説明

ケイ素吸収に関与する遺伝子、およびその利用

【課題】 これまでに同定されていないケイ素吸収に関与する遺伝子を同定し、その遺伝子の利用方法を提供する。
【解決手段】 ケイ素吸収活性を有するイネ変異体(lsi1変異体)から、ポジショナルクローニングによりケイ素吸収に関与する遺伝子を同定し、新規遺伝子として単離した。ケイ素吸収を促進する遺伝子を導入した形質転換体は、生育を阻害するストレスに対して抵抗性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の生育および硬さを調節するケイ素の吸収に関与する遺伝子およびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
イネやコムギなどの単子葉植物は、ケイ素(Si)を多量に吸収する代表的な植物である。ケイ素は、植物の必須元素ではないものの、ケイ素の蓄積量の違いによって、植物の性質は、大きく異なる。
【0003】
例えば、ケイ素は、植物の生育に関与しており、ケイ素の蓄積量が多くなると、
(a)病害および虫害に対する抵抗性(例えば、イネのいもち病、紋枯病、および、ごま葉枯病に対する抵抗性)
(b)耐塩性および耐乾性の向上
(c)ミネラルストレスに対する耐性(例えば、アルミニウム、および、マンガンなどの無機物による毒性の軽減、または、植物体内でのリン酸の有効利用度の向上など)
等の性質を、植物に与える。
【0004】
とりわけ、ケイ素の蓄積量の増加によって、病害や虫害に対する抵抗性が強化されることは、植物の生育が促進される大きな原因となっている。
【0005】
従って、ケイ素の蓄積量を増加させることは、植物の健全的な生育、および、安定した収量の確保のために、有効であるといえる。また、ケイ素蓄積量の増加は、生物的ストレス、および、非生物的ストレスなどの種々のストレスの軽減にも、有効であるといえる。
【0006】
なお、このような複合的なストレスに対する耐性は、葉、茎、または果実の表面などの組織に、大量に蓄積したケイ素によって、発揮されるとされている。
【0007】
また、ケイ素は、植物の硬さ(粘性)にも関与しており、ケイ素の蓄積量が少なくなると、植物は、やわらかくなる。例えば、やわらかいイネは、ケイ素の蓄積量が低い。これは、細胞のケイ素蓄積量が増加するとポリマー(シリカ)が形成され、このポリマーが、細胞を硬くするためである。
【0008】
従って、ケイ素の蓄積量を減少させることは、植物の硬さを変える(やわらかくする)ために、有効であるといえる。
【0009】
このように、植物のケイ素吸収を促進してケイ素の含有量を高くすれば、複合的なストレスに対する耐性を、植物に付与し、植物の生育を促進することができる。一方、植物のケイ素吸収を抑制してケイ素の含有量を低くすれば、硬い植物をやわらかくすることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、ケイ素吸収に関与する遺伝子は、未だ同定されておらず、植物のケイ素吸収メカニズムは、解明されていない。
【0011】
本発明の目的は、これまでに同定されていないケイ素吸収に関与する遺伝子を同定し、その遺伝子の利用方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、これまでに取得されていなかったケイ素吸収に関与する遺伝子について鋭意に検討した。その結果、野生型に比べてケイ素吸収能が低い突然変異体(lsi1変異体)と、カサラス(Kasalath)との交配によって得られたF2集団個体を用いたマップベースクローニングによって、当該遺伝子を同定し、その配列を特定することに成功して、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明にかかるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収に関与するポリヌクレオチドであって、
下記の(a)〜(d)のいずれかのポリヌクレオチド:
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c)配列番号3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(d)以下の(iii)もしくは(iv)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(iii)配列番号3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(iv)配列番号3に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドからなることを特徴としている。
【0014】
ここで、本発明において、「ケイ素吸収」とは、ケイ素およびケイ素を含む化合物(ケイ酸など)を吸収することを示すものとする。例えば、植物は、通常、ケイ酸としてケイ素を吸収する。また、「ケイ素吸収に関与」とは、このようなケイ素吸収の抑制または促進に関与することを示すものとする。
【0015】
従って、「ケイ素吸収に関与するポリヌクレオチド」は、ケイ素吸収を促進するポリペプチド、または、ケイ素吸収を抑制ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを示すこととなる。
【0016】
上記のポリヌクレオチドによれば、ケイ素吸収に関与するポリペプチドを翻訳産物として得ることができる。
【0017】
すなわち、上記(a)または(b)のポリヌクレオチドによれば、ケイ素吸収を抑制するポリペプチドを翻訳産物として得ることができる。一方、上記(c)または(d)のポリヌクレオチドによれば、ケイ素吸収を促進するポリペプチドを翻訳産物として得ることができる。
【0018】
本発明にかかるポリペプチドは、ケイ素吸収に関与するポリペプチドであって、
下記の(a)〜(d)のいずれかのポリペプチド:
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列;
(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列;または
(d)配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドからなることを特徴としている。
【0019】
上記のポリペプチドによれば、ケイ素吸収を抑制または促進することができる。
【0020】
すなわち、上記(a)または(b)のポリペプチドによれば、ケイ素吸収を抑制することができる。一方、上記(c)または(d)のポリペプチドによれば、ケイ素吸収を促進することができる。
【0021】
このような、ケイ素吸収に関与するポリペプチドは、例えば、イネでは、第2染色体の第3エクソンにコードされるアミノ酸を含む領域に存在する。イネは、ケイ素吸収能が高い。すなわち、イネは、ケイ素吸収を促進するポリペプチド(ポリヌクレオチド)を有している。しかし、この領域にコードされる疎水性アミノ酸が、親水性アミノ酸に置換されているポリペプチドは、ケイ素吸収を抑制する。例えば、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、132番目のアミノ酸が、アラニンからスレオニンへ置換されているポリペプチド等は、ケイ素吸収を抑制する。なお、配列番号4に示されるポリペプチドは、イネのケイ素吸収に関与する(ケイ素吸収を促進する)ポリペプチドのアミノ酸配列である。
【0022】
また、本発明にかかるポリヌクレオチドは、上記いずれかのポリペプチドをコードするものであってもよい。上記のポリヌクレオチドによれば、ケイ素吸収に関与するポリペプチドを、翻訳産物として得ることができる。なお、このポリヌクレオチドとしては、例えば、前述した、上記(a)〜(d)のポリヌクレオチド等が挙げられる。
【0023】
本発明にかかる形質転換体選抜用マーカー遺伝子は、上記の何れかのポリヌクレオチドからなるものである。
【0024】
本発明にかかるポリヌクレオチドは、それが発現している細胞(特に植物細胞)に、ケイ素吸収を抑制または促進する機能を付与することができる。
【0025】
すなわち、ケイ素吸収を抑制することによって、その細胞のケイ素蓄積量を、減少させることができる。これにより、ケイ素吸収を抑制するポリペプチドが発現している細胞は、やわらかくなる。そのため、ケイ素吸収を抑制するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドからなるマーカー遺伝子は、ケイ素吸収を抑制するポリペプチドを発現している形質転換細胞を選抜するためのマーカー遺伝子として利用することができる。
【0026】
また、ケイ素吸収を促進することによって、その細胞のケイ素蓄積量を、増加させることができる。これにより、ケイ素吸収を促進するポリペプチドが発現している細胞は、病害および虫害などの種々のストレスに対する耐性が向上する。そのため、ケイ素吸収を促進するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドからなるマーカー遺伝子は、ケイ素吸収を促進するポリペプチドを発現している形質転換細胞を選抜するためのマーカー遺伝子として利用することができる。
【0027】
また、これらのマーカー遺伝子は、ケイ素吸収活性が強い品種、または、ケイ素吸収活性が弱い品種を選抜するためにも、利用することができる。
【0028】
本発明にかかる組換え発現ベクターは、上記の何れかのポリヌクレオチドを含むものである。上記の組換え発現ベクターは、本発明にかかるポリヌクレオチドを細胞に導入するための組換え発現ベクターとして利用できるだけでなく、本発明にかかるポリヌクレオチドを選抜用マーカーとして用いた場合には、他の遺伝子を細胞に導入するための組換え発現ベクターとしても利用できる。
【0029】
本発明にかかる形質転換体は、上記のポリヌクレオチドまたは上記の組換え発現ベクターが導入されており、かつ、ケイ素吸収に関与するポリペプチドを発現しているものである。ここで、上記ポリヌクレオチドは、ケイ素吸収に関与するポリヌクレオチドであるため、上記形質転換体は、植物(形質転換植物)であることが好ましい。
【0030】
この形質転換体は、上記ポリヌクレオチドまたは組換え発現ベクターが、ケイ素吸収に関与するポリペプチドの発現を促進させるプロモーターとともに導入されている。このため、ケイ素吸収を抑制または促進するポリペプチドを発現させることによって、この形質転換体のケイ素の蓄積量を、減少または増加させることができる。
【0031】
家畜は、硬い飼料を食べずに残す傾向にあるため、硬い植物を飼料に適用することは好ましくない。ケイ素吸収が抑制された形質転換体は、ケイ素蓄積量の減少により、やわらかくなる。従って、ケイ素吸が抑制された形質転換体は、家畜飼料として好適に利用することができる。
【0032】
また、ケイ素吸収が促進された形質転換体は、ケイ素の蓄積量の増加により、病害や虫害に対する抵抗性、耐塩性および耐乾性、およびミネラルストレスに対する耐性が向上する。このため、形質転換植物の生育を、促進させることができる。
【0033】
さらに、ケイ素吸収が促進された形質転換植物は、病害や虫害に対する抵抗性が向上しているため、農薬および化学肥料を極力使用せずに、形質転換植物を栽培することができる。従って、有機栽培および無農薬栽培などが可能となり、より安全性の高い形質転換植物を、食料として提供することができる。
【0034】
本発明にかかる食品は、上記形質転換体を含むものである。すなわち、この食品は、ケイ素吸収が抑制または促進された形質転換体を含むものである。
【0035】
ケイ素吸収が抑制された形質転換体は、やわらかいため、その形質転換体を含む食品は、特に、家畜飼料として好適に利用することができる。
【0036】
一方、ケイ素吸収が促進された形質転換体は、農薬および化学肥料を極力使用せずに栽培できる。このため、その形質転換体を含む食品は、より安全性の高い食料として提供することができる。
【0037】
本発明にかかる形質転換キットは、少なくとも上記のポリヌクレオチド、あるいは、上記の組換え発現ベクターのいずれかを含むことを特徴とするものである。上記の形質転換キットを用いれば、本発明にかかるポリペプチドを発現する形質転換体を簡便かつ効率的に得ることができる。
【発明の効果】
【0038】
本発明にかかるポリヌクレオチドによれば、ケイ素吸収に関与するポリペプチドを産生することによって、ケイ素吸収を抑制または促進させることができる。そして、本発明のポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを含む組換え発現ベクターがポリペプチドの発現を促進させるプロモーターとともに導入された本発明の形質転換体では、ケイ素吸収が抑制または促進され、その蓄積量を減少または増加させることができる。
【0039】
ケイ素蓄積量の減少は、硬い植物をやわらかくする。このため、ケイ素吸収を抑制した形質転換植物は、家畜飼料に利用することができる。これに対し、ケイ素蓄積量の増加は、病害および虫害などの種々のストレスに対する耐性(抵抗性)を付与し、生育を促進させる。このため、ケイ素吸収を促進した形質転換植物を利用すれば、農薬および化学肥料を極力使用せずに、より安全性の高い形質転換植物を栽培することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
本発明の実施の形態について説明すれば、以下の通りである。なお、本発明は、これに限定されるものではない。なお、配列番号1は、変異型イネのLsi1遺伝子(cDNA)の塩基配列である。配列番号2は、配列番号1の変異型イネのLsi1遺伝子にコードされるアミノ酸配列である。配列番号3は、野生型イネ(オオチカラ)のLsi1遺伝子(cDNA)の塩基配列である。配列番号4は、配列番号3の野生型イネ(オオチカラ)のLsi1遺伝子にコードされるアミノ酸配列である。配列番号5は、野生型イネ(日本晴)のLsi1遺伝子のゲノム配列である。
【0041】
(1)本発明にかかるポリヌクレオチド
本発明にかかるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収に関与するポリペプチドをコードするものである。
【0042】
ここで、上記「ポリヌクレオチド」は、「核酸」または「核酸分子」とも換言でき、ヌクレオチドの重合体が意図されている。また、「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」とも換言でき、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。また、「配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド」とは、配列番号1の各デオキシヌクレオチドA、G、Cおよび/またはTによって示される配列からなるポリヌクレオチドを示している。
【0043】
本発明にかかるポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)であっても、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であってもよい。
【0044】
本発明にかかるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収に関与するポリヌクレオチドであって、下記の(a)〜(d)のいずれかのポリヌクレオチドである。
【0045】
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c)配列番号3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(d)以下の(iii)もしくは(iv)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(iii)配列番号3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(iv)配列番号3に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0046】
上記(a)または(b)のポリヌクレオチドは、ケイ素吸収を抑制するポリヌクレオチドである。上記(c)または(d)のポリヌクレオチドは、ケイ素吸収を促進するポリヌクレオチドである。
【0047】
上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味し、例えば、60℃で2×SSC 洗浄条件下で結合することを意味する。上記ハイブリダイゼーションは、「Molecular Cloning (Third Edition)」 (J. Sambrook & D. W. Russell, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001) に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる。
【0048】
上記のポリヌクレオチドのうち、配列番号1および3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、植物界において初めて同定された、ケイ素吸収に関与する遺伝子である。
【0049】
配列番号1のポリヌクレオチドは、イネの変異体(lsi1変異体)由来の変異型Lsi1遺伝子の塩基配列(cDNA配列)である。lsi1変異体は、野生型のイネに比べてケイ素吸収能が低い突然変異体である。また、lsi変異体は、ケイ素蓄積量が少ないため、野生型に比べて、やわらかい。このように、配列番号1は、ケイ素吸収能が低いlsi1変異体由来のケイ素吸収を抑制するポリヌクレオチド(変異型Lsi1遺伝子)である。
【0050】
配列番号3のポリヌクレオチドは、野生型イネにおいて発現している、野生型イネ(オオチカラ)由来のLsi1遺伝子の塩基配列(cDNA)である。イネは、ケイ素を多量に吸収する代表的な植物である。イネは、ケイ素蓄積量が多いため、病害や虫害に対する抵抗性、耐塩性および耐乾性、およびミネラルストレスに対する耐性を有している。このように、配列番号3は、ケイ素吸収能が高い野生型イネ由来のケイ素吸収を促進するポリヌクレオチド(野生型Lsi1遺伝子)である。
【0051】
また、本発明にかかるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収に関与するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであって、以下の(a)〜(d)のいずれかのポリペプチドをコードするポリヌクレオチドである。
【0052】
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列;
(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列;または
(d)配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列。
【0053】
上記「1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により欠失、置換、もしくは付加ができる程度の数(例えば20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下、特に好ましくは3個以下)のアミノ酸が置換、欠失、もしくは付加されることを意味する。このような変異ポリペプチドは、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在する同様の変異ポリペプチドを単離精製したものであってもよい。
【0054】
本発明者は、後述する実施例に示すように、本発明にかかるポリヌクレオチドの1つであるイネのケイ素吸収に関与するポリヌクレオチドが、イネの第2染色体に存在することを明らかにした。さらに、第2染色体のうち、特に、第3エクソン領域が、ケイ素吸収に大きく関与することも明らかにした。すなわち、この第3エクソン領域の変異によって、ケイ素吸収活性が、大きく変化する。
【0055】
このような変異としては、例えば、イネの第2染色体における第3エクソンにコードされる疎水性アミノ酸が、親水性アミノ酸に置換されていること、例えば、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、132番目のアミノ酸が、アラニンからスレオニンに置換されていること、などが挙げられる。なお、配列番号2に示すポリペプチドは、本願発明者が見出した、変異型Lsi1遺伝子にコードされるケイ素吸収を抑制するポリペプチドである。配列番号4に示すポリペプチドは、野生型Lsi1遺伝子にコードされるケイ素吸収を促進するポリペプチドである。
【0056】
このようなアミノ酸の変異は、本発明にかかるポリヌクレオチドの変異(欠失、置換、もしくは付加)によって生じる。例えば、本発明にかかるポリヌクレオチドの1つは、野生型イネのケイ素吸収に関与するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが、一塩基置換(SNP)されたものと表現することもできる。例えば、配列番号3に示されるポリヌクレオチドは、データベース上に公開されている(DDBJ Accession No.AK069842)日本晴(野生型)のcDNAクローンの塩基配列と一致している。そして、配列番号1に示されるポリヌクレオチドは、配列番号3に示される遺伝子の塩基配列において、510番目の塩基が、G(グアニン)からA(アデニン)へ、一塩基置換されたものである(図2も参照)。この一塩基置換により、配列番号2に示されるポリペプチド(配列番号1の塩基配列の翻訳産物)は、132番目のアミノ酸が、配列番号4(配列番号3の塩基配列の翻訳産物)のアラニンから、スレオニンに変異する。
【0057】
なお、配列番号5は、イネ(野生型)の第2染色体のゲノム配列の一部である。また、図2は、配列番号5に示すLsi1遺伝子のゲノム上の構造および塩基置換部位を示す模式図である。配列番号5の配列は、イネゲノム配列の101780番目〜105388番目のゲノム配列に対応する。イネの第2染色体の第3エクソンは、イネゲノム配列の104018番目〜104212番目の塩基、すなわち、配列番号5の2240番目〜2435番目の塩基に相当する。なお、配列番号5において、第1エクソンは117番目〜268番目の塩基、第2エクソンは411番目〜635番目の塩基、第4エクソンは2540番目〜2555番目の塩基、および第5エクソンは2950番目〜3213番目の塩基に、それぞれ相当する。なお、後述する第3エクソンにおける1塩基置換は、配列番号3における2257番目の塩基に生じている。
【0058】
本発明にかかるポリヌクレオチドは、上記ポリヌクレオチドのフラグメントであるオリゴヌクレオチドであってもよい。
【0059】
本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖(コード鎖)およびアンチセンス鎖(非コード鎖)といった各1本鎖DNAやRNA(例えば、mRNA)を包含する。また、DNAには例えばクローニングや化学合成技術またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。本発明にかかるポリヌクレオチドの一例である、配列番号1に示す塩基配列は、配列番号2に示すポリペプチドのcDNA配列の塩基配列である。
【0060】
さらに、本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0061】
本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、アンチセンスRNAメカニズムによる遺伝子発現操作のためのツールとして使用することができる。アンチセンスRNA技術は、標的遺伝子に対して相補的なRNA転写体を生成するキメラ遺伝子の導入を基本原理とする。その結果として得られる表現型は、内因性遺伝子に由来する遺伝子産物の減少である。つまり、本発明にかかるオリゴヌクレオチドであるアンチセンスRANを導入することによって、ケイ素吸収を調節することができる。
【0062】
例えば、ケイ素吸収を促進するポリヌクレオチドのアンチセンスRNA断片を導入することにより、ケイ素吸収の機能が低下し、植物中のケイ素の含量を低下させることができる。これにより、例えば、ケイ素含量を低くした飼料イネを作製することができる。飼料イネは、やわらかいため、家畜飼料に好適に利用できる。
【0063】
本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドを取得する方法として、公知の技術により、本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドを含むDNA断片を単離し、クローニングする方法が挙げられる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドの塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、本発明にかかるポリヌクレオチドの塩基配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列および/または長さのものを用いてもよい。
【0064】
また、本発明にかかるポリヌクレオチドを取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドのcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明にかかるポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。また、例えば、公知の日本晴の配列情報に基づいて、Lsi1遺伝子領域を増幅できるようなプライマーを設計し、そのプライマーを用いて、ゲノムDNA(またはcDNA)またはRT−PCR産物を鋳型にして、Lsi1遺伝子領域を増幅することによっても、本発明にかかるポリヌクレオチドを取得することができる。
【0065】
本発明にかかるポリヌクレオチドを取得するための供給源としては、特に限定されないが、イネ科植物であることが好ましい。後述する実施例においては、イネの変異体(lsi1変異体)から本発明にかかるポリヌクレオチドの一つである変異型のLsi1遺伝子を取得しているが、これに限定されるものではない。
【0066】
なお、本発明にかかるポリヌクレオチドは、これまでに明らかにされてこなかった、植物によるケイ素の吸収メカニズムの解明に利用することができる。
【0067】
(2)本発明にかかるポリペプチド
本発明にかかるポリペプチドは、上記(1)に記載したポリヌクレオチドの翻訳産物であり、少なくともケイ素吸収に関与するものである。
【0068】
ここで、上記「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」とも換言できる。また、ポリペプチドの「フラグメント」は、当該ポリペプチドの部分断片を示している。
【0069】
本発明にかかるポリペプチドは、天然供給源より単離されても、化学合成されてもよい。ここで、「単離された」ポリペプチドまたはタンパク質は、その天然の環境から取り出されたポリペプチドまたはタンパク質を示す。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生されたポリペプチドおよびタンパク質は、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドおよびタンパク質と同様に、単離されたものとする。
【0070】
本発明にかかるポリペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物を含む。組換え産生手順において用いられる宿主によっては、本発明にかかるポリペプチドは、グリコシル化など、糖鎖修飾される場合もある。本発明にかかるポリペプチドには、このような修飾されたポリペプチドも含まれる。
【0071】
本発明にかかるポリペプチドとしては、例えば、少なくともケイ素吸収に関与するポリペプチドであって、以下の(a)〜(d)のいずれかのポリペプチドである。
【0072】
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列、からなるポリペプチドである。
【0073】
(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列;または
(d)配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【0074】
上記(a)または(b)のポリペプチドは、ケイ素吸収を抑制するポリペプチドである。一方、上記(c)または(d)のポリペプチドは、ケイ素吸収を促進するポリペプチドである。
【0075】
なお、上記ポリペプチドは、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含むものであってもよい。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0076】
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドの翻訳産物である。また、このポリペプチドは、配列番号4に示されるアミノ酸配列(野生型LSI1タンパク質)において、132番目のアミノ酸が、アラニンからスレオニンに置換されているポリペプチド(変異型LSI1タンパク質)である。
【0077】
(3)形質転換用マーカー遺伝子
本発明にかかるポリヌクレオチドは、形質転換用マーカー遺伝子として利用することができる。すなわち、本発明にかかる形質転換体選抜用マーカー遺伝子は、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチドからなるものであればよい。本発明にかかるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収を抑制または促進する。このため、本発明にかかるポリヌクレオチドを導入された細胞は、ケイ素蓄積量が減少または増加する。従って、ケイ素の蓄積量(ケイ素吸収量)を測定することにより、当該ポリヌクレオチドが導入された細胞を選抜することができる。つまり、ケイ素吸収が促進された細胞と、ケイ素吸収が抑制された細胞とを、それぞれ選抜することができる。
【0078】
また、ケイ素吸収を促進させた細胞は、ケイ素を多く含む。ゲルマニウム(Ge)は、ケイ素と同族元素であるため、植物は、ゲルマニウムとケイ素とを区別せずに吸収する。しかし、ゲルマニウムは、ケイ素とは異なり、毒性の強い元素である。このため、ケイ素吸収が促進された細胞は、ゲルマニウム培地では生きられない。これに対して、ケイ素吸収が抑制された細胞は、ゲルマニウム培地でも生きられる。従って、ゲルマニウムを培地に添加することにより、ケイ素吸収が抑制された細胞のみを選抜することが可能となる。
【0079】
具体的には、本発明にかかるポリヌクレオチドを形質転換用マーカー遺伝子として利用するには、例えば、当該ポリヌクレオチドを組み込んだ発現ベクターを構築し、当該発現ベクターを目的の細胞に導入する。当該発現ベクターが導入され、ケイ素吸収を抑制するポリペプチドが発現している細胞のケイ素蓄積量は減少する。これに対し、ケイ素吸収を促進するポリペプチドが発現している細胞のケイ素蓄積量は増加する。従って、ケイ素存在下で培養して、発現ベクターの導入前後のケイ素蓄積量を測定することによって、ケイ素吸収に関与しているポリヌクレオチドが発現している細胞を選抜することができる。また、例えば、ケイ素吸収活性が強い品種、または、ケイ素吸収活性が弱い品種を選抜することもできる。
【0080】
上述の例では、本発明にかかるポリヌクレオチドを形質転換細胞に発現させる遺伝子とマーカー遺伝子との両方の目的で用いているが、本発明にかかるポリヌクレオチドをマーカー遺伝子としてのみ用いることも可能である。また、例えば、植物のカルス細胞に特異的な転写プロモーターを使用することにより、本発明にかかるポリヌクレオチドの選択マーカーとしての発現時期の制御も可能である。この場合は、さらに目的の細胞内で発現させたいタンパク質をコードする遺伝子を挿入した発現ベクターを構築し、当該発現ベクターを用いて形質転換すればよい。また、本発明にかかるポリヌクレオチドを組み込んだ発現ベクターを構築せずに、本発明にかかるポリヌクレオチドを単独で目的の細胞に導入することも可能である。
【0081】
なお、本発明には、上記本発明にかかるマーカー遺伝子または以下に説明する組換え発現ベクターを細胞に導入することにより、生育を阻害するストレス(例えば、病害および虫害、耐塩性および耐乾性、および、ミネラルストレスなど)に対する耐性を細胞に付与し、生育が促進された細胞を選抜する形質転換細胞の選抜方法も含まれる。
【0082】
また、前述のように、配列番号1に示されるポリヌクレオチドは、配列番号3に示される遺伝子の塩基配列において、510番目の塩基が、G(グアニン)からA(アデニン)へ、一塩基置換さされたものである。このため、510番目の塩基を含むポリヌクレオチドは、本発明にかかるマーカー遺伝子として利用することができる。
【0083】
例えば、配列番号1に示されるポリヌクレオチドにおいて、510番目の塩基を含む20〜100個の連続した塩基からなるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収を抑制する細胞を選抜するために利用することができる。
【0084】
一方、配列番号3に示されるポリヌクレオチドにおいて、510番目の塩基を含む20〜100個の連続した塩基からなるポリヌクレオチドは、ケイ素吸収を促進する細胞を選抜するために利用することができる。
【0085】
すなわち、これらのポリヌクレオチドは、ケイ素吸収に関与する細胞を選抜するためのマーカー遺伝子として利用することができる。
【0086】
(4)本発明にかかる組換え発現ベクターおよび形質転換キット
本発明にかかる組換え発現ベクターは、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチドを含むものであれば、特に限定されるものではない。例えば、配列番号1または3に示すcDNAが挿入された組換え発現ベクターが挙げられる。組換え発現ベクターの作製には、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いることができるが特に限定されるものではない。また、作製方法も公知の方法を用いて行えばよい。
【0087】
ベクターの具体的な種類は特に限定されるものではなく、ホスト細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。すなわち、ホスト細胞の種類に応じて、確実に遺伝子を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明にかかるポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだものを発現ベクターとして用いればよい。
【0088】
本組換え発現ベクターは、本発明にかかるポリペプチドを発現させるために用いることができることはいうまでもないが、本発明にかかるポリヌクレオチドをマーカー遺伝子として利用し、他の遺伝子を組み込んで当該他の遺伝子がコードするタンパク質を発現させるための組換え発現ベクターとしても利用できる。
【0089】
本発明にかかるポリヌクレオチドがホスト細胞に導入されたか否か、さらにはホスト細胞中で確実に発現しているか否かを確認するために、各種マーカーを用いてもよい。例えば、ハイグロマイシンのような抗生物質に抵抗性を与える薬剤耐性遺伝子をマーカーとして用い、このマーカーと本発明にかかるポリヌクレオチドとを含むプラスミド等を発現ベクターとしてホスト細胞に導入する。これによってマーカー遺伝子の発現から本発明の遺伝子の導入を確認することができる。
【0090】
上記ホスト細胞は、ケイ素吸収能を有する細胞、生物であれば、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、イネ,きゅうり,アブラナ,またはトマト等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。ホスト細胞は、植物細胞であることが好ましい。
【0091】
上記発現ベクターをホスト細胞に導入する方法、すなわち形質転換方法も特に限定されるものではなく、アグロバクテリウム感染法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、リン酸カルシウム法、プロトプラスト法、酢酸リチウム法、およびパーティクルガン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0092】
本発明にかかる形質転換キットは、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチド、または、本発明にかかる組換え発現ベクターの少なくともいずれかを含むものであればよい。その他の具体的な構成については特に限定されるものではなく、必要な試薬や器具等を適宜選択してキットの構成とすればよい。当該形質転換キットを用いることにより、簡便かつ効率的に形質転換細胞を得ることができる。
【0093】
(5)本発明にかかる形質転換体
本発明にかかる形質転換体は、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチド、または、上記(4)に記載の組換え発現ベクターが導入されており、かつ、ケイ素吸収活性を有するポリペプチドが発現している形質転換体であれば、特に限定されるものではない。ここで「形質転換体」とは、細胞・組織・器官のみならず、生物個体を含む意味である。
【0094】
また、ここで、「ポリヌクレオチドが導入された」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味するが、本発明では、これに加えてゲノム中に含まれる本発明のポリヌクレオチドが生体内で発現している場合も含むものとする。このゲノム中に含まれる本発明のポリヌクレオチドが生体内で発現している例としては、上述のlsi1変異体が挙げられる。
【0095】
形質転換体の作製方法(生産方法)は特に限定されるものではないが、例えば、上述した組換え発現ベクターをホスト細胞に導入して形質転換する方法を挙げることができる。また、ケイ素吸収能を有する細胞、生物であれば、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、上記(4)においてホスト細胞として例示した植物細胞等を挙げることができる。
【0096】
本発明にかかる形質転換体は、植物細胞または植物体であることが好ましい。このような形質転換植物は、細胞内または植物体内において、ケイ素の含有量(蓄積量)を減少または増加することができる。そして、上記ポリヌクレオチドまたは組み換え発現ベクターが、ポリペプチドの発現を促進させるプロモーターとともに導入された上記形質転換体では、ケイ素の吸収が抑制または促進され、ケイ素の蓄積量を減少または増加させることができる。
【0097】
本発明の形質転換植物は、本発明にかかるポリヌクレオチドを導入されているため、ケイ素吸収が、抑制または促進されている。
【0098】
ケイ素吸収が抑制された形質転換体(特に形質転換植物)は、ケイ素蓄積量の減少により、やわらかくなる。従って、ケイ素吸が抑制された形質転換体は、家畜飼料として好適に利用することができる。
【0099】
一方、ケイ素吸収が促進された形質転換体(特に形質転換植物)は、ケイ素蓄積量の増加により、病害や虫害に対する抵抗性、耐塩性および耐乾性、およびミネラルストレスに対する耐性が向上する。このため、形質転換植物の生育を、促進させることができる。
【0100】
さらに、ケイ素吸収が促進された形質転換植物は、病害や虫害に対する抵抗性が向上しているため、農薬および化学肥料を極力使用せずに、形質転換植物を栽培することができる。従って、有機栽培および無農薬栽培などが可能となり、より安全性の高い形質転換植物を、食料として提供することができる。
【0101】
なお、植物体の形質転換に用いられる組換え発現ベクターは、当該植物細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば、特に限定されるものではない。特に、植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウムを用いる方法である場合には、pBI系等のバイナリーベクターを用いることが好ましい。バイナリーベクターとしては、具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等を挙げることができる。また、植物体内で遺伝子を発現させることが可能なプロモーターを有するベクターであることが好ましい。プロモーターとしては公知のプロモーターを好適に用いることができ、具体的には、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、ユビキチンプロモーターやアクチンプロモーターを挙げることができる。なお、植物細胞には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
【0102】
植物細胞への組み換え発現ベクターの導入には、アグロバクテリウム感染法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、リン酸カルシウム法、プロトプラスト法、酢酸リチウム法、およびパーティクルガン法等、従来公知の方法を用いることができる。また、形質転換細胞から植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて公知の方法で行うことが可能である。
【0103】
ゲノム内に本発明にかかるポリヌクレオチドが導入された形質転換植物体がいったん得られれば、当該植物体から得られる種子にも当該ポリヌクレオチドが導入されている。本発明には、形質転換植物から得られる種子も含まれる。
【0104】
(6)本発明にかかる食品
本発明の食品は、本発明にかかる形質転換体を含むものである。すなわち、この食品は、ケイ素吸収が抑制または促進された形質転換体を含むものである。
【0105】
家畜は、硬い飼料を食べずに残す傾向にあるため、硬い植物を飼料に適用することは好ましくない。ケイ素吸収が抑制された形質転換体は、やわらかいため、その形質転換体を含む食品は、特に、家畜飼料として好適に利用することができる。
【0106】
一方、ケイ素吸収が促進された形質転換体は、農薬および化学肥料を極力使用せずに栽培できる。このため、その形質転換体を含む食品は、より安全性の高い食料として提供することができる。
【0107】
このように、この食品には、ヒトが摂取するものはもちろん、家畜に与える飼料なども含まれる。
【0108】
近年、食の安全性に関心が寄せられており、より安全性の高い食品が、望まれている。このため、農薬を全くまたは極力使用せずに栽培する有機栽培および無農薬(減農薬)栽培によって生産された農産物が、注目されている。
【0109】
コメは、日本ばかりではなく、世界各地で主食とされている消費量の多い植物である。また、果物や野菜も、生産量および消費量が多い。このため、これらの農作物は、特に安全性が重要視される。
【0110】
従って、ケイ素吸収が促進された形質転換体を含む食品は、コメ、野菜、および果物のような農産物であることが好ましい。これにより、安全性が高く、有用な米(イネ)、野菜、および果物の栽培を実現できる。
【0111】
なお、lsi1変異体は、形質転換体ではなく、体細胞変異体であるため、lsi変異体を、そのまま栽培に利用することができる。また、lsi変異体は、直接従来の交雑育種に利用することもできる。
【0112】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0113】
〔実施例1〕
本実施例では、大規模分離集団を用いたマップベースクローニングにより、ケイ素吸収に関与する遺伝子(Lsi1遺伝子)領域の詳細な連鎖解析を行った。
【0114】
(a)連鎖解析用の集団の作製
イネ変異体(lsi1変異体)のLsi1遺伝子をマッピングするための集団を作製した。
【0115】
すなわち、まず、lsi1突然変異系統と、インド型品種カサラス(Kasalath)との交配からF1個体を得た。そして、このF1集団を、自殖させF2集団(105個体)を得た。
【0116】
次に、このF2集団個体を、EST-PCRマーカー、および、SSRマーカー(いわゆるマイクロサテライトマーカー)により解析し、Lsi1遺伝子をマッピングした。その結果、図1に示すように、Lsi1遺伝子は、第2染色体に座乗していることが明らかとなった。また、Lsi1遺伝子のフランキング(flanking)マーカーは、RM5303とE60168であった。
【0117】
なお、マーカーE60168は、農業資源生物資源研究所RGP(Rice Genome Reasearch Program; HYPERLINK "http://rgp.dna.affrc.go.jp/publicdata/caps/index.html" http://rgp.dna.affrc.go.jp/publicdata/caps/index.htmlに開示されている。また、マーカーRM5303は、GRAMENEホームページ( HYPERLINK "http://dev.gramene.org/microsat/ssr.html" http://dev.gramene.org/microsat/ssr.html)に開示されている。
【0118】
なお、イネゲノムプロジェクトで公開されている分子マーカーのマップは、「日本晴」と「カサラス」の交雑集団が用いられている。これらは、日本型イネとインド型イネという異なる生態型イネの交雑であるため、日本型イネ同士の交雑による集団よりも多型検出(塩基配列の違いを反映しているので、これを検出することでゲノムの特定部分がどちらの親から由来するか判定できる)が容易である。また、カサラスのゲノムシーケンスの一部はイネゲノムプロジェクトで公開されており、新たな分子マーカーを容易に作成することができる。以上のことから、カサラスを本実施例におけるマップ集団作成の花粉親に用いた。
【0119】
(b)Lsi1遺伝子のマップベースクローニング
精度の高いLsi1遺伝子領域の遺伝地図を作成するために、さらに、F2集団個体(5000個体)を用いて、連鎖解析を行った。この解析では、SSRマーカーおよびCAPS (Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)マーカーを用いた。そして、F2集団の各個体について、ケイ素の吸収量を測定し、ケイ素を吸収しない劣勢ホモ個体(計807個体)を選択した。その後、Lsi1遺伝子の両側に存在する、SSRマーカー(RM5303)、および、PCR−basedマーカー(E60168)を利用して、Lsi1遺伝子近傍の染色体組み換え個体を選抜した。その結果、170個体の組み換え個体が選抜できた。
【0120】
(c)Lsi1遺伝子の絞込み
次に、(b)で選抜した組み換え個体を用いて、以下のマーカーによる詳細な連鎖地図を作成した。
【0121】
すなわち、Lsi1遺伝子座近傍に存在するマーカーRM5303およびマーカーE60618間の塩基配列を利用して、新規のPCR多型マーカーおよびCAPSマーカーを作成した。そして、これらのマーカーを用いて、(b)で選抜した組み換え個体を選抜して、Lsi1遺伝子の候補領域を絞り込んだ。その結果、Lsi1遺伝子は、マーカーAP5297-8U(5'-CCCATTGATTAGTTCCCTGA-3';配列番号26)/AP5297-8L(5'-CCGCATATGTCCTCCATGAC-3';配列番号27)、および、マーカーAP4114-3U(5'-ATCTGGGTCTATCATCCTGG-3';配列番号28)/AP4114-3L(5'-ACTGGTGCACTATAATGCGC-3';配列番号29)に挟まれる約24.9kbゲノム領域に存在することが明らかとなった。
【0122】
また、二つのPACクローン(AP5297とAP4114)が、Lsi1遺伝子座を含むことが明らかとなった。
【0123】
このようにして、Lsi1遺伝子の座上位置を、特定した。
【0124】
(d)塩基配列解析によるLsi1遺伝子の特定
マーカーAP5297-86962/87135Lと、マーカーAP4114-3U/3Lとの間の塩基配列情報に基づいて、PCR多型マーカーおよびCAPSマーカーを作製し、Lsi1遺伝子を、さらに絞り込んだ。これにより、Lsi1遺伝子のみを含む組み換え個体を得た。
【0125】
次に、Lsi1遺伝子のみを含む組み換え個体について、ゲノム候補領域の塩基配列解析を行なった。塩基配列解析は、既に得られている日本晴の塩基配列情報から、該当部分を増幅できるプライマーを設計し、ゲノムPCRおよびRT−PCR産物をクローン化することによって行った。表1および配列番号6〜25に、設計したプライマーと、対応する日本晴(PAC4114)の塩基配列の位置を示す。なお、イネPACクローンとは、イネ品種「日本晴」のゲノムDNA断片をP1ファージに挿入したものである。PAC4114も、その1種であり、配列番号5に示すLsi1ゲノム配列が、挿入されている。すなわち、表1の「PAC4114」とは、配列番号5の日本晴のLsi1遺伝子のゲノム配列を、P1ファージ由来人工染色体に挿入したものである。
【0126】
【表1】

【0127】
得られたクローン(突然変異体)の遺伝子と、日本晴(野生型)の遺伝子との塩基配列を比較した結果、1塩基置換が見出された。この置換は、図2に示す、Lsi1遺伝子のゲノム上の構造における第三エクソン(図2の符号3)に存在した。すなわち、図2に示すように、ゲノム上の第3エクソンが存在する104036番目の塩基が、突然変異体では、野生型のグアニンから、アデニンに置換されていた。この置換は、Lsi1遺伝子のcDNA配列の512番目の塩基が、野生型(配列番号3)のG(グアニン)から、変異型(配列番号1)のA(アデニン)へ置換されたものである。
【0128】
この塩基置換により、これらの遺伝子にコードされるアミノ酸が、野生型(配列番号4)のアラニンから、変異型(配列番号2)のスレオニンへ置換される。
【0129】
なお、cDNA配列の絞込みは、まず、F2集団を用いて、Lsi1遺伝子を含む領域を絞り込み、次に、RiceGAAS (Rice Genome Automated Annotation system : http://ricegaas.dna.affrc.go.jp/)を用いて遺伝子予測を行った。その結果、その領域に、二つの遺伝子が予測された。これら二つの遺伝子について、日本晴の塩基配列および9311(インディカの品種の一種)の塩基配列のデータに基づき作製したマーカーを用いて、最終的に一つの遺伝子になるまでマーカーを使用することによって、絞り込んだ。
【0130】
そして、農業資源生物資源研究所のKOME(Knowledge-based Oryza Molecular biological Encyclopedia : HYPERLINK "http://cdna01.dna.affrc.go.jp/cDNA/)から" http://cdna01.dna.affrc.go.jp/cDNA/)から、イネの全長cDNA配列を取得し、同じく、農業資源生物資源研究所のRGP(Rice Genome Reasearch Program : HYPERLINK "http://rgp.dna.affrc.go.jp/)よりイネのゲノム配列を取得した" http://rgp.dna.affrc.go.jp/)よりイネのゲノム配列を取得した。そして、これら二つの配列を照らし合わせた結果から、配列番号1に示す配列を、Lsi1遺伝子の全長cDNA配列と判断した。
【0131】
なお、この塩基配列をデータベースにより検索したところ、トウモロコシの水チャネルと相同性があることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明のポリヌクレオチドは、植物において初めて同定された、ケイ素吸収に関与する遺伝子である。ケイ素蓄積量の減少は、硬い植物をやわらかくする。ケイ素蓄積量の増加は、病害および虫害などの種々のストレスに対する耐性(抵抗性)を付与し、生育を促進させる。それゆえ、本発明は、特に農業、および食品産業に、好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0133】
【図1】本発明にかかるLsi1遺伝子の遺伝地図である。
【図2】Lsi1遺伝子のゲノム上の構造および塩基置換部位を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素吸収に関与するポリヌクレオチドであって、
下記の(a)〜(d)のいずれかのポリヌクレオチド:
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c)配列番号3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(d)以下の(iii)もしくは(iv)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(iii)配列番号3に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(iv)配列番号3に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項2】
ケイ素吸収に関与するポリペプチドであって、
下記の(a)〜(d)のいずれかのポリペプチド:
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列;
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド;
(c)配列番号4に示されるアミノ酸配列;または
(d)配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【請求項3】
イネの第2染色体における第3エクソンにコードされる疎水性アミノ酸が、親水性アミノ酸に置換されていることを特徴とする請求項2に記載のポリペプチド。
【請求項4】
配列番号4に示されるアミノ酸配列において、132番目のアミノ酸が、アラニンからスレオニンに置換されていることを特徴とする請求項3に記載のポリペプチド。
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか1項に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項1または5に記載のポリヌクレオチドからなる形質転換体選抜用マーカー遺伝子。
【請求項7】
請求項1または5に記載のポリヌクレオチドを含む組換え発現ベクター。
【請求項8】
請求項1または5に記載のポリヌクレオチド、または、請求項7に記載の組換え発現ベクターが導入されており、かつ、ケイ素吸収に関与するポリペプチドを発現してなる形質転換体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換体を含む食品。
【請求項10】
少なくとも請求項1または5に記載のポリヌクレオチド、あるいは、請求項7に記載の組換え発現ベクターのいずれかを含むことを特徴とする形質転換キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−187209(P2006−187209A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−381899(P2004−381899)
【出願日】平成16年12月28日(2004.12.28)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【Fターム(参考)】