びトロイダル鏡29を経て試料ステージ30にセットされた試料Sに励起光として照射される。第2回折格子26は図示しないモータにより回動可能となっており、この回動によってスリット27の開口に到達する光の波長が変化し、それにより励起光の波長走査が達成される。
【0017】
この励起光の照射を受けて試料Sから発せられたフォトルミネッセンスはトロイダル鏡31で集光され、2つのミラー32、33を経て、トロイダル鏡34、ミラー35、スリット36、ミラー37、回折格子38、ミラー39から成るポリクロメータにより波長分散される。分散光はシリンドリカルレンズ40で紙面に直交する方向に集光され、波長分散されたまま検出器8に入射する。なお、図2ではシャッタ3、5は記載を省略している。
【0018】
次に、本実施例のカーボンナノチューブ分散評価装置の特徴である、カーボンナノチューブの凝集状態の評価を行うための機能、即ち凝集モニタ測定機能を利用した測定を行う手順と実際の装置の処理動作について、図3のフローチャートに従って説明する。
【0019】
まず、分析担当者は測定対象の試料(カーボンナノチューブが所定の分散溶媒中に分散された分散液)を装置にセットする(ステップS1)。測定が開始されると、分析制御部10はまず励起光の全波長範囲に亘るフォトルミネッセンス測定を実行する(ステップS2)。即ち、まず励起光波長範囲λ1〜λ2の下限波長λ1(又は上限波長λ2でもよい)の光が取り出されるように励起側分光器2を設定し、それにより取り出された励起光を試料Sに照射する。
【0020】
励起光の照射により試料Sから発せられたフォトルミネッセンスは、蛍光側分光器7で波長分散されて検出器8で波長毎の受光強度が検出される。1つの励起光波長についてのスペクトルが得られたならば、励起光波長を所定波長ステップだけ変化させ、同様にしてスペクトルを測定する。これを、励起光波長が上限波長λ2(又は下限波長λ1)になるまで繰り返す。実際には、1つの励起光波長毎に、指定された積算時間だけ励起光を当て続け、それに対応して得られるフォトルミネッセンスによる電荷信号を蓄積することで受光強度を得るとよい。
【0021】
上記のような本測定の前の事前のフォトルミネッセンス測定により、励起光波長、蛍光波長、及び強度(受光強度)の3つのディメンジョンを持つデータが得られる。このデータは、周知のように分散液中に存在するカーボンナノチューブのカイラリティを反映しているから、上記のように収集されたデータを用いて、励起光波長EXを縦軸、蛍光波長EMを横軸、フォトルミネッセンス(PL)の強度を紙面に垂直な方向の軸にとったマッピング(カイラリティ分布)を作成して、表示部15の画面上に表示する(ステップS3)。図4はこうして得られるカイラリティ分布50の一例である。この測定結果は、SDS(界面活性剤)で分散した、市販されている米国Carbon Nanotechnologies Inc. (CNI社)製のHiPco(登録商標)シングルカーボンナノチューブの測定結果の例である。
【0022】
カイラリティ毎のフォトルミネッセンスのピーク座標(励起光波長と蛍光波長との組)は、カーボンナノチューブが分散される分散溶媒の種類に依存することが知られている。そこで、図4のような、試料(被検体)に対する全測定波長範囲のカイラリティ分布50を取得することで、試料に含まれるシングルカーボンナノチューブの全てのカイラリティを予め確認することが可能となる。シングルカーボンナノチューブのカイラリティを表す指標が、図4中に例えば符号52で示したカイラル指数(n,m)であり、励起光波長と蛍光波長との組み合わせ、つまり波長ペアとカイラル指数とは一対一に対応している。例えば図4中では、周知のカイラル指数(つまり波長ペア)に対応した座標位置(実際には1点)が○印51で示されている。この○印51内に強度ピークが存在すれば、試料Sにそのカイラル指数で定義されるカイラリティを持つカーボンナノチューブが含まれていることになる。
【0023】
次に、分析担当者は、上述のような事前測定により取得されたカイラリティ分布(カウンタプロット)から、凝集過程を観測したいカーボンナノチューブのカイラリティを選択する(ステップS4)。その選択方法として様々な方法を用いることができるが、例えば制御ソフトウエア上で選択機能を設けておき、操作部14のマウスによるクリック操作等で、表示部15に表示されたカイラリティ分布50上でピーク位置付近にマーキングを行う。すると、例えば図5に示すような別に開いた測定パラメータ設定用画面55上で、選択されたカイラリティ座標の励起光波長EXと蛍光波長EMとの波長ペアの数値が波長ペア入力欄56に表示される。その表示状態で追加ボタンがクリック操作されると、入力が確定して右方の波長ペア設定表示欄57に確定した数値が表示される。基本的には、任意の数の波長ペアの設定が可能である。
【0024】
次に、分析担当者は別の測定パラメータ設定用画面上にて測定時間間隔等の凝集モニタ測定パラメータを入力設定する(ステップS5)。測定パラメータとしては、先に選択された波長ペア(励起光波長、蛍光波長)や、測定時間間隔を決定する測定時間幅Δt、検出器8での電荷積算時間、などがある。上述のように波長ペアが複数設定された場合には、波長ペアに1、2、3、…(以下、波長ペアP1、P2、…と記述)と優先順位を示す番号を付すこととする。そうした必要な測定パラメータが設定された上で分析担当者が凝集モニタ測定の開始を指示すると(ステップS6)、中央制御部12から指示を受けた分析制御部10の制御の下に凝集モニタ測定が開始される。測定実行中には、指定された励起光波長と蛍光波長との各波長ペアに関して、指定された測定時間間隔で規定された時間間隔毎にフォトルミネッセンスの強度が測定されて、時間経過とともに記録される。
【0025】
即ち、凝集モニタ測定の開始により計時はゼロから開始される。そして、測定開始時点から最初の測定時間幅Δtが経過したとき、波長ペアP1の励起光波長(例えば図5の例では550nm)が励起側分光器2で取り出されるように波長が設定される(ステップS7)。次に、シャッタ駆動部4、6により励起光シャッタ3、蛍光シャッタ5をともに閉鎖し(ステップS8)、検出器8に光が入射しない状態で、測定パラメータとして設定された電荷積算時間に相当する時間だけ積算した、波長ペアP1の蛍光波長(例えば図5の例では850nm)における強度信号を検出器8により測定し、これをダークレベルとして記録する(ステップS9)。
【0026】
次に、シャッタ3、5を開放し(ステップS10)、試料Sに励起光が照射された状態で、試料Sから発せられたフォトルミネッセンスを上記と同じ電荷積算時間だけ積算して、波長ペアP1の蛍光波長における強度信号を取得し、これをサンプルデータとして記録する(ステップS11)。このサンプルデータは上記ダークレベルだけ嵩上げされているから、サンプルデータから先に記録したダークレベルを差し引くことにより真の強度を求め(ステップS12)、これを経過時間に対応付けて記録するとともにグラフ上にプロットする(ステップS13)。これにより、例えば後述する図6に示すようなグラフにおいて、或る1つの波長ペアに対する或る時点での強度の結果がプロットされる。
【0027】
続いて、上記で測定した以外の他の波長ペアが設定されているか否かを判定する(ステップS14)。測定すべき他の波長ペアが存在する場合、例えば波長ペアP2が存在する場合にはステップS7に戻り、その波長ペアP2の励起光波長(例えば図5の例では600nm)に励起側分光器2の設定を変更して上記と同様にステップS7〜S13の処理を実行し、波長ペアP2の蛍光波長(例えば図5の例では900nm)におけるフォトルミネッセンスの真の強度信号を取得する。波長ペアの数が3以上である場合には、さらにステップS7〜S13の処理を繰り返すことになる。
【0028】
測定すべき波長ペアがなくなったならば、例えば予め設定された測定終了時間に達したか否かを判定することにより、或いは、予め設定された測定回数に達したか否かを判定することにより、測定が終了したか否かを判定する(ステップS15)。未だ測定を継続する必要がある場合には、直前の測定の時点から測定時間幅Δtが経過したか否かを判定し(ステップS16)、測定時間幅Δtが経過して次の測定のタイミングになるまで待つ。その後に、ステップS7に戻り、まず波長ペアP1の励起光波長を設定し、波長ペアP1の蛍光波長の強度を測定する、という手順で測定を繰り返す。
【0029】
なお、検出器8はマルチチャンネル型であり所定の波長範囲の受光強度が同時に得られるから、検出器8では波長ペアで指定されている蛍光波長に対応する1つの受光素子の強度を選択して出力すればよい。励起光波長が同一であり、蛍光波長のみが相違するような波長ペアが2以上存在する場合には、1回の測定で検出器8により得られるデータから2以上の波長ペア分の強度信号をそれぞれ選択出力してプロットすることができる。
【0030】
そうして各波長ペアに対する強度の測定を繰り返し、測定終了と判定されると、ステップS15からS17へと進み、それまでに取得された全データ、即ち、時間と強度との関係を示すグラフを表示部15の画面上に表示する。
【0031】
図6は本実施例のカーボンナノチューブ分散評価装置により得られたグラフの一例を示す図である。この例では、カイラル指数(10,2)、(7,5)で表される2つのカイラリティが測定対象として選択され、その2つのカイラリティに対応する波長ペアの強度の時間的変化が測定されてグラフ上にプロットされている。この図6の例において、カイラル指数(10,2)に比べてカイラル指数(7,5)では、時間経過に伴って強度が急に下がっていることが分かる。分散液中でカーボンナノチューブの凝集が進むとフォトルミネッセンスの強度は下がるから、図6の結果から、カイラル指数(7,5)のカイラリティを有するカーボンナノチューブは凝集し易いことが理解できる。
【0032】
このようにしてカーボンナノチューブの凝集経過を容易に確認することができるから、分散溶媒や分散手法の評価ツールとして活用することができる。
【0033】
また、この装置では、測定パラメータ設定用画面55のレシオ設定欄58でレシオ計算の分子・分母の波長ペアを設定しておくことにより、任意の波長ペアの強度比の時間経過をデータとして取得し、グラフ化することもできる。図7は図6の測定結果に基づく波長ペア間の強度レシオグラフである。カイラリティはシングルカーボンナノチューブの直径に依存しており、この例では、レシオ算出対象のカイラリティペアとして直径の太いシングルカーボンナノチューブと細いシングルカーボンナノチューブとが選択されているから、レシオグラフにおける時間的変化により、凝集のし易さについてのカーボンナノチューブ直径依存性を把握することができる。即ち、強度レシオが一定に近ければ、凝集のし易さのカーボンナノチューブ直径依存性は小さく、逆に、図7に示すように強度レシオの変化が大きければ、凝集のし易さのカーボンナノチューブ直径依存性が大きいと評価することができる。
【0034】
なお、分散溶媒毎の各カイラリティピークの位置は、全体的にみて平行に(つまり図4に示したカイラリティ分布50の二次元面内で或る一方向に)シフトするという特徴がある。そこで、図4で示したSDSによる分散でのピーク位置情報を用いれば、例えば未知の分散効果のある溶媒を使用した場合でも、全体の分布を見ることでおおよそどのカイラリティのシングルカーボンナノチューブが含まれているのかを推測することができる。上記のような凝集状態の時間的変化の情報に、こうした情報も併せることにより、分散手法の研究において非常に有用な情報を得ることができる。
【0035】
以上説明したように本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置によれば、分散液中における任意のカイラリティのカーボンナノチューブの凝集状態の時間的変化を容易に且つ的確に把握することができ、例えばカーボンナノチューブの分散手法の評価・検討などに有用な情報を提供することができる。
【0036】
なお、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行えることは明らかである。例えば、上記実施例では、検出器8として多波長同時検出型の構成のものを用いていたが、波長走査可能な分光器により特定の波長の蛍光のみを取り出し、これをシングルの検出器で検出して強度信号を出力するような構成であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の一実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置の要部の概略構成図。
【図2】本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置における励起側分光器及び蛍光側分光器を含む測光系の詳細な光路構成図。
【図3】本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置において凝集モニタ測定機能を利用した測定を行う手順と装置の処理動作を示すフローチャート。
【図4】本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置で表示されるカイラリティ分布(マッピング)の一例を示す図。
【図5】本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置における凝集モニタ測定の際の測定パラメータ設定用画面の一例を示す図。
【図6】本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置の測定結果であるフォトルミネッセンスの強度の時間的変化の一例を示すグラフ。
【図7】本実施例によるカーボンナノチューブ分散評価装置の測定結果である強度レシオの時間的変化の一例を示すグラフ。
【符号の説明】
【0038】
1…光源部
2…励起側分光器
3…励起光シャッタ
5…蛍光シャッタ
4、6…シャッタ駆動部
7…蛍光側分光器
8…検出器
S…試料
10…分析制御部
11…PC
12…中央制御部
13…データ処理部
14…操作部
15…表示部
16…A/D変換器
20…レンズ
21、25、27、36…スリット
22、28、32、33、35、37、39…ミラー
23、26、38…回折格子
24、29、31、34…トロイダル鏡
30…試料ステージ
40…シリンドリカルレンズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に所定波長の励起光を照射する光励起手段と、その光励起に応じて試料から放出されるフォトルミネッセンスの強度を検出する検出手段と、を具備するフォトルミネッセンス測定装置を利用して、カーボンナノチューブが分散された分散液の評価を行うカーボンナノチューブ分散評価装置であって、
a)目的とする試料に対して所定の波長範囲に亘る励起光の波長走査を行いつつフォトルミネッセンスの強度を検出した結果に基づいて、励起光波長、蛍光波長、強度の関係を示すカイラリティ分布情報を作成する事前情報作成手段と、
b)前記カイラリティ分布情報を利用して、ユーザが特定の1乃至複数の励起光波長・蛍光波長の組を指定するための指定手段と、
c)前記指定手段により指定された1乃至複数の励起光波長・蛍光波長の組に対応したフォトルミネッセンスの強度を時間経過に伴って繰り返し測定する測定実行手段と、
d)前記測定実行手段による測定結果により、励起光波長・蛍光波長の組毎にフォトルミネッセンスの強度の時間的変化を示す情報を作成する時間的変化情報作成手段と、
を備え、前記時間的変化情報作成手段により得られる情報に基づいて試料中のカーボンナノチューブの凝集状態の評価を行えるようにしたことを特徴とするカーボンナノチューブ分散評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−31114(P2009−31114A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−195277(P2007−195277)
【出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】