説明

ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物の製造方法

【課題】再生可能資源であるグリセリン化合物を原料として用い、ジカルボン酸やラクトンを効率よく製造する方法を提供する。
【解決手段】(A)周期表の第8族金属、第9族金属及び第10族金属からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属原子を含む触媒と(B)ハロゲン化合物とを、前記触媒(A)に含まれる金属原子に対する前記ハロゲン化合物(B)中のハロゲン原子の原子数比が0.1以上40未満となる比で存在させ、下記一般式(1)で表されるグリセリン化合物を一酸化炭素と反応させる、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物の製造方法。


(式中、R1〜R3は各々独立に、水素原子、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、−COR4基、又は特定の置換基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。R4は、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、又は特定の置換基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物の製造方法に関し、特に、均一系触媒を用いてグリセリン化合物を一酸化炭素と反応させて、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジカルボン酸は、ポリエステル原料として用いられており、いろいろな製品の製造に多量に使用されている。中でも炭素数2〜6の低級ジカルボン酸とジオールとからなるポリエステルは生分解性を有しており、近年注目を集めている。しかし、これらジカルボン酸はこれまで石化資源から製造されていたため、再生可能資源からの変換技術の開発が求められている。近年、生物変換によるジカルボン酸の製造法が確立されようとしているが、生物変換による製造は低効率であり、また、精製負荷が大きいと考えられるため、化学変換による製造法の確立が求められている。
【0003】
ラクトンは、溶剤、ポリマー原料、合成中間体等として幅広く用いられている有用化合物である。中でも、炭素数4のラクトンであるγ−ブチロラクトンは、N−メチルピロリドンや1,4−ブタンジオールを製造するための重要な中間体であり、非常に有用な化合物である。また、γ−ブチロラクトンを重合させることで生分解性ポリエステルを合成することも可能である。しかし、γ−ブチロラクトンは従来、石化資源から製造されているため、再生可能資源からの製造が求められている。
【0004】
ところで、グリセリンやソルビトール等の多価アルコールと一酸化炭素とを反応させることで、多価アルコールから炭素数が1つ多いモノカルボン酸を製造する方法は知られている(例えば、特許文献1及び2を参照。)。しかしながら、特許文献1及び2に記載された方法では、ジカルボン酸やラクトンを製造することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭53−119814号公報
【特許文献2】特開昭54−44608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、再生可能資源であるグリセリン化合物を原料として用い、ジカルボン酸やラクトンを効率よく製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、グリセリン化合物からジカルボン酸やラクトンを製造するにあたり、周期表の第8〜10族金属の中から選ばれる少なくとも一種の金属元素を含む触媒とハロゲン化合物とを一定の比率で存在させ、グリセリン化合物を一酸化炭素と反応させることで、前記課題を解決しうることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、(A)周期表の第8族金属、第9族金属及び第10族金属からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属原子を含む触媒と(B)ハロゲン化合物とを、前記触媒(A)に含まれる金属原子に対する前記ハロゲン化合物(B)中のハロゲン原子の原子数比が0.1以上40未満となる比で存在させ、下記一般式(1)で表されるグリセリン化合物を一酸化炭素と反応させる、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物の製造方法を提供する。
【化1】

(式中、R1、R2及びR3は各々独立に、水素原子、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、−COR4基、又は水酸基及び/もしくはカルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。R4は、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、又は水酸基及び/もしくはカルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。)
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、再生可能資源であるグリセリン化合物を原料として用い、特定の均一系触媒及びハロゲン化合物の存在下に一酸化炭素と反応させることにより、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物を効率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[グリセリン化合物]
本発明に用いられるグリセリン化合物は、前記一般式(1)で表される構造を有する。前記一般式(1)において、R1、R2及びR3は各々独立に、水素原子、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、−COR4基、又は水酸基及び/もしくはカルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。R4は、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、又は水酸基及び/もしくはカルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。
【0011】
炭素数1〜20の直鎖アルキル基の具体例としては、メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシル等が挙げられる。炭素数1〜20の分岐アルキル基の具体例としては、イソプロピル、メチルプロピル、エチルプロピル、ジメチルプロピル、メチルブチル、プロピルブチル、ジメチルブチル、トリメチルブチル、メチルペンチル、エチルペンチル、ジメチルペンチル、メチルヘキシル、エチルヘキシル、メチルノニル、ジメチルオクチル等が挙げられる。
炭素数1〜20の直鎖状又は分岐状のアルケニル基の具体例としては、エテニル、プロペニル、ブテニル、ペンテニル、ヘキセニル、オクテニル、ノネニル、イソプロペニル、メチルプロペニル、メチルブテニル、メチルペンテニル、エチルプロペニル、エチルブテニル、ジメチルプロペニル、ジメチルブテニル、メチルヘキセニル、エチルヘキセニル、メチルノネニル、ジメチルオクテニル等が挙げられる。
【0012】
水酸基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状又は分岐状のアルキル基の具体例としては、ヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、ヒドロキシプロピル、ヒドロキシブチル、ヒドロキシペンチル、ヒドロキシヘキシル、ヒドロキシオクチル、ヒドロキシデシル、ヒドロキシドデシル、ヒドロキシテトラデシル、ヒドロキシヘキサデシル、ヒドロキシオクタデシル、ヒドロキシイコシル、ヒドロキシイソプロピル、ヒドロキシメチルプロピル、ヒドロキシメチルブチル、ヒドロキシエチルプロピル、ヒドロキシメチルペンチル、ヒドロキシメチルヘキシル、ヒドロキシエチルヘキシル、ヒドロキシメチルノニル、ヒドロキシジメチルオクチル、ヒドロキシテトラメチルオクチル等が挙げられる。
水酸基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状又は分岐状のアルケニル基の具体例としては、ヒドロキシエテニル、ヒドロキシプロペニル、ヒドロキシブテニル、ヒドロキシペンテニル、ヒドロキシヘキセニル、ヒドロキシオクテニル、ヒドロキシデセニル、ヒドロキシドデセニル、ヒドロキシテトラデセニル、ヒドロキシヘキサデセニル、ヒドロキシオクタデセニル、ヒドロキシイコセニル、ヒドロキシイソプロペニル、ヒドロキシメチルプロペニル、ヒドロキシメチルブテニル、ヒドロキシメチルペンテニル、ヒドロキシエチルプロペニル、ヒドロキシエチルブテニル、ヒドロキシメチルペンテニル等が挙げられる。
【0013】
カルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状又は分岐状のアルキル基の具体例としては、カルボキシメチル、カルボキシエチル、カルボキシプロピル、カルボキシブチル、カルボキシペンチル、カルボキシヘキシル、カルボキシオクチル、カルボキシデシル、カルボキシドデシル、カルボキシテトラデシル、カルボキシヘキサデシル、カルボキシオクタデシル、カルボキシイソプロピル、カルボキシメチルプロピル、カルボキシメチルブチル、カルボキシエチルプロピル、カルボキシメチルペンチル、カルボキシメチルヘキシル、カルボキシエチルヘキシル、カルボキシメチルノニル、カルボキシジメチルオクチル、カルボキシテトラメチルオクチル等が挙げられる。
カルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状又は分岐状のアルケニル基の具体例としては、カルボキシエテニル、カルボキシプロペニル、カルボキシブテニル、カルボキシペンテニル、カルボキシヘキセニル、カルボキシオクテニル、カルボキシデセニル、カルボキシドデセニル、カルボキシテトラデセニル、カルボキシヘキサデセニル、カルボキシオクタデセニル、カルボキシイソプロペニル、カルボキシメチルプロペニル、カルボキシメチルブテニル、カルボキシメチルペンテニル、カルボキシエチルプロペニル、カルボキシエチルブテニル、カルボキシメチルペンテニル等が挙げられる。
【0014】
前記の直鎖状又は分岐状のアルキル基又はアルケニル基の炭素数は、反応性の観点から、1〜10が好ましく、1〜5がより好ましく、1〜3が更に好ましい。
【0015】
前記一般式(1)で表されるグリセリン化合物としては、無置換のグリセリン、グリセリンエーテル化合物及びグリセリンエステル化合物等が該当する。グリセリンエーテル化合物の具体例としては、1,2,3−トリメトキシプロパン、1,2,3−トリエトキシプロパン、1,2,3−トリプロポキシプロパン、1,2,3−トリブトキシプロパン、1,2,3−トリペントキシプロパン、1,2−ジメトキシプロパン、1,3−ジメトキシプロパン、1−メトキシプロパン、2−メトキシプロパン、1,2,3−トリ(モノカルボキシペントキシ)プロパン、1,2,3−トリ(モノヒドロキシペントキシ)プロパン等が挙げられる。グリセリンエステル化合物の具体例としては、グリセリントリアセテート、グリセリントリプロピオネート、グリセリントリブチレート、グリセリントリペンチレート、グリセリンジアセテート、グリセリンモノアセテート、グリセリントリ(モノヒドロキシ)ペンチレート等が挙げられる。
グリセリンエーテル化合物及びグリセリンエステル化合物は、グリセリンと反応溶媒及び/もしくはハロゲン化合物との反応生成物として、又は当該反応生成物とグリセリンとの反応生成物として得ることができる。前記一般式(1)で表されるグリセリン化合物は、グリセリンエーテル化合物及びグリセリンエステル化合物以外の反応生成物であってもよい。
前記一般式(1)で表されるグリセリン化合物としては、グリセリン又はグリセリンエステル化合物が好ましく、グリセリンが最も好ましい。本発明において、前記グリセリン化合物は、単独で又は二種以上を組み合わせて使用することができる。
【0016】
(A)触媒
本発明に用いられる触媒(A)は、周期表の第8族金属、第9族金属及び第10族金属からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属原子を含む。第8族金属、第9族金属、第10族金属としては、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)等が挙げられ、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Ir、Ptが好ましく、Rh、Pd、Ir、Pt、Coがより好ましく、Rhが特に好ましい。本発明に用いられる触媒(A)は、上記金属原子として少なくともロジウムを含むことが好ましく、上記金属原子としてロジウムのみを含むことがより好ましい。
周期表の第8族金属、第9族金属及び第10族金属からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属原子を含む触媒としては、具体的には、RhCl3・3H2O、[RhCl(CO)22、(Ph3P)2Rh(CO)Cl、(Ph3P)2NiCl2、(Ph3P)2PdCl2、(Ph3P)2PtCl2、(Ph3P)2Ir(CO)Cl、(Ph3P)3CoCl、Co(CO)8、(Ph3P)3RuCl2、Ni(OAc)2・4H2O、Pd(OAc)2、Co(OAc)2、RuI3等が挙げられる。なお、本発明において、Phはフェニル基を表し、Acはアセチル基を表す。これらの触媒は単独で用いても、二種類以上を組み合わせて用いてもよい。本発明に用いられる触媒(A)としては、RhCl3・3H2O、[RhCl(CO)22等が好ましい。
触媒(A)の使用量は、反応性の観点から、反応基質1モルに対し、金属原子として0.00001〜0.2モルが好ましく、0.0002〜0.05モルがより好ましい。
【0017】
また、本発明に用いられる触媒(A)は、N−複素環カルベン系配位子、2,2−ビピリジルやピリジン等のピリジン系配位子、ヒ素系配位子、アセトニトリルやベンゾニトリル等のニトリル系配位子、イソニトリル系の配位子、有機リン系配位子等の配位子と組み合わせて用いることが好ましく、有機リン系配位子がより好ましい。有機リン系配位子の具体例としては、例えばジメチルフェニルホスフィン、ジエチルフェニルホスフィン、メチルジフェニルホスフィン、エチルジフェニルホスフィン、シクロヘキシルジフェニルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、トリイソプロピルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリベンジルホスフィン、トリフェニルホスフィン、トリス(パラ−メトキシフェニル)ホスフィン、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン等が挙げられ、トリフェニルホスフィンが好ましい。これらの配位子は単独で用いても、二種類以上を組み合わせて用いてもよい。
これらの配位子の使用量は、良好な触媒の安定性の観点から、金属原子1モルに対して、配位子分子換算で50モル以下であるのが好ましく、20モル以下であるのがより好ましく、10モル以下が特に好ましい。
【0018】
(B)ハロゲン化合物
本発明に用いられるハロゲン化合物(B)の具体例としては、アルカリ金属ハライド(例えば、ヨウ化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、臭化リチウム、臭化カリウム、臭化ナトリウム等)、ハロゲン化水素(例えば、ヨウ化水素、臭化水素等)、アルキルハライド(好ましくは炭素数1〜10のアルキルハライド、より好ましくは炭素数1〜4のアルキルハライド)等が挙げられる。
アルキルハライドとしては、例えば、ヨウ化メチル、ヨウ化エチル、ヨウ化プロピル等のヨウ化アルキル、これらのヨウ化アルキルに対応する臭化物(臭化メチル、臭化プロピル等の臭化アルキル)や塩化物(塩化メチル等の塩化アルキル)が使用できる。
なお、アルカリ金属ハライド(特にヨウ化物)は、前記触媒(A)の安定剤としても機能する。
これらハロゲン化合物は、単独で又は二種以上を組み合わせて使用できる。
ハロゲン化合物(B)としてはヨウ化物が好ましく、中でも、アルカリ金属ハライド、アルキルハライド、及び/又はハロゲン化水素等のヨウ化物が好ましい。反応性の観点からヨウ化アルキルが特に好ましい。
【0019】
ハロゲン化合物(B)の使用量は、カルボニル化触媒に対する安定剤としての効果の観点から、液相系全体に対して、例えば、0.001〜50質量%、好ましくは0.01〜40質量%、さらに好ましくは0.03〜30質量%程度であってもよい。
【0020】
反応液中における触媒(A)とハロゲン化合物(B)との存在比は、目的物であるジカルボン酸及び/又はラクトンの収率を向上させる観点から、触媒(A)に含まれる金属原子に対するハロゲン化合物(B)中のハロゲン原子の原子数比が、0.1以上40未満の範囲にあることを要し、好ましくは1.0以上40未満、より好ましくは5.0以上40未満である。
【0021】
(C)リン化合物
本発明においては、反応液中に、必要に応じて更にリン化合物(C)を添加してもよい。リン化合物(C)は、前記触媒(A)の安定剤としても機能する。
リン化合物(C)としては無機リン化合物及びリン−炭素結合を持つ有機リン化合物が挙げられ、例えば、リン酸、ホスホン酸、ホスフィン、ホスフィン酸、ホスフィンオキシド、リン酸化物、リンハロゲン化物や、これらの化合物における水素原子を有機基で置換した有機リン化合物を使用することができる。これらリン化合物は、単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。
本発明に用いることができるリン化合物(C)としては有機リン化合物が好ましく、例えば、ホスフィン、ホスフィンオキシド、ホスホン酸エステル、ホスホラン等における水素原子を有機基で置換した誘導体が挙げられる。これらのうち、ホスフィン誘導体及びホスフィンオキシド誘導体が好ましい。
【0022】
ホスフィン誘導体の具体例としては、ジメチルフェニルホスフィン、ジエチルフェニルホスフィン、メチルジフェニルホスフィン、エチルジフェニルホスフィン、シクロヘキシルジフェニルホスフィン、トリシクロヘキシルホスフィン、トリイソプロピルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリ−t−ブチルホスフィン、トリベンジルホスフィン、トリフェニルホスフィン、トリス(p−メトキシフェニル)ホスフィン等が挙げられる。また、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン、1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンのような2個以上のホスフィン基を有するホスフィン化合物等も挙げられる。
【0023】
ホスフィンオキシド誘導体の具体例としては、トリメチルホスフィンオキシド、ジエチルホスフィンオキシド、トリ−n−ブチルホスフィンオキシド、トリオクチルホスフィンオキシド、ジフェニルホスフィンオキシド、トリ−n−トリルホスフィンオキシド、トリシクロヘキシルホスフィンオキシド、トリ(1−ナフチル)−ホスフィンオキシド及びトリ−4−クロロフェニルホスフィンオキシド等が挙げられる。また、テトラフェニルジホスフィンエタンのような2個以上のホスフィン基を有するホスフィン化合物由来のホスフィンオキシド化合物等も挙げられる。
前記ホスフィン誘導体及びホスフィンオキシド誘導体の中でも、ホスフィン誘導体が好ましく、その中でもトリフェニルホスフィンが特に好ましい。
【0024】
リン化合物(C)の使用量は、多ければ多いほど目的物であるジカルボン酸及び/又はラクトンの収率が向上することが予想されるが、コスト及び生産性の観点から金属原子1モルに対して、50モル以下であるのが好ましく、触媒の良好な安定性の観点から2.0モル〜20モルであるのがより好ましく、3.0モル〜10モルが特に好ましい。
【0025】
[カルボニル化反応]
本発明の方法では、前記の触媒(A)及びハロゲン化合物(B)の存在下において前記一般式(1)で表されるグリセリン化合物を一酸化炭素と反応させることにより、グリセリン化合物のカルボニル化反応(増炭反応)を行う。
本発明におけるカルボニル化反応の温度は、目的物であるジカルボン酸及び/又はラクトンの収率の観点から、30〜300℃が好ましく、100〜250℃がより好ましく、150〜230℃が特に好ましい。
反応系に供給する一酸化炭素は、純粋なガスとして使用してもよく、不活性ガス(例えば、窒素、ヘリウム、二酸化炭素等)で希釈して使用してもよい。反応系の一酸化炭素分圧は、高ければ高いほどジカルボン酸収率が向上することは明らかである。しかし、反応圧が高くなれば設備や製造コストが高くなるのは自明である。よってコスト及び生産性の観点から、絶対圧力で0.1〜10MPaが好ましく、0.3〜5MPaがより好ましく、0.5〜2MPaが特に好ましい。
【0026】
本発明におけるカルボニル化反応では、一酸化炭素と水との反応によりシフト反応が起こり、水素が発生するが、反応系に水素を供給してもよい。反応系に供給する水素は、原料となる一酸化炭素と共に混合ガスとして反応系に供給することもできる。反応系の水素分圧は、絶対圧力で、例えば、0.01〜0.1MPa程度、好ましくは0.014〜0.07MPa、さらに好ましくは0.02〜0.04MPa程度であってもよい。
【0027】
本発明におけるカルボニル化反応は、溶媒の存在下又は非存在下で行ってもよい。反応溶媒としては、反応性や、分離又は精製効率を低下させない限り特に制限されず、種々の溶媒を使用することができるが、触媒の安定性の観点からカルボン酸を用いることが好ましく、炭素数2〜10のモノカルボン酸又はジカルボン酸がより好ましく、炭素数2〜6のモノカルボン酸が更に好ましい。例えば、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、グルタル酸等を用いることができ、特に酢酸が好ましい。
【0028】
一般に、カルボニル化反応では、反応基質としてポリオールを使用し、溶媒としてカルボン酸を使用した場合、反応初期にポリオールとカルボン酸とがエステル化反応を引き起こすことにより反応系内に水が生成する。この観点から水分量を考えると、例えば、グリセリンを基質として用いた場合、反応系に水分を添加しなくともグリセリンのヒドロキシル量に対応する3当量の水が系内に発生することとなる。この水分量を潜在水分量とみなし、反応系内に存在する水分量=添加水分量+潜在水分量と考えることができる。
本発明においては、反応系内に存在する水分量は、目的物であるジカルボン酸及び/又はラクトンの収率の観点から、0.1〜60質量%が好ましく、0.3〜30質量%がより好ましく、0.5〜20質量%が特に好ましい。
【0029】
[反応生成物]
前述したグリセリン化合物と一酸化炭素との反応においては、カルボニル化反応と共に、ガスシフト反応で生成した水素による水素化反応が起こり、ジカルボン酸及び/又はラクトンを含む混合物が生成する。具体的には、ジカルボン酸としてグルタル酸や2−メチルコハク酸等の炭素数5のジカルボン酸が、ラクトンとしてγ−ブチロラクトンが生成する。更に、副生成物として、n−ブタン酸(酪酸)やイソブタン酸(イソ酪酸)等の炭素数4のモノカルボン酸;プロピレンやアリルアルコール、プロピレンアルデヒド、イソプロパノール等の炭素数3の化合物;その他、反応生成物の酸類とアルコールとのエステル化合物等が生成する。これらの中で、ジカルボン酸であるグルタル酸及び2−メチルコハク酸、並びにラクトンであるγ−ブチロラクトンが工業的に特に有用である。
【0030】
グリセリンを一酸化炭素および触媒を用いて増炭反応することにより、炭素数4のブタン酸を製造する方法は知られている(前記特許文献1及び2を参照)。しかしながら、炭素数5のジカルボン酸であるグルタル酸及び2−メチルコハク酸や炭素数4のγ−ブチロラクトンを製造する方法は知られていない。また、炭素数5のジカルボン酸やγ−ブチロラクトンは非常に有用化合物であり、現在、石化原料から製造されているため、再生可能原料であるグリセリンから製造することは非常に意義深い。
グルタル酸及び2−メチルコハク酸、並びにγ−ブチロラクトンの収率は、反応条件を適宜選択することにより、グリセリン化合物の転化率がほぼ100%の場合に、グルタル酸及び2−メチルコハク酸を1モル%以上、γ−ブチロラクトンを1モル%以上にすることが可能になる。
【0031】
反応生成物(混合物)中のグルタル酸、2−メチルコハク酸及びγ−ブチロラクトンは、例えば蒸留、クロマトグラフィー、分液等の任意の方法により単離することができる。
【実施例】
【0032】
実施例1
120mlチタン製オートクレーブに、[RhCl(CO)22(和光純薬工業(株)製)51mg(0.13mmol)、トリフェニルホスフィン(PPh3、ALDRICH社製)200mg(0.76mmol)、ヨウ化メチル(MeI、東京化成工業(株)製)480mg(3.4mmol)、グリセリン(商品名:精製グリセリン、花王(株)製)1.50g(16.3mmol)、酢酸2.91g(48.5mmol)を加えた。その後、容器内を一酸化炭素でオートクレーブ内を3回置換し、さらに、室温下、1.0MPaに加圧した。600rpmで撹拌しながら190℃まで昇温し、昇温後3時間反応を行った。反応終了後、オートクレーブを冷却した。
反応液中の低沸点化合物の分析は、カラムとしてDB−FFAP(商品名、アジレント・テクノロジー(株)製)もしくはTC−FFAP(商品名、ジーエルサイエンス(株)製)を用いてガスクロマトグラフ分析装置HP6890GC(商品名、HewLett Packard社製)により行った(温度範囲40℃〜230℃)。反応液中の高沸点化合物の分析は、反応終了液をTMS化(トリメチルシリル化)処理し、内部標準としてジドデシルエーテルを使用し、カラムとしてUltra ALLOY(商品名、フロンティアラボ(株)製)を用いてガスクロマトグラフ分析装置HP6890GC(商品名、HewLett Packard社製)により行った(温度範囲40℃〜350℃)。
その結果、グリセリンの転化率は99%より高く、各生成物の収率は、グルタル酸8.4モル%、2−メチルコハク酸2.2モル%、γ−ブチロラクトン1.5モル%であった。なお、その他の生成物として、n−ブタン酸、イソブタン酸、プロピレン、プロピオンアルデヒド、アリルアルコール、イソプロパノール、及び各種生成物とアルコールとのエステル化合物等が得られた。
反応条件及び反応結果を表1に示す。
【0033】
実施例2〜8及び比較例1
MeI量を表1に示すように変更したこと以外は実施例1と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。
反応条件及び反応結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
表1から明らかなように、触媒中のロジウム原子に対するヨウ化メチル中のヨウ素原子の原子数比(I/Rh)が低いほど、目的物であるジカルボン酸及びラクトンを高い選択性で得ることができることがわかった。
【0036】
実施例9〜11
PPh3量を表2に示すように変更したこと以外は実施例1と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸、ヨウ化メチル及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。反応条件及び反応結果を表2に示す。表2において、実施例1の反応条件及び反応結果もまとめて示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2から明らかなように、リン化合物(C)であるトリフェニルホスフィンの添加量が多いほど、目的物であるジカルボン酸及びラクトンを高い選択性で得ることができることがわかった。
【0039】
実施例12〜14
一酸化炭素分圧(反応圧)を表3に示すように変更したこと以外は実施例1と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸、ヨウ化メチル及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。反応条件及び反応結果を表3に示す。表3において、実施例1の反応条件及び反応結果もまとめて示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3から明らかなように、一酸化炭素分圧が高いほど、目的物であるジカルボン酸及びラクトンを高い選択性で得ることができることがわかった。
【0042】
実施例15〜17
反応温度を表4に示すように変更したこと以外は実施例1と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸、ヨウ化メチル及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。反応条件及び反応結果を表4に示す。表4において、実施例1の反応条件及び反応結果もまとめて示す。
【0043】
【表4】

【0044】
表4から明らかなように、反応温度が150〜210℃程度では、目的物であるジカルボン酸及びラクトンを高い選択性で得ることができることがわかった。
【0045】
実施例18
トリフェニルホスフィン及びヨウ化メチルの添加量を、それぞれトリフェニルホスフィン300mg、ヨウ化メチル300mg(2.2mmol)に変更したこと以外は実施例1と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。
その結果、グリセリンの転化率は99%より高く、各生成物の収率は、グルタル酸14.0モル%、2−メチルコハク酸5.1モル%、γ−ブチロラクトン12.7モル%であった。なお、その他の生成物として、n−ブタン酸、イソブタン酸、プロピレン、プロピオンアルデヒド、アリルアルコール、イソプロパノール、及び各種生成物とアルコールとのエステル化合物等が得られた。
実施例1の結果と比べると、トリフェニルホスフィン及びヨウ化メチルの添加量を増やした本実施例では、ジカルボン酸及びラクトンの選択性が向上することがわかった。
反応条件及び反応結果を表5に示す。
【0046】
実施例19及び20
水の添加量を表5に示すように変更したこと以外は実施例18と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。反応条件及び反応結果を表5に示す。
【0047】
【表5】

【0048】
表5から明らかなように、水の添加量を増やすと、目的物であるジカルボン酸及びラクトンの選択性が低くなることがわかった。
【0049】
実施例21
反応基質をグリセリンからトリアセチン(グリセリントリアセテート)に変更し、溶媒である酢酸を添加せず、水を0.59g添加したこと以外は、実施例18と同様にして反応を行った。なお、ヨウ化メチルの仕込み量は若干の変動がある。反応条件及び反応結果を表6に示す。
【0050】
【表6】

【0051】
表6から明らかなように、反応基質がトリアセチンの場合でも、目的物であるジカルボン酸及びラクトンを製造できることがわかった。
【0052】
実施例22〜25
触媒として、金属塩であるNi(OAc)2・4H2O(実施例22)、Pd(OAc)2(実施例23)、Co(OAc)2(実施例24)及びRuI3(実施例25)を[RhCl(CO)22と共に用いたこと以外は、実施例18と同様にして反応を行った。なお、グリセリン、酢酸、ヨウ化メチル及び[RhCl(CO)22の仕込み量は若干の変動がある。反応条件及び反応結果を表7に示す。
【0053】
【表7】

【0054】
表7から明らかなように、各種触媒を用いた場合に、目的物であるジカルボン酸及びラクトンを高い選択性で得ることができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の方法によれば、再生可能資源であるグリセリン化合物を原料として用い、特定の均一系触媒及びハロゲン化合物の存在下に一酸化炭素と反応させることにより、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物を効率よく製造することができる。
本発明の方法で得られたジカルボン酸は、生分解ポリエステルの原料等として有用であり、ラクトンは、溶剤、ポリマー原料、合成中間体等として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)周期表の第8族金属、第9族金属及び第10族金属からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属原子を含む触媒と(B)ハロゲン化合物とを、前記触媒(A)に含まれる金属原子に対する前記ハロゲン化合物(B)中のハロゲン原子の原子数比が0.1以上40未満となる比で存在させ、下記一般式(1)で表されるグリセリン化合物を一酸化炭素と反応させる、ジカルボン酸、ラクトン又はそれらの混合物の製造方法。
【化1】

(式中、R1、R2及びR3は各々独立に、水素原子、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、−COR4基、又は水酸基及び/もしくはカルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。R4は、炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基、又は水酸基及び/もしくはカルボキシ基で置換された全炭素数1〜20の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基もしくはアルケニル基を表す。)
【請求項2】
前記触媒(A)が少なくともロジウムを含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記触媒(A)における金属原子がロジウムのみである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記ハロゲン化合物(B)がヨウ化物である、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
更に、(C)リン化合物の存在下で反応させる、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
一酸化炭素分圧が0.1〜10MPaである、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
反応系内に存在する水分量が0.1〜60質量%である、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
前記ジカルボン酸がグルタル酸及び/又は2−メチルコハク酸である、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
前記ラクトンがγ−ブチロラクトンである、請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2011−46672(P2011−46672A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198591(P2009−198591)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】