説明

ガスバリア性膜状体の形成用水性分散液

【課題】水蒸気や酸素に対するバリア性の高い膜状体を製造できる水性分散液を提供すること。
【解決手段】本発明の水性分散液は、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維と、層状無機化合物と、塩基性物質とを含む。塩基性物質と層状無機化合物との質量比(塩基性物質/層状無機化合物)が0.001〜10であることが好ましい。塩基性物質は揮発性のものであることが好ましい。この水性分散液は、層状無機化合物及び塩基性物質を含む水性分散液と、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維とを混合することで好適に製造される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスバリア性の膜状体を製造するために用いられる水性分散液に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境に対する負荷の少ない技術が脚光を浴びるようになり、かかる技術背景の下、天然に多量に存在するバイオマスであるセルロース繊維を使った材料が注目され、これに関して種々の改良技術が提案されている。例えば本出願人は先に、平均繊維径が200nm以下のセルロース繊維を含み、該セルロース繊維を構成するセルロースのカルボキシル基含有量が0.1〜2mmol/gであるガスバリア用材料を提案した(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−57552号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このガスバリア用材料を用いて製造された成形体は、非常に高いガスバリア性を示すという利点を有している。しかし過酷な使用環境下、例えば高湿度雰囲気中においても高いガスバリア性を発揮することが求められている。
【0005】
したがって本発明の課題は、ナノサイズの繊維径をもった微細セルロース繊維を含有するガスバリア材の改良にあり、特に高湿度雰囲気中でのガスバリア性の改良にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維と、層状無機化合物と、塩基性物質とを含むガスバリア性膜状体の形成用水性分散液を提供するものである。
【0007】
また本発明は、前記の水性分散液の好適な製造方法として、
層状無機化合物及び塩基性物質を含む水性分散液と、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維とを混合するガスバリア性膜状体の形成用水性分散液の製造方法を提供するものである。
【0008】
更に本発明は、前記の水性分散液の別の好適な製造方法として、
層状無機化合物及びカルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維を含む水性分散液と、塩基性物質とを混合するガスバリア性膜状体の形成用水性分散液の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の水性分散液によれば、各種のガス、例えば酸素、水蒸気、二酸化炭素、一酸化炭素、窒素、窒素酸化物、水素、アルゴンガス等に対するバリア性、特に高湿度雰囲気下においてガスバリア性が高い膜状体を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の水性分散液は、ガスバリア性の膜状体、例えばガスバリア性フィルムやガスバリア性コーティング等の製造に好適に用いられるものである。本発明の水性分散液は、水性液を液媒体とし、該液媒体中に、微細セルロース繊維、層状無機化合物及び塩基性物質が含まれているものである。
【0011】
前記の分散液において用いられる液媒体としては、水が好ましく、それ以外にも水に可溶な有機溶媒(アルコール類、エーテル類、ケトン類等)と水との混合溶媒を用いることができる。分散液における微細セルロース繊維の濃度は0.1〜50質量%、特に0.5〜10質量%であることが好ましい。層状無機化合物の濃度は0.1〜50質量%、特に0.1〜10質量%であることが好ましい。塩基性物質の濃度は0.1〜100質量%、特に0.1〜50質量%であることが好ましい。この範囲の濃度とすることで、分散液の粘度が塗布に適したものとなる。分散液の粘度は、25℃において例えば10〜5000mPa・sであることが好ましい。
【0012】
微細セルロース繊維は、平均繊維径が好ましくは200nm以下のものであり、更に好ましくは1〜200nm、一層好ましくは1〜100nm、更に一層好ましくは1〜50nmのものである。平均繊維径が200nm以下のセルロース繊維を用いることで、セルロース繊維間の空隙を小さくすることができ、良好なガスバリア性が得られる。平均繊維径は以下の方法によって測定される。
【0013】
<平均繊維径の測定方法>
固形分濃度で0.001質量%の微細セルロース繊維の水分散液を調製する。この分散液を、マイカ(雲母)上に滴下して乾燥したものを観察試料とする。原子間力顕微鏡(NanoNaVi IIe, SPA400,エスアイアイナノテクノロジー(株)製、プローブは同社製のSI−DF40Alを使用。)を用いて、観察試料中の微細セルロース繊維の繊維高さを測定する。セルロース繊維が確認できる顕微鏡画像において、セルロース繊維を5本以上抽出し、それらの繊維高さから平均繊維径を算出する。
【0014】
本発明で用いる微細セルロース繊維は、後述する天然セルロース繊維をミクロフィブリルと呼ばれる構造単位まで微細化したものである。ミクロフィブリルの形状は原料によって様々であるが、多くの天然セルロース繊維においては、セルロース分子鎖が数十本集まって結晶化した矩形の断面構造を有する。例えば高等植物の細胞壁中のミクロフィブリルは、セルロース分子鎖が6本×6本集まった正方形の断面構造である。したがって、原子間力顕微鏡像で得られる微細セルロース繊維の高さを便宜的に繊維径として用いた。
【0015】
微細セルロース繊維は、微細であることに加え、これを構成するセルロースのカルボキシル基含有量によっても特徴づけられる。具体的には、カルボキシル基含有量は0.1〜3mmol/gであり、好ましくは0.4〜2mmol/g、更に好ましくは0.6〜1.8mmol/gであり、一層好ましくは0.6〜1.6mmol/gである。
【0016】
カルボキシル基含有量が0.1mmol/g未満であると、セルロース繊維の微細化処理を行っても、その平均繊維径が200nm以下にならない。つまり、カルボキシル基含有量は、平均繊維径200nm以下という微小な繊維径のセルロース繊維を安定的に得る上で重要な要素である。天然セルロースの生合成の過程においては、通常、ミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーがまず形成され、これらが多束化して高次な固体構造を構築しているところ、本発明で用いる微細セルロース繊維は、後述するように、これを原理的に利用して得られるものであり、天然由来のセルロース固体原料においてミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めるために、その一部を酸化し、カルボキシル基に変換することによって得られる。したがって、セルロースに存在するカルボキシル基の量の総和(カルボキシル基含有量)が多いほうが、より微小な繊維径として安定に存在することができる。また水中においては、電気的な反発力が生じることにより、ミクロフィブリルが凝集を維持せずにばらばらになろうとする傾向が高まり、ナノファイバーの分散安定性がより増大する。カルボキシル基含有量は、以下の方法によって測定される。
【0017】
<カルボキシル基含有量の測定方法>
乾燥質量0.5gのセルロース繊維を100mlビーカーにとり、イオン交換水を加えて全体で55mlとし、そこに0.01M塩化ナトリウム水溶液5mlを加えて分散液を調製し、セルロース繊維が十分に分散するまで該分散液を攪拌する。この分散液に0.1M塩酸を加えてpHを2.5〜3に調整する。自動滴定装置(AUT−50、東亜ディーケーケー(株)製)を用い、0.05M水酸化ナトリウム水溶液を待ち時間60秒の条件で該分散液に滴下する。1分ごとの電導度及びpHの値を測定し、pH11程度になるまで測定を続け、電導度曲線を得る。この電導度曲線から、水酸化ナトリウム滴定量を求め、次式にしたがいセルロース繊維のカルボキシル基含有量を算出する。
カルボキシル基含有量(mmol/g)=水酸化ナトリウム滴定量(ml)×水酸化ナトリウム水溶液濃度(0.05M)/セルロース繊維の質量(0.5g)
【0018】
微細セルロース繊維は、その長さに特に制限はない。繊維長を平均アスペクト比(繊維長/繊維径)で表すと、好ましくは10〜1000、更に好ましくは10〜500、一層好ましくは100〜350である。平均アスペクト比は以下の方法によって測定される。
【0019】
<平均アスペクト比の測定方法>
微細セルロース繊維に水を加えて調製した分散液(微細セルロース繊維の濃度0.005〜0.04質量%)の粘度から算出する。分散液の粘度は、レオメーター(MCR、DG42(二重円筒)、PHYSICA社製)を用いて20℃で測定する。分散液のセルロース繊維の質量濃度と分散液の水に対する比粘度との関係から、以下の式(1)を用いてセルロース繊維のアスペクト比を逆算し、これを平均アスペクト比とする。式(1)は、The Theory of Polymer Dynamics,M.DOI and D.F.EDWARDS,CLARENDON PRESS・OXFORD,1986,p312に記載の剛直棒状分子の粘度式(8.138)と、Lb2×ρ=M/NAの関係〔式中、Lは繊維長、bは繊維幅(セルロース繊維断面は正方形とする)、ρはセルロース繊維の濃度(kg/m3)、Mは分子量、NAはアボガドロ数を表す〕から導出される。なお粘度式(8.138)において、剛直棒状分子=微細セルロース繊維とした。また、式(1)中、ηSPは比粘度、πは円周率、lnは自然対数、Pはアスペクト比(L/b)、γ=0.8、ρSは分散媒の密度(kg/m3)、ρ0はセルロース結晶の密度(kg/m3)、Cはセルロースの質量濃度(C=ρ/ρS)を表す。
【0020】
【数1】

【0021】
微細セルロース繊維は、例えば天然セルロース繊維を酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、及び該反応物繊維を微細化処理する微細化工程を含む製造方法により得ることができる。酸化反応工程では、まず、水中に天然セルロース繊維を分散させたスラリーを調製する。スラリーは、原料となる天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約10〜1000倍量(質量基準)の水を加え、ミキサー等で処理することにより得られる。天然セルロース繊維としては、例えば、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ等の木材パルプ;コットンリンター、コットンリントのような綿系パルプ;麦わらパルプ、バガスパルプ等の非木材系パルプ;バクテリアセルロース等が挙げられ、これらの1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。天然セルロース繊維は、叩解等の表面積を高める処理が施されていてもよい。
【0022】
次に、N−オキシル化合物を酸化触媒として用い、水中において天然セルロース繊維を酸化処理して反応物繊維を得る。N−オキシル化合物としては、例えば2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、4−フォスフォノオキシ−TEMPO等を用いることができる。N−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して0.1〜10質量%となる範囲である。
【0023】
天然セルロース繊維の酸化処理においては、酸化剤(例えば、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩、過ハロゲン酸又はその塩、過酸化水素、過有機酸等)と、共酸化剤(例えば、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属)とを併用する。酸化剤としては、特に、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウム等のアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩が好ましい。酸化剤の使用量は、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約1〜100質量%となる範囲である。また、共酸化剤の使用量は、通常、原料として用いた天然セルロース繊維(絶対乾燥基準)に対して約1〜30質量%となる範囲である。
【0024】
天然セルロース繊維の酸化処理においては、酸化反応を効率良く進行させる観点から、反応液(前記スラリー)のpHが9〜12の範囲に維持されることが望ましい。また、酸化処理の温度(前記スラリーの温度)は、1〜50℃において任意であるが、室温で反応可能であり、特に温度制御は必要としない。反応時間は1〜240分間が望ましい。
【0025】
酸化反応工程後、微細化工程前に精製工程を実施し、未反応の酸化剤や各種副生成物等の、前記スラリー中に含まれる反応物繊維及び水以外の不純物を除去する。反応物繊維は通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散していないため、精製工程では、例えば水洗とろ過を繰り返す精製法を行うことができる。その際に用いる精製装置は特に制限されない。こうして得られた精製処理された反応物繊維は、通常、適量の水を含浸させた状態で次工程(微細化工程)に送られるが、必要に応じ、乾燥処理した繊維状や粉末状としてもよい。
【0026】
微細化工程では、精製工程を経た反応物繊維を水等の溶媒中に分散させ微細化処理を施す。この微細化工程を経ることにより、平均繊維径及び平均アスペクト比がそれぞれ前記範囲にある微細セルロース繊維が得られる。
【0027】
微細化処理において、分散媒としての溶媒は通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて水に可溶な有機溶媒(アルコール類、エーテル類、ケトン類等)を使用してもよく、これらの混合物も好適に使用できる。微細化処理で使用する分散機としては、例えば、離解機、叩解機、低圧ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、グラインダー、カッターミル、ボールミル、ジェットミル、短軸押出機、二軸押出機、超音波攪拌機、家庭用ジューサーミキサー等が挙げられる。微細化処理における反応物繊維の固形分濃度は50質量%以下が好ましい。
【0028】
微細化工程後に得られる微細セルロース繊維は、必要に応じ、固形分濃度を調整した分散液状の形態(目視的に無色透明又は不透明な液)、あるいは乾燥処理した粉末状の形態(ただし、セルロース繊維が凝集した粉末状であり、セルロース粒子を意味するものではない)とすることができる。分散液状にする場合、分散媒として水のみを使用してもよく、あるいは水と他の有機溶媒(例えば、エタノール等のアルコール類)や界面活性剤、酸、塩基等との混合溶媒を使用してもよい。
【0029】
以上のとおりの天然セルロース繊維の酸化処理及び微細化処理によって、セルロース構成単位のC6位の水酸基がアルデヒド基を経由してカルボキシル基へと選択的に酸化され、カルボキシル基含有量が0.1〜2mmol/gのセルロースからなり、平均繊維径が好ましくは200nm以下の微細化された高結晶性セルロース繊維を得ることができる。この高結晶性セルロース繊維は、セルロースI型結晶構造を有している。これは、本発明で用いる微細セルロース繊維が、I型結晶構造を有する天然由来のセルロース固体原料が表面酸化され微細化された繊維であることを意味する。すなわち、天然セルロース繊維は、その生合成の過程において生産されるミクロフィブリルと呼ばれる微細な繊維が多束化して高次な固体構造を構築しているところ、そのミクロフィブリル間の強い凝集力(表面間の水素結合)を、前記の酸化処理によるアルデヒド基あるいはカルボキシル基の導入によって弱め、更に前記の微細化処理を経ることで、微細セルロース繊維が得られる。そして、酸化処理の条件を調整することで、カルボキシル基含有量を所定の範囲内にて増減させて極性を変化させることができ、またカルボキシル基の静電反発や微細化処理によって、セルロース繊維の平均繊維径、平均繊維長、平均アスペクト比等を制御することができる。
【0030】
本発明の分散液に含まれる層状無機化合物は、該分散液から製造される膜状体のガスバリア性を一層高める目的で使用される。層状無機化合物としては、層状の構造を有する結晶性の無機化合物を用いることができる。無機化合物の具体例としては、カオリナイト族、スメクタイト族、マイカ族等に代表される粘土鉱物を挙げることができる。カオリナイト族の粘土鉱物としては、例えばカオリナイトが挙げられる。スメクタイト族の粘土鉱物としては、例えばモンモリロナイト、ベントナイト、サポナイト、ヘクトライト、パイデライト、スティブンサイト、ノントロナイトが挙げられる。マイカ族の粘土鉱物としては、例えばバーミキュライト、ハロイサイト、テトラシリシックマイカが挙げられる。また、層状複水酸化物であるハイドロタルサイト等を用いることもできる。
【0031】
層状無機化合物として粘土鉱物以外のものを用いることも可能である。そのような化合物としては、例えば層状の構造を有する、チタン酸塩、ニオブ酸塩、マンガン酸塩、リン酸塩、酸化スズ、酸化コバルト、酸化銅、酸化鉄、酸化ニッケル、酸化白金、酸化ルテニウム、酸化ロジウム等の金属酸化物、あるいはこれらの成分元素の複合酸化物等が挙げられる。またグラファイトを用いることもできる。
【0032】
以上の各種の層状無機化合物は、天然のものでもよく、あるいは合成されたものでもよい。これら各種の層状無機化合物は、単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。特に、前記の層状無機化合物のうち、モンモリロナイト、テトラシリシックマイカは、水蒸気バリア性又は高湿度雰囲気中での酸素バリア性が特に高いことから好適に用いられる。
【0033】
層状無機化合物としては、特に負に荷電しているものを用いることが、膜状体のガスバリア性、特に水蒸気バリア性又は高湿度雰囲気中での酸素バリア性が一層向上する点から好ましい。この理由は、後述する膜状体の好適な製造方法における乾燥過程において、塗膜中に含まれる層状無機化合物と微細セルロース繊維との静電的な反発力が維持されるので、層状無機化合物の高分散性が維持されて複合化されるからであると考えられる。層状無機化合物の具体的な荷電量は、これが負の荷電量であることを条件として、好ましくは1〜1000eq/gであり、更に好ましくは20〜800eq/gであり、一層好ましくは100〜500eq/gである。荷電量は次の方法で測定される。
【0034】
層状無機化合物をイオン交換水で0.1質量%に希釈した分散液を調製する。粒子電荷計(PCD 03、Mutek社製)を用いて、この分散液10gを中和するのに消費されるカチオン性滴定溶液(0.001Nポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、BTG Mutekより購入)の体積を測定する。その消費量から無機化合物の荷電量を算出する。
【0035】
層状無機化合物は、溶媒による膨潤性が大きいことも好ましい。そのような膨潤性の大きい層状無機化合物を用いることで、該層状無機化合物と微細セルロース繊維を混合した膜状物においては、単に両者が混合分散しているのではなく、無機層状化合物の層間に微細セルロース繊維がそれを拡大させるほどに入り込み、無機層状化合物と微細セルロース繊維とがナノスケールで複合化した状態になる。そのため、この膜状物はガスバリア性が高く、特に水蒸気バリア性や高湿度雰囲気中での酸素バリア性が特に高くなると考えられる。層状無機化合物の層間の距離は、X線回折法や電子顕微鏡による膜状物の断面観察などから求めることができる。
【0036】
層状無機化合物は、その平均粒径が、好ましくは0.01〜10μmであり、更に好ましくは0.1〜6μmであり、一層好ましくは0.1〜4μmである。この範囲の平均粒径を有する層状無機化合物を用いることで、膜状体における層状無機化合物の分散性を良好にすることができ、ひいては膜状体のガスバリア性を一層高めることができる。平均粒径は次の方法で測定される。まず、層状無機化合物をイオン交換水で0.05質量%に希釈する。レーザー回折式粒度分布計(SALD−300V、解析ソフトWingSALD−300V、島津製作所製)を用いて粒度分布を測定する。粒度分布の平均値を算出し、これを平均粒径として定義する。なお屈折率は、モンモリロナイト、マイカ、テトラシリシックマイカ、タルク、サポナイト、酸化マグネシウムを1.6とし、チタン酸塩を2.6とする。
【0037】
本発明の水性分散液に含まれる塩基性物質は、該分散液から製造される膜状体のガスバリア性、特に高湿度雰囲気下でのガスバリア性を一層高める目的で使用される。具体的には、水性分散液中に塩基性物質を含有させることで、上述した層状無機化合物のデラミネーションが促進される。その結果、本発明の水性分散液から製造される膜状体をガス分子が透過するときに、ガス分子の透過の迷路効果により、該膜状体のガスバリア性が一層向上する。
【0038】
前記の塩基性物質としては、水に溶解してアルカリ性のpHを示すものが用いられる。例えば無機塩基類又は塩類を用いることができる。無機塩基類としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物、水酸化マグネシウム等のアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニアなどが用いられる。塩類としては、炭酸ナトリウムや炭酸水素ナトリウムなど、水に溶解して加水分解を生じ、アルカリ性を示す化合物が用いられる。
【0039】
前記の各種の塩基性物質のうち、揮発性を有するものを用いることが特に好ましい。この理由は、本発明の分散液を用いて製造された膜状体中に塩基性物質が存在する場合、該塩基性物質によってセルロース繊維が分解されて膜状体が着色してしまうことがあるところ、揮発性の塩基性物質を用いることで、膜状体に残存する塩基性物質の量を低減させることができるからである。揮発性の塩基性物質としては、例えばアンモニア等を用いることが好ましい。
【0040】
塩基性物質の使用量は、分散液における該塩基性物質の濃度が先に述べた範囲内であることを条件として、塩基性物質と層状無機化合物との質量比(塩基性物質/層状無機化合物)が0.001〜10、特に0.001〜1であることが好ましい。この範囲の使用量とすることで、層状無機化合物のデラミネーションが十分に促進される。また、塩基性物質を使用することで分散液はアルカリ性を示すところ、該分散液のpHが好ましくは7〜14、更に好ましくは8〜13となるような量の塩基性物質を添加することで、本発明の分散液から製造される膜状体のガスバリア性が一層向上する。
【0041】
本発明の分散液には、微細セルロース繊維、層状無機化合物及び塩基性物質に加え、必要に応じ、公知の充填剤、顔料等の着色剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、耐水化剤(シランカップリング剤等)、架橋剤(エポキシ基、イソシアネート基、アルデヒド基等の反応性官能基を有する添加剤)、金属塩、コロイダルシリカ、アルミナゾル、酸化チタン等を配合することができる。
【0042】
本発明の分散液は好適には、層状無機化合物及び塩基性物質を含む水性分散液と、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維とを混合することで製造される(以下、この方法を塩基性物質の「前添加法」という)。この前添加法においては、層状無機化合物と塩基性物質と液媒体とを混合して母液を調製する。この母液と微細セルロース繊維とを混合することで目的とする分散液が得られる。微細セルロース繊維は粉体の状態で、又は水性液に分散させた状態で、母液と混合することができる。母液と微細セルロース繊維との混合においては、母液中に微細セルロース繊維を添加してもよく、あるいはその逆でもよい。
【0043】
本発明の分散液の製造方法の別法として、層状無機化合物及びカルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維を含む水性分散液と、塩基性物質とを混合する方法が挙げられる(以下、この方法を塩基性物質の「後添加法」という)。後添加法においては、層状無機化合物と微細セルロース繊維液媒体とを混合して母液を調製する。この母液と塩基性物質とを混合することで目的とする分散液が得られる。塩基性物質は、そのままの状態で、又は水性液に溶解した状態で、母液と混合することができる。母液と塩基性物質との混合においては、母液中に塩基性物質を添加してもよく、あるいはその逆でもよい。
【0044】
このようにして得られた分散液を原料として膜状体を製造することができる。分散液は、ガラス板やプラスチックフィルム等の平滑な基材の表面に流延塗布することができる。あるいは噴霧や浸漬等によっても分散液を塗布することができる。これによって塗膜が形成される。この塗膜を自然乾燥又は加熱強制乾燥することで、目的とする膜状体が得られる。この場合、塗膜を自然乾燥させるよりも加熱強制乾燥させるほうが、得られる膜状体のガスバリア性、特に高湿度雰囲気中での酸素バリア性が向上する。加熱強制乾燥させる場合、40〜300℃、特に90〜200℃で塗膜を加熱することが好ましい。加熱の手段としては、例えば電気乾燥炉(自然対流式又は強制対流式)、熱風循環式の乾燥炉、遠赤外線による加熱と熱風循環を併用した乾燥炉、加熱しながら減圧できる減圧乾燥炉を用いた方法等を採用することができる。加熱時間は、塗膜の乾燥状態に応じ適宜設定すればよい。
【0045】
塗膜の乾燥によって形成された膜状体は、基材に積層されたままの状態で使用に供することもでき、あるいは基材から剥離してそれ単独で、又は剥離後に別の基材に積層して用いることもできる。膜状体は、各種のガス、例えば大気中に含まれるガスである酸素、水蒸気、窒素、二酸化炭素等に対するバリア性の高いものである。
【0046】
このようにして製造された膜状体は高いガスバリア性を有するものである。本発明の膜状体は、前記の各種ガス全てに対してバリア性の向上を目的とするものだけでなく、ある特定のガスに対してのみバリア性を向上するものであってもよい。例えば酸素バリア性は低下するが、水蒸気バリア性が向上する膜状体は、水蒸気の透過を選択的に阻害する膜状体であり、本発明の範疇のものである。バリア性向上の対象となるガスは用途によって適宜選択される。
【0047】
膜状体においては、その厚みは目的に応じて任意であり、例えば好ましくは20〜900nm、更に好ましくは50〜700nm、一層好ましくは100〜500nmとすることができる。この膜状体は、それ自体を単独で用いることもでき、あるいは基材の表面に積層して用いることもできる。基材としては、例えばフィルムやシート等の二次元体や、ボトルや箱等の三次元体を用いることができる。膜状体の面積は、本発明において臨界的ではなく、膜状体の具体的な用途に応じて適宜に設定することができる。
【0048】
膜状体は、その構成材料として、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維及びデラミネーションが促進された層状無機化合物を含むことを特徴の一つとしている。膜状体において、このセルロース繊維と層状無機化合物とは均一混合状態で存在している。この微細セルロース繊維は、上述のとおり平均繊維径が好ましくは200nm以下という微細なものである。これら両者を構成材料として製造された膜状体は、微細セルロース繊維を単独で用いて製造された膜状体や、デラミネーションが促進されていない層状無機化合物を含む膜状体よりもガスバリア性が高くなる。
【0049】
膜状体における微細セルロース繊維と層状無機化合物との割合は、該膜状体のガスバリア性に影響を与える要因の一つである。この観点から、膜状体中での層状無機化合物と微細セルロース繊維との質量比(層状無機化合物/微細セルロース繊維)は、好ましくは0.01〜100であり、更に好ましくは0.01〜10であり、一層好ましくは0.1〜3である。この範囲内であれば、膜状体の透明性を維持しつつ、ガスバリア性を向上させることができる。
【0050】
膜状体は、デラミネーションが促進された層状無機化合物を含んでいることに起因して高湿度雰囲気等の過酷な環境下でも高いガスバリア性を有する。この理由は、先に述べたとおり、層状無機化合物のデラミネーションに起因して、膜状体をガス分子が透過するときに、ガス分子の透過のパスが蛇行するようになるからであると考えられる。
【0051】
膜状体のガスバリア性に関し、その水蒸気透過度は、5〜24(g/(m2・day))、好ましくは5〜22(g/(m2・day))という低レベルのものである。また70%RHにおける酸素透過度は、好ましくは0.01〜100(×10-5cm3/(m2・day・Pa))、更に好ましくは0.01〜50(×10-5cm3/(m2・day・Pa))という低レベルのものである。膜状体は、前記の水蒸気、酸素など複数のガスに対して遮断性を有するものだけでなく、ある特定のガスに対してのみ遮断性を有するものであってよい。例えば酸素バリア性は有さないが、水蒸気バリア性を有する膜状体は、水蒸気の透過を選択的に阻害するバリア材として用いることができる。バリア性の対象となるガスは用途によって適宜選択される。水蒸気透過度性、及び酸素透過度は次の方法で測定される。
【0052】
(1)水蒸気透過度(g/(m2・day))
JIS Z208に基づき、カップ法を用いて、40℃、90%RHの環境下の条件で測定した。
(2)酸素透過度(cm3/(m2・day・Pa))
JIS K−7126−2 付属書A(等圧法)の測定法に準拠して、酸素透過率測定装置OX−TRAN2/21(型式ML&SL、(株)日立ハイテクテクノロジーズ)を用い測定した。測定環境は、温度23℃で一定とし、湿度は0%RH、50%RH、70%RHでそれぞれ評価した。例えば「50%RHにおける酸素透過度」とは、23℃、湿度50%RHの酸素ガス、23℃、湿度50%RHの窒素ガス(キャリアガス)の環境下で測定を行っている。
【0053】
膜状体には、微細セルロース繊維及び層状無機化合物に加え、必要に応じ、公知の充填剤、顔料等の着色剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、耐水化剤(シランカップリング剤等)、架橋剤(エポキシ基、イソシアネート基、アルデヒド基等の反応性官能基を有する添加剤)、金属塩、コロイダルシリカ、アルミナゾル、酸化チタン等を配合することができる。
【0054】
膜状体は、その高いガスバリア性を利用して、例えば、食品、化粧品、医薬、医療器材、機械部品、電子機器及び衣料等の包装材料等の用途に好適に用いられる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0056】
〔実施例1〕
(1)微細セルロース繊維の製造
針葉樹の漂白クラフトパルプ(製造会社:フレッチャー チャレンジ カナダ、商品名 「Machenzie」、CSF650ml)を天然繊維として用いた。TEMPOとしては、市販品(製造会社:ALDRICH、Free radical、98%)を用いた。次亜塩素酸ナトリウムとしては、市販品(製造会社:和光純薬工業(株) Cl:5%)を用いた。臭化ナトリウムとしては、市販品(製造会社:和光純薬工業(株))を用いた。まず、針葉樹の漂白クラフトパルプ繊維100gを9900gのイオン交換水で十分に攪拌した後、パルプ質量100gに対し、TEMPO1.25%、臭化ナトリウム12.5%、次亜塩素酸ナトリウム28.4%をこの順で添加した。pHスタッドを用い、0.5M水酸化ナトリウムを滴下してpHを10.5に保持し、酸化反応を行った。酸化を120分行った後に滴下を停止し、酸化パルプを得た。イオン交換水を用いて酸化パルプを十分に洗浄し、次いで脱水処理を行った。その後、酸化パルプ3.9gとイオン交換水296.1gをミキサー(Vita−Mix−Blender ABSOLUTE、大阪化学(株)製)によって120分間攪拌した。その操作によって繊維の微細化処理を行い、微細セルロース繊維の分散液を得た。分散液の固形分濃度は、1.3%であった。この微細セルロース繊維の平均繊維径は3.1nm、平均アスペクト比は240、カルボキシル基含有量は1.2mmol/gであった。
【0057】
(2)水性分散液の製造
得られた微細セルロース繊維の分散液100gと6%のテトラシリックマイカ水分散液(製品名:NTS−5、トピー工業(株)製)10.8gとを混合し、ホモミキサー(特殊機化工業(株)製)によって回転数1000rpmで2分間攪拌して母液を得た。この母液110.8gと、2%の水酸化ナトリウム水溶液3.25gとを混合し、マグネチックスターラーで24時間攪拌し、目的とする水性分散液を得た。この分散液の組成及び物性を以下の表1に示す。
【0058】
得られた分散液を、厚さ25μmのポリエチレンテレフタレートフィルムの表面にバーコーターを用いて、湿潤膜厚100μmになるように塗布して塗膜を形成した。この塗膜を2時間室温で乾燥させた後、自然対流式の電子乾燥炉を用いて加熱強制乾燥した。乾燥条件は150℃・30分とした。このようにして目的とする膜状体を得た。膜状体の酸素透過度(JIS Z0208)を測定した。酸素透過度の測定環境は、温度は23℃で一定とし、70%RHで測定した。その結果を以下の表1に示す。
【0059】
〔実施例2〜9〕
表1に示す組成の水性分散液を調製した。得られた水性分散液について、実施例1と同様の評価を行った。その結果を以下の表1に示す。
【0060】
〔比較例1〕
本比較例では、実施例1で用いた層状無機化合物及び塩基性物質を用いなかった。水性分散液の組成を表2に示す。得られた水性分散液について、実施例1と同様の評価を行った。その結果を以下の表2に示す。
【0061】
〔比較例2〕
本比較例では、実施例1で用いた塩基性物質を用いなかった。水性分散液の組成を表2に示す。得られた水性分散液について、実施例1と同様の評価を行った。その結果を以下の表2に示す。
【0062】
〔比較例3〕
本比較例では、実施例1で用いた塩基性物質に代えて塩酸を用いた。水性分散液の組成を表2に示す。得られた水性分散液について、実施例1と同様の評価を行った。その結果を以下の表2に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
表1及び表2に示す結果から明らかなように、各実施例の水性分散液を原料として製造された膜は、各比較例の水性分散液を原料として製造された膜に比べて、高湿度雰囲気下の酸素ガスバリア性が高いことが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維と、層状無機化合物と、塩基性物質とを含むガスバリア性膜状体の形成用水性分散液。
【請求項2】
前記塩基性物質が揮発性を有するものである請求項1記載の水性分散液。
【請求項3】
前記塩基性物質と前記層状無機化合物との質量比(塩基性物質/層状無機化合物)が0.001〜10である請求項1又は2記載の水性分散液。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の水性分散液を用いて製造されたガスバリア性膜状体。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のガスバリア性膜状体の形成用水性分散液の製造方法であって、
層状無機化合物及び塩基性物質を含む水性分散液と、カルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維とを混合するガスバリア性膜状体の形成用水性分散液の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載のガスバリア性膜状体の形成用水性分散液の製造方法であって、
層状無機化合物及びカルボキシル基含有量が0.1〜3mmol/gである微細セルロース繊維を含む水性分散液と、塩基性物質とを混合するガスバリア性膜状体の形成用水性分散液の製造方法。

【公開番号】特開2012−97236(P2012−97236A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−247985(P2010−247985)
【出願日】平成22年11月5日(2010.11.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】