説明

ガン幹細胞の作製方法

【課題】ガン幹細胞の製造方法、当該方法によって製造されたガン幹細胞、当該ガン幹細胞を用いたガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法および抗ガン性物質のスクリーニング方法、当該方法によって得られる物質を含む医薬組成物、ならびに当該ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含するガンの診断方法の提供。
【解決手段】正常細胞をRas活性化およびp53欠乏に供する工程を包含するガン幹細胞の製造方法、当該方法によって製造されたガン幹細胞、当該ガン幹細胞を用いたガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法および抗ガン性物質のスクリーニング方法、当該方法によって得られる物質を含む医薬組成物、ならびに当該ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含するガンの診断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガン幹細胞の製造方法、当該方法によって製造されたガン幹細胞、当該ガン幹細胞を用いたガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法および抗ガン性物質のスクリーニング方法、当該方法によって得られる物質を含む医薬組成物、ならびに当該ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含するガンの診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原理的には、ガン幹細胞(CSC)は、正常組織幹細胞、またはガン化変異によって幹細胞の特徴を獲得した前駆細胞または分化細胞から生じ得る。CSCは自己再生して、腫瘍中の細胞の大部分を形成する増幅ガン細胞を連続的に生じる(非特許文献10)。いくつかのオンコジーンおよびガン抑制遺伝子の変異が腫瘍形成に関与していることが示されているが、CSCの根源細胞と遺伝子変化の関係は、いくつかの白血病以外では未だに解明されていない(非特許文献1〜4)。本発明者らおよび他の研究者らは、適切な条件下で培養すると、特定化されたオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)およびアストロサイト(AST)が神経幹様細胞に復帰し得ることを示している(非特許文献11〜14)。これは、OPCおよびASTならびに神経幹細胞(NSC)が脳CSCの根源細胞である可能性を示唆する。p53はヒトグリオーマを含むヒトガンにおいて最も頻繁に変異している腫瘍抑制遺伝子である(非特許文献15)。またRas活性の上昇がヒトグリオーマおよびグリオーマ細胞株で報告されている(非特許文献16)。さらに、ASTにおけるRas活性化とp53欠乏の組み合わせにより、マウスにおいて悪性グリオーマが引き起こされ得ることが示されている(非特許文献17〜20)。しかし、これらの組み合わせが培養NSC、OPCおよびASTのCSCへのトランスフォーメーションを誘導し得るかどうかは知られていなかった。
【0003】
上記のように、近年の進歩により、悪性腫瘍が無限自己複製し腫瘍形成能を有するCSCを含んでいることが示された。最近、白血病幹細胞が造血幹細胞または拘束性前駆細胞のいずれかから生じ得ることが示されたが(非特許文献1〜4)、固形ガン中のCSCが組織特異的幹細胞、拘束性前駆細胞または分化細胞から生じるかどうかは不明である。例えば、非特許文献3および4では、オンコジーンMLL−AF9を正常前駆細胞に導入することによって白血病幹細胞が得られることが記載されている。一方、固形ガンにおけるCSC研究では、脳腫瘍、乳ガン等にCSCの存在が報告されている段階であり(非特許文献25〜29)、CSCの根源細胞や、CSCへのトランスフォーメーションに関与するオンコジーンについての研究は十分ではなく、有効なガン治療法の開発のためにより多くの知見を得ることが望まれていた。
【0004】
【非特許文献1】Cozzio, A. et al. Similar MLL-associated leukemias arising from self-renewing stem cells and short-lived myeloid progenitors. Genes Dev. 17, 3029-3035 (2003).
【非特許文献2】Huntly, B. J. et al. MOZ-TIF2, but not BCR-ABL, confers properties of leukemic stem cells to committed murine hematopoietic progenitors. Cancer Cell 6, 587-596 (2004).
【非特許文献3】Krivtsov, A. V. et al. Transformation from committed progenitor to leukaemia stem cell initiated by MLL-AF9. Nature 442, 818-822 (2006).
【非特許文献4】Somervaille, T. C. & Cleary, M. L. Identification and characterization of leukemia stem cells in murine MLL-AF9 acute myeloid leukemia. Cancer Cell 10, 257-268 (2006).
【非特許文献5】Louis, D. N. The p53 gene and protein in human brain tumors. J. Neuropathol. Exp. Neurol. 53, 11-21 (1994).
【非特許文献6】Bogler, O., Huang, H. J., Kleihues, P. & Cavenee, W. K. The p53 gene and its role in human brain tumors. Glia 15, 308-327 (1995).
【非特許文献7】Feldkamp, M. M., Lau, N. & Guha, A. Signal transduction pathways and their relevance in human astrocytomas. J. Neurooncol. 35, 223-248 (1997).
【非特許文献8】Ohgaki, H. et al. Genetic pathways to glioblastoma: a population-based study. Cancer Res. 64, 6892-6899 (2004).
【非特許文献9】Hulleman, E. & Helin, K. Molecular mechanisms in gliomagenesis. Adv. Cancer Res. 94, 1-27 (2005).
【非特許文献10】Reya, T., Morrison, S. J., Clarke, M. F. & Weissman, I. L. Stem cells, cancer, and cancer stem cells. Nature 414, 105-111 (2001).
【非特許文献11】Kondo, T. & Raff, M. Oligodendrocyte precursor cells reprogrammed to become multipoteintial CNS stem cells. Science 289, 1754-1757 (2000).
【非特許文献12】Laywell, E. D. et al. Identification of a multipotent astrocytic stem cell in the immature and adult mouse brain. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97, 13889-13894 (2000).
【非特許文献13】Belachew, S. et al. Postnatal NG2 proteoglycanexpressing progenitor cells are intrinsically multipotent and generate functional neurons. J. Cell Biol. 161, 169-186 (2003).
【非特許文献14】Nunes, M. C. et al. Identification and isolation of multipotential neural progenitor cells from the subcortical white matter of the adult human brain. Nature Med. 9, 439-447 (2003).
【非特許文献15】Rasheed, B. K. et al. Alterations of the TP53 gene in human gliomas. Cancer Res. 54, 1324-1330 (1994).
【非特許文献16】Guha, A. et al. Proliferation of human malignant astrocytomas is dependent on Ras activation. Oncogene 15, 2755-2765 (1997).
【非特許文献17】Reilly, K. M. et al. Nf1;Trp53 mutant mice develop glioblastoma with evidence of strain-specific effects. Nature Genet. 26, 109-113 (2000).
【非特許文献18】Zhu, Y. et al. Early inactivation of p53 tumor suppressor gene cooperating with NF1 loss induces malignant astrocytoma. Cancer Cell 8, 119-130 (2005).
【非特許文献19】Bizub, D., Blair, D., Alvord, G. & Skalka, A. M. Correlation between H-ras p21TLeu61 protein content and tumorigenicity of NIH3T3 cells. Oncogene 3, 443-448 (1988).
【非特許文献20】Barnett, S.C. & Crouch, D. H. The effect of oncogenes on the growth and differentiation of oligodendrocyte type 2 astrocyte progenitor cells. Cell Growth Differ. 6, 69-80 (1995).
【非特許文献21】Tsukada, T., et al. Enhanced proliferative potential in culture of cells from p53-deficient mice. Oncogene 8, 3313-3322 (1993).
【非特許文献22】Kondo, T. & Raff, M. Chromatin remodeling and histone modification in the conversion of oligodendrocyte precursors to neural stem cells. Genes Dev. 18, 2963-2972 (2004).
【非特許文献23】Wang, S. et al. A role for the helix-loop-helix protein Id2 in the control of oligodendrocyte development. Neuron 29, 603-614 (2001).
【非特許文献24】Bogler, O., Huang, H. J. & Cavenee, W. K. Loss of wild-type p53 bestows a growth advantage on primary cortical astrocytes and facilitates their in vitro transformation. Cancer Res. 55, 2746-2751 (1995).
【非特許文献25】Singh, S. K. et al. Identification of human brain tumour initiating cells. Nature 432, 396-401 (2004).
【非特許文献26】Galli, R. et al. Isolation and characterization of tumorigenic, stem-like neural precursors from human glioblastoma. Cancer Res 64, 7011-7021 (2004).
【非特許文献27】Bao, S. et al. Glioma stem cells promote radioresistance by preferential activation of the DNA damage response. Nature 444, 756-760 (2006).
【非特許文献28】Piccirillo, S. G. et al. Bone morphogenetic proteins inhibit the tumorigenic potential of human brain tumour-initiating cells. Nature 444, 761-765 (2006).
【非特許文献29】Hambardzumyan, D., Squatrito, M. & Holland, E. C. Radiation resistance and stem-like cells in brain tumors. Cancer Cell 10, 454-456 (2006).
【非特許文献30】Ligon, K. L. et al. Olig2-Regulated Lineage-Restricted Pathway Controls Replication Competence in Neural Stem Cells and Malignant Glioma. Neuron 53, 503-517 (2007).
【非特許文献31】Al-Hajj, M. et al. Prospective identification of tumorigenic breast cancer cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 3983-3988 (2003)
【非特許文献32】Kawahara, A., et al. Caspase-independent cell killing by Fas-associated protein with death domain. J. Cell Biol. 143, 1353-60 (1998).
【非特許文献33】Kondo, T. & Raff, M. Oligodendrocyte precursor cells reprogrammed to become multipoteintial CNS stem cells. Science 289, 1754-1757 (2000).
【非特許文献34】Li, C. & Wong, W. H. Model-based analysis of oligonucleotide arrays: expression index computation and outlier detection Proc. Natl Acad. Sci. USA, 98, 3136 (2001).
【非特許文献35】Smyth, G. K. Linear models and empirical bayes methods for assessing differential expression in microarray experiments. Stat. Appl. Genet. Mol. Biol. 3, article3 (2004).
【非特許文献36】Srorey, J. D. A direct approach to false discovery rates. J. R. Satist. Soc. B 64, part3, 479-498 (2002).
【非特許文献37】Storey, J. D. & Tibshirani, R. Statistical significance for genomewide studies. Proc. Natl Acad. Sci. USA 100, 9440-9445 (2003).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ガン幹細胞の製造方法、当該方法によって製造されたガン幹細胞、当該ガン幹細胞を用いたガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法および抗ガン性物質のスクリーニング方法、当該方法によって得られる物質を含む医薬組成物、ならびに当該ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含するガンの診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、Rasシグナル経路の活性化およびp53の抑制(これらは、ヒトグリオーマにおいて頻繁に生じる(非特許文献5〜9))を神経幹細胞(NSC)、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)および分化アストロサイト(AST)において同時に行うことによってグリオーマに関する上記課題に取り組んだ。本発明者らは、OPCおよびNSCの両方が、これらの条件下で広範な遺伝子発現の再プログラムを伴ってグリオーマ幹細胞にトランスフォームするがASTはそうではないことを示した。3つ全ての細胞型は増殖促進を示したが、ヌードマウスの脳へ移植したところ、NSCおよびOPCのみが神経膠芽腫を形成した。これらの知見はヒトにおいて神経膠芽腫がOPCまたはNSCのいずれかから生じる可能性を示唆する。これらの知見に基づき、本発明は完成した。
【0007】
本発明は、以下に関する:
[1]正常細胞をRas活性化およびp53欠乏に供する工程を包含する、ガン幹細胞の製造方法;
[2]ガン幹細胞がグリオーマ幹細胞である、[1]の方法;
[3]正常細胞が神経幹細胞またはオリゴデンドロサイト前駆細胞である、[1]または[2]の方法;
[4]Ras活性化がHRasL61遺伝子の導入によって達成される、[1]〜[3]のいずれかの方法;
[5]p53欠乏がp53欠損動物由来の細胞の使用によって達成される、[1]〜[4]のいずれかの方法;
[6][1]〜[5]のいずれかの方法により製造されたガン幹細胞;
[7][6]のガン幹細胞に特異的に発現する分子を決定してガン幹細胞標的化物質を同定する工程を包含する、ガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法;
[8][7]の方法によって得られたガン幹細胞標的化物質を含む、ガン治療用医薬組成物;
[9]候補物質を[6]のガン幹細胞に添加する工程を包含する、抗ガン性物質のスクリーニング方法;
[10][9]の方法によって得られた抗ガン性物質を含む、ガン治療用医薬組成物;
[11][6]のガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含する、ガンの診断方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、ガン幹細胞の製造方法、当該方法によって製造されたガン幹細胞、当該ガン幹細胞を用いたガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法および抗ガン性物質のスクリーニング方法、当該方法によって得られる物質を含む医薬組成物、ならびに当該ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含するガンの診断方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、正常細胞をRas活性化およびp53欠乏に供する工程を包含する、ガン幹細胞の製造方法ならびに当該方法により製造されたガン幹細胞を提供する。
【0010】
本明細書において幹細胞とは、自己再生能を有する細胞のことをいう。幹細胞のうち正常細胞へ分化する能力を有する幹細胞を正常幹細胞といい、ガン細胞へ分化する能力を有する幹細胞をガン幹細胞という。ガン幹細胞には任意のガン細胞に分化するものが含まれる。ガンは例えば固形ガン、好ましくはグリオーマである。
【0011】
ガン幹細胞の自己再生能は、例えば、ガン幹細胞の移植によって形成された腫瘍を動物から切除し、その細胞を別の動物に再移植した際に同様に腫瘍を形成するかどうかを調べる連続移植実験によって確認することができる。
【0012】
本発明の製造方法によって得られるガン幹細胞を含む細胞集団は、ヌードマウスに移植した場合、例えば100個、好ましくは50個、より好ましくは20個、さらに好ましくは10個の細胞によって腫瘍を形成する能力を有する。あるいは、本発明の製造方法によって得られたガン幹細胞を含む細胞集団は、例えば100個中1個、好ましくは50個中1個、より好ましくは20個中1個、さらに好ましくは10個中1個のガン幹細胞を含む。
【0013】
グリオーマ(神経膠腫)を生じるガン幹細胞をグリオーマ幹細胞という。グリオーマは脳実質の神経外胚葉組織から発生した腫瘍の総称であって、アストロサイトーマ(星細胞腫)、多形神経膠芽腫(GBM)、髄芽種、脳室上衣腫、乏突起膠腫、脈絡叢乳頭腫などを含む。この中でGBMは最も悪性のグリオーマであり、細胞過多、多形、多核巨細胞、有糸分裂、壊死および浸潤などによって特徴付けられる。
【0014】
本明細書においてRas活性化とは、Rasシグナル経路が活性化されることをいう。Rasタンパク質にはH−Ras、K−Ras、N−Rasが含まれる。正常なRasタンパク質はGTP/GDP結合性のGTPase活性を有する。RasはGTPと結合すると活性型となりシグナル伝達が起こる。一方、それ自体のGTPase活性によってGTPがGDPに加水分解されると不活性型となる。例えば、Rasタンパク質をコードするras遺伝子に変異が生じてGTPase活性が失われると、常に活性化した状態となり、トランスフォーミング活性を示すようになる(すなわち、ガン化する)。トランスフォーミング活性を生じるras遺伝子における変異の例としては12番目、13番目、61番目のアミノ酸の置換が挙げられる。本発明の目的には、上記活性化が達成されるのであれば任意の手段を使用することができる。例えば、61番目のグルタミンがロイシンへ置換する変異を有するH−Ras(HRasL61)(非特許文献19、20)をコードする遺伝子を任意の発現ベクターなどに組み込んで導入することにより、Ras活性化を達成することができる。HRasL61のアミノ酸配列を配列番号1に、HRasL61をコードする遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。H−Rasの61番目のアミノ酸グルタミン(Gln)をコードするコドンCAAをCTAに置換し(配列番号2の181位〜183位)、それによってコードされるアミノ酸がロイシン(Leu)となっている(配列番号1の61位)。
【0015】
本明細書においてp53欠乏とは、p53タンパク質の作用が欠損または低下することをいう。正常なp53遺伝子はガン抑制遺伝子として機能し、p53遺伝子が異常をきたすと細胞の増殖、ガンの形成を導くと考えられている。本発明の目的には、上記欠乏が達成されるのであれば任意の手段を使用することができる。具体的には、p53欠乏は、p53タンパク質をコードするp53遺伝子自体の変異などに加えて、p53遺伝子の発現を制御する遺伝子や、p53タンパク質による制御を受ける遺伝子における変異などによって達成することができる。遺伝子破壊やRNAiなど公知の技術をこの目的に使用することができる。例えば、E14.5p53(−/−)マウス(非特許文献21)のようなp53欠損動物由来の細胞を使用することによってp53欠乏を達成することができる。
【0016】
本明細書において正常細胞とは、正常な(すなわち、ガン化していない)細胞をいう。正常細胞は、好ましくは拘束性の細胞であり、より好ましくは神経系の細胞である。正常な神経系の細胞の例としては、神経幹細胞(NSC)、オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)、アストロサイト(AST)、オリゴデンドロサイトが挙げられる。好ましくは、神経幹細胞(NSC)またはオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)が使用される。
【0017】
本発明は、上記のガン幹細胞に特異的に発現する分子を決定してガン幹細胞標的化物質を同定する工程を包含する、ガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法、および候補物質を上記のガン幹細胞に添加する工程を包含する、抗ガン性物質のスクリーニング方法を提供する。さらに本発明は、これらの方法によって得られたガン幹細胞標的化物質または抗ガン性物質を含むガン治療用医薬組成物を提供する。
【0018】
化学療法など従来のガン治療法では、腫瘍形成能のない非ガン幹細胞の中に存在する少数のガン幹細胞が生き残り、ガンの再発を導いていた可能性があった。腫瘍形成能を有するガン幹細胞に特異的に発現する分子を決定してガン幹細胞標的化物質を同定することができれば、この分子を使用してガン幹細胞を標的としたガン治療法を開発することができる。ガン幹細胞標的化物質には、抗体またはそのフラグメント、あるいは対応するレセプターまたはリガンドなどを利用することができる。また、候補物質(例えば、低分子薬剤)をガン幹細胞に添加してガン幹細胞に作用する物質を同定することができれば、ガン幹細胞に対して作用する従来よりも効果的な抗ガン剤を開発することができる。本発明の製造方法によれば、従来の表面マーカーを利用した濃縮法よりも容易に多量のガン幹細胞を高純度で得ることができるので、このようなスクリーニングが可能となる。
【0019】
本発明の医薬組成物は、上記方法で得られたガン幹細胞標的化物質または抗ガン性物質を含む。医薬組成物はこれらの物質に加えて、任意の一般的に医薬組成物に使用される担体などの成分を含有してもよい。投与の経路、用量などは当業者により適宜決定される。また、従来の制ガン剤などと併用してもよい。
【0020】
本発明は、上記のガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含する、ガン診断方法を提供する。このようなタンパク質は、例えば各種表面マーカーに対する抗体を用いて同定することができる。また、このようなmRNAは、例えばDNAマイクロアレイを用いて同定することができる。これらの方法は当該分野において公知である。ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出することによって、自己再生能を有するガン幹細胞を特異的に検出することができ、それにより、より詳細なガンの診断が可能となる。タンパク質の検出には抗体またはそのフラグメント、あるいは対応するレセプターまたはリガンドなどを利用することができる。また、mRNAの検出には核酸プローブとのハイブリダイゼーション、核酸増幅方法を用いた核酸の増幅、これらの組み合わせなどを使用することができる。
【0021】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0022】
動物および化学物質
動物を理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)変異マウス開発チームおよび日本エスエルシーから得た。遺伝子型分析をPCRによって行った。以下のオリゴヌクレオチドDNAプライマーを合成した:ノックアウトアレル用5’プライマーは5’−GAACCTGCGTGCAATCCATCTTGTTCAATG−3’(配列番号3)であり、野生型アレル用5’プライマーは5’−ACTCCTCAACATCCTGGGGCAGCAACAGAT−3’(配列番号4)であり、3’プライマーは5’−AATTGACAAGTTATGCATCCAACAGTACA−3’(配列番号5)であった。サイクルパラメーターは、94℃45秒、60℃1分および72℃3分を30サイクルであった(非特許文献21)。化学物質および増殖因子は個別に示した以外はそれぞれSigmaおよびPeprotechから購入した。
【0023】
細胞培養
NSCを胎生期13.5日のp53欠損マウスの終脳から調製し、bFGF(10mg/ml)およびEGF(10mg/ml)中で拡大した(非特許文献22)。免疫染色のために、球をポリD−リジン(PDL、15μg/ml)、フィブロネクチン(1μg/ml、Invitrogen)コート8ウェルチャンバースライド(Nunc)上、bFGFの存在下で、1日まで培養した。10%FCSを含むDMEM中で3週間培養して、ASTをNSCから誘導した。ウシインスリン(10mg/ml)、ヒトトランスフェリン(100mg/ml)、BSA(100mg/ml)、プロゲステロン(60ng/ml)、プトレシン(16mg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(40ng/ml)、N−アセチルシステイン(60mg/ml)、フォルスコリン(5mM)、PDGFAA(10ng/ml)、bFGF(2ng/ml)、0.25%FCS、ペニシリンおよびストレプトマイシン(GIBCO)を含有する無血清ダルベッコ改変イーグル培地(OPC培地)中で培養して、OPCをNSCから誘導した。誘導したOPCを拡大し、逐次的免疫パニングによって精製した(非特許文献23)。
【0024】
トランスフェクション
NSC、ASTおよびOPC中へのトランスフェクションを、製造業者(AMAXA)の説明書に従ってNucleofector手順を使用して実施した。簡潔に記載すると、2×10個の細胞を、pCMS−EGFPコントロールベクター(Clontech)またはpCMS−EGFP−HRasL61のいずれか10μgを含むMouse NSC Nucleofector Solution(100μl)中に懸濁し、Nucleofectorデバイスを使用して細胞をベクターでトランスフェクトした。トランスフェクトした細胞をそれぞれの至適化培地中で培養した。
【0025】
免疫染色
以前に記載のように免疫染色を行った(非特許文献22)。抗原を検出するために以下の抗体を使用した:マウス抗GFAP(1:500;Chemicon)、ラット抗ネスチン(1:1000;BD Pharmingen)、マウス抗MAP2(a+b)(1:200;Abcam)、マウスA2B5(1:2;ハイブリドーマ上清;Developmental Studies Hybridoma Bank)、マウス抗ガラクトセレブロシド(GC)(1:2;ハイブリドーマ上清;Developmental Studies Hybridoma Bank)、ラット抗GFP(1:1000;ナカライテスク)、ウサギ抗CD133(1:50;Abcam)。抗体を、ヤギ抗ラットIgG−A488(1:400;Molecular Probes)、ヤギ抗マウスIgG−Cy3(1:400;Jackson ImmunoResearch)、ヤギ抗ウサギIgG−Cy3(1:400;Jackson ImmunoResearch)、ヤギ抗マウスIgG−A488(1:400;Molecular Probes)、ヤギ抗マウスIgM−Texas Red(1:400;Jackson ImmunoResearch)を用いて検出した。全ての核を可視化するために、細胞を4’,6−ジアミノ−2−フェニルインドール(DAPI、1μg/ml)で対比染色した。
【0026】
ヌードマウスの脳への頭蓋内細胞移植
コントロール細胞およびトランスフェクト細胞を5μlの培養培地中に懸濁し、5〜8週齢雌性ヌードマウスの脳に、10%ペントバルビタールで麻酔した後に注入した。注入点は定位的にラムダの前方2mm、矢状縫合の側方2mmおよびマウス脳の深さ5mmであった。
【0027】
脳の固定および組織病理学
切開したマウスの脳を4%パラホルムアルデヒド中4℃で一晩固定した。固定後、脳をPBS中12〜18%スクロースを用いて凍結保護し、OCT化合物中に包埋した。冠状切片(10μmの厚さ)を大脳皮質から調製し、標準的な組織病理学的技法を使用してヘマトキシリン・エオシン(H&E)で染色した。
【0028】
フローサイトメトリー
細胞をプロミニン1(1:200;Abcam)について標識し、次いでJSANセルソーター(Bay Bioscience)中、二重波長分析(488nm固相レーザーおよび638nm半導体レーザー)を使用して分析した。ヨウ化プロピジウム(PI)陽性(すなわち、死滅)細胞を分析から除外した。
【0029】
ベクター構築
マウスHRasの全長を、Phusionポリメラーゼ(FINNZYME、Espoo)を製造業者の説明書に従って使用してRT−PCRによりマウス神経幹細胞から増幅し、pDriveベクター(Qiagen)中にクローン化した。PCRによりコドン61のグルタミンをロイシンに置換してHRasL61を得た。ヌクレオチド配列をBigDye terminatorキット(version 3.1)およびABIシーケンサー(model3130xl)を使用して確認した。以下のオリゴヌクレオチドDNAプライマーを合成した:マウスHRasの全長用:5’プライマー、5’−TGAATTCGCCACCATGACAGAATACAAGCTTGTGGTG−3’(配列番号6)、3’プライマー、5’−ACTCGAGTCAGGACAGCACACATTTGCAG−3’(配列番号7);HRasL61用:5’プライマー、5’−ACAGCAGGTCTAGAAGAGTATA−3’(配列番号8)、3’プライマー、5’−TATACTCTTCTAGACCTGCTGT−3’(配列番号9)。
【0030】
増殖アッセイ
2000個の細胞を、100μlの培養培地を用いて、96ウェルプレートの各ウェル中で培養した。細胞増殖を検討するためにWST−1アッセイを以前に記載のように実施した(非特許文献32)。すなわち、WST−1(同仁化学研究所)およびPMS(同仁化学研究所)の混合物10μlを培養0日目、2または3日目、および4日目に各ウェルに添加した。細胞を1時間インキュベートし、生存細胞をマイクロプレートリーダー(Bio−Rad)により吸光スペクトル595nmで定量した。
【0031】
ソフトアガーアッセイ
トランスフェクトした細胞が足場非依存性に増殖できるかどうかを検討するためにソフトアガーアッセイを実施した。トランスフェクト細胞を至適化培地を含有する0.3%トップアガー中に懸濁し、同じ培地を含有するボトムアガー上に重層した。トップアガーが凝固した後、培養培地をアガー上に添加し、細胞を20日間3日毎に培地を交換しながら培養した。次いで、プレートを0.005%クリスタルバイオレットで1時間室温で染色した。
【0032】
RT−PCR
RT−PCRを以前に記載のように実施した(非特許文献33)。ジメチルスルホキシド(DMSO、5%)をoligo1、oligo2、コンタクチン1、sox8およびネスチン用の反応混合物に添加した。サイクルパラメーターは、94℃20秒、58℃40秒および72℃45秒を35サイクルであった。gapdhについては、サイクルパラメーターは、94℃15秒、53℃30秒および72℃90秒を22サイクルであった。以下のオリゴヌクレオチドDNAプライマーを合成した:外因性hras用:5’プライマー、5’−ATGACAGAATACAAGCTTGTGGTG−3’(配列番号10)、3’プライマー、5’−ATTAACCCTCACTAAAGGGAAG−3’(配列番号11);s100a6用:5’プライマー、5’−ATGGCATGCCCTCTGGATCAG−3’(配列番号12)、3’プライマー、5’−TTATTTCAGAGCTTCATTGTAGATC−3’(配列番号13);prom1用:5’プライマー、5’−AGGCTACTTTGAACATTATCTGCA−3’(配列番号14)、3’プライマー、5’−GGCTTGTCATAACAGGATTGT−3’(配列番号15);コンタクチン1用:5’プライマー、5’−GTCACCAGCCAGGAGTACTC−3’(配列番号16)、3’プライマー、5’−CAGGAGCAAGCTGAGGAGAC−3’(配列番号17);mbp用:5’プライマー、5’−ATGGCATCACAGAAGAGACCCT−3’(配列番号18)、3’プライマー、5’−CTGTCTCTTCCTCCCAGCTTAAA−3’(配列番号19);plp用、5’プライマー、5’−GACAAGTTTGTGGGCATCACC−3’(配列番号20)、3’プライマー、5’−TCGGCCCATGAGTTTAAGGAC−3’(配列番号21);sox8用、5’プライマー、5’−CTATGGAGGCGCTTCCTACTC−3’(配列番号22)、3’プライマー、5’−ACAGGCTGGTCCCAGTTGCT−3’(配列番号23)。ネスチン、musashi1、oligo1、oligo2、およびgapdh用のプライマーは以前に記載したとおりである(非特許文献22、33)。
【0033】
マイクロアレイハイブリダイゼーションおよびデータ処理
5μgの全RNAをインビトロ転写(IVT)によるビオチン標識のためにOne−Cycle Target Labeling手順に供した(Affymetrix)。次いで、cRNAを断片化し、GeneChip Mouse Genome 430 2.0アレイ(Affymetrix)に製造業者の説明書に従ってハイブリダイズさせた。マイクロアレイ画像データをGeneChip Scanner 3000(Affymetrix)を用いて処理して、CELデータを得た。次いで、CELデータをdChipソフトウエアを用いた分析に供した(非特許文献34)。これにより多重データセットの正規化および処理が同時に行われる。データをそれぞれの群内で、プログラムの省略時設定に従って正規化した。統計的検定を2および3試料比較についてそれぞれeBayes法(非特許文献35)およびANOVAによって検討した。「FDR(False Discovery Rate)」と呼ばれる量の外延であるq値を、有意性のゲノム規模の検定のための有意性の尺度として検討した(非特許文献36、37)。
【0034】
実施例1
胎性期13.5日(E13.5)のp53(−/−)マウス(非特許文献21)の脳から細胞を分離し、神経上皮細胞をbFGFおよびEGFを含むNSC培地中で拡大した(非特許文献22)。この条件下で95%以上の細胞がネスチン(良く知られたNSCマーカー)陽性であった(図1a左パネルおよび図1b)。
【0035】
ASTの分化を誘導するために、NSCを10%ウシ胎児血清(FCS)中で3週間以上培養した。その結果、細胞の98%が、ネスチン免疫反応性を失っており、ASTのマーカーであるグリア細胞繊維性酸性タンパク質(GFAP)について免疫染色された(図1a中央パネルおよび図1b)。
【0036】
OPCの成長を誘導するために、NSCをPDGFの存在下かつbFGFおよびEGFの非存在下で2週間以上培養し、OPCおよびオリゴデンドロサイトを標識するO4モノクローナル抗体を用いてOPCを免疫精製した(非特許文献23)。これらの細胞の95%がA2B5(OPCのマーカー)陽性であり、98%がネスチン陽性であった(図1a右パネルおよび図1b)。PDGFを除去することによって、精製したOPCの90%以上においてガラクトセレブロシド(GC)陽性オリゴデンドロサイトへの分化が誘導された。このことは、OPCの純度を示す。
【0037】
次に、コントロールベクター(緑色蛍光タンパク質(GFP)をコードする)またはHRasL61発現ベクター(コドン61においてグルタミンがロイシンに置換されたガン化HRas(非特許文献18、19)およびGFPの両方をコードする)を用いて種々の細胞集団をトランスフェクトした。トランスフェクト細胞を2〜3週間培養し、GFP陽性細胞をフローサイトメトリーによって精製した。
【0038】
次いで、これらのGFP陽性トランスフェクト細胞をネスチン、A2B5、GFAP、GCおよびMAP2(神経マーカー)について免疫標識した。コントロールベクタートランスフェクトNSC(NSC−C)の99%およびHRasL61ベクタートランスフェクトNSC(NSC−L61)の51%がネスチンについて標識された。NSC−Cの6%およびNSC−L61の5%がA2B5陽性であった。NSC−Cの34%はGFAPについても標識されたが、NSC−L61で標識されたのは5%未満であった。NSC−CおよびNSC−L61の3%未満がGCまたはMAP2について陽性であった(図1c、d、図5)。10%FCS中で培養した場合、コントロールベクタートランスフェクトAST(AST−C)またはHRasL61ベクタートランスフェクトAST(AST−L61)はGFAP免疫反応性を失ったが、分化アストロサイトの代表的な形態的特徴を保持した(図1c、d、図6)。このことは、p53(−/−)アストロサイトにおけるGFAP発現の喪失がFCS中での継代中に進行するという以前の知見と一致する(非特許文献24)。さらに、AST−Cの43%およびAST−L61の50%はネスチンについて標識されたが他のいずれのマーカーについても陽性ではなかった。コントロールベクタートランスフェクトOPC(OPC−C)またはHRasL61ベクタートランスフェクトOPC(OPC−L61)の98%以上がネスチン陽性であった(図1c、d、図7)。OPC−Cの95%および35%がそれぞれA2B5およびGCについて標識され、一方OPC−L61の51%および90%はそれぞれA2B5およびGCについて陽性であった。OPC−CまたはOPC−L61は、他のいずれのマーカーについても標識されなかった。トランスフェクトしたオリゴデンドロサイトは増殖せず、2週間以内に死滅した。これらのデータは、OPC−L61はその本来の表現型を維持し、一方NSC−L61およびAST−L61はそれらの特異的抗原マーカーの発現を部分的に失ったことを示す。
【0039】
実施例2
次に、Ras活性化がNSC、ASTまたはOPCのトランスフォーメーションを誘導し得るかどうかを検討した。細胞の増殖および生存率を測定するWST−1アッセイを使用して、Ras活性化が全てのトランスフェクト細胞の増殖を有意に促進することが見出された(図2a)。さらに、NSC−L61およびOPC−L61の両方はソフトアガーにおいてコロニーを形成するが、AST−L61はコロニーを形成しないことが見出された(図8)。これらの知見から、Ras活性化とp53欠乏との組み合わせがNSCおよびOPCをトランスフォームし得るがASTをトランスフォームしないことが示唆された。
【0040】
これらのトランスフェクト細胞の腫瘍形成能およびCSCの頻度を調べるために、10〜1,000個のトランスフェクト細胞をヌードマウスの脳に注入した。1,000個のNSC−L61または1,000個のOPC−L61のいずれかを投与した全てのマウスは30日以内に脳腫瘍で死亡し、一方1,000個のAST−L61、10個のNSC−C、10個のAST−Cまたは10個のOPC−Cを注入したマウスは、脳腫瘍形成の証拠を示さなかった(図2b)。さらに、100個のNSC−L61を注入したマウスの7匹中5匹および10個のNSC−L61を注入したマウスの6匹中3匹が脳腫瘍を形成した。このことは、NSC−L61のほぼ20個中1個がCSCであることを示唆する(図2b左)。OPC−L61の場合、100個の細胞を注入したマウスの全て(5匹中5匹)および10個の細胞を注入したマウスの4匹中3匹が脳腫瘍を有し、死亡した。このことは、OPC−L61の40個中3個がCSCであることを示唆する(図2b中央)。
【0041】
実施例3
NSC−L61およびOPC−L61から誘導された脳腫瘍の性質を決定するために、その腫瘍の病理組織学を検討した。脳を固定し、凍結切片を、ヘマトキシリンおよびエオシン(H&E)で、またはトランスフェクト細胞を同定するためにGFPについて、染色した。
【0042】
図3aおよび3eに示すように、腫瘍はGFP陽性細胞から構成されており、その多くは浸潤した隣接脳組織のようであった。H&E染色よって、これらの腫瘍がヒト多形神経膠芽腫(GBM)の特徴(細胞過多、多形、多核巨細胞、有糸分裂、壊死および隣接脳組織の浸潤を含む)を示すことが明らかになった(図3b〜d、f〜h)。
【0043】
腫瘍をさらに特徴付けるために、腫瘍を分離し、分散した細胞をGFPおよび神経マーカーの両方について直ちに免疫標識した(図3i)。NSC−L61によって形成された腫瘍において、GFP陽性細胞の95%および20%がそれぞれネスチンおよびA2B5について陽性であり、一方GFP陽性細胞の10%未満がGFAP陽性またはGC陽性であった。OPC−L61によって形成された腫瘍において、GFP陽性細胞の95%および93%がそれぞれネスチン陽性およびA2B5陽性であった。25%はGC陽性でもあったが、5%未満はGFAP陽性であった。これらの腫瘍のいずれにおいても、MAP2陽性細胞はなかった。従って、NSC−L61およびOPC−L61から形成された腫瘍はNSC、オリゴデンドロサイトおよびアストロサイトについてのマーカーを発現する細胞の混合物を含むことが示唆された。
【0044】
実施例4
CSCを含む全ての幹細胞の主な特徴は無限自己再生能である。NSC−L61およびOPC−L61がこの能力を有するかどうかを検討するために、100個のNSC−L61または100個のOPC−L61のいずれかによって形成された腫瘍由来の細胞を使用して連続移植実験を行った。初代腫瘍をマウスの脳から切除し、100個のGFP陽性細胞をフローサイトメトリーにより精製し、第2のマウスの脳に再注入した。4週間後、これらのマウスの各々の3匹中3匹が、初代腫瘍の表現型に非常に類似した脳腫瘍を形成した(図9)。このことは、NSC−L61およびOPC−L61のインビボ自己再生能を示す。これらのデータは、NSC−L61およびOPC−L61の両方が実質的な割合のグリオーマ幹細胞を含んでいることを示唆する。
【0045】
NSCおよびOPCのトランスフォーメーションの間に生じた遺伝子発現の変化を特徴付けるために、遺伝子発現プロファイリングを使用した。NSC、OPC、NSC−L61およびOPC−L61から全RNAを精製し、それらを増幅し、Affymetrix murine 430A 2.0マイクロアレイ(Affymetrix)にハイブリダイズさせた。分析により、OPC−L61の遺伝子発現プロフィールはNSCおよびNSC−L61両方のものと非常に類似しているが、OPCのものとは異なることが示された(図4a)。OPCにおいて高度に発現している一群の遺伝子のOPC−L61における発現の低下およびその逆が示された。このことは、OPC−L61へのトランスフォーメーションにおいてOPCが遺伝子発現の包括的再プログラムを経たことを示唆する(図4b)。次いで、OPC−L61がNSC特異的遺伝子の発現を獲得し、OPC特異的遺伝子の発現を失ったかどうかをRT−PCRによって試験した。図4cに示すように、幹細胞マーカーであるプロミニン1(prom1)およびs100a6はOPC−L61において発現されていたが、OPCにおいては発現されておらず、対照的にOPC−L61はOPC特異的遺伝子(コンタクチン(contactin)/F3、olig2、ミエリン塩基性タンパク質(mbp)およびプロテオリピドタンパク質(plp))の発現を失っていた。oligo1およびsox8(これらもまたOPC系列遺伝子である)の発現はOPC−L61において有意に低下していた。これらの知見は、OPC−L61へのトランスフォーメーションの間に、OPCがNSC特異的遺伝子の発現を獲得し、OPC特異的遺伝子の発現を失ったことを示唆す。
【0046】
神経膠芽腫および髄芽腫由来のCD133(ヒトProm1)陽性ガン細胞において脳CSCが富化されていることの証拠が蓄積されている(非特許文献25〜29)。NSC−L61およびOPC−L61の両方はprom1 mRNAを高発現しているので(図4c)、これらのトランスフォーマントにおけるProm1陽性細胞の頻度を評価した。NSC、OPC、NSC−L61およびOPC−L61をProm1について標識し、それらをフローサイトメトリーによって分析した。NSC−L61の76%およびOPC−L61の44%がProm1陽性であり、一方NSCの3%およびOPCの1%がProm1陽性であった(図4d)。このことは、Prom1がCSCにおいて高発現しているという以前の知見と一致している。
【0047】
本発明者らは、Ras活性化とp53欠乏との組み合わせによってNSCおよびOPCの両方を、遺伝子発現の包括的な変化を伴って神経膠芽腫細胞にトランスフォームすることができることを実証した。本発明者らの結果は、ガン化変異が特定化したグリア前駆細胞(OPC)をCSCにトランスフォームすることができることを示唆する。このことは、少なくともいくつかのヒト神経膠芽腫がOPCから生じる可能性を示し、これはLigonらの最近の知見と一致する(非特許文献30)。現在の主な挑戦は、ヒト神経膠芽腫におけるCSCを明白に同定してそれらを死滅させる方法を見出すことにある。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明により、ガン幹細胞の製造方法、当該方法によって製造されたガン幹細胞、当該ガン幹細胞を用いたガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法および抗ガン性物質のスクリーニング方法、当該方法によって得られる物質を含む医薬組成物、ならびに当該ガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含するガンの診断方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1A】HRasL61トランスフェクトp53欠損NSC、ASTおよびOPCの特徴付けを示す図である。a、p53欠損NSC、ASTおよびOPCを神経系列マーカーおよびDAPI(ジアミジノフェニルインドール)で免疫標識した。バー:15μm。b〜d、非トランスフェクト細胞であるNSC、ASTおよびOPC(b)、コントロールベクタートランスフェクト細胞であるNSC−C、AST−CおよびOPC−C(c)ならびにHRasL61ベクタートランスフェクト細胞であるNSC−L61、AST−L61およびOPC−L61(d)における神経系列マーカー陽性細胞の割合を3回の培養の平均±SDとして示す。
【図1B】HRasL61トランスフェクトp53欠損NSC、ASTおよびOPCの特徴付けを示す図である。
【図2】NSC−L61およびOPC―L61においては脳CSCが富化されているがAST−L61においては富化されていないことを示す図である。a、非トランスフェクト細胞(○)およびHRasL61ベクタートランスフェクト細胞(●)両方の増殖をWST−1アッセイによって測定した。結果を3回の培養の平均±SDとして示す。b、NSC−L61(左パネル)、OPC−L61(中央パネル)およびAST−L61(右パネル)の限界希釈物を感染させたマウスについての生存曲線。実験を少なくとも2回繰り返し、同様な結果を得た。
【図3A】NSC−L61およびOPC−L61から誘導された脳腫瘍の病理学的特徴を示す図である。a〜h、NSC−L61誘導腫瘍(a〜d)およびOPC−L61誘導腫瘍(e〜h)を有する脳の切片。両方の腫瘍は、実質中への浸潤(a、e)、壊死(b、f中の矢印)、細胞過多および血管過多(c、g)、多核巨細胞(d、h中の白矢印)および有糸分裂細胞(d、h中の黒矢印)を示す。これらの病理学的特徴は、ヒトGBMに類似している。拡大率40×(b、f)、200×(c、g)および400×(d、h)。i、腫瘍中の神経系列マーカー陽性細胞の割合を3回の培養の平均±SDとして示す。
【図3B】NSC−L61およびOPC−L61から誘導された脳腫瘍の病理学的特徴を示す図である。
【図4A】OPC−L61における遺伝子発現の包括的な変化の証拠を示す図である。a、Affymetrix murine 430A 2.0マイクロアレイを使用した階層クラスタリングは、OPC−L61がNSC−L61に最も類似した遺伝子発現プロフィールを有することを示す。b、NSC、NSC−L61、OPCおよびOPC−L61において発現増加を示す遺伝子についての上位60個のプローブセットを示す。c、RT−PCRによる、NSC、NSC−L61、OPCおよびOPC−L61におけるNSCおよびOPC特異的遺伝子の発現分析。d、プロミニン1についてのNSC、NSC−L61、OPCおよびOPC−L61の免疫反応性をFACS分析によって示す。実験を3回繰り返し、同様の結果を得た。
【図4B】OPC−L61における遺伝子発現の包括的な変化の証拠を示す図である。
【図4C】OPC−L61における遺伝子発現の包括的な変化の証拠を示す図である。
【図4D】OPC−L61における遺伝子発現の包括的な変化の証拠を示す図である。
【図5A】HRasL61トランスフェクトp53欠損NSCの免疫反応性を示す図である。NSCをコントロールベクター(a)またはHRasL61発現ベクター(b)でトランスフェクトし、2〜3週間培養し、神経系列マーカーおよびGFPについて免疫標識した。細胞核をDAPIで染色した。スケールバー:15μm。
【図5B】HRasL61トランスフェクトp53欠損NSCの免疫反応性を示す図である。
【図6A】HRasL61トランスフェクトp53欠損ASTの免疫反応性を示す図である。ASTをコントロールベクター(a)またはHRasL61発現ベクター(b)でトランスフェクトし、2〜3週間培養し、神経系列マーカーおよびGFPについて免疫標識した。細胞核をDAPIで染色した。スケールバー:15μm。
【図6B】HRasL61トランスフェクトp53欠損ASTの免疫反応性を示す図である。
【図7A】HRasL61トランスフェクトp53欠損OPCの免疫反応性を示す図である。OPCをコントロールベクター(a)またはHRasL61発現ベクター(b)でトランスフェクトし、2〜3週間培養し、神経系列マーカーおよびGFPについて免疫標識した。細胞核をDAPIで染色した。スケールバー:15μm。
【図7B】HRasL61トランスフェクトp53欠損OPCの免疫反応性を示す図である。
【図8】ソフトアガーにおけるHRasL61トランスフェクト神経細胞についてのコロニー形成アッセイを示す図である。NSC、ASTおよびOPCをコントロールベクターまたはHRasL61発現ベクターでトランスフェクトし、ソフトアガー中で20日間培養した。次いで、コロニーをクリスタルバイオレットで染色した。
【図9】二次脳腫瘍が初代腫瘍に非常に類似していることを示す図である。NSC−L61(a)およびOPC−L61(b)によって生じた初代腫瘍を分離し、1,000個のGFP陽性細胞を二次マウス脳に移植した。二次腫瘍のH&E染色(右パネル)はヒトGBMの特徴(壊死、細胞過多および血管過多、多核巨細胞(白矢印)および有糸分裂細胞(黒矢印)を含む)を示し、初代腫瘍に類似している(左パネル)。拡大率×200。
【配列表フリーテキスト】
【0050】
SEQ ID NO:3: 5’ primer for knockout allele
SEQ ID NO:4: 5’ primer for wild-type allele
SEQ ID NO:5: 3’ primer
SEQ ID NO:6: 5' primer for HRas
SEQ ID NO:7: 3' primer for HRas
SEQ ID NO:8: 5' primer for HRasL61
SEQ ID NO:9: 3' primer for HRasL61
SEQ ID NO:10: 5' primer for hras
SEQ ID NO:11: 3' primer for hras
SEQ ID NO:12: 5' primer for s100a6
SEQ ID NO:13: 3' primer for s100a6
SEQ ID NO:14: 5' primer for prom1
SEQ ID NO:15: 3' primer for prom1
SEQ ID NO:16: 5' primer for contactin
SEQ ID NO:17: 3' primer for contactin
SEQ ID NO:18: 5' primer for mbp
SEQ ID NO:19: 3' primer for mbp
SEQ ID NO:20: 5' primer for plp
SEQ ID NO:21: 3' primer for plp
SEQ ID NO:22: 5' primer for sox8
SEQ ID NO:23: 3' primer for sox8

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正常細胞をRas活性化およびp53欠乏に供する工程を包含する、ガン幹細胞の製造方法。
【請求項2】
ガン幹細胞がグリオーマ幹細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
正常細胞が神経幹細胞またはオリゴデンドロサイト前駆細胞である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
Ras活性化がHRasL61遺伝子の導入によって達成される、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
p53欠乏がp53欠損動物由来の細胞の使用によって達成される、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の方法により製造されたガン幹細胞。
【請求項7】
請求項6記載のガン幹細胞に特異的に発現する分子を決定してガン幹細胞標的化物質を同定する工程を包含する、ガン幹細胞標的化物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項7記載の方法によって得られたガン幹細胞標的化物質を含む、ガン治療用医薬組成物。
【請求項9】
候補物質を請求項6記載のガン幹細胞に添加する工程を包含する、抗ガン性物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項9記載の方法によって得られた抗ガン性物質を含む、ガン治療用医薬組成物。
【請求項11】
請求項6記載のガン幹細胞に特異的に発現するタンパク質またはmRNAを検出する工程を包含する、ガンの診断方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4A】
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【図4B】
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【図4C】
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【図4D】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−263824(P2008−263824A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−109539(P2007−109539)
【出願日】平成19年4月18日(2007.4.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年(平成19年)3月30日(発行日) Brain Tumor Pathology Volume24・Supplement 2007 第25回日本脳腫瘍病理学会 2007年4月19日(木)〜20日(金) プログラム・抄録(シュプリンガー・ジャパン株式会社発行)において発表
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】