説明

コーヒー抽出液の製造法

【課題】容器詰コーヒーの製造などに使用するコーヒー抽出液の製造にあたり、その加熱工程におけるスケールの発生を抑制し、該スケールの発生によるトラブルを防止したコーヒー抽出液の製造方法を提供すること。
【解決手段】容器詰コーヒーの製造などに使用するコーヒー抽出液の製造における加熱工程において発生するスケールを、コーヒー抽出液に対してフィチン酸分解酵素処理することにより、効果的に抑制する。本発明のコーヒー抽出液の製造方法は、コーヒー抽出液の製造において、スケールの発生を防止するだけでなく、本発明の製造法で製造したコーヒー抽出液を用いて製造した容器詰めコーヒー飲料は、保存期間中の濁りや沈殿の発生が少ない、品質の優れた容器詰めコーヒー飲料を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、容器詰コーヒーの製造などに使用するコーヒー抽出液の製造にあたり、コーヒー抽出液をフィチン酸分解酵素と反応させることによって、処理することにより、その加熱工程におけるスケールの発生を抑制し、該スケールの発生によるトラブルを防止したコーヒー抽出液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の容器詰め飲料等の需要の増大にしたがって、各種の植物原料から抽出した飲料が提供されている。その中で、容器詰めコーヒー飲料も主要な位置を占めている。容器詰めコーヒー飲料の製造に際しては、コーヒー抽出液の製造が基本となるが、通常、コーヒー抽出液の製造には、コーヒー豆からの抽出工程に引き続き、充填前に熱交換機を用いた加熱操作が行なわれている。かかる加熱操作において、しばしばスケールの発生によるトラブルが起こる。
【0003】
特に、近年では消費者の嗜好の多様性に応えるために、従来品よりもコーヒー豆の使用率が高いコーヒー飲料、すなわち濃度の濃いコーヒー飲料を製造しようという試みがあり、そのような製品を連続生産しようとすると、コーヒー抽出液の製造ラインの熱交換器プレート上に、不溶固形物、いわゆるスケールが発生して、そのスケールが剥がれ流れることでメッシュの目詰まりがおこり、製造効率が下がるという問題が発生することがあった。そのような場合に、従来、このようなトラブルを回避する有効な手段が見出されないできた。その理由のひとつとして、このような問題を解決するためには、トラブルの原因を突き止める必要があるが、スケール発生の有無を確認するための試験には、大量の抽出液を熱交換器に連続的に供する必要があり、その困難性から検討が遅れていたということが挙げられる。
【0004】
一方で、飲食品の製造機械に限らず、工業用のボイラー、冷却塔、蒸発器、熱交換器等の装置においては、従来より、スケールの発生を防止するために、スケール防止剤が用いられている。かかるスケール防止剤としては、例えば、ホスホン酸塩や重合燐酸塩、ポリアクリル酸やその塩、ポリマレイン酸やその塩、硼酸、ホスホン酸、カルボン酸/スルホン酸重合体、硫酸イオンなど各種のスケール防止剤が知られている。しかし、工業用の装置や設備に使用されているこの種のスケール防止剤は、コーヒー抽出液の製造ラインのような飲食品の製造ラインには使用することができない。したがって、今日まで、コーヒー抽出液の製造ラインのような飲食品の製造ラインのスケールの発生を防止する効果的なスケール防止剤はなく、スケールの発生を防止する有効な手段が見い出されないできた。
【0005】
他方で、食品製造技術において、酵素を反応させることにより、その食品の香味や品質等を改良することは一般的に広くおこなわれている。コーヒーについても例外ではなく、コーヒー抽出液に対して、各種酵素を作用させる技術が提案されている。特開昭60−203144号公報には、ヒドロキシシナミック酸エステル分解酵素を作用することで香味の改良をおこなうことが記載されている。また、特開平07−227211号公報には、コーヒー抽出液にプロテアーゼを反応させることによるコーヒー味質の改良技術が開示されている。さらに、特開2006−149235号公報にはラッカーゼ処理によりヒドロキシヒドロキノンの低減を図る技術が記載されている。このようにコーヒー抽出液に対する酵素処理は広くおこなわれているが、その中でも特に容器詰めコーヒー飲料を製造する際の課題である製品液中の濁りや沈殿の発生抑制を目的とする内容の技術提案が多くなされている。
【0006】
例えば、特開昭61−293371号公報にはセルラーゼ処理によるコーヒーエキス中の濁りの抑制技術が記載されている。特開平7−184546号公報にはアルカリ性金属塩とマンナン分解酵素の併用処理による容器詰コーヒー飲料の沈殿発生抑制技術が開示されている。なお、マンナン分解酵素処理による沈殿抑制についてはこれ以外にも特開平7−274833号公報、特開2002−330700号公報など数多くの公報での開示がある。これらの沈殿抑制技術のうちの一部は、すでに実用化もされており、その効果は大きい。
【0007】
上記するように、コーヒー抽出液の製造に際して、コーヒー味質の改良や、製品液中の濁りや沈殿の発生抑制を目的として、各種の酵素の利用が提案されている。しかし、これらの濁りや沈殿の発生抑制のための酵素処理においても、コーヒー飲料にした段階での保存中の沈殿を抑制するものがほとんどであり、製造工程中における沈殿やスケールを防止することを目的にしたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭60−203144号公報
【特許文献2】特開昭61−293371号公報
【特許文献3】特開平7−184546号公報
【特許文献4】特開平7−227211号公報
【特許文献5】特開平7−274833号公報
【特許文献6】特開2002−330700号公報
【特許文献7】特開2006−149235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、容器詰コーヒーの製造などに使用するコーヒー抽出液の製造にあたり、その加熱工程におけるスケールの発生を抑制し、該スケールの発生によるトラブルを防止したコーヒー抽出液の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく、コーヒー抽出液の製造工程におけるスケールの発生の原因とその抑制方法について鋭意検討する中で、スケールの発生の原因をつきとめ、容器詰コーヒーの製造などに使用するコーヒー抽出液の製造での加熱工程において発生するスケールを、フィチン酸分解酵素処理することにより、効果的に抑制することができることを見い出し、そして、この方法により、従来のコーヒー抽出液の製造工程において起こっていた、スケールの発生によるトラブルを未然に防止することが可能であることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、コーヒー抽出液の製造工程において、コーヒー抽出液をフィチン酸分解酵素処理することを特徴とするスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法からなる。本発明において、フィチン酸分解酵素としては、例えば、アスペルギルス属、ペニシリウム属、又はムコール属由来のフィターゼを挙げることができる。特に、好ましい酵素としては、アスペルギルス・ニガー由来のフィターゼを挙げることができる。本発明における、フィチン酸分解酵素処理は、コーヒー抽出液の製造工程において、熱交換器で加熱を行う前工程で行なう必要があり、好ましくは抽出液がストレージタンク中にある段階で行なう。必要な酵素量を抽出液に対して添加するのが通常であるが、予め抽出用水に添加しておくことも可能である。
【0012】
本発明のコーヒー抽出液の製造方法により、容器詰めコーヒー飲料等の製造に際して、スケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法を提供することができる。本発明のコーヒー抽出液の製造方法は、コーヒー抽出液の製造において、スケールの発生を防止するという利点を有するだけでなく、本発明の製造法で製造したコーヒー抽出液を用いて製造した容器詰めコーヒー飲料は、保存期間中の濁りや沈殿の発生が少ないという特徴を有しており、本発明のコーヒー抽出液の製造方法により、品質の優れた容器詰めコーヒー飲料を提供することができる。本発明のコーヒー抽出液の製造方法において、コーヒー抽出に用いるコーヒー豆のL値が、15〜27であることが好ましい。
【0013】
すなわち具体的には本発明は、[1]コーヒー抽出液の製造工程において、コーヒー抽出液をフィチン酸分解酵素処理することを特徴とするスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法や、[2]フィチン酸分解酵素が、アスペルギルス・ニガー由来のフィターゼであることを特徴とする前記[1]記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法からなる。
【0014】
また本発明は、[3]コーヒー抽出液をフィチン酸分解酵素処理する工程が、コーヒー抽出液の加熱工程以前の工程であることを特徴とする上記[1]又は[2]記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法や、[4]コーヒー抽出液の加熱工程が、熱交換器で加熱を行なう工程であることを特徴とする上記[3]記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法や、[5]コーヒー抽出に用いるコーヒー豆のL値が15〜27であることを特徴とする上記[1]〜[4]のいずれか記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法や、[6]上記[1]〜[5]記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法を用いることを特徴とする容器詰めコーヒー飲料の製造方法からなる。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、コーヒー抽出液の製造において、熱交換器での加熱処理に際して、従来、製造上のトラブルのひとつとなっていた、スケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法を提供する。そして、本発明のコーヒー抽出液の製造方法におけるスケールの発生の防止処理は、コーヒー抽出液の味覚に、マイナスとなるような影響を及ぼすことなく有効に行なうことができるというばかりでなく、本発明の方法によって製造したコーヒー抽出液を用いて製造した容器詰めコーヒー飲料は、保存後も沈殿や濁りの発生が抑制されるという特徴を有することから、本発明のコーヒー抽出液の製造方法は、品質の優れた容器詰めコーヒー飲料の提供を可能とする。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、コーヒー抽出液の製造工程において、コーヒー抽出液に対してフィチン酸分解酵素処理することを特徴とするスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法か
らなる。
【0017】
本発明のコーヒー抽出液の原料となるコーヒー豆は、一般にコーヒー豆と呼ばれるものであれば、アラビカ種、ロブスタ種に限らず、また産地、等級、焙煎度、粉砕粒度などに限定されず、いずれも使用可能である。このコーヒー豆に対して、従来からコーヒー飲料製造用途等に用いられている方法を用いて抽出をおこなえばよい。なお、工業的なコーヒー抽出液の製造法については「最新・ソフトドリンクス(光琳)」に詳しい。例えば、ドリップ式、攪拌浸漬式などの抽出法があげられるが、これらに限定されることなく同等品質のコーヒー抽出液が得られればいずれの方法でも取りえる。もちろん、今後開発されるであろう抽出方法であっても使用可能である。
【0018】
また本発明のコーヒー抽出液の製造に用いるコーヒー豆の焙煎度は、好ましくは、一般的に用いられる米国式の8段階の呼称では、フレンチローストからライトローストであり、これはL値15〜27程度の範囲である。なお、ここでいうL値は、国際照明委員会(CIE)によって規格化されたもので、日本でもJIS Z8729に採用されているものである。また、L値の測定は、日本電色工業株式会社製分光式色彩計SA−2000を用いて行うことができる。
【0019】
焙煎度が深いコーヒー豆と比較して、焙煎度が浅いコーヒー豆を用いて抽出を行った場合、そのコーヒー抽出液は酸味の元となる有機酸をより多く含有することが知られているが、本発明者らは、焙煎度が浅いコーヒー豆から抽出した場合、コーヒー抽出液には有機酸の中でもフィチン酸が多く、容器詰コーヒーの製造などに使用するコーヒー抽出液の製造での加熱工程において発生するスケールを、フィチン酸分解酵素処理することにより、効果的に抑制することができることを見い出した。すなわち、焙煎が浅い場合のほうが、加熱工程においてスケールが発生しやすく、本発明が効果的に作用する。従って、本発明のコーヒー抽出液の製造に用いるコーヒー豆の焙煎度は、好ましくはL値15〜27、更に好ましくは19〜25程度の範囲において、特に高い発明の効果を発揮することができる。
【0020】
抽出条件についても同様であり、90℃以上の熱水で抽出するのが常法ではあるが、それ以下の温水や、常温水等で抽出してもよい。コーヒー豆の使用率についても特に限定はないが、本発明の作用効果であるスケール発生防止効果を明確にするためには、最終的な製品液あたり4.5重量%以上、特に5.0重量%以上の比較的高い使用率の方が望ましい。
【0021】
本発明において、フィチン酸分解酵素の好適例として使用されるフィターゼは植物、微生物、ある種の動物組織に存在し、該酵素自体は古くから知られており、豆(N. C. Mandal, S. Burman and B. B. Biswas, Phytochemistry, 11, 495-502 (1972)) や、小麦(Y. Nagai and S. Funahashi, Agric. Biol. Chem., 26,794-803 (1962))などの植物や微生物に発見されている。工業的にフィターゼを得るには、フィターゼを高生産する微生物を選択し、培養によって得るのが効率よい製造法であり、現在までに、フィターゼを生産すると報告されている微生物は、アスペルギルス(Aspergillus)属、ペニシリウム(Penicillium)属、ムコール(Mucor)属のカビ(T. R. Shieh and J. H. Ware, Applied Microbiology, 16, 1348-1351 (1968)) と細菌、酵母が知られている。
【0022】
その中でも代表的なものは、アスペルギルス属の糸状菌からのもので、その一部は酵素製剤として商品化されており、これまで主として飼料用途に用いられてきた。近年では食品分野においても酒、焼酎の製造や豆乳の製造、製パン等にも用いられている。本発明ではフィターゼに限らずフィチン酸分解活性を有する限り、酵素メーカー各社から発売しているものを適宜使用できる。スミチームPHY(R)(新日本化学工業株式会社)、Pytase Novo(R)(ノボインダストリー)、フィターゼ協和(R)(協和発酵工業株式会社)などが例示できるが、作用効果の強さの面からは、アスペルギルス・ニガー由来のフィターゼの製剤、例えばスミチームPHY(R)を使用することが好ましい。
【0023】
使用するフィチン酸分解酵素の量は、当該酵素の力価に応じて適宜決めればよい。スミチームPHY(R)(力価2000u/g)の場合には、最終的な製品液に対して0.0001重量%以上、好ましくは0.0002重量%以上、さらに好ましくは0.00025重量%以上使用するのが好ましい。使用量の上限は特に限定がないが、酵素量が増えるとコストが上がるので効果を発揮する必要最低限の量を添加することが望ましい。
【0024】
反応温度についても使用するフィチン酸分解酵素の熱安定性を参考にして適宜決めればよい。スミチームPHY(R)であれば45℃〜60℃で反応をおこなうことが望ましいが、コーヒー抽出液の品質維持の観点からはできるだけ低い温度の方が望ましいので、その点のバランスを調整して最適な温度を決めればよい。45℃から60℃になるように温度調整した場合であれば約30分間攪拌しつつ反応すれば本発明の効果が得られる。
【0025】
反応時のpHも同様に使用するフィチン酸分解酵素の至適pH等を参考にして適宜決めて、炭酸水素ナトリウム等で調整すればよい。スミチームPHY(R)はpH4.5からpH6.5で実用的に作用するため、一般的なコーヒー抽出液に対しては、無調整で使用可能である。また、反応にあたっては、別の酵素、例えば、マンナン分解酵素やセルラーゼ、クロロゲン酸分解酵素、プロテアーゼなどと同時に反応させることで相乗、相加効果を狙うことも可能である。
【0026】
具体的には次のようにしてコーヒー抽出液を製造する。まず、商業的なコーヒー抽出液の製造に際しては一旦比較的濃度の高い状態で抽出した後、調合段階で適宜希釈するのが一般的な製造方法である。したがって、通常ブリックス値で製品の2倍から3倍程度の濃度のコーヒー抽出液を得ることになる。その抽出液を熱交換器に通して反応温度になるよう冷却してから、固液分離、遠心分離によりコーヒー豆抽出残さを除去して、一旦、ストレージタンクに入れられる。その時点で酵素を添加して、反応をおこなえばよい。若しくは、予め抽出用水に酵素を添加しておいてもよい。反応後、一般的には希釈水を適量添加して最終的な製品の濃度に合わせると同時に、炭酸水素ナトリウムなどを用いてpHを製品とするのに適した、例えばpH6程度に調整してから、以下の熱交換器による加熱工程に供される。
【0027】
容器詰めコーヒー飲料を製造する場合には、缶容器などに充填するに際してホットパック充填するために、予め熱交換器を通して80〜90℃程度まで昇温する。(その後、レトルト殺菌する。)またPETボトルなどに充填する場合には、熱交換器の機能を有するUHT殺菌機に通して100℃以上に加熱してからそのまま充填することもある。前述の製造法は、コーヒー抽出液のみを使用したいわゆるブラックコーヒーの場合を示したが、調合段階で砂糖などの糖類や、スクラロース、アセスルファムK、ステビアなどの高甘味度甘味料を配合してもよいし、牛乳や粉乳などの乳類、香料などそのほかの原料も適宜配合できるのはいうまでもない。なお、容器詰めコーヒー飲料の製造法は、成書「最新・ソフトドリンクス(光琳)」を参考にできる。また、本発明のコーヒー抽出液は容器詰め飲料以外にも適用可能である。例えば、各種飲食品原料とするコーヒーエキスや、カップディスペンサー用のコーヒー原液の製造にも利用できる。
【0028】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
[実施例1、比較例1]
ブラジル産、タンザニア産等の焙煎ブレンド豆を粉砕して100kg使用した。コーヒー抽出機で常法に則り90℃の熱水で抽出した。続いて、熱交換器を通して約50℃まで冷却してから、固液分離、遠心分離をおこなって酵素処理の対象となるコーヒー抽出液を得た。この抽出液は900L得られ、pHは5.5であった。これにスミチームPHY(R)を最終的な製品液に対して0.0005重量%になるように加え、ゆっくり攪拌しつつ30分間保持した。反応終了後、炭酸水素ナトリウムと希釈水を添加して、pHを6.3の製品液2000Lを得た。
【0030】
この製品液を熱交換器(90℃、30秒間)に供したのち、缶容器に充填したのち、レトルト殺菌(121℃、10分間)して本発明の製造方法をおこなった。また、同様に調製した抽出液に対し、コーヒー飲料製品中での沈殿防止に効果があるマンナン分解酵素(セルロシンGM5(R))を最終的な製品液に対して0.00012重量%になるように添加して、反応温度を30℃にする以外は全く同様にして製造を行い比較例とした。
【0031】
こうして得られたそれぞれ2000Lの製品液を通液した後の、熱交換器の出口メッシュの状況を確認したところ、実施例の場合にはスケールが剥離したと思われる不溶固形物の重量が約0.5gであったのに対して、比較例の場合には約2.5gであった。また、熱交換器中のプレートを観察すると、比較例の場合には全面的にスケールが付着していたが、実施例の場合にはスケールの付着は微量であった。よって、本発明品は製造工程の加熱工程におけるスケールの発生を抑制できることがわかった。
【0032】
[実施例2〜4、比較例2]
粉砕したブラジル産アラビカ種の焙煎コーヒー豆300gに対して、90℃の熱水5000mlを用いて常法にしたがってコーヒー抽出液を調製した。これに、スミチームPHY(R)を最終的な製品液に対して0.00012重量%、0.00025重量%、0.0005重量%になるように添加して、30分間50℃に保った。同時に酵素無添加のコントロールも調製した。反応後、これらの抽出液に対して希釈用の水と重曹を加えて、全量を10000mlに、またpHを6.1に調整した。これらの調合液を熱交換器(90℃、30秒間)に供して加熱をおこなった後缶容器に充填し、レトルト殺菌を行なった。
【0033】
その試作品を60℃で4週間保存して、外観(目視)と香味(官能評価)の確認をおこなった。結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1の確認結果において、沈殿(目視)は、プラスティックの透明カップに全量移して、カップ底部の沈殿の量を目視で評価した。評価は、次の基準で行なった(−:ない。±:ほぼない。+:少しある。++:多い。)。濁り(濁度)は、分光光度計(島津製作所UVmini−1240)を用いて波長720nmの吸光度を測定した。官能評価は、10名のパネリストにより、比較例をコントロールとして官能評価をおこない、その平均をとった。評価は、次の基準で行なった(+:やや優れている。++:優れている。+++:非常に優れている。)
【0036】
本実施例の試験結果から、フィチン酸分解酵素処理を行なうことで製品保存時の濁り、沈殿が抑えられることが確認できた。また、香味も比較例よりも優れていた。更に、酵素処理の効果は最終製品あたり、0.0001重量%以上添加すれば有効であること、0.00025重量%以上あれば特に有効であることが明かとなった。
【0037】
前述の通り、焙煎度が深いコーヒー豆と比較して、焙煎度が浅いコーヒー豆を用いた場合の方が、本発明はより効果的に作用する。すなわち、浅煎りの豆の場合、その抽出液加熱工程時の固化物の生成の原因となるフィチン酸含量が多く、その発生危害は高い。これらの豆に対してフィチン酸分解酵素で処理することによって、その危害を低減することができる。なお、フィチン酸はフィチン酸分解酵素により分解され、遊離のリン酸を生成する。よって、本発明の効果は、フィチン酸分解酵素処理前後の抽出液における遊離のリン酸量を測定、比較することで簡易に明らかにすることができる。このことを示す本発明の実施形態について以下に示す。
【0038】
[実施例5〜8]
粉砕したコロンビア産アラビカ種の焙煎コーヒー豆(L値19、21、23、25)300gに対して、90℃の熱水5000mlを用いて常法にしたがってコーヒー抽出液を調整した。これにスミチームPHY(R)を最終的な製品液に対して0.0005重量%になるように添加して、30分50℃に保った。同時に酵素無添加のコントロールも調整した。反応後、これらの抽出液に対して希釈用の水と重曹を加えて、調合液を熱交換器(90℃、30秒間)に供して加熱後、缶容器に充填し、レトルト殺菌を行った。これら試作品に対し、HPLCを用いて遊離のリン酸量を測定し、比較を行なった。その結果を表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
(リン酸の測定方法)
[HPLC分析]:
試料溶液を0.45μm親水性PTFEフィルター(アドバンテック(株)製、DISMIC−13HP)で濾過した後、以下条件にてHPLCを用いて定量する。
<装置>:アライアンスHPLC/PDAシステム(日本ウォーターズ株式会社製)。
<カラム>:Shodex RSpak KC−811。
<移動相A液>:4mM過塩素酸 流速1.0mL/min。
<検出>:ポストカラムBTB法(455nm)。
<カラム温度>:50℃。
<サンプル量>:10μL。
<好適な測定濃度範囲>:10mg/100mL−100mg/100mL。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、コーヒー抽出液の製造において、熱交換器での加熱処理に際して、従来、製造上のトラブルのひとつとなっていた、スケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法を提供する。本発明の方法によって製造したコーヒー抽出液を用いて製造した容器詰めコーヒー飲料は、保存後も沈殿や濁りの発生が抑制されるという特徴を有することから、本発明のコーヒー抽出液の製造方法は、品質の優れた容器詰めコーヒー飲料の提供を可能とする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーヒー抽出液の製造工程において、コーヒー抽出液をフィチン酸分解酵素処理することを特徴とするスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法。
【請求項2】
フィチン酸分解酵素が、アスペルギルス・ニガー由来のフィターゼであることを特徴とする請求項1記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法。
【請求項3】
コーヒー抽出液をフィチン酸分解酵素処理する工程が、コーヒー抽出液の加熱工程以前の工程であることを特徴とする請求項1又は2記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法。
【請求項4】
コーヒー抽出液の加熱工程が、熱交換器で加熱を行なう工程であることを特徴とする請求項3記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法。
【請求項5】
コーヒー抽出に用いるコーヒー豆のL値が15〜27であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5記載のスケールの発生を防止したコーヒー抽出液の製造方法を用いることを特徴とする容器詰めコーヒー飲料の製造方法。

【公開番号】特開2010−166910(P2010−166910A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−293053(P2009−293053)
【出願日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【出願人】(391058381)キリンビバレッジ株式会社 (94)
【Fターム(参考)】