説明

ガス拡散電極の製造法

本発明は、特に塩化水素水溶液の電解に用いられるガス拡散電極の製造法に関する。第1のステップa)において、貴金属を含む触媒とプロトン導電性アイオノマとの有機溶媒中の分散液が、導電性キャリア上に噴霧される。この導電性キャリアは、任意に、アセチレンブラック/ポリテトラフルオロエチレン混合物を含むコーティング材を備えている。第2のステップb)において、有機溶媒が除去される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に塩化水素の水溶液の電解に用いられるガス拡散電極を製造するためのプロセスに関する。
【背景技術】
【0002】
塩化水素水溶液(塩酸)の電解用のガス拡散電極は、原則として、次の構造を有する。すなわち、例えば炭素または金属繊維のような導電性支持体に、例えばアセチレンブラック/ポリテトラフルオロエチレン混合物から成るガス拡散層が設けられる。ガス拡散層を設けた支持体に、触媒/ポリテトラフルオロエチレン混合物から成る触媒層が施与される。触媒は通常、カーボンブラック(例えばVulcan(登録商標)XC72)に吸着されている。ガス拡散電極をイオン交換膜に直接接触させて動作させる場合、イオン交換膜へのより優れた結合を達成するために、プロトン導電性アイオノマ、例えばNafion(登録商標)の層を、追加的に設けることがよく行われる。
【0003】
支持体へのガス拡散層および触媒層の形成には、手動で、例えばコテによって、または機械的に、例えばロールコーティングによって、濃縮液またはペースト状材料を塗布し、次いで層のテフロン構造および細孔構造を安定化するために、約340℃の温度で焼結する方法が公知である。この焼結後に初めて、Nafion(登録商標)層を与えることができる。
【0004】
公知のプロセスの不利な点は、層を個別にかつ非常に均一に塗布しなければならず、比較的大量の触媒が消費されて、プロセスが相対的に非常に複雑であることである。さらに、焼結は数時間もの時間を要し、しかも触媒層の表面に微小クラックが形成されるという不利な点を持つ。
【0005】
さらに、触媒が貴金属を含有する場合は全て、塩化水素(HCl)の電解操作中に比較的顕著な腐食が観察される。腐食は、電解操作中に形成されアノード半セルからイオン交換膜を介してカソード半セルに拡散する、塩素によって引き起こされる。先行技術に係るプロセスを用いて製造されたガス拡散電極は、比較的高い腐食を示し、この理由から、ガス拡散電極を比較的頻繁に交換しなければならない。その結果、材料費およびガス拡散電極の解体および据付のための費用が高く、好ましくない。
【発明の開示】
【0006】
本発明の目的は、ガス拡散電極を製造するためのプロセスであって、前記不利な点を持たないプロセスを提供することである。このプロセスは、できるだけ単純であるべきである。つまり、できるだけ少数の操作で行なわれるべきであり、使用される触媒の量はできるだけ少量であるべきである。電解操作中のガス拡散電極の電気化学的活性は、少なくとも、公知のプロセスによって製造されるガス拡散電極と同程度に良好でなければならない。つまり、動作電圧はできるだけ低く、かつ長期安定性はできるだけ高くなければならない。
【0007】
この目的は、本発明では、クレーム1の特長によって達成される。
【0008】
本発明は、特に塩化水素の水溶液の電解に用いられる、ガス拡散電極を製造するためのプロセスであって、
a)アセチレンブラック/ポリテトラフルオロエチレン混合物を含有するコーティング材が任意選択的に施与された導電性支持体に、貴金属を含む触媒とプロトン導電性アイオノマとの有機溶媒中の分散液を噴霧すること、および
b)その後、有機溶媒を除去すること、
を特徴とするプロセスに関する。
【0009】
本発明に係るプロセスの利点は、触媒の分散液の噴霧が、先行技術から公知のプロセスと比較して、より単純であることである。噴霧された分散液を焼結する必要はない。さらに、触媒活性成分の分散液の噴霧に使用される触媒の量は、最大で四分の一にまで低減する。
【0010】
貴金属を含有する触媒は、一般式MeIMEII(6−x)の化合物であることが好ましい。MeIはモリブデンを表し、MeIIはルテニウム、白金、レニウム、ロジウム、またはパラジウムを表し、Eはイオウ、セレン、または塩素を表す。xは0〜6であり、整数または非整数とすることができる。化合物はシェブレル相、つまり三元モリブデンカルコゲナイドであることが、特に好ましい。
【0011】
さらに、触媒はプラチナ−ルテニウム合金であることが好ましい。その上、サブグループVIおよびVIIIの金属との、さらなる二元、三元、または四元プラチナ合金を使用することができる。
【0012】
貴金属を含有する触媒はそれ自体として、つまり追加物質無しに、使用することができる。しかし、触媒は、高い比表面積を有する導電性の、化学的に不活性な支持材、好ましくはカーボンブラックに付与されていることが好ましい。触媒は、吸着によって支持材に付与されていることが好ましい。吸着された触媒を、以下では、触媒材とも呼ぶ。たとえばカーボンブラックへの触媒の付与は、沈殿によって達成することができる。
【0013】
導電性支持体は、炭素、金属、または焼結金属を含む織布、編組、網物、または不織布であることが好ましい。金属または焼結金属は、耐塩酸性でなければならない。それは例えばチタン、ハフニウム、ジルコニウム、ニオブ、タンタル、および幾つかのハステロイ合金を含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
導電性支持体には任意選択的に、アセチレンブラック/ポリテトラフルオロエチレン混合物を含有するコーティング材が施与される。このコーティング材は、例えば、コテによって導電性支持体に塗布することができ、次いで約340℃の温度で焼結する。このコーティング材は、ガス拡散層として働く。触媒層とは対照的に、ガス拡散層は実質的により疎水性であり、物質移動を制御する。第一に、非湿潤性細孔を介してガスが触媒層に伝達され、第二に反応水は、湿潤性細孔を介して、触媒層から背後空間に移送される。ガス拡散層は、導電性支持体の表面全体に塗布することができる。また、ガス拡散層は、織布、編組、網物、または類似物のような支持体の開孔構造に、完全にまたは部分的に、埋め込むこともできる。
【0015】
ガス拡散層を含む導電性支持体を、以下では、基材とも呼ぶ。そのような、アセチレンブラック/ポリテトラフルオロエチレン混合物を含むガス拡散層が形成された、炭素不織布を含む導電性支持体は、市販されており、例えばSGLカーボン・グループの、GLD 10AC型がある。
【0016】
本発明に係るプロセスの第1ステップa)では、触媒およびプロトン導電性アイオノマの有機溶媒中の分散液を、導電性支持体に、または基材に、つまりコーティング材が施与された導電性支持体に噴霧する。その後、第2ステップb)では、有機溶媒を除去する。これは、例えば、好ましくは0〜115℃、特に好ましくは10〜20℃の温度で乾燥することによって達成される。
【0017】
ステップa)における分散液の噴霧は、全面積に対して実行する。分散液の塗布は、表面塗布量に関して、均等に実行しなければならない。さらに、分散液とガス拡散層との間の機械的結合を確実にしなければならない。層の厚さは10μmを超えないことが好ましく、5〜8μmが特に好ましい。
【0018】
適切なプロトン導電性アイオノマは、例えばNafion(登録商標)、すなわちスルホ基で変性されかつ、例えばアルコール中、好ましくはイソプロパノール中の分散液として市販されているポリテトラフルオロエチレンである。
【0019】
好ましくは50〜115℃の沸点を有する有機溶媒が、触媒およびプロトン導電性アイオノマを分散させるのに適している。イソプロパノールを使用することが好ましい。
【0020】
分散液の調製は、有機溶媒中で触媒を撹拌することによって行われる。ここで決定的なことは、触媒をできるだけ完全に湿潤させることである。したがって、高い剪断力を有する撹拌器を分散装置として使用することが好ましい。プロトン導電性アイオノマ、特にNafion(登録商標)は、触媒と同時に、またはその後で添加することができる。触媒の質量のプロトン導電性アイオノマの質量に対する比は、1:1〜15:1が好ましく、3:1〜6:1が特に好ましい。触媒の質量に対する有機溶媒の体積は、噴霧可能な分散液を得るのにちょうど十分となるようにすることができる。しかし、有機溶媒は過剰に使用することもでき、その場合分散液は、撹拌後、沈降させるために最初に放置する。次いで、透明な上澄みをデカントして廃棄する。
【0021】
プロセスの好適な実施形態に従って、分散液を噴霧し、続いて乾燥した後、さらなるステップc)で、有機溶媒中のプロトン導電性アイオノマの分散液を噴霧する。その後、有機溶媒をステップd)で除去する。好ましくはこれは、0〜115℃、特に好ましくは10〜20℃の温度で乾燥することによって達成される。
【0022】
使用するプロトン導電性アイオノマが、デュポンから市販されているNafion(登録商標)である場合、ステップc)で使用する分散液のための有機溶媒はイソプロパノールである。代替的に、他の有機溶媒を使用することもできる。噴霧は表面全体に、均等に行われる。
【0023】
本発明に係るプロセスの好適な実施形態では、a)による分散液および/またはc)によるプロトン導電性アイオノマの分散液を、数回、特に2回〜5回噴霧し、b)および/またはd)による有機溶媒は、各噴霧の後にまず除去される。噴霧操作の回数は、支持体への所望の塗布量、および、噴霧装置の噴霧特性に依存する。
【0024】
乾燥は、その都度、0〜115℃の温度で行われる。電解セルの運転中に、ガス拡散電極は、乾燥プロセスの温度および時間の関数としてセル電圧の相違を示さなかった。しかし、乾燥は、触媒層の安定性の向上とガス拡散電極の耐用年数の増加にとって、決定的である。そのような単純な乾燥プロセスは、あまり時間がかからず、かつ、用いられる材料が受ける応力が低いので、焼結と比べて有利である。特に、乾燥中に、触媒またはNafion(登録商標)層の表面に微小クラックが形成されない。
【0025】
0.5g/m〜10g/mの触媒の貴金属を塗布したガス拡散電極を製造することが好ましい。触媒が支持材に、特にカーボンブラックに付与されている場合、最適な触媒塗布量は、カーボンブラック上の貴金属濃度に依存する。30重量%の貴金属を含有する触媒の最適塗布量は、貴金属量で1.5〜4g/mである。
【0026】
本発明に係るプロセスによって製造されるガス拡散電極のさらなる利点は、それらの腐食が少ないことである。本発明に係るプロセスによって製造されたガス拡散電極の場合、先行技術に従って生産されたガス拡散電極に比較して、腐食は3分の1〜5分の1に低減する。このことは特に、電解の開始段階で、アノード半セルからイオン交換膜を介してカソード半セルに拡散する自由塩素をガス拡散電極の領域で検出することができるときに当てはまる。
【実施例】
【0027】
[実施例1]
導電性支持材としてのVulcan(登録商標)XC72の存在下で、触媒としてのMoRuSeのシェブレル相を、Int.J.Hydrogen Energy,23巻、11号、1031〜1035頁(1998)に記載されたプロセスに従って調製した。Vulcan(登録商標)XC72上の触媒材のX線回折パターンは、未反応元素状セレンのシグナルを示した。形成された触媒は、X線アモルファスであった。X線分光分析により、モリブデン対ルテニウム対セレンの比が使用した量と一致すること、つまり、使用したカルボニルの気化が起きなかったことが示された。
【0028】
Vulcan(登録商標)XC72に吸着された触媒を、調製のための溶媒として使用したキシレンから分離した。触媒に対するそれ以上の処理は行わなかった。Vulcan(登録商標)XC72に吸着された2gの触媒を、100mlのイソプロパノール中に分散し、デュポンから市販の溶液中に含まれる0.5gのNafion(登録商標)を添加した。分散液を激しく撹拌し、一晩放置した。使用した撹拌器は、IKA Labortechnik社(ドイツ)のUltraturrex C25であった。次いで透明な上澄みをデカントして廃棄した。残りの分散液を、基材に噴霧した(ステップa))。基材は、片面に、50重量%のアセチレンブラックおよび50重量%のテフロンを含むガス拡散層が40g/mの塗布量で形成された炭素繊維からなるものであった。3回噴霧することにより、基材には全部で、1.0g/mのRuに相当する、12g/mの触媒材が塗布された。各噴霧操作の後に、50℃で30分間乾燥を行った(ステップb))。次いで、Nafion(登録商標)を3回、合計7.4g/mの塗布量で噴霧した(ステップc))。各噴霧操作後に、50℃で30分間乾燥を行った(ステップd))。次いで、115℃で1時間の焼結を行った。
【0029】
この方法で製造したガス拡散電極を、60℃で14体積%強度のテクニカルグレードの塩酸を電解するための電解セルで使用した。アノードギャップ、つまりアノードとイオン交換膜との間の距離は3mmであった。使用したイオン交換膜は、Nafion(登録商標)324であった。ガス拡散電極を操作するために、純酸素を使用した。
【0030】
ガス拡散電極は、5kA/mの電流密度で1.38ボルトの動作電圧、2kA/mの電流密度で1.02ボルトの動作電圧、および8kA/mの電流密度で1.71ボルトの動作電圧を有した。
【0031】
他の電極型の動作中に場合によって観察された水素の発生は、この電極では、検出精度内(<40ppm)で検出することができなかった。また、驚くべきことに、このガス拡散電極は、例えば白金を触媒とするガス拡散電極の場合に観察されるような、テクニカルグレードの塩酸の不純物に対する感受性を示さなかった。
【0032】
[実施例2]
Vulcan(登録商標)XC72に吸着された、各々50:50の原子比率で含有する20重量%の白金−ルテニウム合金を含有する2gの市販の触媒を、実施例1と同様に、イソプロパノール中に分散した。分散液を、実施例1に記載したように、基材上に3層噴霧し、1層を噴霧した後、実施例1に記載したように、その都度有機溶媒をまず除去した。実施例1と同様の基材を使用した。Vulcan(登録商標)XC72に付与された触媒による基材への塗布量は、13.2g/mであった。触媒を含むこのコーティング上に、Nafion(登録商標)を2層噴霧し、塗布量は合計で8.3g/mであった。第1のNafion(登録商標)層を噴霧した後、第2層を噴霧する前に、実施例1と同様に、乾燥により有機溶媒を最初に除去した。10×10cmの面積を有するガス拡散電極を、最終的に、115℃で1時間焼結した。
【0033】
実施例1に示した条件下で、ガス拡散電極は、電解セルの運転中、5kA/mの電流密度で1.36Vの動作電圧、2kA/mの電流密度で1.0Vの動作電圧、および8kA/mの電流密度で1.66Vの動作電圧を有した。ここでも、水素の発生は観察されなかった。さらに、ガス拡散電極は驚くことに、22日間の運転時間にわたって、テクニカルグレードの塩酸の不純物に対し、不活性であることが示された。これは、動作電圧が全運転時間にわたって一定であったことを意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特に塩化水素水溶液の電解に用いられる、ガス拡散電極を製造するためのプロセスであって、
a)アセチレンブラック/ポリテトラフルオロエチレン混合物を含有するコーティング材が任意選択的に施与された導電性支持体に、貴金属を含む触媒とプロトン導電性アイオノマとの有機溶媒中の分散液を噴霧すること、および
b)その後、有機溶媒を除去すること、
を特徴とするプロセス。
【請求項2】
貴金属を含有する前記触媒が一般式MeIMEII(6−x)の化合物であり、MeIはモリブデンを表し、MeIIはルテニウム、白金、レニウム、ロジウム、またはパラジウムを表し、Eはイオウ、セレン、または塩素を表し、xは0〜6であることを特徴とする、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
貴金属を含有する前記触媒が白金−ルテニウム合金であることを特徴とする、請求項1に記載のプロセス。
【請求項4】
ステップb)にしたがって有機溶媒を除去した後に、さらに
c)プロトン導電性アイオノマの有機溶媒中の分散液を噴霧すること、および
d)次いで有機溶媒を除去すること、
を特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のプロセス。
【請求項5】
ステップa)にしたがう分散液の噴霧、および、ステップb)にしたがう溶媒の除去の結果、導電性支持体への塗布量が、前記触媒の貴金属量として、0.5g/m〜10g/mであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか記載のプロセス。
【請求項6】
貴金属を含有する前記触媒が、高い比表面積を有する導電性支持材、好ましくはカーボンブラックに付与されていることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のプロセス。
【請求項7】
前記高い比表面積を有する導電性支持材に付与されている前記触媒の質量の、前記プロトン導電性アイオノマの質量に対する比が1:1〜15:1であり、好ましくは3:1〜6:1であることを特徴とする、請求項6に記載のプロセス。
【請求項8】
前記導電性支持体が炭素、金属、または焼結金属を含む職布、編組、網物、または不織布であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれかに記載のプロセス。
【請求項9】
前記プロトン導電性アイオノマの分散液が、アルコール中のNafion(登録商標)の分散液であることを特徴とする、請求項1〜8のいずれかに記載のプロセス。
【請求項10】
ステップa)およびb)に係る前記分散液を数回、特に2〜5回噴霧し、および/または、ステップc)およびd)に係る前記プロトン導電性アイオノマの分散液を数回、特に2回〜5回噴霧することを特徴とする、請求項1〜9のいずれかに記載のプロセス。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載のプロセスによって得られるガス拡散電極。

【公表番号】特表2006−500475(P2006−500475A)
【公表日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−540618(P2004−540618)
【出願日】平成15年9月13日(2003.9.13)
【国際出願番号】PCT/EP2003/010207
【国際公開番号】WO2004/032263
【国際公開日】平成16年4月15日(2004.4.15)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
テフロン
【出願人】(504140624)バイエル マテリアルサイエンス アーゲー (8)
【Fターム(参考)】