説明

グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法

【課題】ニトリラーゼを用いた加水分解反応によって、グリコロニトリルを原料にグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するに当たって、1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することができる、工業的に有利なグリコロニトリルからのグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法を提供すること。
【解決手段】ニトリラーゼをグリコロニトリルに作用させることを含むグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法において、グリコロニトリルを含む原料中のメタノール濃度を2重量%以下にすることを特徴とするグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニトリラーゼを持つ生体触媒を用いて、グリコロニトリルからグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造する、実用的な工業的方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
酵素活性を有する生体触媒を利用して目的の化合物を合成する方法は、反応条件が穏和であるため反応プロセスが簡略化できること、あるいは副生成物が少なく高純度の反応生成物を取得できる等の利点があるため、近年、様々な化合物の製造に用いられている。中でもニトリル化合物をカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムに変換する活性を持つニトリラーゼやニトリル化合物をカルボン酸アミドに変換する活性を持つニトリルヒドラターゼ等の加水分解酵素は、その特異的な反応挙動から、様々なカルボン酸又はカルボン酸アンモニウムあるいはカルボン酸アミドの製造に用いる検討がなされている。
【0003】
それらの中で、ニトリラーゼ活性を有する生体触媒を用いて、グリコロニトリルをグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムに変換するグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法も数多く検討されている。例えばCorynebacterium属を用いてグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造する方法(特許文献1)、あるいはRhodococcus属またはGordona属を用いてグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造する方法(特許文献2)、あるいはAcidovorax属を用いてグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造する方法(特許文献3、特許文献4)、あるいはAcidovorax属由来のニトリラーゼ又はその改変酵素を大腸菌等の宿主に発現させた生体触媒を用いてグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造する方法(特許文献5、非特許文献1)等が開示されている。
【0004】
しかしながら、これら従来の技術では工業的に十分に満足できる製造方法にはなっておらず、更なる改善が求められていた。すなわち、このような生体触媒を用いた加水分解反応によって、グリコロニトリルを原料にグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するに当たっては、経済的な理由から1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することが望まれていた。
【0005】
例えば、前記特許文献1では、Corynebacterium属を用いて、グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを合成する実施例が示されているが、平均生産速度に関する記述は見当たらない。因みに初期活性は29.3[mmol-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥菌体/Hr]であることが記載されており、とても十分な平均生産速度を達成することは予想できない。また、前記特許文献2では、Rhodococcus属を用いて、グリコール酸アンモニウム蓄積濃度48.2重量%を達成しているが、その時の平均生産速度は47.3[mmol-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥菌体/Hr](20℃×24Hr)と計算され、これもまた十分な平均生産速度を達成しているとは言えない。また、前記特許文献3及び特許文献4では、Acidovorax属を用いて、グリコール酸アンモニウム平均生産速度が0.42[mmol-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥菌体/Hr](25℃×40Hr)と低い値であることが記載されており、これもまた十分な平均生産速度を達成しているとは言えない。一方、前記特許文献5、特許文献6及び非特許文献1では、Acidovorax属由来のNitrilaseの改変酵素を大腸菌等の宿主に発現させた生体触媒を用いることで初期比活性が最高で266[mmol-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥菌体/Hr](25℃)と高い値を達成しており、また、該大腸菌をカラギーナン等で固定化し繰り返し反応を行うこと及び、反応温度を25℃と低く抑えることで1225[g-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥菌体]と非常に高い触媒生産性を達成できているが、グリコール酸アンモニウム蓄積濃度は30重量%以下で十分な蓄積濃度を達成できているとは言えない。
【0006】
【特許文献1】特公平3−38836号公報
【特許文献2】特開平9−28390号公報
【特許文献3】特開2005−504506号公報
【特許文献4】US6416980 A1
【特許文献5】WO2006069110 A1
【特許文献6】WO2006069114 A1
【非特許文献1】Adv. Synthe. Catal. 349,1462-1474 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ニトリラーゼを用いた加水分解反応によって、グリコロニトリルを原料にグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するに当たって、1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することができる、工業的に有利なグリコロニトリルからのグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ニトリラーゼを用いた加水分解反応によって、グリコロニトリルを原料にグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するに当たって、1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することができる、工業的に有利なグリコロニトリルからのグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法について鋭意検討を行ったところ、驚くべきことにグリコロニトリルを含む原料中のメタノール濃度を2重量%以下にすることで、触媒生産性を飛躍的に向上させることが可能であることを発見し、本発明を完成させるに至った。すなわち、触媒生産性を向上させるために生体触媒をカラギーナン等で固定化させる、及びまたは反応温度を低く抑えるような方法を用いることなく十分な平均生産速度を確保すると共に、十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度を達成しつつ、十分な触媒生産性を達成できる方法として、グリコロニトリルを含む原料中に含まれる不純物であるメタノールに着目し、ストリッピング等の方法を用いてこれを予め低減することで、1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することが可能となった。因みにグリコロニトリルを含む原料に含まれるメタノールは、該グリコロニトリルを青酸とホルマリンから合成する際、該ホルマリンの安定剤、つまり重合防止剤としてホルマリン中に存在するものがそのまま該原料中に残存しているものであり、従来のグリコロニトリルの製造法において必ず混入してくる物質である。このように原料中のメタノールの影響に着目したことで、新規な触媒生産性の向上方法を発見することができ、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下に記載する通りの構成を有する。
(1) ニトリラーゼをグリコロニトリルに作用させることを含むグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法において、グリコロニトリルを含む原料中のメタノール濃度を2重量%以下にすることを特徴とするグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
(2) グリコロニトリルを含む原料をストリッピングすることで原料中のメタノール濃度を2重量%以下にすることを特徴とする、(1)に記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
(3) ニトリラーゼが、微生物菌体又はその処理物、あるいは微生物菌体由来のニトリラーゼの固定化物又は懸濁液から選択される何れか1種以上の生体触媒である、(1)又は(2)に記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
(4) ニトリラーゼが、Acinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)由来のニトリラーゼ、又はAcinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)のニトリラーゼ遺伝子によってコードされるタンパク質酵素である、(1)から(3)の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
(5) ニトリラーゼが、グラム陰性菌及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液から選択される生体触媒である、(1)から(4)の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
(6) ニトリラーゼがAcinetobacter属の菌体及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液から選択される生体触媒である、(1)から(5)の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
(7) ニトリラーゼがAcinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)の菌体及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液から選択される生体触媒である、(1)から(6)の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、実質的に青酸とホルマリンから合成されるグリコロニトリルを原料として、ニトリラーゼを用いて、グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するに当たり、1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することができる、工業的に有利な製造法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明における「グリコール酸又はグリコール酸アンモニウム」という表記についてまず説明する。ニトリラーゼを用いてグリコロニトリルを加水分解した場合、グリコロニトリル中のNはアンモニアに変換され、通常、ニトリラーゼを用いる加水分解反応条件においては、該アンモニアが同時に生成されるグリコール酸と瞬時にアンモニウム塩を形成するので最終的にはグリコール酸アンモニウムが生成されることとなる。しかしながら、反応機構的にはグリコール酸を合成する課程を経ているため、本発明においては、グリコール酸あるいはグリコール酸アンモニウムの両方を意味する方法として、グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムという表記を採っている。
【0012】
本発明で定義する平均生産速度とは、使用する乾燥生体触媒重量当たり、1時間当たりのグリコール酸アンモニウムの生成重量を反応初期から終了までの平均値として算出した値を表し、単位は[mmol-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥生体触媒重量/Hr]である。乾燥生体触媒重量とは、微生物菌体を用いる場合は該微生物菌体の乾燥重量を表し、ニトリラーゼを用いる場合はニトリラーゼの乾燥重量を表し、微生物菌体あるいはニトリラーゼの固定化物を用いる場合は該固定化物中の微生物菌体あるいはニトリラーゼの乾燥重量を表す。ここで定義する平均生産速度が高いほど、短時間で目的とする濃度のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造できることとなり、実用性を示す指標として非常に重要となる。
【0013】
本発明で定義するグリコール酸アンモニウム蓄積濃度とは、反応終了時点での反応液のグリコール酸アンモニウム重量濃度を表し、単位は重量%である。該グリコール酸アンモニウム蓄積濃度が高いということは、使用したニトリラーゼを持つ生体触媒が生成物(グリコール酸アンモニウム)阻害を受けにくく、高塩濃度においてもニトリラーゼ酵素の活性が維持されることを示す。前出の平均生産速度が高いと同時に該グリコール酸アンモニウム蓄積濃度が高いということはグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造法としての実用性を示す指標として非常に重要となる。
【0014】
本発明で定義する触媒生産性とは使用する乾燥生体触媒重量当たりの反応終了時点までのグリコール酸アンモニウムの生成重量を表し、単位は[g-グリコール酸アンモニウム/g-乾燥生体触媒重量]である。ここでいう反応終了時点とは、実質触媒活性が限りなく0に近づいた時点を示し、それ以上反応時間を延長しても該触媒生産性がほとんど伸びないと判断される時点を指す。該触媒生産性が高いということは、前出のグリコール酸アンモニウム蓄積濃度と同様に、使用したニトリラーゼを持つ生体触媒が生成物(グリコール酸アンモニウム)阻害を受けにくく、高塩濃度においてもニトリラーゼ酵素の活性が維持されることを示す。該触媒生産性が高いということはグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造法としての実用性を示す指標として非常に重要となる。
【0015】
本発明における原料となるグリコロニトリルは、一般的な公知の技術で合成したものを使用することができる。グリコロニトリルの製造法は特に限定されないが、一般的な合成法としては、水性媒体中で青酸とホルムアルデヒドからアルカリ触媒によって合成する方法が知られている。(特公平7−30004、特開平6−135923)この内、ホルムアルデヒドについては、その取り扱いの容易さから通常、水溶液であるホルマリンを使用することが多く、該ホルマリンを取り扱う場合、重合防止の観点から安定剤メタノールを添加しておくことは当該業者において公知のことである。ホルマリン中のホルムアルデヒド濃度は各製品によって異なるが一般的には35〜40重量%程度含まれており、またホルマリン中のメタノール濃度も各製品によって異なるが一般的には5〜8重量%程度含まれている。そのようなホルマリンをそのまま原料として使用し、青酸と反応させることで合成されたグリコロニトリル水溶液中のグリコロニトリルは通常52〜57重量%の濃度を有しており、その中にホルマリン由来のメタノールがそのまま混入してくるため、メタノール濃度は3〜6重量%程度となる。
【0016】
本反応における不純物メタノールは、ニトリラーゼの比活性に対してはほとんど影響がないものの、触媒生産性に対して顕著な影響を与え、メタノール濃度が低いほど該触媒生産性は高くなる。経済的にグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するためには該触媒生産性が高いほど有利になるため、反応中のメタノール濃度を低減する意味で、原料グリコロニトリル中のメタノール濃度を低減することが重要となる。本発明における原料グリコロニトリル中のメタノール濃度は2重量%以下にすることが好ましいが、より好ましくは1重量%以下にする方がよく、更に好ましくは0.5重量%以下がよい。
【0017】
本発明における、メタノール濃度の低減方法としては様々な方法が考えられるが、例えばグリコロニトリル水溶液のストリッピング操作で低減することが可能である。本ストリッピング操作は、グリコロニトリルの熱安定性が十分に保たれる条件であれば、どのような条件で行ってもよいが、グリコロニトリルは高温、高pH領域において不安定になる傾向がり、分解反応によるホルムアルデヒドと青酸の生成とそれに引き続く青酸の重合反応、あるいはグリコロニトリルのオリゴマー化、重合反応を引き起こし、しかも生成物がアミン等のアルカリ性物質であるため、自己触媒的に反応が進行し最悪の場合、爆発事故を引き起こす可能性がある。よって、グリコロニトリル水溶液のストリッピング操作は、できる限り低温、低pHで行うのがよい。一方、メタノールのストリッピングを行うには一部の水を同伴させる必要があるため、水の沸点近くで行うこととなる。操作圧力を大気圧から減圧にまでふることで、水の沸点を下げることができるため、低温条件を狙う場合は工業的に可能な範囲で減圧条件にするのがよい。また、pHを下げる方法としては、グリコロニトリルの安定剤として、無機酸や有機酸を用いることが考えられる。一般的に用いられるのは硫酸やリン酸等の無機酸、あるいは酢酸等の有機酸である。品質的な理由からグリコール酸を用いてもよい。設定されるpH領域は通常7より下の酸性領域が選ばれるが、より安定性を確保するためには、pH5以下が好ましく、より好ましくは4以下、更に好ましくは3以下、最も好ましくは2以下がよい。pHの下限については酸による加水分解が起こらなければ特に制限はないが、通常は1以上に設定するのが好ましい。その他、グリコロニトリル水溶液中のメタノール濃度を低減する方法としては、グリコロニトリルを合成する直前に使用するホルマリンからストリッピング操作により予めメタノールを除くことが考えられる。
【0018】
本発明におけるニトリラーゼは、グリコロニトリルを加水分解してグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを合成する能力を持っていれば如何なる種類ものでも構わない。該ニトリラーゼ酵素の由来生体としては、微生物・動植物細胞等が挙げられるが、重量当たりの酵素発現量や取り扱いの容易性から、微生物菌体のニトリラーゼを使用することが好ましい。
【0019】
上記微生物種としては、多くのものが知られているが、例えばニトリラーゼ高活性を有するものとして、Rhodococcus属、Acinetobacter属、Alcaligenes属、Psudomonas属、Corynebacterium属等が挙げられる。本発明においてはこれらの中でも、特にグラム陰性菌であるAcinetobacter属、Alcaligenes属が好ましく、更に好ましくはAcinetobacter属が好ましい。具体的には、Acinetobacter sp.AK226 (FERM BP-08590)、Acinetobacter sp.AK227(FERM BP-08591)である。これらの菌株は特開2001−299378、特開平11−180971、特開平06−303991、特開昭63−209592、特公昭63−2596号公報等に記載されている。
【0020】
その他、天然のあるいは人為的に改良したニトリラーゼ遺伝子であって、グリコロニトリルからグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムへの変換活性の高いニトリラーゼ遺伝子を遺伝子工学的手法によって組み込んだ微生物の発現したニトリラーゼ酵素であっても構わないが、経済的に有利にニトリラーゼを調製するためには、可能な限りニトリラーゼを高発現する微生物を用いることが望ましい。
【0021】
本発明における、生体触媒の形態としては、微生物・動植物細胞等をそのまま用いても構わないし、あるいは該微生物・動植物細胞等そのもの、または破砕等の処理をしたもの、または該微生物・動植物細胞等から必要なニトリラーゼ酵素を取り出したものを一般的な包括法、架橋法、担体結合法等で固定化したものを用いても良い。尚、固定化する際の固定化担体の例としては、ガラスビーズ、シリカゲル、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、カラギーナン、アルギン酸、光架橋樹脂等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
微生物・動植物細胞等をそのまま用いる場合、水(蒸留水及びまたはイオン交換水)のみに懸濁させても構わないし、浸透圧の関係から無機塩あるいは有機酸塩のバッファー液に懸濁させて使用してもよい。また、固定化したものを用いる場合にも、通常、浸透圧の関係からバッファー液に懸濁させて使用するのがよい。この時のバッファー液濃度は、反応液中の不純物低減の観点からは低ければ低いほど良いが、酵素の安定性、活性の維持という観点からは、通常0.1M未満であり、好ましくは0.01〜0.08M、より好ましくは0.02〜0.06Mがよい。更に不純物を低減させる意味でグリコール酸塩を用いることも一つの方法である。
【0023】
グリコロニトリルの加水分解反応の条件は、pHは6〜8がよく、好ましくは6.5〜7がよい。前出の通り、原料であるグリコロニトリルは非常に不安定な物質であるため、通常、安定剤として硫酸やリン酸あるいは酢酸といった酸成分を含む。よって、反応系中のpHを調整するには反応系へのアルカリの添加が必須となる。その場合使用するアルカリは反応に影響を及ぼさなければ特に限定されないが、生成物の一つであるアンモニアを使用するのが望ましい。アンモニアの形態はガスであろうが、アンモニア水であろうが構わないが、通常、扱いの容易さからアンモニア水が望ましい。反応温度については、反応温度が低すぎると反応活性が低くなり、高濃度のグリコール酸アンモニウムを製造する場合、より多くの反応時間を要する。一方、反応温度が高すぎるとニトリラーゼ酵素の熱劣化で、目的とする最終グリコール酸アンモニウム濃度が高い場合、該濃度まで到達させることが困難となり、結果として新たなニトリラーゼ酵素を持つ生体触媒を追添する等の処置が必要となり触媒コストが高くなる。また、温度が高すぎると、基質グリコロニトリルの青酸とホルムアルデヒドへの分解促進にも繋がり、それらによる反応阻害や失活等、ますますの反応活性低下を引き起こす。よって、通常、反応温度は30〜60℃がよく、好ましくは40〜50℃がよい。
【0024】
グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造する反応方法は、固定床、移動層、流動層、撹拌槽等、いずれでもよく、また連続反応でも半回分反応でもよいが、特に固定化されていない微生物菌体を用いる場合、反応の容易性から攪拌槽を用いた半回分反応がよい。その場合、反応効率の観点から、適切な攪拌を行うのがよい。また、半回分反応を行う場合、ニトリラーゼを持つ生体触媒は1バッチ使い捨てでもよいし、繰り返し反応を行ってもよい。但し、繰り返し反応を行う場合、該生体触媒をグリコール酸アンモニウム高濃度から低濃度へ急激に変化させるため、浸透圧の影響等で比活性が低下する場合があるので注意を要する。
【0025】
反応基質であるグリコロニトリルの定常濃度については、2重量%以下が好ましく、より好ましくは0.1〜1.5重量%、更に好ましくは0.1〜1.0重量%、最も好ましくは0.2〜0.5重量%にコントロールするのがよい。グリコロニトリルの濃度が高すぎると、生成物阻害及びまたは失活、あるいは高生成物蓄積濃度で初めて顕著となる基質阻害及びまたは失活の影響が急激に大きくなり、それまで進行していた反応が停止してしまう場合がある。また、グリコロニトリルの濃度が低すぎると反応速度を低下させることとなり、効率的にグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造できないので不利である。以上の理由から、反応中のグリコロニトリル定常濃度を管理することは非常に重要である。
【0026】
製造されるグリコール酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量比は1/100以下がよく、好ましくは1/100〜1/200、より好ましくは1/200〜1/300、更に好ましくは1/300〜1/500である。製造されるグリコール酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量が多すぎると該生体触媒懸濁液由来の不純物が反応液中に多く同伴されるため精製コストが上がり、製品品質が低下するので好ましくない。逆に、製造されるグリコール酸アンモニウムに対する使用乾燥生体触媒重量が少なすぎるとリアクターボリューム当たりの生産性が低下し、大きなリアクターサイズが必要となり経済的に不利となる。
【実施例】
【0027】
以下実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。尚、本発明はこれらの実施例により必ずしも限定されるものではなく、その要旨を超えない限り、様々な変更、修飾が可能である。
【0028】
生体触媒懸濁液中の乾燥生体触媒重量の測定法は、以下のごとく実施した。まず、適当な濃度の生体触媒懸濁液を適量取り、−80℃まで冷却した後、凍結乾燥機を用いて完全に乾燥し、その重量値から前記生体触媒懸濁液の濃度を算出した。固定化物については固定化時における既知となった生体触懸濁液の使用量と架橋剤や固定化担体の使用量から乾燥生体触媒重量を算出した。
【0029】
反応液及び処理液の分析は、以下のごとく実施した。基質であるグリコロニトリル及び生成物であるグリコール酸又はグリコール酸アンモニウム及び副生成物であるグリコロアミドは、高速液体クロマトグラフィーで測定した。カラムはイオン排除カラム(島津Shim-pack SCR-101H)、カラム温度は40℃、移動相はリン酸水溶液(pH=2.3)、検出器はUV(島津SPD-10AV vp、210nm)及びRI(島津RID-6A)で実施した。
また、原料及び反応液中のメタノールの分析はガスクロマトグラフィーで実施した。ガスクロ本体は島津GC-14B、カラムは強極性カラム(GLサイエンス製TC-FFAP)、インジェクション温度は250℃、カラム温度は50℃×5min、昇温20℃/min、220℃×5min、検出器温度:250℃、検出器はFID、試料注入量は2μLで実施した。
【0030】
[生体触媒の調製]
塩化ナトリウム0.1重量%、リン酸二水素カリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.05重量%、硫酸第一鉄七水和物0.005重量%、硫酸アンモニウム0.1重量%、硝酸カリウム0.1重量%硫酸マンガン五水和物0.005重量%を含む培養液250mlを三角フラスコに仕込み、pHが7になるように水酸化ナトリウムで調整し、121℃で20分間滅菌した後、アセトニトリル0.5重量%を添加した。これにAcinetobacter sp.AK226を接種して30℃で振とう培養した(前培養)。ミーストパウダー0.3重量%、グルタミン酸ナトリウム0.5重量%、硫酸アンモニウム0.5重量%、リン酸水素二カリウム0.2重量%、リン酸ニ水素カリウム0.15重量%、塩化ナトリウム0.1重量%、硫酸マグネシウム七水和物0.18重量%、塩化マンガン4水和物0.02重量%、塩化カルシウム二水和物0.01重量%、硫酸鉄7水和物0.003重量%、硫酸亜鉛7水和物0.002重量%、硫酸銅5水和物0.002重量%、大豆油2重量%を含む培養液3Lを5Lジャーファーメンターに仕込み、121℃で20分間滅菌した後、前記の前培養液を接種して30℃で通気攪拌を行った。培養開始10時間後から大豆油のフィードを開始した。PHは7になるようにリン酸及びアンモニア水でコントロールし、最終的に約5重量%のAcinetobacter sp.AK226懸濁液を得た。更に0.06Mリン酸バッファーを用いて2回洗浄を行い、最終的にリン酸バッファーに懸濁されたAcinetobacter sp.AK226懸濁液(乾燥菌体濃度10重量%)を得た。
【0031】
[原料グリコロニトリルの調製]
原料グリコロニトリルの調製には東京化成製グリコロニトリル水溶液(52重量%グリコロニトリル)を使用した。東京化成製グリコロニトリル水溶液をガスクロマトグラフィーで分析した結果、0.90重量%のメタノールを含有することが判明した。これよりもメタノール濃度の高い原料は市販メタノール(和光純薬製)を添加することで調製した。また、メタノール濃度の低い原料は、東京化成製グリコロニトリルを、50℃×40mmHg条件でストリッピング操作を行うことで水と共にメタノールを留去し、濃縮されたグリコロニトリル濃度が元の52重量%に戻るように蒸留水を添加することで調製した。
【0032】
[実施例1〜2、比較例1]
前記のように得られたAcinetobacter sp.AK226懸濁液(10重量%)と蒸留水を用いて200mL四ツ口フラスコに16.1g菌体懸濁液(乾燥菌体0.16g)を仕込んだ。該フラスコにpH計と温度計を設置し反応液のpHと温度をモニタリングできるようにして、50℃恒温水槽に入れてスターラー攪拌を実施し、内温が50℃になるまでしばらく保持した。次に原料の52重量%グリコロニトリル水溶液を、液体クロマトグラフィー用ポンプを用いて3.6g/Hrでフィードした。原料グリコロニトリル中に安定剤として含まれる硫酸を中和するため、チューブポンプで1.5重量%アンモニア水をフィードした。尚、アンモニア水フィードポンプはpH計による制御で内液pHが6.9±0.1になるようにセットした。反応中は定期的にサンプリングを行い、高速液体クロマトグラフィーでグリコロニトリルとグリコール酸アンモニウム濃度を測定し、定常グリコロニトリル濃度が2重量%以下になるように原料の添加量を調節した。使用したグリコロニトリル水溶液のメタノール濃度と反応の結果は表1、図1、図2、図3に示す。
【0033】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、グリコロニトリルを原料として、ニトリラーゼを用いて、グリコール酸又はグリコール酸アンモニウムを製造するに当たり、1)十分な平均生産速度、2)十分なグリコール酸アンモニウム蓄積濃度、3)十分な触媒生産性の3つを同時に達成することができる、工業的に有利な製造法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1は、グリコロニトリル水溶液を原料に、生体触媒を用いて、各濃度のメタノールの存在下において加水分解反応を行った時に蓄積したグリコール酸アンモニウムの濃度の経時変化を示す。
【図2】図2は、グリコロニトリル水溶液を原料に、生体触媒を用いて、各濃度のメタノールの存在下において加水分解反応を行った時に蓄積したグリコール酸アンモニウムの生産量を示す。
【図3】図3は、グリコロニトリル水溶液を原料に、生体触媒を用いて、各濃度のメタノールの存在下において加水分解反応を行った時の、メタノール濃度と触媒生産性の関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニトリラーゼをグリコロニトリルに作用させることを含むグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法において、グリコロニトリルを含む原料中のメタノール濃度を2重量%以下にすることを特徴とするグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【請求項2】
グリコロニトリルを含む原料をストリッピングすることで原料中のメタノール濃度を2重量%以下にすることを特徴とする、請求項1に記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【請求項3】
ニトリラーゼが、微生物菌体又はその処理物、あるいは微生物菌体由来のニトリラーゼの固定化物又は懸濁液から選択される何れか1種以上の生体触媒である、請求項1又は2に記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【請求項4】
ニトリラーゼが、Acinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)由来のニトリラーゼ、又はAcinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)のニトリラーゼ遺伝子によってコードされるタンパク質酵素である、請求項1から3の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【請求項5】
ニトリラーゼが、グラム陰性菌及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液から選択される生体触媒である、請求項1から4の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【請求項6】
ニトリラーゼがAcinetobacter属の菌体及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液から選択される生体触媒である、請求項1から5の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。
【請求項7】
ニトリラーゼがAcinetobacter sp.AK226(受託番号FERM BP-08590)の菌体及び/またはその処理物の、固定化物及び/または懸濁液から選択される生体触媒である、請求項1から6の何れかに記載のグリコール酸又はグリコール酸アンモニウムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−159921(P2009−159921A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−3023(P2008−3023)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】