説明

ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法

本発明は、下記式で表されるジソピラミド遊離塩基を溶媒に溶解させる工程、得られた溶液から結晶化させる工程および熟成させる工程を含むジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法であって、溶媒が、ヘプタンおよびヘキサンから選ばれる1または2種の炭化水素系溶媒とトルエンよりなる混合溶媒であることを特微とする、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法である。本発明により、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を、工業的規模で安定的かつ高収率で製造できる方法を提供することができる。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、不整脈治療剤として有用なジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
不整脈治療剤として使用されているジソピラミド(Disopyramide、α−(2−ジイソプロピルアミノエチル)−α−フェニル−2−ピリジンアセトアミド)は、遊離塩基とリン酸塩が使用されている。このうち、ジソピラミド遊離塩基は、結晶多形を有し、低融点型結晶(85〜87℃)と高融点型結晶(95〜98℃)の二つの結晶形が存在するが(医薬品インタビューフォーム「リスモダンカプセル」,2003年3月改訂,p.4)、製剤上溶出性などの点より、低融点型結晶が好ましいとされている。二つの結晶形のうち、高融点型結晶が熱力学的に安定であり、低融点型結晶は高融点型結晶に変換しやすいため、製造上、製剤上の厳密な管理が必要である。
【発明の開示】
これまでに、ジソピラミド遊離塩基の結晶を得る方法が報告されている(米国特許第3225054号明細書および特開昭56−139461号公報参照)。例えば、米国特許第3225054号明細書では、ジソピラミド遊離塩基をヘキサンから結晶化させる方法が開示されているが、得られた結晶の融点は94.5〜95℃であり、高融点型結晶であった。
また特開昭56−139461号公報においては、ジソピラミド遊離塩基をヘキサン−エタノールの95:5混合溶媒から結晶化させる方法が開示されている。この方法では、融点84〜86℃の低融点型結晶が得られているが、回収率が51〜59%と低く、有利な方法とは言えなかった。
本発明の目的は、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を、工業的規模で安定的かつ高収率で製造できる方法を提供することである。
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を行った。その結果、ジソピラミド遊離塩基を炭化水素系溶媒とトルエンよりなる混合溶媒系より結晶化させることにより、低融点型結晶を安定的に得ることができることを見出した。
さらに、乾燥温度を一定温度以下に保持することにより、高融点型結晶に変換しないことを見出して本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)ジソピラミド遊離塩基を溶媒に溶解させる工程(以下、溶解工程ともいう。)、得られた溶液から結晶化させる工程(以下、結晶化工程ともいう。)および熟成させる工程(以下、熟成工程ともいう。)を含むジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法であって、溶媒が、ヘプタンおよびヘキサンから選ばれる1または2種の炭化水素系溶媒とトルエンよりなる混合溶媒であることを特徴とする、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法。
(2)炭化水素系溶媒およびトルエンよりなる混合溶媒の比率(炭化水素系溶媒:トルエン)が、容量比4:1〜7.5:1である上記(1)記載の製造方法。
(3)炭化水素系溶媒およびトルエンよりなる混合溶媒の使用量が、ジソピラミド遊離塩基1gに対して4ml〜4.5mlである上記(1)または(2)記載の製造方法。
(4)結晶化工程における攪拌速度が、翼先端速度で4m/s〜6m/sである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)熟成工程における攪拌速度が、翼先端速度で2m/s〜3m/sである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6)さらに、結晶化・熟成させたジソピラミド遊離塩基の結晶を60℃以下の温度で乾燥させる工程(以下、乾燥工程ともいう。)を含むことを特徴とする、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の製造方法。
発明の詳細な説明
以下、本発明のジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法(以下、単に本発明の製造方法という。)について詳細に説明する。
本発明の製造方法は、
(a)ジソピラミド遊離塩基を、ヘプタンおよびヘキサンから選ばれる1または2種の炭化水素系溶媒とトルエンよりなる混合溶媒に溶解させる工程(溶解工程)、
(b)溶解工程で得られた溶液から結晶化させる工程(結晶化工程)、および
(c)結晶化工程の後、熟成させる工程(熟成工程)を含む方法であり、
さらに、
(d)結晶化・熟成させたジソピラミド遊離塩基の結晶を60℃以下の温度で乾燥させる工程(乾燥工程)を含んでもよい方法である。
このような工程を経ることにより、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を、工業的規模で、安定的かつ高収率で得ることができる。
以下に、各工程について詳細に説明する。
(a)溶解工程
溶解工程に用いられるジソピラミド遊離塩基は、公知の方法(例えば、上記特許文献1に記載の方法)によって、製造された結晶を用いることができる。また、医薬品として使用されているジソピラミドリン酸塩を塩基(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等)で処理することにより遊離塩基に導いたものを使用してもよい。
溶解工程に用いられるジソピラミド遊離塩基の結晶形は如何なるものであってもよく特に限定されないが、高融点型結晶、または高融点型結晶と低融点型結晶の混合物が好ましい。
溶解工程に用いられる炭化水素系溶媒は、ヘプタンまたはヘキサン単独でも、あるいはこれらの混合物であってもよい。混合する場合は、任意の割合で混合すればよい。
ジソピラミド遊離塩基を炭化水素系溶媒とトルエンよりなる混合溶媒に溶解させる場合、予め炭化水素系溶媒とトルエンを混合したものにジソピラミド遊離塩基を溶解させてもよく、また一方の溶媒に溶解させた後に、他方の溶媒を加えてもよい。一方の溶媒に溶解させた後に、他方の溶媒を加える場合は、溶解度が高いトルエンに溶解させた後に、炭化水素系溶媒を加えるのが好ましい。
さらには、ジソピラミドリン酸塩の塩基処理により得られるジソピラミド遊離塩基を用いる場合は、ジソピラミドリン酸塩をアルカリ性水溶液(例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等)で処理した後遊離したジソピラミドを、炭化水素系溶媒とトルエンとの混合溶媒で抽出した溶液を用いてもよい。
炭化水素系溶媒およびトルエンよりなる混合溶媒において、炭化水素系溶媒とトルエンの比率(炭化水素系溶媒:トルエン)は、容量比4:1〜7.5:1であり、好ましくは容量比4.7:1〜6.3:1である。当該容量比が4:1より小さくなると、回収率が低下する虞があり、容量比が7.5:1より大きくなると結晶化しなかったり、高融点型の針状結晶が析出する虞がある。
炭化水素系溶媒およびトルエンよりなる混合溶媒の使用量は、ジソピラミド遊離塩基1gに対して4ml〜4.5mlであり、好ましくは4.2ml〜4.3mlである。混合溶媒の使用量がジソピラミド遊離塩基1gに対して4mlより少ないと、ジソピラミド遊離塩基を完全に溶解させにくくなる傾向があり、4.5mlより多い場合、回収率が低下する虞がある。
溶解工程における、溶解温度は、ジソピラミド遊離塩基の結晶が十分溶解できる温度であれば、特に限定されないが、通常60〜80℃である。
溶解工程において得られた溶液は、そのまま次の結晶化工程に付することができるが、夾雑物を除くために熱時濾過してから、結晶化工程に付してもよい。
(b)結晶化工程
本発明の製造方法において結晶化工程とは、溶解工程で得られたジソピラミド遊離塩基の溶液から結晶が析出し始めてから析出がほぼ終了するまでの工程である。
具体的には溶解工程でジソピラミド遊離塩基を炭化水素系溶媒とトルエンとの混合溶媒に溶解した温度(例えば、60〜80℃)から徐々に低下させ、結晶が析出し始めると(約38〜40℃)、結晶化熱により温度が上昇し始め、結晶がほぼ析出すると結晶化熱の発生が収まり、温度上昇が止まる。
したがって、系中の温度をモニターすることにより、結晶化熱による温度上昇が止まる時点を結晶化工程の終点とすることができる。
なお、結晶化熱により上昇する温度はスケール、容器の形状等により異なるので、系中の温度をモニターしながら、適宜決定すればよい。
結晶化工程においては、一定の低融点型結晶を得るために、結晶析出前に低融点型の種結晶を添加することが好ましい。
種結晶の使用量としては、原料のジソピラミド遊離塩基100gあたり5〜20mgで良い。
種結晶の添加温度は、結晶が析出し始める直前が好ましく、具体的には、35〜55℃であり、好ましくは45〜50℃である。
結晶化工程においては、円滑に結晶を析出させるために、攪拌下で行うことが好ましく、攪拌速度としては、翼先端速度で4m/s〜6m/sが好ましく、4.5m/s〜5.5m/sがより好ましい。翼先端速度が4m/sより遅いと高融点型結晶が析出しやすくなり、6m/sより速いと攪拌が過負荷になり、インペラーやモーターが破損する虞がある。
結晶化工程の時間は、結晶化熱による温度の上昇速度がスケール、容器の形状、攪拌速度等により異なってくるので、系中の温度をモニターしながら、適宜決定すればよい。
(c)熟成工程
本発明の製造方法において熟成工程とは、結晶化工程の後、回収率を向上させ、かつ系内の低融点型結晶を均質化・安定化させる工程をいう。
具体的には、結晶化工程において結晶化熱による温度上昇が収まった後、温度を徐々に低下させながら、攪拌させることにより、回収率を向上させ、系内の低融点型結晶の均質化を図ることができる。
熟成の時間は特に限定はなく、好ましくは2時間〜5時間、より好ましくは3時間〜4時間である。
熟成工程における冷却速度は、段階的に冷却することが好ましい。例えば、結晶化熱による温度上昇が止まった温度から35℃までは40〜80分、35〜25℃は40〜80分、25〜20℃は80〜120分で冷却する。
熟成工程における攪拌速度は、翼先端速度で2m/s〜3m/sが好ましく、2.5m/s〜2.7m/sがより好ましい。翼先端速度が3m/sより速いと高融点型結晶に変換しやすく、2m/sより遅いと結晶が沈降する傾向がある。
このようして、結晶化・熟成された結晶は、濾過・洗浄することにより、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を単離することができる。
濾過法としては、公知の方法、例えば、自然濾過、減圧濾過、加圧濾過、遠心濾過、プレス濾過等の如何なる方法であってもよく、スケール等に適した方法を適宜選択すればよい。
洗浄する溶媒としては、炭化水素系溶媒とトルエンとの混合溶媒または炭化水素系溶媒が好ましく、回収率の観点からは、炭化水素系溶媒のみにより洗浄するのがより好ましい。
本発明の製造方法において攪拌に用いられる攪拌翼は、一般的な撹拌装置に用いられるものであれば特に制限されないが、具体例としては傾斜パドル翼、平パドル翼、プロペラ翼、アンカー翼、ファドラー翼、タービン翼、ブルマージン翼、マックスブレンド翼(住友重機械工業製)、フルゾーン翼(神鋼パンテック製)、リボン翼、スーパミックス翼(佐竹化学機械工業製)等が挙げられ、プロペラ翼、アンカー翼、ファドラー翼等が好ましい。
なお、翼先端速度は、πを円周率、φを攪拌翼の直径(m)、nを回転数(rps)として、次式により算出することができる。
翼先端速度(m/s)=π×φ×n
(d)乾燥工程
上記のようにして単離されたジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶は、公知の乾燥方法、例えば、風乾、通風乾燥、減圧乾燥等により乾燥することができ、減圧乾燥が好ましい。
減圧乾燥する場合、減圧度は1.3kPa〜4kPaの範囲が好ましい。減圧度が4kPaより高いと乾燥速度が遅くなる傾向があり、1.3kPaより低いと、耐圧容器の設備が必要になるため、工業的に不利になる傾向がある。
乾燥工程においては、乾燥温度が高いと低融点型結晶が高融点型結晶に変換しやすくなるため、65℃以下で乾燥するのが好ましく、60℃以下で乾燥するのがより好ましい。乾燥温度の下限は特に限定はないが、乾燥速度が遅くなるため、40℃以上で乾燥するのが好ましい。
【実施例】
以下、本発明について、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
[実施例1]
n−ヘプタン(140ml)とトルエン(35ml)の混合溶媒にジソピラミド遊離塩基(40g)を加えて65℃に加熱して溶解した。翼先端速度5.18m/sで攪拌しつつ放冷し、45℃になったところで、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を種結晶として少量添加し、結晶化させた。系内中の温度をモニターし、結晶化熱による温度上昇が収まった時点(46℃)で翼先端速度を2.59m/sに低下させ、20℃まで3時間20分かけて冷却しながら熟成させた。結晶を濾過、n−ヘプタン(10ml)で洗浄した後、減圧下(3kPa)に60℃で5時間かけて乾燥し、ジソピラミド遊離塩基結晶(35.4g)を得た。回収率88.5%,融点86.1℃
[実施例2]
n−ヘプタン(140ml)とトルエン(22.4ml)の混合溶媒にジソピラミド遊離塩基(40g)を加えて67℃に加熱して溶解した。翼先端速度5.2m/sで攪拌しつつ放冷し、約45℃になったところで、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を種結晶として少量添加し、結晶化させた。系内中の温度をモニターし、結晶化熱による温度上昇が収まった時点(46℃)で翼先端速度を2.59m/sに低下させ、20℃まで3時間20分かけて冷却しながら熟成させた。結晶を濾過、n−ヘプタン(10ml)で洗浄した後、減圧下(3kPa)に60℃で5時間かけて乾燥し、ジソピラミド遊離塩基結晶(37.0g)を得た。回収率92.5%,融点85.9℃
[実施例3]
水(1000ml)に溶解したリン酸ジソピラミド(271.5g)にn−ヘプタン(600ml)とトルエン(156ml)を加えた。23〜27℃で25%水酸化ナトリウム水溶液(250ml)を50分かけて滴下した。このときの水層のpHは12.65であった。分液し、有機層を67℃に加熱し、250mlの温水で2回洗浄した。有機層にラジオライト(10g)を加えて濾過、n−ヘプタン(137.5ml)で洗浄した。濾液を翼先端速度5.2m/sで攪拌しつつ、45℃まで冷却したところで、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の種結晶を加え結晶化させた。系内中の温度をモニターし、結晶化熱による温度上昇が収まった時点(46℃)で翼先端速度を約2.6m/sに低下させ、20℃まで4時間かけて冷却しながら熟成させた。結晶を濾過、n−ヘプタン(100ml)とトルエン(17.5ml)の混合溶媒で洗浄した後、減圧下(3kPa)に60℃で7時間乾燥し、ジソピラミド遊離塩基の結晶(197.4g)を得た。回収率93.7% 融点85.7℃
[実施例4]
n−ヘプタンの代わりに、n−ヘキサンを140ml用いた以外は、実施例2と同様に行い、ジソピラミド遊離塩基の結晶(37.2g)を得た。回収率93.0% 融点85.9℃
比較例1
実施例3で得られたジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を、70℃で7時間さらに乾燥した。得られた結晶の融点は96.3℃であり、高融点型結晶に変換していた。
比較例2
特開昭56−139461号公報の実施例2または3の再結晶を追試したが、回収率は82%程度であり、さらには、ジソピラミド遊離塩基の高融点型結晶と低融点型結晶が得られる場合があり、安定してジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶が得られなかった。
【産業上の利用可能性】
本発明の製造方法によれば、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶を工業的規模で、高収率かつ安定的に製造できる方法が提供される。
本出願は、日本で出願された特願2003−206904を基礎としており、その内容は本明細書にすべて包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジソピラミド遊離塩基を溶媒に溶解させる工程、得られた溶液から結晶化させる工程および熟成させる工程を含むジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法であって、溶媒が、ヘプタンおよびヘキサンから選ばれる1または2種の炭化水素系溶媒とトルエンよりなる混合溶媒であることを特徴とする、ジソピラミド遊離塩基の低融点型結晶の製造方法。
【請求項2】
炭化水素系溶媒およびトルエンよりなる混合溶媒の比率(炭化水素系溶媒:トルエン)が、容量比4:1〜7.5:1である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
炭化水素系溶媒およびトルエンよりなる混合溶媒の使用量が、ジソピラミド遊離塩基1gに対して4ml〜4.5mlである請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
結晶化させる工程における攪拌速度が、翼先端速度で4m/s〜6m/sである請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
熟成させる工程における攪拌速度が、翼先端速度で2m/s〜3m/sである請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
さらに、結晶化・熟成させたジソピラミド遊離塩基の結晶を60℃以下の温度で乾燥させる工程を含むことを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。

【国際公開番号】WO2005/014548
【国際公開日】平成17年2月17日(2005.2.17)
【発行日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−512905(P2005−512905)
【国際出願番号】PCT/JP2004/009045
【国際出願日】平成16年6月21日(2004.6.21)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】