説明

シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法

【課題】シアン化合物の酸化分解機構に関与する微生物を簡便かつ高精度に検出する方法を提供すること。
【解決手段】種々の微生物のシアニドジヒドラターゼに存在する保存性の高いアミノ酸配列から設計したセンスプライマーとアンチセンスプライマーを用いてPCR又はリアルタイムPCRを行い、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物を検出することを特徴とする、シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シアン化合物の酸化分解機構に関与する微生物を遺伝子レベルで検出、同定、ならびにモニタリングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シアン化合物により汚染された土壌・地下水を修復(無害化)する技術として、微生物のシアン分解能力を利用するバイオレメディエーションが提案されている(特許文献1、2)。バイオレメディエーションによって汚染環境の修復を行う場合、その修復の具合の評価は、浄化対象となるシアン化合物の濃度分析を行う方法によって行われてきた。しかしながら、本方法のみでは、汚染プルームからのシアン化合物の拡散や、毒性の強いシアン化水素ガスへの気化などの、物理化学的な見かけ上のシアン化合物の減少とバイオレメディエーションの効果を区別することはできなかった。従って、別の方法で環境中のシアン化合物が微生物により分解・無害化される根拠を示すことが必要であった。
【0003】
また、石油汚染サイトでのバイオレメディエーションでは、顕微鏡観察による全菌数計測や石油成分を浄化する微生物の呼吸活性の測定が行われてきた。しかしながら、全菌数計測ではモニタリングの対象外となる微生物や、増殖を行わない死菌も同時に計測されてしまう問題がある。また、生菌数を計測する手法として用いられているプレート法やMPN法は、実験操作が煩雑でかつ1ヶ月程度の試験期間を必要とすることから、迅速なモニタリングが求められる浄化事業に適用できない。一方、微生物の呼吸活性の測定は、汚染物質由来の有機物量が充分に存在し、人為的に土壌環境中の微生物活性を十分に高めることが可能な場合でしか有効ではない。
【0004】
これに対し、特定の機能を有した微生物群を検出またはモニタリングするためには、遺伝子レベルでの比較・検出を行うことが精度の高さの面で望ましいとされており、近年では16S rRNA遺伝子の塩基配列を用いて微生物を同定している。しかし、16S rRNA遺伝子はすべての微生物が保有している遺伝子であるため、特定の微生物群を検出することは困難であった。また、16S rRNA遺伝子を対象として特定の微生物を検出するためには、PCRで増幅された断片を1つずつクローニングし、シーケンスを行うといった煩雑な操作を踏む必要があった。
【0005】
それに代わる手法として、汚染物質の浄化に関わる遺伝子をターゲットとした特定の微生物の同定、検出、モニタリング法が開発されており、芳香族ジオキシゲナーゼ遺伝子や塩化ビニルレダクターゼ遺伝子等で既にその報告がされている(特許文献3、4)。
【0006】
汚染物質の中でもシアン化合物は土壌汚染対策法で第2種特定有害物質に分類されている環境規制物質で、生物に対して強い毒性を示すことから、環境中のシアン化合物に対して微生物の浄化能力を利用したバイオレメディエーション技術が多方面から研究されている。微生物によるシアン化合物の浄化機構は、(i)酸素を消費する完全分解(2HCN+2H2O+O2→2NH3+2CO2+2H2O)、(ii)アルデヒドによる無害化(6CN-+6CH2O+13.5O2→6CO2+3N2+3H2O+6HCO3-)、(iii)ロダナーゼ酵素による解毒化(CN-+S2O32-→SCN-+SO32-)が提唱されており、各反応に関わる遺伝子も明らかとなっている。
【0007】
このうち、本発明者らは、(iii)の浄化機構に関与する微生物を検出、同定、モニタリングする方法を既に開発している(特許文献5)。しかしながら、これまでの研究報告例ではシアン汚染地盤をスパージング等により好気的な環境下に変えることによって浄化が促進されるケースが見られることから(非特許文献1)、実際のシアン浄化を行うにあたっては(i)の酸素を消費する浄化経路を活性化させることが重要である。(i)の浄化機構に関与する微生物や遺伝子(シアニドジヒドラターゼ遺伝子)についての研究報告例はあるものの(非特許文献2〜7)、当該浄化機構に関与する微生物を特異的かつ網羅的に検出、同定、モニタリングする方法はこれまでになかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-180583
【特許文献2】特開2006-281053
【特許文献3】特開平9-234070
【特許文献4】特開2007-49946
【特許文献5】特開2008-283890
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】高畑陽ら、注水バイオスパージング工法を用いた原位置バイオレメディエーション技術, 基礎工, Vol.33, No.7, pp-37-39, 2005.
【非特許文献2】Jandhyala D. et al, Appl. Environ. Microbiol. 69:4794-4805, 2003
【非特許文献3】Ruby F. et al, J. Bacteriol. 187:6396-6402, 2005
【非特許文献4】Watanabe A. et al, Appl. Microbiol. Biotechnol. 50:93-97, 1998
【非特許文献5】Ingvorsen K. et al, Appl. Environ. Microbiol. 57:1783-1789, 1991
【非特許文献6】Cluness M. M. et al, J. Gen. Microbiol. 139:1807-1815, 1993
【非特許文献7】Wang P. et al, Arch. Biochem. Biophys. 298:569-575, 1992
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、シアン化合物の酸化分解機構に関与する微生物を簡便かつ高精度に検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、様々な微生物が持つシアニドジヒドラターゼのアミノ酸配列のN末端側とC末端側にそれぞれ存在する保存性の高いアミノ酸配列からセンスプライマーとアンチセンスプライマーを設計し、それらを用いてシアニドジヒドラターゼ遺伝子をPCRで特異的かつ高感度で増幅することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法であって、環境試料より抽出したDNAを鋳型とし、以下のプライマー:
(a)センスプライマー
5’-TT(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GA(A/G/I)G(T/C/I)(T/C/A/G/I)T(T/G/I)
(T/C/G/I)(T/C/A/I)T(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GG(T/C/A/G/I) (T/A/I)(C/A/I)(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)-3’(配列番号1)
(b)アンチセンスプライマー
5’-(T/C/A/G/I)GGCCA(T/C/A/G/I)(C/G/I)(T/C/A/I)(T/C/A/G/I)GC
(T/C/A/G/I)AC(A/G/I)TG(T/C/A/G/I)AC(T/C/I)TG(T/C/A/G/I)(T/C/I)C-3’(配列番号2)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)又はリアルタイムPCRを行い、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物を検出することを含む、上記方法。
(2) 前記増幅産物を、電気泳動によって検出する、(1)に記載の方法。
(3) 前記センスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-TTYCCIGARGCITTYYTICCIGGITAYCCI-3’(配列番号3)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記アンチセンスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-GGCCAIGCIGCIACRTGIACYTGYTC-3’(配列番号4)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、(1)又は(2)に記載の方法。
(5) 上記増幅産物の塩基配列を決定することをさらに含む、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 決定された塩基配列に基づいて微生物を同定することをさらに含む、(5)に記載の方法。
【0013】
(7) (1)〜(6)のいずれかに記載の方法によって得られたシアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物の配列が決定された塩基配列、その相補的配列又はその15塩基長以上の断片を用いて、シアニドジヒドラターゼ遺伝子を検出することを含む、シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法。
(8) シアニドジヒドラターゼ遺伝子の検出を、前記塩基配列又はその15塩基長以上の断片が担体上に固定化されたマイクロアレイを用いて実施する、(7)に記載の方法。
(9) 前記検出を、PCR、リアルタイムPCR又はハイブリダイゼーションによって実施する、(7)に記載の方法。
(10)シアン化合物酸化分解能を有する微生物を検出するためのプライマーセットであって、以下のプライマー:
(a)センスプライマー
5’-TT(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GA(A/G/I)G(T/C/I)(T/C/A/G/I)T(T/G/I)
(T/C/G/I)(T/C/A/I)T(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GG(T/C/A/G/I) (T/A/I)(C/A/I)(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)-3’(配列番号1)
(b)アンチセンスプライマー
5’-(T/C/A/G/I)GGCCA(T/C/A/G/I)(C/G/I)(T/C/A/I)(T/C/A/G/I)GC
(T/C/A/G/I)AC(A/G/I)TG(T/C/A/G/I)AC(T/C/I)TG(T/C/A/G/I)(T/C/I)C-3’(配列番号2)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
を含む、上記プライマーセット。
(11) 前記センスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-TTYCCIGARGCITTYYTICCIGGITAYCCI-3’(配列番号3)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、(10)に記載のプライマーセット。
(12) 前記アンチセンスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-GGCCAIGCIGCIACRTGIACYTGYTC-3’(配列番号4)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、(10)に記載のプライマーセット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、シアニドジヒドラターゼ遺伝子を指標としてシアン化合物酸化分解能を有する微生物を簡便かつ高精度に検出できる方法が提供される。本発明の方法を用いることにより、シアン化合物汚染土壌や地下水にシアン化合物を浄化できる微生物が存在するか否かの確認、シアン化合物汚染現場のバイオレメディエーションによる浄化処理の適合性の判断、シアン化合物汚染現場のバイオレメディエーションによる浄化工事において、シアン浄化微生物の生育や活性の確認、浄化処理状況のモニタリングなどが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】種々の微生物のシアニドジヒドラターゼのアミノ酸配列のアライメントを示す。
【図2】センスプライマーの設計部位となるアミノ酸配列を示す。
【図3】アンチセンスプライマーの設計部位となるアミノ酸配列を示す。
【図4】本発明のプライマーを用いて得られたPCR増幅産物のアガロース電気泳動写真を示す(M:DNAサイズマーカー、1:ブランク、2:Pseudomonas fluorescens NCIMB 11764株、3:Thermotoga maritime、4:Escherichia coli JM109株)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のシアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法は、環境試料より抽出したDNAを鋳型とし、種々の微生物間で保存されたシアニドジヒドラターゼ(cyanide dihydratase)のアミノ酸配列をコードする塩基配列をプライマーとして用いてポリメラーゼ連鎖反応(以下、単に「PCR」という)又はリアルタイムPCRを行い、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物を検出することを特徴とする。
【0017】
シアニドジヒドラターゼは、下記式で示される、シアン化物を加水分解してアンモニアとギ酸を生成する反応を触媒する酵素である。
【0018】
[化1]
HCN+2H2O+O2→2NH3+2CO2+2H2(酸化分解)
【0019】
本明細書で使用する「検出」という用語は、単に試料中にシアン化合物酸化分解能を有する微生物が存在するかどうかを判定することだけでなく、シアン化合物酸化分解能を有する微生物が試料中にどのくらい存在するのかを判定すること(すなわち定量的検出)をも含む。
【0020】
本発明の検出方法に用いるプライマーは、データベース上に公開されているシュードモナス(Pseudomonas)属、バチルス(Bacillus)属、フザリウム属(Fusarium)属を含む様々な微生物のシアニドジヒドラターゼにおいて高度に保存されている領域(図1参照)のアミノ酸配列を元に設計することができる。高度に保存されている領域は、図1に示されるように、シアニドジヒドラターゼのN末側とC末側に存在し、このうち、C末側の保存領域は既に報告されているが(Jandhyala D. et al, Appl. Environ. Microbiol. 69:4794-4805, 2003)、本報告例ではシアン浄化菌B. pumilus C1株のゲノム上に存在するシアニドジヒドラターゼ遺伝子を同定、クローニングしているだけである。
【0021】
センスプライマーは、上記保存領域のPhe-Pro-Glu-Ala(Val)-Phe(Trp)-Ile(Leu)-Pro-Gly-Tyr-Pro(配列番号5)で表されるアミノ酸配列に基づいて設計される(図2)。一方、アンチセンスプライマーは、Glu-Gln-Val-His-Val-Ala(Ser)-Trp-Pro(配列番号6)で表されるアミノ酸配列に基づいて設計される(図3)。
【0022】
上記アミノ酸配列に対応したコドンより設計したセンスプライマーは5’-TT(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GA(A/G/I)G(T/C/I)(T/C/A/G/I)T(T/G/I)(T/C/G/I)(T/C/A/I)T(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GG(T/C/A/G/I) (T/A/I)(C/A/I)(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)-3’(配列番号1)で表わされる30merからなるオリゴヌクレオチドであり、アンチセンスプライマーは5’-(T/C/A/G/I)GGCCA(T/C/A/G/I)(C/G/I)(T/C/A/I)(T/C/A/G/I)GC(T/C/A/G/I)AC(A/G/I)TG(T/C/A/G/I)AC(T/C/I)TG(T/C/A/G/I)(T/C/I)C-3’(配列番号2)で表わされる27merからなるオリゴヌクレオチドである。
【0023】
上記センスプライマーとアンチセンスプライマーの配列において、括弧で示される個所は、A、G、C、Tの4種の塩基の混合ミックス塩基、A、G、C、Tのうちの2種または3種の塩基の混合ミックス塩基[具体的には、R、S、Y、W、H(ここで、R はAまたはG;SはCまたはG;YはCまたはT;WはAまたはT;HはAまたはCまたはTを表す)]、あるいは、ユニバーサル塩基であるイノシン(I)を挿入できる。括弧で示される個所にそれぞれ指定された2種、3種、または4種の塩基を同時に含んでいる縮重プライマーを使用する場合、縮重プライマー中の各プライマーの割合はいかなる割合でもよいが、各プライマーが等量で存在することが好ましい。
【0024】
上記のセンスプライマーの好ましい例として、5’‐TTYCCIGARGCITTYYTICCIGGITAYCCI‐3’(配列番号3)からなるオリゴヌクレオチド、アンチセンスプライマーの好ましい例として、5’‐GGCCAIGCIGCIACRTGIACYTGYTC‐3’(配列番号4)からなるオリゴヌクレオチドが挙げられるが、これらに限定されない。
【0025】
上記のセンスプライマーとアンチセンスプライマーの組み合わせてPCRを行うことにより、シアニドジヒドラターゼ上の前記アミノ酸配列(配列番号5及び6)に挟まれるアミノ酸配列をコードするシアニドジヒドラターゼの部分塩基配列を含むDNA断片を増幅することができる。
【0026】
本発明の検出方法で使用する上記センスプライマーとアンチセンスプライマーは、オリゴヌクレオチドの合成法として当技術分野で公知の方法、例えば、ホスホトリエステル法、ホスホジエステル法、エチルホスホアミダイト法などの方法により、通常用いられるDNA自動合成装置(例えば、Applied Biosystems社製Model 394など)を利用して合成することが可能である。
【0027】
また、検出の対象となる環境試料としては、シアン化合物の汚染可能性のあるものであればよく、特に制限されないが、シアン化合物により汚染された土壌、河川の底土、地下水、貯水、海水、河川水、排水処理施設(下水・汚水・工場排水・農業排水などの処理施設)から採取した水や活性汚泥、前記排水処理施設周辺の土壌、浅海・干潟域の土壌、河川・湖沼域の土壌などが挙げられる。
【0028】
環境試料からのDNAの抽出は、微生物の培養物からの核酸抽出法として当業者に公知のいかなる方法を用いてもよく、例えば、フェノール・クロロホルムによる抽出や、市販のDNA抽出試薬を用いる抽出により行うことができる。あるいは、市販のカラムキット(QIAGEN社QIAamp(登録商標) DNA Blood Midi Kit、QIAGEN社DNeasy(登録商標) Tissue Kitなど)を用いて抽出を行ってもよい。
【0029】
本発明の検出方法において、PCRは常法に従って行うことができる。例えば、鋳型DNA、上記センスプライマー及びアンチセンスプライマー、4種の塩基(dNTP)、および耐熱性DNAポリメラーゼの存在下、変性、アニーリング及び伸長を1サイクルとして、通常20〜40サイクルを実施することにより行う。変性は、二本鎖DNAを一本鎖に解離するための処理であり、通常94〜96℃、15秒〜5分間の処理を行う。アニーリングは、一本鎖の鋳型DNAに、それに相補的なプライマーをアニーリングする処理であり、使用するプライマーに応じて設定されるTm値以下の温度、例えば50〜65℃で、30秒〜2分間の処理を行う。伸長反応は、鋳型DNAに沿ってプライマーを伸長する反応であり、通常72℃で30秒〜10分間の処理を行う。Tm値は、使用するプライマーの塩基配列に基づいて当業者が適宜設定することができる。本発明の検出方法において、プライマーの特異的な結合を保証するために、アニーリングの温度はTm値−5℃以上の温度であることが好ましい。このようなPCRの一連の操作は、市販のPCRキットやPCR装置を利用して、その操作説明書に従って行うことができる。PCR装置は、例えば、GeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems社製)、GeneAmp PCR System 9600(Applied Biosystems社製)などが使用できる。また、PCR増幅産物の検出を容易にするために、標識物質をつけたオリゴヌクレオチドを用いてPCRを行うことができる。標識物質としては、当該技術分野においてよく知られる蛍光物質、放射性同位体、化学発光物質、ビオチン等を用いることができる。
【0030】
増幅したDNA断片が、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物であるかどうかの確認は、増幅したDNA断片を電気泳動し、泳動したDNA断片を例えばエチジウムブロマイド等で染色し、予想されるサイズの断片の存否を検証することによって行うことができる。
【0031】
なお、上記のセンスプライマーとアンチセンスプライマーの組み合わせを使用してPCRを行った場合、増幅が期待されるDNA断片の長さは400bp程度である。このようにPCRを利用することにより、検出対象であるシアン化合物酸化分解能を有する微生物数がかなり少ない場合でも高精度で目的とする微生物の検出が可能である。
【0032】
また、上記のセンスプライマーとアンチセンスプライマーの組み合わせを使用してリアルタイムPCRを行うことにより、シアン化合物酸化分解能を有する微生物の定量的検出が可能である。リアルタイムPCRは、PCRによる増幅を継時的に測定することで、増幅率に基づいて鋳型となるDNAの定量を行う手法である。リアルタイムPCRは常法に従って実施することができ、例えば二本鎖DNAに結合して蛍光を発する試薬(インカレーター:SYBR(登録商標)Green I)を添加してPCRを実施する手法、5'末端を蛍光物質(FAMなど)、3'末端をクエンチャー物質(TAMRAなど)で修飾したオリゴヌクレオチドプローブをPCR反応系に添加する手法などによって実施することができる。
【0033】
リアルタイムPCRの概要については、例えばHiguchi, R., Fockler, C., Dollinger, G.及びWatson, R. 1993. Kinetic PCR: Real time monitoring of DNA amplification reactions. Biotechnology 11:1026−1030を参照して行えばよい。
【0034】
本発明の方法によって検出し得る微生物は、シアン化合物を酸化分解するPseudomonas属、Bacillus属、Alcaligenes属等の細菌や、Fusarium属、Gloeocercospora属等の真菌を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
本発明の検出方法では、上記のようにPCR増幅したシアニドジヒドラターゼ遺伝子産物の塩基配列を決定するステップをさらに含んでもよい。これにより、例えばGenBank、UniGeneなどの遺伝子データベースに登録された塩基配列を照会することにより、目的の遺伝子であるか否かを判別する、或いは微生物を確定することができる。本発明で使用する塩基配列の決定方法に特に制限はなく、例えばジデオキシ法等の公知の方法により実施することができる。
【0036】
一般的に、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の塩基配列は微生物属間で顕著に異なるばかりでなく、同属種間又は株間でも異なっており、その相違度は同一種間で比較を行った場合、16S rRNAの塩基配列に比べて顕著に高く、そのため、16S rRNAのように複数のプライマーを用いて長い塩基配列を決定する必要がない。したがって、このような塩基配列の特異性を利用し、得られたシアニドジヒドラターゼ遺伝子の塩基配列情報をいわゆるsignature塩基配列として用いることができ、複雑な生化学検査を行うことなしに簡便かつ高精度に微生物の同定を行うことができる。また、決定した塩基配列をそのままプローブとして利用することもでき、さらには近縁の微生物種の塩基配列を同様に求めて多重比較を行うことにより、非常に高い特異性を有するプローブの作成が可能である。これらのプローブにより、未知の微生物を多数含む天然菌叢中でも目的とする微生物を特異的に検出できる。また、容易に微生物を遺伝子レベルで表現できるため、未同定の新種の記述を行うことが可能である。
【0037】
したがって、本発明はさらに、上記の方法によって決定されたシアニドジヒドラターゼ遺伝子増幅産物の塩基配列、その相補的配列又はその一部配列を用いて、シアニドジヒドラターゼ遺伝子を検出することを含む、シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法をも提供する。
【0038】
ここで、「その一部配列」とは、シアニドジヒドラターゼをコードする塩基配列又はその相補的配列の少なくとも15塩基、好ましくは少なくとも20塩基、より好ましくは少なくとも25塩基、例えば少なくとも30塩基、少なくとも50塩基、少なくとも100塩基の長さの断片を指す。
【0039】
この方法では、比較的高い特異性を有するプローブを設計することができるときには、PCR、リアルタイムPCRのほか、サザンハイブリダイゼーション、ドットハイブリダイゼーションなどの各種ハイブリダイゼーション法による直接的な検出又は定量的検出が可能である。
【0040】
その際、上記塩基配列を放射性同位元素、酵素、蛍光物質等で標識することが好ましい。これにより、シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出を簡便かつ容易にすることができる。本発明の塩基配列を標識する物質としては、放射性同位元素、蛍光物質など、これに限定されるものではないが例えば32P、アルカリホスファターゼ、FITC、ローダミン、フルオレサミン、ダンシル、ビオチン、ジゴキシゲニン、テトラメチルローダミン(TAMRA)、それらの誘導体などを挙げることができる。
【0041】
本発明の検出方法においては、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の検出を、配列決定した上記塩基配列又はその一部を結合させたマイクロアレイなどの固定化担体を用いても実施できる。ここで検出用の固定化担体は、例えば、ナイロン膜、ニトロセルロース膜、ガラス、金属、シリコンチップなどが使用できる。また固定化方法として、これに限定されるものではないが、例えば基盤の持つ電荷と核酸の電荷とを利用する吸着固定法や、ポリ−L-リジンなどを基盤表面にコートして固定効率を向上させる固定法などが挙げられる。
【0042】
本発明はさらに、配列番号1又は3に示す塩基配列からなるセンスプライマーと配列番号2又は4に示す塩基配列からなるアンチセンスプライマーとの組み合わせからなるプライマーセットを提供する。このプライマーセットは、センスプライマー、アンチセンスプライマー共に、上記のような複数種類の塩基配列を含むランダムプライマーの形態であってもよい。
【0043】
上記プライマーセットはキット化することもできる。本発明のキットは、上記のプライマーセットを含むものであればよく、必要に応じて、DNA抽出用試薬、PCR用緩衝液やDNAポリメラーゼ等のPCR用試薬、反応の陽性コントロールとなるPCR増幅領域を含むDNA溶液、染色剤や電気泳動用ゲル等の検出用試薬、説明書などを含んでいてもよい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
(実施例1)
シアン化合物に対して分解能力を持つPseudomonas fluorescens NCIMB 11764株のゲノムDNAにおいて、図2に示すセンスプライマーの配列を基にして作成したFwプライマー(5’‐TTYCCIGARGCITTYYTICCIGGITAYCCI‐3’:配列番号3)と、図3に示すアンチセンスプライマーの配列を基にして作成したRvプライマー(5’−GGCCAIGCIGCIACRTGIACYTGYTC‐3’:配列番号4)を用いてシアニドジヒドラターゼ遺伝子のPCR増幅試験を行った。
【0046】
同様の試験を、シアン分解能力を持たないThermotoga maritime とEscherichia coli JM109株のゲノムDNAにおいても実施した。さらに、各微生物のゲノムにおいて16S rDNA(E.coli No.533-907領域)のPCRによる増幅を実施し、これらをポジティブコントロールとした。PCR反応液の組成は下記表1に示す通りである。PCR反応では、まず反応液を96℃で5分間変性反応を行った。続いて変性反応96℃・30秒、アニーリング反応50℃・30秒、伸長反応72℃・30秒を1サイクルとした一連の反応を15サイクル分実施し、さらに変性反応96℃・30秒、アニーリング反応55℃・30秒、伸長反応72℃・30秒を1サイクルとした一連の反応を25サイクル分実施した。
【0047】
【表1】

【0048】
上記のPCR反応により増幅したDNA断片を2%のアガロースゲルにアプライし、TAEバッファーを使用して100Vの電圧をかけ30分間電気泳動を行った。続いて電気泳動後のアガロースゲルをエチジウムブロミド溶液に浸し、ゲル中のDNA断片の染色を行った。
【0049】
図4にアガロース電気泳動・エチジウムブロミド染色後のDNA断片の写真を示す。図4に示されるように、Pseudomonas fluorescens NCIMB 11764株由来のゲノムDNAを鋳型として用いた試験のみ、400 bpに付近にDNA断片が確認された。ここで使用したプライマーでは400 bpサイズのDNA断片が予想されていたことから、これと合致した試験結果が得られたことになる。つまり、本発明によるプライマーを使用することで、シアン浄化に関わるシアニドジヒドラターゼ遺伝子を効率よく検出できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0050】
シアン化合物汚染土壌、排水又は地下水の浄化処理のモニタリングに利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法であって、環境試料より抽出したDNAを鋳型とし、以下のプライマー:
(a)センスプライマー
5’-TT(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GA(A/G/I)G(T/C/I)(T/C/A/G/I)T(T/G/I)
(T/C/G/I)(T/C/A/I)T(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GG(T/C/A/G/I) (T/A/I)(C/A/I)(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)-3’(配列番号1)
(b)アンチセンスプライマー
5’-(T/C/A/G/I)GGCCA(T/C/A/G/I)(C/G/I)(T/C/A/I)(T/C/A/G/I)GC
(T/C/A/G/I)AC(A/G/I)TG(T/C/A/G/I)AC(T/C/I)TG(T/C/A/G/I)(T/C/I)C-3’(配列番号2)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)又はリアルタイムPCRを行い、シアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物を検出することを含む、上記方法。
【請求項2】
前記増幅産物を、電気泳動によって検出する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記センスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-TTYCCIGARGCITTYYTICCIGGITAYCCI-3’(配列番号3)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記アンチセンスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-GGCCAIGCIGCIACRTGIACYTGYTC-3’(配列番号4)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
上記増幅産物の塩基配列を決定することをさらに含む、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
決定された塩基配列に基づいて微生物を同定することをさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法によって得られたシアニドジヒドラターゼ遺伝子の増幅産物の配列が決定された塩基配列、その相補的配列又はその15塩基長以上の断片を用いて、シアニドジヒドラターゼ遺伝子を検出することを含む、シアン化合物酸化分解能を有する微生物の検出方法。
【請求項8】
シアニドジヒドラターゼ遺伝子の検出を、前記塩基配列又はその15塩基長以上の断片が担体上に固定化されたマイクロアレイを用いて実施する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記検出を、PCR、リアルタイムPCR又はハイブリダイゼーションによって実施する、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
シアン化合物酸化分解能を有する微生物を検出するためのプライマーセットであって、以下のプライマー:
(a)センスプライマー
5’-TT(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GA(A/G/I)G(T/C/I)(T/C/A/G/I)T(T/G/I)
(T/C/G/I)(T/C/A/I)T(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)GG(T/C/A/G/I) (T/A/I)(C/A/I)(T/C/A/G/I)CC(T/C/A/G/I)-3’(配列番号1)
(b)アンチセンスプライマー
5’-(T/C/A/G/I)GGCCA(T/C/A/G/I)(C/G/I)(T/C/A/I)(T/C/A/G/I)GC
(T/C/A/G/I)AC(A/G/I)TG(T/C/A/G/I)AC(T/C/I)TG(T/C/A/G/I)(T/C/I)C-3’(配列番号2)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
を含む、上記プライマーセット。
【請求項11】
前記センスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-TTYCCIGARGCITTYYTICCIGGITAYCCI-3’(配列番号3)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、請求項10に記載のプライマーセット。
【請求項12】
前記アンチセンスプライマーが、以下の塩基配列:
5’-GGCCAIGCIGCIACRTGIACYTGYTC-3’(配列番号4)
(ここで、Iはイノシンを表す。)
からなる、請求項10に記載のプライマーセット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−217695(P2011−217695A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92456(P2010−92456)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】