説明

グラフェン薄膜の製膜方法

【課題】作製したグラフェン薄膜の電気抵抗が増大せず、高い伝導率が確保されるとともに、300℃以下程度の低温プロセスでも作製可能な、グラフェン薄膜の製造方法を提供する。
【解決手段】酸化グラフェン粉末を液体中に分散させた分散液を基板20に塗布し、液体を除去して、酸化グラフェン薄膜10を基板20上に形成し、この酸化グラフェン薄膜10の上に金属21を接触させて、金属21を加熱溶融することによって、酸化グラフェン薄膜21を還元し、グラフェン薄膜を得る。ここで、酸化グラフェンは、酸化グラファイトを単層に剥離することによって得られることが好ましい。また、金属21がGa、In、Zn、Cd、Sn、Pb、Biの金属元素、及びこれらの金属元素の合金であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗布法によりグラフェン薄膜、すなわちグラフェン積層膜を製膜する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ベンゼン環が、同一平面内に規則的に並んだ、原子1層の厚みのシートをグラフェンという。このグラフェンを丸めればフラーレンとなり、筒状にすればカーボンチューブとなり、また、3次元に積層すればグラファイトとなる。このように、グラフェンは様々なカーボン材料の母体となるものである。
【0003】
最近、非特許文献1および非特許文献2により、単層の「グラフェン」が発見され、フェルミ準位付近の電子状態は、あたかも質量ゼロの粒子として振舞うことに由来する特異な物性が、物性物理の分野で高い注目を集めている。
【0004】
一方で、グラフェンの産業への応用についても様々なものが提案されており、移動度が非常に高いことを利用して、Siを超えるトランジスタへの応用や、スピン注入デバイス、また、単分子を検出するガスセンサや透明導電膜など、多岐にわたっている。
【0005】
非特許文献1及び非特許文献2によると、グラフェンの作製は、機械的剥離法と呼ばれる方法で行われている。
この方法は、グラファイト単結晶を粘着テープによって剥離し、数十層のグラフェン積層体を粘着テープに転写する。粘着テープに転写されたグラフェン積層体を注意深くSiO2/Si基板上に擦り付けることで、ランダムにグラフェン及び2層以上のグラフェン積層膜がSiO2/Si基板に製膜される。
【0006】
この剥離法は、簡単に高品質のグラフェンを得ることができるという特徴を有しているが、反面、得られるグラフェンの大きさは、最大でも数十μmと非常に小さく、また、光学顕微鏡で注意深くグラフェンを探す必要があるため、工業的に応用できる製膜方法ではない。
【0007】
デバイス応用を目指した生産性の高いグラフェンの作製方法として、非特許文献3に記載された方法がある。
非特許文献3では、以下に述べる塗布法を用いてグラフェン薄膜を作製している。
【0008】
グラファイト粉末を硫酸、硝酸ナトリウム、過マンガン酸カリウムを用いて酸化し、酸化グラファイトとし、この酸化グラファイトを水に分散させ超音波を掛ける。酸化グラファイトはグラファイトに比べ層間が0.34nmから1nm程度と大きくなっているため、単層に剥離され、この分散液の上澄み液を取ることで、酸化グラファイト分散液ができる。この酸化グラファイト分散液を基板にディップコーティングすることで、膜厚が10nm程度の酸化グラフェン薄膜が製膜され、1100℃で加熱還元することにより、グラフェン薄膜が形成される。
【非特許文献1】K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang, S. V. Dubonos, I.V. Grigorieva, A. A. Firsov, Scien ce 306 (2004) 666.
【非特許文献2】K. S. Novoselov, D. Jiang, F. Schedin, T. J. Booth, V. V. Khotke- vich, S. V. Morozov, and A. K. Geim, Proc. Natl. A cad. Sci. U. S. A. 102 (2005) 10451.
【非特許文献3】Xuan Wang et al., Nano Lett. 8 323-327 (2008).
【非特許文献4】Goki Eda et al., Nature Nanotechnology. 3 270 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献3に記載の方法は、大面積のグラフェンが作製可能であるが、酸化グラフェンをグラフェンへと還元するために、1100℃の高温が必要となる。グラフェンをシリコンデバイスに適用する場合に、pn接合に影響を与えない温度の上限は600℃であり、ポリイミド基板などに適用する場合では、さらに低温の300℃が加熱温度の上限である。このような要求に対して、非特許文献4において、加熱還元に還元剤のヒドラジンを併用することで加熱温度を550℃まで低温化することを試みているが、十分に還元するまでに至っていない。
【0010】
このように、酸化グラフェンを用いた塗布法によるグラフェンの製膜においては、還元プロセスが高温であることが課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、上記の課題を解決するために、
酸化グラフェン粉末を液体中に分散させた分散液を基板に塗布し、液体を除去して、酸化グラフェン薄膜を基板上に形成し、この酸化グラフェン薄膜の上に金属を接触させて、金属を加熱溶融することによって、酸化グラフェン薄膜を還元し、グラフェン薄膜を得ることとする。ここで、酸化グラフェンは、酸化グラファイトを単層に剥離することによって得られることが好ましい。また、金属がGa、In、Zn、Cd、Sn、Pb、Biの金属元素、及びこれらの金属元素の合金であることが好ましい。
【0012】
金属を加熱する温度が、600℃以下で200℃以上であることが好ましい。グラフェン薄膜をシリコンデバイスに適用する場合には、上記したとおり、温度の上限は600℃程度である。また、温度が200℃以下であると、金属が溶融せず基板を覆わないので、加熱温度の下限は200℃以上が好ましい。
【0013】
金属を加熱する温度が、300℃以下で200℃以上であることが好ましい。グラフェン薄膜を例えばポリイミド基板に適用する場合には、上記したとおり、温度の上限は300℃程度である。また温度が200℃以下であると、グラフェン薄膜の導電率の上昇の効果が現れないので、加熱温度の下限は200℃以上が好ましい。
【0014】
金属を加熱する温度が、300℃以下で200℃以上であり、加熱時間が3時間以上で6時間以下であることが好ましい。後述するように、加熱温度が300℃で加熱時間が3時間を越えると、グラフェン薄膜の導電率は5000S/cmを超えるので、透明導電膜として使用可能になる。
【0015】
金属の加熱が、10-3Pa以下の真空中で行われることが好ましい。真空度が悪いと、酸化グラフェンの酸素を引き抜くよりも金属が酸化されてしまい、還元の効果が生じなくなる。真空度は高ければ高いほど良いが、現実的には、10-3Pa以下程度である。
グラフェン薄膜は、厚さが10nm以下の積層膜であることが好ましい。グラフェン薄膜の膜厚が10nmを超えると、グラフェン薄膜の透明性を確保することが困難になり、透明導電膜として用いることが困難になる。10nmを層数に換算すると、約30層程度になる。また、グラフェン薄膜が薄くなれば透過率は向上するが、シート抵抗が上がってしまうので、下限は5nm程度である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一つのポイントは、金属は、酸化はされるが炭化はされないという点にある。ただ、酸化グラフェン中の酸素を引き抜くと、その際に炭素も引き抜かれて、グラフェンに穴が開くと言われているが、金属を用いると、結晶化の自由エネルギーを下げる効果があるので、空いた穴を炭素が埋めるように働くので、グラフェンに穴が開くことはなくなる。このように、金属の効果によって、グラフェンの再構成が生じるので、欠陥密度を低下させることができ、膜質を向上することができる。
【0017】
このようにして、金属の効果によって、酸素が金属中に吸収されることで、酸化グラフェンを還元して、グラフェン薄膜を得ることができる。金属側は加熱によって酸と結合し酸化物を形成する。
【0018】
特に、300℃以下でも還元することが可能であるので、低温プロセスを実現でき、例えば、太陽電池用の透明導電膜としても使用することができるグラフェン薄膜を製膜することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】酸化グラフェン分散液を基板に塗布した状態を示す模式図である。
【図2】酸化グラフェン薄膜が基板上に堆積層として形成された状態を示す模 式図である。
【図3】酸化グラフェン薄膜上に金属を接触させて配置した状態を示す模式図 である。
【図4】金属が酸化グラフェン上で溶融した状態を示す模式図である。
【図5】金属を取り除いた状態を示す模式図である。
【図6】グラフェン薄膜の導電率の加熱温度依存性を示す図である。
【図7】グラフェン薄膜の導電率の加熱時間依存性を示す図である。
【発明の実施の形態】
【0020】
グラフェン薄膜を製膜するには、先ず、図1に示すように、酸化グラファイトを単層に剥離した酸化グラフェン10を、基板20上に塗布する。次に液体を除去する(図2)。次に、図3に示すように、酸化グラフェン10の上に、さらに金属21を酸化グラフェン10と接触するように配置する。金属21が加熱されて、156℃を超えると濡れはじめ、酸化グラフェン10上に一様に広がる(図4)。酸素の引き抜きが完了し、グラフェン薄膜11が還元されたら、図5に示すように、金属21を取り除く。金属21の取り除きは、硫酸や塩酸などの強酸を用いて、金属21を溶かすことで行える。
【0021】
図6を参照すると、グラフェンの導電率は、200℃くらいから急激に上昇し600℃くらいでほぼ飽和する。また、300℃で加熱した場合、加熱時間3時間で、導電率が5000S/cmを超える。
【実施例】
【0022】
以下に、本発明を具体化した実施例について説明する。
図1ないし図5に、本発明の実施例を工程順に示す。なお、図1ないし図5は模式図である。
【0023】
なお、酸化グラフェン10ならびにグラフェン11は、規則正しく並べば、導電率が高くなると推定されるが、現在のところ、酸化グラフェン10ならびにグラフェン11を規則ただしく並ばせる手法は無い。
【0024】
酸化グラフェン10は、グラファイトフレーク(グラファイトの粉で、直径が数十μmないし数百μmのもの)を、硫酸、過マンガン酸カリウム、硝酸ナトリウムにより酸化し(3種を混合することが必要である。)、5分間の超音波処理と、10分間・10000Gの遠心分離を行うことにより、酸化グラフェン分散液となる。グラファイトは酸化されると酸化グラファイトになり、この酸化グラファイトは、層間間隔が0.35nmから1nmとなり、結晶的に不安定になるので、超音波で一層一層に剥がすことができる。また、遠心分離を行うと、単層以外の2層や3層のグラフェンを、取り除くことができる。
【0025】
このようにして得られた酸化グラフェン分散液を、図1に示すように、ディップ法により基板であるシリコン基板(10cm□)に塗布して、その後液体を除去する(図2)。その酸化グラフェン10の上に、図3に示すように、金属として、直径3mmのインジウムを1cmの長さに切断したものを接触して配置する。そして、インジウムを加熱する。この加熱は、真空度10-3Paの雰囲気の真空炉内で、ヒータで加熱することで行った。
【0026】
インジウムの溶け始めは表面張力によりインジウムは球体状をしているが、加熱の進行とともに濡れ始め、酸化グラフェン10の上に一様に広がる。
このインジウムの溶融は、156℃にまで加熱すると開始され、図4に示すように基板一面に濡れ、効果によって酸化グラフェン10の酸素の結合が切れ、金属21であるインジウムに吸収されることによって還元が行われる。
【0027】
図4は、300℃で3時間加熱したときの状態を示すもので、酸化グラフェン10は完全に還元される。その後、ゆっくりと室温まで冷却し、グラフェン11の薄膜サンプルの上に棒状になったインジウムを取り除き、図5のようにグラフェン薄膜11が形成される。このグラフェン薄膜の膜厚は、およそ10nmであった。
【0028】
図6に、本実施例によって得られたグラフェン薄膜の導電率の加熱温度依存性を示す。
加熱温度を0℃から600℃まで変化させると、インジウムが融解する156℃を超えた、200℃から還元の効果が見られ、特に200℃から300℃
にかけて、導電率が飛躍的に向上し、加熱温度が500℃付近で、導電率は5000S/cmに達している。
【0029】
図7に、本実施例により得られたグラフェン薄膜の導電率の、300℃における加熱時間依存性を示す。
加熱時間を3時間とすると、透明導電膜に必要な導電率である、5000S/cmが得られる。その後加熱時間を延ばしでも、ほほ導電率は飽和している。
【0030】
この結果からわかるように、本実施例で得られたグラフェン薄膜を透明導電膜として使用するには、300℃で、3時間加熱すれば良いことがわかる。
また、グラフェン薄膜をシリコンデバイスに適用する場合には、600℃以下の温度で、ごく短時間加熱すればよいことが、図6、図7の結果より類推される。
【産業上の利用可能性】
【0031】
600℃以下での低温プロセスでグラフェン薄膜を形成することができるようになったので、シリコンデバイスへの適用が期待される。
また、300℃以下での低温プロセスでもグラフェン薄膜を形成できるようになったので、太陽電池用の透明導電膜に適用できる可能性が高まった。
【符号の説明】
【0032】
10:酸化グラフェン
11:グラフェン
20:基板
21:金属
22:酸化グラフェン分散液


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化グラフェン粉末を液体中に分散させた分散液を基板に塗布し、液体を除去して、酸化グラフェン薄膜を基板上に形成し、この酸化グラフェン薄膜の上に金属を接触させて、金属を加熱溶融することによって、酸化グラフェン薄膜を還元し、グラフェン薄膜を得ることを特徴とするグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項2】
酸化グラフェンは、酸化グラファイトを単層に剥離することによって得られることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項3】
金属がGa、In、Zn、Cd、Sn、Pb、Biの金属元素、及びこれらの金属元素の合金であることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項4】
前記加熱の温度が、600℃以下で200℃以上であることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項5】
前記加熱の温度が、300℃以下で200℃以上であることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項6】
前記加熱の温度が、300℃以下で200℃以上であり、加熱時間が3時間以上で6時間以下であることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項7】
加熱が、10-3Pa以下の真空中で行われることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。
【請求項8】
グラフェン薄膜は、厚さが10nm以下で5nm以上の積層膜であることを特徴とする請求項1に記載のグラフェン薄膜の製膜方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−105569(P2011−105569A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264804(P2009−264804)
【出願日】平成21年11月20日(2009.11.20)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年9月1日付け独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究契約に基づく開発項目「新エネルギー技術研究開発/革新的太陽光発電技術研究開発(革新型太陽電池国際研究拠点整備事業)/低倍率集光型薄膜フルスペクトル太陽電池の研究開発(グラフェン透明導電膜)」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】