ストレス評価方法
【課題】ストレスの程度を簡便に評価する新規なストレス評価方法を提供する。
【解決手段】生体から採取された細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルを測定する測定工程と、上記細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルの正常値と、上記測定工程で測定した発現レベルとを比較し、上記測定工程で測定した発現レベルが上記正常値より増加した場合に、上記生体にストレス負荷が与えられていると評価する評価工程とを有する。
【解決手段】生体から採取された細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルを測定する測定工程と、上記細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルの正常値と、上記測定工程で測定した発現レベルとを比較し、上記測定工程で測定した発現レベルが上記正常値より増加した場合に、上記生体にストレス負荷が与えられていると評価する評価工程とを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体のストレスの程度を簡便に評価するためのストレス評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ストレスが、生活習慣病やアレルギー疾患等の原因の1つとして注目を浴びている。ここで、ストレスとは、生体が外部からの様々な有害刺激(ストレッサー)に対して示す非特異的な状態を示すものである。
【0003】
生体にストレス負荷が与えられた場合、先ず最初に交感神経系の緊張が惹起され、さらに下垂体、副腎皮質系の活性化が生じる。この連続した反応は、ストレスに対する生体の適応現象であると考えられ、ストレスに対して生体は、その恒常性を維持するために、神経系−内分泌系を作動させる。しかしながら、その反応が過剰になった場合、生体は逆に生理的にアンバランスな状態となり、その結果、自律神経異常、内分泌異常、免疫異常、胃潰瘍・急性胃粘膜病変、精神疾患等の負の現象となる生理動態を示すようになる。
【0004】
ここで、生体のストレスの状態を捉え、その程度を評価することができれば、評価結果を日常生活にフィードバックできるため有益であると考えられる。このような観点から、最近では、ストレスの程度を簡便に評価できるオリゴヌクレオチドアレイ(DNAアレイともいう)が提案・開発されるに至っている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−340917号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本神経精神薬理学雑誌, 20[3] (2000) p.107-111.
【非特許文献2】老年精神医学雑誌, 12[11] (2001) p.1344-1350.
【非特許文献3】PNAS., 100[11] (2003 May) p.6795-6800.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したオリゴヌクレオチドアレイは、例えばストレス耐性や生存に関与する遺伝子やホルモン遺伝子、炎症・免疫応答・増殖に関与する遺伝子、細胞死を誘導する遺伝子、抗炎症・創傷治癒・増殖抑制に関与する遺伝子、免疫応答に関与する転写因子やシグナル分子、サイトカインの誘導に関与する転写因子やシグナル分子、或いはストレス耐性に関与する転写因子やシグナル分子などの遺伝子がチップ上に配置されたものであり、ストレスに関連する遺伝子についての網羅的な解析が可能とされる。
【0008】
しかしながら、ストレスは、種々の要因が関連する複雑系の反応であり、多角的な評価が不可欠である。したがって、従来知られていなかったストレスに関連する遺伝子についての新たな知見が得られれば、ストレス評価の信頼性をより向上させることが可能になると考えられる。
【0009】
本発明は、このような観点から提案されたものであり、生体のストレスの程度を簡便に評価する新規なストレス評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本件発明者等は、上述した目的を達成するために、様々な観点から鋭意研究を重ねてきた。その結果、日周期リズムの分子機構に関与する、いわゆる時計関連遺伝子の発現レベルを測定することで、ストレスの程度を簡便に評価できることを見出した。
【0011】
本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。すなわち、本発明に係るストレス評価方法は、生体から採取された細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルを測定する測定工程と、上記細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルの正常値と、上記測定工程で測定した発現レベルとを比較し、上記測定工程で測定した発現レベルが上記正常値より増加した場合に、上記生体にストレス負荷が与えられていると評価する評価工程とを有する。
【0012】
ここで、用いる時計関連遺伝子としては、per1遺伝子が挙げられ、用いる細胞としては、血液中の細胞が挙げられる。
【0013】
このように、per1遺伝子を用いてストレスの程度を評価できることについては、これまで全く報告されたことがなく、本件発明者等によって初めて見出されたものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るストレス評価方法によれば、生体の細胞中における時計関連遺伝子として、per2遺伝子の発現レベルを測定するという簡便な方法により、ストレスの程度を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】マウスの同調方法とグループ毎の臓器採取時間を説明する図である。
【図2】マウス末梢臓器の細胞中におけるper1遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図3】マウス末梢臓器の細胞中におけるper1遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図4】マウス末梢臓器の細胞中におけるper2遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図5】マウス末梢臓器の細胞中におけるper2遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図6】ヒト白血球細胞中におけるper2遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図7】拘束ストレスの有無によるマウス血漿中コルチコステロン量の変化を示す図である。
【図8】マウスの同調方法とグループ毎の採血時間を説明する図である。
【図9】グループ毎に抽出したtotal RNAのアガロースゲル電気泳動写真を示す図である。
【図10】拘束ストレスの有無によるマウス白血球細胞中のper1遺伝子の発現レベルの変化を示す図である。
【図11】拘束ストレスの有無によるマウス白血球細胞中のper2遺伝子の発現レベルの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用した実施の形態について、具体的な実験結果を参照しながら詳細に説明する。
【0017】
<マウス末梢臓器における時計関連遺伝子の発現解析>
従来、脳以外の末梢臓器において、時計関連遺伝子の発現レベルが日周期リズムを示すことが報告されている(Cell, 109, p307-p320; Nature, 417, p78-p83; Nature, 418, p534-p539; Jpn.J.Phamacol., 90, p263-p269; Neuroscience Letters, 256, p117-p119; American Journal of pathology, 158, p1793-1801)。そこで、先ず、肺(lung)、心臓(heart)、肝臓(liver)、胃(stomach)、脾臓(spleen)、腎臓(kidney)、精巣(testis)の各末梢臓器について、per1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルを測定した。
【0018】
具体的には、図1に示すように、SLC社から購入した18匹のICRマウス(雄、5週齢)を3匹ずつ6グループに分け、全てのグループを2週間の期間、6時から18時まで明室、18時から翌6時まで暗室に入れて同調させた。その後、全てのグループを2日間暗室に入れ、そのうちグループCT0については6時に犠牲死させて、上述の各臓器を採取した。同様にグループCT4,CT8,CT12,CT16,CT20については、それぞれ10時、14時、18時、22時、翌2時に犠牲死させ、各臓器を採取した。そして、Promega total SV RNA Isolation kit(Promega 社)を用いて、各臓器の細胞からtotal RNAを抽出し、マウスper1遺伝子のプライマー(センスプライマー:5'-CAGGCTAACCAGGAATATTACCAGC-3'、アンチセンスプライマー:5'-CACAGCCACAGAGAAGGTGTCCTGG-3')とマウスper2遺伝子のプライマー(センスプライマー:5'-GGCTTCACCATGCCTGTTGT-3'、アンチセンスプライマー:5'-GGAGTTATTTCGGAGGCAAGTGT-3')とを用いて逆転写PCRを行った。ここで、逆転写は、SuperScriptII(Invitrogen 社)を用いて行い、PCRは、Prism 7000(ABI 社)の機器により、SYBR Green PCR Master Mix(ABI 社)を用いて、50℃/2分、95℃/10分の後、95℃/15秒、60℃/1分を40サイクルのプロトコルで行った。
【0019】
per1遺伝子についての逆転写PCRの結果を図2,図3に示し、per2遺伝子についての逆転写PCRの結果をそれぞれ図4,図5に示す。ここで、図2及び図4において(a)〜(d)は、それぞれ肺、心臓、肝臓、胃の結果を示したものであり、図3及び図5において(a)〜(c)は、それぞれ脾臓、腎臓、精巣の結果を示したものである。また、縦軸は、G3PDHの発現レベルに対するper1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの比を示したものである。これらの図から分かるように、測定した全ての末梢臓器において、per1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの日周期リズムが確認された。
【0020】
<ヒト血液における時計関連遺伝子の発現解析>
次に、ヒト血液を利用してper2遺伝子の発現レベルを測定した。具体的には、ZR Whole-Blood Total RNA Kit(Zymo Reserch 社)を用いて、ヒト白血球細胞からtotal RNAを抽出し、ヒトper2遺伝子のプライマー(センスプライマー:5'-GGCTCTCCTAGTTTTATTTCAAAACG-3'、アンチセンスプライマー:5'-GTGTGCATTCATCCGATGGA-3')を用いて上述と同様のプロトコルで逆転写PCRを行った。なお、本実験では、同一血液サンプルについて異なる日に計3回、per2遺伝子の発現レベルを測定した。
【0021】
per2遺伝子についての逆転写PCRの結果を図6に示す。ここで、図6における縦軸は、G3PDHの発現レベルに対するper2遺伝子の発現レベルの比を示したものである。図6から分かるように、ヒト血液においても時計関連遺伝子の発現解析が可能であることが確認された。
【0022】
<ストレス付加によるストレスホルモンの発現確認>
次に、本実施の形態の手法により十分なストレス負荷を与えることができるか否かを確認するために、ストレス負荷を与えたマウスと与えていないマウスとについて、ストレスホルモンの1つであるコルチコステロンの発現量を測定した。
【0023】
具体的には、上述と同様に同調させた3匹のICRマウス(グループCT2)を10時から11時までの1時間、尾静脈注射の際に用いるマウス固定アジャスター(SANPLATEC 社、商品コード 13302E)に入れて拘束ストレスを与え、採血した。また、コントロールの3匹のICRマウスについては、10時から11時までの1時間、ケージで待機させた後、同様に採血した。そして、採集した血液の血漿を分離し、Enzyme Immunoassay kit(Assay Designes,Inc、カタログ番号 900-097)を用いたELISAによりコルチコステロン量を測定した。なお、1次抗体としてはロバ抗ヒツジIgG抗体を使用し、2次抗体としてはヒツジポリクローナル抗体を使用した。コルチコステロンの測定結果を以下の表1及び図7に示す。
【0024】
【表1】
【0025】
この表1及び図7から分かるように、拘束ストレスを与えた場合には、血漿中のコルチコステロン量が平常時と比較して約16倍に上昇しており、この手法により十分なストレス負荷を与えることができることが確認された。
【0026】
<ストレス負荷の有無によるマウス血液における時計関連遺伝子の発現変化>
次に、拘束ストレスによって時計関連遺伝子の発現レベルに変化が生じるか否かを確認するために、マウス血液を利用してper1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの日周期リズムを測定した。
【0027】
具体的には、図8に示すように、SLC社から購入した72匹のICRマウス(雄、5週齢)を6匹ずつ12グループに分け、そのうち6グループについてはストレス負荷を与えるグループ(以下、ストレスタイプという。)とし、残りの6グループについてはストレス負荷を与えないグループ(以下、ワイルドタイプという。)とした。全てのグループを2週間の期間、8時から20時まで明室、20時から翌8時まで暗室に入れて同調させた。その後、全てのグループを8時から翌20時までの36時間暗室に入れ、グループCT12については20時に、グループCT16,CT20,CT0,CT4,CT8については、それぞれ24時、翌4時、8時、12時、16時にそれぞれ採血した。なお、ストレスタイプについては、採血する1時間前から上述の保定器により拘束ストレスを与えた。
【0028】
そして、ストレスタイプとワイルドタイプとについて、6匹分の血液を混合し、NycoPrep 1.077 Animal(NYCOMED PHARMA 社)を用いて密度勾配法により白血球を分離し、Promega total SV RNA Isolation kit(Promega 社)を用いて、細胞からtotal RNAを抽出した。抽出したtotal RNAを1.8%アガロースゲルを用いて電気泳動した結果を図9に示す。図9に示すように、問題なくtotal RNAが抽出できていることが確認された。なお、図9において、28S、18Sは、リボソームRNA由来のバンドを示すものである。
【0029】
続いて、抽出したtotal RNAを用いて、上述と同様のプロトコルで逆転写PCRを行った。per1遺伝子及びper2遺伝子についての逆転写PCRの結果をそれぞれ図10、図11に示す。ここで、図10、図11における縦軸は、β−actin及びG3PDHの発現レベルに対するper1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの比を示したものである。なお、図10、図11には、同じ血液サンプルを用いて測定した血漿中コルチコステロン量のデータについても併せて示している。図11から分かるように、per2遺伝子の発現レベルは、ストレス負荷により特にグループCT0において有意に低下しており、ストレス評価のマーカーとして使用可能であることが示された。また、図10から分かるように、per1遺伝子の発現レベルも、ストレス負荷により特にグループCT0、CT8で変化しており、ストレス評価のマーカーとして使用可能であることが示された。
【0030】
ここで、図10、図11から分かるように、時計関連遺伝子の発現レベルには有意な日内差があるため、1日を通して測定するか又は最もストレスの影響を受ける時間帯に測定することが好ましい。例えば、発現レベルを測定する遺伝子がper2遺伝子である場合には、8時から12時位に採血し、血液細胞中の時計関連遺伝子の発現レベルを測定することが好ましい。
【0031】
評価については、時計関連遺伝子の発現レベルが高い方が、ストレスの程度が高いと評価することができる。この際、時計関連遺伝子の発現レベル測定の測定値をそのままストレスの程度とすることもできるが、個体差等もあることから、各個体の通常時と比較することによって、より正確にストレスを評価することが可能である。例えば、所定期間に亘って時計関連遺伝子の発現レベルを測定してその平均値を正常値(通常の状態の発現レベル)とし、この正常値との比較によってストレスを評価するようにしてもよい。この場合、正常値との差や比等を算出し、算出値に基づいてストレスを評価することができる。また、所定の集団をサンプリングし、その時計関連遺伝子の発現レベルの平均値を正常値として、上記と同様に正常値との比較によってストレスを評価してもよい。
【0032】
ストレスの評価結果は、発現レベルを測定した測定値や正常値と比較し算出された算出値そのものとすることもできるが、例えばストレスレベル0〜5等、測定値や算出値を2段階以上の複数段階に分けて表すようにしてもよい。
【0033】
なお、このようなストレスの程度は、ストレスが原因となり得る病気における病気の診断や原因の診断、未病状態の診断、学校や職場、家庭等の環境の診断、ペット等の動物の飼育環境の診断その他の指標として利用することが可能である。その他、余命占いやストレスチェック等の遊技機において利用することも可能である。
【0034】
以上、具体的な実験結果を参照しながら本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明は上述した実施の形態のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能であることは勿論である。
【0035】
例えば、上述の実施の形態では、時計関連遺伝子の一例としてper1遺伝子及びper2遺伝子を用いたが、この例に限定されるものではなく、per3、Bmal1b、Npas2、Rev−erb−alpha、Rev−erb−beta等の他の時計関連遺伝子を用いても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、生体の細胞中における時計関連遺伝子の発現レベルを測定するという簡便な方法によるストレスの程度の評価が望まれる用途に適用することができる。また、本発明を含めてストレスの程度を多角的に測定することにより、高い信頼性での評価が不可欠な用途に適用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体のストレスの程度を簡便に評価するためのストレス評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ストレスが、生活習慣病やアレルギー疾患等の原因の1つとして注目を浴びている。ここで、ストレスとは、生体が外部からの様々な有害刺激(ストレッサー)に対して示す非特異的な状態を示すものである。
【0003】
生体にストレス負荷が与えられた場合、先ず最初に交感神経系の緊張が惹起され、さらに下垂体、副腎皮質系の活性化が生じる。この連続した反応は、ストレスに対する生体の適応現象であると考えられ、ストレスに対して生体は、その恒常性を維持するために、神経系−内分泌系を作動させる。しかしながら、その反応が過剰になった場合、生体は逆に生理的にアンバランスな状態となり、その結果、自律神経異常、内分泌異常、免疫異常、胃潰瘍・急性胃粘膜病変、精神疾患等の負の現象となる生理動態を示すようになる。
【0004】
ここで、生体のストレスの状態を捉え、その程度を評価することができれば、評価結果を日常生活にフィードバックできるため有益であると考えられる。このような観点から、最近では、ストレスの程度を簡便に評価できるオリゴヌクレオチドアレイ(DNAアレイともいう)が提案・開発されるに至っている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−340917号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本神経精神薬理学雑誌, 20[3] (2000) p.107-111.
【非特許文献2】老年精神医学雑誌, 12[11] (2001) p.1344-1350.
【非特許文献3】PNAS., 100[11] (2003 May) p.6795-6800.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したオリゴヌクレオチドアレイは、例えばストレス耐性や生存に関与する遺伝子やホルモン遺伝子、炎症・免疫応答・増殖に関与する遺伝子、細胞死を誘導する遺伝子、抗炎症・創傷治癒・増殖抑制に関与する遺伝子、免疫応答に関与する転写因子やシグナル分子、サイトカインの誘導に関与する転写因子やシグナル分子、或いはストレス耐性に関与する転写因子やシグナル分子などの遺伝子がチップ上に配置されたものであり、ストレスに関連する遺伝子についての網羅的な解析が可能とされる。
【0008】
しかしながら、ストレスは、種々の要因が関連する複雑系の反応であり、多角的な評価が不可欠である。したがって、従来知られていなかったストレスに関連する遺伝子についての新たな知見が得られれば、ストレス評価の信頼性をより向上させることが可能になると考えられる。
【0009】
本発明は、このような観点から提案されたものであり、生体のストレスの程度を簡便に評価する新規なストレス評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本件発明者等は、上述した目的を達成するために、様々な観点から鋭意研究を重ねてきた。その結果、日周期リズムの分子機構に関与する、いわゆる時計関連遺伝子の発現レベルを測定することで、ストレスの程度を簡便に評価できることを見出した。
【0011】
本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。すなわち、本発明に係るストレス評価方法は、生体から採取された細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルを測定する測定工程と、上記細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルの正常値と、上記測定工程で測定した発現レベルとを比較し、上記測定工程で測定した発現レベルが上記正常値より増加した場合に、上記生体にストレス負荷が与えられていると評価する評価工程とを有する。
【0012】
ここで、用いる時計関連遺伝子としては、per1遺伝子が挙げられ、用いる細胞としては、血液中の細胞が挙げられる。
【0013】
このように、per1遺伝子を用いてストレスの程度を評価できることについては、これまで全く報告されたことがなく、本件発明者等によって初めて見出されたものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るストレス評価方法によれば、生体の細胞中における時計関連遺伝子として、per2遺伝子の発現レベルを測定するという簡便な方法により、ストレスの程度を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】マウスの同調方法とグループ毎の臓器採取時間を説明する図である。
【図2】マウス末梢臓器の細胞中におけるper1遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図3】マウス末梢臓器の細胞中におけるper1遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図4】マウス末梢臓器の細胞中におけるper2遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図5】マウス末梢臓器の細胞中におけるper2遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図6】ヒト白血球細胞中におけるper2遺伝子の逆転写PCR結果を示す図である。
【図7】拘束ストレスの有無によるマウス血漿中コルチコステロン量の変化を示す図である。
【図8】マウスの同調方法とグループ毎の採血時間を説明する図である。
【図9】グループ毎に抽出したtotal RNAのアガロースゲル電気泳動写真を示す図である。
【図10】拘束ストレスの有無によるマウス白血球細胞中のper1遺伝子の発現レベルの変化を示す図である。
【図11】拘束ストレスの有無によるマウス白血球細胞中のper2遺伝子の発現レベルの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を適用した実施の形態について、具体的な実験結果を参照しながら詳細に説明する。
【0017】
<マウス末梢臓器における時計関連遺伝子の発現解析>
従来、脳以外の末梢臓器において、時計関連遺伝子の発現レベルが日周期リズムを示すことが報告されている(Cell, 109, p307-p320; Nature, 417, p78-p83; Nature, 418, p534-p539; Jpn.J.Phamacol., 90, p263-p269; Neuroscience Letters, 256, p117-p119; American Journal of pathology, 158, p1793-1801)。そこで、先ず、肺(lung)、心臓(heart)、肝臓(liver)、胃(stomach)、脾臓(spleen)、腎臓(kidney)、精巣(testis)の各末梢臓器について、per1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルを測定した。
【0018】
具体的には、図1に示すように、SLC社から購入した18匹のICRマウス(雄、5週齢)を3匹ずつ6グループに分け、全てのグループを2週間の期間、6時から18時まで明室、18時から翌6時まで暗室に入れて同調させた。その後、全てのグループを2日間暗室に入れ、そのうちグループCT0については6時に犠牲死させて、上述の各臓器を採取した。同様にグループCT4,CT8,CT12,CT16,CT20については、それぞれ10時、14時、18時、22時、翌2時に犠牲死させ、各臓器を採取した。そして、Promega total SV RNA Isolation kit(Promega 社)を用いて、各臓器の細胞からtotal RNAを抽出し、マウスper1遺伝子のプライマー(センスプライマー:5'-CAGGCTAACCAGGAATATTACCAGC-3'、アンチセンスプライマー:5'-CACAGCCACAGAGAAGGTGTCCTGG-3')とマウスper2遺伝子のプライマー(センスプライマー:5'-GGCTTCACCATGCCTGTTGT-3'、アンチセンスプライマー:5'-GGAGTTATTTCGGAGGCAAGTGT-3')とを用いて逆転写PCRを行った。ここで、逆転写は、SuperScriptII(Invitrogen 社)を用いて行い、PCRは、Prism 7000(ABI 社)の機器により、SYBR Green PCR Master Mix(ABI 社)を用いて、50℃/2分、95℃/10分の後、95℃/15秒、60℃/1分を40サイクルのプロトコルで行った。
【0019】
per1遺伝子についての逆転写PCRの結果を図2,図3に示し、per2遺伝子についての逆転写PCRの結果をそれぞれ図4,図5に示す。ここで、図2及び図4において(a)〜(d)は、それぞれ肺、心臓、肝臓、胃の結果を示したものであり、図3及び図5において(a)〜(c)は、それぞれ脾臓、腎臓、精巣の結果を示したものである。また、縦軸は、G3PDHの発現レベルに対するper1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの比を示したものである。これらの図から分かるように、測定した全ての末梢臓器において、per1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの日周期リズムが確認された。
【0020】
<ヒト血液における時計関連遺伝子の発現解析>
次に、ヒト血液を利用してper2遺伝子の発現レベルを測定した。具体的には、ZR Whole-Blood Total RNA Kit(Zymo Reserch 社)を用いて、ヒト白血球細胞からtotal RNAを抽出し、ヒトper2遺伝子のプライマー(センスプライマー:5'-GGCTCTCCTAGTTTTATTTCAAAACG-3'、アンチセンスプライマー:5'-GTGTGCATTCATCCGATGGA-3')を用いて上述と同様のプロトコルで逆転写PCRを行った。なお、本実験では、同一血液サンプルについて異なる日に計3回、per2遺伝子の発現レベルを測定した。
【0021】
per2遺伝子についての逆転写PCRの結果を図6に示す。ここで、図6における縦軸は、G3PDHの発現レベルに対するper2遺伝子の発現レベルの比を示したものである。図6から分かるように、ヒト血液においても時計関連遺伝子の発現解析が可能であることが確認された。
【0022】
<ストレス付加によるストレスホルモンの発現確認>
次に、本実施の形態の手法により十分なストレス負荷を与えることができるか否かを確認するために、ストレス負荷を与えたマウスと与えていないマウスとについて、ストレスホルモンの1つであるコルチコステロンの発現量を測定した。
【0023】
具体的には、上述と同様に同調させた3匹のICRマウス(グループCT2)を10時から11時までの1時間、尾静脈注射の際に用いるマウス固定アジャスター(SANPLATEC 社、商品コード 13302E)に入れて拘束ストレスを与え、採血した。また、コントロールの3匹のICRマウスについては、10時から11時までの1時間、ケージで待機させた後、同様に採血した。そして、採集した血液の血漿を分離し、Enzyme Immunoassay kit(Assay Designes,Inc、カタログ番号 900-097)を用いたELISAによりコルチコステロン量を測定した。なお、1次抗体としてはロバ抗ヒツジIgG抗体を使用し、2次抗体としてはヒツジポリクローナル抗体を使用した。コルチコステロンの測定結果を以下の表1及び図7に示す。
【0024】
【表1】
【0025】
この表1及び図7から分かるように、拘束ストレスを与えた場合には、血漿中のコルチコステロン量が平常時と比較して約16倍に上昇しており、この手法により十分なストレス負荷を与えることができることが確認された。
【0026】
<ストレス負荷の有無によるマウス血液における時計関連遺伝子の発現変化>
次に、拘束ストレスによって時計関連遺伝子の発現レベルに変化が生じるか否かを確認するために、マウス血液を利用してper1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの日周期リズムを測定した。
【0027】
具体的には、図8に示すように、SLC社から購入した72匹のICRマウス(雄、5週齢)を6匹ずつ12グループに分け、そのうち6グループについてはストレス負荷を与えるグループ(以下、ストレスタイプという。)とし、残りの6グループについてはストレス負荷を与えないグループ(以下、ワイルドタイプという。)とした。全てのグループを2週間の期間、8時から20時まで明室、20時から翌8時まで暗室に入れて同調させた。その後、全てのグループを8時から翌20時までの36時間暗室に入れ、グループCT12については20時に、グループCT16,CT20,CT0,CT4,CT8については、それぞれ24時、翌4時、8時、12時、16時にそれぞれ採血した。なお、ストレスタイプについては、採血する1時間前から上述の保定器により拘束ストレスを与えた。
【0028】
そして、ストレスタイプとワイルドタイプとについて、6匹分の血液を混合し、NycoPrep 1.077 Animal(NYCOMED PHARMA 社)を用いて密度勾配法により白血球を分離し、Promega total SV RNA Isolation kit(Promega 社)を用いて、細胞からtotal RNAを抽出した。抽出したtotal RNAを1.8%アガロースゲルを用いて電気泳動した結果を図9に示す。図9に示すように、問題なくtotal RNAが抽出できていることが確認された。なお、図9において、28S、18Sは、リボソームRNA由来のバンドを示すものである。
【0029】
続いて、抽出したtotal RNAを用いて、上述と同様のプロトコルで逆転写PCRを行った。per1遺伝子及びper2遺伝子についての逆転写PCRの結果をそれぞれ図10、図11に示す。ここで、図10、図11における縦軸は、β−actin及びG3PDHの発現レベルに対するper1遺伝子及びper2遺伝子の発現レベルの比を示したものである。なお、図10、図11には、同じ血液サンプルを用いて測定した血漿中コルチコステロン量のデータについても併せて示している。図11から分かるように、per2遺伝子の発現レベルは、ストレス負荷により特にグループCT0において有意に低下しており、ストレス評価のマーカーとして使用可能であることが示された。また、図10から分かるように、per1遺伝子の発現レベルも、ストレス負荷により特にグループCT0、CT8で変化しており、ストレス評価のマーカーとして使用可能であることが示された。
【0030】
ここで、図10、図11から分かるように、時計関連遺伝子の発現レベルには有意な日内差があるため、1日を通して測定するか又は最もストレスの影響を受ける時間帯に測定することが好ましい。例えば、発現レベルを測定する遺伝子がper2遺伝子である場合には、8時から12時位に採血し、血液細胞中の時計関連遺伝子の発現レベルを測定することが好ましい。
【0031】
評価については、時計関連遺伝子の発現レベルが高い方が、ストレスの程度が高いと評価することができる。この際、時計関連遺伝子の発現レベル測定の測定値をそのままストレスの程度とすることもできるが、個体差等もあることから、各個体の通常時と比較することによって、より正確にストレスを評価することが可能である。例えば、所定期間に亘って時計関連遺伝子の発現レベルを測定してその平均値を正常値(通常の状態の発現レベル)とし、この正常値との比較によってストレスを評価するようにしてもよい。この場合、正常値との差や比等を算出し、算出値に基づいてストレスを評価することができる。また、所定の集団をサンプリングし、その時計関連遺伝子の発現レベルの平均値を正常値として、上記と同様に正常値との比較によってストレスを評価してもよい。
【0032】
ストレスの評価結果は、発現レベルを測定した測定値や正常値と比較し算出された算出値そのものとすることもできるが、例えばストレスレベル0〜5等、測定値や算出値を2段階以上の複数段階に分けて表すようにしてもよい。
【0033】
なお、このようなストレスの程度は、ストレスが原因となり得る病気における病気の診断や原因の診断、未病状態の診断、学校や職場、家庭等の環境の診断、ペット等の動物の飼育環境の診断その他の指標として利用することが可能である。その他、余命占いやストレスチェック等の遊技機において利用することも可能である。
【0034】
以上、具体的な実験結果を参照しながら本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明は上述した実施の形態のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能であることは勿論である。
【0035】
例えば、上述の実施の形態では、時計関連遺伝子の一例としてper1遺伝子及びper2遺伝子を用いたが、この例に限定されるものではなく、per3、Bmal1b、Npas2、Rev−erb−alpha、Rev−erb−beta等の他の時計関連遺伝子を用いても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、生体の細胞中における時計関連遺伝子の発現レベルを測定するという簡便な方法によるストレスの程度の評価が望まれる用途に適用することができる。また、本発明を含めてストレスの程度を多角的に測定することにより、高い信頼性での評価が不可欠な用途に適用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から採取された細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルを測定する測定工程と、
上記細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルの正常値と、上記測定工程で測定した発現レベルとを比較し、上記測定工程で測定した発現レベルが上記正常値より増加した場合に、上記生体にストレス負荷が与えられていると評価する評価工程とを有するストレス評価方法。
【請求項2】
上記ストレスは、上記細胞内でのコルチコステロンの上昇を伴う請求項1のストレス評価方法。
【請求項3】
上記正常値は、所定期間に亘って測定した上記Per1遺伝子の発現レベルの平均値である請求項1のストレス評価方法。
【請求項4】
上記細胞は、上記生体の血液中に存在する細胞である請求項1のストレス評価方法。
【請求項5】
上記細胞は、午後0時から午後4時の間に生体から採取される請求項1のストレス評価方法。
【請求項1】
生体から採取された細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルを測定する測定工程と、
上記細胞中におけるPer1遺伝子の発現レベルの正常値と、上記測定工程で測定した発現レベルとを比較し、上記測定工程で測定した発現レベルが上記正常値より増加した場合に、上記生体にストレス負荷が与えられていると評価する評価工程とを有するストレス評価方法。
【請求項2】
上記ストレスは、上記細胞内でのコルチコステロンの上昇を伴う請求項1のストレス評価方法。
【請求項3】
上記正常値は、所定期間に亘って測定した上記Per1遺伝子の発現レベルの平均値である請求項1のストレス評価方法。
【請求項4】
上記細胞は、上記生体の血液中に存在する細胞である請求項1のストレス評価方法。
【請求項5】
上記細胞は、午後0時から午後4時の間に生体から採取される請求項1のストレス評価方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−68807(P2010−68807A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−271893(P2009−271893)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【分割の表示】特願2003−387025(P2003−387025)の分割
【原出願日】平成15年11月17日(2003.11.17)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【分割の表示】特願2003−387025(P2003−387025)の分割
【原出願日】平成15年11月17日(2003.11.17)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
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