説明

ゲル状食品用の固体状組成物並びにゲル状食品のための食品調整方法

【課題】 極めて簡単に入手できる水を用い、それと混合するだけで手軽に嚥下訓練に適したゲル状の食品を比較的安価に提供する。
【解決手段】 少なくともタンパク質及び糖質並びにNa型カラギナンを含む固体状組成物に40℃以下の水などの液体を所定量加え、タンパク質の存在量(加水混合液中の濃度)と次の関係から求められる依存カルシウム濃度との比を、前記加水混合物中一定値以下に調整し、撹拌混合して、加熱冷却操作することなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下である嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整する。
依存カルシウム濃度=(加水混合物中の遊離カルシウム濃度)−(加水混合物中のNaカラギナン濃度におけるカラギナンの挙動変曲点を生じさせる遊離カルシウム濃度)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲル状食品用の固体状組成物並びにゲル状食品のための調整方法に関する。より詳しくは、特に嚥下困難者の嚥下訓練に適したゲル状の食品を作るための組成物並びに当該食品の調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高齢化等に伴い摂食障害を有する高齢者やその他の患者の増加が懸念されている。それに伴い、こうした高齢者や患者に対する介護用・嚥下訓練用の食品が注目されるようになってきている。介護用・嚥下訓練用の食品には、従来、既存食品の中から選択して用いており、例えば、ヨーグルトやゼリー、プリン、オムレツなどが選択される(非特許文献1)。
【0003】
しかし、こうした患者の多くは在宅において療養、リハビリをする機会が多く、こうした既存食品をそのまま利用することが困難になる場合があった。その一方で、在宅においてもこのような食品を調整できる粉末状のいわゆるインスタント用食品も提供されている。例えば、ゼラチンや寒天などのゲル化用剤を主体としたゼリー用組成物やプリン用組成物である。
【0004】
ところが、従来のゼリー用組成物やプリン用組成物を使って最終食品であるゼリーやプリンを得るには、お湯を用いて溶解して冷却したり、牛乳と混合して加熱、冷却するなど、必ず加熱という行為が必要であり、お湯などで火傷する恐れがあるなど、特に高齢者等にとっては非常に使いにくいものであった。また、プリン組成物には牛乳が必要であるので、既製品を購入する場合と同様に、在宅療養中の患者等にはその利用そのものが困難となる場合があった。
【0005】
このような観点から、特許第3524359号公報には、冷水に水和させて用いることができる嚥下困難者用の摂食補助用の各種糊料が記載されている。ところが、この糊料は、カチオン含量が6.0質量%以下に抑えられたジュランガムやカラギナンを主成分とするものであって、そのカチオン含量をコントロールするという特別の工程を経なければならず、製造コストの増加にもつながる恐れがあった(特許文献1)。
【0006】
また、牛乳等の冷たい液体を加えることによって、短時間に好みの固さのデザートを得ることができるカラギナン粉末を含む粉末ミックスが特開平6−237711号公報に開示されている(特許文献2)。しかしながら、この粉末ミックスから得られたデザートはヨーグルト様のデザートであって、実際どのような構成(配合比)にすれば嚥下訓練に適したテクスチャー特性(硬さ及び付着性)とすることができるかは具体的に記載されておらず、その配合比は不明であった。事実、本発明者らの経験によると、その条件によっては、増粘しないのはもちろんのこと、増粘しても離水が見られたり、液固分離する場合があった。
【特許文献1】特開平11−187827号公報
【特許文献2】特開平06−237711号公報
【非特許文献1】日摂食嚥下リハ会誌 2000,第4巻第1号,第28〜32頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みてなされたものであって、一般家庭で誰でも入手できる水を用い、それと混合するだけで手軽に嚥下訓練に適したゲル状の食品を比較的安価に提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記背景技術の下、増粘剤としてNa型カラギナンを用いることを前提として鋭意研究を重ねた結果、タンパク質として牛乳由来のカゼイネイトを用いることによって高質な栄養価を付加しえると共に、水などの液体と調整した際のカルシウム濃度を調整することによって、離水や分離を起こさせずに嚥下訓練に適したテクスチャー特性を得られることを見出した。
【0009】
すなわち、本願発明は、少なくともタンパク質及び糖質並びにNa型カラギナンを含む固体状の組成物に40℃以下の水を所定量加えて撹拌混合し、加熱冷却操作することなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下である嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整する栄養食品調整方法及びそのための固体状組成物に係るものである。
【0010】
このとき、固体状組成物に所定量の水を加えた混合物におけるタンパク質の存在量(加水混合物中の濃度)と次の関係から求められる依存カルシウム濃度との比を、前記加水混合物中一定値以下に抑えることが必要となる。ここで、依存カルシウム濃度とは、加水混合物の粘性と関連していると考えられる遊離カルシウムの濃度であって、加水混合物中の遊離カルシウム濃度から、加水混合物中のNa型カラギナン濃度におけるカラギナンの挙動変曲点を生じさせる遊離カルシウム濃度(許容カルシウム濃度)を差し引いた遊離カルシウム濃度を言う。この依存カルシウム濃度は、加水混合物中のNa型カラギナン濃度に依存すると考えられ、Na型カラギナンから得られるゲル状物(増粘物)の粘度とカルシウム濃度との関係を示したグラフ(図1参照)から求められる。具体的に言えば、例えば、Na型カラギナン濃度が0.5質量%であれば、そのときの許容カルシウム濃度は、図1から14mg/100mlと求められ、このときの加水混合物中の全遊離カルシウム濃度から当該許容カルシウム濃度を差し引いた濃度が依存カルシウム濃度となる。そして、この依存カルシウム濃度(mg/加水混合物100g)と加水混合物中のタンパク質の濃度(g/加水混合物100g)の比が一定値以下、例えばカラギナン濃度が0.5質量%の場合には概ね7.0以下となるように設定される。そして、上記条件を満たす範囲であれば、ゲル状食品の調整用の液体として、水のみならず、牛乳、カルシウムが含まれたいわゆるスポーツドリンクのような清涼飲料水でも用いることができる。許容カルシウム濃度は、実験によって求められ、Na型カラギナン濃度を一定にして、図1に示すようなグラフを描き、グラフの挙動が変わる変曲点に相当するカルシウム濃度が許容カルシウム濃度とされる。通常、依存カルシウム濃度、許容カルシウム濃度、全遊離カルシウム濃度を加水混合物100g中のカルシウム量をmgで表し、タンパク質濃度を加水混合物100g中のタンパク質量をグラム(g)で表した場合には、その比は通常1〜2桁の値となる。
【0011】
また、本願発明にあっては、タンパク質としては、マグネシウムカゼイネイト、ナトリウムカゼイネイト及びカルシウムカゼイネイトの少なくとも1種若しくは2種以上が用いられる。
【0012】
本願発明の組成物は、少なくともNa型カラギナンとタンパク質と糖質とを含み、温度40℃以下である水を加えて、撹拌混合し、加熱冷却操作を加えることなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下となる嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整するための固体状組成物であって、Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.5質量%となる量のNa型カラギナンと、当該固体状組成物中のタンパク質の存在量(Xg)と水溶性カルシウム量(Ymg)が、X/(Y−14)≦7.0あるいはNa型カラギナン濃度が加水混合物中0.4質量%となる量のNa型カラギナンと、当該固体状組成物中のタンパク質の存在量(Xg)と水溶性カルシウム量(Ymg)が、X/(Y−5)≦6.5となるタンパク質及びカルシウム化合物を含むものである。
【0013】
当該組成物では、タンパク質を9〜35%、糖質を40〜65%、脂質を26%未満のエネルギー比率で含有し、かつ、液体を加えて調整したゲル状食品のエネルギー量が1kcal/g以上となるようにするのがよく、カルシウム源として、不溶性カルシウム、その中でも乳清カルシウムのように、ほぼ中性領域では不溶であって、胃酸で溶解するような不溶性カルシウム化合物を含有させるのが好都合である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、加熱処理や冷却などの熱処理を加えずに、水を混ぜるだけで手軽に嚥下訓練に適したゼリー状の食品を作ることができる。
【0015】
また、本発明においては、良質な牛乳タンパクや糖類、脂質などが添加された高栄養価でしかもバランスの取れた栄養流動食と同程度の高カロリー食品(1kcal/g以上)が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の組成物は、固体状であって、使用時に水と混ぜ合わせることによって、所定の堅さ、つまり、嚥下訓練に適したゲル状の食品を調整するための食品である。本発明の組成物は、予調整物として水その他の液体に溶かしたものではなく、粉末原料を混合したにすぎないものの他、この混合原料を所定の方法(いわゆる常法)に従って一定の形状(剤型)に成型したものをいい、使用時に水などの液体を用いて溶解若しくは懸濁させることができるものである。水等の液体に溶かしたものであれば、レトルトパウチ状のものや、いわゆるボトルパックにせざるを得ず、運搬性、特に液体を用いた場合には質量が重くなったり、保存性(保管性)に支障を来すことが多いからである。本発明にいう固体状の形態として、粉末状のものはもちろんのこと、それ以外に顆粒状のもの、錠剤状のもの、カプセル状のものなどが挙げられる。
【0017】
また、本発明の組成物は、液体のみを用いてゲル状の食品を調整することが可能なものであって、加温やその後の冷却を行うことなくゲル状にできることが条件とされる。なお、本発明においては、通常の水道水(日本においていわゆる軟水とされる程度の硬度を有する水)を用いることを前提としたものであって、後述するように遊離カルシウムの影響により、ミネラルウォータや硬水を用いた場合にはまれに所定の目的が得られない可能性もあるが、このような結果を生じるような組成物が本発明の組成物から除外されるものではない。もっとも、後述するようにこのような高カルシウムの液体を用いることを前提する場合もある。また、40℃以下の水を使用することを前提としているが、実際の使用上は、本発明にいう所定のテクスチャー特性が得られる限り、40℃を越えるものを用いても差し支えない。そして、緑茶やむぎ茶のように一般家庭で飲用されるような水類似のものでも差し支えない。
【0018】
本発明で得ようとする最終食品は、嚥下訓練者の嚥下訓練に適したゲル状の食品である。つまり、適度な硬さと付着性の双方を両立させたものであって、健常者にとっても食べやすく、心地よい食感を与えるものである。得られた食品は、つるっとはしているが、噛まずには喉の奥に滑り込まず、適度な強さで噛み切ることができるもの、具体的には堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下であるものである。なお、堅さ(硬さ)及び付着性(付着エネルギー)はそれぞれ、上記非特許文献1に記載されたテクスチャー特性の測定方法(具体的には、大越ひろ:食品テクスチャーの測定法、川端晶子、斉藤滋 編集、サイコレオロジーと咀嚼 建帛社 1995 170−193参考)に準じて行われるものである。得られる食品は、嚥下訓練用に嚥下障害者を対象として、バランスのとれた栄養補給をも目指したものであるが、必ずしも嚥下訓練食に限定されるものではなく、甘味剤や着色料、着香料などの矯味剤を添加して嗜好性を持たせることも可能である。
【0019】
本発明においては、少なくとも増粘剤であるNa型カラギナンとタンパク質及び糖質が必須成分として用いられる。従って、得られたゼリー状の食品は、単なるおやつとしてのゼリーやプリンなどの嗜好品とは異なり、栄養価を高めることが可能となっている。すなわち、本発明では、タンパク質及び糖質の他に脂質をも加えることが可能であり、さらに言うなれば、これらの3大栄養素以外に、ビオチンを除くビタミン類、食物繊維、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、マンガン、セレン、ヨウ素、モリブデン、クロムを加えて、得られたゼリー状の食品のみで、使用者の栄養をも確保しようとするものである。
【0020】
用いられるタンパク質は、特に制限を受けるものではなく、例えば、脱脂粉乳、脱脂豆乳粉末、カゼイン、ホエイタンパク質、全乳タンパク質及び分離大豆タンパク質が挙げられる。この中でも、高栄養価である牛乳由来のタンパク質であるカゼインを用いれば、カルシウムの吸収をも促進し、栄養補給の観点からも好適な食品を提供できる。カゼインとしては、具体的には水溶性を高めたカゼインの塩であるマグネシウムカゼイネイト、ナトリウムカゼイネイト、カルシウムカゼイネイトの少なくとも1種を用いるのが好ましい。もちろん2種以上のカゼイネイトを用いても差し支えなく、カゼイネイト以外のタンパク質を併用してもよい。
【0021】
また、好ましくは、調整後に得られたゼリー状の食品が1kcal/g以上、好ましくは2kcal/g以上となるように、ゼリー状食品のエネルギー量を調整しておくのがよい。一般的に、高カロリー輸液や経腸栄養組成物においては、この程度のエネルギー量が必要とされているからである。そして、この場合には、エネルギーバランスの点から、タンパク質を9〜35%、糖質を40〜65%、脂質を26%未満のエネルギー比率とすることがよい。なお、調整後の食品がこのようなエネルギーバランスとなるのが好ましい。従って、水を用いることを前提とすれば、組成物におけるエネルギーバランスが当該範囲内である必要がある。水以外のエネルギー要素を含む液体を用いて混和した場合には、得られた食品のエネルギーバランスがこの範囲を越えるのはやむを得ない。
【0022】
本発明は、40℃以下の水を用いて、嚥下訓練用に適したゼリー状の食品を提供するとともに、脂質等を加えて高カロリーの食品とすることを目的にしてなされたものであるが、本願発明者らはその設計中において、わずかな組成の違いで、適正な上記範囲のテクスチャー特性が得られる場合と得られない場合とを経験した(例えば、表6参照)。Na型カラギナンは、タンパク質の存在によってその増粘性に影響を受けることが知られているが、下記の実施例にも示されているようにその影響はNa型カラギナンとタンパク質の各濃度にのみ依存するものではないことが分かった。そこで、さらに研究を進めたところ、水と混合した際、カルシウム濃度によってNa型カラギナンの増粘性の挙動が異なり、この挙動と増粘性とに何らかの相関性があることを見出した。図1には、Na型カラギナンと水溶性カルシウムを粉末状態で混合して、この後に水を添加した場合(これを粉体混合という)における水溶性カルシウムの濃度と得られた増粘物の粘度との関係並びにNa型カラギナンと水溶性カルシウムをそれぞれ水に溶解した後に混合した場合(これを液体混合という)における水溶性カルシウムの濃度と得られた増粘物の粘度との関係を示している。図1に示されたようにカルシウム濃度の変化によって得られた組成物の粘性が変化している。実験は、Na型ラムダカラギナンと塩化カルシウム二水和物とを表1〜3に示すような濃度となるように混合調整して行われた。この粘性の変化とカルシウム濃度、並びにタンパク質の濃度とを検討した結果、次のような結論が得られた。
【0023】
一定濃度のNa型カラギナンが存在する場合において、Na型カラギナンを用いて増粘させる場合(粉体混合、液体混合いずれの場合でも)、タンパク質と遊離カルシウムが併存する際には両者の関係に注意しなければならない。このとき増粘性に関係するのは、すべての遊離カルシウムではなく、増粘性についての挙動が変化するカルシウム濃度(挙動変曲点を生じさせる遊離カルシウム濃度=限界カルシウム濃度)以上に存在するカルシウムである。そして、適切なテクスチャー特性を得るのに大切なのは、両者の液状混合物における遊離カルシウム濃度と限界カルシウム濃度との差(本発明においては、依存カルシウム濃度という)であって、しかもこの依存カルシウム濃度とタンパク質の存在量との比(依存カルシウム濃度/タンパク質濃度)が、一定値以下であることが必要となる。Na型カラギナンの濃度によって増粘性変化の挙動が異なり、従って、Na型カラギナンの濃度によって限界カルシウム濃度が異なることになるから、前述の依存カルシウム濃度とタンパク質濃度との比はNa型カラギナンの濃度に依存することになる。この比は実験的に求められる。図1に示したように、カルシウム濃度を高めると得られた増粘物の粘度は下がる傾向にあるが、ある濃度を境にしてその粘度が上昇に転じるか、あるいは、増粘性の変化が緩やかになる。この変化を生じるカルシウム濃度が限界カルシウム濃度である。具体的な一例を挙げると、上記実験によれば、例えばNa型カラギナンの濃度が加水混合物中、0.5質量%である場合には、遊離カルシウム14mg/混合物100gが限界カルシウム濃度であって、依存カルシウム濃度(mg/加水混合物100g)/タンパク質濃度(g/加水混合物100g)の比は7.0以下であることが必要である。また、Na型カラギナンの濃度が加水混合物中、0.4質量%である場合には、遊離カルシウム5mg/混合物100gが限界カルシウム濃度であって、依存カルシウム濃度(mg/加水混合物100g)/タンパク質濃度(g/加水混合物100g)の比は6.5以下であることが必要である。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
【表3】

【0027】
したがって、本発明の固体状組成物においては、このようなNa型カラギナン濃度、依存カルシウム濃度(g/加水混合物100g)/タンパク質濃度(g/加水混合物100g)≦一定値を保つような組成にする必要があり、本発明ではその具体的態様として、加水した場合に、Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.5質量%となる量のNa型カラギナンと、当該固体状組成物中のタンパク質の存在量(Xg)と水溶性カルシウム量(Ymg)が、(Y−14)/X≦7.0となるタンパク質及びカルシウム化合物を含むような組成物、若しくは、加水した場合に、Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.4質量%となる量のNa型カラギナンと、当該固体状組成物中のタンパク質の存在量(Xg)と水溶性カルシウム量(Ymg)が、(Y−5)/X≦6.5となるタンパク質及びカルシウム化合物を含むような組成物とするのが好ましい。なお、遊離カルシウムの量(濃度)は、加水混合物におけるpHやカルシウム化合物の種類によっても異なるが、本発明においてはいずれのpHであってもよく、加水混合物のpHにおける実際の遊離カルシウム濃度である。
【0028】
Na型カラギナンとして、ラムダ型、イオタ型、カッパ型のカラギナンが知られているが、本発明においてはいずれのカラギナンも用いることができる。入手容易性の観点から、ラムダ型が好適に使用される。Na型ラムダカラギナンは、スギノリ科スギノリ属のGigartina stellateを主な原料海藻とする。これを熱水に溶解させて、海藻に含まれるカラギナンを抽出する。珪藻土ろ過した抽出液を濃縮後、イオン交換樹脂によってイオン交換し、カリウム、カルシウム及びマグネシウムイオンを減少させNa型とした後、適量のアルコールを加えて得られた沈殿物を乾燥し、粉末にしたものである(調理科学 Vol.21, No.3, Page.154-158 (1998)、特許第3524359号)。スギノリ属などの海藻類は、有性世代である配偶体と無性世代である胞子体とがあり、前者はカッパカラギナン及びその前駆体であるμ、νカラギナンを含み、後者はラムダカラギナンを含んでいる。原料海藻から推察して、Na型ラムダカラギナンにおけるラムダカラギナンとカッパカラギナンの比率は1:1と考えられている。
【0029】
Na型イオタカラギナンは、ミリン科キリンサイ属のEucheuma spinosumを主な原料海藻とする。これを水酸化カルシウム溶液で処理後、熱水で海藻に含まれるカラギナンを抽出する。珪藻土ろ過した抽出液を濃縮後、イオン交換樹脂によってイオン交換し、カリウム、カルシウム及びマグネシウムイオンを減少させ、Na型とした後、適量のアルコールを加えて得られた沈殿物を乾燥し、粉末にしたものである(調理科学 Vol.21, No.3, Page.154-158 (1998)、特許第3524359号)。
【0030】
カルシウムは、液体を加えて上記範囲内の濃度(存在比)となればよく、遊離カルシウムは必須のものでなく、無添加であってもよい。栄養食品としてみる場合や増粘性の観点からはカルシウムを添加するのが好ましい。添加される場合には、通常カルシウム化合物が組成物に用いられるが、このカルシウム化合物は水溶性のものが好適で、例えば、塩化カルシウムが好適に用いられる。しかしながら、この場合には、カラギナンの濃度やタンパク質の添加量との関係から上記範囲を超えないように注意することが必要である。特に、カゼイネイト中にカルシウムが混在する可能性があり、このカルシウムによってカルシウム濃度が高まる。したがって、カルシウム添加する場合には、栄養強化の観点から水に溶かした際にはほぼ不溶性であって(混合物のpHである約pH6〜8の中性領域)、酸性下において溶解されるような不溶性カルシウム化合物、例えば、乳清カルシウムを用いるのが望ましい。食感として、中性領域、ほぼpH6〜8のゲル状食品が好ましいからである。しかし、本発明においては、加水調整時に必ずしも中性領域である必要はなく、得られたゼリー状食品のpHが限定されるものではない。また、乳清カルシウムを用いた場合には、加水混合物が酸性領域であれば、乳清カルシウムからカルシウムが溶解し、遊離カルシウム量が増加して適切なテクスチャー特性が得られなくなる恐れがあるので、この点にも注意を要する。いずれにせよ、本発明においては、加水混合物とした際のpH、遊離カルシウムの量などを予め測定した上で、上記範囲を超えないように組成物の組成比を調整することが重要になる。
【0031】
また、上記カルシウム濃度の制限量を超えない限りにおいては、硬水や牛乳、いわゆるスポーツドリンクなどのように水道水よりも高濃度にカルシウムを含有する液体を用いてもよいのは言うまでもなく、牛乳やスポーツドリンクに含まれる遊離カルシウムの量を計算、考慮した上で、組成物の組成比を予め調整しておくこともできる。
【0032】
本発明の組成物は、水(場合によってはその他の液体)と混合して用いられるが、通常、質量比で組成物1に対して、1〜10の水、好ましくは脂質のエネルギー割合からの観点からは、組成物1に対して3.8程度の水とを混合することを前提して組成が設計される。具体的な組成としては、得られたゼリー状の食品100g中、Na型カラギナン0.1〜2g、タンパク質1〜15gとなるようにするのが好ましい。
以下、実施例に基づいて、本発明についてさらに説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定されることのないのは言うまでもない。
【実施例1】
【0033】
次の表4及び表5に示す組成物を作製し、遊離カルシウム濃度と得られたゼリー状食品のテクスチャー特性との関係を調べた。粉末状の組成物には、マグネシウムカゼイネイト(DMV JAPAN社製、タンパク質:90質量%)、デキストリン(三和澱粉工業(株)製、サンデック#180、糖質として97質量%)、粉末油脂(理研ビタミン(株)製、エマファットCO.脂質80質量%、糖質8.6質量%含有)、Na型ラムダカラギナン(上記製法で得られたもの)、塩化カルシウム二水和物を使用した。
【0034】
なお、カルシウムカゼネイト、ナトリウムカゼイネイト、マグネシウムカゼイネイトに由来の遊離カルシウム量は以下の方法で推定した。すなわち、(1)試料0.5〜1.0gをメスフラスコで精秤し、純水で100mlにメスアップする。(2)細孔径0.2μmのフィルターを用いて、透過液と非透過液を得る。(3)透過液、非透過液及び原液について原子吸光分析法などの通常の方法によりカルシウム濃度を測定する。(4)透過液には遊離カルシウムのみが存在するとし、透過液、非透過液及び原液中のカルシウム量について物質収支を計算して、それぞれの遊離カルシウム量を推定した。
【0035】
組成物は各粉末状の成分を混合して、表に記載した分量の水を加えて、手で約1分間かき混ぜ、10分放置した。その後、非特許文献1に記載の方法に準じて、テクスチャー特性を測定した。その結果を表4、表5並びに図2に示した。なお、以下における実施例1〜6の全ての実験例、比較例における加水混合物中のpHは、やや酸性側の中性領域内であった。
【0036】
【表4】

【0037】
【表5】

【0038】
これらの結果から、タンパク質が多い場合(5.0%)、少ない場合(3.5%)ともに、タンパク質の存在量と遊離カルシウムの存在量とには同じような関係が見受けられ(図2参照)、両場合ともに依存カルシウムの存在量とタンパク質の存在量との比が7.0以下の場合には適切なテクスチャー特性が得られた。一方比較例に示したように前記比が7.0を上回ってしまうと、離水現象が見受けられた。
【実施例2】
【0039】
次に、表6に示す組成に基づき、実施例1と同様に実験を行い、得られたゲル状食品のテクスチャー特性を測定した。その結果を表6に示す。
【0040】
【表6】

【0041】
表6に示す実験例ではタンパク質を増加させているにもかかわらず、適切なテクスチャー特性が得られているが、タンパク質濃度(g/100g)/依存カルシウム濃度(mg/100g)比が7.0を越えている比較例ではタンパク質の量にかかわらず、いずれも適切なテクスチャー特性が得られなかった。なお、実験例15〜17において、ごくわずかに分離現象が見られたが、使用上は全く問題のないものであった。
【実施例3】
【0042】
次に、カゼイネイトとしてカルシウムカゼイネイト(DMV JAPAN社製、タンパク質:90質量%,カルシウム:0.58質量%含有)及びナトリウムカゼイネイト(同社製、タンパク質:90質量%,遊離カルシウム:0.81質量%含有)を使用して、表7に示す組成にて同様の実験を行った。その結果を表7に示す。
【0043】
【表7】

【0044】
表7から分かるように、カルシウムカゼイネイトやナトリウムカゼイネイトを用いても同様に適切なテクスチャー特性を得ることができた。また、タンパク質の濃度を同じにしても、依存カルシウム濃度が高く、上記比が7.0を越えるもの(比較例8、9)にあっては、柔らかなゲル状食品しか得られなかった。このように、マグネシウムカゼイネイトの他にカルシウムカゼイネイト、ナトリウムカゼイネイトを用いても、良好なテクスチャー特性を有するゲル状食品が得られた。
【実施例4】
【0045】
今度は、Na型カラギナンの濃度が0.4質量%となるように調整し、実施例1に準じて実験を行った。その結果を表8に示す。
【0046】
【表8】

【0047】
Na型カラギナンの濃度を0.4質量%にしても良好な適切なテクスチャー特性を得ることができた。しかし、タンパク質濃度(g/100g)/依存カルシウム濃度(mg/100g)比が6.5を越えた場合には、ゲル状態がやや弱いものとなった。従って、Na型カラギナンの濃度を0.4質量%とした場合には、タンパク質濃度(g/100g)/依存カルシウム濃度(mg/100g)比が好ましくは6.5以下とするのが望ましい。
【実施例5】
【0048】
カルシウム源として乳清カルシウムを用いて同様な実験を行った。マグネシウムカゼイネイトを1.1質量%(同上)、デキストリン(同上)を17.5質量%、粉末油脂(同上)を3.5質量%、Na型ラムダカラギナン(同上)を2.0質量%、乳清カルシウム(明和産業(株)製、アラミン996)を0.8質量%(カルシウムとして0.228質量%)で含有する組成物(実験例29)及びマグネシウムカゼイネイトを3.9質量%(同上)、デキストリン(同上)を14.8質量%、粉末油脂(同上)を3.5質量%、Na型ラムダカラギナンを0.5質量%、乳清カルシウムを1.2質量%(カルシウムとして0.342質量%)で含有する組成物(実験例30)を作製し、そのテクスチャー特性を測定した。その結果を表9に示した。
【0049】
【表9】

【0050】
殆どの乳清カルシウムがリン酸塩の状態で、不溶性カルシウムとして存在していた。乳清ミネラルを水に溶解しただけでは遊離カルシウム(ほぼゼロ)とはならなかった。そのため、Na型カラギナンのゲル化能を低下させる現象は観察されなかった。栄養強化を目的として、粉末状栄養食品へカルシウムを添加する場合は、水に溶解しただけでは遊離せず、体内で遊離して利用される不溶性カルシウムを用いることが好ましく、本実施例のように乳清カルシウムを用いることによってより栄養価の高いゲル状食品を提供できる。
【実施例6】
【0051】
脱脂豆乳粉末(フジプロテインテクノロジー(株)製、ソヤフィット2000、タンパク質:60質量%、糖質:26.7%含有)を5.8質量%(タンパク質として3.5質量%)、デキストリン(同上)を14.0質量%、粉末油脂を3.5質量%、Na型ラムダカラギナンを0.5質量%で含有する組成物(なお、塩化カルシウム二水和物は含まない。)を作製し、そのテクスチャー特性を測定した。その結果を表10に示した。大豆タンパク質(脱脂豆乳)であっても、乳タンパク質(カゼイン)と同様に、良好なゲルを形成した。
【表10】

【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の食品調整方法及び固体状の組成物によれば、嚥下訓練に適した食品を非常に簡単に調整することができ、保存性や運搬性がよく、かつ栄養面からも非常に優れたゲル状の食品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】Na型カラギナンを用いて増粘物を作成した際における水溶性カルシウムの濃度と得られた増粘物の粘度との関係を示したグラフである。
【図2】実施例1に示す実験例から、加水混合物中の遊離カルシウムの濃度と得られたゲル状食品の粘度との関係を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともタンパク質及び糖質並びにNa型カラギナンを含む固体状組成物に40℃以下の水を所定量加えて撹拌混合し、加熱冷却操作することなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下である嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整する食品調整方法。
【請求項2】
少なくともタンパク質及び糖質並びにNa型カラギナンを含む固体状組成物に40℃以下の液体を所定量加え、タンパク質の存在量(加水混合液中の濃度)と次の関係から求められる依存カルシウム濃度との比を前記加水混合物中一定値以下の条件で撹拌混合して、加熱冷却操作することなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下である嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整する食品調整方法。
依存カルシウム濃度=(加水混合物中の遊離カルシウム濃度)−(加水混合物中のNa型カラギナン濃度におけるカラギナンの挙動変曲点を生じさせる遊離カルシウム濃度)
【請求項3】
前記液体は、水又は牛乳、清涼飲料水のいずれかである請求項2に記載の食品調整方法。
【請求項4】
Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.5質量%であって、前記タンパク質の濃度(g/加水混合物100g)と前記依存カルシウム濃度(mg/加水混合物100g)との比(依存カルシウム濃度/タンパク質の濃度)を7.0以下とすることを特徴とする請求項2又は3のいずれか1項に記載の食品調整方法。
【請求項5】
Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.4質量%であって、前記タンパク質の濃度(g/加水混合物100g)と前記依存カルシウム濃度(mg/加水混合物100g)との比(依存カルシウム濃度/タンパク質の濃度)を6.5以下とすることを特徴とする請求項2又は3のいずれか1項に記載の食品調整方法。
【請求項6】
前記タンパク質は、マグネシウムカゼイネイト、ナトリウムカゼイネイト及びカルシウムカゼイネイトのいずれか1種若しくは2種以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の食品調整方法。
【請求項7】
ビオチンを除くビタミン類、食物繊維、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、マンガン、セレン、ヨウ素、モリブデン、クロムの少なくとも1つを強化する請求項1〜6のいずれか1項に記載の食品調整方法。
【請求項8】
少なくともNa型カラギナンとタンパク質と糖質とを含み、温度40℃以下の水を加えて撹拌混合し、加熱冷却操作を加えることなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下となる嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整するための固体状組成物。
【請求項9】
少なくともNa型カラギナンとタンパク質と糖質とを含み、温度40℃以下の液体を加えて、撹拌混合し、加熱冷却操作を加えることなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下となる嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整するための固体状組成物であって、Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.5質量%となる量のNa型カラギナンと、当該固体状組成物中のタンパク質の存在量(Xg)と水溶性カルシウム量(Ymg)が、(Y−14)/X≦7.0となるタンパク質及びカルシウム化合物を含む固体状組成物。
【請求項10】
少なくともNa型カラギナンとタンパク質と糖質とを含み、温度40℃以下の液体を加えて、撹拌混合し、加熱冷却操作を加えることなく、堅さが1.0×10N/m以上、付着性が2.0×10J/m以下となる嚥下困難者に適したゲル状の食品を調整するための固体状組成物であって、Na型カラギナン濃度が加水混合物中0.4質量%となる量のNa型カラギナンと、当該固体状組成物中のタンパク質の存在量(Xg)と水溶性カルシウム量(Ymg)が、(Y−5)/X≦6.5となるタンパク質及びカルシウム化合物を含む固体状組成物。
【請求項11】
前記液体は、水又は牛乳、清涼飲料水のいずれかである請求項9又は10のいずれか1項に記載の固体状組成物。
【請求項12】
前記タンパク質は、マグネシウムカゼイネイト、ナトリウムカゼイネイト及びカルシウムカゼイネイトのいずれか1種若しくは2種以上である請求項8〜11のいずれか1項に記載の固体状組成物。
【請求項13】
タンパク質を9〜35%、糖質を40〜65%、脂質を26%未満のエネルギー比率で含有し、かつ、液体を加えて調整したゲル状食品のエネルギー量が1kcal/g以上となる請求項8〜12のいずれか1項に記載の固体状組成物。
【請求項14】
カルシウム源として、不溶性カルシウム化合物をさらに添加する請求項8〜13のいずれか1項に記載の固体状組成物。
【請求項15】
ビオチンを除くビタミン類、食物繊維、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、マンガン、セレン、ヨウ素、モリブデン、クロムの少なくとも1つを強化する請求項8〜14のいずれか1項に記載の固形状組成物。
【請求項16】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の食品調整方法に用いられる粉状、顆粒状若しくは成型された固形状組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−129868(P2006−129868A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−292017(P2005−292017)
【出願日】平成17年10月5日(2005.10.5)
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【Fターム(参考)】