説明

コハク酸デヒドロゲナーゼを過剰発現させることによるメチオニンの増産

本発明は、コハク酸デヒドロゲナーゼ合成に関与する遺伝子の発現を増強するために改変された微生物を培養することによりメチオニン生産を向上させる方法に関する。これらの微生物はメチオニン/炭素源収率が高まるように改変されたものである。また、本発明は、その発酵培地からのメチオニンの単離にも関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、コハク酸デヒドロゲナーゼ合成に関与する遺伝子の発現を増強するために改変された微生物を培養することによりメチオニン生産を向上させる方法に関する。この微生物はメチオニン/炭素源収率が高まるように改変されたものである。また、本発明は、その発酵培地からのメチオニンの単離にも関する。
【0002】
背景技術
コハク酸デヒドロゲナーゼ(コハク酸オキシドレダクターゼ、SQR)は、クレブス回路と好気的呼吸鎖の双方の機能的メンバーである。SQRは、細菌の膜におけるユビキノンの還元と並行して、細胞質でのコハク酸からフマル酸への酸化を触媒する。大腸菌およびその他の細菌では、この酵素は4つのサブユニットからなる。2つの疎水性サブユニットSdhCおよびSdhDは、親水性の触媒サブユニットSdhAおよびSdhBを内膜の表面に係留する。コハク酸からフマル酸への酸化には、5つのユニークな補因子が関与する。SdhAでは、共有結合されているフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)分子がヒドリド伝達機構によってコハク酸酸化を触媒するために供される。次に、サブユニット(SdhB)を介して電子が個々に伝達される。SdhC、SdhDおよびSdhB由来の残基によりキノン結合部位が形成され、ユビキノンからユビキノールへの還元を可能とする。この酵素は、SdhCとSdhDの間に挟まれた、酵素機能には必須でないヘムb分子も含む(Yankovskaya et al. 2003, Science 299, 700; Cheng et al. 2008 Biochemistry 47, 6107)。
【0003】
アミノ酸L−メチオニンは、大量に生産される(年間600,000トン)重要な飼料添加物である。生産はもっぱら化学的生合成に頼り、原油由来の前駆体を必要とする。これらの非再生可能資源の価格の高騰とともに、持続可能な工程がますます注目を受けている。従って、メチオニンの発酵生産は、このような化学的工程に代わる経済的に実行可能な代替法となってきている。
【0004】
発酵によるメチオニン生産は、いくつかの前駆体提供経路の改変を必要とする。メチオニンの生合成には3つの主要な経路が関与している。アスパラギン酸は炭素骨格の前駆体として、システインは硫黄供与体として、そしてメチレン−THFは末端メチル基の供与体として働く。さらに、メチオニン生合成の第一段階には、アスパラギン酸由来のホモセリンのスクシニル−CoAによる活性化が必要とされる。スクシニル−CoAはクレブス回路で生産され、従って、クレブス回路の酵素の発現を高めればメチオニン生産が高まる。しかしながら、クレブス回路の活性が高いとアミノ酸生産に不利となることが示されており、イソクエン酸デヒドロゲナーゼなどのクレブス回路の酵素の活性を引き下げればアミノ酸生産に有益となり得る(WO2007017710 Metaboric Explorer、WO2009133063 Evonik Industries)。
【0005】
WO2009078973(Glycos Biotechnology)およびEP1106684(Evonik Industries)は、sdh遺伝子の欠失がアミノ酸および工業的に注目される他の代謝産物の生産を高めることを開示している。この技術から、sdh遺伝子の発現の低下がクレブス回路の活性、従ってCOの生産を低下させ、ひいては産物の収率に積極的な影響を与えるはずであるということが理解される。
【0006】
再生可能な炭素源から生産されるメチオニンの収率を高める必要がある。コハク酸デヒドロゲナーゼ活性の低減が産物の収率を高めるという従来技術の教示とは反対に、コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素の発現の増強がメチオニン/グルコース収率を高めるということが判明した。
【発明の概要】
【0007】
本発明は、メチオニン生産の向上のために改変された微生物を、炭素源と硫黄源とを含んでなる適当な培養培地で培養する工程、および該培養培地からメチオニンを回収する工程を含んでなる発酵工程においてメチオニンの生産を高める方法に関し、ここで、該微生物は、コハク酸デヒドロゲナーゼ(sdh)酵素をコードする遺伝子の発現を増強することによりさらに改変されたものである。
【0008】
この遺伝子(遺伝子群)の発現は、微生物にコハク酸デヒドロゲナーゼをコードする該遺伝子の少なくとも一つの補足的コピーを挿入することにより増強される。
【0009】
本発明の別の実施形態では、メチオニンはさらに培養培地から単離される。
【0010】
本発明はまた、コハク酸デヒドロゲナーゼを過剰発現させることによりメチオニンの生産に関して至適化されている微生物、優先的には、腸内細菌科(enterobacteriaceae)、コリネフォーム(coryneform)細菌、酵母または真菌に関する。本発明の工程において用いられる。この微生物は、メチオニン/炭素源収率の増大を可能とする。
【発明の具体的説明】
【0011】
メチオニン生産微生物
本発明は、改変微生物を培養することによる発酵工程においてメチオニンを生産する方法に関する。本発明によれば、「培養」、「発酵」、または「発酵工程」は、単純炭素源を含有する適当な増殖培地での細菌の増殖を表して互換的に用いられる。この単純炭素源はメチオニン生産用の微生物によって代謝される。
【0012】
本発明のもう一つの目的は、発酵工程においてメチオニンを生産するためにこのような方法において用いられる改変微生物である。本発明によれば、「微生物」とは、細菌、酵母、または真菌を表す。優先的には、細菌は腸内細菌科(Enterobacteriaceae)、コリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)から選択される。より優先的には、微生物はエシェリキア属(Escherichia)、クレブシェラ属(Klebsiella)、パンテナ属(Pantoea)、サルモネラ属(Salmonella)、またはコリネバクテリウム属(Corynebacterium)の種である。最も好ましい実施形態では、細菌は大腸菌(Escherichia coli)およびコリネバクテリウム・グルタミクム(Corynebacterium glutamicum)の群から選択される。
【0013】
本発明の微生物は好ましくは、sdh酵素をコードする内因性遺伝子を含んでなる。
【0014】
「メチオニン生産の向上のために改変された微生物」との用語は、非改変型微生物に比べて、単純炭素源を代謝することによりメチオニン生産を向上させるために遺伝的に改変された微生物を表す。このような改変は、メチオニン生合成経路に関与する遺伝子の発現の増強、変調、または低減に相当し得る。当業者ならば特定の遺伝子の発現をいかにして変調すればよいかを知っている。通常の改変としては、遺伝子置換、プロモーターの改変および異種または内因性遺伝子の発現のためのベクターの導入をはじめとする、遺伝要素での微生物の形質転換を含む。
【0015】
本発明による改変微生物は、コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素のサブユニットの一つをコードする少なくとも一つの遺伝子の発現を増強することにより改変されている。好ましくは、コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素の種々のサブユニットをコードする総ての遺伝子が過剰発現される。コハク酸デヒドロゲナーゼは一般に、少なくとも3つのサブユニットを含む酵素複合体である。各サブユニットは一遺伝子によりコードされている。例えば、コリネバクテリウム種はコハク酸デヒドロゲナーゼをコードする3つの遺伝子sdhA、sdhBおよびsdhCを含むが(Bussmann et al, 2009, J. Biotechnol, 143(3), 173)、大腸菌またはS.セレビシエ(S. cerevisiae)などの他の微生物は、4つのコハク酸デヒドロゲナーゼサブユニットに対する4つの遺伝子を持っている。これらのsdh遺伝子はオペロンを形成している。オペロンとは、いくつかの遺伝子が一つの多シストロン性メッセンジャーRNAに転写される転写単位を表す(大腸菌受託番号は、sdhA:P0AC41、sdhB:P07014、sdhC:P69054、sdhD:P0AC44)。
【0016】
「増強する」、「増強された」、「過剰発現された」、「発現の増強」、または「過剰発現」は本明細書において互換的に用いられ、同様の意味を有する。本明細書においてこれらの用語は、例えば、遺伝子コピー数の増大、より強いプロモーターの使用または活性の高い対立遺伝子の使用、およびおそらくこれらの手段の組合せによる、対応するDNAによりコードされている酵素活性の細胞内活性の増強を表す。これらのプロモーターは誘導型であってよく、同種のものでも異種のものでもよい。当業者ならば、どのプロモーターが最も好都合であるかを知っており、例えば、プロモーターPtrc、Ptac、Plac(Dickson et al, 1975, Science 187(4171), 27; de Boer et al, 1983, Proc Natl Acad Sci U S A, 80(1), 21; Brosius et al, 1985, J Biol Chem, 260(6), 3539)またはλプロモーターcI(Ptashne M, 1986, Blackwell Scientific, Cambridge, MA; Ptashne M, 2004, Cold Spring Harbor Lab Press; Little J, 2004, Richard Calenda ed. Oxford University Press)が広く用いられている。
【0017】
遺伝子がオペロンを形成している場合には、これらの遺伝子の、一つの補足的コピーを単一のプロモーターの制御下に付加することにより、それらの発現を増強することができる。発現はまた、染色体野生型プロモーターをその野生型プロモーターより強力な人工プロモーターに置き換えることで増強させることもできる。当業者であれば、プロモーター強度をいかにして決定すればよいかを知っている。
【0018】
遺伝子の発現を高めるには、遺伝子は染色体にコードされていてもよいし、あるいは染色体外にコードされていてもよい。遺伝子コピーは染色体内に付加されても染色体外に付加されてもよい。染色体内の場合、1または数個の付加的コピーがゲノム上に存在することになり、これは当業者に公知の組換え法により導入することができる。染色体外の場合、遺伝子は種々のタイプのプラスミドまたは細菌人工染色体により運ばれることになり、複製起点が異なり、ひいては細胞内でのコピー数も異なる。それらの遺伝子は1〜5コピー、約20コピー、または最大500コピーとして存在してよく、これらは堅実な複製を伴う低コピー数プラスミド(例えば、pSC101、RK2)、低コピー数プラスミド(例えば、pACYC、pRSF1010)または高コピー数プラスミド(例えば、pSK bluescript II)に相当する。本発明の好ましい実施形態では、sdh遺伝子は染色体外発現を用いて過剰発現させることができる。本発明のこの実施形態では、sdh遺伝子は細菌人工染色体により運ばれる。
【0019】
酵素の発現は、対応するメッセンジャーRNA(Carrier and Keasling, 1998, Biotechnol. Prog. 15, 58)またはタンパク質(例えば、GSTタグ、Amersham Biosciences)を安定化または脱安定化する要素によって増進または低減することができる。
【0020】
本発明による微生物は、本発明に従って増強される遺伝子の1または数個の対立遺伝子を含む。好ましくは、本発明による微生物は、コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素をコードする遺伝子の、一つの補足的コピーを保有する。本発明の好ましい実施形態では、これらの遺伝子は細菌人工染色体pCC1BACにクローニングされる。
【0021】
本発明の別の実施形態では、微生物は大腸菌の4つの遺伝子sdhA、sdhB、sdhCおよびsdhDの、一つの補足的コピーを含む。該補足的コピーの遺伝子はオペロンを形成してもよい。本発明の特定の実施形態では、微生物は、大腸菌のコハク酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の少なくとも一つの付加的コピーを含んでなる。
【0022】
本発明の説明において、遺伝子およびタンパク質は大腸菌における対応する遺伝子の名称を用いて特定される。しかしながら、特に断りのない限り、これらの名称の使用は本発明に従ったより一般的な意味を有し、他の生物、より詳細には微生物の、対応する遺伝子およびタンパク質の総てを包含する。
【0023】
PFAM(protein families database of alignments and hidden Markov models; http://www.sanger.ac.uk Software/Pfam/)は、タンパク質配列アラインメントの大きなコレクションである。各PFAMは、複数のアライメントの可視化、タンパク質ドメインの閲覧、生物間の分布の評価、他のデータベースへのアクセス、および既知のタンパク質構造の可視化を可能とする。
【0024】
COGs(clusters of orthologous groups of proteins; http://www.ncbi.nlm.nih.gov/COG/)は、30の主要な系統発生的系統を表す66の完全に配列決定されたゲノム由来のタンパク質配列を比較することによって得られる。各COGは少なくとも3つの系統から定義され、前者の保存されているドメインの同定を可能とする。
【0025】
相同な配列およびそれらの相同性パーセンテージを特定する手段は当業者によく知られ、特に、ウェブサイトhttp://www.ncbi.nlm.nih. gov/BLAST/から、そのウェブサイトに示されているデフォルトパラメーターとともに使用することができるBLASTプログラムを含む。得られた配列を次に、例えば、プログラムCLUSTALW(http://www.ebi.ac.uk/clustalw/)またはMULTALIN(http://prodes.toulouse.inra.fr/multalin/cgi-bin/multalin.pl)を、そのウェブサイトに示されているデフォルトパラメーターとともに用いて活用(例えば、アライン)することができる。
【0026】
当業者ならば、既知の遺伝子に関してGenBankで得られる参照を用いて、他の生物、細菌株、酵母、真菌、哺乳類、植物などにおける等価な遺伝子を同定することができる。この慣例的な作業は、他の微生物に由来する遺伝子と配列アラインメントを行い、別の生物で対応する遺伝子をクローニングするための縮重プローブを設計することにより同定可能なコンセンサス配列を用いて行うのが有利である。これらの分子生物学の常法は当業者によく知られ、例えばSambrookら(1989 Molecular Cloning: a Laboratory Manual. 2nd ed. Cold Spring Harbor Lab., Cold Spring Harbor, New York.)により主張されている。
【0027】
本発明による改変微生物は、メチオニン生産を増強するための他の改変をさらに含んでなってもよい。好ましくは、本発明の微生物は、sdh酵素をコードする遺伝子の発現の増強に加えて、メチオニン生産を増強するための付加的改変を含んでなる。メチオニン生産を向上させるための改変は当技術分野でよく知られている。これらの改変は、例えば、WO2009/043803、WO2007/077041、WO2005/111202に記載されており、これらの文献は引用することにより本明細書の開示の一部とされる。メチオニン生産の向上のために、微生物は下記からなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の発現の増強を示し得る。
【0028】
・WO2009/043803に記載されているような、原形質周辺硫酸塩結合性タンパク質をコードするcysP
・WO2009/043803に記載されているような、硫酸塩ABC輸送体の成分をコードするcysU
・WO2009/043803に記載されているような、膜結合硫酸塩輸送タンパク質をコードするcysW
・WO2009/043803に記載されているような、硫酸透過酵素をコードするcysA
・WO2009/043803に記載されているような、O−アセチルセリンスルフヒドララーゼをコードするcysM
・WO2009/043803に記載されているような、亜硫酸レダクターゼのそれぞれαサブユニットおよびβサブユニットをコードするcysIおよびcysJ(好ましくは、cysIとcysJは一緒に過剰発現されるのが好ましい)
・WO2009/043803に記載されているような、亜硫酸レダクターゼαサブユニットをコードするcysI
・WO2009/043803に記載されているような、アデニリル硫酸レダクターゼをコードするcysH
・WO2007/077041に記載されているような、セリンアシルトランスフェラーゼをコードするcysE
・WO2009/043803に記載されているような、テトラヒドロ葉酸依存性アミノメチルトランスフェラーゼをコードするgcvT
・WO2009/043803に記載されているような、アミノエチル基の担体をコードすることによりグリシン切断に関与するgcvH
・WO2009/043803に記載されているような、グリシンデヒドロゲナーゼをコードするgcvP
・WO2009/043803に記載されているような、リポアミドデヒドロゲナーゼをコードするlpd
・特許出願WO2009/043803に記載されているような、ホスホグリセル酸デヒドロゲナーゼをコードするserA
・特許出願WO2009/043803に記載されているような、ホスホセリンホスファターゼをコードするserB
・特許出願WO2009/043803に記載されているような、ホスホセリンアミノトランスフェラーゼをコードするserC
・WO2009/043803に記載されているような、セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼをコードするglyA
・WO2007/077041に記載されているような、5,10−メチレンテトラヒドロ葉酸レダクターゼをコードするmetF
・WO2005/111202に記載されているような、S−アデノシルメチオニンおよび/またはメチオニン(mathyonine)に対するフィードバック感受性が低減されたホモセリンスクシニルトランスフェラーゼをコードするmetA対立遺伝子
・WO2009/043803に記載されているような、トレオニンに対するフィードバック阻害が低減されたアスパルトキナーゼ/ホモセリンデヒドロゲナーゼをコードするthrAまたはthrA対立遺伝子
・WO2007/077041に記載されているような、B12依存性ホモシステイン−N5−メチルテトラヒドロ葉酸トランスメチラーゼをコードするmetH
本発明の別の実施形態では、微生物は下記遺伝子の少なくとも一つの発現の阻害を示し得る。
・WO2009/043803に記載されているような、ピルビン酸キナーゼをコードするpykA
・WO2009/043803に記載されているような、ピルビン酸キナーゼをコードするpykF
・WO2009/043803に記載されているような、ホルミルテトラヒドロ葉酸デホルミラーゼをコードするpurU
・JP2000/157267に記載されているような、メチオニンレプレッサーをコードするmetJ
【0029】
本発明の別の実施形態では、フィードバック阻害が改変された酵素をコードする下記の改変遺伝子が使用可能である。
【0030】
・WO2005108561に記載されているような、メチオニンおよびS−アデノシルメチオニンに対するフィードバック感受性が低減された酵素をコードするmetA突然変異体
・WO2005108561に記載されているような、トレオニンに対するフィードバック感受性が低減されたthrA突然変異体
【0031】
本発明によれば、微生物は、引用することにより本明細書の一部とされる特許出願WO2004/076659に記載されているように、メチオニン生産を増大させるために、O−スクシニル−ホモセリンからのホモシステインの生産に優先的にまたは排他的にH2Sを用いる変更されたmetB対立遺伝子を用いることによりさらに改変してもよい。
【0032】
上記に開示されたメチオニン生産に関する特許および特許出願は、引用することにより本明細書の開示の一部とされる。
【0033】
発現の減弱、発現の低減、または減弱、阻害は、本明細書では互換的に用いられ、同様の意味を有する。本明細書において、この用語は遺伝子発現の部分的または完全な抑制を表し、そしてこれは「減弱された」ことを示す。この発現の抑制はその遺伝子の発現の阻害、その遺伝子発現に必要なプロモーター領域の全部もしくは一部の欠失、その遺伝子のコード領域における欠失、またはプロモーターとより弱い天然もしくは合成プロモーターとの交換のいずれかであり得る。優先的には、遺伝子の減弱は本質的にはその遺伝子の完全な欠失であり、その遺伝子をそれらの株の同定、単離および精製を助ける選択マーカー遺伝子で置換することができる。
【0034】
本発明の特定の実施形態では、改変微生物は、cysP、cysU、cysW、cysA、cysM、cysJ、cysI、cysH、cysE、gcvT、gcvH、gcvP、lpd、serA、serB、serC、glyA、metF、metA(フィードバック感受性が低減されている)、thrAおよびmetHからなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子を過剰発現する。
【0035】
本発明の別の実施形態では、改変微生物は、pykA、pykF、metJおよびpurUからなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の発現が減弱されている。
【0036】
本発明の別の実施形態では、改変微生物は、cysP、cysU、cysW、cysA、cysM、cysJ、cysI、cysH、cysE、gcvT、gcvH、gcvP、lpd、serA、serB、serC、glyA、metF、metA(フィードバック感受性が低減されている)、thrA(優先的にはフィードバック感受性が低減されている)およびmetHからなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子を過剰発現し、pykA、pykF、metJおよびpurUからなる群から選択される少なくとも一つの遺伝子の発現が減弱されている。
【0037】
本発明の好ましい実施形態では、該微生物はcysP、cysU、cysW、cysA、cysM、cysJ、cysI、cysH、cysE、gcvT、gcvH、gcvP、metF、metA(フィードバック感受性が低減されている)、thrA(優先的にはフィードバック感受性が低減されている)およびmetH、serA、serB、serC、glyAを過剰発現し、遺伝子pykA、pykF、metJおよびpurUを抑制する。
【0038】
当業者ならば、メチオニン生産を至適化するためには他の遺伝子を改変する必要があり得ることが分かるであろう。これらの遺伝子は、特に、引用することにより本明細書の一部とされるWO2007/077041およびWO2007/020295で同定されている。
【0039】
培養培地
本発明の方法において、改変微生物は炭素源と硫黄源を含んでなる適当な培養培地で培養される。「適当な培養培地」とは、微生物の培養および増殖に適当な培地である。このような培地は、培養する微生物にもよるが微生物発酵の分野の熟練者にはよく知られている。
【0040】
本発明による「炭素源」とは、微生物の正常な増殖を支えるために当業者が使用可能な任意の炭素源を表し、六炭糖(グルコース、ガラクトースまたはラクトースなど)、五炭糖、単糖類、二糖類、オリゴ糖(スクロース、セロビオースまたはマルトース)、糖蜜、デンプンまたはその誘導体、ヘミセルロース、グリセロールおよびそれらの組合せであり得る。特に好ましい単純炭素源はグルコースである。もう一つの好ましい単純炭素源はスクロースである。
【0041】
L−メチオニンの発酵生産に用いられる硫黄源は、硫酸塩、チオ硫酸塩、硫化水素、ジチオン酸塩、亜ジチオン酸塩、亜硫酸塩、メチルメルカプタン、ジメチルジスルフィドまたはその組合せのいずれであってもよい。
【0042】
本発明の好ましい実施形態では、硫黄源は硫酸塩および/またはチオ硫酸塩である。
窒素源はアンモニウム塩またはアンモニアガスである。
【0043】
メチオニン生産の向上
本発明では、メチオニン/炭素源収率は、コハク酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の発現を増強することによって増大される。「メチオニン/炭素源収率」との用語は、発酵中に得られたメチオニンの量を消費された炭素源の量で割ったものと定義する。これはメチオニン(g)/炭素源(g)またはメチオニン(mol)/炭素源(mol)のパーセントで表すことができる。明細書において「増強された」との用語は、その特定の改変のない微生物および/またはその改変のない培養培地に比べての、測定可能な増加を表す。好ましい実施形態において、増強は少なくとも1%g/g、好ましくは少なくとも2%g/g、より好ましくは4%である。
【0044】
この増強を測定するためには、グルコースの消費量と、メチオニンの生産量とを測定しなければならない。消費された炭素源の量は、屈折率測定検出HPLCにより、または流加溶液についてはBrixの方法に従って、培養培地中のグルコース濃度を測定することにより算出する。バッチ培養では、消費グルコースは、実験開始時の残留グルコース量から実験終了時の残留グルコース量を差し引いたものに相当する。流加発酵では、消費グルコース量は、植菌物中のグルコースと流加段階に注入したグルコース量を足して、実験終了時の残留グルコース量を差し引いた、バッチ培養中のグルコース合計に相当する。
【0045】
「得られるメチオニン」との用語には、L−メチオニンと容易に回収可能なメチオニン誘導体NAMが含まれる。培地において得られるメチオニンの量は、標品としてL−メチオニン(Fluka, Ref 64319)を用いた、OPA/Fmoc誘導体化後のHPLCにより測定される。NAMの量は、標品としてNAM(Sigma, Ref 01310)を用いた屈折率測定検出HPLCを用いて測定される。
【0046】
メチオニンの回収
発酵後のL−メチオニン、その前駆体またはそれに由来する化合物(例えばN−アセチル−メチオニン)は回収されて、最終的に精製される。生産された化合物を回収および精製する方法は当業者によく知られている(WO2005/007862、WO2005/059155)。
【実施例】
【0047】
実施例1: MG1655 metA11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF DmetJ DpykF DpykA DpurU(pME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11)(pCC1BAC−sdhCDAB−TT02−serB−glyA−serA−serC)およびMG1655 metA11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF DmetJ DpykF DpykA DpurU(pME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11)(pCC1BAC−serB−glyA−serA−serC)
メチオニン生産株は、特許出願WO2009043803、WO2007/077041およびPCT/FR2009/052520に記載され、これらの文献は引用することにより本明細書の開示の一部とされる。
【0048】
1.ベクターpCC1BAC−sdhCDAB−TT02−serB−glyA−serA−serCの構築
コハク酸デヒドロゲナーゼのレベルを高めるために、メチオニン生産株SdhCDABにおいて、コピーコントロールベクターpCC1BAC−serB−glyA−serA−serC(従前に特許出願WO2009043803に記載されているEpicentre製のpCC1BACベクターを使用)におけるそれらの固有のプロモーターとともにクローニングされた4つの遺伝子dhCDAB。
【0049】
このために、大腸菌rrnB遺伝子のT転写ターミネーターであるTT02(Orosz et al., 1991, Eur. J. Biochem. 201, 653)とともにオリゴヌクレオチドsdhCDAB−FおよびsdhCDAB−TT02−R(ウェブサイトhttp://ecogener.org/に参照配列)を用い、MG1655大腸菌ゲノムからsdhCDAB−TT02領域を増幅した。得られたPCR産物をpSCBベクター(Stratagene)にクローニングし、配列決定により確認し、このベクターをpSCB−sdhCDAB−TT02と名付けた。
sdhCDAB−F
【化1】

【0050】
この配列は以下の領域を有する。
・余分な塩基を含む領域(小文字)
・SphIおよびSfoI部位を担持する領域(下線の大文字)
・sdhCDAB領域(753931〜753958)と相同な領域(太字の大文字)
sdhCDAB−TT02−R
【化2】

【0051】
この配列は以下の領域を有する。
・余分な塩基を含む領域(小文字)
・SphI部位を担持する領域(下線の大文字)
・大腸菌rrnB遺伝子のT転写ターミネーター配列に相当するTT02配列の領域(斜体の大文字)
・sdhCDAB領域(757603〜757629)と相同な領域(太字の大文字)
ベクターpCC1BACに遺伝子sdhCDAB−TT02を導入するために、ベクターpSCB−sdhCDAB−TT02を制限酵素SphIで処理し、sdhCDAB−TT02領域を、同じ制限酵素で処理したベクターpCC1BAC−serB−glyA−serA−serCにクローニングした。得られたベクターをpCC1BAC−sdhCDAB−TT02−serB−glyA−serA−serCと名付けた。
【0052】
2.MG1655 met A11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF ΔmetJ ΔpykF DpykA ΔpurU(pMEW101−thrA1−cysE−PgapA−metA11(pCC1BAC−sdhCDAB−TT02−serB−glyA−serA−serC)株の構築
次に、プラスミドpME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11(従前に特許出願WO2007/077041およびPCT/FR2009/052520に記載されている)およびpCC1BAC−sdhCOAB−TT02−serB−glyA−serA−serCを、エレクトロポレーションによりMG1655 met A11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF ΔmetJ ΔpykF DpykA ΔpurU株に導入し、MG1655 metA11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARmst17−metF ΔmetJ ΔpykF DpykA ApurU(pME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11)(pCC1BAC−sdhCDAB−TT02−serB−glyA−serA−serC)株を得た。
【0053】
3.MG1655 metA11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF ΔmetJ ΔpykF DpykA ΔpurU(pME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11(pCC1BAC−serB−glyA−serA−serC)株の構築
プラスミドpME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11(従前に特許出願WO2007/077041およびPCT/FR2009/052520に記載されている)およびpCC1BAC−serB−glyA−serA−serC(従前に特許出願WO2009043803に記載されている)を、エレクトロポレーションによりMG1655 met A11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF ΔmetJ ΔpykF DpykA ΔpurUに導入し、MG1655 met A11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−ARNmst17−metF ΔmetJ ΔpykF DpykA ΔpurU(pME101−tzrA1−cysE−PgaA−metA11)(pCC1BAC−serB−glyA−serA−serC)株を得た。
【0054】
実施例2 株の評価
株1: MG1655 metA11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−AR mst17−metF DmetJ DpykF DpykA DpurU(pME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11)(pCC1BAC−sdhCDAB−TT02−serB−TT07−glyA−serA−serC)
株2: MG1655 metA11 Ptrc−metH PtrcF−cysPUWAM PtrcF−cysJIH Ptrc09−gcvTHP Ptrc36−AR mst17−metF DmetJ DpykF DpykA DpurU(pME101−thrA1−cysE−PgapA−metA11)(pCC1BAC−serB−glyA−serA−serC)
【0055】
生産株を小エルレンマイヤーフラスコで評価した。5.5mLの前培養物を混合培地(2.5g/Lグルコースおよび90%最小培地PC1を含む10%LB培地(Sigma25%))中、37℃で16時間増殖させた。これを用いて、培地PC1においてOD600が0.2となるよう50mL培養物に植菌を行った。必要であれば、スペクチノマイシンおよびカナマイシンを終濃度50mg/Lで、クロラムフェニコールを30mg/Lで加えた。培養温度は37℃とした。培養物のOD600が5〜7に達した際に、細胞外アミノ酸を、OPA/Fmoc誘導体化後にHPLCにより定量し、他の関連の代謝産物は、屈折率測定検出を用いたHPLC(有機酸およびグルコース)およびシリル化後のGC−MSを用いて分析した。各株で3反復した。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
細胞外メチオニン濃度を、OPA/FMOC誘導体化後、HPLCにより定量した。残留グルコース濃度は、屈折率測定検出によるHPLCを用いて分析した。メチオニン収率は次のように表した。
【数1】

表1に示されるように、メチオニン/グルコースの収率(Ymet)は、SdhCDABの過剰発現に基づき増加する。
【0059】
参考文献


【特許請求の範囲】
【請求項1】
メチオニン生産の向上のために改変された微生物を、炭素源と硫黄源とを含んでなる適当な培養培地で培養する工程、および
該培養培地からメチオニンを回収する工程
を含んでなる発酵工程においてメチオニンを生産する方法であって、
該微生物がコハク酸デヒドロゲナーゼ酵素をコードする遺伝子の発現を増強することによりさらに改変されたものである、方法。
【請求項2】
コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素が少なくとも三つのサブユニットを含んでなり、各サブユニットが一遺伝子によりコードされ、各発現が増強される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素をコードする遺伝子の増強された発現が、微生物に該遺伝子の少なくとも一つの補足的コピーを挿入することにより獲得された、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
sdh遺伝子の増強された発現が、微生物に大腸菌の4つの遺伝子sdhA、sdhB、sdhC、およびsdhDの少なくとも一つの補足的コピーを挿入することにより獲得された、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
培養培地中の硫黄源が、硫酸塩、チオ硫酸塩、硫化水素、ジチオン酸塩、亜ジチオン酸塩、亜硫酸塩、またはそれらの種々の供給源の組合せである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
炭素源がグルコースまたはスクロースである、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
培養培地からメチオニンを単離する工程を含んでなる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
微生物が細菌、酵母、および真菌からなる群から選択される、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
適当な培養培地でのメチオニン生産の向上のために改変された微生物であって、コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素をコードする遺伝子の発現を増強することによりさらに改変された微生物。
【請求項10】
コハク酸デヒドロゲナーゼが少なくとも三つのサブユニットを含んでなり、各サブユニットが一遺伝子によりコードされ、各発現が増強された、請求項9に記載の微生物。
【請求項11】
コハク酸デヒドロゲナーゼ酵素をコードする遺伝子の増強された発現が、微生物に該遺伝子の少なくとも一つの補足的コピーを挿入することにより獲得された、請求項9または10に記載の微生物。
【請求項12】
sdh遺伝子の増強された発現が、微生物に大腸菌の4つの遺伝子sdhA、sdhB、sdhC、およびsdhDの少なくとも一つの補足的コピーを挿入することにより獲得された、請求項11に記載の微生物。
【請求項13】
大腸菌由来sdhオペロンの付加的コピーを含んでなる、請求項12に記載の微生物。
【請求項14】
腸内細菌科およびコリネフォーム細菌からなる群から選択される細菌である、請求項8〜13のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項15】
大腸菌およびC.glutamicumからなる群から選択される、請求項14に記載の微生物。

【公表番号】特表2013−516167(P2013−516167A)
【公表日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−546510(P2012−546510)
【出願日】平成21年12月30日(2009.12.30)
【国際出願番号】PCT/IB2009/056063
【国際公開番号】WO2011/080542
【国際公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【出願人】(505311917)メタボリック エクスプローラー (26)
【Fターム(参考)】