説明

グリコペプチド類含有凍結乾燥組成物及びその製造方法

【課題】グリコペプチド類を有効成分として含有する凍結乾燥組成物を再溶解する際に生じる泡立ちを、可溶化剤や溶解補助剤等を添加しなくても有意に抑制し得る凍結乾燥組成物およびその製造方法の提供を目的とする。
【解決手段】グリコペプチド類を含有する溶液を凍結した凍結物を、凍結物が一部残存する状態にまで加熱部分溶解し、その後に再度凍結し、次に減圧下で乾燥することで得られることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリコペプチド類を含有する凍結乾燥組成物およびその製造方法に関し、特に溶解性の改善に効果的である。
【背景技術】
【0002】
従来からグリコペプチド類を有効成分として含有する凍結乾燥製剤は、用時溶解する際にペプチド特有の顕著な泡立ちが認められ、かかる泡立ちによって不溶性異物の判定に誤りが生じたり、また溶解液を注射用シリンジに吸入する時に気泡が混入しやすく、輸液に混ぜる際に有効成分を全て移すことが困難になる問題があった。
特開平9−124481には、シリコンコーティングしたバイアルを製剤容器として用いることにより、再溶解時に発生する泡のバイアル内面への付着を防止し、速やかに澄明となる凍結乾燥製剤が開示されているが、グリコペプチド類を含有する凍結乾燥組成物の場合には溶液中の泡の消失に時間がかかる。
特願2001−548134には、バンコマイシンとポリエチレングリコールを組み合わせることで、製剤の溶解性が向上することが開示されている。
また、特許第2883890号や特許第2983934号ではエタノール、n−プロパノール、酢酸イソプロピルなどの有機溶媒をバンコマイシンとともに凍結乾燥し、再溶解性のよい製剤化を試みているが残留する溶媒があり、実用化には問題があった。
【0003】
【特許文献1】特開平9−124481号公報
【特許文献2】特願2001−548134号再公表公報
【特許文献3】特許第2883890号公報
【特許文献4】特許第2983934号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、グリコペプチド類を有効成分として含有する凍結乾燥組成物を再溶解する際に生じる泡立ちを、可溶化剤や溶解補助剤等を添加しなくても有意に抑制し得る凍結乾燥組成物およびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、かかる目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ポリエチレングリコール等の可溶化剤や溶解補助剤を添加しなくとも、グリコペプチド類を含有する溶液を一旦凍結後に、この凍結物の一部を溶解する工程を経た後に再び凍結させると凍結物のケーキ構造に変化が生じ、用時に再溶解しやすく、泡立ちが少なく、消泡時間も短くなることを見い出した。
【0006】
より具体的に説明すると、本発明に係るグリコペプチド類含有凍結乾燥組成物は、グリコペプチド類を含有する溶液を凍結した凍結物を、凍結物が一部残存する状態にまで加熱部分溶解し、その後に再度凍結し、次に減圧下で乾燥することで得られることを特徴とする。
このようにすると、グリコペプチド類を含有する溶液に従来のような可溶化作用あるいは溶解補助作用を示す添加物を添加する必要がなくなる。
なお、グリコペプチド類を含有する溶液は必要に応じてpHを調整するための酸や塩基を添加してもよい。
【0007】
グリコペプチド類として、バンコマイシンを注射剤として用いた場合には、本発明は特に有効に作用する。
バンコマイシンはグリコペプチド系抗生物質である。
バンコマイシンを注射剤として用いる場合には、その塩酸塩の凍結乾燥製剤を注射用水で溶解後に輸液に配合して投与することが多い。
しかし、バンコマイシンの凍結乾燥製剤は用時溶解する際に顕著な泡立ちが認められ、かかる泡立ちによって不溶性異物の判定に誤りが生じたり、また溶解液をバイアルから注射用シリンジに吸入する際に気泡が混入しやすく、輸液に混ぜる際に有効成分を全て移すことが困難になり投与量に誤差が生じる等、注射剤の調製に手間取るという問題があった。
本発明に係る注射用バンコマイシン凍結乾燥製剤の製造方法は、バンコマイシン塩酸塩を溶解した水溶液を、凍結する工程と、前記凍結物を加熱し、凍結物が部分的に残存するように部分溶解する工程と、再度冷却し凍結する工程と、減圧下にて乾燥する工程と、を有することを特徴とする。
このように製造すると、バンコマイシン塩酸塩を溶解した水溶液には、pHの調整を目的とする酸又は塩基以外は添加する必要がない。
また、上記の工程にて製造したバンコマイシンの凍結乾燥製剤は、かさ密度が0.10〜0.20g/mLの範囲にある。
このようにかさ密度が0.10〜0.20g/mLのバンコマイシン又はその薬学的に許容される塩の凍結乾燥組成物は用時溶解時の消泡性に優れる。
ここで、かさ密度は第十五改正日本薬局方 3.粉体物性測定法の3.01かさ密度及びタップ密度測定法に基づいて測定した値である。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、用時の溶解時に泡立ちが効果的に抑制され、消泡時間も短い。
そのような効果は、凍結乾燥組成物又は凍結乾燥製剤を例えば製剤容器として用いたバイアルに注射用水を添加して、凍結乾燥ケーキの溶解時に発生する泡立ち量を比較することにより、また、溶解後の消泡時間を測定することにより、確認することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
バンコマイシンは、グリコペプチド系の抗生物質であり、既に一般に市販されており、医薬品グレードの入手は容易である。
また、例えば米国特許第3067099号記載の方法により製造することもできる。
本発明においてはフリー体を用いても良いが、水に難溶であるため好ましくない。
塩酸、硝酸塩等の塩として用いても良いが、好ましいのは塩酸塩を用いることである。
これは製造コストと安定性が優れているためである。
本発明の凍結乾燥組成物の調製法としては、バンコマイシンまたはその薬学的に許容される塩、および必要に応じてpH調整剤として塩基性物質または酸性物質を水性溶媒に溶解する。
塩基性物質または酸性物質は通常使用されている物質であれば特に制限はなく、塩酸、リン酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸またはそれらの塩類、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウムなどである。
本発明の凍結乾燥組成物は、剤形に応じて常法に準じて製造することができる。
注射剤を製造する場合には例えば以下の方法で製造すればよい。
製造に於いて使用する器具及び材料等は、常法(例えば高圧蒸気滅菌、乾熱滅菌、γ線滅菌等)により予め滅菌しておく。
有効成分を秤量し、溶解用容器に入れ、適当量の溶媒(例えば注射用水)を加えて撹拌しながら溶解する。
溶液の濃度は、溶媒の種類および有効成分の溶媒に対する溶解度および再溶解時の濃度を考慮して決定すればよい。
さらに塩基性物質または酸性物質(例えば0.1から10mol/L水溶液を用いる。)を添加してpHを6.0以下に調整する。
こうして得られた溶液を常法により、無菌ろ過する。
必要に応じて無菌ろ過の前に分解物、汚染物質等の除去を目的とした粗ろ過を行なってもよい。
無菌ろ過液を適宜バイアル、トレー等に分注し、凍結・一部溶解・再凍結を含む予備凍結を実施した後に凍結乾燥すれば、目的とする注射剤が得られる。
また、この凍結乾燥組成物を用時の調製が簡易な、いわゆる点滴用キット製剤として製することも可能である。
すなわち、凍結乾燥組成物入りバイアルを溶解液と組合せ使用時に溶解するタイプ(例えば特開平6−254136)のキット製剤や、凍結乾燥組成物を連通可能な仕切りを有する複室容器の第1室に封入し、溶解液を第2室に封入し、用時に連通させてこの凍結乾燥組成物を溶解して用いるタイプ(例えば特開平4−364851)のキット製剤などがあげられる。
【0010】
本発明を以下の実施例および試験例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0011】
注射用水5mLあたり、塩酸バンコマイシン500mgを溶解し、塩酸を加えてpH3.3に調製した液を50mL調製した。
この溶液をメンブランフィルター(0.22μm)で無菌ろ過し、溶液5mLづつを内容積約15mLのバイアルに充てんした。
これを棚状凍結乾燥機を用いて下記の方法に従って凍結乾燥を行った。
〈凍結乾燥方法〉
(1)−40℃まで冷却し、2時間保持してバイアル内容物を凍結する。
(2)0℃まで昇温し1時間保持した後、4℃まで昇温し2時間保持して凍結物の一部を溶解した。
(3)−4℃まで冷却し2時間保持した後、−20℃まで冷却、更に−40℃まで冷却し再凍結した。
(4)減圧しながら−20℃まで昇温後1時間保持し、更に−15℃まで昇温し一次乾燥を行なった。
(5)25℃まで昇温し、2次乾燥を実施後、窒素ガスで真空を解除し、封管し凍結乾燥を完了した。
【実施例2】
【0012】
注射用水5mLあたり、塩酸バンコマイシン500mgを溶解した液50mLを調製した。
この溶液をメンブランフィルター(0.22μm)で無菌ろ過し、溶液5mLづつを内容積約15mLのバイアルに充てんした。
これを棚状凍結乾燥機を用いて下記の方法に従って凍結乾燥を行った。
〈凍結乾燥方法〉
(1)−40℃まで冷却し、2時間保持してバイアル内容物を凍結する。
(2)4℃まで昇温し3時間保持して凍結物の一部を溶解した。
(3)−4℃まで冷却し2時間保持した後、−20℃まで冷却、更に−40℃まで冷却し再凍結した。
(4)減圧しながら−15℃まで昇温し一次乾燥を行なった。
(5)25℃まで昇温し、2次乾燥を実施後、窒素ガスで真空を解除し、封管し凍結乾燥を完了した。
【実施例3】
【0013】
注射用水5mLあたり、塩酸バンコマイシン500mgを溶解した液200mLを調製した。
この溶液をメンブランフィルター(0.22μm)で無菌ろ過し、溶液5mLづつを内容積約15mLのバイアルに充てんした。
これを棚状凍結乾燥機を用いて下記の方法に従って凍結乾燥を行った。
〈凍結乾燥方法〉
(1)−40℃まで冷却し、2時間保持してバイアル内容物を凍結する。
(2)10℃まで昇温し0.5時間保持して凍結物の一部を溶解した。
(3)−4℃まで冷却し2時間保持した後、−20℃まで冷却、更に−40℃まで冷却し再凍結した。
(4)減圧しながら−15℃まで昇温し一次乾燥を行なった。
(5)25℃まで昇温し、2次乾燥を実施後、窒素ガスで真空を解除し、封管し凍結乾燥を完了した。
【0014】
(比較例1)
注射用水5mLあたり、塩酸バンコマイシン500mgを溶解した液50mLを調製した。
この溶液をメンブランフィルター(0.22μm)で無菌ろ過し、溶液5mLづつを内容積約15mLのバイアルに充てんした。
これを棚状凍結乾燥機を用いて下記の方法に従って凍結乾燥を行った。
〈凍結乾燥方法〉
(1)−40℃まで冷却し、3時間保持してバイアル内容物を凍結する。
(2)減圧しながら−10℃まで昇温し1時間保持した後、10℃まで昇温し10時間一次乾燥を行なった。
(3)20℃まで昇温し5.5時間2次乾燥を実施後、窒素ガスで真空を解除し、封管し凍結乾燥を完了した。
【0015】
〈評価結果〉
溶解前の凍結乾燥ケーキは、図3に示すように、比較例1は軽質で表面が滑らかな外観をしているが、実施例1及び2は凍結時の氷晶構造が伺える霜柱状の外観を呈している。
次に溶解性を比較した。
図1に示すように各バイアルに注射用水10mLを加えた直後、比較例1は未溶解の凍結乾燥ケーキが溶液表面に浮遊し、水と十分に接触しなかった部分は泡のなかに固形物として残存している。
実施例1,2は、溶液表面に浮遊する未溶解の凍結乾燥ケーキは僅かで、未溶解のケーキも水と十分に接触しているため溶解が進行していく。
また、比較例1と比較すると溶解時の発泡量も少なく、消泡も短時間であることから、溶液が澄明となるのが早い。
図1に示すように実施例1,2は、注射用水10mLを加えて静置4分以内に溶解が完了し、残泡も認められないが、比較例1は溶液表面の泡中に未溶解ケーキが認められる。
図2には、注射用水10mLを加えて静置4分後に10秒間振とう撹拌した後の消泡比較を示す。
【0016】
[消泡時間の測定]
バイアルに注射用水10mLを加えた直後、振とう機(KM−SHAKER V−DN型、イワキ産業(株))で10秒間(ストローク40mm、240spm)撹拌溶解し、その後、静置して消泡までの時間を測定した。
【表1】

【0017】
実施例1,2,3は発泡量も少なく、ほぼ1分以内に消泡が確認されたが、比較例1は静置後2時間経過しても細かな残泡が認められた。
参考に、塩酸バンコマイシン原体0.5gに注射用水10mLを加えた場合はゲル状となり溶解に長時間を要した。
【0018】
[かさ密度測定]
次にかさ密度を比較した。
第十五改正日本薬局方 3.粉体物性測定法の3.01かさ密度及びタップ密度測定法(かさ密度 第1法 定質量法)に準拠して測定を行った。
実施例1,2,3及び比較例1の固形分をバイアル内から取り出し、10号(1.7mm)ふるいを用いて試料の性質を変化させないよう静かに解砕した後、16号(1000μm)ふるいを通した各3gを、乾いた50mLガラス性メスシリンダー(目盛り:0.5mL刻み)に圧密せずに入れ、粉体層の上面を圧密せずに注意してならした後、目盛りの最小単位までのかさ体積を読み取り、次式によりかさ密度ρを計算した。
ρ=M/V
ρ:定質量法によるかさ密度(g/mL)
M:粉体の質量
:粉体のかさ体積(mL)
【表2】

【0019】
実施例1,2,3のかさ密度は、比較例1より大きかった。
即ち、見た目の体積(一定質量のかさ体積)は実施例1,2,3のほうが小さく見えた。
比較例1のかさ密度は、0.087〜0.092g/mL,(平均:0.090g/mL)であったのに対して、実施例1〜3のかさ密度は、最小値:0.120g/mL,最大値:0.162g/mLの範囲に入っている。
従って、本発明に係るグリコペプチド類凍結乾燥組成物は概ね0.10〜0.20g/mLの範囲にあり、本実施例では、0.12〜0.16g/mLの範囲であった。
【0020】
[粒度分布の測定]
次にかさ密度を測定した粉体の粒度分布を比較した。
レーザ散乱回析法粒度分布測定装置(LS 13 320型、TORNADO Dry Powder System BECKMAN COULTER.)で、モード径及びメディアン径の測定を行った。
【表3】

【0021】
実施例1,2,3のモード径及びメディアン径は、比較例1より大きかった。
また、粒度分布は実施例2が単峰性で、実施例1、3及び比較例1は二峰性を示した。
より具体的に説明すると、実施例1〜3は、モード径で約140〜185μm,メディアン径で約120〜145μmであったのに対して、比較例1はそれよりも小さく、モード径:38〜42μm,メディアン径:42〜54μmであった。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】溶解時の泡立ちを比較した写真を示す。
【図2】振とう撹拌後の消泡時間を比較した写真を示す。
【図3】凍結乾燥後のケーキ比較写真を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリコペプチド類を含有する溶液を凍結した凍結物を、凍結物が一部残存する状態にまで加熱部分溶解し、その後に再度凍結し、次に減圧下で乾燥することで得られることを特徴とするグリコペプチド類含有凍結乾燥組成物。
【請求項2】
グリコペプチド類を含有する溶液は、可溶化作用あるいは溶解補助作用を示す添加物が含まれていないことを特徴とする請求項1記載のグリコペプチド類凍結乾燥組成物。
【請求項3】
グリコペプチド類を含有する溶液は、pHを調整するための添加物が含まれていることを特徴とする請求項1又は2記載のグリコペプチド類凍結乾燥組成物。
【請求項4】
グリコペプチド類は、バンコマイシン又はその薬学的に許容される塩であり、かさ密度が0.10〜0.20g/mLの範囲であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のグリコペプチド類凍結乾燥組成物。
【請求項5】
かさ密度が0.10〜0.20g/mLの範囲であることを特徴とするバンコマイシン又はその薬学的に許容される塩の凍結乾燥組成物。
【請求項6】
バンコマイシン塩酸塩を溶解した水溶液を、凍結する工程と、前記凍結物を加熱し、凍結物が部分的に残存するように部分溶解する工程と、再度冷却し凍結する工程と、減圧下にて乾燥する工程と、を有することを特徴とする注射用バンコマイシン凍結乾燥製剤の製造方法。
【請求項7】
バンコマイシン塩酸塩を溶解した水溶液には、pHの調整を目的とする酸又は塩基以外は添加されていないことを特徴とする請求項6記載の注射用バンコマイシン凍結乾燥製剤の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−149619(P2009−149619A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−300097(P2008−300097)
【出願日】平成20年11月25日(2008.11.25)
【出願人】(592073695)日医工株式会社 (21)
【Fターム(参考)】