説明

クラッチレリーズ軸受装置

【課題】鋼板プレス成形された外輪の軌道の溝深さを大きくして、転動体の肩乗り上げの発生を防ぐことができるクラッチレリーズ軸受装置を提供する。
【解決手段】外輪30と、内輪20と、接触部材40と、外輪30と内輪20との間に転動可能に配置された複数の転動体50と、外輪の一方側端部の径方向内方に延在して形成された内鍔部33と、外輪30の内周面に外輪軌道32kが形成された外輪軸受部32と、内輪20の外周面に内輪軌道22kが形成された内輪軸受部22と、接触部材40は、径方向中央部が一方側に突出するように湾曲した接触面が形成された鍔部41と、を備え、接触部材40の鍔部41の他方側と外輪の内鍔部33の一方側とが当接して配置され、接触部材40と外輪30は、外輪軸受部32の外周に渡って配置された円環状のケース部材57によってかしめることにより一体化している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のエンジンとトランスミッションとの間に介在して、クラッチ機構を構成するクラッチレリーズ軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
クラッチレリーズ軸受装置は、図3に示すように、マニュアルトランスミッション自動車において、エンジンの出力軸102とトランスミッション112との間に配置され、エンジンの出力軸とトランスミッション112とを断続させるクラッチ機構を構成するものである。クラッチレリーズ軸受装置は、クラッチペダル(図示せず)の操作と連動して揺動するレリーズフォーク109に押されて、フロントカバー111上を軸方向エンジン側に摺動する。クラッチペダルが踏み込まれた状態では、レリーズフォーク109が揺動してクラッチレリーズ軸受110をエンジン側に軸方向に押すことにより、クラッチレリーズ軸受110の外輪がダイヤフラムスプリング105に当接する。そして、ダイヤフラムスプリング105の撓みによって、プレシャープレート106がクラッチプレート104から離間することにより、エンジンの出力軸102とトランスミッション112とを一時的に遮断する。
【0003】
ところで、クラッチレリーズ軸受装置には、内外輪に鋼板プレス成形された軌道輪(以下プレス軌道輪と記す)を用いたタイプが存在する。特許文献1では、プレス軌道輪を用いたクラッチレリーズ軸受装置が開示されている。図4に示すように、クラッチレリーズ軸受装置70は、プレス軌道輪を用いた内輪76および外輪78と、内輪軌道76kおよび外輪軌道78k間に介装された転動体79とを備えている。内輪76は、内輪軸受部76tと内輪軸受部76tの鍔部76fとを有している。外輪78は、外輪軸受部78tと外輪軸受部76tの内鍔部78fとを有している。内鍔部78fの先端面78uは、ダイヤフラムスプリング(図示せず)と当接する接触部である。
【0004】
プレス軌道輪を鋼板プレス成形により製造する方法は生産効率が高く、製造コストの低減に有効であるが、旋削加工による内外輪と比較すると剛性が低いことが知られている。クラッチレリーズ軸受は、回転しているダイヤフラムスプリングと当接する接触部を外輪に有しているため、クラッチプレートからの反力により外輪が変形してしまう場合がある。内外輪が変形すると、転動体の転動面と軌道との接触部の接触楕円が軌道の肩部に達する、いわゆる転動体の肩乗り上げが生じやすくなる。転動体が軌道の肩部へ乗り上がることで、転動体表面や肩部周りに乗り上げ傷が発生し、軸受寿命の低下を引き起こすことが知られている。この転動体の肩乗り上げの発生を防ぐには、内外輪の軌道の底部からこの軌道の肩部までの径方向距離である軌道の溝深さを大きくすることにより、転動体の転動面と軌道との接触部の接触楕円が軌道の肩部に達しにくくする方法がある。ここで、外輪の軌道の溝深さを大きくした形状とするにあたり、外輪の形状がクラッチ性能に影響を与えないようにするには、ダイヤフラムスプリングとの当接位置および軌道面の形状精度を維持する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−256323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、鋼板プレス成形された外輪において、ダイヤフラムスプリングとの当接位置を変えずに、外輪の軌道の溝深さを大きくした形状にすると、外輪の形状が複雑になり、形状精度が低下しやすくなる。この形状精度の低下を防ぐには精密技術が要求されるので、プレス成形であるにもかかわらず生産効率が悪くなるという問題があった。
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、その目的は、鋼板プレス成形された外輪の軌道の溝深さを大きくして、転動体の肩乗り上げの発生を防ぐことができるクラッチレリーズ軸受装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記問題点を解決するために提供される請求項1に記載の発明は、外輪と、内輪と、接触部材と、前記外輪と前記内輪との間に転動可能に配置された複数の転動体と、前記外輪の一方側端部の径方向内方に延在して形成された内鍔部と、前記外輪の内周面に外輪軌道が形成された外輪軸受部と、前記内輪の外周面に内輪軌道が形成された内輪軸受部と、前記接触部材は、径方向中央部が一方側に突出するように湾曲した接触面が形成された鍔部と、を備え、前記接触部材の前記鍔部の他方側と前記外輪の前記内鍔部の一方側とが当接して配置され、前記接触部材と前記外輪は、前記外輪軸受部の外周に渡って配置された円環状のケース部材によってかしめることにより一体化していることを特徴とする。
【0009】
上記のように構成した請求項1の発明によれば、外輪を構成する外輪軌道が形成された外輪軸受部と、ダイヤフラムスプリングが当接する接触面が形成された接触部とを別体にすることにより、それぞれを簡単な形状として、外輪の軌道の溝深さを大きくすることができる。これにより、転動体の転動面と外輪軌道との接触部の接触楕円が、軌道の肩部に達しにくくなって、転動体の肩乗り上げの発生を防ぐことができる。また、接触部材と外輪軸受部とを別体としたことにより、それぞれ個別に形成されるので、一方の部材の形状が他方の部材の形状の形状精度に影響を及ぼすことがない。従って、接触部と外輪の形状精度を、それぞれ適切に形成することができる。また、クラッチレリーズ軸受装置とダイヤフラムスプリングとの当接位置を従来と変えることなく形成することができるので、クラッチ性能に影響を与えることがない。また、別体となった接触部材と外輪軸受部は、それぞれ簡単な形状なので、従来のプレス成形により製造可能であり、生産効率を高くすることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、鋼板プレス成形された外輪の軌道の溝深さを大きくして、転動体の肩乗り上げの発生を防ぐことができるクラッチレリーズ軸受装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態を示すクラッチレリーズ軸受装置の断面図。
【図2】図1のII矢視拡大断面図。
【図3】クラッチ機構の動作説明図。
【図4】従来のクラッチレリーズ軸受装置の断面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、本実施形態のクラッチレリーズ軸受装置10は、自動車のクラッチ装置に使用される軸受である。図2は図1のII矢視拡大断面図である。
【0013】
クラッチレリーズ軸受装置10は、図1に示すように、スリーブ60の外周先端部分に弾性支持部材64を介して同軸に装着されている。このスリーブ60がレリーズフォーク(図示せず)の力を受けて、動力伝達軸(図示せず)の外側のフロントカバー(図示せず)上を軸方向に摺動して、軸方向に移動できるように構成されている。
【0014】
ここで、クラッチレリーズ軸受装置10の先端側とは、図1において左側であり、クラッチのダイヤフラムスプリングD側をいう。また、クラッチレリーズ軸受装置10の基端部側とは、図1において右側であり、クラッチのレリーズフォーク側をいう。
【0015】
クラッチレリーズ軸受装置10は、図1および図2に示すように、内輪部材20と、外輪部材30と、ダイヤフラムスプリング接触部材40、転動体50と、樹脂製保持器55とから構成されている。なお、転動体50としては玉が適用されている。
【0016】
内輪部材20は、鋼板プレス成形されたプレス軌道輪であり、図2に示すように、外周面に内輪軌道22kが円周方向に形成された内輪軸受部22と、内輪軸受部22の基端部側で径方向外方に延在して形成された鍔部26とを備えている。鍔部26の背面は、スリーブ60のフランジ部60fと当接している。
【0017】
外輪部材30は、内輪部材20と同じく鋼板プレス成形されたプレス軌道輪であり、図2に示すように、内周面に外輪軌道32kが円周方向に形成された外輪軸受部32と、外輪軸受部32の先端側で径方向内方に延在して形成された内鍔部33とを備えている。
【0018】
外輪部材30の内鍔部33は、径方向中央部が先端側に若干突出するように湾曲して形成されており、その内鍔部33にダイヤフラムスプリング接触部材40の鍔部41が当接するように配置されている。
【0019】
外輪軌道32kの溝深さ32dは、転動体50の直径50dの10%以上でかつ15%以下の範囲に設定されている。
【0020】
ダイヤフラムスプリング接触部材40は、外輪部材30と同じく鋼板プレス成形されたものであり、径方向中央部が先端側に若干突出するように湾曲した接触面が形成された鍔部41と、その周縁部42とを備えている。ダイヤフラムスプリング接触部材40の鍔部41の接触面は、ダイヤフラムスプリングDが当接するように構成されている。
【0021】
ダイヤフラムスプリング接触部材40の鍔部41と内輪部材20の先端部との間には、軸方向に隙間Sが形成されており、その隙間Sの開口部が動力伝達軸やスリーブ60を囲んでいる。隙間Sの開口部は、弾性支持部材64のシール部64aによって塞がれている。
【0022】
外輪部材30の外輪軸受部32とダイヤフラムスプリング接触部材40の周縁部42は、外周をケース部材57が被せられた状態でかしめ加工されて一体化している。
【0023】
ケース部材57は、外輪部材30の外輪軸受部32を覆う筒状部57rと、その筒状部57rの基端部から径方向内方に延在す延在部57kとから断面略L字形に形成されている。
【0024】
外輪部材30と内輪部材20との基端部側の隙間は、外輪部材30の外周に取付けられたケース部材57の延在部57kによって、内輪部材20と非接触に塞がれている。
【0025】
樹脂製保持器55は、外輪部材30と内輪部材20との間に配置されている。樹脂製保持器55は、円環状に形成されていて、転動体50を保持するポケット55pが円周方向に等間隔で形成されている。転動体50は、複数の玉からなり、樹脂製保持器55を介して円周方向に転動可能に保持されている。
【0026】
本実施形態に示すクラッチレリーズ軸受装置10によれば、外輪軌道32kが形成された外輪軸受部32とダイヤフラムスプリングDが当接する接触面は、それぞれ別体である外輪部材30とダイヤフラムスプリング接触部材40とから構成されているので、それぞれが簡単な形状となっている。
【0027】
また、別体であるため、ダイヤフラムスプリングDが当接するダイヤフラムスプリング接触部材40の形状に制限されることなく、外輪部材30の外輪軌道32kの溝深さ32dを大きくした形状にすることができる。
【0028】
本実施形態に示すクラッチレリーズ軸受装置10は、ダイヤフラムスプリング接触部材40がダイヤフラムスプリングDと接触し、クラッチプレートからの反力を受ける。このとき、ダイヤフラムスプリング接触部材40と一体化した外輪部材30が変形する場合があるが、外輪部材30の外輪軌道32kの溝深さ32dを大きくしているので、転動体50の転動面と外輪軌道32kとの接触部の接触楕円が、肩部32sに達しにくくなって、転動体50の肩乗り上げの発生を防ぐことができる。
【0029】
また、ダイヤフラムスプリング接触部材40と外輪部材30は、それぞれ個別に鋼板プレス成形されるので、一方の部材の形状が他方の部材の形状の形状精度に影響を及ぼすことがない。従って、ダイヤフラムスプリング接触部材40と外輪部材30の形状精度を、それぞれ適切に形成することができる。また、クラッチレリーズ軸受装置10とダイヤフラムスプリングDとの当接位置を従来と変えることなく形成することができるので、クラッチ性能に影響を与えることがない。
【0030】
別体となったダイヤフラムスプリング接触部材40と外輪部材30は、それぞれ簡単な形状なので、形状精度を低下を防ぐための精密技術を不要とし、従来の鋼板プレス成形により製造可能であり、生産効率を高くすることができる。
【0031】
本実施形態では、鋼板プレス成形された外輪部材の軌道の溝深さを大きくして、転動体の肩乗り上げの発生を防いでいるが、さらに内輪部材の軌道の溝深さを大きくしてもよい。これにより、より転動体の肩乗り上げの発生を防ぐことができる。
【符号の説明】
【0032】
10:クラッチレリーズ軸受装置、
20:内輪部材、 22:内輪軸受部、 22k:内輪軌道、 26:鍔部、
30:外輪部材、 32:外輪軸受部、 32d:溝深さ、 32k:外輪軌道、
32s:肩部、 33:内鍔部、
40:ダイヤフラムスプリング接触部材、 41:鍔部、 42:周縁部、
50:転動体、 50d:直径、
55:樹脂製保持器、 55p:ポケット、
57:ケース部材、 57r:筒状部、 57k:延在部、
60:スリーブ、 60f:フランジ部
64:弾性支持部材、64a:シール部、
70:クラッチレリーズ軸受装置、
72:スリーブ、 72f:フランジ部、
74:弾性支持部材、 74a:シール部、
76:内輪、 76f:鍔部、 76k:内輪軌道、 76t:内輪軸受部、
78:外輪、 78f:内鍔部、 78k:外輪軌道、78t:外輪軸受部、
78u:先端面,
79:転動体、
102:出力軸、
103:フライホイール、 104:クラッチプレート、
105:ダイヤフラムスプリング、 106:プレッシャープレート、
108:レリーズシリンダ、 109:レリーズフォーク、
110:クラッチレリーズ軸受、
111:フロントカバー、
112:トランスミッション、
D:ダイヤフラムスプリング、 S:隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、
内輪と、
接触部材と、
前記外輪と前記内輪との間に転動可能に配置された複数の転動体と、
前記外輪の一方側端部の径方向内方に延在して形成された内鍔部と、
前記外輪の内周面に外輪軌道が形成された外輪軸受部と、
前記内輪の外周面に内輪軌道が形成された内輪軸受部と、
前記接触部材は、径方向中央部が一方側に突出するように湾曲した接触面が形成された鍔部と、
を備え、
前記接触部材の前記鍔部の他方側と前記外輪の前記内鍔部の一方側とが当接して配置され、前記接触部材と前記外輪は、前記外輪軸受部の外周に渡って配置された円環状のケース部材によってかしめることにより一体化していることを特徴とするクラッチレリーズ軸受装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−113357(P2013−113357A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−259085(P2011−259085)
【出願日】平成23年11月28日(2011.11.28)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】