説明

ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置

【課題】 分析試料又はその溶剤によるカーボン析出を防ぐことができる新規なGC/ICP−MSの提供。
【解決手段】 GC/ICP−MSにおいて、ICP−MSに導入するアルゴンなどのメイクアップガスを導入する部分に酸素を連続的に或いは特定の時間帯に導入することが有効であり、そのために、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を用いて、空気中の酸素をガス供給ラインに導入する。透過した酸素を任意の時間帯だけ前記ガス供給ラインに導入するための切替バルブを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置(以下、ガスクロマトグラフについてGC、誘導結合プラズマ質量分析についてICP−MS、ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置についてGC/ICP−MSともいう)が分析装置として賞用される。(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4)。
分析対象成分は有機溶媒に溶解された状態で初めにGCに注入される。有機溶媒として、ヘキサンやトルエンなどの炭化水素系の有機溶媒が一般的に用いられており、これがICP−MS内のアルゴンプラズマ中で熱分解することにより炭素となり、ICP−MSのサンプリングコーンやスキマーコーンのオリフィス周辺部に析出して、オリフィスの孔径が徐々に小さくなり、分析感度が低下するという問題があった。
従来、このような原因による炭素の析出を抑える方法としては、酸素ボンベから供給した酸素を、メイクアップガス供給ラインを通して常時導入する方法(非特許文献1)と、何回かの分析が終了する度にICPのトーチ位置をサンプリングコーンから遠くに離すことによってICPに空気を巻き込み、空気中の酸素によってオリフィス周辺部に析出している炭素を燃焼させる方法(非特許文献2)が採用されている。
【0003】
しかしながら、上記の特許文献1から4ではカーボン析出を避けることができないし、非特許文献1の方法では、酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器、混合器などが新たに必要となり装置が複雑になるといった問題があった。又、非特許文献2の方法では、新たな設備は必要ないが、操作が煩雑なうえに、トーチ位置を動かすことによって分析精度が悪くなるといった問題があった。いずれにしてもGC/ICP−MSにあっては、分析試料によるカーボン析出を防ぐことを有効に行うことができないという問題点があった。
【特許文献1】特許2931967号
【特許文献2】特開2002−350402号公報
【特許文献3】特開2004−158314号公報
【特許文献4】特開2006−38729号公報
【非特許文献1】J. C. Van Loon, L. R. Alcock, W. H. Pinchin, J. B. French: Spectroscopy Letters, 19(10), 1125-1135 (1986).のAbstractに「酸素ガスの流量が全サンプル流量の約20%となるように」との記述。
【非特許文献2】N. S. Chong, R. S. Houk: Applied Spectroscopy, 41(1), 66-74 (1987).のp.67に「One could remove the carbon deposit by displacing the torch laterally to bring about spontaneous oxidation of carbon by air on the hot sampler cone.」との記述。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、GC/ICP−MSにおいて、従来の装置で不便であると指摘されている酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器、混合器などを必要とせず、かつトーチ位置を動かすことなく、分析試料又はその溶剤によるカーボン析出を防ぐことができる新規なGC/ICP−MSを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、ICP−MSに導入するアルゴンなどのメイクアップガスを導入する部分に酸素を連続的に或いは特定の時間帯に導入することが必要であると考え、そのために、誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えた構造とし、酸素分圧の差に応じて、空気中の酸素を、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を透過させて取り入れることが可能となり、透過した酸素をプラズマへのガス供給ラインに導入することが可能とした。これにより酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器、混合器などを必要とせず、酸素を連続的に或いは特定の時間帯に、ガスクロマトグラフ/誘導結合プラズマ質量分析装置の既存のガス供給ラインに導入することが可能となることがわかった。
すなわち、本発明は以下の(1)〜(4)に示すとおりである。
(1)ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置において、誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えたことを特徴とするガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
(2)前記誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部が、ガスクロマトグラフの出口から続くガス供給ラインに接続する前のラインの一部であることを特徴とする(1)記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
(3)前記誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部がガスクロマトグラフの出口から続くガス供給ラインに接続する前のラインの一部であり、この一部が酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えている前後を接続するラインに切替バルブを設け、該切替バルブを切り替えることにより、前記酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えた部分より、任意の時間帯において酸素の導入を可能とすることを特徴とする、(1)又は(2)記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
(4)前記切替バルブを電気信号により切替操作が行われる自動制御装置を備えたことを特徴とする、(3)記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
(5)前記切替バルブが溶媒に由来するシグナル強度がある一定強度を超えた場合にICPMSから自動制御装置にトリガー信号が出され、一定強度以下となった場合に再びトリガー信号が出されて、切替操作が行われる(4)に記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
(6)前記酸素透過性チューブは二重管構造のチューブとし、外側チューブは酸素透過性チューブとし、内側チューブは酸素不透過性チューブにより構成していることを特徴とする、(1)〜(5)いずれか記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
(7)前記切替バルブとプラズマトーチとの間のガス供給ラインの一部に、酸素ガス量の酸素の急激な上昇を緩和するためのバッファー部分を備えたことを特徴とする、(3)〜(6)いずれか記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【発明の効果】
【0006】
ガスクロマトグラフ(GC)等から発せられる気体状分子、すなわち気体状の分析対象成分を誘導結合プラズマ(ICP)に導入して誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)で分析する際に、分析対象成分と同時にGCに注入される有機溶媒が、ICP−MSのサンプリングコーン及びスキマーコーンのオリフィス周辺部に炭素として析出することを防ぐため、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの一部に酸素を導入することを可能としたガスクロマトグラフ/誘導結合プラズマ質量分析装置(GC/ICP−MS)を得ることができる。
本発明によれば、誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えた構造とし、酸素分圧の差に応じて、空気中の酸素を、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を透過させて取り入れらることが可能となり、透過した酸素をプラズマへのガス供給ラインに導入することが可能となる。導入された酸素はプラズマに運ばれ、GCから排出された有機溶媒、あるいはサンプリングコーンやスキマーコーン上に析出した固体状炭素と反応してCO或いはCO2となる。このとき仮に酸素が供給されないとすると、有機溶媒は固体状の炭素としてサンプリングコーンやスキマーコーン上に長時間留まることとなり、分析回数が増えるにつれてその量は増加するため、感度が低下することとなる。一方、酸素が供給される場合には、サンプリングコーン又はスキマーコーン上に析出した固体状炭素は、CO或いはCO2などの気体となるため、短時間のうちに除去され、これによって分析感度が一定に保たれという効果がある。また、切替バルブを用いて、溶媒がプラズマに導入される時間帯とその後の短時間にのみ、酸素をプラズマに導入することによって、炭素の析出を抑えることが可能になるだけでなく、分析対象成分の酸素による感度低下を引き起こすことなく分析することが可能となる効果がある。すなわち、連続的に酸素を導入した場合には、プラズマの特性が、ほぼ100%のアルゴンプラズマの特性とは異なるため感度が低下する場合があることが報告されている(例えば、非特許文献3)が、溶媒がプラズマに導入される時間帯とその後の短時間にのみ酸素を導入し、ガスクロマトグラフで溶媒と分離された分析対象成分がプラズマに導入される時間帯には酸素を導入しないことによって、分析対象成分の酸素による感度低下を引き起こすことなく分析を行うことが可能となる。また、酸素が妨害となる分析対象成分(例えば硫黄化合物)を分析する場合にも、溶媒がプラズマに導入される時間帯とその後の短時間にのみ酸素を導入し、ガスクロマトグラフで溶媒と分離された分析対象成分がプラズマに導入される時間帯には酸素を導入しないことによって、分析対象成分の酸素による妨害を引き起こすことなく分析を行うことが可能となる。以上のように、プラズマに導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えることにより、酸素ボンベや酸素ガス供給ライン、流量制御器、混合器などを必要とせず、サンプリングコーンやスキマーコーンへの炭素析出を抑えることが可能となる。さらに副次的な効果として、現在、ガスクロマトグラフ/誘導結合プラズマ質量分析装置においては、キセノン(Xe)ガスなどを導入してXe+の信号強度を基にチューニングを行っているが、酸素イオン(O+)或いはCO+やArO+などの酸素を含む分子イオンの信号強度を基にチューニングを行うことが可能となるため、高価なXeガスが不要となる効果もある。
【非特許文献3】S. M. Gallus, K.G. Heumann: Journal of Analytical Atomic Spectrometry, 11, 887-892 (1996).のp.889に「It was necessary to stop the O2 gas flow ・・・because a distinct depression of the selenium isotope intensities, by a factor of about three, was found under these conditions compared with use of a pure argon plasma gas.」の記述。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置において、誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えたガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置である。
【0008】
前記誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくも一部が、ガスクロマトグラフの出口から続くガス供給ラインに接続する前のラインの一部であることが有効である。
以下では添付の図面を参照して、詳細に説明する。
図1(a)は本発明のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置の一実施形態を示す図である。
図1(b)は図1(a)の四方切替バルブを切り替えた様子を示す図である。
【0009】
図1(a)では、プラズマへ供給されるアルゴンの三系統のガスラインのうち、メイクアップガス供給ライン1に、切替バルブ4と酸素透過性チューブ5からなる酸素導入ユニット6を設置してある。
この酸素導入ユニット6は、メイクアップガス供給ライン1に設置することが、炭素の析出を抑えるうえでは最も効果的である。
場合によっては、補助ガス供給ライン2又はプラズマガス供給ライン3に設置することも可能である。
【0010】
分析対象成分(例えば、7,8,9)は溶媒10に溶かされた状態で、ガスクロマトグラフ(GC)11のインジェクションポート12に注入された後、キャリヤーガスによって運ばれ、カラム13で分離され、加熱トランスファーチューブ14の内部に設置された不活性化カラム15を通って、プラズマ(ICP)16に導入される。なお、図1(a)では不活性化カラム15が加熱トランスファーチューブ14の内部を通ってプラズマ16の直近まで貫入しているが、この形態に限らず、不活性化カラム15がコネクター22で接続された後、加熱トランスファーチューブ14に一部だけ貫入している形態のものもある。
このとき、分析対象成分7,8,9は相互に分離されると共に、溶媒10とも分離されてICPに導入される。
一方、メイクアップガスであるアルゴン(Ar)は、Arボンベ17から供給され、マスフローコントローラー18で流量を制御されて、切替バルブの実線で示されたラインを通ってGCのプレヒーター21に導入された後、コネクター22から加熱トランスファーチューブ14を通ってICP16に導入される。
この状態では酸素透過性チューブ5にはメイクアップガスは流れていないので、酸素はICPには供給されていない。
切替バルブを切り替えて、図1(b)に示す状態とすることによりArメイクアップガスが酸素透過性チューブ5を流れ、透過性チューブを透過してきた酸素と混合されてICP16に導入される(請求項2の場合に相当)。
酸素を連続的に導入する場合は、常に図1(b)の状態としておけばよい。また、一定の時間帯だけ、例えば溶媒10がICPに導入される時間帯だけ酸素を導入する場合は、その時間帯だけ図1(b)の状態とし、その他の時間帯は図1(a)の状態とすればよい。
【0011】
この切替バルブの切り替え操作をICP−MSの溶媒シグナルと同期させて行うことが有効である。このために、自動制御装置23を用いることができる。すなわち、溶媒に由来するシグナル強度がある一定強度を超えた場合にICP−MSから自動制御装置23にトリガー信号が出され、一定強度以下となった場合に再びトリガー信号が出されて、その間だけ切替バルブが切り替わって酸素が導入されるようにする。
有機溶媒は、高温のアルゴンICP中で分解され、酸素がない状態では炭素としてサンプリングコーン24及びスキマーコーン25のオリフィス周辺部に析出するが、酸素が十分に存在する状態ではCO又はCO2となり析出することはない。
【0012】
この反応に必要な酸素量は厳密に制御する必要はなく、ICPの安定性を損ねない範囲で、有機溶媒に対して十分酸化反応が進む量であればよい。
酸素透過性チューブとしては、シリコンチューブやテフロン(登録商標)AFチューブ(DuPont社:登録商標)、混合導電性酸素透過チューブなどを用いることができるが、これ以外の酸素透過性が高いチューブを用いることができることは勿論である。
透過する酸素の量は、チューブの外径、チューブの肉厚、チューブの長さ、チューブ本数などを変えることにより必要とされる量に調製することが可能である。また、酸素透過性チューブと接する空気の温度を制御して調製してもよい。また、酸素透過性チューブの替わりに、図2に示す酸素透過性膜26をその一部に用いた酸素透過モジュール27を、プラズマへ供給されるアルゴンのガスラインの一部に設置してもよい(請求項1の場合に相当)。
これらの酸素透過性チューブや酸素透過性膜は、必ずしも酸素のみを透過するものでなく、酸素と同時に他のガス、例えば窒素や二酸化炭素などを、ICPの安定性を損ねない範囲で、透過するものであっても使用することは可能である。
【0013】
バルブを切り替えたときに、前記酸素透過性チューブを通って酸素が一度に導入されたことにより、ICPが消えることがある。この酸素が一度に導入された結果、ICPが消えることを防止することは測定を行ううえで有効である。酸素が一度に導入されることを防止する方法としては、酸素透過性チューブを二重管構造にし、外側のチューブは前記と同じくテフロン(登録商標)AFチューブ、内側のチューブは酸素を殆ど透過しないナイロンチューブであり、その両端を塞いだものを充填する構造とすることが有効な手段となる。
切り替え直後のスパイク状信号を見ていると、かなり小さくなっている状態を観察できる。これはバルブを切り替えるまでの間に、空気からチューブに透過し蓄積されたO2が少ないことを意味している。すなわち内側にO2を透過しないチューブがあるため、O2が溜まる容積は内側と外側のチューブに挟まれた空間に限られ、従ってICPに導入されるO2量も少なくなっている状態を示している。また以上の事例からも容易に推測できるように、内側のチューブは中空のチューブではなく、内部が充填された棒状のチューブでもよい。
【0014】
酸素が一度に導入されることを防止する方法としては、テフロン(登録商標)AFチューブを用い、このチューブに四方切替バルブの後にガスの急激な変化を緩和する石英ウールを詰めたガラス管をバッファーとして配置接続することも有効な手段である。この場合においても、切り替え直後のスパイク状信号は、緩やかに変化させることが可能であり、有効な手段であることが確認できる。
以下に、本発明をより具体的な例により詳細に説明する。
【実施例1】
【0015】
図1に示すシステムにおいて、酸素透過性チューブ5として、テフロン(登録商標)AFチューブ(DuPont社:登録商標)(外径1 mm、内径0.8 mm、長さ10 cm)を用いた。チューブの両端は四方切替バルブと接続した。このチューブの外面は空気に曝された状態になっており、室温にて使用した。メークアップガス流量は1.05 L/minとした。このシステムにおいて、酸素導入の有無によって、サンプリングコーン上に析出した炭素量の増減を観測した。
サンプリングコーン上に析出した炭素はオレンジ色に光るため、その増減を目視によって確認することができる。
試料として溶媒であるヘキサン1μLをガスクロマトグラフに注入したとき、酸素を導入しないと(すなわち四方切替バルブは図1(a)の状態)、ヘキサン注入後10分間経過しても析出した炭素は残っていたが、酸素を導入すると(すなわち四方切替バルブは図1(b)の状態)、ヘキサン注入の約1分後には析出した炭素は完全に除去されることが確認できた。
分析対象成分として臭素系難燃剤のポリブロモジフェニルエーテル(6種類の異性体からなり各異性体濃度として400 ng/mL)を溶媒であるヘキサンに溶かした試料1μLを、10回連続して注入したときの1回目と10回目のクロマトグラムを図3に示す。ここで図3(a)は1回目のクロマトグラムである。図3(b)はメイクアップガスがテフロン(登録商標)AFチューブを通らない状態で、すなわち酸素を導入しない状態で、連続して10回注入した場合の10回目のクロマトグラムであり、図3(c)はメイクアップガスがテフロン(登録商標)AFチューブを通る、すなわち酸素を導入する状態で、連続して10回注入した場合の10回目のクロマトグラムである。この図から分かるように、酸素を導入しない場合には約20%の感度低下が見られたが、酸素透過性チューブを用いて酸素を導入することによって、炭素の析出を抑え感度の低下を防ぐことができた。
【実施例2】
【0016】
酸素透過性チューブ5として、実施例1と同じテフロン(登録商標)AFチューブ(外径1 mm、内径0.8 mm、長さ10 cm)を用い、四方切替バルブを一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度を測定した。メークアップガス流量は1.05 L/minとした。結果を図4に示す。バルブを切り替えて酸素透過性チューブにアルゴンメイクアップガスを流すと(図4ではONの状態)、m/z 32の信号強度が増加し一定値を示すようになる。これは酸素ガス(O2、質量数32)がICP中に導入されたことを意味する。切り替え直後のスパイク状信号は、バルブを切り替えるまでの間に空気からチューブ内に透過し蓄積されたO2がICPに導入されたためであり、その後信号強度が一定となるのは、酸素透過性チューブを透過するO2量が一定であることを意味している。次にバルブを切り替えてアルゴンメイクアップガスが酸素透過性チューブ内を流れないようにすると(図4ではOFFの状態)、m/z 32の信号強度は低下し、2秒以内に一定値を示すようになる。このようにある一定期間のみ酸素を導入することが可能である。特に、信号強度が僅か2秒以内の短時間で元の低い値に戻ることは、石油中の硫黄化合物のようにm/z 32で測定する場合には、特に重要となる。すなわち、この信号強度が元の低い値に戻らないと、バックグラウンド信号が高い状態で測定することになり、検出下限が高くなってしまう。当該特許に示す装置では、有機溶媒が導入される期間のみO2を導入し、それ以外はO2を導入しないようにすることが、バルブの切替のみで容易に実現可能であり、炭素析出の防止とバックグラウンド信号の低下の両方の要求を実現可能である。
【実施例3】
【0017】
酸素透過性チューブ5として、実施例1と同じテフロン(登録商標)AFチューブ(外径1 mm、内径0.8 mm、長さ10 cm)を用い、四方切替バルブを一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)13と84における信号強度を測定した。メークアップガス流量は1.05 L/minとした。結果を図5に示す。バルブを切り替えて酸素透過性チューブにアルゴンメイクアップガスを流すと(図5ではONの状態)、m/z 13と84の信号強度が共に増加し一定値を示すようになる。これは空気中のCO2及びKrが酸素透過性チューブを透過し、これがICP中に導入され、その結果として13Cと84Krを検出したことを意味する。両者で信号強度が大きく異なるのは、空気中の存在量(CO2約370 ppm、Kr約1.1 ppm)及び膜透過性の違いによる。上記の結果は、この装置では、O2をICPに導入することによって炭素析出を抑える効果の他に、空気中のガス成分を膜透過させてGC/ICP−MSで測定することも可能なことを意味している。ガスの透過量はガスの分圧に比例することから、濃度を定量的に測定することも勿論可能である。これらの無機ガスの他にも、13Cを測定することにより揮発性有機化合物(VOC)を測定することや、35Cl又は37Clを測定することにより揮発性有機塩素化合物を測定することが可能であった。
【実施例4】
【0018】
酸素透過性チューブ5として、二重管構造をしており、外側のチューブに実施例1と同じテフロン(登録商標)AFチューブ(外径1 mm、内径0.8 mm、長さ10 cm)を用い、内側のチューブに酸素を殆ど透過しないナイロンチューブ(外径0.6 mm、内径0.4 mm、長さ10 cm、両端を塞いだもの)を用いた。このとき四方切替バルブを一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度を測定した。メークアップガス流量は1.05 L/minとした。結果を図6に示す。バルブを切り替えて酸素透過性チューブにアルゴンメイクアップガスを流すと(図6ではONの状態)、m/z 32の信号強度が増加し一定値を示すようになるが、切り替え直後のスパイク状信号は、図4に比べかなり小さくなっている。これはバルブを切り替えるまでの間に空気からチューブ内に透過し蓄積されたO2が少ないことを意味している。すなわち内側にO2を透過しないチューブがあるため、O2が溜まる容積は内側と外側のチューブに挟まれた空間に限られ、従ってICPに導入されるO2量も少なくなっている。酸素が一度に導入されるとICPが消えることがあるが、この構造のチューブを用いると、そのおそれが低下する。なお、その後の信号強度が図4とほぼ同じとなっているのは、空気と接触している外側の酸素透過性チューブの表面積は、二重管構造としても変化がないためである。また以上の事例からも容易に推測できるように、内側のチューブは中空のチューブではなく、内部が充填された棒状のチューブでもよい。
【実施例5】
【0019】
酸素透過性チューブ5として、実施例1と同じテフロン(登録商標)AFチューブ(外径1 mm、内径0.8 mm、長さ10 cm)を用い、四方切替バルブの後に、石英ウールを詰めた容積10 mLのガラス管(バッファー)を接続して、一定時間間隔で四方切替バルブを切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度を測定した。メークアップガス流量は1.05 L/minとした。結果を図7に示す。バルブを切り替えて酸素透過性チューブにアルゴンメイクアップガスを流すと(図7ではONの状態)、m/z 32の信号強度が増加し一定値を示すようになるが、切り替え直後のスパイク状信号は、図4に比べ、緩やかに変化している。これはバルブを切り替えるまでの間に空気からチューブ内に透過し蓄積されたO2が、石英ウールを詰めたガラス管部分でアルゴンガスによって混合・希釈されるため、ICPに導入されるO2濃度が徐々に変化することを示している。すなわちICPに導入されるO2の絶対量は同じであるが、長い時間をかけてICPに導入されるため、ICPが消えるおそれが低下する。なお、一定信号強度に達するまで、少し時間を要するが、バッファー内のアルゴンが置換された後の信号強度は図4とほぼ同じとなる。

【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】(a)は本発明のガスクロマトグラフ/誘導結合プラズマ質量分析装置の一実施形態を示す図である。(b)は(a)に示されている四方切替バルブを切り替えた様子を示す図である。
【図2】酸素透過性膜をその一部に用いた酸素透過モジュールを示す図である。
【図3】(a)はポリブロモジフェニルエーテルのヘキサン溶液を、酸素を導入しない状態で分析結果を示す1回目のクロマトグラム、(b)は酸素を導入しない状態で連続10回注入した場合の10回目の分析結果を示すクロマトグラム、(c)は酸素を導入した状態で連続10回注入した場合の10回目の分析結果を示すクロマトグラムである。
【図4】四方切替バルブを一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度の変化を示した図である。
【図5】四方切替バルブを一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)13及び84における信号強度の変化を示した図である。
【図6】酸素透過性チューブとして、外側のチューブにテフロン(登録商標)AFチューブを用い、内側のチューブに酸素を殆ど透過しないナイロンチューブからなる二重構造とし、四方切替バルブを一定時間間隔で切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度の変化を示した図である。
【図7】酸素透過性チューブとして、テフロン(登録商標)AFチューブを用い、四方切替バルブの後に、石英ウールを詰めた容積10 mLのガラス管(バッファー)を接続して、一定時間間隔で四方切替バルブを切り替えた場合の、質量/電荷数(m/z)32における信号強度の変化を示した図である。
【符号の説明】
【0021】
1 メイクアップガス供給ライン
2 補助ガス供給ライン
3 プラズマガス供給ライン
4 切替バルブ
5 酸素透過性チューブ
6 酸素導入ユニット
7,8,9 分析対象成分
10 溶媒
11 ガスクロマトグラフ(GC)
12 インジェクションポート
13 カラム
14 加熱トランスファーチューブ
15 不活性化カラム
16 プラズマ(ICP)
17 Arボンベ
18,19,20 マスフローコントローラー
21 プレヒーター
22 コネクター
23 自動制御装置
24 サンプリングコーン
25 スキマーコーン
26 酸素透過性膜
27 酸素透過モジュール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置において、誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部に、酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えたことを特徴とするガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【請求項2】
前記誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部が、ガスクロマトグラフの出口から続くガス供給ラインに接続する前のラインの一部であることを特徴とする請求項1記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【請求項3】
前記誘導結合プラズマ質量分析装置に導入されるガス或いはプラズマを形成するガスの供給ラインの少なくとも一部がガスクロマトグラフの出口から続くガス供給ラインに接続する前のラインの一部であり、この一部が酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えている前後を接続するラインに切替バルブを設け、該切替バルブを切り替えることにより、前記酸素透過性チューブ又は酸素透過性膜を備えた部分より、任意の時間帯において酸素の導入を可能とすることを特徴とする、請求項1又は2記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【請求項4】
前記切替バルブを電気信号により切替操作が行われる自動制御装置を備えたことを特徴とする、請求項3記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【請求項5】
前記切替バルブが溶媒に由来するシグナル強度がある一定強度を超えた場合にICP−MSから自動制御装置にトリガー信号が出され、一定強度以下となった場合に再びトリガー信号が出されて、切替操作が行われる請求項4記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【請求項6】
前記酸素透過性チューブは二重管構造のチューブとし、外側チューブは酸素透過性チューブとし、内側チューブは酸素不透過性チューブにより構成していることを特徴とする、請求項1〜5いずれか記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。
【請求項7】
前記切替バルブとプラズマトーチとの間のガス供給ラインの一部に、酸素ガス量の酸素の急激な上昇を緩和するためのバッファー部分を備えたことを特徴とする、請求項3〜6いずれか記載のガスクロマトグラフに誘導結合プラズマ質量分析装置を結合させた分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−89576(P2008−89576A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−213260(P2007−213260)
【出願日】平成19年8月20日(2007.8.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「環境配慮設計推進に係る基盤整備のための調査研究」受託研究、産業活力再生特別措置法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】