説明

ジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤

【課題】安全性の高いジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤を提供すること。
【解決手段】パプリカ、ローズレッドペタル、キャッツクローから選ばれる1種以上から有機溶媒又は有機溶媒水溶液により抽出して得られ、かつジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有することを特徴とするエキス、ならびに該エキスを含有してなるジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然物由来の従来から食材として用いられてきた植物であるパプリカ、ローズレッドペタル、キャッツクローから得られるジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、全世界において糖尿病が爆発的に増加している。日本では糖尿病患者600万人、その予備軍は1200万人〜1500万人といわれている。糖尿病では高血糖が続くことによって血管が徐々に障害を受け、さまざまな臓器に異常が生じる。糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経症が三大合併症として以前から知られているが、近年では動脈硬化症発症のリスクが高くなることも知られている。糖尿病には「膵β細胞の破壊的病変でインスリンの欠乏が生じて起こる」I型糖尿病と「膵β細胞の機能異常によるインスリン分泌能低下と肝、筋、脂肪組織などの標的臓器におけるインスリン感受性低下が併発することによって発症する」II型糖尿病がある。昨今激増する糖尿病はII型に由来するものであり、糖尿病の90〜95%を占めていると考えられている。II型糖尿病は「生活習慣病」といわれているように、ストレス、肥満、運動不足による基礎代謝能低下の上での高カロリー食摂取など、現代型社会生活によって引き起こされている。
【0003】
このような糖尿病に関する研究分野において、消化管ホルモンであるインクレチンが注目されつつある。インクレチンはインスリン分泌を増強する消化管ホルモンの総称で、GIP(グルコース依存性インスリン分泌ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic polypeptide))やGLP-1(グルカゴン様ペプチド−1(glucagon-like peptide-1))などが知られている。これらは、膵β細胞に発現する受容体を介したグルコース応答性インスリン分泌を促進し、食後の血糖上昇を抑制する。また、インスリン分泌促進以外に、膵β細胞の保護及び増殖作用といった活性を持っている。しかしながら、インクレチンの問題点として、安定性が挙げられる。すなわち、インクレチンは体内に普遍的に存在するジペプチジルペプチダーゼIV(DPPIV)によって速やかに不活性なものへと分解され、数分間で半減してしまう。そこで、DPPIV阻害剤の開発が進められている(たとえば特許文献1参照)。しかしながら、公知のDPPIV阻害剤は化学合成物であり、取り扱う際の安全性の点で充分とはいえない。
【特許文献1】特許第3681110号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、安全性の高いDPPIV阻害剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、安全性の観点から、食用素材の抽出物について、イン・ビトロ(in vitro)での系を用いて、DPPIV阻害物質の検索を行った。その結果、パプリカ、ローズレッドペタル、キャッツクローに高い阻害活性があることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、本発明の要旨は
〔1〕 パプリカ、ローズレッドペタル、キャッツクローから選ばれる1種以上から有機溶媒又は有機溶媒水溶液により抽出して得られ、かつジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有することを特徴とするエキス(以下、ジペプチジルペプチダーゼIV(DPPIV)阻害活性エキスともいう)
〔2〕 前記〔1〕記載のエキスを含有してなるジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のDPPIV阻害活性エキスは、DPPIVに対して阻害活性を有する。また、本発明のDPPIV阻害活性エキスは、食品由来のため、安全性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明におけるジペプチジルペプチダーゼIV(DPPIV)阻害活性エキスは、パプリカ、ローズレッドペタル、キャッツクローから選ばれる1種以上から有機溶媒又は有機溶媒水溶液により抽出して得られるものである。
【0008】
パプリカは、ナス科トウガラシ属の植物で、学名カプシカム・アンニューム・シーブイ(Capsicum annuum cv.)が挙げられる。エキスの抽出試料として用いるパプリカとしては、果実部をミキサーなどで粉砕したもの、あるいはパプリカ乾燥粉末などを用いることができる。
【0009】
ローズレッドペタルはバラ科バラ属の植物で、学名ローザ・ガリカ(Rosa gallica)が挙げられる。エキスの抽出試料として用いるローズレッドペタルとしては、花部をミキサーなどで粉砕したものを用いることができる。なお、ハーブティーとしてはローズレッドペタル花部を乾燥させたものを用いるが、本発明において乾燥状態は限定されない。
【0010】
キャッツクローはアカネ科ウンカリア属の植物で、学名ウンカリナ・トメントサ(Uncarina Tomentosa)が挙げられる。エキスの抽出試料として用いるキャッツクローとしては、樹皮・葉・根部をミキサーなどで粉砕したもの、あるいはキャッツクロー乾燥粉末などを用いることができる。
【0011】
前記3種の植物は1種を抽出に用いてもよく、2種以上を混合したものを抽出に用いてもよい。なお、これらの植物さらには植物由来のエキスがDPPIV阻害活性を有することは本発明者らが初めて見出した事柄である。
【0012】
抽出溶媒としては、たとえばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールなどの低級アルコールや酢酸エチルなどのエステル類が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、これらの有機溶媒は単独または2種類以上を混合して用いてもよく、またこれらと水の混合溶媒としてもよい。なお、経済性と安全性の点からは、エタノール又はエタノール水溶液で抽出することが好ましい。
【0013】
抽出方法としては、例えば、前記3種から選ばれる1種以上の植物試料と前記抽出溶媒とを混合し、室温で1−5時間撹拌あるいは抽出溶媒の煮沸温度で1−5時間還流して抽出を行った後、ろ過や遠心分離などにより抽出液から試料残渣を取り除き、減圧または限外ろ過により抽出物を濃縮する方法が挙げられる。さらに必要に応じて抽出溶媒を完全に除去して乾固、凍結乾燥などにより乾燥してもよい。
【0014】
これらの抽出物はDPPIV阻害活性エキスとしてそのまま用いてもよいが、各種基材に配合してもよい。配合量や基材の種類は特に限定されるものではなく、適時設定すればよい。基材としては、食品・医薬品などに用いられるものであれば特に限定はなく、例えば、錠剤、カプセル、飴、グミあるいは飲料などの経口投与基材が好ましい。これらの各種基材への配合方法としては、食品・医薬品などの分野の公知の技術を用いて、製造することができる。
【0015】
前記のようにして得られるDPPIV阻害活性エキスは、DPPIV阻害活性を有する。ここで、DPPIV阻害活性は、後述の実施例に記載の方法で測定される。
なお、前記パプリカおよびローズレッドペタル由来の抽出エキスでは、有機溶媒で抽出した油層由来のエキスにDPPIV阻害活性が認められ、水などの水層由来のエキスにはDPPIV阻害活性は見られない。一方、キャッツクロー由来の抽出エキスでは、水層、油層いずれもDPPIV阻害活性を有する。
【0016】
本発明のDPPIV阻害活性エキスは、DPPIV阻害剤として使用することができる。したがって、本発明は、前記DPPIV阻害活性エキスを含有してなるDPPIV阻害剤に関する。
【0017】
前記DPPIV阻害剤には、DPPIV阻害活性を損なわなければ前記エキス以外に他の成分を混合して用いてもよい。他の成分としては、特に限定はない。
【0018】
なお、本発明に用いられるナス科トウガラシ属のパプリカは、野菜としてあるいは香辛料として広く食されており、その色素は食品あるいは化粧品などの着色料としても用いられているため、安全性に関して問題はない。
また、バラ科バラ属のローズレッドペタルは、ハーブティーとして広く飲用されており、安全性に関して問題はない。
また、アカネ科ウンカリア属のキャッツクローは、古くからペルーをはじめとする諸外国で民間生薬あるいは健康食品として広く食されており、安全性に関して問題はない。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらによって制限されるものではない。
【0020】
(実施例1)
パプリカ乾燥粉末5.0gに対して50mlのエタノールを加え、室温で1時間撹拌した。抽出液をろ紙でろ過し、減圧下のロータリーエバポレーターで濃縮した。この操作を計3回繰り返し行い、5.0gの試料から0.77gの抽出物を得た。さらに、抽出物濃度が2.0mg/mlとなるようエタノールに溶解し、以下の実験に用いた。
【0021】
DPPIVに対する活性阻害実験は以下の方法に従った。25mMのトリス‐塩酸バッファー(pH 8.0)27.5μl、エタノールもしくはパプリカ抽出液5.0μl、希釈したDPPIV溶液(20ng/μl)5.0μlを混合し、25℃で5分間予備加熱した。酵素反応開始は25mMのトリス‐塩酸バッファー(pH 8.0)に溶かした基質、1.0mg/mlのGLP-1を12.5μl添加することによって行った。25℃で15分間反応後、100℃で10分間加熱することによって反応を停止させた。対照区はDPPIV溶液の代わりに25mMのトリス‐塩酸バッファー(pH 8.0)を用いて同様に行った。
【0022】
DPPIV阻害効果の評価は、酵素反応溶液中に残存するGLP-1の量を求めることで行った。GLP-1の残存量はカプセルパックC18 MG(資生堂社製)カラム及びUV検出器を連結した高速液体クロマトグラフィー(ウォーターズ社製)によって、GLP-1の保持時間で検出されるピークの面積から求めた。分析条件は、溶媒に超純水で希釈した37.5%アセトニトリルを用い、試料注入量を600μl(反応溶液50μlを37.5%アセトニトリルで30倍希釈したもの)とし、カラム温度30℃、流速1ml/分にて行った。
【0023】
DPPIV阻害率の計算は、パプリカ抽出液を含んでいない場合の活性を100とし、パプリカ抽出液を添加した場合の活性を100から差し引いた分を阻害率(%)とした。その結果、パプリカ抽出液のDPPIV阻害率は89%であった。
【0024】
(実施例2)
ミキサーで粉砕したローズレッドペタル乾燥試料5.0gから、実施例1と同様にエタノール抽出を行い、5.0gの試料から0.78gの抽出物を得た。さらに、抽出物濃度が2.0mg/mlとなるようエタノールに溶解し、実施例1と同様にDPPIVに対する活性阻害実験に用いた。実施例1と同様にDPPIV阻害効果の評価を行ったところ、ローズレッドペタル抽出液のDPPIV阻害率は76%であった。なお、ローズレッドペタル抽出液による影響を取り除くため、数値を補正して阻害率を算出した。
【0025】
(実施例3)
キャッツクロー乾燥粉末5.0gから、実施例1と同様にエタノール抽出を行い、5.0gの試料から0.57gの抽出物を得た。さらに、抽出物濃度が2.0mg/mlとなるようエタノールに溶解し、実施例1と同様にDPPIVに対する活性阻害実験に用いた。実施例1と同様にDPPIV阻害効果の評価を行ったところ、キャッツクロー抽出液のDPPIV阻害率は69%であった。なお、キャッツクロー抽出液による影響を取り除くため、数値を補正して阻害率を算出した。
【0026】
(実施例4)
パプリカ粉末10gに対して100mlのエタノールを加え、室温で30分間撹拌した。抽出液をろ紙でろ過し、減圧下のロータリーエバポレーターで濃縮した。この操作を計2回繰り返し行い、10gの試料から1.66gの抽出物を得た。
【0027】
上記のパプリカ抽出物を水と酢酸エチルを用いて分配を行った。得られた抽出物を酢酸エチル(100ml)と水(100ml)の混合溶媒中で溶解し、静置した後に上層を酢酸エチル画分として回収した。この操作を計3回繰り返し、約300mlの酢酸エチル層画分を得た。さらにこの溶液画分をロータリーエバポレーターにより乾固し、0.78gの酢酸エチル抽出画分を得た。水層については、さらに1-ブタノールを加え、同様に分配を行い、0.16gの水層抽出画分と0.57gのブタノール層抽出画分を得た。さらに、各抽出画分に濃度が2.0mg/mlとなるようエタノール(酢酸エチル層及びブタノール層抽出画分)あるいは水(水層抽出画分)に溶解し、実施例1と同様にして分析を行った。
【0028】
実施例1と同様にDPPIV阻害率を計算した結果、酢酸エチル層では77.3%、ブタノール層では77.7%の阻害率が見られたが、水層には阻害活性は見られなかった(図1参照)。
【0029】
(実施例5)
ミキサーで粉砕したローズレッドペタル乾燥試料10gから、実施例4と同様にエタノール抽出を行い、10gの試料から1.8gの抽出物を得た。このローズレッドペタル抽出物を実施例4と同様に分配を行って、0.43gの酢酸エチル抽出画分、0.81gの水層抽出画分及び0.41gのブタノール層抽出画分を得た。さらに、各抽出画分に濃度が2.0mg/mlとなるようエタノール(酢酸エチル層及びブタノール層抽出画分)あるいは水(水層抽出画分)に溶解し、実施例1と同様にして分析を行った。
【0030】
実施例1と同様にDPPIV阻害率を計算した結果、酢酸エチル層では90.4%、ブタノール層では82.5%の阻害率が見られたが、水層には阻害活性は見られなかった(図2参照)。
【0031】
(実施例6)
キャッツクロー乾燥粉末10gから、実施例4と同様にエタノール抽出を行い、10gの試料から1.13gの抽出物を得た。このキャッツクロー抽出物を実施例4と同様に分配を行って、0.18gの酢酸エチル抽出画分、0.45gの水層抽出画分及び0.34gのブタノール層抽出画分を得た。さらに、各抽出画分に濃度が2.0mg/mlとなるようエタノール(酢酸エチル層及びブタノール層抽出画分)あるいは水(水層抽出画分)に溶解し、実施例1と同様にして分析を行った。
【0032】
実施例1と同様にDPPIV阻害率を計算した結果、酢酸エチル層では16.1%、ブタノール層では60.2%、水層では46.9%の阻害率が見られた(図3を参照)。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明のDPPIV阻害活性エキスは、安全性の高いDPPIVの阻害剤として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】実施例4の分配操作による各抽出画分を用いてDPPIV阻害実験を行って、分析した結果である。縦軸は、抽出物を含んでいない場合の活性を100とし、抽出物を添加した場合の活性を100から差し引いた分を阻害率(%)として相対的に表したものである。なお、抽出物とは、分配前のパプリカ抽出物をエタノールに2.0mg/mlとなるように溶解し、同様に分析を行ったものである。
【図2】実施例5の分配操作による各抽出画分を用いてDPPIV阻害実験を行って、分析した結果である。縦軸は、抽出物を含んでいない場合の活性を100とし、抽出物を添加した場合の活性を100から差し引いた分を阻害率(%)として相対的に表したものである。なお、抽出物とは、分配前のローズレッド抽出物をエタノールに2.0mg/mlとなるように溶解し、同様に分析を行ったものである。
【図3】実施例6の分配操作による各抽出画分を用いてDPPIV阻害実験を行って、分析した結果である。縦軸は、抽出物を含んでいない場合の活性を100とし、抽出物を添加した場合の活性を100から差し引いた分を阻害率(%)として相対的に表したものである。なお、抽出物とは、分配前のキャッツクロー抽出物をエタノールに2.0mg/mlとなるように溶解し、同様に分析を行ったものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パプリカ、ローズレッドペタル、キャッツクローから選ばれる1種以上から有機溶媒又は有機溶媒水溶液により抽出して得られ、かつジペプチジルペプチダーゼIV阻害活性を有することを特徴とするエキス。
【請求項2】
請求項1記載のエキスを含有してなるジペプチジルペプチダーゼIV阻害剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−277163(P2007−277163A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−105732(P2006−105732)
【出願日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【出願人】(390020189)ユーハ味覚糖株式会社 (242)
【Fターム(参考)】