説明

シス−ヒドロキシ−L−プロリンの製造方法

【課題】シス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを経済的・効率的に製造する方法を開発すること。
【解決手段】本発明は、L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを提供する。この酵素は、放線菌ストレプトスポランギウム・ロセウムStreptosporangium roseum NBRC 3776株由来である。本発明は前記酵素を用いてL−プロリンからシス−3−ヒドロキシ−L−プロリン及びシス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを製造する方法を提供する。本発明は、前記酵素をエンコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターと、該ベクターを含む形質転換体とを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放線菌由来のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼと、該ヒドロキシラーゼを使用するシス−ヒドロキシ−L−プロリンの製造方法と、前記ヒドロキシラーゼをエンコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターと、該組換えベクターを含む形質転換体とに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシ−L−プロリンは、L−プロリンにヒドロキシル基が導入された構造を有する修飾アミノ酸の一種である。ヒドロキシル基が導入される部位(3位又は4位の炭素原子)の違いと、ヒドロキシル基の空間的配置(トランス配置又はシス配置)の違いとにより4種類の異性体が存在する。ヒドロキシプロリンの異性体のうち、シス−4−ヒドロキシ−L−プロリンは、カルバペネム系抗生物質、消炎剤として利用されているN−アセチルヒドロキシプロリン等の医薬品の合成中間原料として有用な物質である。
【0003】
シス−4−ヒドロキシ−L−プロリンの製造方法としては、トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリン誘導体からシス−4−ヒドロキシ−L−プロリン誘導体を有機合成する方法(特許文献1)が提案されているが、合成の原料であるトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリン誘導体自体が高価だという問題点を有する。ヘリコセラス属等の微生物を使用してL−プロリンからシス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを生成する方法(特許文献2及び3)も提案されているが、生成量が0.65g/Lと極めて低く、実用的ではない。
【特許文献1】特開2005−112761号公報
【特許文献2】特許第3005085号公報
【特許文献3】特許第3005086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
産業上有用なシス−ヒドロキシ−L−プロリンを経済的・効率的に製造する方法を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを提供する。本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは、(1)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と、(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(3)配列番号1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(4)配列番号1のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(5)配列番号1のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列によってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(6)特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質に連結した融合タンパク質とからなるグループから選択される少なくとも1種類のタンパク質の場合がある。
【0006】
本発明はシス−ヒドロキシ−L−プロリンの製造方法を提供する。本発明のシス−ヒドロキシ−L−プロリンの製造方法は、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼと、L−プロリンとを用意するステップと、(2)前記L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを前記L−プロリンに対して作用させて、シス−3−ヒドロキシ−L−プロリン及びシス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを得るステップとを含む。
【0007】
本発明は、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをエンコードするポリヌクレオチドを含む組換えベクターを提供する。
【0008】
本発明は、本発明の組換えベクターを含む形質転換体を提供する。
【0009】
本明細書において「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合で連結した化合物である。「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」は、メチル基を含むアルキル基、リン酸基、糖鎖、及び/又は、エステル結合その他の共有結合による修飾を含む場合がある。また、「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」は、金属イオン、補酵素、アロステリックリガンドその他の原子、イオン、原子団か、他の「タンパク質」、「ペプチド」、「オリゴペプチド」又は「ポリペプチド」か、糖、脂質、核酸等の生体高分子か、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリビニル、ポリエステルその他の合成高分子かを共有結合又は非共有結合により結合又は会合している場合がある。
【0010】
本明細書でアミノ酸を表す場合、L−アスパラギン、L−グルタミン等の化合物名で表す場合と、Asn、Gln等の慣用の3文字表記で表す場合とがある。化合物名で表す場合には、アミノ酸のα炭素に関する立体配置を示す接頭辞(L−又はD−)を用いて表す。慣用の3文字表記で表す場合には、該3文字表記は特に断りのない限りL体のアミノ酸を表す。本明細書において、アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基とが少なくとも1個の炭素原子を介して結合した化合物であって、ペプチド結合により重合することが可能ないずれかの化合物を指す。本明細書におけるアミノ酸は、生体内でメッセンジャーRNAからリボゾームで合成されるタンパク質の翻訳に用いられる20種類のL−アミノ酸とこれらの立体異性体であるD−アミノ酸とを含むがこれらに限定されない、いずれかの天然又は非天然のアミノ酸を含む場合がある。
【0011】
本明細書では、ヒドロキシプロリン(以下、「Hyp」という。)の異性体について、ヒドロキシル基が導入される部位(3位又は4位の炭素原子)の違いと、ヒドロキシル基の空間的配置(トランス配置又はシス配置)の違いとにより、トランス−3−Hyp、シス−3−Hyp、トランス−4−Hyp、シス−4−Hypとそれぞれ表す場合がある。
【0012】
シス−4−ヒドロキシ−L−プロリン(シス−4−Hyp)の構造は化学式Iで表される。
【0013】
【化1】

【0014】
本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは、そのアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるDNAを、無生物発現系か、宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系かで発現させることにより産生される。前記宿主生物は、大腸菌、枯草菌等のような原核生物と、酵母、菌類、植物、動物等のような真核生物とを含む。本発明の宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系は、細胞や組織のような生物の一部か、生物の個体全体かの場合がある。本発明の酵素タンパク質は、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有することを条件として、無生物発現系又は宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系の他の成分が混在する状態で本発明のシス−3−Hyp及び/又はシス−4−Hypの製造方法に使用される場合がある。本発明の酵素タンパク質を前記宿主生物及び発現ベクターを使用する発現系で発現させる場合には、前記酵素タンパク質を発現する宿主生物、例えば本発明の形質転換体が生きた状態で本発明のシス−3−Hyp及び/又はシス−4−Hypの製造に用いられる場合がある。このとき、本発明のシス−3−Hyp及び/又はシス−4−Hypの製造は、休止菌体反応系や発酵法によって行うことができる。あるいは、前記酵素タンパク質は、精製された状態で本発明のシス−3−Hyp及び/又はシス−4−Hypの製造方法に使用されてもよい。
【0015】
配列番号1のアミノ酸配列は、放線菌ストレプトスポランギウム・ロセウムStreptosporangium roseum NBRC 3776株由来のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼのアミノ酸配列である。配列番号1のアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列は、放線菌ストレプトスポランギウム・ロセウムStreptosporangium roseum DSM 43021株由来のアクセッション番号EEP13595として登録されており、2−オキソグルタル酸依存型ヒドロキシラーゼとしてアノテーションされていた。本発明の実施例で示すとおり、このL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼが、プロリンからシス−3−Hyp及びシス−4−Hypを生成するL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼ活性を有するとの発見から本発明が想到された。
【0016】
本明細書においてヌクレオチド配列の相同性は、本発明のヌクレオチド配列と、比較対象のヌクレオチド配列との間でヌクレオチド配列が一致する部分が最も多くなるように整列させて、ヌクレオチド配列が一致する部分のヌクレオチドの数を本発明のヌクレオチド配列のヌクレオチドの総数で割った商の百分率で表される。同様に、本明細書においてアミノ酸配列の相同性は、本発明のアミノ酸配列と、比較対象のアミノ酸配列との間で配列が一致するアミノ酸残基の数が最も多くなるように整列させて、配列が一致するアミノ酸残基の数の合計を本発明のアミノ酸配列のアミノ酸残基の総数で割った商の百分率で表される。本発明のヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の相同性は、当業者に周知の配列整列プログラムCLUSTALWを使用することにより算出することができる。
【0017】
本明細書において「ストリンジェントな条件」とは、Sambrook、J.及びRussell、D.W.、Molecular Cloning A Laboratory Manual 3rd Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2001)に説明されるサザンブロット法で以下の実験条件で行うことを指す。比較対象のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドをアガロース電気泳動によりバンドを形成させた上で毛管現象又は電気泳動によりニトロセルロースフィルターその他の固相に不動化する。6× SSC及び0.2% SDSからなる溶液で前洗浄する。本発明のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを放射性同位元素その他の標識物質で標識したプローブと前記固相に不動化された比較対象のポリヌクレオチドとの間のハイブリダイゼーション反応を6× SSC及び0.2% SDSからなる溶液中で65°C、終夜行う。その後前記固相を1× SSC及び0.1% SDSからなる溶液中で65°C、各30分ずつ2回洗浄し、0.2× SSC及び0.1% SDSからなる溶液中で65°C、各30分ずつ2回洗浄する。最後に前記固相に残存するプローブの量を前記標識物質の定量により決定する。本明細書において「ストリンジェントな条件」でハイブリダイゼーションをするとは、比較対象のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを不動化した固相に残存するプローブの量が、本発明のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドを不動化した陽性対照実験の固相に残存するプローブの量の少なくとも25%、好ましくは少なくとも50%、より好ましくは少なくとも75%以上であることを指す。
【0018】
本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは、(1)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と、(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(3)配列番号1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(4)配列番号1のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(5)配列番号1のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、(6)特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質に連結した融合タンパク質とからなるグループから選択される場合がある。
【0019】
本発明の融合タンパク質は、特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼのアミノ末端又はカルボキシル末端に連結したものである。
【0020】
本発明の特異的結合タグペプチドは、前記(1)ないし(5)のいずれかのL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを調製する際に、発現したタンパク質の検出、分離又は精製をより容易に行うことを可能にするために、他のタンパク質、多糖類、糖脂質、核酸及びこれらの誘導体、樹脂等と特異的に結合するポリペプチドである。特異的結合タグと結合するリガンドは、水溶液中に溶解した遊離状態の場合も固体支持体に不動化される場合もある。そこで、本発明の融合タンパク質は固体支持体に不動化されたリガンドに特異的に結合するため、発現系の他の成分を洗浄除去することができる。その後、遊離状態のリガンドを添加したり、pH、イオン強度その他の条件を変えることにより、固体支持体から前記融合タンパク質を分離して回収することができる。本発明の特異的結合タグは、Hisタグ、mycタグ、HAタグ、インテインタグ、MBP、GSTその他これらに類するポリペプチドが含まれるが、これらに限定されない。本発明の特異的結合タグは、融合タンパク質がL−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を保持することを条件としていかなるアミノ酸配列を有してもかまわない。
【0021】
本発明のタンパク質のL−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性は、本発明のタンパク質と、L−プロリンと、2−オキソグルタル酸と、2価鉄イオンと、L−アスコルビン酸とを含む反応液中で前記タンパク質をL−プロリンに対して作用させることにより生成したシス−3−Hyp及びシス−4−Hypを定量することにより評価される場合がある。
【0022】
シス−3−Hyp及びシス−4−Hypの定量は、LC/MS等のような当業者に周知の分析機器の使用により実施される場合がある。
【0023】
本発明の製造方法のステップ(2)では、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼとL−プロリンとに加えて、pH調整のための緩衝液成分を含む反応液を用いて実施される場合がある。好ましくは前記緩衝液成分としてHEPESが使用され、pHは7.0〜7.5に調整される場合がある。好ましくは前記反応液は、本発明のタンパク質による水酸化反応に電子供与体として関与する2−オキソグルタル酸をさらに含む場合がある。前記反応液は、2価鉄イオン、L−アスコルビン酸等をさらに含む場合がある。
【0024】
本発明の製造方法のステップ(2)において本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをL−プロリンに対して作用させるために、反応液が所定の反応時間及び反応温度でインキュベーションされる。本発明の製造方法において、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼ、L−プロリン、2価鉄イオン、2−オキソグルタル酸等の反応液中における濃度か、反応液量か、反応時間か、反応温度か、その他の反応条件かは、シス−3−Hyp及びシス−4−Hypの目標とする製造量及び収率と、製造に要する時間、費用、設備等と、その他の条件との関係で当業者により決定される場合がある。本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの反応温度は15°Cに設定されることが好ましく、前記L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの反応pH条件は、pH6.0に設定されることが好ましい。
【0025】
本発明の製造方法で取得されるシス−4−Hypは、遠心分離、カラムクロマトグラフィー、凍結乾燥等のような当業者に周知の操作の組合せにより回収される場合がある。また、本発明の製造方法で取得されるシス−3−Hyp及びシス−4−Hypは、LC/MSのような当業者に周知の分析技術を使用して生成量又は純度を評価される場合がある。
【0026】
本明細書において「組換えベクター」とは、所望の機能を有するタンパク質を宿主生物において発現させるために使用される、該所望の機能を有するタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドが組み込まれたベクターである。
【0027】
本明細書において「ベクター」とは、所望の機能を有するタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドを組み込み宿主生物へ導入することにより、所望の機能を有するタンパク質を該宿主生物において複製及び発現させるために用いられる遺伝因子であり、プラスミド、ウイルス、ファージ、コスミド等を含むがこれらに限定されない。好ましくは前記ベクターはプラスミドの場合がある。さらに好ましくは前記ベクターは、pET−21a(+)プラスミドの場合がある。
【0028】
本発明の組換えベクターは、制限酵素、DNA連結酵素等を使用する当業者に周知の遺伝子工学手法を用いて本発明のタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドといずれかのベクターとを連結することにより作製される場合がある。
【0029】
本明細書において「形質転換体」とは、所望の機能を有するタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドが組み込まれた組換えベクターが導入され、該所望の機能を有するタンパク質に関連する所望の形質を表すことができるようになった生物である。
【0030】
本明細書において「宿主生物」とは、形質転換体の作製において、所望の機能を有するタンパク質をエンコードするポリヌクレオチドが組み込まれた組換えベクターが導入される生物である。前記宿主生物は、大腸菌、枯草菌等のような原核生物と、酵母、菌類、植物、動物等のような真核生物とを含む。前記宿主生物は大腸菌の場合がある。
【0031】
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターをいずれかの適切な宿主生物に導入することにより作製される。組換えベクターの導入は、電気刺激で細胞膜に空隙を作るエレクトロポレーション法、カルシウムイオン処理と併せて行うヒートショック法等を含む当業者に周知のさまざまな手法により実施される場合がある。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の組換えベクターのマップ。
【図2】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの電気泳動図。
【図3】水酸化反応試験についての反応停止とアミノ酸の誘導体化との手順を示す概念図。
【図4】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの2種類の産物のピークが分離できることを示すHPLC分析結果のクロマトグラム。
【図5】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼ活性の2−オキソグルタル酸依存性を示すグラフ。
【図6】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの反応温度依存性を示すグラフ。
【図7】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの反応pH依存性を示すグラフ。
【図8】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの反応阻害剤特異性を示すグラフ。
【図9】本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは2種類の産物を同時に生成することを示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下の実施例によって本発明について詳細な説明を行なうが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
1.L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをエンコードする遺伝子のクローニング、導入及び発現
1−1.方法
(遺伝子増幅の鋳型となる微生物染色体DNAの抽出)
放線菌ストレプトスポランギウム・ロセウムStreptosporangium roseum NBRC 3776株は独立行政法人製品評価技術基盤機構より入手し、この染色体DNAを遺伝子増幅の鋳型として使用した。
【0035】
前記放線菌を5mLのISP Medium no.2(1% Bacto Malt Extract、0.4% Bacto Yeast extract、0.4% グルコース)中で、28°C、2日間液体振とう培養を行なった。培養後遠心分離(4°C、5000×g、10分間)によって菌体を回収し、定法に従いそれぞれの微生物菌体から染色体DNAを抽出した。
【0036】
(目的の遺伝子の増幅)
本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをエンコードする遺伝子をストレプトスポランギウム・ロセウムStreptosporangium roseum NBRC 3776株の放線菌菌体の染色体DNAを鋳型としたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。前記PCRには、GC-RICH PCR システム(ロッシュ)を使用した。その反応条件は表1に示す。クローニング及び発現の条件を表2に示す。放線菌ストレプトスポランギウム・ロセウムStreptosporangium roseum NBRC 3776株を鋳型とするセンスプライマー及びアンチセンスプライマーは、それぞれ、配列番号2及び3に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
(組換えプラスミドの取得)
PCRにより増幅した目的のDNAをインサート用DNAとし、それぞれのインサート用DNA1μgとベクターであるpET−21a(+)1μgとを、制限酵素NdeI及びXhoIを使用する37°C、16時間の反応により切断した。切断産物をGFX PCR Purification Kit(GEヘルスケア)で精製した後、それぞれのインサート用DNAとベクターとを、DNA Ligation Kit<Mighty Mix>(タカラ)を使用する16°C、3時間の反応により連結した。ライゲーション産物を、塩化カルシウム処理した大腸菌JM109株にヒートショック法により導入した。それぞれの組換えプラスミドを保持した大腸菌JM109株を、LB−A寒天培地(1% Bacto Trypton、0.5% Bacto Yeast extract、1% NaCl、1.5% Bacto Agar、100μg/mL アンピシリン)で37°C、16時間培養し、次いでLB−A液体培地(1% Bacto Trypton、0.5% Bacto Yeast extract、1% NaCl、100μg/mL アンピシリン)5mL中で37°C、16時間培養し、その後QIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN)を使用してプラスミドを抽出した。抽出したプラスミドの内部塩基配列をDNAシークエンサーにて解析し、所望のDNAが挿入されていることを確認した。作製した組換えプラスミドのプラスミドマップを図1に示す。
【0040】
(目的の遺伝子の発現)
本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをエンコードするDNAの挿入が確認された組換えプラスミド(pESrP4H)を、塩化カルシウム処理した大腸菌Rosetta2(DE3)にヒートショック法により導入し、表3に示す手順で発現させた。すなわち前記大腸菌をLB−AC寒天培地(1% Bacto Trypton、0.5% Bacto Yeast extract、1% NaCl、1.5% Bacto Agar、100μg/mL アンピシリン、34μg/mL クロラムフェニコール)にて37°Cで一晩培養した。生育したシングルコロニーをLB−AC液体培地(1% Bacto Trypton、0.5% Bacto Yeast extract、1% NaCl、100μg/mL アンピシリン、34μg/mL クロラムフェニコール)5mLに接種し、37°C、200rpmで16時間振とう培養を行なった。その後、前記液体培地1mLを100mLの新鮮なLB−AC液体培地に接種し、37°C、200rpmで振とう培養を行なった。O.D.660=0.5に達した時点で、終濃度が0.1mMとなるようにイソプロピル−β−d−チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加し、25°C、100rpmで培養し遺伝子発現を誘導した。6時間後、培養菌体を遠心分離(4°C、5000×g、10分間)して回収し、20mM HEPES・NaOH緩衝液(pH7.5)5mLに懸濁した。前記懸濁液を超音波破砕(3分間)した後、遠心分離(4°C、20000×g、30分間)して上清(無細胞抽出液)を回収した。
【0041】
1−2.結果
上述の抽出及び増幅操作により、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをエンコードする遺伝子のクローニングに成功した。上述の組換え操作等により、前記遺伝子を含む組換えプラスミドを作製することができた。得られた組換えプラスミドのプラスミドマップを図1に示す。前記組換えプラスミドの導入操作により、該組換えプラスミドを有する形質転換体を作製することができた。前記形質転換体による前記遺伝子の発現操作により、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを含む無細胞抽出液をそれぞれ取得することができた。得られた無細胞抽出液を、ニッケルアフィニティークロマトグラフィー、およびゲルろ過クロマトグラフィーによって精製し、SDS―PAGEで単一バンドとして得られたタンパク質を図2に示す。前記タンパク質を精製酵素とし、以下の実験に使用した。
【実施例2】
【0042】
2.本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼによるL−プロリンの水酸化反応
2−1.方法
実施例1で得られた本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼによるL−プロリンの水酸化反応をそれぞれ実施した。表3に示す組成の反応液(以下、「標準反応液」という。)を調整し、1時間、25°Cで反応を行なった。反応後、図3の手順に従い反応停止と、マーフィー試薬(1−fluoro−2,4−dinitrophenyl−5−L−alaninamide)を使用して反応液中に含まれる全アミノ酸の誘導体化とを行なった。その後、0.45μmフィルターを用いて反応液をろ過し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析に供した。HPLC分析の各種条件は表4(a)及び(b)に示す。
【0043】
【表3】

【0044】
【表4】

【0045】
2−2.結果
L−プロリンと、Hypの4種類の異性体との標準試料についてHPLC分析を行なったところ、Hypの異性体はいずれも分離された単一のピークとして検出された(図4)。そこで、ピーク物質の同定は保持時間により行なうこととした。
【0046】
図5に精製酵素について反応の2−オキソグルタル酸依存性を検討した結果を示す。表3に示す反応混合液の組成から、プロリン、2−オキソグルタル酸(2−OG)、FeSO及び酵素のいずれを省いても、反応活性が完全に失われた。そこで、本発明の本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼの反応は2−オキソグルタル酸依存性であることが示された。
【0047】
図6に精製酵素について反応至適温度を検討した結果を示す。酵素活性は15°Cで最も高く、50°Cでは完全に失われた。
【0048】
図7に精製酵素について反応至適pHを検討した結果を示す。酵素活性はpH6.0で最も高く、pH7−10では50%ないし30%に低下し、pH5.5では完全に失われた。
【0049】
図8に精製酵素について反応阻害剤特異性を検討した結果を示す。酵素活性は、MgSOによっては阻害されなかった。ヒドロキシルアミン、MnCl及びFeClによって若干の阻害が認められた。EDTA、CoCl、ZnSO、CuSO及びNiSOによって反応が強く阻害された。
【0050】
図9に本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは2種類の産物を同時に生成することを示す。本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼはL−プロリンを3位より4位に優先的に水酸化し、シス−3−Hypよりも約3倍多い量のシス−4−Hypを生成する水酸化酵素であることが示された。
【0051】
これらの結果より、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼとL−プロリンとの存在下でシス−3−Hyp及びシス−4−Hypが生成されることから、前記タンパク質はL−プロリンを位置優先的及び立体選択的に水酸化しシス−3−Hyp及びシス−4−Hypを生成する水酸化酵素であることが確認された。Entrez Protein等のデータベースで公開されている推定タンパク質機能は「2−オキソグルタル酸依存型ヒドロキシラーゼ」であった。しかし、本実験の結果からは前記タンパク質の機能がL−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼであることが確認された。また、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼに触媒される反応では2−OGの存在下でシス−3−Hyp及びシス−4−Hypが生成されることから、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは2−OGの存在下でProの3位及び4位の炭素原子とそれに結合する水素原子との間に酸素原子を添加する2−OG依存型ジオキシゲナーゼであることが確認された。
【0052】
表5に本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを発現する形質転換体の大腸菌の休止菌体の反応液の組成を示す。
【0053】
【表5】

【0054】
表5に示す休止菌体反応液を用いても、本発明のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼは、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を示した(図示されない)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と、
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列に1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、
(3)配列番号1のアミノ酸配列と80%以上の相同性を示すアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、
(4)配列番号1のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列と80%以上の相同性を示すヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドによってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、
(5)配列番号1のアミノ酸配列をエンコードするヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドと相補的なヌクレオチド配列によってエンコードされるアミノ酸配列からなり、かつ、L−プロリン シス−3−ヒドロキシラーゼ活性及びL−プロリン シス−4−ヒドロキシラーゼ活性を有するタンパク質と、
(6)特異的結合タグペプチドが前記(1)ないし(5)のいずれかのタンパク質に連結した融合タンパク質とからなるグループから選択される少なくとも1種類のタンパク質であることを特徴とする、L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼ。
【請求項2】
(1)請求項1に記載のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼと、L−プロリンとを用意するステップと、
(2)前記L−プロリン シス−ヒドロキシラーゼを前記L−プロリンに対して作用させて、シス−3−ヒドロキシ−L−プロリン及びシス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを得るステップとを含むことを特徴とする、シス−ヒドロキシ−L−プロリンの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のL−プロリン シス−ヒドロキシラーゼをエンコードするポリヌクレオチドを含むことを特徴とする、組換えベクター。
【請求項4】
請求項3に記載の組換えベクターを含むことを特徴とする、形質転換体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−97903(P2011−97903A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−256391(P2009−256391)
【出願日】平成21年11月9日(2009.11.9)
【出願人】(308032666)協和発酵バイオ株式会社 (41)
【Fターム(参考)】