説明

グルタミン残基を含む炭水化物系腹膜透析液

本発明は,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,L−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニン,アラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物
からなる群より選択される化合物を含む炭水化物系腹膜透析液に関する。本発明の腹膜透析液は,腹膜透析治療を受けている人における技術的障害の抑制に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,腹膜透析液(以下,"PDF"と称する)に関する。
【背景技術】
【0002】
腹膜透析液は,尿毒症患者から溶質および水を除くものである。いくつかの臨床的および実験的観察から,PDFは細胞毒性を有することが示されており,これは長期腹膜透析(PD)治療の30%までの技術的障害のリスクに関連している(6)。したがって,長期にわたるPD治療では,しばしば腹膜の一体性に重篤な慢性的障害が生ずる。PDFの生体不適合性および腹膜炎症が主要な原因であると考えられている。PDF暴露は,腹膜細胞代謝を損ない,増殖を低下させ,細胞死を増加させ,ならびに細胞骨格組織および細胞シグナリング,例えば,分化および炎症の制御を破壊する。このことにより,異常な治癒プロセス,上皮間葉細胞分化転換,血管新生,線維症および腹膜の慢性的瘢痕化が生ずる(7)。PDを受けている患者からの一連の腹膜生検標本の分析から,有害な構造的変化が明らかになった。重症の場合には,中皮細胞が剥離し,腹膜が露出され,結合組織の厚い不定形の層で覆われる。これらの形態学的変化により,半透過性透析膜としての腹膜のバリア機能が大きく破壊される。PDを受けている成人患者の1/3までが,腹膜障害のため,治療の経過中に技術的障害を患うことになる(6)。
【0003】
したがって,最近の研究は,PDFの生体適合性を高め,このことによりPDの間の中皮細胞障害を低減させることを目的としている。新たな改良された製剤は,いくつかのインビトロおよびインビボ実験および臨床試験において実際に毒性が低いことが示されている(7,10)。抗酸化剤/スカベンジャーであるカルノシン(β−アラニル−L−ヒスチジンジペプチド),またはグルタチオン(ガンマ−グルタミル−L−システイニル−グリシン)および関連する化合物(例えば,システインプロドラッグであるL−2−オキソチアゾリジン−4−カルボキシレート)を添加することは,PDFの生体適合性に有益な影響を有し,PDにおけるグルコース分解産物の有害な影響を受動的に低減することが示されている(20−22)。
【0004】
しかし,PDFの主要な作用原理は,その高浸透圧のため,尿毒症患者から溶質および水を除去することである。したがって,PDFは,生理学的に不活性であるかまたは完全に生物適合性のある液体とはなりえず,腹腔への充填と腹腔からの排出の繰り返しは常にある程度の細胞傷害活性をもつ。
【0005】
上述の欠点は,特に炭水化物系PDFにあてはまる。"炭水化物系"PDFとは,浸透圧剤としてのグルコースまたはグルコース−オリゴマーおよびグルコース−ポリマーに基づく腹膜透析液であることが,当業者には理解される。本発明においては,好ましくはグルコースに基づくPDFが用いられ,これは典型的には10から45g/lのグルコースを含む(EP1166787を参照)。炭水化物系PDFのさらに別の例は,WO82/03773A1,US4,976,683A,WO01/02004A1,US2003/0232093A1,EP1369,432A2,KR2001/008659,WO94/14468A1,WO99/01144A1,US6,077,836A,WO95/19778A1,US2005/0074485A1,EP0207676A2およびWO93/14796に開示されている。
【0006】
最近,特にグルコース系PDFの細胞傷害活性は,細胞傷害を引き起こすのみならず,すべての細胞に見いだされる内因性の機構である中皮細胞中の熱ショック蛋白質(HSP)を活性化することが,PDのインビトロ,エクスビボ,およびインビボモデルで示された(1−4,16)。いずれの研究も,PDFの生体適合性のマーカーとしてのHSPアップレギュレーションに焦点を当てているが,より最近のデータは,HSPが実験的PDの間に中皮細胞を保護することを明らかにした(3,5,9)。
【0007】
HSPの過剰発現は,PDのインビトロモデルにおいて,通常は致死的であるPDF暴露からの生存を引き起こし,およびPDのインビボモデルにおいて中皮細胞が腹膜ライニングから剥離することを防止する(5,9)。
【0008】
しかし,HSPの過剰発現を誘導するために用いられているプロトコル,例えば,温熱療法または過渡的トランスフェクションのいずれも,PDの臨床設定では魅力的な方法ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は,これまでに知られている製品より細胞傷害活性の低い炭水化物系腹膜透析液を提供することである。特に,本発明の目的は,PDF暴露の際の病態生理学的ストレスに対する細胞応答を積極的に最適化することにより,PD治療を受けている患者における技術的障害を抑制する炭水化物系腹膜透析液を提供することである。
【0010】
"技術的障害"との用語は,当業者にはよく知られており,腹膜透析を打ち切り,血液透析等の代替の腎臓置換治療への切り替えを必要とすることを意味する(6)。特に,技術的障害を抑制することは,腹膜障害を予防し,バリア機能障害を軽減させ,中皮細胞剥離を防止する工程を含む。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この課題は,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド
−これらの混合物
からなる群より選択される化合物を含む炭水化物系腹膜透析液により解決される。
【0012】
さらに,この課題は,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物
からなる群より選択される化合物であって,炭水化物系腹膜透析液を用いる腹膜透析治療における技術的障害を抑制する特定の用途のための化合物により解決される。
【0013】
また,本発明の課題は,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物
からなる群より選択される,技術的障害を抑制するための特定の用途のための化合物を含む炭水化物系腹膜透析液により解決される。
【0014】
驚くべきことに,グルタミンが中皮細胞においてHSPの発現を誘導することが見いだされた。さらに,グルタミン,またはグルタミンを遊離形で放出しうるジペプチド,例えばグルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンを含む炭水化物系透析液は,先に知られている製品より細胞傷害活性が低いことが見いだされた。グルタミン含有ジペプチド,例えばグルタミニル−グリシンおよびグリシニル−グルタミンの,グルタミンの前駆体としての用途もまた有益である。
【0015】
グルタミンは無毒性であり,HSP発現を増加させることにより細胞保護を媒介することが先に報告されている(14,18)。インビトロでは,薬理学的用量のグルタミンは,インドメタシンおよび他のNSAIDについて記載されているものと同様に,HSF−1のそのプロモーターへのDNA結合を増強する(11,12)。あるいは,グルタミン補充は,ストレスの多い条件下でHSP−72mRNAを安定化させ,このことによりHSP発現を増加させることが示されている(8)。しかし,PDFに暴露されたときに中皮細胞においてHSP発現を増強させるためにグルタミンを使用することは,これまでに提案されていない。
【0016】
本発明にしたがえば,グルタミンは,単量体形で,および/または,グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドの形で,使用することができる。アミノ酸の哺乳動物への投与は,これをジペプチドまたはトリペプチドの形で投与すれば,より許容されることが知られている。特に,グルタミンは,水性溶液にあまり溶解せず,比較的不安定なアミノ酸であり,したがって臨床設定においては,好ましくはグルタミンおよび別のアミノ酸,好ましくはアラニンおよびグリシンから構成されるジペプチドとして用いる(23)。L−グルタミンを成分として含むジペプチドは,例えば,US5,189,016に開示されている。
【0017】
かかるジペプチドは,好ましくは,アラニル−グルタミン,グルタミニル−アラニン,グルタミニル−グリシンおよびグリシニル−グルタミンからなる群より選択される。
【0018】
好ましい態様においては,本発明にしたがうPDFは,中皮細胞における熱ショック蛋白質(HSP)の発現を増強するのに十分な量で前記化合物を含む。
【0019】
液体中の前記化合物,特にL−グルタミンの濃度は,0.3mMから300mM,好ましくは2mMから25mMの範囲であることができる。
【0020】
本発明にしたがう腹膜透析液は,化合物(すなわち,単量体の形のグルタミンまたは上で定義したとおりオリゴペプチドの成分として)を炭水化物系腹膜透析液と混合する工程を含むプロセスにより製造することができる。本発明にしたがうPDFを製造するために用いられる炭水化物系腹膜透析液は,現在市販されている標準的な製品であることができる。
【0021】
好ましくは,化合物は,熱ショック蛋白質(HSP)の中皮細胞における発現を増強するのに十分な量で炭水化物系腹膜透析液と混合する。
【0022】
本発明はさらに,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物
からなる群より選択される化合物の,技術的障害を抑制するための炭水化物系腹膜透析液の製造における使用に関する。
【0023】
すべての態様について,用いられるPDFは,好ましくはグルコース系である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は,培養ヒト中皮細胞に対するL−グルタミン(GLN)の暴露の影響を示す。
【図2】図12は,培養ヒト中皮細胞に対するL−グルタミン(GLN)の暴露の影響を示す。
【図3】図3は,培養ヒト中皮細胞のPDF暴露中のL−グルタミンの影響を示す。
【図4】図4は,培養ヒト中皮細胞のPDF暴露中のL−グルタミンの影響を示す。
【図5】図5は,腹膜透析のラットモデルにおいてHSP−72発現の薬理学的操作が中皮細胞剥離および腹膜蛋白質喪失に及ぼす影響を示す。
【図6】図6は,腹膜透析のラットモデルにおいてHSP−72発現の薬理学的操作が中皮細胞剥離および腹膜蛋白質喪失に及ぼす影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に,本発明の好ましい態様を例示する実施例および図面に基づいて本発明をより詳細に説明する。
【0026】
図1および2は,培養ヒト中皮細胞に対するL−グルタミンの暴露の影響を示す。生存率は,コントロール条件下で,増加する用量のグルタミン(GLN)に暴露した後のLDH放出(図1)およびHSP−72発現(図2)により評価した。L−グルタミンを20mMまで添加すると,生存率は変わらなかった。HSP−72発現は8および10mMのグルタミン濃度で増強された。データは3回の独立した実験の代表例である。
【0027】
図3および4は,培養ヒト中皮細胞へのPDFの暴露中のL−グルタミンの影響を示す。生存率は,グルタミン(GLN)を添加または添加せずにPDFに120分間暴露した後のLDH放出(図3)およびHSP−72発現(図4)により評価した。データは箱(第25および第75),髭(第10および第90パーセンタイル)および中央値プロットで示される。L−グルタミンを添加すると,生存能力が有意に保護され,HSP−72発現が増加した。データは6回の実験から取得した。詳細な統計学は結果の節で説明する。
【0028】
図5および6は,HSP−72発現の薬理学的操作(manipulation)が腹膜透析のラットモデルにおける中皮細胞剥離および腹膜蛋白質喪失に及ぼす影響を示す。標準的なPDF(PDF)またはL−グルタミンを添加したPDF(GLN−PDF)のいずれかを用いる4時間残存(dwell)の後に,トリプシン腹膜洗浄により回収したラット中皮細胞におけるHSP−72発現を調べた。L−グルタミンの添加によりHSP−72発現が増強された。中皮細胞剥離(図5)および腹膜蛋白質喪失(図6)は,箱(第25および第75),髭(第10および第90パーセンタイル)および中央値プロットで示される。L−グルタミンのPDFへの添加は,有意に低い中皮細胞(MC)数および透析液流出物への蛋白質喪失の低下を伴っていた。データは,6匹のラットから,各群につき3回の独立した実験から取得した。
【実施例】
【0029】
材料および方法
PDのインビトロモデル(出典:文献5)
不死化ヒト中皮細胞(Met5A,ATCC CRL−9444)は,100ユニット/mlのペニシリン,100μg/mlのストレプトマイシンおよび10%FCSを補充したM199/MCDB105培地(1:1)で培養した。培養物は75cm組織培養フラスコ(Falcon,Becton Dickinson,Oxnard,California)で37℃,5%COで維持し,定期的にトリプシン処理することにより継代した。培地は2〜3日ごとに交換した。平均して6−7日後にコンフルエントに達した。次に,コンフルエントの培養物を,1.5%無水デキストロース(pH5.5)を含む標準的なグルコースモノマーおよび酸性の乳酸系PDF(Fresenius 2,Bad Homburg,Germany)に,細胞保護化合物(4〜20mMのグルタミン)を添加してまたは添加せずに,120分間暴露し,通常の成長培地で16時間回復させた。対照培養物は通常の培地で37℃で維持し,"シャム培地交換"を行った,すなわち,PDFへの暴露と平行して対照培地に暴露した。
【0030】
細胞の生存率は,乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)分析により評価した。記載される実験設定の後に上清の50μlのアリコートを取り出し,4℃で保存して,48時間以内に分析した。測定はSigma TOX−7 LDH Kitを用いて,製造元の指針にしたがって2回行った。LDH排出(efflux)は,各陰性対照実験において測定されたLDHの値のパーセンテージとして計算した。HSPの誘導は,平行して行った培養物において,下記に説明するようにして評価した。
【0031】
PDのインビボ急性ラットモデル(出典:文献9):
実験は,成人雄近交系スプラグドーリーラット(平均体重310g)を用いて行った。動物を麻酔した後(100mg/kgのケタミンおよび5mg/kgのキシラジン,筋肉内),加熱小動物手術台に置いた。小さい腹部正中切開を通して滅菌カテーテルを腹腔内に挿入し,35mlの試験液体(4〜10mMのL−グルタミンを添加または添加しないPDF)を45〜60秒間かけてゆっくり注入した。動物を静かに動かし,少量の腹膜液体を吸引し,カテーテルを抜去し,腹部を縫合した。動物は処置から20分以内に覚醒し,餌および水道水を自由に摂取させた。腹腔内注入の4時間後,動物を再び麻酔し,さらに別の少量の腹膜液体を吸引し,動物を心臓穿刺および放血により犠牲死させた。その後,正中切開により開腹し,腹膜内液体すべてを静かに回収した。回収した液体の容量を記録し,総細胞数および2つの時点(0および4時間)における数の相違を,ギムザ染色後に手動で,およびクールターカウンターで機械的に測定した。次に,各ラットについて,剥離した中皮細胞の総数を計算した。選択された動物においては,4時間ドウェル後,腹膜を0.1%のトリプシンおよび0.1%のEDTAを含む20mLのリン酸緩衝化食塩水(PBS)で20分間洗浄することにより,腹腔中の中皮細胞内膜を回収した。
【0032】
腹膜のバリア機能を試験するために,プロトコルの最後に,透析液(D)サンプル中のクレアチニン,グルコースおよび総蛋白質,および血漿(P)中のクレアチニンを測定した。クレアチニンのD/P比およびグルコースのD/D0比を計算した。腹膜蛋白質喪失は,最終透析液濃度x最終容量として計算した。すべての動物は,the National Academy of Sciencesにより作成され,the National Institutes of Healthにより発行されている実験動物管理の原則にしたがって,人道的に取り扱った。
【0033】
HSP−72検出および統計学:
ウエスタンブロッティング:中皮細胞回収物の蛋白質含量をブラッドフォード・アッセイ(BioRad)により測定し,等量の蛋白質サンプル(5μg/レーン)をPharmacia Multiphore IIユニットを用いる標準的なSDS−PAGEにより分離した。サイズ分画した蛋白質を,Pharmacia Multiphore II Novablotユニットで半乾燥移動によりPVDF膜に移した。膜をTBS−Tween(10mMTris,150mMNaCl,0.05%Tween20,pH8.0)中5%ドライミルクでブロッキングした。膜をHSP−72抗体(SPA810,Stressgen,B.C.,Canada)とともにインキュベーションした。検出は,ECLウエスタンブロッティング分析システムおよびプロトコル(Renaissance,NEN−Life Science Products,Boston,MA,USA)を用いて,ペルオキシダーゼ結合二次抗体(Sigma,USA)および強化化学発光(ECL)とともにインキュベーションすることにより行った。密度測定は画像分析ソフトウエア(Molecular Analyst software,Bio−Rad,USA)を用いて行った。HSP−72の発現差異は,内部標準に対して正規化した蛋白質/シグナル強度相関の直線範囲における特異的シグナルの比率から求め,平行実験間で比較した。
【0034】
統計学的分析:インビトロ実験においては,処置の影響(+/−PDF暴露,+/−細胞保護添加物の添加(L−グルタミン)を多因子ANOVAにより比較した。インビボ実験においては,グルタミン添加または添加なしのPDF暴露の影響を,マンホイットニー(Mann−Whitney)U検定(Statview IV,Abacus,USA)を用いて比較した。相違はp<0.05の場合に有意とした。データは平均±S.D.で表す。
【0035】
結果
L−グルタミンの細胞保護効果
インビトロ実験により,L−グルタミンをPDFに加えた後,中皮細胞におけるHSP媒介性細胞保護が示された。
【0036】
図1および2は,培養ヒト中皮細胞をコントロール条件で,増加する用量のL−グルタミンに暴露した影響を示す。20mMまでのL−グルタミンの添加は,生存率を変化させず,8および10mMのレベルはHSP−72発現の増加を伴った。
【0037】
培養ヒト中皮細胞の標準的なPDF暴露の間のL−グルタミンの影響を図3および4に示す。PDFにL−グルタミンを添加すると,生存能力が保護され,HSP−72発現が増加した。LDH放出は,コントロール条件下で細胞保護剤なしのPDFに暴露した間に100±3%から226±29%に増加したのに対し,L−グルタミンを添加したPDFに暴露した間に91±7から190±19%に増加した(図3)。多因子ANOVAは,PDF暴露の影響およびL−グルタミン添加の影響は両方とも有意であることを示した(p=0.0001およびp=0.001)。これらの影響は相互依存的であった。すなわち,L−グルタミンの(細胞保護)効果は,(細胞傷害性)PDF暴露の間に有意に高かった(p=0.037)。
【0038】
HSP−72発現は,コントロール条件下で細胞保護剤なしのPDFに暴露した間に100±43%から423±661%に増加したのに対し,L−グルタミンを添加したPDFに暴露した間に234±221から1895±1928に増加した(図4)。この場合にも,多因子ANOVAは,PDF暴露の影響およびL−グルタミン添加の影響が両方とも有意であることを示した(p=0.003およびp=0.023)。さらに,これらの影響は相互依存的であった。すなわち,L−グルタミンの(HSP共誘導)効果は,PDF暴露の間に有意に高かった(p=0.011)。
【0039】
PDにおける薬理学的HSP媒介性細胞保護の生物学的役割を確認するために,PDのラットモデルにおいて,L−グルタミン補充PDFによるHSP−72発現の増強が腹膜単層からの中皮細胞剥離に及ぼす影響を調べた。図5および6に示されるように,この細胞保護PDFを使用することにより,HSP−72が過剰発現され,4時間ドウェルの間にインビボでPDFに暴露した後,中皮細胞剥離が有意に低下した(93±39細胞対38±38細胞,p=0.044;図5)。L−グルタミンのPDFへの添加はまた,透析液排出物への蛋白質喪失の低下を伴っていた(75±7mg対65±4mg,p=0.045;図6)。L−グルタミン補充は,正味の限外濾過量(6.8±1.1ml対5.4±2.7ml),D/Pクレアチニン(0.414±0.08対0.375±0.11)またはD/Doグルコース(0.473±0.02対0.469±0.04)には影響を及ぼさなかった。
【0040】
上述の例にしたがえば,PDのインビトロモデルにおいては,L−グルタミンを添加することにより,PDF暴露の間の顕著なHSP過剰発現および中皮細胞生存の改善が見られた。
【0041】
したがって,これらのインビトロの知見は,中皮細胞におけるHSP発現と細胞の結果とを結びつけ,薬学的添加剤がPDF暴露に対するHSP媒介性細胞保護を誘導しうるという概念を明確に裏付ける。
【0042】
この研究の最後の部において,PDのラットモデルにおけるHSP発現を,HSPの共誘導剤であるL−グルタミンをPDFに加えることにより操作した。インビトロの結果から予測されたように,L−グルタミンの補充はインビボ暴露の間に中皮細胞におけるHSP発現を増強した。HSP媒介性細胞保護の概念と一致して,L−グルタミンのPDFへの添加によって,中皮細胞の剥離の数も低下した。腹膜中皮単層の安定化とよく一致して,処置ラットのPD排出液における蛋白質含量が少ないことから示されるように,バリア機能障害の軽減が認められた。すなわち,インビボ実験により,予備加熱処理後についての先の知見は,より実現可能な薬理学的介入モデルに拡張された(9)。
【0043】
HSP発現の増加と,改善された結果との間の相関は,グルタミン補充後の敗血症および温熱療法の動物生存モデルについても記載されている(17)。ICU患者における小規模のヒト無作為化比較試験において,非経口栄養法の間にグルタミンを補充した後の血清HSP−70の増加とICU滞在の長さの減少との間に有意な相関が見られた(19)。最後に,重症疾病を有する患者は,しばしばグルタミン枯渇を起こすことが示されており,このことは,この集団におけるグルタミン補充の潜在的可能性を裏付ける(13)。
【0044】
L−グルタミンを遊離型で放出しうるジペプチドの細胞保護効果
細胞保護PDFの原理の証明としてグルタミンについて記載された急性回復実験設定は,PDFの初期毒性効果の最も優れた代表物である。これは主として,低いpHおよび乳酸のためである。代替モデル,例えば,通常の培地で1:1に希釈した未使用PDFに長期暴露するモデルは,臨床的PDにおいて生ずるような,より長期のPDFへの暴露の際に腹膜において生ずる細胞プロセスを評価するための,よく受け入れられているツールである。
【0045】
コンフルエントの培養物を,10%FCSを含むM199培地で1:1に希釈した1.5%無水デキストロースを含み,L−アラニル−L−グルタミンを0.5および10.0g/L("低用量および高用量")の濃度で添加したまたは添加していない慣用の酸性乳酸系PDFに24時間暴露することにより,L−アラニル−L−グルタミンが細胞保護効果を与える可能性について試験した。追加の対照培養物は,純粋な通常の培地で37℃で同じ時間で維持した。実験の最後に,細胞生存率および蛋白質発現を平行して評価して,細胞保護性PDFを同定した。
【0046】
インビトロ実験により,L−アラニル−L−グルタミンを添加したPDFに暴露した後の,中皮細胞におけるHSP媒介性細胞保護は,グルタミンについて示されたものと類似していることが示された。LDH放出およびHSP−72発現の増加により評価して,L−アラニル−L−グルタミンを含む細胞保護PDFにより,標準的なPDF暴露と比較して,生存能力が保護された。
【0047】
これらを合わせると,本発明にしたがう新規PDFがHSP発現および細胞の結果に及ぼす調和した影響は,PDにおけるHSP媒介性細胞保護の概念を明確に支持する。特に,インビトロおよびインビボPDF暴露の際の病態生理学的ストレスに対する中皮細胞応答の最適化における,PDFへの添加剤としてのL−グルタミンの高い潜在能力が明らかになった。PDFにグルタミンを添加したときのこのようなHSP媒介性細胞保護は,急性PDF暴露後の中皮細胞剥離の低下および腹膜蛋白質喪失の低下と関連しているため,これはおそらく生物学的に重要であろう。慢性腎不全を有する患者ではグルタミン代謝の乱れが生じているため,グルタミン,およびグルタミンを遊離型で放出しうるジペプチドは,PDFへの"細胞保護添加剤"として非常に魅力的な候補である(15)。
【0048】
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【特許請求の範囲】
【請求項1】
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物,
からなる群より選択される化合物を含む,炭水化物系腹膜透析液。
【請求項2】
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物,
からなる群より選択される化合物であって,
炭水化物系腹膜透析液を用いる腹膜透析治療における技術的障害を抑制する特定の用途のための化合物。
【請求項3】
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニンおよびアラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,
および
−これらの混合物,
からなる群より選択される化合物を含む炭水化物系腹膜透析液であって,
技術的障害を抑制する特定の用途のための炭水化物系腹膜透析液。
【請求項4】
前記オリゴペプチドは,アラニル−グルタミンおよびグルタミニル−アラニンからなる群より選択される,請求項1−3のいずれかに記載の腹膜透析液および/または化合物。
【請求項5】
液体中の前記化合物の濃度は0.3mMから300mM,好ましくは2mMから25mMである,請求項1−4のいずれかに記載の腹膜透析液および/または化合物。
【請求項6】
前記透析液はグルコース系である,請求項1−5のいずれかに記載の腹膜透析液および/または化合物。
【請求項7】
−グルタミン,好ましくはL−グルタミン,
−グルタミン,好ましくはL−グルタミンを遊離形で放出しうるジペプチドであって,好ましくはグルタミニル−グリシン,グリシニル−グルタミン,グルタミニル−アラニン,アラニル−グルタミンからなる群より選択されるジペプチド,
−2から7個のグルタミン,好ましくはL−グルタミン残基から構成されるオリゴペプチド,および
−これらの混合物,
からなる群より選択される化合物の,技術的障害を抑制するための炭水化物系腹膜透析液の製造における使用。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2010−520155(P2010−520155A)
【公表日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−551077(P2009−551077)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【国際出願番号】PCT/AT2008/000072
【国際公開番号】WO2008/106702
【国際公開日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(509242015)シュトプロテック ゲーエムベーハー (1)
【Fターム(参考)】