説明

カーボンブラックの分散体の製造方法、カーボンブラックの分散体

【課題】 製造時に発生する塩素ガス及び塩素化合物の量を抑制した、酸化カーボンブラックの分散体の製造方法の提供
【解決手段】 次亜塩素酸塩とカーボンブラックとを含む反応液を用いた酸化カーボンブラックの分散体の製造方法であって、前記反応液中の前記カーボンブラックを酸化する酸化工程を有し、前記酸化工程を開始してから終了するまでの間、前記反応液のpHを常に9.0以上に保つように前記反応液のpHを制御することを特徴とする酸化カーボンブラックの分散体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンブラックの分散体の製造方法及びカーボンブラックの分散体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット用インクの色材として、染料に比べ画像の耐光性、耐水性に優れた顔料が注目されている。しかし、顔料は水に不溶であり、インクジェット用インクの色材として用いるためには顔料が水中で安定して均一な分散状態で存在していなければならない。最近では、顔料を水中で安定に分散させるための顔料の処理技術が活発に開発されるようになった。
【0003】
特許文献1には、次亜塩素酸ナトリウムを用いてカーボンブラックを処理する方法、具体的には、カーボンブラックを酸化する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−113337号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の技術について本発明者等が検討を行ったところ、次亜塩素酸ナトリウムのような次亜塩素酸塩を用いてカーボンブラックを酸化すると、処理中に塩素ガスや塩素元素を含む化合物(以下、塩素化合物ともいう)が発生する場合があった。特に、塩素ガスは腐食性が高いため、反応中に塩素ガスが発生する場合には、耐塩素ガス性を持たせた製造装置を用いたり、発生した塩素ガスを無害化する装置を設けたりしなければならず、設備のコストが高くなってしまっていた。
【0006】
従って、本発明は、製造時に発生する塩素ガス及び塩素化合物の量を抑制した、酸化カーボンブラックの分散体の製造方法を提供することを目的とする。また、分散安定性に優れた酸化カーボンブラックの分散体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、次亜塩素酸塩とカーボンブラックとを含む反応液を用いた酸化カーボンブラックの分散体の製造方法であって、前記反応液中の前記カーボンブラックを酸化する酸化工程を有し、前記酸化工程を開始してから終了するまでの間、前記反応液のpHを常に9.0以上に保つように前記反応液のpHを制御することを特徴とする酸化カーボンブラックの分散体の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、製造時に発生する塩素ガス及び塩素化合物の量を抑制したカーボンブラックの分散体の製造方法を提供することができる。また、カーボンブラックの分散安定性に優れた、カーボンブラックの分散体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明において製造時に発生する塩素ガス及び塩素化合物の量を抑制することができ、且つ、優れた分散安定性を有するカーボンブラックを含むカーボンブラックの製造方法を提供することができたのは、以下の理由によるものと推測される。まず、水中における次亜塩素酸塩の推定挙動について説明する。
【0010】
次亜塩素酸塩(以下、M(ClO)ともいう)は、水中で次亜塩素酸イオン(以下、ClOともいう)とカチオン(以下、Mn+ともいう)に電離する。次亜塩素酸イオンは弱酸である次亜塩素酸(以下、HClOともいう)の共役塩基であるため、次亜塩素酸イオンと次亜塩素酸とは平衡状態、具体的には下記式(1)に示すような関係にある。
【0011】
【数1】

【0012】
また、上記式(1)に示す平衡反応は、pHが低くなればなるほど左側、即ち、次亜塩素酸が発生する側に傾く。そして、次亜塩素酸は、比較的不安定な酸であるため分解しやすく、また、分解する際に塩素を発生しやすい。
【0013】
次に、次亜塩素酸塩とカーボンブラックとが共存する反応液中において、塩素ガス及び塩素化合物が生成する推定メカニズムを説明する。
【0014】
次亜塩素酸塩とカーボンブラックが共存する反応液中では、次亜塩素酸塩が電離し、電離して生じた次亜塩素酸イオンがカーボンブラックの酸化を行う。具体的には、次亜塩素酸イオンがカーボンブラックの表面や不純物を酸化し、カーボンブラックの表面や不純物にカルボキシル基等の酸性の官能基を修飾する。酸性の官能基が生成することで、反応液のpHは酸性に傾く。そのため、酸化反応が進行するにつれて、上記式(1)に示す平衡が左側に傾きやすくなり、塩素が発生しやすくなる。塩素が発生すると、反応液中では塩素ガス、カーボンブラックの塩素化物及び不純物の塩素化物が生成する。
【0015】
そこで、本発明者等は塩素の発生を低減するために、上記式(1)で示す平衡が右側に傾きやすくなる、即ち、次亜塩素酸を生じにくくさせる方法について、反応液中の環境を制御するこという観点から検討を行った。検討の結果、カーボンブラックの酸化反応を開始してから終了するまでの間、反応液のpHを常に9.0以上に保つように、反応液のpHを制御することで、酸化反応中に発生する塩素ガス及び塩素化合物の量を低減できることを見出し、本発明を想起するに至った。
【0016】
加えて、本発明の酸化カーボンブラックの分散体の製造方法によって得られた酸化カーボンブラックは、従来の反応液のpHを制御せずに製造した酸化カーボンブラックに比べ、高い分散安定性を有していることがわかった。詳細な理由は不明であるが、本発明の方法で得られた酸化カーボンブラックは、従来の方法で得られた酸化カーボンブラックよりも、よりカーボンブラックの表面に近い部分にカルボキシル基等の酸性の官能基が修飾されていると推測される。酸性の官能基がカーボンブラックの表面により近い部分に存在すると、酸化カーボンブラック同士の静電反発が起こりやすくなり、水中で酸化カーボンブラック同士が凝集するのを抑制することができるため、高い分散安定性を得ることができる。
【0017】
(酸化工程)
本発明における酸化工程とは、次亜塩素酸塩を用いてカーボンブラックを酸化する工程である。係る工程によって、表面にカルボン酸等の酸性の官能基が修飾されたカーボンブラック、即ち、酸化カーボンブラックを得ることができる。
【0018】
また、本発明においては、酸化工程を開始してから終了するまでの間、次亜塩素酸塩及びカーボンブラックを含む反応液のpHを常に9.0以上に保つように、反応液のpHを制御する。次亜塩素酸のpKaは約7.5であるため、反応液のpHを9.0以上に保つことで、上記式(1)で示す平衡反応を右側に傾けることができる。特に、酸化工程中の反応液のpHを常に9.5以上に保つことで、反応液中で生成する次亜塩素酸の量を、生成する次亜塩素酸イオンの量に対して1質量%以下に低減することができる。
【0019】
反応液のpHを常に9.0以上に保つ方法は特に限定されず、酸化工程を終了するまで反応液のpHを常に9.0以上に保つことのできる量のアルカリを、反応液中にあらかじめ添加しておく方法や、pHメーターを用いて反応液のpHをモニタリングしながら、pHが9.0未満とならないように、反応液にアルカリを随時添加する方法が挙げられる。また、本発明においては酸化工程中、反応液のpHが常に9.0以上となるようにpHを制御する必要があるが、本発明の効果が損なわれない限り、酸化工程を開始してから終了するまでの間の一部の時間で、反応液のpHが9.0未満となってもよい。
【0020】
反応液に添加するアルカリとしては、特に制限はないが、具体的には、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムなどのアルカリ金属の水酸化物、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどのアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニアやメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリスヒドロキシアミノメタンなどの有機アミンが挙げられる。
【0021】
[反応条件]
次亜塩素酸塩は、常温でもカーボンブラックの酸化反応を進行させることができるため、反応時の温度は特に制限されないが、カーボンブラックの酸化反応の反応速度の観点からは、反応液の温度を50℃以上に保つことが好ましい。
【0022】
次亜塩素酸塩によるカーボンブラックの酸化反応は、次亜塩素酸塩とカーボンブラックとを混合した直後から開始される。反応時間は特に制限されないが、反応液中の次亜塩素酸塩がすべて消費されるまで、反応を行うことが好ましい。
【0023】
[反応液]
本発明のカーボンブラックの分散体の製造方法では、カーボンブラックと、次亜塩素酸塩とを含む反応液を用いる。反応液の調製方法は特に限定されないが、カーボンブラックを水に分散させた分散液に次亜塩素酸ナトリウムを添加する方法や、水にカーボンブラック及び次亜塩素酸ナトリウムを添加する方法を好適に用いることができる。
【0024】
[次亜塩素酸塩]
次亜塩素酸塩としては特に限定されないが、次亜塩素酸のアルカリ金属塩を用いることが好ましい。次亜塩素酸のアルカリ金属塩は、電離した際にアルカリ金属イオンを生成し、生成したアルカリ金属イオンはカーボンブラック表面のカルボキシル基の電離に効果的に作用する。次亜塩素酸のアルカリ金属塩の中でも、次亜塩素酸ナトリウムや次亜塩素酸カルシウムは安価に手に入れることができるため特に好ましい。尚、上述したように本発明においては反応液中の次亜塩素酸塩はイオンとして存在しているが、便宜上、「次亜塩素酸塩を含有する」と表現する。
【0025】
[カーボンブラック]
原料のカーボンブラック、即ち、酸化反応を行う前のカーボンブラックとしては、特に制限されず、公知のカーボンブラックをいずれも用いることができる。具体的には、例えば、No.33、40、45、52、900、2200B、2300、MA7、MA8、MCF88(以上、三菱化学製)、RAVEN1255(コロンビア製)、REGAL330R、400R、660R、MOGUL L(以上、キャボット製)、Nipex 160IQ、Nipex 170IQ、Nipex 75、Printex 95、Printex 90、Printex 80、Printex 85、Printex 35、Printex U(以上、デグサ製)が挙げられる。
【0026】
本発明の方法によって得られる酸化カーボンブラックが有するカルボキシル基の量は、逆滴定法により測定することができる。具体的には、酸化カーボンブラックの分散体に酸を加え、電離しているカルボキシル基(COO)を電離していない状態(COOH)にする。その後、遠心分離を行い、酸化カーボンブラックを沈殿物として回収し、沈殿物を乾燥する。乾燥後、酸化カーボンブラックに炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて撹拌した後、遠心分離を行って酸化カーボンブラックを沈殿物として除去し、上澄み液を得る。得られた上澄み液中に存在する炭酸水素ナトリウムを酸で滴定し、係る酸の滴定量から酸化カーボンブラックに修飾されたカルボキシル基の量を算出する。
【0027】
また、酸化カーボンブラックに修飾されたカルボキシル基の量を算出する別の方法として、熱重量測定を用いる方法が挙げられる。具体的には、熱重量測定装置を用い、酸化カーボンブラックを徐々に加熱し、カーボンブラック表面のカルボキシル基が分解する温度における試料の重量の減少量を測定することで、酸化カーボンブラックに修飾されたカルボキシル基の量を算出することができる。
【0028】
(インクジェット用インク)
本発明の酸化カーボンブラックの分散体の製造方法によって得られる酸化カーボンブラック分散体をインクジェット用インクとしてそのまま用いてもよいが、係る分散体に水溶性有機溶剤等の成分を加えてインクジェット用インクを調製することが好ましい。
【実施例】
【0029】
次に、実施例及び比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。尚、下記実施例中「%」とあるのは特に断りのない限り質量基準である。
【0030】
(実施例1)
1Lフラスコにイオン交換水243gとカーボンブラック(Printex85 Evonik製)25gとを加えた後、過剰量の水酸化ナトリウム水溶液、具体的には、8規定の水酸化ナトリウム水溶液を31g添加し、撹拌した。このとき、液中のpHは12以上であった。その後、有効塩素濃度5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を161g加えて撹拌した後、フラスコにジムロート冷却器を取り付け、オイルバスを用いて105℃で8時間、加熱しながら撹拌することで次亜塩素酸ナトリウムとカーボンブラックとを反応させた反応液のpHをモニタリングしたところ、反応液のpHは、反応開始から終了まで常に9.5以上に保たれていた。反応終了後、反応液を取り出して遠心分離を行って沈殿物を得た。得られた沈殿物を水に再分散させて再び遠心分離を行い、沈殿物を回収することで、酸化カーボンブラックのケーキを得た。得られた酸化カーボンブラックのケーキを水に再分散させた後、限外ろ過を行い、得られたろ液を濃縮して酸化カーボンブラック1を15%含む酸化カーボンブラック分散体1を得た。
【0031】
(実施例2)
イオン交換水を148g、8規定水酸化ナトリウム水溶液を46g、有効塩素濃度5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を241gとした以外は、実施例1と同様の操作を行い、酸化カーボンブラック2を15%含む酸化カーボンブラック分散体2を得た。また、カーボンブラックの酸化反応が開始されてから終了するまでの間、反応液のpHは常に9.5以上に保たれていた。
【0032】
(実施例3)
イオン交換水を51g、8規定水酸化ナトリウム水溶液を62g、有効塩素濃度5%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を322gとした以外は、実施例1と同様の操作を行い、酸化カーボンブラック3を15%含む酸化カーボンブラック分散体3を得た。また、カーボンブラックの酸化反応が開始されてから終了するまでの間、反応液のpHは常に9.5以上に保たれていた。
【0033】
(比較例)
8規定の水酸化ナトリウム水溶液を添加しなかったこと以外は実施例1と同様の操作を行い、酸化カーボンブラック4を15%含む酸化カーボンブラック分散体4を得た。酸化カーボンブラック分散体4を製造する際の各工程におけるpHは以下の通りである。カーボンブラックの酸化反応が開始される前の液中のpHは12以上であり、酸化反応が開始された直後に急激にpHが低下し、反応液中のpHは9.5を速やかに下回った。その後も反応液のpHが9.5以上になることはなかった。尚、反応終了時の反応液中のpHは4.8であった。
【0034】
(評価)
酸化カーボンブラック分散体1〜4の製造方法及び係る製造方法によって得られた酸化カーボンブラック1〜4を、以下の方法によって評価した。
【0035】
[塩素ガスの発生の有無]
酸化カーボンブラック分散体1〜4の製造方法において、反応中、反応液中に気泡が発生しているか否かを目視で観察することで、塩素ガスの発生の有無を評価した。結果を表1に示す。
【0036】
[反応中に生成した塩素化合物量比]
蛍光X線分析を用いて得られた酸化カーボンブラック分散体1〜4を製造する際に生成した塩素化合物の比を算出した。
【0037】
具体的には、酸化カーボンブラック分散体1〜4をそれぞれ105℃、5時間で乾燥させた固形物を用い、蛍光X線分析法によって各固形物に含まれる塩素元素のピークパターンを得た。得られたピークパターンのピーク高さの比を、酸化カーボンブラック分散体1を基準として求めた。従って、酸化カーボンブラック分散体1の製造方法よりも多い塩素化合物が生成する製造方法においては、得られる比は1より大きく、酸化カーボンブラック分散体1の製造方法よりも少ない塩素化合物が生成する製造方法においては、得られる比は1より小さい。結果を表1に示す。
【0038】
[粘度及び粒径]
酸化カーボンブラック1〜4を含むカーボンブラック分散体1〜4を、それぞれテフロン(登録商標)ジャーに入れ、80℃の恒温槽内に静置した。静置直後、3日後、14日後の各分散体の粘度及び粒径を測定した。分散体の粘度は、回転粘度計(東機産業株式会社製、RE−80L)のジオメトリー(コーンアンドプレート型)に各分散体を入れて測定した。尚、この方法で粘度を測定した場合、測定誤差は0.2mPa・sである。また、粒径は動的光散乱装置(日機装株式会社製、ナノトラック UPA)を用い、メジアン径であるD50粒径を測定することで求めた。尚、この方法で粒径を測定した場合、測定誤差は6nmである。結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
表1の結果からも明らかなように、実施例1〜3のカーボンブラック分散体の製造方法においては、カーボンブラックの酸化反応を行う際に生じる塩素ガスや塩素化合物の量を、比較例1よりも低減することができた。また、実施例1〜3の製造方法によって得られた酸化カーボンブラックは、比較例1の製造方法によって得られた酸化カーボンブラックよりも、保存時の粘度や粒径の増大を抑制することができた。つまり、高い分散安定性を得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次亜塩素酸塩とカーボンブラックとを含む反応液を用いた酸化カーボンブラックの分散体の製造方法であって、
前記反応液中の前記カーボンブラックを酸化する酸化工程を有し、
前記酸化工程を開始してから終了するまでの間、前記反応液のpHを常に9.0以上に保つように前記反応液のpHを制御することを特徴とする酸化カーボンブラックの分散体の製造方法。
【請求項2】
前記次亜塩素酸塩が次亜塩素酸ナトリウム又は次亜塩素酸カルシウムである請求項1に記載の酸化カーボンブラックの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の酸化カーボンブラックの製造方法を含むことを特徴とする、インクジェット用インクの製造方法。

【公開番号】特開2012−102158(P2012−102158A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−248973(P2010−248973)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】