説明

ガス濃度測定装置

【課題】電解質膜を一対の電極で狭持した電気化学セルの反応ガスのガス濃度を測定するガス濃度測定装置において、ガス濃度の測定精度の向上を図る。
【解決手段】ガス濃度測定装置の演算装置45にて、電気化学セルの出力信号に発生させる交流信号の周波数を高周波から低周波へと変化させた際に、高周波側の交流インピーダンスZの実数部および虚数部がなす円弧状の軌跡の頂部に達したときの周波数を基準周波数foに設定する。そして、設定した基準周波数foにおける交流インピーダンスZoから電気化学セル10の内部の乾燥に起因する抵抗成分の変化量ΔZを算出し、算出した抵抗成分の変化量ΔZに基づいて、基準周波数foよりも低い低周波帯域における交流インピーダンスを補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解質を一対の電極で狭持した電気化学セルに供給する反応ガスのガス濃度を測定するガス濃度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、固体高分子電解質膜型燃料電池等に適用される電気化学セルにおける電極反応は、電気二重層によるコンデンサ成分Cd、当該コンデンサ成分Cdと並列に接続されるファラデーインピーダンスZと呼ばれる仮想素子、およびこれらと直列に接続される抵抗Roからなる等価回路に単純化可能とされている。この等価回路のうち、ファラデーインピーダンスZは、電気化学セルに供給される反応ガス(活性物質)のガス濃度Csに応じて変化することが知られている(例えば、非特許文献1参照)。そして、この非特許文献1には、電池化学セルの内部インピーダンスZに基づいて、電池化学セルに供給された反応ガスのガス濃度Csを測定可能であることが示唆されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】板垣昌幸著、「電気化学インピーダンス法 原理・測定・解析」、第1版、丸善株式会社、2008年8月、p.124−127
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、電気化学セルの内部インピーダンスZの抵抗成分は、電気化学セルの内部の乾燥状態に応じて変化するので、単に、電気化学セルの内部インピーダンスZから反応ガスのガス濃度Csを測定したとしても、電池化学セル内の乾燥の影響によって、実際のガス濃度と測定値とが乖離してしまうことがある。つまり、従来の電池化学セルの内部インピーダンスから電池化学セルに供給された反応ガスのガス濃度を測定する場合には、その測定精度が低いといった問題がある。
【0005】
本発明は上記点に鑑みて、電解質を一対の電極で狭持した電気化学セルの反応ガスのガス濃度を測定するガス濃度測定装置において、ガス濃度の測定精度の向上を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明では、電解質(101)を一対の電極(102、103)で狭持した電気化学セル(10)の内部に供給された反応ガスのガス濃度(Cs)を測定するガス濃度測定装置であって、電気化学セル(10)の出力電流を検出する電流検出手段(41)と、電気化学セル(10)の出力電圧を検出する電圧検出手段(42)と、電気化学セル(10)の出力信号に任意の周波数の交流信号を発生させる交流信号発生手段(43)と、出力信号に交流信号を発生させた際の出力電流および出力電圧に基づいて、電気化学セル(10)の交流インピーダンス(Z)を算出するインピーダンス算出手段(44)と、インピーダンス算出手段(44)にて算出された交流インピーダンス(Z)を補正するインピーダンス補正手段(45a)と、インピーダンス補正手段(45a)にて補正した補正インピーダンス(Z´)に基づいて、反応ガスのガス濃度(Cs)を算出するガス濃度算出手段(45b)と、を備え、インピーダンス補正手段(45a)は、出力信号に発生させる交流信号の周波数を高周波から低周波へと変化させた際に、高周波側の交流インピーダンス(Z)の実数部および虚数部がなす円弧状の軌跡の頂部に達したときの周波数を基準周波数(fo)とし、基準周波数(fo)における交流インピーダンス(Zo)から電気化学セル(10)の内部の乾燥に起因する抵抗成分の変化量(ΔZ)を算出し、算出した抵抗成分の変化量(ΔZ)に基づいて、基準周波数(fo)よりも低い低周波帯域における交流インピーダンスを補正することを特徴とする。
【0007】
これによると、電気化学セル(10)の内部の乾燥に起因する抵抗成分の変化量(ΔZ)に基づいて補正した補正インピーダンス(Z´)を用いて電気化学セル(10)の反応ガスのガス濃度(Cs)を測定するので、反応ガスのガス濃度(Cs)の測定精度を向上させることが可能となる。
【0008】
具体的には、請求項2に記載の発明の如く、請求項1に記載のガス濃度測定装置において、インピーダンス補正手段(45a)にて、基準周波数(fo)における交流インピーダンス(Zo)の実数部(Zro)と虚数部(Zio)とを合算した合計値(Zro+Zio)を抵抗成分の変化量(ΔZ)として算出し、算出した合計値(Zro+Zio)を低周波帯域における交流インピーダンスの実数部(Zr)から減算することで、補正インピーダンス(Z´)を算出することができる。
【0009】
なお、この欄および特許請求の範囲で記載した各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施形態に係る燃料電池システムの全体構成図である。
【図2】実施形態に係るガス濃度測定装置および電気化学セルの模式図である。
【図3】電気化学セル内における水素濃度の変化に伴う交流インピーダンスの変化を説明する説明図である。
【図4】電気化学セル内の乾燥の影響による交流インピーダンスの変化を説明する説明図である。
【図5】電気化学セルの電極反応の等価回路を説明する説明図である。
【図6】図4のCole-Coleプロットの模式図である。
【図7】電気化学セル内の乾燥の影響による抵抗成分の変化量を説明する説明図である。
【図8】実施形態に係る演算装置が実行する制御処理を示すフローチャートである。
【図9】補正インピーダンスのCole-Coleプロットを説明する説明図である。
【図10】抵抗成分の変化量を算出する処理と補正インピーダンスを算出する処理の実行タイミングを説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について図1〜図10に基づいて説明する。図1は、本実施形態のガス濃度測定装置40を適用した燃料電池システムの全体構成図であり、図2は、燃料電池1の電気化学セル10およびガス濃度測定装置40の模式図である。この燃料電池システムは、電気自動車の一種である、いわゆる燃料電池車両に適用されており、車両走行用電動モータ等の各種電気負荷2に電力を供給するものである。
【0012】
図1に示すように、燃料電池システムは、水素(燃料ガス)および酸素(燃料ガスを酸化する酸化剤ガス)の電気化学反応を利用して電力を発生する燃料電池1を備えている。燃料電池1は、各種電気負荷2に電力を供給するもので、本実施形態では、固体高分子電解質型燃料電池を採用している。なお、燃料電池1としては、固体高分子電解質膜型に限らず、他の型式の燃料電池に適用してもよい。
【0013】
具体的には、燃料電池1は、基本単位となる電気化学セル10(以下、セル10と略称する。)が複数個、電気的に直列に接続されて構成されたものである。
【0014】
図2に示すように、各セル10は、固体高分子からなる電解質膜101の両側に一対の電極102、103が配置された膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)10aと、この膜電極接合体10aを狭持する一対のセパレータ104、105で構成されている。なお、一対のセパレータ104、105における水素極(アノード電極)102に対向する表面には、水素が流通する水素流路が形成される一方、空気極(カソード電極)103に対向する表面には、酸素を含む空気が流通する空気流路が形成されている。
【0015】
各セル10では、以下に示すように、水素と酸素とを電気化学反応させて、電気エネルギを出力する。
【0016】
(水素極側)H→2H+2e
(空気極側)2H+1/2O+2e→H
また、セル10には、セル10内における反応ガスのガス濃度を測定するガス濃度測定装置40が接続されている。本実施形態のガス濃度測定装置40は、セル10内における水素のガス濃度Csを測定するものである。なお、ガス濃度測定装置40の詳細については後述する。
【0017】
図1に戻り、燃料電池1の空気極103側には、空気(酸素)を燃料電池1の各セル10に供給するための空気供給配管20、並びに、燃料電池1にて電気化学反応を終えた余剰空気、および空気極103で生成された生成水を燃料電池1から外部へ排出するための空気排出配管21が接続されている。
【0018】
空気供給配管20の最上流部には、大気中から吸入した空気を燃料電池1に圧送するための空気ポンプ22が設けられ、空気排出配管21には、燃料電池1内の空気の圧力を調整するための空気調圧弁23が設けられている。なお、本実施形態では、空気ポンプ22および空気調圧弁23によって、所定の流量および圧力の空気を燃料電池1に供給する酸化剤ガス供給手段が構成される。
【0019】
燃料電池1の水素極102側には、水素を燃料電池1に供給するための水素供給配管30、並びに、水素極102側に溜まった生成水を微量な水素と共に燃料電池1から外部へ排出するための水素排出配管31が接続されている。
【0020】
水素供給配管30の最上流部には、高圧水素が充填された高圧水素タンク32が設けられ、水素供給配管30における高圧水素タンク32と燃料電池1との間には、燃料電池1に供給される水素の圧力を調整する水素調圧弁33が設けられている。なお、本実施形態では、この水素調圧弁33によって、所定の圧力の水素を燃料電池1に供給する燃料ガス供給手段が構成される。
【0021】
水素排出配管31には、生成水を微量な水素とともに外気へ排出するために所定の時間間隔で開閉する電磁弁34が設けられている。なお、上述の電気化学反応では、水素極側において生成水は発生しないものの、水素極側には、酸素極側から各セル10の電解質膜101を透過した生成水が溜まるおそれがある。このため、本実施形態では、水素排出配管31および電磁弁34を設けている。
【0022】
燃料電池システムには、各種制御を行う発電制御手段としての制御装置(ECU)50が設けられている。この制御装置50は、入力信号に基づいて、燃料電池システムを構成する各種電気式アクチュエータの作動を制御するもので、CPU、ROM、RAM等からなる周知のマイクロコンピュータとその周辺回路にて構成されている。
【0023】
制御装置50の入力側には、ガス濃度測定装置40の検出信号等が入力される一方、出力側には、空気ポンプ22、空気調圧弁23、水素調圧弁33、電磁弁34等の各種電気式アクチュエータが接続されている。
【0024】
次に、本実施形態のガス濃度測定装置40について説明する。ガス濃度測定装置40は、図2に示すように、主に、電流センサ41、電圧センサ42、発振回路43、信号処理回路44、演算装置45にて構成されている。
【0025】
電流センサ41は、ガス濃度を測定するセル10(測定対象セル)から出力される出力電流を検出する電流検出手段であり、電圧センサ42は、セル10から出力される出力電圧(一対の電極102、103間の電位差)を検出する電圧検出手段である。電流センサ41および電圧センサ42それぞれは、信号処理回路44に接続されており、各センサ41、42の各検出信号が信号処理回路44に出力されるように構成されている。
【0026】
発振回路43は、セル10の出力信号に任意の周波数で正弦波等の交流信号を発生させる交流信号発生手段を構成している。具体的には、発振回路43としては、可変抵抗等によってセル10から任意の周波数の交流信号を引き出すことが可能な負荷可変装置で構成することができる。勿論、発振回路43としては、セル10の出力信号に、正弦波等の交流を印加して任意の周波数の交流信号を発生させる交流印加装置で構成してもよい。発振回路43にて発生させる交流の周波数は、信号処理回路44にて調整可能となっている。
【0027】
信号処理回路44は、発振回路43にて任意の周波数の交流信号を発生させた際の電流センサ41および電圧センサ42から出力される各検出信号に基づいて、セル10の交流インピーダンスZ(内部インピーダンス)を算出するインピーダンス算出手段を構成している。信号処理回路44は、演算装置45に接続されており、信号処理回路44にて算出した交流インピーダンスZの算出結果が演算装置45に出力されるように構成されている。
【0028】
演算装置45は、CPU、ROM、RAM等からなる周知のマイクロコンピュータとその周辺回路により構成されている。本実施形態の演算装置45は、信号処理回路44にて算出された交流インピーダンスZを補正すると共に、補正した交流インピーダンスZ´(補正インピーダンス)に基づいて、セル10の内部における水素のガス濃度Csを算出する。具体的には、演算装置45では、信号処理回路44にて算出した交流インピーダンスZからセル10内の乾燥に起因する抵抗成分の変化量ΔZを除去する補正を行う。
【0029】
なお、本実施形態では、演算装置45における交流インピーダンスZを補正する構成(ハードウェアおよびソフトウェア)をインピーダンス補正手段45aとし、ガス濃度Csを算出する構成を(ハードウェアおよびソフトウェア)をガス濃度算出手段45bとする。
【0030】
ここで、セル10の交流インピーダンスZは、セル10内のガス濃度Csに相関関係があることが分かっている。この点について、図3に基づいて説明する。
【0031】
図3は、ガス濃度Csの変化による交流インピーダンスZの変化の一例を説明する説明図である。ここで、図3(a)は、セル10の内部が高湿度となる条件(例えば、露点=45℃)で、セル10の出力信号に発生させる周波数を高周波から低周波まで変化させた場合の交流インピーダンスZの実数部Zr(レジスタンス成分)および虚数部Zi(リアクタンス成分)の変化を示したものである。また、図3(b)は、図3(a)の実数部Zrと虚数部Ziとを複素平面状に示したもの(Cole-Coleプロット)である。
【0032】
なお、図3(a)では、水素のガス濃度Csが高濃度となる条件(例えば、水素濃度=30%)における実数部Zrの変化を白丸、虚数部Ziの変化を黒丸で示し、水素のガス濃度Csが低濃度となる条件(例えば、水素濃度=6.5%)における実数部Zrの変化を白四角、虚数部Ziの変化を黒四角で示している。また、図3(b)では、水素のガス濃度Csが高濃度となる条件におけるプロットを白丸で示し、低濃度となる条件におけるプロットを白四角で示している。
【0033】
図3(a)に示すように、セル10の内部が高湿度、かつ、低濃度となる条件(高湿度低濃度条件)における交流インピーダンスZの実数部Zr(白四角)は、セル10の内部が高湿度、かつ、高濃度となる条件(高湿度高濃度条件)における交流インピーダンスZの実数部Zr(白丸)に比べて、低周波帯域(例えば、周波数=0.3〜10Hz)で大幅に増加する傾向がある。また、高湿度低濃度条件における交流インピーダンスZの虚数部Zi(黒四角)は、高湿度高濃度条件における交流インピーダンスZの虚数部Zi(黒丸)に比べて、低周波帯域で大幅に減少する傾向がある。
【0034】
そして、図3(b)に示すように、高湿度高濃度条件におけるCole-Coleプロット(白丸)が半円状の軌跡となる一方、高湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロット(白四角)が2つの円弧を組み合わせたような軌跡となる。なお、高湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロット(白四角)は、高周波側(図中左側)に示す円弧状の軌跡が、高湿度高濃度条件におけるCole-Coleプロット(白丸)の軌跡と略一致している。
【0035】
このように、セル10の交流インピーダンスZおよびセル10内のガス濃度Csには、セル10の内部における水素のガス濃度Csの減少に伴い、低周波帯域における交流インピーダンスZが増大するといった相関関係があることが分かる。
【0036】
また、セル10の交流インピーダンスZは、セル10内のガス濃度Cs以外にセル10内の乾燥度合いと相関関係があることが分かっている。この点について、図4に基づいて説明する。
【0037】
図4は、セル10内の乾燥度合いの変化による交流インピーダンスZの変化の一例を説明する説明図である。ここで、図4(a)は、セル10の内部が低濃度となる条件(水素濃度=6.5%)で、セル10の出力信号に発生させる周波数を高周波から低周波まで変化させた場合の交流インピーダンスZの実数部Zrおよび虚数部Ziの変化を示したものである。また、図4(b)は、図4(a)のCole-Coleプロットである。
【0038】
なお、図4(a)では、セル10内が高湿度となる条件(例えば、露点=45°)における実数部Zrの変化を白四角、虚数部Ziの変化を黒四角で示し、セル10内が低湿度となる条件(例えば、露点=35°)における実数部Zrの変化を白三角、虚数部Ziの変化を黒三角で示している。また、図4(b)では、セル10内が高湿度となる条件におけるプロットを白四角で示し、セル10内が低湿度となる条件におけるプロットを白三角で示している。
【0039】
図4(a)に示すように、セル10の内部が低湿度、かつ、低濃度となる条件(低湿度低濃度条件)における交流インピーダンスZの実数部(白三角)は、高湿度低濃度条件における交流インピーダンスZの実数部(白四角)に比べて全体的に増加する傾向がある。また、高湿度低濃度条件における交流インピーダンスZの虚数部(黒三角)は、高湿度低濃度条件における交流インピーダンスZの虚数部(黒四角)に比べて、若干増加する傾向がある。
【0040】
そして、図4(b)に示すように、低湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロット(白三角)は、高湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロット(白四角)と異なり、高周波側(図中左側)が、直線部を含む円弧状の軌跡となる。そして、低湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロット(白四角)は、直線部以降の低周波側(図中右側)が、高湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロット(白三角)に対して、実数部Zrを高レジスタンス側(図中右側)に平行移動した形状に近似する。
【0041】
ここで、セル10の内部が高湿度となる場合のセル10の等価回路は、図5(a)に示すように、電気二重層によるコンデンサ成分Cd、当該コンデンサ成分Cdに並列に接続されるファラデーインピーダンスZ、およびこれらと直列に接続される電解質膜101の膜抵抗Roからなる一般的な等価回路で示すことができる。
【0042】
これに対して、セル10の内部が低湿度となる場合のセル10の等価回路は、図5(b)に示すように、一般的な等価回路ではなく、分布定数回路で示すことができる。なお、図5(b)に示す等価回路中のRporeは、セル10の電解質膜101や電極102、103内に含まれる微小粒子による抵抗を示している。
【0043】
セル10の内部が乾燥して低湿度となる場合には、等価回路中の抵抗Rporeの抵抗値が増大し、この抵抗Rporeの抵抗値の増大が、低濃度となる条件におけるCole-Coleプロットの直線部として現れ、直線部以降の低周波側の実数部Zrが高レジスタンス側に平行移動した形状となる。なお、セル10の内部が高湿度となる場合には、図5(b)に示す等価回路中の抵抗Rporeの抵抗値が非常に小さく、無視できることから、一般的な等価回路で示すことができる。
【0044】
このように、セル10の交流インピーダンスZおよびセル10内の乾燥度合いには、セル10内が低湿度となると、低周波帯域において交流インピーダンスZの実数部Zrが全体的に増加するといった相関関係がある。
【0045】
次に、本実施形態において、インピーダンス補正手段にて行う交流インピーダンスZの補正方法について図6、図7に基づいて説明する。
【0046】
図6は、図4(b)に示すCole-Coleプロットの模式図である。図6では、低湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロットの軌跡を実線で示し、高湿度低濃度条件におけるCole-Coleプロットの軌跡を破線で示している。なお、説明の便宜のため、図6では、高湿度低濃度条件における電解質膜101の膜抵抗Roを除去した交流インピーダンスの変化を示している。
【0047】
図6に示すように、低湿度低濃度条件では、セル10内の乾燥(低湿度)の影響によって、例えば、高湿度低濃度条件の高周波側(図中左側)に示す円弧状の軌跡の頂部X1が、高周波側に示す円弧状の軌跡の頂部X2まで高レジスタンス側に平行移動する。なお、円弧状の軌跡の頂部は、虚数部におけるピーク値を意味している。
【0048】
この平行移動した実数部の移動量は、セル10の内部が乾燥することに起因して生ずる抵抗成分の変化量ΔZとして考えることができ、頂部X1の座標(Zr2、Zi2)における実数部と虚数部とを合算した合計値(Zr2+Zi2:Zr2≧0、Zi2≦0)と推定することができる。
【0049】
この点について図7に基づいて説明する。まず、低湿度低濃度条件における高周波側に示す円弧状の軌跡の直線部を、頂部X2における虚数部Zi2の絶対値|Zi2|を半径とした円弧(仮想線L)で置き換える。そうすると、図7に示すように、仮想線Lを含む低湿度低濃度条件のCole-Coleプロットの軌跡が、高湿度低濃度条件のCole-Coleプロットの軌跡を、抵抗成分の変化量ΔZだけ高レジスタンス側に平行移動した形状と近似する。
【0050】
ここで、仮想線Lと実数部の軸との交点X3(座標(Zr2−|Zi2|、0))は、高湿度低濃度条件における高周波側に示す円弧状の軌跡と実数部の軸との交点X4(座標(0、0))が、高レジスタンス側に平行移動したと考えることができる。
【0051】
このため、セル10の内部の乾燥に起因して変化する抵抗成分の変化量ΔZは、交点X3における実数部であるZr2−|Zi2|で近似することができる。なお、虚数部の値は、0以下となるので、抵抗成分の変化量ΔZは、Zr2+Zi2として表すこともできる。
【0052】
従って、セル10の内部が低湿度となる場合に算出した交流インピーダンスの実数部から抵抗成分の変化量ΔZを減算することで、セル10の内部が乾燥することで生ずる抵抗成分を除去した交流インピーダンスZc(補正インピーダンス)を算出することができる。
【0053】
次に、ガス濃度の算出方法について説明する。本実施形態では、ガス濃度Csと交流インピーダンスZとの関係を規定した関数Cs=f(Z)を用いて算出する。この関数の一例としては、下記数1で示す理論式とすることができる。
【0054】
【数1】

ここで、「A」は定数、「I」は電流(発電電流)、「Ro」は膜抵抗、「ω」は交流の角周波数、「Cd」はコンデンサ成分、「D」は拡散係数、「δ」は電極における拡散層の厚さ、「n」は電極反応に寄与した電子数、「F」はファラデー定数、「b」はターフェル係数を示している。
【0055】
この数1で示す理論式は、下記数2〜数7に示す数式(非特許文献1参照)から導出することができる。
【0056】
【数2】

ここで、数2に示す数式に示す「k」は、電極における反応速度定数である。なお、数2に示す数式は、電極反応速度を示す電流(発電電流)を導出する式である。
【0057】
【数3】

数3に示す数式は、図5(a)に示す一般的な等価回路におけるファラデーインピーダンスZを示す式である。
【0058】
【数4】

ここで、数4に示す数式に示す「J」は、電極における拡散のフラックスを示している。なお、数4に示す数式は、電流変化量および電圧変化量からファラデーインピーダンスZを導出する示す式である。
【0059】
【数5】

数5に示す数式は、電位Eの変化量ΔEに対するガス濃度Csの変化量ΔCsを示す式である。
【0060】
【数6】

数6に示す数式は、フラックスの変化ΔJとガス濃度の変化ΔCsとの関係を示す式である。
【0061】
【数7】

数7に示す数式は、数2で示す数式から導出される反応速度定数kとガス濃度Csとの関係を示す式である。
【0062】
ここで、数3〜数7に示す数式から数1に示す理論式の導出過程にてついて簡単に説明すると、まず、数4に示す数式に、数5で示す数式の「ΔCs/ΔE」、数6で示す数式の「ΔJ/ΔCs」、さらに、数7で示す数式の「k」を代入する。そして、数4で示す数式に、数3で示す「1/Z」を代入し、当該数式を整理することで数1に示す理論式を導出することができる。
【0063】
このように、数1で示す理論式を用いることで、セル10の交流インピーダンスZからガス濃度を算出することが可能となる。なお、数1で示す理論式の交流インピーダンスZ以外のパラメータ(A、I、Ro、ω、Cd、D、δ、n、F、b)については、セル10の出力信号に発生させる周波数を高周波から低周波まで変化させた際に、数1に示す理論式で算出したガス濃度Csの算出結果と、ガス濃度Csの実測値との誤差が最も小さくなるように、予め最小二乗法等の計算手法にて算出すればよい。
【0064】
次に、本実施形態のガス濃度測定装置40の演算装置45にて行う制御処理について図8に基づいて説明する。図8は、ガス濃度測定装置の演算装置45にて行う制御処理を示すフローチャートである。図8の制御ルーチンは、演算装置45にて実行されるメイン制御ルーチンのサブルーチンとして実行される。
【0065】
まず、図8に示す制御ルーチンを開始する前の前処理として、セル10の出力信号に発生させる周波数を高周波から低周波まで変化させた際に、Cole-Coleプロットにおける高周波側の円弧の頂部に達したときの周波数(例えば、20Hz)を算出する。そして、当該周波数を基準周波数foとして演算装置45の記憶部に記憶する。なお、基準周波数foは、セル10の電極反応の等価回路における共振周波数に相当する周波数である。
【0066】
また、セル10の内部が高湿度となる条件におけるセル10における電解質膜101の膜抵抗Roを算出し、膜抵抗Roを演算装置45の記憶部に記憶する。なお、電解質膜101の膜抵抗Roは、高湿度条件において、セル10の出力信号に発生させる周波数を上昇させた際に、収束する収束値、すなわち、Cole-Coleプロットで示す高周波側の円弧状の軌跡と、実数部Zrの軸とが交わるときの交流インピーダンスZの実数部Zrに相当する。
【0067】
上述の前処理を行った後、図8に示す制御ルーチンが実行されると、演算装置45の記憶部に記憶された基準周波数foの交流信号をセル10の出力信号に発生させ、電流センサ41および電圧センサ42の検出信号を読み込む(S10)。そして、各センサ41、42の検出信号に基づいて、基準周波数foにおけるセル10の交流インピーダンスZoを算出する(S20)。
【0068】
次に、S20にて算出した交流インピーダンスZoの実数部Zroおよび虚数部Zioに基づいて、乾燥に起因して生ずる抵抗成分の変化量ΔZを算出する(S30)。具体的には、基準周波数foにおける交流インピーダンスZoの実数部Zro(≧0)および虚数部Zio(≦0)の合計値(Zro+Zio)を抵抗成分の変化量ΔZとして算出する。
【0069】
なお、電解質膜101の膜抵抗Roが抵抗成分の変化量ΔZに対して無視できない場合には、交流インピーダンスZoの実数部Zroおよび虚数部Zioの合計値から、前処理にて算出した膜抵抗Roを減算した値を抵抗成分の変化量ΔZとしてもよい。
【0070】
次に、基準周波数よりも低い低周波帯域における測定周波数fの交流信号をセル10の出力信号に発生させ、当該測定周波数fにおけるセル10の交流インピーダンスZを算出する(S40)。なお、測定周波数fは、基準周波数foよりも低い低周波帯域内の任意の周波数を設定することができる。なお、測定周波数fは、水素濃度Csの変化が大きい周波数に設定することが望ましい。
【0071】
次に、S40にて算出した交流インピーダンスZの実数部ZrからS30にて算出した抵抗成分の変化量ΔZを減算することで、補正インピーダンスZ´を算出する(S50)。
【0072】
これにより、図9に示すように、補正インピーダンスZ´のCole-Coleプロットの軌跡(実線)は、補正前の交流インピーダンスのCole-Coleプロットの軌跡(破線)に対して、抵抗成分の変化量ΔZだけ低レジスタンス側に平行移動することとなる。なお、補正インピーダンスZ´は、実数部Zr´がZr−(Zro+Zio)となり、虚数部Zi´がZiとなる。
【0073】
次に、S50にて算出した補正インピーダンスZ´を算出した後、水素のガス濃度Cs(水素濃度)を算出する(S60)。水素のガス濃度Csは、上述した数1に示す数式の交流インピーダンスZに、S50にて算出した補正インピーダンスZ´を代入することで算出することができる。
【0074】
次に、測定周波数fを変更して水素濃度を算出するか否かを判定する(S70)。当該判定にて測定周波数fを変更して水素濃度を算出すると判定された場合(S70:YES)には、S80に移行して測定周波数fを変更し、S40に戻る。一方、測定周波数fを変更して水素濃度を算出しないと判定された場合(S70:NO)には、メイン制御ルーチンに戻る。
【0075】
メイン制御ルーチンでは、所定周期毎に図8の制御ルーチンを呼び出す場合、S30の処理(基準周波数における交流インピーダンスZoの算出処理)とS60の処理(ガス濃度Csの算出処理)の実行タイミングは、図10に示すように、S30の処理を終えてからS60の処理を複数回実行することとなる。
【0076】
以上説明した本実施形態では、燃料電池1のセル10内の乾燥に起因する抵抗成分の変化量ΔZに基づいて交流インピーダンスZを補正する。そして、補正した交流インピーダンスZ´(補正インピーダンス)を用いてセル10の水素のガス濃度Csを算出する。
【0077】
このように、燃料電池1のセル10内の乾燥によって変化する交流インピーダンスを補正することで、セル10内における水素のガス濃度Csの実測値と測定値との乖離を抑制することができるので、水素のガス濃度Csの測定精度を向上させることが可能となる。
【0078】
(他の実施形態)
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各請求項に記載した範囲を逸脱しない限り、各請求項の記載文言に限定されず、当業者がそれらから容易に置き換えられる範囲にも及び、かつ、当業者が通常有する知識に基づく改良を適宜付加することができる。例えば、以下のように種々変形可能である。
【0079】
(1)上述の実施形態では、ガス濃度測定装置40の演算装置45と、燃料電池システムの制御装置50とを別体で構成したが、演算装置45と制御装置50とを共通の制御手段として一体化してもよい。
【0080】
(2)上述の実施形態では、補正インピーダンスZ´を数1に示す理論式を用いてセル10内の水素濃度の算出する構成としているが、これに限定されない。例えば、補正インピーダンスとセル10内の水素濃度とを関連付けた制御マップを予め用意し、当該制御マップを参照して、セル10内の水素濃度Csの算出する構成としてもよい。
【0081】
(3)上述の実施形態の演算装置45では、基準周波数foにおける交流インピーダンスZoの算出処理を終えてからガス濃度Csの算出処理を複数回実行するようにしているが、これに限らず、基準周波数foにおける交流インピーダンスZoの算出処理を終えてからガス濃度Csの算出処理を一回実行するようにしてもよい。
【0082】
(4)上述の実施形態では、ガス濃度測定装置40によって、燃料電池1のセル10内の水素濃度Csを測定する構成としているが、燃料電池1のセル10内の酸素濃度を測定する構成としてもよい。
【0083】
(5)上述の実施形態では、ガス濃度測定装置40を燃料電池システムに適用しているが、ガス濃度測定装置40は、燃料電池システムに限らず、電解質を一対の電極で狭持し、内部の乾燥によって内部インピーダンスZの抵抗成分が変化する電気化学セルを備える様々な電気化学装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0084】
10 電気化学セル
101 電解質膜(電解質)
102 水素極(アノード電極)
103 空気極(カソード電極)
41 電流センサ(電流検出手段)
42 電圧センサ(電圧検出手段)
43 発振回路(交流信号発生手段)
44 信号処理回路(インピーダンス算出手段)
45 演算装置
45a インピーダンス補正手段
45b ガス濃度算出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前記電解質(101)を一対の電極(102、103)で狭持した電気化学セル(10)の内部に供給された反応ガスのガス濃度(Cs)を測定するガス濃度測定装置であって、
前記電気化学セル(10)の出力電流を検出する電流検出手段(41)と、
前記電気化学セル(10)の出力電圧を検出する電圧検出手段(42)と、
前記電気化学セル(10)の出力信号に任意の周波数の交流信号を発生させる交流信号発生手段(43)と、
前記出力信号に前記交流信号を発生させた際の前記出力電流および前記出力電圧に基づいて、前記電気化学セル(10)の交流インピーダンス(Z)を算出するインピーダンス算出手段(44)と、
前記インピーダンス算出手段(44)にて算出された前記交流インピーダンス(Z)を補正するインピーダンス補正手段(45a)と、
前記インピーダンス補正手段(Z)にて補正した補正インピーダンス(Z´)に基づいて、前記反応ガスのガス濃度を算出するガス濃度算出手段(45b)と、を備え、
前記インピーダンス補正手段(45a)は、
前記出力信号に発生させる前記交流信号の周波数を高周波から低周波へと変化させた際に、前記高周波側の前記交流インピーダンス(Z)の実数部および虚数部がなす円弧状の軌跡の頂部に達したときの周波数を基準周波数(fo)とし、前記基準周波数(fo)における前記交流インピーダンス(Zo)から前記電気化学セル(10)の内部の乾燥に起因する抵抗成分の変化量(ΔZ)を算出し、算出した前記抵抗成分の変化量(ΔZ)に基づいて、前記基準周波数(fo)よりも低い低周波帯域における前記交流インピーダンスを補正することを特徴とするガス濃度測定装置。
【請求項2】
前記インピーダンス補正手段(45a)は、前記基準周波数(fo)における交流インピーダンス(Zo)の実数部(Zro)と虚数部(Zio)とを合算した合計値(Zro+Zio)を前記抵抗成分の変化量(ΔZ)として算出し、前記合計値(Zro+Zio)を前記低周波帯域における前記交流インピーダンスの実数部(Zr)から減算することを特徴とする請求項1に記載のガス濃度測定装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−13618(P2012−13618A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152279(P2010−152279)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【出願人】(000004695)株式会社日本自動車部品総合研究所 (1,981)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】