説明

クロマトグラフ質量分析用データ処理装置

【課題】クロマトグラムピークの信号強度が弱い時間域についても、適正なセントロイドデータを作成可能なクロマトグラフ質量分析用データ処理装置を提供する。
【解決手段】GC/MSにより各保持時間毎に取得されたプロファイルデータ(S11)から仮の質量ピークを検出して(S12)各ピークの開始点、終了点、及び重心位置の質量電荷比を質量ピーク情報として取得し、各クロマトグラムピークの頂点における質量ピーク情報を該ピークの全域に亘って適用し(S15)、強度のみを計算してセントロイドデータを作成する(S16)。一つのクロマトグラムピークの立ち上がりから立ち下がりまでは同一成分とみなすことができるため、このようにクロマトグラムピークの頂点における質量ピーク情報を該ピークの全域に適用することで信号強度の低い領域においても適正なセントロイドデータを得ることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析(LC/MS)等のクロマトグラフ質量分析用のデータ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
GC/MS装置やLC/MS装置等のクロマトグラフ質量分析装置では、まずクロマトグラフ(GC又はLC)部で試料中の各成分を時間的に分離し、次に、この成分分離された試料を質量分析(MS)部に導入し、短時間毎に繰り返し質量走査を行う。これにより、横軸に質量電荷比(m/z)、縦軸にイオン強度を取ったマススペクトルが時系列に並んだデータが取得される。
【0003】
このとき通常は、後のデータ処理の便のために、図5(a)に示すような、質量分析装置の生データ(Raw Data)に相当する連続的なマススペクトル(これを「マスプロファイルデータ」と呼ぶ)から、バックグラウンドを除去した後、ピーク検出を行い、図5(b)に示すような、各ピークをその重心(又は中心)を表す質量電荷比と該ピークの面積値の2つの値で示したデータ(これを「セントロイドデータ」と呼ぶ)に変換する(例えば、特許文献1等を参照)。
【0004】
以上により得られた各保持時間におけるマススペクトルの集合に基づき、横軸に時間、縦軸に各時刻に検出された全イオンの強度をプロットすることで図3に示すような全イオンクロマトグラム(Total Ion Chromatogram:TIC)50が得られる。また、全イオンの代わりに特定の質量数のイオン量を縦軸にとって同様のプロットを行うことで、該質量数のイオン量の時間変化を示すマスクロマトグラムを得ることもできる。
【0005】
【特許文献1】特開平8-43374号公報([0003])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、このようなクロマトグラムピークの立ち上がりや立ち下がりに相当する時刻においては、質量分析計で検出される信号の強度が非常に低いために、上述のようにマスプロファイルデータからセントロイドデータを作成する際のピーク検出が困難になるという問題があった。
【0007】
例えば、図3に示すような全イオンクロマトグラム50を示す試料の場合、クロマトグラムピークの頂点にあたるc点(時刻c)で取得されたマスプロファイルデータ60は、図4(c)に示すように信号強度が強く、質量ピークの開始点及び終了点を容易に検出することができる。しかし、クロマトグラムピークの立ち上がりに相当するb点(時刻b)において取得されたマスプロファイルデータは、図4(b)に示すようにノイズとピークの区別が不明確であるため、質量ピークの開始点及び終了点が正しく検出できず適正なセントロイドデータを作成することができない場合があった。
【0008】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、クロマトグラムピークの立ち上がり又は立ち下がり時の信号強度が弱い時間域についても、適正なセントロイドデータを作成することのできるクロマトグラフ質量分析用データ処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置は、クロマトグラフ質量分析における質量走査により取得されたマスプロファイルデータを基に、各質量ピークを質量電荷比とピーク面積で表したセントロイドデータを作成するセントロイドデータ作成手段を備えたクロマトグラフ質量分析用データ処理装置において、
a)前記マスプロファイルデータ上の質量ピークを検出し、各質量ピークの開始点、終了点、及び重心又は中心位置の質量電荷比を質量ピーク情報として取得する質量ピーク情報取得手段と、
b)前記質量走査によって検出されたイオン量の時間変化を表すクロマトグラムを作成し、該クロマトグラム上のピークを検出するクロマトグラムピーク検出手段と、
を有し、
前記セントロイドデータ作成手段が、前記各クロマトグラムピークに属する時間域に取得された各プロファイルデータに対し、該クロマトグラムピークの頂点における前記質量ピーク情報を適用してセントロイドデータを作成することを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
上記構成を有する本発明のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置によれば、セントロイドデータ作成手段によって各マスプロファイルデータからセントロイドデータを作成する際に、クロマトグラムの各ピークトップにおける質量ピークの開始点、終了点及び重心(又は中心)位置の質量電荷比がそのまま該クロマトグラムピークに属する全てのプロファイルデータに適用される。
【0011】
一つのクロマトグラムピークの立ち上がりから立ち下がりまでは同一成分とみなすことができるので、その間に取得されるマススペクトルは、その信号強度は変化するものの、質量電荷比は一定と考えることができる。そこで、上記のようにクロマトグラムピークの頂点における各質量ピークの開始点、終了点、及び重心(又は中心)位置の質量電荷比を該クロマトグラムピークの全域において適用することによって、ピークの立ち上がりや立ち下がり等の信号強度が低い時間域においてもノイズとピークを明確に区別することが可能となる。従って、各プロファイルデータについて該ピーク開始点から終了点までの間の信号強度を積算して各質量ピークの面積を求めることにより、適正なセントロイドデータを作成することが可能となる。これにより、特に、濃度の低い試料の定量において信号強度の弱い部分でのマススペクトルが安定することにより、検出限界の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、実施例を用いて本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0013】
図1は本実施例の質量分析用データ処理装置(以下、「データ処理装置」と呼ぶ)の構成を示すブロック図である。データ処理装置10は、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)20から送出される検出データを処理するものであり、A/D変換部11、中央制御部12、仮ピーク検出部13、クロマトグラムピーク検出部14、セントロイドデータ作成部15、プロファイルデータ記憶部16、及び質量ピーク情報記憶部17を備えている。プロファイルデータ記憶部16及び質量ピーク情報記憶部17は中央制御部12に接続されている。また、中央制御部12には入力装置30及び表示装置40が接続されている。なお中央制御部12は、GC/MS20の各部の動作を制御する機能も兼ね備えている。
【0014】
上記において、中央制御部12、仮ピーク検出部13、クロマトグラムピーク検出部14、及びセントロイドデータ作成部15は、コンピュータ・プログラムに従って動作するCPU又は専用のLSIにより構成することができる。プロファイルデータ記憶部16及び質量ピーク情報記憶部17にはハードディスク(HD)や光ディスク(CD,DVD)、光磁気ディスク(MO)等の読出/書込可能な記憶装置が利用できる。図1では、プロファイルデータ記憶部16及び質量ピーク情報記憶部17がそれぞれ独立に配置されているが、もちろん、これらの記憶部は、単一の記憶装置(HD等)を論理的に分割して構成することも可能である。なお、入力装置30にはキーボードやマウス等を利用することができ、表示装置40にはCRTやプリンタ等が利用できる。
【0015】
このようなデータ処理装置10は、GC/MS専用の制御・解析ユニットとして具現化してもよく、あるいはGC/MSに接続して使用されるパーソナルコンピュータ等に本発明に係る解析処理を実行するためのプログラムをインストールすることにより具現化してもよい。
【0016】
本実施例のデータ処理装置の動作を図1及び図2を参照しながら説明する。図2は、本実施例のデータ処理装置における測定データの処理手順を示すフローチャートである。
【0017】
GC/MS20において試料の測定が開始されると、ガスクロマトグラフで分離された試料が短時間毎に順次質量走査され、各時刻における検出信号がA/D変換部11によってデジタルデータに変換されて順次中央制御部12に入力される(ステップS11)。中央制御部12はこれらのデジタルデータ(マスプロファイルデータ)をプロファイルデータ記憶部16に格納すると共に、仮ピーク検出部13に出力する。
【0018】
仮ピーク検出部13では、所定のアルゴリズムに従ってプロファイルデータ上のピークが検出される(ステップS12)。これにより、該プロファイルデータ上の各質量ピークの開始点、終了点、及び重心位置が検出されると共に、各質量ピークの面積(イオン強度に相当)が求められ、該プロファイルデータに関連付けられて質量ピーク情報記憶部17に格納される。なお、このとき検出された質量ピークを「仮の質量ピーク」と呼び、各質量ピークの開始点、終了点、及び重心の質量電荷比(m/z)を「質量ピーク情報」と呼ぶものとする。
【0019】
続いて、クロマトグラムピーク検出部14では、仮ピーク検出部13で求められた各質量ピークの面積値を基に各保持時間における全イオン強度が算出され、該全イオン強度の時間変化を示す全イオンクロマトグラム(TIC)が作成される(ステップS13)。続いて、該TIC上の適当なクロマトグラムピーク(例えば保持時間が最も短いピーク)が検出され(ステップS14)、クロマトグラムピーク検出信号が中央制御部12へ送出される。
【0020】
クロマトグラムピーク検出信号を受けた中央制御部12は、該信号より特定されるクロマトグラムピークの頂点(例えば、図3の矢印c)に対応するマスプロファイルデータの質量ピーク情報を質量ピーク情報記憶部17から読み出すと共に、該クロマトグラムピークに属する時間域に取得されたマスプロファイルデータを順次プロファイルデータ記憶部16から読み出し、セントロイドデータ作成部15に転送する(ステップS15)。
【0021】
セントロイドデータ作成部15では、該質量ピーク情報、すなわち前記クロマトグラムピークの頂点におけるマスプロファイルデータ(例えば図3(c))について取得された各質量ピークの開始点i、終了点j、及び重心kの質量電荷比を用いて各プロファイルデータがセントロイドデータに変換される(ステップS16)。このとき、該重心kが各プロファイルデータにおける質量ピークの重心としてそのまま適用され、更に、各プロファイルデータにおける点iから点jの間の信号強度を積算することによって該質量ピークの面積が求められる。このように、クロマトグラムピークの頂点における質量ピーク情報を該クロマトグラフピークの全域に亘って適用することで、クロマトグラムピークの立ち上がりや立ち下がり等の信号強度の低い領域についてもノイズとピークを明確に区別することができ、適正なセントロイドデータを得ることが可能となる。
【0022】
なお、図4では、各マスプロファイルデータ上の一つの質量ピークのみを示しているが、実際には、該マスプロファイルデータ上の全ての質量ピークについて、同様の処理が行われ、各質量ピークを重心の質量電荷比とピーク面積(スペクトル強度)の2値で表したセントロイドデータが作成される。また、このような質量ピーク情報の適用範囲は、予めスペクトル強度の閾値を定めておき、上記ステップS16で求めたスペクトル強度が該閾値を下回るものについては該質量ピーク情報を用いた処理を適用しないものとする。
【0023】
その後、TIC上の全てのクロマトグラムピークについてセントロイドデータの作成が完了したか否かをチェックし(ステップS17)、未処理のクロマトグラムピークが残っている場合は、ステップS14に戻り、次のクロマトグラムピークについてステップS15、16を実行する。全てのクロマトグラムピークについてセントロイドデータの作成が完了した場合は、処理を終了する。
【0024】
以上、実施例を用いて本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲内で種々の変更が許容されるものである。例えば、上記実施例では、本発明のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置をガスクロマトグラフ質量分析装置に適用した例を説明したが、液体クロマトグラフ質量分析装置等の他のクロマトグラフ質量分析装置についても同様に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施例に係るクロマトグラフ質量分析用データ処理装置の概略構成を示すブロック図。
【図2】同実施例のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置における測定データの処理手順を示すフローチャート。
【図3】全イオンクロマトグラムの一例を示す図。
【図4】図3の矢印a〜cで示す時刻におけるマスプロファイルデータの一例を示す図。
【図5】マスプロファイルデータとセントロイドデータを説明する図であって、(a)はマスプロファイルデータの一例を示し、(b)は該マスプロファイルデータから作成されるセントロイドデータを示す。
【符号の説明】
【0026】
10…データ処理装置
11…A/D変換部
12…中央制御部
13…仮ピーク検出部
14…クロマトグラムピーク検出部
15…セントロイドデータ作成部
16…プロファイルデータ記憶部
17…質量ピーク情報記憶部
20…GC/MS
30…入力装置
40…表示装置
50…全イオンクロマトグラム
60…マスプロファイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマトグラフ質量分析における質量走査により取得されたマスプロファイルデータを基に、各質量ピークを質量電荷比とピーク面積で表したセントロイドデータを作成するセントロイドデータ作成手段を備えたクロマトグラフ質量分析用データ処理装置において、
a)前記マスプロファイルデータ上の質量ピークを検出し、各質量ピークの開始点、終了点、及び重心又は中心位置の質量電荷比を質量ピーク情報として取得する質量ピーク情報取得手段と、
b)前記質量走査によって検出されたイオン量の時間変化を表すクロマトグラムを作成し、該クロマトグラム上のピークを検出するクロマトグラムピーク検出手段と、
を有し、
前記セントロイドデータ作成手段が、前記各クロマトグラムピークに属する時間域に取得された各プロファイルデータに対し、該クロマトグラムピークの頂点における前記質量ピーク情報を適用してセントロイドデータを作成することを特徴とするクロマトグラフ質量分析用データ処理装置。
【請求項2】
コンピュータを上記請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析用データ処理装置として機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−2895(P2008−2895A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−171587(P2006−171587)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】