説明

ゴム材料の変形挙動予測装置及びゴム材料の変形挙動予測方法

【課題】ゴム材料の変形挙動の解析をミクロレベルであっても精度良く行うことが可能なゴム材料の変形挙動予測方法を提供する。
【解決手段】ゴムに充填剤を配合したゴム材料の3次元モデルを生成し、該3次元モデルを構成するゴム層部分に、分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与し、ゴム材料の変形挙動を解析することを特徴とするゴム材料の変形挙動予測方法である。また、上記ゴム材料の変形挙動予測方法においては、前記構成条件が付与された3次元モデルに有限要素法を用いて、ゴム材料の変形挙動を解析するのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴムにカーボンブラックやシリカ等の充填剤を配合したゴム材料の変形挙動予測装置及び該ゴム材料の変形挙動予測方法に関し、特には、ゴム材料の変形挙動の解析をミクロレベルであっても精度良く行うことが可能な変形挙動予測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来からゴムにカーボンブラックやシリカ等の充填剤を配合すると補強効果があることが知られており、ゴムに充填剤を配合したゴム材料が自動車用タイヤ等のゴム製品に適用されている。このようなゴム材料では力が加わった際の変形挙動等を実験によって測定し、その測定結果を評価することで、充填剤の配合量の設計等が行われていた。
【0003】
最近では、有限要素法(FEM)等の数値解析手法や計算機環境の発達により、ゴム材料の充填剤部分及びゴム部分の3次元モデルを作成して変形挙動等を解析する方法が各種提案されている。また、ゴム材料の変形挙動を精密に解析できると共に、その解析時間を短縮することができる手法として、実際のゴム材料における充填剤の配置を透過型電子顕微鏡(TEM)により撮影し、得られたデータを計算機トモグラフィー法(CT法)により3次元基本モデルに再構成し、有限要素法(FEM)によりゴム材料の変形挙動を予測する方法が行われている(特開2006−200937号公報(特許文献1)参照)。
【0004】
ところで、ゴム材料にゴムと充填剤とが含まれる場合、ゴムと充填剤のそれぞれを単体で測定することにより得られる力学的特性を3次元モデルに対して付与する手法が、FEMによる計算において最もシンプルなモデル化として知られている。
【0005】
しかしながら、充填剤の周囲に存在する重合体は、充填剤に吸着され、重合体単体から得られる力学的特性とは異なる特性を有していると言われており、近年の計測技術の進歩によって、このような現象が確認されている。例えば、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて弾性率を測定することによって、充填剤の周囲に存在する重合体は、重合体単体と比べて弾性率が大きいことが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−200937号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、ゴム材料の変形挙動に対する解析精度を向上させるには、充填剤の周囲に存在するゴム部分、即ち、充填剤に吸着したゴム層部分に対して、ゴム単体から求められる材料定数とは異なる定数を与えることが必要となる。
【0008】
しかしながら、ゴムのように非線形性を示す材料において、充填剤に吸着したゴム層部分に適切な材料定数を付与することは困難なことである。また、AFMを用いることで、充填剤に吸着したゴム層部分の弾性率や粘弾性を測定することが可能となるが、ゴム材料の変形が大きくなるとそれらの測定は困難になる。
【0009】
更に、分子動力学法を用いて充填剤とゴムをモデル化し、これを変形させることで力学的特性を求める手法も考えられるが、分子動力学法において計測可能な時間スケールは数ナノ秒である。このため、高分子材料の粘弾性の温度時間換算則によれば、極低温領域での粘弾性に相当し、正確な力学的特性が得られるとは言い難い。
【0010】
このように、充填剤に吸着したゴム層部分を含めて、ゴム材料の変形挙動を精度良く解析するには、依然として課題が存在している。
【0011】
そこで、本発明の目的は、上記従来技術の問題を解決し、ゴム材料の変形挙動の解析をミクロレベルであっても精度良く行うことが可能なゴム材料の変形挙動予測方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、上記方法に用いることが可能なゴム材料の変形挙動予測装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、ゴム材料を構成するゴムと充填剤との2値化画像を用いて3次元モデルを生成するゴム材料の変形挙動予測方法において、該3次元モデルを、分子動力学法に基づきゴム部分と充填剤部分と該充填剤に吸着したゴム層部分とに3層化し、該ゴム層部分に分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与することで、ゴム材料の変形挙動の解析をミクロレベルであっても精度良く行えることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
即ち、本発明のゴム材料の変形挙動予測方法は、ゴムに充填剤を配合したゴム材料の3次元モデルを生成し、該3次元モデルを構成するゴム層部分に、分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与し、ゴム材料の変形挙動を解析することを特徴とする。
【0014】
本発明のゴム材料の変形挙動予測方法の好適例においては、前記構成条件が付与された3次元モデルに有限要素法を用いて、ゴム材料の変形挙動を解析する。
【0015】
また、本発明のゴム材料の変形挙動予測装置は、
ゴムに充填剤を配合したゴム材料の断面形状を表す複数のスライス画像を取得する手段と、
前記ゴム材料に配合したゴム部分と充填剤部分とを判別するために前記スライス画像をそれぞれ2値化画像に変換する手段と、
前記2値化画像に対して充填剤に吸着したゴム層部分を定めることにより3層化画像に変換する手段と、
前記3層化画像を積層して前記ゴム材料の3次元モデルを生成する手段と、
前記3次元モデルに対して分子動力学法に基づき定めた構成条件を付与する手段と、
前記構成条件が付与された3次元モデルを用いてゴム材料の変形挙動を解析する手段と、
前記ゴム材料の変形挙動の解析結果を提示する手段とを具えることを特徴とする。
【0016】
本発明のゴム材料の変形挙動予測装置の好適例においては、前記分子動力学法に基づき定めた構成条件が、3層化された値に基づいてゴム部分、充填剤部分及びゴム層部分における歪みと応力との関係を定めた構成条件である。
【0017】
本発明のゴム材料の変形挙動予測装置の他の好適例においては、前記分子動力学法に基づき定めた構成条件が、分子動力学法から求められる前記ゴム層部分の厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件である。
【0018】
本発明のゴム材料の変形挙動予測装置の他の好適例においては、前記ゴム材料の変形挙動を解析する手段が、前記構成条件が付与された3次元モデルに有限要素法を用いて行われる。
【0019】
本発明のゴム材料の変形挙動予測装置の他の好適例においては、前記ゴム材料の変形挙動の解析結果を提示する手段が、該解析結果により、歪み分布又は応力分布を算出し、歪み分布領域又は応力分布領域を区別し、各領域の位置を特定して行われる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ゴム材料を構成するゴムと充填剤との2値化画像を用いて3次元モデルを生成するゴム材料の変形挙動予測方法において、該3次元モデルを、分子動力学法に基づきゴム部分と充填剤部分と該充填剤に吸着したゴム層部分とに3層化し、該ゴム層部分に分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与することで、ゴム材料の変形挙動をミクロレベルで精度良く解析することができる。これにより、ゴム材料の歪みによる物性の変化を予測することができ、ゴム材料の破断強度やロス等の物性の制御が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の変形挙動予測装置の一例となるゴム材料変形挙動予測システムの構成を示す図である。
【図2】図1に示すゴム材料変形挙動予測システムを構成するコンピュータの電気系要部構成の説明図である。
【図3】スライス画像を2値化した2値化画像を示す図である。
【図4】2値化画像を3値化した3層化画像を示す図である。
【図5】分子動力学法により求めた充填剤と重合体とからなる系の模式図である。
【図6】充填剤表面からの距離と拡散係数との関係を示す図である。
【図7】ゴムの拡散係数と温度との関係を示す図である。
【図8】ゴム材料の変形挙動の解析結果を示す断面画像図である。
【図9】FEM計算により算出されたゴム材料の応力−歪み曲線を示す図である。
【図10】図9に示される関係をヤング率と歪みとの関係に変換した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、図を参照しながら、本発明の変形挙動予測方法及び変形挙動予測装置を詳細に説明する。図1は、本発明の変形挙動予測装置の一例となるゴム材料変形挙動予測システムの構成を示す図であり、図2は、図1に示すゴム材料変形挙動予測システムを構成するコンピュータの電気系要部構成の説明図である。
【0023】
図1に示す変形挙動予測装置1は、CTスキャナ(コンピュータ・トモグラフィ・スキャナ)2と、コンピュータ3とから構成されている。CTスキャナ2とコンピュータ3とはケーブル4により接続されている。
【0024】
CTスキャナ2は、透過型電子顕微鏡(TEM)と試料台とを内蔵している。CTスキャナ2は、試料台に載置された解析対象ゴム材料を透過型電子顕微鏡により撮影し、その撮影により得られたデータを計算機トモグラフィー法(CT法)により3次元基本モデルに再構成する。また、CTスキャナ2は、再構成した当該3次元基本モデルを所定平面により所定間隔でスライスした複数のスライス画像データを生成する。なお、本発明においては、図示しないが、集束イオンビーム(FIB)によってゴム材料の表面を加工(例えば、エッチング処理)し、該表面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観測することで、複数のスライス画像を取得することもでき、この場合、CTスキャナ2に代えて、集束イオンビームを照射可能な走査型電子顕微鏡システムを具えることになる。
【0025】
コンピュータ3は、解析を行う際の各種条件を入力するためのキーボード5と、予め記憶された処理プログラムに従ってゴム材料の変形挙動を解析するコンピュータ本体6と、コンピュータ本体6の演算結果等を表示するディスプレイ7とから構成されている。コンピュータ3は、CTスキャナ2により生成されたスライス画像データを用いてゴム材料の変形挙動等の解析を実施する。また、コンピュータ本体6には、記録媒体としてのフレキシブルディスク(以下、FDという)8が挿抜可能なフレキシブルディスクドライブユニット(以下、FDUという)9を具えている。
【0026】
また、コンピュータ3は、図2に示す通り、装置全体の動作を司るCPU(中央処理装置)10と、コンピュータ3を制御する制御プログラムを含む各種プログラムや各種パラメータ等が予め記憶されたROM11と、各種データを一時的に記憶するRAM12と、ケーブル4に接続されたコネクタ13に接続され、コネクタ13を介してCTスキャナ2からスライス画像データを取得する外部I/O制御部14と、取得したスライス画像データを記憶するHDD(ハードディスクドライブ)15と、FDU9に装着されたFD8とのデータの入出力を行うフレキシブルディスクI/F部16と、ディスプレイ7への各種情報の表示を制御するディスプレイドライバ17と、キーボード5へのキー操作を検出する操作入力検出部18とを具えている。
【0027】
CPU10、RAM12、ROM11、HDD15、外部I/O制御部14、フレキシブルディスクI/F部16、ディスプレイドライバ17、及び操作入力検出部18は、システムバスBUSを介して相互に接続されている。従って、CPU10は、RAM12、ROM11、HDD15へのアクセス、フレキシブルディスクI/F部16を介してのFDU9に装着されたFD8へのアクセス、外部I/O制御部14を介したデータの送受信の制御、ディスプレイドライバ17を介したディスプレイ7への各種情報の表示、を各々行うことができる。また、CPU10は、キーボード5に対するキー操作を常時把握できる。
【0028】
なお、各種処理プログラム及びデータ等は、FDU9を用いてFD8に対して読み書き可能である。従って、各種処理プログラム及びデータ等を予めFD8に記録しておき、FDU9を介してFD8に記録された各処理プログラムを実行してもよい。また、FD8に記録された各処理プログラムをHDD15へ格納(インストール)して実行するようにしてもよい。また、記録媒体としては、記録テープ、CD−ROMやDVD等の光ディスクや、MD、MO等の光磁気ディスクがあり、これらを用いるときには、上記FDU9に代えてまたはさらに対応する読み書き装置を用いればよい。
【0029】
また、図1に示すゴム材料変形挙動予測システムの構成は一例であり、公知の構成を必要に応じて適宜変更することができる。
【0030】
以下に、本発明のゴム材料の変形挙動予測方法について詳細に説明する。本発明のゴム材料の変形挙動予測方法は、ゴムに充填剤を配合したゴム材料の断面形状を表す複数のスライス画像を取得し、前記ゴム材料に配合したゴム部分と充填剤部分とを判別するために前記スライス画像をそれぞれ2値化画像に変換し、3次元モデルを生成するゴム材料の変形挙動予測方法において、上記3次元モデルを、分子動力学法に基づきゴム部分と充填剤部分と該充填剤に吸着したゴム層部分とに3層化し、該ゴム層部分に分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与することを特徴とする。このように、分子動力学法から求められる特定の構成条件をゴム層部分に付与することによって、ゴム材料の変形挙動を予測する上で該ゴム層部分を考慮することが可能となり、ゴム材料の変形挙動を精度良く解析することができる。
【0031】
まず、本発明の変形挙動予測方法においては、ゴム材料の内部構造を把握するため、ゴムに充填剤を配合したゴム材料の断面形状を表す複数のスライス画像を取得する。図1に示すゴム材料変形挙動予測システムにおいては、ユーザによって解析対象のゴム材料に対して金コロイドでマーキングが行われ、CTスキャナ2に設けられた試料台に載置され、CTスキャナ2に対して処理開始の操作が行われるとスライス画像の撮影が実行される。なお、CTスキャナ2は、透過型電子線トモグラフィー法(Transmission Electron Microtomography、TEMT)を用いたコンピュータ構成を含む計測装置として構成されている。CTスキャナ2は、透過型電子顕微鏡とゴム材料が載置された試料台とを所定の角度範囲(例えば、-60度から+60度の範囲)で所定角度(例えば、2度間隔)ずつ相対的に回転移動させながらスキャンすることによりゴム材料の連続傾斜画像を撮影することができる。そして、CTスキャナ2は、撮影した複数枚(例えば、61枚)の傾斜画像の画像データを用い、各画像間の回転軸を求め、計算機トモグラフィー法により3次元基本モデルに再構成する。そして、CTスキャナ2は、再構成した3次元基本モデルを各面に平行な所定間隔(例えば、4nm間隔)でスライスしたスライス画像を生成する。
【0032】
なお、ゴム材料は、ゴムに充填剤を配合してなるが、該ゴム及び充填剤としては、ゴム業界で通常使用されるものを適宜選択することができる。また、ゴム材料の形状は、特に限定されるものではないが、CTスキャナ2によるスライス画像の取得が容易である形状が好ましく、具体的には、立方体や直方体等の六面体が挙げられる。
【0033】
次に、本発明の変形挙動予測方法においては、ゴム材料に配合したゴム部分と充填剤部分とを判別するため、上記工程により取得したゴム材料の断面形状を表す複数のスライス画像をそれぞれ2値化画像に変換する。上記スライス画像では、ゴム材料を構成するゴム部分と充填剤部分とで物質的に透過率が異なるため、一般に充填剤部分が濃く(濃度値が大きく)、ゴム部分が薄く(濃度値が小さく)示される。よって、スライス画像の各画素の濃度に基づいてスライス画像のゴム部分と充填剤部分とを判別することができる。このスライス画像のゴム部分と充填剤部分とを判別することができる濃度値は、予め実験等により定めることができる。
【0034】
図1に示すゴム材料変形挙動予測システムにおいては、実験等により予め定められているスライス画像のゴム部分と充填剤部分とを判別する濃度値をしきい値hとして設定し、スライス画像の各画素の濃度値をしきい値hと比較して各画素を2値化した2値化画像の2値化画像データを生成する。図3は、スライス画像を2値化した2値化画像を示す図である。
【0035】
なお、2値化画像への変換処理では、ゴム材料内の充填剤部分をより的確に抽出するため、スライス画像の各画素の濃度値をしきい値hと比較して、濃度値がしきい値h以上である画素が上下左右で所定個数(例えば、5個以上)連続している部分の各画素を黒とし、その他の画素を白とした2値化画像の2値化画像データを生成する。また、色分けされた2値化画像データに対して、黒の部分の画素の値を「1」、白の部分の画素の値を「0」とした2値化画像データにフォーマット変換することもできる。
【0036】
ここで、本発明の変形挙動予測方法においては、上記2値化画像に対して、充填剤に吸着したゴム層部分を定めることにより3層化画像に変換する。後述するように3層化画像に変換することで、ゴム材料の3次元モデルを、分子動力学法に基づき3層化することが可能となる。図1に示すゴム材料変形挙動予測システムにおいては、上記のようにフォーマット変換された2値化画像データに対して、画素の値が「0」で且つ隣接する画素の値が「1」である画素の値を「2」とすることにより、3層化画像にフォーマット変換する。即ち、充填剤に吸着したゴム層部分の画素の値を「2」としている。図4は、2値化画像を3値化した3層化画像を示す図であり、充填剤部分を黒、ゴム部分を白、充填剤に吸着したゴム層部分を灰色で示す。なお、このようなゴム層部分を定める手法は一例にすぎず、画素サイズに応じてゴム層部分を適宜定めることができる。例えば、ゴム層部分を充填剤部分の画素に隣接するゴム部分の画素に限るのでなく、その他のゴム部分もゴム層部分に含めることでゴム層部分に厚みを持たせたり、ゴム層部分内を更に多値化することで、より精密な変形挙動の解析を行うことができる。
【0037】
次に、本発明の変形挙動予測方法においては、3層化画像を積層してゴム材料の3次元モデルを生成する。図1に示すゴム材料変形挙動予測システムにおいては、フォーマット変換された3層化画像を、対応するスライス画像の取得位置等の条件に合わせて積層し、ゴム材料の3次元構造を構築し、3層化画像における各画素を格子単位とした3次元モデルを生成することができる。即ち、このような3次元モデルにおいては、フォーマット変換された3層化画像において画素の値が「0」の部分がゴム部分、画素の値が「1」の部分が充填剤部分、画素の値が「2」の部分が充填剤に吸着したゴム層部分として示される。なお、生成されたゴム材料の3次元モデルについては、3層化画像の間で同一値の画素を同一の格子領域として統合することが可能な画像処理を行うことで、ゴム材料の計算上の立体像を生成し、該立体像をディスプレイ7に提示することもできる。
【0038】
そして、本発明の変形挙動予測方法においては、上記3次元モデルが、分子動力学法に基づき、ゴム部分と充填剤部分と該充填剤に吸着したゴム層部分とに3層化されているので、3層化画像を積層して生成された3次元モデルに対し、分子動力学法に基づき定めた構成条件を付与する必要がある。具体的には、充填剤に吸着したゴム層部分に、ゴム部分と異なる構成条件を付与するため、分子動力学法に基づく構成条件を定めることになる。
【0039】
以下に、ゴム材料の充填剤に吸着したゴム層部分に対して付与する構成条件の決定方法の一例を説明する。まず、分子動力学法に基づき、充填剤表面とゴム(重合体)とからなる系を構築する。図5は、分子動力学法により求めた充填剤と重合体とからなる系の模式図である。次いで、系内のゴムの平均二乗変位を算出し、その結果を基に拡散係数を求める。図6は、充填剤表面からの距離と拡散係数との関係を示す図であって、y軸が拡散係数を示し、x軸が充填剤表面からの距離を示す。なお、x軸は図5に対応しており、x軸の両端は充填剤表面の位置を表し、x軸の目盛りは片側の充填剤表面からの距離を表す。図6から、充填剤に吸着したゴム層部分は、充填剤からの拘束により、ゴム部分に比べて拡散係数が小さいことが分かる。また、かかる計算と平行して、重合体単体の平均二乗変位の温度に対する変化率を算出し、重合体の拡散係数の温度依存性を求める。図7は、ゴムの拡散係数と温度との関係を示す図であって、y軸が拡散係数を示し、x軸が温度を示す。図7から、ゴムの拡散係数は温度の上昇と共に増大し、特にガラス転移点付近(-52℃付近)から急激に増大することが分かる。即ち、拡散係数の小さいゴム層部分においては、ゴムが低温状態にあることを意味する。このことは、一般に言われている充填剤周辺に存在する重合体相がガラス状態にあるとする説を裏付けるものである。これらの結果から明らかなように、従来、ゴム部分に付与していた温度不変の構成条件を、温度可変の構成条件に変更することで、充填剤からの距離に応じた物性変更入力が可能となり、実際のゴム材料の変形挙動をミクロレベルで精度良く解析することができる。
【0040】
なお、3次元モデルのゴム層部分には、歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与することが好ましく、上記のように、分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与することが更に好ましい。具体的には、3次元モデルのゴム層部分に相当する格子領域に、ゴム層部分の拡散係数に対応する温度で実測した歪みと応力との関係を構成条件として付与する。なお、歪みと応力との関係を定めた構成条件としては、特開2006−200937号公報に記載されるとおり、一般化ムーニー・リブニン(MOONEY−RIVLIN)方程式、一般化オグデン(OGDEN)方程式、特開2005−345413号公報に開示の下記式(I):
【数1】

[式中、Gはヤング率を表し、Sはゴム変形時のエントロピー変化を表し、P及びQは弾性率と関係する係数を表し、I1は歪の不変量を表し、Tは絶対温度を表す。βは1/(kΔT)に等しく、kはボルツマン定数、ΔTはゴムのガラス転移温度からの差分を表す。]等が挙げられる。
【0041】
一方、3次元モデルの充填剤部分の構成条件として、充填剤の歪と応力の関係を示す構成条件が予め求まっている場合には、該構成条件を3次元モデルの充填剤部分の格子領域に付与することが好ましく、また、予め実験等により充填剤の硬さを測定して求めた実測値や充填剤の結晶部とアモルファス部の比率から計算した推定値を構成条件として用いてもよい。また、一般的にゴム材料に配合される充填剤は、ゴムと比較して硬く、ゴムよりもヤング率(弾性率)が大きいため、3次元モデルの充填剤部分の構成条件として、ゴム部分に付与した構成条件から導かれるヤング率を所定倍(例えば、1000倍)したヤング率を付与してもよい。
【0042】
また、3次元モデルのゴム部分には、歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与することが好ましく、特開2006−200937号公報に記載されるとおり、一般化ムーニー・リブニン(MOONEY−RIVLIN)方程式、一般化オグデン(OGDEN)方程式、上記式(I)等を好適に用いることができる。
【0043】
次に、本発明の変形挙動予測方法においては、上記構成条件が付与された3次元モデルを用いてゴム材料の変形挙動を解析する。図1に示すゴム材料変形挙動予測システムにおいては、ユーザによりキーボード15を介して解析対象とする3次元モデルと解析条件とがコンピュータ12に指定され、ゴム材料の変形挙動の解析処理が実行される。なお、解析条件として、3次元モデルを変化させる方向と、その方向へ3次元モデルを伸張、圧縮又はせん断変化させたときの変化率を指定することができる。また、解析処理では、解析条件として指定された方向へ3次元モデルを伸張、圧縮又はせん断した場合の3次元モデルの歪み、内部応力分布、3次元モデル全体で応力値を解析して、その解析結果をディスプレイ7に表示することができる。上記構成条件が付与された3次元モデルは、実際のゴム材料の構造に近いモデルであるため、有限要素法(FEM)を用いてゴム材料の変形挙動を解析した場合、ゴム材料の内部の弾性率及び応力分布を精密に解析することができる。
【0044】
以下に、本発明のゴム材料の変形挙動予測装置について詳細に説明する。本発明のゴム材料の変形挙動予測装置は、上述の変形挙動予測方法を行うための装置であって、図1に示すゴム材料変形挙動予測システムが含まれる。詳細には、本発明の変形挙動予測装置は、ゴムに充填剤を配合したゴム材料の断面形状を表す複数のスライス画像を取得する手段と、上記ゴム材料に配合したゴム部分と充填剤部分とを判別するために上記スライス画像をそれぞれ2値化画像に変換する手段と、上記2値化画像に対して充填剤に吸着したゴム層部分を定めることにより3層化画像に変換する手段と、上記3層化画像を積層して上記ゴム材料の3次元モデルを生成する手段と、上記3次元モデルに対して分子動力学法に基づき定めた構成条件を付与する手段と、上記構成条件が付与された3次元モデルを用いてゴム材料の変形挙動を解析する手段と、上記ゴム材料の変形挙動の解析結果を提示する手段とを具えることを特徴とする。
【0045】
本発明の変形挙動予測装置において、3次元モデルに対して分子動力学法に基づき定めた構成条件を付与する手段では、該分子動力学法に基づき定めた構成条件が、3層化された値に基づいてゴム部分、充填剤部分及びゴム層部分における歪みと応力との関係を定めた構成条件であることが好ましく、また、分子動力学法から求められるゴム層部分の厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件であることが好ましい。
【0046】
本発明の変形挙動予測装置においては、ゴム材料の変形挙動を解析する手段が、前記構成条件が付与された3次元モデルに有限要素法を用いて行われることが好ましい。また、上記ゴム材料の変形挙動の解析結果を提示する手段が、該解析結果により、歪み分布又は応力分布を算出し、歪み分布領域又は応力分布領域を区別し、各領域の位置を特定して行われることが好ましい。
【実施例】
【0047】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0048】
図1に示すゴム材料変形挙動予測システムにおいて、ゴム100質量部に対してカーボンブラック30質量部を配合してなるゴム材料を3次元透過型電子顕微鏡で撮影し、該ゴム材料の3次元モデルを生成した。得られる3次元モデルは3層化されているため、ゴム部分及び充填剤部分の格子領域には、それぞれ上述した式(1)で示される弾性率の温度及び歪み依存性を表す構成方程式と、上述した実測値又は推定値より求められるヤング率(弾性率)を構成条件として付与し、ゴム層部分の格子領域には、分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与した。また、構成条件が付与された3次元モデルに対し、FEM計算を行った。結果を図8〜10に示す。
【0049】
図8は、ゴム材料の変形挙動の解析結果を示す断面画像図である。なお、図8は、3次元モデルデータを用いて3次元モデル全体をz方向へ15%伸張させた場合の歪み状態及び応力分布の解析結果である。応力分布は応力値が高い部分ほど濃い濃度で示されている。
【0050】
図9は、FEM計算により算出されたゴム材料の応力−歪み曲線を示す図であり、図10は、図9に示される関係をヤング率と歪みとの関係に変換した図である。これらの結果から、3層化された3次元モデルは、ゴム部分と充填剤部分とに2値化した従来の3次元モデルと異なる変形挙動を示すことが分かる。
【0051】
以上の結果は、ゴム材料の変形挙動をミクロレベルで非常に精度良く表している。従って、このような解析結果に基づき、実際のゴム材料の変形挙動を正確に予測することができ、これにより、ゴム材料の破断強度やロス等の物性の効果的な制御が可能となる。
【符号の説明】
【0052】
1 ゴム材料変形挙動予測システム
3 コンピュータ
4 ケーブル
5 キーボード
6 コンピュータ本体
7 ディスプレイ
8 FD
9 FDU
13 コネクタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴムに充填剤を配合したゴム材料の3次元モデルを生成し、該3次元モデルを構成するゴム層部分に、分子動力学法から求められる厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件を付与し、ゴム材料の変形挙動を解析することを特徴とするゴム材料の変形挙動予測方法。
【請求項2】
前記構成条件が付与された3次元モデルに有限要素法を用いて、ゴム材料の変形挙動を解析することを特徴とする請求項1に記載のゴム材料の変形挙動予測方法。
【請求項3】
ゴムに充填剤を配合したゴム材料の断面形状を表す複数のスライス画像を取得する手段と、
前記ゴム材料に配合したゴム部分と充填剤部分とを判別するために前記スライス画像をそれぞれ2値化画像に変換する手段と、
前記2値化画像に対して充填剤に吸着したゴム層部分を定めることにより3層化画像に変換する手段と、
前記3層化画像を積層して前記ゴム材料の3次元モデルを生成する手段と、
前記3次元モデルに対して分子動力学法に基づき定めた構成条件を付与する手段と、
前記構成条件が付与された3次元モデルを用いてゴム材料の変形挙動を解析する手段と、
前記ゴム材料の変形挙動の解析結果を提示する手段と
を具えることを特徴とするゴム材料の変形挙動予測装置。
【請求項4】
前記分子動力学法に基づき定めた構成条件が、3層化された値に基づいてゴム部分、充填剤部分及びゴム層部分における歪みと応力との関係を定めた構成条件であることを特徴とする請求項3に記載のゴム材料の変形挙動予測装置。
【請求項5】
前記分子動力学法に基づき定めた構成条件が、分子動力学法から求められる前記ゴム層部分の厚さ情報と温度情報に基づいて歪みと応力との関係を定めた構成条件であることを特徴とする請求項3に記載のゴム材料の変形挙動予測装置。
【請求項6】
前記ゴム材料の変形挙動を解析する手段が、前記構成条件が付与された3次元モデルに有限要素法を用いて行われることを特徴とする請求項3に記載のゴム材料の変形挙動予測装置。
【請求項7】
前記ゴム材料の変形挙動の解析結果を提示する手段が、該解析結果により、歪み分布又は応力分布を算出し、歪み分布領域又は応力分布領域を区別し、各領域の位置を特定して行われることを特徴とする請求項3に記載のゴム材料の変形挙動予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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