説明

シート状細胞培養物の製造方法

【課題】
臨床への適用に障害となり得る製造工程由来不純物成分を含まない良質な細胞培養物、およびその製造方法の提供を課題とする。
【解決手段】
本発明は、(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および(ii)細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程を含む、シート状細胞培養物を製造する方法、同方法により製造されたシート状細胞培養物、上記方法に用いる血清がコートされた培養基材、前記培養基材の製造方法および製造キット、ならびに、(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および(ii)細胞を無血清培地で培養して細胞培養物を形成する工程を含む、細胞培養物の炎症性サイトカイン産生を抑制する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程を含む、シート状細胞培養物を製造する方法、同方法により製造されたシート状細胞培養物、特に、製造工程由来不純物を実質的に含まないシート状細胞培養物、上記方法に用いる血清がコートされた培養基材、前記培養基材の製造方法および製造キット、ならびに、細胞培養物の炎症性サイトカイン産生を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患では、心筋組織に十分な酸素が行き渡らなくなり、この状態が長時間続くと心筋組織に傷害が生じる。元来成体の心筋細胞は自己複製能に乏しいため、一旦傷害を受けると心筋の修復はできないか、例え修復できたとしてもごく限られた回復しか期待できず最終的に心不全に陥ってしまう。
【0003】
心不全の有効な治療方法として心臓移植があるが、移植までの待機中にブリッジとして左室補助人工心臓を装着するケースが多い。
しかし心臓移植は、免疫抑制治療に伴う感染症の危険性、遠隔期の冠動脈硬化病変の出現、絶対的なドナー不足などが深刻な問題となっており、また現在の補助人工心臓は、血栓塞栓症・感染などの合併症、装置の耐久性の問題から患者QOLが非常に制限され、長期補助が困難である。
【0004】
このような中で新たな治療法として研究が進められているのが、心筋組織への骨格筋芽細胞移植である。
骨格筋に含まれる筋芽細胞は、筋肉が損傷を受けたとき分裂し修復を行う。心筋と骨格筋は構造、機能などに類似する部分が多く、そのため骨格筋由来の筋芽細胞は傷害心筋も修復し得ると考えられている。海外では自己骨格筋芽細胞の心筋への移植が臨床的に応用されつつある。
【0005】
骨格筋芽細胞の移植による心機能の低下抑制に関するメカニズムは明らかでないが、筋芽細胞を拍動している心筋に移植することで、メカニカル・ストレッチが加わる場で細胞の配列に配向性が生じ適切な分化が行われていることが考えられ、またVEGF(血管内皮増殖因子)などのサイトカイン・デリバリー・システムとして機能している可能性も考えられている。
【0006】
しかしながら、梗塞心臓に対するシングル・セルとしての筋芽細胞懸濁液の移植では、移植細胞の障害損失、レシピエント心の注入時の組織障害、レシピエント心への組織供給効率、不整脈の発生、梗塞部位全体への治療困難などの欠点が指摘されており、これらに対応すべく筋芽細胞のシート化が渇望された。
【0007】
これに対し、特定の培養条件によって細胞を増殖させることにより予想以上に組織化が進展し、且つ培養皿から剥離し易いという性質をもった人工組織が見出され、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を含む心臓に適用可能な三次元組織構造体としての細胞シートと、その製造方法が提供された(特許文献1参照)。
【0008】
ところで、公知の製造方法で使用される細胞培養液は、目的とする細胞が増殖する限りどのような培地でも良いとされており、公知のウシ胎仔由来血清等の血清が添加されている培地でも良いとされている(例えば、特許文献1参照)。
【0009】
また、心筋前駆細胞等の増殖に用いる細胞培養液には、ウシ胎仔血清、ウマ血清、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)2を用いることが公知されている(特許文献2参照)。
【0010】
このように、シート状の細胞培養物の形成は、通常、細胞を増殖させて行っており、細胞の増殖促進のため、異種血清成分以外に成長因子の添加が一般に行われているが、一方で、例えば、コンフルエントになると分化する傾向がある骨格筋芽細胞などでは、増殖した細胞の分化への移行を抑制するため、骨格筋芽細胞の培養液にはステロイド剤を添加することが一般的である。ステロイド剤を添加しないと、骨格筋芽細胞は16時間程度の培養で分化を始めて、管状の筋管を形成してしまい、シート状の細胞培養物を得ることが不可能となる。
さらに、培養液には、抗酸化作用を目的としたセレンの添加が行われる場合がある。
【0011】
しかし臨床への適用を考えると、異種血清成分などの他家血清成分にはレシピエントに感染し得るウイルスなどの病原体が含まれる恐れがあり、成長因子も、通常は微生物を利用して組換え的に製造されることを考えると、残存した場合に製造工程由来不純物となり得るため、安全性の観点からそのまま移植に利用することはできない。
【0012】
また、セレンは生体にとって抗酸化酵素の合成に必要な必須元素であり、セレノシステインとして蛋白質に組み込まれ、主にセレノプロテインとして働き、ビタミンEやCと協調して活性酸素やラジカルから生体を防御すると考えられている。しかし、セレンは、適正量と中毒量との幅が非常に狭く、過剰症として悪心、吐き気、下痢、食欲不振、頭痛、免疫抑制、高比重リポ蛋白(HDL)減少などの症状が知られている。さらに、亜セレン酸は「毒物及び劇物指定令」(昭和40年1月4日 政令第2号)で毒物指定品目に指定されている。一方ステロイド剤は、その副作用として副腎皮質機能不全、クッシング症候群などが知られており、いずれも製造工程由来不純物として移植に際して除去することが好ましい成分である。
【0013】
これらの製造工程由来不純物は、通常、細胞培養物をこれらの物質を含まない媒体で洗浄することによって除去するが、細胞培養物は機械的に極めて脆弱であり、洗浄時の水流などにより容易に破壊されるため、細胞培養物における製造工程由来不純物を臨床上障害とならないレベルまで洗浄することはこれまで極めて困難であった。
さらに、他家血清の代わりにレシピエントへの悪影響の少ない自己血清を用いることもできるが、自己血清は、事前にレシピエントから採血して調製する必要があるなど、レシピエントや医療従事者に身体的・時間的負担を強いるものであり、レシピエントの状態によっては、入手が困難なケースもある。
したがって、臨床的に安全性が高い、良質なシート状の細胞培養物を簡便に得るための方法的改善が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特表2007−528755号公報
【特許文献2】特開2008−161183号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、臨床への適用に障害となり得る製造工程由来不純物成分を含まない良質な細胞培養物、およびその製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記課題解決のために鋭意研究を続けたところ、培養基材を血清で被覆した後、細胞をこの培養基材上で培養すると、血清要求性の細胞種においても無血清培地でシート状の細胞培養物を得ることができることを見出した。さらに、細胞をかかる培養基材上、無血清培地で培養することにより、血清含有培地で培養した細胞培養物と比べて炎症性サイトカインの産生を顕著に低減できることを見出し、本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は以下に関する。
(1)(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および
(ii)細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
(2)細胞が、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種される、上記(1)の方法。
(3)細胞が、筋芽細胞を含む、上記(1)または(2)の方法。
(4)培養基材が、成長因子によりさらに被覆されている、上記(1)〜(3)のいずれかの方法。
(5)培養基材が、ステロイド剤によりさらに被覆されている、上記(1)〜(4)のいずれかの方法。
(6)血清で被覆された培養基材が、培養基材を血清と共にインキュベートし、その後血清を廃棄することにより得られる、上記(1)〜(5)のいずれかの方法。
(7)血清で被覆された培養基材が、培養基材を血清と共にインキュベートし、その後血清を廃棄し、次いで培養基材を無血清洗浄液で洗浄することにより得られる、上記(1)〜(6)のいずれかの方法。
【0018】
(8)培養が、無血清培地中で行われる、上記(1)〜(7)のいずれかの方法。
(9)細胞培養物を培養基材から単離する工程をさらに含む、上記(1)〜(8)のいずれかの方法。
(10)上記(1)〜(9)のいずれかの方法により製造された細胞培養物。
(11)疾病、傷病の治療に用いる、上記(10)の細胞培養物。
(12)製造工程由来不純物を実質的に含まない、上記(10)または(11)の細胞培養物。
(13)上記(10)〜(12)のいずれかの細胞培養物を含む移植片。
(14)血清がコートされた、上記(1)〜(9)のいずれかの方法に用いる培養基材。
(15)成長因子がさらにコートされた、上記(14)の培養基材。
(16)ステロイド剤がさらにコートされた、上記(14)または(15)の培養基材。
【0019】
(17)(i)培養基材を血清と共にインキュベートする工程、および
(ii)血清を廃棄する工程、
を含む、上記(14)〜(16)のいずれかの培養基材の製造方法。
(18)(iii)培養基材を洗浄する工程
をさらに含む、上記(17)の方法。
(19)培養基材と、血清とを含む、上記(14)〜(16)のいずれかの培養基材の製造キット。
(20)(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および
(ii)細胞を無血清培地で培養して細胞培養物を形成する工程、
を含む、細胞培養物の炎症性サイトカイン産生を抑制する方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、シート状細胞培養物の製造にあたって、一般に細胞増殖に必要な因子として添加する血清や成長因子を含有しない非細胞増殖系の培養液での培養が可能となるため、血清中の有害成分や、通常は組換え品である成長因子に含まれ得るエンドトキシンなどの混入を避けることができるうえ、分化抑制剤として添加するステロイド剤が不要となる。さらに本発明により、酸化防止のためのセレンまたはその誘導体が不要となる。この結果、製造工程由来不純物を含まない、臨床において安全性の高い細胞培養物を提供することが可能となるとともに、異種血清の代替物としての自己血清を調製する必要もなくなる。
【0021】
また、無血清培地での培養を可能とすることで、血清含有培地で培養した細胞培養物と比べて炎症性サイトカインの産生を顕著に低減でき、細胞培養物の臨床における安全性をさらに高めることが可能となる。
さらに、血清や成長因子などを含まない培地で培養した場合、作製した細胞培養物の損傷が懸念される製造工程由来不純物の除去を目的とした洗浄などの操作が不要となり、細胞培養物のより確実で安定した製造が可能となる。
さらにまた、本発明の方法により、所望の大きさ・形状の細胞培養物が短期間で製造できるため、細胞培養物を利用した生体の処置をより柔軟かつ容易に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、血清をコーティングしていない培養基材上、無血清培地で培養した細胞培養物を示した写真図である(×200)。
【図2】図2は、血清をコーティングしていない培養基材上、従来の血清含有培地で培養した細胞培養物を示した写真図である(×100)。
【図3】図3は、血清をコーティングした培養基材上、無血清培地で培養した細胞培養物を示した写真図である(×100)
【図4】図4は、血清をコーティングした培養基材上、血清含有培地(検体1)または無血清培地(検体2)で培養した細胞培養物の培養上清中のIL−6濃度(pg/mL)を示した棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および(ii)細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程、を含む、シート状細胞培養物の製造方法に関する。
本発明における細胞には、細胞培養物、特にシート状の細胞培養物を形成し得る任意の細胞が含まれる。かかる細胞の例としては、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、内皮細胞などが含まれる。これらのうち、本発明においては、単層の細胞培養物を形成するもの、例えば、筋芽細胞が好ましい。細胞は、細胞培養物による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。また、本発明の方法に用いる細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。本発明の好ましい態様において、細胞培養物を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の比率(純度)は、細胞培養物製造終了時において、65%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上である。
【0024】
本発明において、「培養基材」は、細胞がその上で細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリクスなどが挙げられる。
【0025】
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N−エチルアクリルアミド、N−n−プロピルアクリルアミド、N−n−プロピルメタクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド、N−イソプロピルメタクリルアミド、N−シクロプロピルアクリルアミド、N−シクロプロピルメタクリルアミド、N−エトキシエチルアクリルアミド、N−エトキシエチルメタクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N−エチルメチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−プロペニル)−モルホリン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN−イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2−211865、特開2003−33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。
上記培養基材は、種々の形状であってもよいが、平坦であることが好ましい。また、その面積は特に限定されないが、典型的には、1〜200cm、好ましくは2〜100cm、より好ましくは3〜50cmである。
【0026】
本発明において、培養基材は血清でコート(被覆またはコーティング)されている。「血清でコートされている」とは、培養基材の表面に血清成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、培養基材を血清と共にインキュベートし、その後血清を廃棄することにより得ることができる。インキュベートとは、血清を培養基材に接触させることを含む。血清としては、異種血清および同種血清を用いることができる。異種血清は、細胞培養物を移植する場合、レシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清、すなわち、レシピエントに由来する血清を含む。
培養基材をコートするための血清は、市販されているか、または、所望の生物から採取した血液から定法により調製することができる。具体的には、例えば、採取した血液を室温で20〜60分程度放置して凝固させ、これを1000〜1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
【0027】
培養基材上でインキュベートする場合、血清は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7、DMEM/F12など)等で行うことができる。希釈濃度は、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、0.5〜90%(v/v)、好ましくは1〜60%(v/v)、より好ましくは5〜40%(v/v)である。
インキュベート時間も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、1〜72時間、好ましくは4〜48時間、より好ましくは5〜24時間、さらに好ましくは6〜12時間である。インキュベート温度も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、0〜60℃、好ましくは4〜45℃、より好ましくは室温〜40℃である。
【0028】
血清の廃棄手法としては、ピペットなどによる吸引や、デカンテーションなどの慣用の液体廃棄手法を用いることができる。本発明の好ましい態様においては、血清廃棄後に、培養基材を無血清洗浄液で洗浄してもよい。無血清洗浄液としては、血清を含まず、培養基材に付着した血清成分に悪影響を与えない液体媒体であれば特に限定されず、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7、DMEM/F12など)等で行うことができる。洗浄手法としては、慣用の培養基材洗浄手法、例えば、限定することなく、培養基材上に無血清洗浄液を加えて所定時間(例えば、5〜60秒間)攪拌後、廃棄する手法などを用いることができる。
【0029】
本発明において、培養基材を、成長因子でコートしてもよい。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。成長因子による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、例えば、0.0001μg/mL〜1μg/mL、好ましくは0.0005μg/mL〜0.05μg/mL、より好ましくは0.001μg/mL〜0.01μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0030】
本発明において、培養基材を、ステロイド剤でコートしてもよい。ここで「ステロイド剤成分」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。ステロイド剤による培養基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、デキサメタゾンとして、例えば、0.1μg/mL〜100μg/mL、好ましくは0.4μg/mL〜40μg/mL、より好ましくは1μg/mL〜10μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0031】
培養基材は、血清、成長因子およびステロイド剤のいずれか1つでコートしても、これらの任意の組合わせ、すなわち、血清と成長因子、血清とステロイド剤、血清と成長因子とステロイド剤、または、成長因子とステロイド剤の組合わせでコートしてもよい。複数の成分でコートする場合、これらの成分を混合して同時にコートしてもよいし、別々の工程でコートしてもよい。
【0032】
培養基材は、血清等でコートした後直ちに細胞を播種してもよいし、コートした後に保存しておき、その後細胞を播種することもできる。コートした基材は、例えば4℃以下、好ましくは−20℃以下、より好ましくは−80℃以下に保つことにより長期間保存することができる。
【0033】
本発明の好ましい態様において、細胞は、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種する。「実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度」とは、成長因子を含まない非増殖系の培養液で培養した場合に、シート状細胞培養物を形成することができる細胞密度を意味する。例えば、骨格筋芽細胞の場合、成長因子を含む培養液を用いる従来法では、シート状細胞培養物を形成するために、約6,500個/cmの密度の細胞をプレートに播種していたが(例えば、特許文献1参照)、かかる密度の細胞を、成長因子を含まない培養液で培養してもシート状の細胞培養物を形成することはできない。したがって、本態様における細胞密度は、成長因子を含む培養液を用いる従来法におけるものよりも高いものである。具体的には、例えば、骨格筋芽細胞については、かかる密度は典型的には300,000個/cm以上である。細胞密度の上限は、細胞培養物の形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞については、例えば、1,000,000個/cmである。当業者であれば、本発明に適した細胞密度を、実験により適宜決定することができる。培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始するが、本発明においては、骨格筋芽細胞は、細胞培養物は形成するが、分化に移行しない密度で播種される。本発明の好ましい態様において、細胞は計測誤差の範囲を超えて増殖しない。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞培養物形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本態様において、細胞培養物形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
【0034】
本発明において、細胞の培養は、対象となる細胞がシート状の細胞培養物を形成するのに適した条件で行われる。
本発明において、「シート状の細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいい、典型的には1つの細胞層からなるものであるが、2以上の細胞層から構成されるものも含む。細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも機械的に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
【0035】
本発明のシート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本発明の細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本発明の細胞培養物は、好ましくは、細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0036】
本発明の一態様において、細胞の培養は、所定の期間内、好ましくは、細胞が分化に移行しない期間内に行われる。したがって、この態様において、細胞は、培養期間中、未分化の状態に維持される。細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、MHCの発現や、細胞の多核化を分化の指標とすることができる。本発明の好ましい態様において、培養期間は48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。
【0037】
培養に用いる細胞培養液(単に「培養液」もしくは「培地」と呼ぶ場合もある)は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、培養液は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。一例として、下記表1にMCDB131およびDMEMの組成を示す。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。したがって、本発明に用いる基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものを含む。
【0040】
基礎培地に含まれるアミノ酸としては、限定されずに、例えば、L−アルギニン、L−シスチン、L−グルタミン、グリシン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−セリン、L−トレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリンなどが、ビタミン類としては、限定されずに、例えば、D−パントテン酸カルシウム、塩化コリン、葉酸、i−イノシトール、ナイアシンアミド、リボフラビン、チアミン、ピリドキシン、ビオチン、リポ酸、ビタミンB12、アデニン、チミジンなどが、そして、電解質としては、限定されずに、例えば、CaCl、KCl、MgSO、NaCl、NaHPO、NaHCO、Fe(NO、FeSO、CuSO、MnSO、NaSiO、(NH)6Mo24、NaVO、NiCl、ZnSOなどがそれぞれ含まれる。基礎培地には、これらの成分のほか、D−グルコースなどの糖類、ピルビン酸ナトリウム、フェノールレッドなどのpH指示薬、プトレシンなどを含んでもよい。
【0041】
本発明の一態様において、基礎培地に含まれるアミノ酸の濃度は、L−アルギニン:63.2〜84mg/L、L−シスチン:35〜63mg/L、L−グルタミン:4.4〜584mg/L、グリシン:2.3〜30mg/L、L−ヒスチジン:42mg/L、L−イソロイシン:66〜105mg/L、L−ロイシン:105〜131mg/L、L−リジン:146〜182mg/L、L−メチオニン:15〜30mg/L、L−フェニルアラニン:33〜66mg/L、L−セリン:32〜42mg/L、L−トレオニン:12〜95mg/L、L−トリプトファン:4.1〜16mg/L、L−チロシン:18.1〜104mg/L、L−バリン:94〜117mg/Lである。
また、本発明の一態様において、基礎培地に含まれるビタミン剤の濃度は、D−パントテン酸カルシウム:4〜12mg/L、塩化コリン:4〜14mg/L、葉酸:0.6〜4mg/L、i−イノシトール:7.2mg/L、ナイアシンアミド:4〜6.1mg/L、リボフラビン:0.0038〜0.4mg/L、チアミン:3.4〜4mg/L、ピリドキシン:2.1〜4mg/Lである。
【0042】
細胞培養液は、上記のほか、血清、成長因子、ステロイド剤成分、セレン成分などの1種または2種以上の添加物を含んでもよい。しかし、これらの成分は臨床においてはレシピエントに対するアナフィラキシーショック等の副作用要因となり得ることが否定できない製造工程由来不純物であり、臨床への適用にあたっては排除すべき成分である。したがって、本発明の好ましい態様において、細胞培養液は、これらの添加物の少なくとも1種の有効量を含まない。また、本発明のより好ましい態様において、細胞培養液は、これらの添加物の少なくとも1種を実質的に含まない。さらに、本発明の特に好ましい態様において、細胞培養液は、添加物を実質的に含まない。したがって、細胞培養液は、基礎培地のみを含んでもよい。
【0043】
本発明の好ましい一態様において、細胞培養液は血清成分を実質的に含まない。血清成分を実質的に含まない細胞培養液のことを、本明細書中で「無血清培地」と呼ぶこともある。血清成分としては、異種血清成分および同種血清成分が挙げられる、ここで「異種血清成分」は、細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清成分を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清成分に該当する。また、「同種血清成分」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清成分を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清成分に該当する。同種血清成分は、自己血清成分、すなわち、レシピエントに由来する血清成分を含む。したがって、「血清成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの血清の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度(例えば、細胞培養物中の血清アルブミン含量が50ng未満となる量)であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないことを意味する。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を他家血清または非自己血清と総称することもある。
【0044】
本発明の一態様において、細胞培養液は有効量の成長因子を含まない。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。また、「有効量の成長因子」とは、細胞の増殖を、成長因子がない場合に比べて、有意に促進する成長因子の量、または、便宜的に、当該技術分野において細胞の増殖を目的として通常添加する量を意味する。細胞増殖促進の有意性は、例えば、当該技術分野で知られた任意の統計学的手法、例えば、t検定などにより適宜評価することができ、また、通常の添加量は当該技術分野の種々の公知文献から知ることができる。具体的には、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの有効量は、例えば0.005μg/mL以上である。
【0045】
したがって、「有効量の成長因子を含まない」とは、本発明における培養液における成長因子の濃度がかかる有効量未満であることを意味する。例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは0.005μg/mL未満、より好ましくは0.001μg/mL未満である。本発明の好ましい態様においては、培養液における成長因子の濃度は、生体における通常の濃度未満である。かかる態様においては、例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは5.5ng/mL未満、より好ましくは1.3ng/mL未満、さらに好ましくは、0.5ng/mL未満である。さらに好ましい態様において、本発明における培養液は、成長因子を実質的に含まない。ここで、実質的に含まないとは、培養液中の成長因子の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液に成長因子を積極的に添加しないことを意味する。したがって、この態様においては、培養液は、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度の成長因子を含まない。
【0046】
本発明の一態様において、細胞培養液は、ステロイド剤成分を実質的に含まない。ここで「ステロイド剤成分」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。したがって、「ステロイド剤成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの化合物の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの化合物を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のステロイド剤成分を含まないことを意味する。
【0047】
本発明の一態様において、細胞培養液は、セレン成分を実質的に含まない。ここで「セレン成分」は、セレン分子、およびセレン含有化合物、特に、生体内でセレン分子を遊離し得るセレン含有化合物、例えば、亜セレン酸などを含む。したがって、「セレン成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの物質の含量が、細胞培養物を生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のセレン成分を含まないことを意味する。具体的には、例えば、ヒトの場合、培養液中のセレン濃度は、ヒト血清中の正常値(例えば、10.6〜17.4μg/dL)に、培地中に含まれるヒト血清の割合を乗じた値よりも低い(すなわち、ヒト血清の含量が10%であれば、セレン濃度は、例えば、1.0〜1.7μg/dL未満である)。
【0048】
本発明の上記好ましい態様においては、生体に適用する細胞培養物を作製する場合に従来必要であった、成長因子、ステロイド剤成分、異種血清成分などの製造工程由来不純物を、洗浄などにより除去する工程が不要となる。したがって、本発明の方法の一態様は、この製造工程由来不純物を除去する工程を含まない。
ここで、「製造工程由来不純物」とは、典型的には、製造各工程に由来する以下に列挙するものが含まれる。すなわち、細胞基材に由来するもの(例えば、宿主細胞由来蛋白質、宿主細胞由来DNA)、細胞培養液に由来するもの(例えば、インデューサー、抗生物質、培地成分)、あるいは細胞培養以降の工程である目的物質の抽出、分離、加工、精製工程に由来するものなどである(例えば、医薬審発第571号参照)。
【0049】
細胞の培養は、当該技術分野で通常なされている条件で行うことができる。例えば、典型的な培養条件としては、37℃、5%COでの培養が挙げられる。培養期間は、細胞培養物の十分な形成、および、細胞分化防止の観点から、好ましくは48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。本発明の方法において、細胞は実質的に増殖しないため、従来の方法のように細胞培養物が所望の大きさに成長するのを待つことなく、所望の大きさおよび形状の細胞培養物を短期間で得ることが可能となる。細胞培養物の大きさや形状は、培養容器の細胞付着面の大きさ・形状を調整すること、または、培養容器の細胞付着面に、所望の大きさ・形状の型枠を設置し、その内部で細胞を培養することなどにより任意に調節することができる。
【0050】
本方法は、細胞培養物を培養基材から単離する工程をさらに含んでもよい。細胞培養物の基材からの単離は、細胞培養物が少なくとも部分的に、シート構造を保ったまま、足場となっている基材から遊離できれば特に限定されず、例えば、蛋白分解酵素、例えばトリプシン等による酵素処理および/またはピペッティングなどの機械的処理によって行うことができる。また、細胞を、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面を被覆した培養基材上で培養して細胞培養物を形成させることにより、所定の刺激を加えることで、形成された細胞培養物を非酵素的に遊離することもできる。
【0051】
本発明の方法は、細胞の採取から、細胞の増殖および細胞培養物の作製を経て、細胞培養物の適用に至る、再生治療の一工程として位置づけることもできる。したがって、本発明は、
(i)対象から採取した組織または生体液から所望の細胞を単離する工程、
(ii)単離した細胞を増殖させる工程、
(iii)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、
(iv)細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程、および
(v)形成された培養物を基材から剥離する工程、
を含む、再生治療用シート状細胞培養物の製造方法にも関する。
【0052】
本発明はまた、上記製造方法によって作製された細胞培養物、さらには、他家血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まない細胞培養物、特にシート状の細胞培養物に関する。好ましい態様において、本発明の細胞培養物は、上記成分を含む製造工程由来不純物を実質的に含まない。この細胞培養物は、細胞を、他家血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まない培養液で培養して、細胞培養物を形成させることにより作製することができる。ここで、細胞培養物が他家血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まないとは、細胞培養物が、これらの成分を、レシピエントに悪影響を与える濃度で含まないことを少なくとも意味するが、細胞培養物の形成を、他家血清、成長因子、ステロイド剤および/またはセレン成分を実質的に含まない培養液で行うことにより、かかる条件を充足することができる。さらに好ましい態様において、本発明の細胞培養物は、製造工程由来不純物のほか、自己血清も実質的に含まない。ここで、「実質的に含まない」の意味は、上記と同様である。
【0053】
本発明の細胞培養物の好ましい態様において、細胞培養物は炎症性サイトカインが低減されている。炎症性サイトカインとは、炎症に伴い産生されるサイトカインの総称であり、例えば、限定することなく、TNF−α、IL−1、IL−6などが挙げられる。したがって、「炎症性サイトカインが低減されている」とは、これらのサイトカインの存在量または産生量(分泌量)が、血清含有培地で形成した細胞培養物を場合に比べて、低減していることを意味する。したがって、サイトカインは、遺伝子の転写から蛋白質の分泌に至る過程のいずれにおける形態で存在してもよく、例えば、mRNAなどの転写物の形態や、蛋白質の形態で存在していてもよい。低減の程度は、誤差の範囲を超えるものであれば特に限定されないが、例えば、血清含有培地で形成した細胞培養物に比べて15%以上、好ましくは25%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、特に好ましくは70%以上である。
【0054】
サイトカインの量は、遺伝子レベルでは、例えば、ノーザンブロッティング法、サザンブロッティング法、RNaseプロテクションアッセイ、RT−PCR、リアルタイムPCR等のPCR法、in situハイブリダイゼーション法、in vitro転写法等の任意の公知の遺伝子発現解析法により、また、蛋白質レベルでは、免疫沈降法、ウェスタンブロッティング法、EIA、ELISA、RIA、免疫組織化学法、免疫細胞化学法等の任意の公知の蛋白質検出法により検出することができる。検体としては、細胞培養物が含浸された培地や、細胞培養物の一部などを用いることができる。
【0055】
本発明の細胞培養物は、対象の疾病、傷病の治療に用いることができる。例えば、骨格筋芽細胞による細胞培養物は、心疾患、例えば、心筋梗塞、拡張型心筋症などに、移植片などの形態で用いることができる。したがって、本発明の別の態様は、上記細胞培養物を含む移植片に関する。
【0056】
本発明はまた、血清および/または成長因子および/またはステロイド剤がコートされた培養基材に関する。本発明の培養基材は、このましくは、上記の本発明によるシート状細胞培養物の製造に用いられる。コートの手法などは、本発明のシート状細胞培養物の製造方法に関して上記したとおりである。
本発明はさらに、(i)培養基材を血清と共にインキュベートする工程、および(ii)血清を廃棄する工程を含む、上記培養基材の製造方法に関する。具体的な製造手法は、本発明のシート状細胞培養物の製造方法に関して上記したとおりである。本発明の一態様において、工程(ii)の後に、(iii)培養基材を無血清洗浄液で洗浄する工程が追加されてもよい。
【0057】
本発明はさらにまた、培養基材と、血清、成長因子、ステロイド剤からなる群から選択されるコーティング剤とを含む、上記培養基材の製造キットに関する。同キットにおいて、コーティング剤は、種々の保存可能な形態、例えば、冷蔵、冷凍または凍結乾燥された状態で、適切な容器、例えば、種々の材質(ガラス、プラスチックなど)のバイアル、アンプル、ボトル、チューブ等に収納されていてもよい。本発明のキットは、上記のほか、コーティング剤を希釈および/または再構成するための媒体、例えば、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80−7、DMEM/F12など)、ならびに、培養基材のコーティング手法に関する情報を含む説明書や、CD、DVD等の電子記録媒体などを含んでいてもよい。本キットに含まれる培養基材やコーティング剤等は、好ましくは滅菌された状態で提供することができる。滅菌手法としては、限定することなく、エチレンオキサイドガスなどによるガス滅菌、紫外線や放射線(例えばγ線)による滅菌などが挙げられる。
【0058】
本発明はまた、(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および(ii)細胞を無血清培地で培養して細胞培養物を形成する工程、を含む、細胞培養物の炎症性サイトカイン産生を抑制する方法に関する。
本方法における各工程は、基本的に、本発明のシート状細胞培養物の製造方法に関して上記したとおりである。本方法において、炎症性サイトカインとは、炎症に伴い産生されるサイトカインの総称であり、例えば、限定することなく、TNF−α、IL−1、IL−6などが挙げられる。したがって、「炎症性サイトカイン産生を抑制する」とは、これらのサイトカインの産生を、血清含有培地で細胞培養物を形成した場合に比べて、低減させることを意味する。低減の程度は、誤差の範囲を超えるものであれば特に限定されないが、例えば、血清含有培地で細胞培養物を形成した場合に比べて15%以上、好ましくは25%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上、特に好ましくは70%以上である。
【0059】
サイトカインの産生量は、遺伝子レベルでは、例えば、ノーザンブロッティング法、サザンブロッティング法、RNaseプロテクションアッセイ、RT−PCR、リアルタイムPCR等のPCR法、in situハイブリダイゼーション法、in vitro転写法等の任意の公知の遺伝子発現解析法により、また、蛋白質レベルでは、免疫沈降法、ウェスタンブロッティング法、EIA、ELISA、RIA、免疫組織化学法、免疫細胞化学法等の任意の公知の蛋白質検出法により検出することができる。検体としては、細胞培養物が含浸された培地や、細胞培養物の一部などを用いることができる。
【実施例】
【0060】
以下に、本発明を具体例に基づいてさらに説明するが、かかる具体例は、本発明の例示であり、本発明を限定するものではない。
【0061】
比較例1 無血清培地の検討
血清成分を含まないMCDB131培地、IMDM培地(GIBCO製)、CDハイブリドーマ培地(GIBCO製)、乳腺上皮細胞用培地(GIBCO製)または神経幹細胞用培地(GIBCO製)に0.01μg/mL上皮成長因子(Invitrogen製)、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液(第一三共製薬製)を添加した後、各々2mLにヒト筋芽細胞3.0×10〜3.1×10個ずつを懸濁し、無処理のφ3.5cm温度応答性培養皿(セルシード製)にそれぞれ播種した。
播種後、37℃、5%COの条件で培養を行い18時間後に状態観察を実施した結果、いずれの培養細胞においても、シート状の細胞培養物の形成は認められなかった。
図1に、無血清培地を用いた細胞培養18時間後の外観図を示す。この結果から、従来の手法では、シート状細胞培養物の作製に血清成分が不可欠であることが明らかとなった。
【0062】
比較例2 従来の手法によるシート状細胞培養物の作製
20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子(Invitrogen製)、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液(第一三共製薬製)を含有するMCDB131培地2mLに、ヒト筋芽細胞3.0×10〜3.1×10個ずつを懸濁し、無処理のφ3.5cm温度応答性培養皿(セルシード製)にそれぞれ播種した。播種後、37℃、5%CO濃度の条件で培養を行い24時間後に状態観察を実施した結果、シート状細胞培養物が形成されていた(図2)。
【0063】
実施例1 無血清培地を用いたシート状細胞培養物の作製
20%ウシ胎仔由来血清(Invitrogen製)を含有するMCDB131培地(Invitrogen製)を、24ウェル温度応答性培養皿(セルシード製)に400μL添加し、37℃、5%CO濃度の条件でインキュベーションを行い、7時間後にピペッティングにより除去した。
血清除去後の培養皿にHanks’ Balanced Salt Solution(Invitrogen製)を1mL添加し、20秒間ゆっくりと撹拌洗浄を行った後、これをピペッティングにより廃棄した。これを2回繰り返し行った。
洗浄後、血清、成長因子、ステロイド剤、セレンなどの因子を一切添加していないF12/DMEM培地(Invitrogen製)400μLを培養皿に加え、3.0×10個の骨格筋芽細胞(ヒト由来)を播種した。
播種後、37℃、5%CO濃度の条件で培養を行い24時間後に状態観察を実施した結果、シート状細胞培養物が形成されていた(図3)。形成されたシート状細胞培養物は、血清成分を含有した培地を用いた既知の方法によって作製したシート状細胞培養物(比較例2、図2)と比較し、目視観察において何ら遜色は認められないものだった。
【0064】
次に、作製したシート状細胞培養物の細胞生存率および骨格筋芽細胞純度を比較した。
細胞生存率の測定は以下の手順に従った。
形成したシート状細胞培養物をトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、同量のTrypan Blue Stain0.4%液を加え混和した。
混和後、細胞浮遊液を細胞が沈まないうちに10μLずつ採取し、血球計算盤に注入した。注入後、直ちに倒立型光学顕微鏡にて、血球計算盤の2つのチャンバーの9mm枠全体に観察される細胞数の計測を行った。
計測後、2つのチャンバーの生死細胞数の平均を求め、染色された細胞を含む全細胞数に対する無染色細胞の割合を算出した。
【0065】
細胞純度の測定は以下の手順に従った。
まず、形成したシート状細胞培養物をトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、遠心処理を行い上清を廃棄した。
これに0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した抗ヒトCD56抗体(ベクトン・ディッキンソン製)を添加し混和した。対照として0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した陰性コントロール用抗体(ベクトン・ディッキンソン製)を添加混和したものを用意した。
各抗体を混和した後、直ちに冷暗所で約1時間反応させ0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液を加え解析に供した。
解析はフローサイトメーター(ベクトン・ディッキンソン製)を用い、各抗体を混和した細胞に含まれる抗体陽性細胞の割合を計測した。計測にあたっては、陰性コントロールの陽性率の補正を行い、細胞数5,000〜10,000個を解析した。
解析後、各抗体を混和した細胞の陽性細胞率の割合の差から純度を求めた。
表2の結果が示すとおり、実施例1と比較例2のシート状細胞培養物の細胞生存率および骨格筋芽細胞純度に違いは見られなかった。
【0066】
【表3】

【0067】
実施例2 無血清培地で作製したシート状細胞培養物の安全性に関する検討
無血清培地を用いた効果を検証するため、以下の比較試験を実施した。
まず、20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子(Invitrogen製)、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液(第一三共製薬製)を含有するMCDB131培地を、24ウェル温度応答性培養皿に400μL添加し、37℃、5%CO濃度の条件でインキュベーションを行い、7時間後にピペッティングにより除去した。これを6枚用意した。
このうち3枚は、既知の方法として、前述と同様の組成からなる培地を400μL加え、6.7×10個の骨格筋芽細胞を播種した。播種後、37℃、5%CO濃度の条件で培養を行い24時間後に形成されたシート状細胞培養物が含浸された前記の培地を200μL採取し、これを検体1とした。
【0068】
残りの3枚には、本発明の方法として、前述のインキュベーションを経た温度応答性培養皿に、Hanks' Balanced Salt Solution液を1mL添加し、20秒間ゆっくりと撹拌洗浄した後、ピペッティングによりこれを廃棄した。この撹拌洗浄を2回繰り返し行った。洗浄後、ウシ胎仔由来血清、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを一切含有しないDMEM/F12培地400μLを加え、6.7×10個の骨格筋芽細胞を播種した。播種後、37℃、5%CO濃度の条件で培養を行い24時間後に形成されたシート状細胞培養物が含浸された前記の培地を200μL採取し、これを検体2とした。
【0069】
各検体に対し、炎症性サイトカインとして知られるインターロイキン−6(IL−6)を指標として、細胞培養過程で産生される同サイトカインの濃度を測定した。インターロイキン−6濃度の測定は、ELISA(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)法とし、測定キットにはHuman IL-6 Immunoassay(R&D Systems製)を用いた。このキットでの測定方法は以下の通りである。
あらかじめRD1W液を100μLずつ添加したELISA用プレートの各ウェルに、各検体をそれぞれ100μLずつアプライし、2時間反応させた。ウェルを4回洗浄した後、200μLのConjugateを入れ、2時間反応させた。ウェルを4回洗浄した後、Substrate Solution200μLを加え発色させ、30分後に発色停止液50μLを加えた後、450nmの吸光度を測定し(対照波長は540nm)、検量線より各検体のインターロイキン−6濃度を算出した。
表3の結果が示すとおり、検体2について算出されたインターロイキン−6濃度は検体1に比べ明らかに低かった。この結果は、本発明による無血清培地を用いたシート状細胞培養物の作製方法が、細胞へ与える刺激が低いことを示すものである。したがって、本発明の方法により、炎症発症の危険が極めて低い、臨床において高い安全性を有するシート状細胞培養物を提供できることが明らかとなった。
【0070】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および
(ii)細胞を培養してシート状の細胞培養物を形成する工程、
を含む、シート状細胞培養物の製造方法。
【請求項2】
細胞が、実質的に増殖することなくシート状細胞培養物を形成し得る密度で播種される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
細胞が、筋芽細胞を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
培養基材が、成長因子によりさらに被覆されている、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
培養基材が、ステロイド剤によりさらに被覆されている、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
血清で被覆された培養基材が、培養基材を血清と共にインキュベートし、その後血清を廃棄することにより得られる、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
血清で被覆された培養基材が、培養基材を血清と共にインキュベートし、その後血清を廃棄し、次いで培養基材を無血清洗浄液で洗浄することにより得られる、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
培養が、無血清培地中で行われる、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
細胞培養物を培養基材から単離する工程をさらに含む、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の方法により製造された細胞培養物。
【請求項11】
疾病、傷病の治療に用いる、請求項10に記載の細胞培養物。
【請求項12】
製造工程由来不純物を実質的に含まない、請求項10または11に記載の細胞培養物。
【請求項13】
請求項10〜12のいずれかに記載の細胞培養物を含む移植片。
【請求項14】
血清がコートされた、請求項1〜9のいずれかに記載の方法に用いる培養基材。
【請求項15】
成長因子がさらにコートされた、請求項14に記載の培養基材。
【請求項16】
ステロイド剤がさらにコートされた、請求項14または15に記載の培養基材。
【請求項17】
(i)培養基材を血清と共にインキュベートする工程、および
(ii)血清を廃棄する工程、
を含む、請求項14〜16のいずれかに記載の培養基材の製造方法。
【請求項18】
(iii)培養基材を洗浄する工程
をさらに含む、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
培養基材と、血清とを含む、請求項14〜16のいずれかに記載の培養基材の製造キット。
【請求項20】
(i)血清で被覆された培養基材上に細胞を播種する工程、および
(ii)細胞を無血清培地で培養して細胞培養物を形成する工程、
を含む、細胞培養物の炎症性サイトカイン産生を抑制する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−226991(P2010−226991A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−77220(P2009−77220)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000109543)テルモ株式会社 (2,232)
【Fターム(参考)】