説明

ジスルフィド化合物の製造方法

【課題】本発明の製造方法は、チオールの酸化反応における副生成物の生成を低減し、高収率でのジスルフィド化合物を提供する
【解決手段】ヨウ化物イオンおよび過酸化物の存在下、溶媒中でチオール化合物をジスルフィド化合物に酸化する工程を含むジスルフィド化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チオール化合物の酸化によるジスルフィド化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジスルフィド化合物は有機化学的にも生化学的にも重要な化合物であり、一般に、チオール化合物の酸化により得られるものである。酸化方法としては、現在までに種々の方法が開発されているが、ほとんどの反応において化学量論量以上の酸化剤が必要であり、反応終了後に有害で処理が困難である副生成物が大量に生成してしまい、その副生成物(廃棄物)の処理をしなければならないという問題点があった(非特許文献1)。
【0003】
前記のような廃棄物を出さない酸化剤としては、酸素や過酸化水素などが知られている。これらの酸化剤を用いた場合では、副生成物は水だけなので、環境に優しい酸化剤として注目されており、ジスルフィド化合物の製造においても、これらの酸化剤を使用した方法が検討されている。
【0004】
酸化剤に酸素を使用する場合、酸素単独では酸化力が弱くチオールをジスルフィド化合物に酸化することが不可能であるので、テトラキストリフェニルホスフィンロジウムハイドライドなどの触媒を併用する方法が検討されている(非特許文献2)。しかしながら、前記のような触媒は高価であり、工業的ではないなどの問題点があった。また、安価なオキシ三塩化バナジウムを触媒とする方法が開発されている(非特許文献3)。しかしながら、酸化反応に時間が長くかかるという欠点があった。
【0005】
他方、過酸化水素を用いる方法も数多く検討されており、たとえば、塩基性溶液中で過酸化水素を反応させる方法(特許文献1)や、ヘキサフロロイソプロパノール中で過酸化水素を反応させる方法(非特許文献4)が報告されている。しかしながら、前者の方法では塩基性で分解してしまうような基質には適用できないという問題点があり、後者の方法では溶媒であるヘキサフロロイソプロパノールが高価であり、経済的でないという問題点があった。
【0006】
【非特許文献1】N. A. Noureldin, M. Caldwell, J. Hendry, D. G. Lee, Synthesis, 1998, 1587-1589.
【非特許文献2】M. Arisawa, C. Sugata, M. Yamaguchi, Tetrahedron Lett. 2005, 46, 6097-6099.
【非特許文献3】M. Kirihara, K. Okubo, T Uchiyama, Y. Kato, Y. Ochiai, S. Matsushita, A. Hatano, K. Kanamori, Chem. Pharm. Bull. 2004, 52, 625-627.
【特許文献1】米国特許第2、024、575号明細書
【非特許文献4】V. Kesavan, D. Bonnet-Delpon, J.-P. Begue, Synthesis 2000, 223-225.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の製造方法は、チオールの酸化反応における副生成物の生成を低減し、高収率でジスルフィド化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、ヨウ化物イオンおよび過酸化物の存在下、溶媒中でチオール化合物を酸化する工程を含むジスルフィド化合物の製造方法に関する。
【0009】
過酸化物が過酸化水素であることが好ましい。
【0010】
前記製造方法における溶媒が酢酸エチルであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、チオールの酸化においてヨウ化物イオンと過酸化物を触媒に用いるので、ジスルフィド化合物を高収率かつ安価に製造する方法を提供することが可能である。また、本発明の製造方法では、前記触媒を用いることにより有害で処理が困難である副生成物を極めて少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、ヨウ化物イオンおよび過酸化物の存在下、溶媒中でチオール化合物酸化する工程を含むジスルフィド化合物の製造方法に関する。
【0013】
本発明の製造方法において、ジスルフィド化合物への酸化反応は下記スキーム
【化1】

で表わされる。前記スキーム中、Ox、Redはそれぞれ過酸化物の酸化体、還元体を示す。
【0014】
前記酸化反応においては、ヨウ化物イオンが過酸化物によりヨウ素となり同時にチオール化合物をジスルフィドに酸化していると考えられる。そして、反応終了後に生成するヨウ化物イオンが過酸化物により再びヨウ素となるので、前記スキームのように触媒のリサイクルが成立している。
【0015】
出発物質であるチオール化合物R−SHの置換基Rとしては、たとえば、CH3(CH23−、CH3(CH211−、
【化2】

などがあげられるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
本発明の製造方法では、触媒としてヨウ化物イオンおよび過酸化物を用いる。ヨウ化物イオンおよび過酸化物を組み合わせて用いることによって、従来必要であった高価な遷移金属触媒を使用しなくても、高収率でジスルフィド化合物を得ることができる。また、ヨウ素のみを用いたチオール化合物の酸化によるジスルフィド化合物の重合のように、化学量論以上を用いなくても効率よくジスルフィド化合物を得ることが可能である。
【0017】
触媒となるヨウ化物イオンを与えるヨウ素含有化合物としては、ヨウ素、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウムなどの金属塩;ヨウ化テトラエチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウムなどの四級アンモニウム塩などがあげられる。なかでも、汎用性およびジスルフィド化合物が高収率で得られる点から、ヨウ化ナトリウムが好ましい。
【0018】
過酸化物としては、有機過酸化物、無機化酸化物のいずれも適宜選択して用いることができる。
【0019】
無機過酸化物としては、過酸化水素などがあげられ、有機過酸化物としては、tert−ブチルハイドロペルオキシド、メタクロロ過安息香酸、過酢酸などがあげられる。
【0020】
過酸化物として過酸化水素を使用する場合は、30%濃度のものを用いれば充分である。
【0021】
本発明における酸化反応は、水単独もしくは水と有機溶媒の混合溶媒を用いて行うことができ、前記有機溶媒としては、ヘキサンやシクロヘキサンのような脂肪族炭化水素溶媒、ベンゼンやトルエンのような芳香族炭化水素溶媒、ジクロロメタンやクロロホルムのような含ハロゲン溶媒、酢酸エチルやアセトニトリルのような非プロトン性極性溶媒、エタノールやメタノールのようなプロトン性極性溶媒を用いることができる。なかでも酸化反応時間とジスルフィド化合物の収率との関係から、酢酸エチルを用いることが好ましい。
【0022】
前記ヨウ素含有化合物と過酸化物の使用量は、特に限定されるものではないが、たとえば、溶媒に酢酸エチルを用いた場合は、チオール化合物に対して0.01〜0.1当量(1〜10mol%)の前記ヨウ素含有化合物と0.5〜4(50〜400mol%)当量の過酸化物を使用することが好ましい。ヨウ素含有化合物は0.03〜0.08当量であることがより好ましく、過酸化物は0.5〜1.0当量であることがより好ましい。ヨウ素含有化合物が0.01当量よりも少ない場合には、触媒効果が充分に得られず反応時間が長くなる傾向があり、0.1当量を超える場合は、経済的でなくなる傾向がある。また、過酸化物が0.5当量よりも少ない場合には、反応が完結しなくなる傾向があり、2当量を超える場合には、経済的でなくなる傾向がある。
【0023】
本発明における酸化反応は、反応性の点から0℃〜40℃で行なえばよく、用いる反応系に応じて適宜選択すればよい。また、反応温度は特に限定されず、通常、室温で反応させることができる。
【0024】
前記酸化反応は、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液、二酸化マンガンなどを添加することによって停止することができる。その後、公知の方法により生成物を抽出し、無水硫酸マグネシウムなどの塩を加えて乾燥し、溶媒を留去し粗生成物を得ることができる。粗成生物から、通常公知の方法を用いて目的とするジスルフィド化合物を生成することができる。
【0025】
本発明ではジスルフィド化合物を概ね92〜99%の収率で製造することができる。
【実施例】
【0026】
以下実施例に基づき本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものでないことはいうまでもない。
【0027】
実施例1(フルフリルメルカプタンの酸化によるジスルフィド化合物の製造方法)
【化3】

【0028】
フルフリルメルカプタン(114.1mg、1.0mmol)を酢酸エチル(3ml)に溶解し、ヨウ化ナトリウム(15.0mg、0.10mmol)と30%過酸化水素(4.0mmol、0.41ml)をこの順で加えて、室温で1時間撹拌した。反応終了後、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液(15ml)を加え、酢酸エチル(15ml)で3回抽出し、抽出液を飽和食塩水で洗った。抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下溶媒を留去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=100:1)で精製することにより、ジスルフィド化合物(111.8mg、収率99%)を得た。得られた化合物の1H−NRM、MSの各スペクトルデータは標品のものと完全に一致した。
【0029】
各スペクトルデータの測定条件は以下のとおりである。
(1H−NMR)
重クロロホルムを溶媒として、JEOL EX400(400MHz)を用い、テトラメチルシランを内部標準として用いる条件で測定した。
(MS)
GCMS−QP5050Aを用いて、EI法により測定した。
【0030】
実施例2(ベンジルメルカプタンの酸化によるジスルフィド化合物の製造方法)
【化4】

【0031】
1当量のベンジルメルカプタン(1mmol、124.2mg)に3mlの水を加え、0.1当量のヨウ化ナトリウム(0.1mmol、15.0mg)、4当量の30%過酸化水素(4mmol、0.41ml)を加えて、室温で0.5時間撹拌した。飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液を15ml加え反応を停止させた後、酢酸エチルで抽出した(15ml×3回)。有機層を飽和食塩水で洗浄(15ml×3回)し、無水硫酸マグネシウムを加え乾燥後、溶媒を留去し粗生成物(140.4mg)を得た。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=200:1)により精製し無色結晶(121.9mg、収率99%)を得た。
【0032】
実施例1と同様に1H−NMRを測定し、以下の結果を得た。
1H−NMR(CDCl3):δ3.60(4H,s)、7.22−7.35(10H,m)
MS(m/z):246(M+
【0033】
実施例3
【化5】

【0034】
1当量のベンジルメルカプタン(1mmol、124.2mg)を3mlの酢酸エチルに溶かし、0.01当量のヨウ化ナトリウム(0.01mmol、1.5mg)、1当量のtert−ブチルハイドロパーオキサイド(1mmol、0.1ml)を加えて、室温で0.5時間撹拌した。その後、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液を15ml加え反応を停止させ、生成物を酢酸エチルで抽出した(×3回)。有機層を飽和食塩水で洗浄(15ml×3回)し、無水硫酸マグネシウムを加え乾燥後、溶媒を留去し粗生成物(147.1mg)を得た。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=400:1)により精製し無色結晶(119.8mg、収率97%)を得た。
【0035】
実施例1と同様の測定方法により、得られたジスルフィド化合物の評価を行った。
1H−NMR(CDCl3):δ3.60(4H,s)、7.22−7.35(10H,m)、
MS(m/z):246(M+
【0036】
比較例1(ヨウ化物イオンの非存在下におけるチオール化合物の酸化)
【化6】

【0037】
1当量のベンジルメルカプタン(1mmol、124.2mg)に、3mlの酢酸エチルを加え、1当量の30%過酸化水素(1mmol、0.1ml)を加えて、室温で24時間撹拌した。反応が未完結のまま、飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液を15ml加え反応を停止させた後、酢酸エチルで抽出した(15ml×3回)。有機層を飽和食塩水で洗浄(15ml×3回)し、無水硫酸マグネシウムを加え乾燥後、溶媒を留去し粗生成物(143.5mg)を得た。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=400:1)により精製し無色結晶(32.3mg、収率26%)を得た。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のジスルフィド化合物の製造方法は、医薬品・農薬や新素材などでジスルフィド結合を有する化合物の製造や、スルフィドからジスルフィドを形成させる生化学試薬に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨウ化物イオンおよび過酸化物の存在下、溶媒中でチオール化合物を酸化する工程を含むジスルフィド化合物の製造方法。
【請求項2】
過酸化物が過酸化水素である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
溶媒が酢酸エチルである請求項1または2記載の製造方法。

【公開番号】特開2007−238517(P2007−238517A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−64265(P2006−64265)
【出願日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【出願人】(802000020)財団法人浜松科学技術研究振興会 (63)
【Fターム(参考)】