説明

サメ肝臓からの油の製造法

【課題】サメ肝臓から、酸化しにくく、かつ魚臭の低減された油を、手軽に簡単に製造する方法。
【解決手段】サメ肝臓を気相中において、65℃〜70℃で加熱することにより、油を滴り落とす。この落ちた油を食塩水又はグリセリン溶液に捕集し、油を食塩水又はグリセリン溶液から分離する。次にその油に強酸と強塩基からなる無機塩の乾燥剤と十分接触させ、油の中の水分を除去し、この乾燥剤を分離する。得られた油は、酸化しにくく、かつ魚臭が低減されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サメの肝臓から、酸化しにくくかつ魚臭の低減された油の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
サメ肝臓の油は、ビタミンAを多く含んでいることから、昔は非常に重宝されていた。近年はドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などの栄養学的に有用な多価不飽和脂肪酸や化粧品素材の原料として多用されているスクワレンを多く含むこともあり、再び注目されている。
【0003】
サメの肝臓は、個体が大きく、油含有量が非常に多いため、魚油を得るには非常に有利な原料である。一般的に魚から油を製造するには、油の抽出工程と抽出された油の精製工程の二工程から成る。抽出の方法はいろいろあるが、サメ肝臓の場合は、伝統的に、肝臓を焙煎する煎取法や肝臓を酵素やアルカリ溶液で煮熟する煮取法なども行われてきた。精製工程は、脱ガム、脱酸、脱色、脱臭の順に行われるが、脱ガムなどの工程が省略されることもある。
【0004】
魚油は、多価不飽和脂肪酸を含んでいるため非常に酸化しやすく、さらに不快な魚臭を有するので、製造工程や精製後の処理においてさまざま方法が考案されている。魚臭の脱臭方法については、一般に、油を高真空下で180℃以上に熱し、水蒸気を長時間吹き込んでいる(非特許文献1)。また、油をゼオライトの存在下に加熱する方法(特許文献1)、油を多孔性重合樹脂で処理する方法(特許文献2)、油にL−アスコルビン酸エステルを含有させる方法(特許文献3)などがある。
【0005】
酸化を防ぐためには、トコフェロールやローズマリー抽出物などの抗酸化剤を添加したり、水素添加処理することが多く行われているが、その他いろいろ考案されている。深海鮫の肝臓を粉砕ペースト状とし、遠心分離し、油を得る方法(特許文献4)、精製工程の脱酸処理後、フィチン酸と接触させ、その後活性炭及び又は白土処理する方法(特許文献5)、サメ類の肝臓を細断し、50℃〜70℃に加温した後、遠心分離し、活性炭処理する方法(特許文献6)、融剤を加えて焼成したケイソウ土に精製される油を接触する方法(特許文献7)などがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−313187号 公報
【特許文献2】特開平5−331487号 公報
【特許文献3】特開平5−140584号 公報
【特許文献4】特開2002−84971号 公報
【特許文献5】特開2006−45274号 公報
【特許文献6】特開2002−265975号 公報
【特許文献7】特開平9−137182号 公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「魚臭・畜肉臭―においの化学とマスキング」、太田静行編、恒星社厚生閣社発行、昭和56年、P102〜P111
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般に多く行われている減圧下で水蒸気を吹き込む方法は、高額な専用の設備を必要とする欠点があり、簡単に手軽に行うことはできなかった。また、180℃以上に加熱するため、魚油が酸化や分解、変性するおそれがあることや、加熱や水蒸気発生のエネルギ−コストがかかる欠点があった。また、ゼオライトや多孔性重合樹脂で処理する方法やL−アスコルビン酸エステルを油に含有させる方法では、脱臭が不十分であり、酸化は防げず、さらに使用後のゼオライトや多孔性重合樹脂の廃棄処分の問題もあった。
【0009】
また、油の酸化を防ぐためのトコフェロールやローズマリー抽出物などの抗酸化剤は高価であり、水素添加処理は健康に害のあるトランス型の脂肪酸が生成する欠点がある。鮫の肝臓を粉砕ペースト状にし、遠心分離しても油の酸化は防げず、活性炭、白土、ケイソウ土処理しても魚臭の問題は解決できなく、使用後の活性炭、白土、ケイソウ土の廃棄処分の問題もあった。
【0010】
本発明は、サメ肝臓から酸化しにくく、かつ魚臭の低減された油を簡単、手軽に製造するための方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討した結果、上記の課題を解決する方法を見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明におけるサメ肝臓から酸化しにくく、かつ魚臭の低減された油を製造する方法は、サメの肝臓を気相中で加熱し、食塩水又はグリセリン溶液に油を滴り落とし、次に油を分離し、その油に強酸と強塩基からなる無機塩の乾燥剤を十分接触させ、水分を除去した後、この乾燥剤を分離することである。好ましい実施態様は、肝臓の加熱温度は65℃〜70℃で行うことや、食塩水の濃度は5%(W/V)以上、グリセリン溶液の濃度は10%(V/V)で行うことを特徴とするサメの肝臓から油を製造する方法である。
【0013】
上記の課題解決による作用は、製造工程において油が酸化しにくい製造工程であることと、肝臓から油を抽出する際に、滴り落ちた油に付着している魚臭を有する物質を食塩水やグリセリン溶液に移行させること、さらに乾燥剤を用いて、水溶性の魚臭の成分を除去しているためと思われる。また、一連の操作において、気相中の加熱時以外の操作温度を低温で行うことができることも、油の酸化や変質を防ぐことに寄与していると思われる。
【発明の効果】
【0014】
上述したように、本発明の製造方法は、減圧真空操作のための特別な装置を必要とせず、また、水蒸気を吹き込むことや加熱する必要もなく、不燃性の廃棄物も発生しないので、非常に経済的な方法であり、また、サメ1匹分など少量の肝臓にも対応可能な製造法である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明についてその好ましい様態をあげ、より具体的に述べる。
【0016】
本発明のサメはその種類を問わず、アオザメ、アブラツノザメ、シュモクザメ、シロザメ、ドチザメ、トラザメ、ネコザメ、ネズミザメ(モウカサメ)、ホシサメ、ヨシキリザメなどがあげられる。
【0017】
このサメの肝臓を、空気などの気相中の空間に、網や布、穴が空いた台などを設置し、その上に置く。置台としては、加熱した際に肝臓から滴り落ちる油が通りやすいものが好ましい。また、上から釣り下げてもよい。また、加熱時の空間を窒素ガスや二酸化炭素ガスなどで空気を置換してもよいし、肝臓に熱が通るのであれば、減圧してもよい。また、肝臓を切断や細断しておいてもよい。最初に、肝臓を加熱する。加熱温度が高いと油が変質しやすく、温度が低いと時間がかかり、油が変質しやすいので、65℃〜70℃ぐらいが適当である。加熱方法は、空間を輻射熱などで加熱してもよいし、肝臓に熱風を当ててもよい。加熱すると、魚油が肝臓から下方に滴り落ちるので、食塩水またはグリセリン溶液に捕集する。食塩の濃度は5%(W/V)以上が好ましい。また、グリセリンの場合は濃度10%(V/V)以上が好ましい。魚油は、熱に晒されると酸化や熱分解が進むので、捕集された魚油はすぐに冷却するか、食塩水またはグリセリン溶液を冷却しておくことが好ましい。固形分が油の中に混入したときは、ろ過などにより固形分を除去してもよい。
【0018】
次に、得られた油を比重の差を利用して、食塩水またはグリセリン溶液と分離する。この油に強酸と強塩基からなる無機塩の乾燥剤を十分接触させる。この乾燥剤は、水を吸着する物質であり、化学で通常用いられているものである。乾燥剤としては、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸カルシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウムなどがあり、無水物が好ましい。この乾燥剤の量は、魚油に含まれている水分の量にも異なるが、魚油の量の数%(W/V)以上が好ましい。乾燥剤と接触させる前に、魚油を遠心分離し、含まれている水を除去してから乾燥剤を加えてもよい。最後に、ろ過や遠心分離にて、魚油からこの乾燥剤を除去すると、酸化しにくく、魚臭が低減された魚油が得られ、完成である。
【0019】
気相中の加熱以外の工程において、温度を低温で操作することが、油の品質のために好ましい。
【0020】
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、これは単に例示の目的で述べるものであり、本発明はこれらの実施例に限定されるものでない。
【実施例1】
【0021】
金網の上にガーゼを2枚重ね、その上に解凍したアブラツノザメの肝臓を置き、70℃の送風定温乾燥機の中に入れた。金網の下にガラス容器を用意し、油の捕集溶液として、1)水、2)5%(W/V)食塩水、3)1%(W/V)アスコルビン酸溶液、4)10%(W/V)ブドウ糖溶液、5)5%(W/V)トレハロース溶液、6)10%(V/V)グリセリン溶液、をそれぞれ予め冷却し、150mL入れた。油が滴り落ちて捕集した溶液を新しい溶液と30分毎に交換した。途中、肝臓を裏返しし、3時間加熱した。それぞれの溶液を集め、分液ロートに入れ、水層を除去し、油を分離した。これらの油に乾燥剤として塩化カルシウム(無水)を10%(W/V)添加し、十分に混合し、125rpmで15分間振とうした。次に、3,500rpmで10分間遠心分離し、油と塩化カルシウムを分離した。
【0022】
2)5%食塩水と6)10%グリセリン溶液で捕集した油の魚臭は微かであった。1)水、3)アスコルビン酸溶液、4)ブドウ糖溶液、5)トレハロース溶液の溶液で捕集した油の魚臭は強かった。
【実施例2】
【0023】
金網の上にガーゼを2枚重ね、その上に解凍したアブラツノザメの肝臓288gを置き、70℃の送風定温乾燥機の中に入れた。金網の下にガラス容器を用意し、油の捕集溶液として予め冷却した5%(W/V)食塩水150mLを入れた。油が滴り落ちて捕集した溶液を新しい食塩水と30分毎に交換した。途中、肝臓を裏返しし、3時間加熱した。この溶液を集め、分液ロートに入れ、水層を除去し、油を分離した。この油10mLに乾燥剤として、1)硫酸カルシウム、2)硫酸ナトリウム、3)硫酸マグネシウム、4)塩化マグネシウム、をそれぞれ1g添加し、十分に混合し、125rpmで15分間振とうした。次に、3,500rpmで10分間遠心分離し、油と塩を分離した。
【0024】
1)〜4)全ての乾燥剤で処理した油の魚臭は微かであり、1)〜4)の添加した乾燥剤の違いによる魚臭の差は認められなかった。
【実施例3】
【0025】
(本発明による油の製造。)金網の上にガーゼを2枚重ね、その上に解凍したアブラツノザメの肝臓166gを置き、65℃の送風定温乾燥機の中に入れた。金網の下にガラス容器を用意し、油の捕集溶液として予め冷却した10%(V/V)グリセリン溶液150mLを入れた。油が滴り落ちて捕集した溶液を新しい食塩水と30分毎に交換した。途中、肝臓を裏返しし、4時間加熱した。この溶液を集め、分液ロートに入れ、水層を除去し、油を分離した。この油を3,500rpmで10分間遠心分離し、上清の油を集め、乾燥剤として硫酸ナトリウム10g添加し、十分に混合し、125rpmで15分間振とうした。次に、3,500rpmで10分間遠心分離し、油と硫酸ナトリウムを分離した。
【0026】
得られた油は72gであり、油の魚臭は微かであった。
【0027】
(従来法によるサメ肝油の調製。アルカリ消化)ガラスビ−カ−に、解凍したアブラツノザメの肝臓280gに0.1Mの水酸化ナトリウム溶液280mLを加え、65℃の湯浴上で撹拌しながら、2時間アルカリ消化を行った。冷却後、ガ−ゼとろ紙でろ過し、中性になるまで水洗し、142gの油を得た。
【0028】
得られた油の魚臭は、非常に強かった。
【0029】
上記の本発明の製造法により得られた油と上記アルカリ消化により得られた油それぞれ50mLを遮光したガラス瓶(直径45mm×高さ95mm)に入れ、蓋をしないで40℃の送風定温乾燥機の中に入れた。酸化油の中に生成してくる過酸化物の含量の時間変化をヨウ素滴定法にて測定した。過酸化物価(POV)は、標準チオ硫酸ナトリウムの滴定量から計算した。
【0030】
結果、本発明による製造で得られた油のPOVは、0日=1、2日後=3、4日後=3、7日後=5、10日後=9、であった。アルカリ消化して得られた油のPOVは、0日=7、2日後=11、4日後=14、7日後=25、10日後=37、であった。本発明の方法で製造された油は、酸化しにくいことが明らかとなった。
【実施例4】
【0031】
(発明による油の製造。)金網の上にガーゼを2枚重ね、その上に解凍したアブラツノザメの肝臓226gを置き、70℃の送風定温乾燥機の中に入れた。金網の下にガラス容器を用意し、油の捕集溶液として予め冷却した5%(W/V)食塩水150mLを入れた。油が滴り落ちて捕集した溶液を新しい食塩水と30分毎に交換した。途中、肝臓を裏返しし、4時間加熱した。この溶液を集め、分液ロートに入れ、水層を除去し、油を分離した。この油を3,500rpmで10分間遠心分離し、上清の油を集め、乾燥剤として硫酸ナトリウム10g添加し、十分に混合し、125rpmで15分間振とうした。次に、3,500rpmで10分間遠心分離し、油と硫酸ナトリウムを分離した。
【0032】
得られた油は96gであり、油の魚臭は僅かであった。
【0033】
(従来法によるサメ肝油の調製及び精製。アルカリー活性白土処理)ガラスビ−カ−に、冷凍保存していたアブラツノザメの肝臓280gに0.1Mの水酸化ナトリウム溶液280mLを加え、65℃の湯浴上で、撹拌しながら2時間アルカリ消化を行った。冷却後、ガ−ゼとろ紙でろ過し、中性になるまで水洗し、142gの油を得た。この油50mLに0.5MのNaOHを5mL加え、十分に混合し、その後中性になるまで水洗した。次に、この油を3,500rpmで10分間遠心分離し、上清の油を集め、活性白土を10g添加し、十分に混合し、125rpmで60分間振とうした。次に、3,500rpmで10分間遠心分離し、油と活性白土を分離した。
【0034】
得られた油の魚臭は、非常に強かった。
【0035】
上記の本発明の製造法により得られた油と上記アルカリー活性白土処理して得られた油それぞれ10mLを茶褐色ガラス瓶(直径22mm×高さ54mm)に入れ、蓋をしないで40℃の送風定温乾燥機の中に入れた。酸化油の中に生成してくる過酸化物の含量の時間変化をPOV試験紙(柴田科学株式会社製)にて測定した。
【0036】
結果、本発明による製造で得られた油のPOVは、0日=0、3日後=0、7日後=5であった。アルカリー活性白土処理して得られた油のPOVは、0日=0、3日後=20、7日後=30以上であった。本発明の方法で製造された油は、酸化しにくいことが明らかとなった。
【実施例5】
【0037】
金網の上にガーゼを2枚重ね、その上に解凍した150g〜230gのアブラツノザメの肝臓を置き、1)60℃、2)65℃、3)70℃、4)75℃の送風定温乾燥機の中に入れた。金網の下にガラス容器を用意し、油の捕集溶液として5%食塩水予め冷却し、150mL入れた。油が滴り落ちて捕集した溶液を新しい溶液と30分毎に交換した。途中、肝臓を裏返しし、4時間加熱した。それぞれの溶液を集め、分液ロートに入れ、水層を除去し、油を分離した。この油を3,500rpmで10分間遠心分離し、上清の油を集め、乾燥剤として硫酸ナトリウム10g添加し、十分に混合し、125rpmで15分間振とうした。次に、3,500rpmで10分間遠心分離し、油と硫酸ナトリウムを分離した。
【0038】
その結果、1)60℃ではサメ肝臓に対する油の収率は29.4%、2)65℃の油の収率は43.4%、3)70℃の油の収率は42.5%、4)75℃の油の収率は47.2%であった。1)60℃は、油の収率が悪かった。また、4)75℃で得られた油は、黄色い着色が強く、酸化が進んでいることが伺えた。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明による製造法は、酸化しにくく、かつ魚臭が低減されているので、サメ肝臓油を原料として使用する食品や化粧品、日用品などに適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サメ肝臓を気相中で加熱し、食塩水又はグリセリン溶液に油を滴り落とし、油を分離し、その油に強酸と強塩基からなる無機塩の乾燥剤を十分接触させ、この乾燥剤を分離することを特徴とするサメ肝臓油の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、加熱温度が65℃〜70℃であることを特徴とするサメ肝臓油の製造方法。
【請求項3】
請求項1において、食塩水の濃度が5%(W/V)以上、グリセリロール濃度が10%(V/V)以上であることを特徴とするサメ肝臓油の製造方法。

【公開番号】特開2013−14721(P2013−14721A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−149946(P2011−149946)
【出願日】平成23年7月6日(2011.7.6)
【出願人】(309015019)地方独立行政法人青森県産業技術センター (52)
【Fターム(参考)】