説明

スピン分極された白金を用いて反応を促進させる方法およびその利用

【課題】本発明は、スピン分極された白金を用いて、共有結合を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法およびその利用を提供する。
【解決手段】1原子で他の分子と相互作用が可能な白金原子や、複数の白金原子からなる白金クラスターを有する薄膜を含有する触媒を用いて、共有結合を有する分子の解離吸着反応の特定の段階の活性化障壁を低下させることにより、当該反応を促進させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン分極された白金を用いて反応を促進させる方法およびその利用に関するものであって、特に、スピン分極された白金を用いて、共有結合を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法およびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
白金は、水素化、脱水素、酸化など多くの反応に高い触媒活性を示すことがよく知られている。そのため、白金は、例えば、自動車の排気ガスを浄化するための触媒として用いられている。また、化学工業分野などでは、水素化反応の触媒として用いられている。さらに、近年、環境の観点から、燃料電池の開発が盛んであるが、この燃料電池にも白金触媒が用いられている。このように、白金は様々な分野で、触媒として用いられている。
【0003】
一方で、白金は高価な金属である。そのため、コスト面から、白金の触媒活性をより向上させ、白金の含有量をできるだけ低くすることが求められている。また、用途によっては、白金がもつ本来の触媒活性では十分でないこともある。そのような例としては、例えば、白金によるシクロヘキサンの脱水素化反応の触媒が挙げられる。
【0004】
シクロヘキサンは、燃料電池車の水素貯蔵原料の1つとして大きな注目を集めている化合物である。シクロヘキサンは、常温常圧下で液体である。そのため、水素担体として、安定した形で水素を供給することができる。さらに、シクロヘキサンは、水素貯蔵原料としてのその他の候補物質、例えば、圧縮水素、液体水素、水素貯蔵金属合金、炭素材料などと比較して、より高い水素所蔵能力を有している。その水素貯蔵密度は、アメリカ合衆国エネルギー省(DOE)が目標とする値と同等もしくは、それよりも高い。
【0005】
このシクロヘキサンから水素を取り出すには、シクロヘキサンを脱水素化する必要がある。シクロヘキサンの脱水素化反応の触媒には、金属触媒が用いられる。中でも、白金触媒は最も当該反応の触媒活性が高いとされている。しかし、上記白金触媒を用いても、シクロヘキサンを効率的に脱水素化するには、573K程度の高温にする必要がある。この温度は、燃料電池車において、燃料である水素を生成させるには、あまりにも高温である。そのため、より低い温度でシクロヘキサンの脱水素化を可能にする触媒が求められている。
【0006】
ところで、近年、触媒がもつ磁性が、その触媒活性に影響を与えることが明らかとなってきた。触媒がもつ磁性を利用して、触媒の触媒活性を制御する技術して、例えば、特許文献1、非特許文献1および非特許文献2を挙げることができる。
【0007】
具体的には、特許文献1には、窒素含有活性炭化物からなる触媒において、シェイクアップ過程に関与する炭素の存在比率や、キュリー常磁性を示す不対電子のスピン濃度が高くなるように制御することにより、酸素還元反応に対する触媒活性を向上させることが記載されている。
【0008】
また、非特許文献1および非特許文献2には、ニッケル触媒において、ニッケル原子をスピン分極させることにより、シクロヘキサンの脱水素化反応に対する触媒活性が向上することが記載されている。
【0009】
さらに、白金触媒による酸素還元反応に、磁場が影響を与えることが非特許文献3に開示されている。具体的には、白金触媒を磁石と密着させ磁場を形成させた場合と、磁場を形成させない場合とでは、磁場を形成させた場合のほうが、酸素還元反応がより速く進むことが記載されている。
【特許文献1】特開2004−330181号公報(平成16(2004)年11月25日公開)
【非特許文献1】Tsuda M et al. Cyclohexane dehydrogenation process design using Ni -Spin polarization Effects-, e-J. Surf. Sci. Nanotech. Vol. 2, 200-204 (2004)
【非特許文献2】Tsuda M et al., Cyclohexane dehydrogenation catalyst design based on spin polarization effects, J. Phys.: Condens. Matter 16, S5721-S5724 (2004)
【非特許文献3】Wakayama N I. et al, Magnetic promotion of oxygen reduction reaction with Pt catalyst in sulfuric solutions, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 40, pp. L269-L271 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、白金を含め、金属触媒の活性に関して、様々な研究がなされている。しかしながら、これらの研究成果をもってしても、白金触媒の触媒活性を用途に応じて所望に制御できるには至っていない。そこで、白金の触媒活性の制御を可能とするために、白金が如何なるメカニズムで触媒活性を発揮しているのかをより明らかにすることが求められている。近年、ナノテクノロジーの発達により、原子レベルで、物質の構造を制御する技術等が開発されている。したがって、白金が触媒活性を示すメカニズムを、原子レベルで明らかにすることは、新たな触媒開発に大きな進展をもたらすものである。
【0011】
本発明は、上記問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、スピン分極された白金を用いて、共有結合を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、白金原子や白金クラスターを有する白金原子薄膜は、共有結合を有する分子の解離吸着反応の特定の段階の活性化障壁を低下させることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、産業上有用な以下の発明を包含する。
【0013】
(1)触媒を用いて、共有結合により結合された第1の原子を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法であって、上記解離吸着反応は、上記分子が上記触媒に接近し、上記分子と上記触媒とが相互作用する第1段階と、上記共有結合が切断され、上記第1の原子が上記分子から解離し、上記分子から解離した上記第1の原子が上記触媒に吸着する第2段階とからなり、上記触媒として、上記分子と1原子で相互作用可能な白金原子を有する触媒を用い、上記触媒として白金表面を用いる場合と比較して、上記第1段階の活性化障壁を実質的に変化させることなく、上記第2段階の活性化障壁を低下させることを特徴とする方法。
【0014】
(2)上記第1段階において、上記第1の原子と、1原子の上記白金原子とを相互作用させ、上記第2段階において、上記分子から解離した上記第1の原子を、上記白金原子と結合させることを特徴とする(1)に記載の方法。
【0015】
(3)上記第1の原子は、水素原子であることを特徴とする(1)または(2)に記載の方法。
【0016】
(4)上記分子は、シクロヘキサンであることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【0017】
(5)触媒を用いて、共有結合により結合された第1の原子を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法であって、上記解離吸着反応は、上記分子が上記触媒に接近し、上記分子と上記触媒とが相互作用する第1段階と、上記共有結合が切断され、上記第1の原子が上記分子から解離し、上記分子から解離した上記第1の原子が上記触媒に吸着する第2段階とからなり、上記触媒として、複数の白金原子からなる白金クラスターを薄膜として有する触媒を用い、上記触媒として白金表面を用いる場合と比較して、上記第1段階の活性化障壁と、上記第2段階の活性化障壁とを共に低下させることを特徴とする方法。
【0018】
(6)上記第1段階において、上記第1の原子と、上記白金クラスターとを相互作用させ、上記第2段階において、上記分子から解離した上記第1の原子を、上記白金クラスターを形成する1つの白金原子と結合させることを特徴とする(5)に記載の方法。
【0019】
(7)上記触媒として、鉄表面上に白金の薄膜を形成してなる触媒を用いることを特徴とする(5)または(6)に記載の方法。
【0020】
(8)上記第1の原子は、酸素原子であることを特徴とする(5)〜(7)のいずれかに記載の方法。
【0021】
(9)上記分子は、酸素分子であることを特徴とする(8)に記載の方法。
【0022】
(10)共有結合により結合された第1の原子を有する分子の解離吸着反応を制御する、白金を含有する触媒のスクリーニング方法であって、上記第1の原子と相互作用する白金を、1原子で他の分子と相互作用可能な白金原子、白金クラスターとして他の分子と相互作用可能な白金クラスターを含有する薄膜、および白金表面に分類し、当該分類の結果から、上記白金原子、上記白金クラスター、および白金表面の分布および比率の少なくとも一方を算出し、その結果に基づき、当該触媒の触媒活性を評価することを特徴とするスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明にかかる方法は、以上のように、白金原子または白金薄膜を用いて、共有結合を有する分子の解離吸着反応における特定の段階の活性化障壁を低下させる。それゆえ、本発明にかかる方法によれば、用途に応じた所望の触媒活性を有する白金触媒を製造できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0025】
<1.本発明にかかる反応の制御方法>
本発明にかかる反応の制御方法は、共有結合により結合された原子を有する分子の解離吸着反応を、白金を特定の状態で含有する触媒を用いて促進させる方法である。本発明において、上記触媒は、(A)1原子で他の分子と相互作用することが可能な白金原子を有する触媒(以下、「触媒A」ともいう)、または(B)複数の白金原子からなる白金クラスターを薄膜として有する触媒(以下、「触媒B」ともいう)である。触媒Aに含まれる白金原子や、触媒Bに含まれる薄膜状の白金クラスターは、いずれも、スピンをもつ磁性体である。つまり、本発明における白金を含有する触媒は、スピンをもつ白金、すなわち、白金原子または白金クラスターを含む触媒である。なお、完全な表面を形成している白金、すなわち、白金表面は、スピンをもたない非磁性体である。したがって、本発明における触媒は、スピンをもつ白金原子または白金クラスターを含む触媒であって、白金表面のみからなる触媒とは異なることをここに明示しておく。
【0026】
上記触媒Aおよび触媒Bによって触媒される、共有結合により結合された原子(以下、「原子C」ともいう)を有する分子(以下、「分子D」ともいう)の解離吸着反応は、以下の第1段階と第2段階とに分けることができる。
【0027】
上記第1段階は、分子Dが触媒Aまたは触媒Bに接近し、その結果、原子Cが触媒Aまたは触媒Bと相互作用する段階である。より詳しく説明すると、原子Cと触媒Aとが相互作用する場合、原子Cは、触媒Aに含有され、他の分子と1原子で相互作用が可能な白金原子(以下、「白金原子E」ともいう)と相互作用する。その結果、原子Cは、白金原子Eと結合する。
【0028】
一方、原子Cと触媒Bとが相互作用する場合、原子Cは、触媒Bに含有され、複数の白金原子からなる薄膜状の白金クラスター(以下、「白金クラスターF」ともいう)と相互作用する。その結果、原子Cは、白金クラスターFを構成する白金原子(以下、「白金原子G」ともいう)1原子と結合する。なお、このとき、原子Cと白金原子Gとの結合には、白金クラスターFを構成する他の白金原子も関係する。
【0029】
このように、触媒として触媒Aを用いる場合は、原子Cは、1原子の白金原子Eと相互作用し、白金原子Eと結合する。一方、触媒として触媒Bを用いる場合には、原子Cは、薄膜状の白金クラスターFと相互作用し、白金原子Gと結合する。つまり、原子Cと白金原子Eとの結合と、原子Cと白金原子Gとの結合とでは、その結合距離および結合エネルギーは異なる。
【0030】
上記第2段階は、上記分子Dにおいて、上記原子Cを結合する共有結合が切断され、上記原子Cが上記分子Dから解離し、上記分子Dから解離した原子Cが上記触媒Aまたは触媒Bに吸着(結合)する段階である。
【0031】
第2段階では、触媒Aまたは触媒Bによって触媒される解離吸着反応に応じて、上記原子Cが脱離した分子Dは、上記触媒Aまたは触媒Bから遠ざかってもよいし、上記触媒Aまたは触媒Bに吸着してもよい。なお、上記原子Cが脱離した分子Dとは、詳細には、上記分子Dから上記原子Cが脱離したものであり、分子Dそのものではなく、換言すれば、分子Dの中間体と称することが可能なものである。また、上記原子Cが脱離した分子Dは、分子である場合と、原子である場合とがあるが、本発明では、いずれであってもよい。
【0032】
上記の通り、上記解離吸着反応は、共有結合で結合した原子Cを有する分子Dにおいて、上記原子Cが解離し、触媒Aまたは触媒B上に吸着する反応であればよい。上記原子Cが脱離した分子D(分子であっても原子であってよい)は、上記触媒Aまたは触媒Bに吸着されてもよいし、吸着されずに、触媒Aまたは触媒Bから遠ざかってもよい。上記原子Cが脱離した分子D(分子であっても原子であってもよい)が、上記触媒Aまたは触媒Bに吸着する反応としては、例えば、酸素分子の解離吸着反応を挙げることができる。酸素分子の解離吸着反応では、第1段階で、酸素分子が触媒Aまたは触媒Bに接近して、酸素分子を構成する1つの酸素原子が、触媒Aまたは触媒Bに結合する。そして、第2段階では、酸素分子の共有結合が切断され、2つの酸素原子に解離する。解離した各酸素原子は、それぞれ、触媒Aまたは触媒Bに吸着する。
【0033】
一方、上記原子Cが脱離した分子D(分子であっても原子であってもよい)が、上記触媒Aまたは触媒Bから遠ざかる反応としては、例えば、シクロヘキサンの脱水素化反応を挙げることができる。図2に示すように、白金表面を触媒として用いたシクロヘキサンの脱水素化反応の場合、上記第1段階において、シクロヘキサンが、白金表面に接近し、シクロヘキサンのアクシアル水素原子が白金表面と相互作用する。上記第2段階において、アクシアル水素原子−炭素原子の結合、すなわち、共有結合が切断され、アクシアル水素原子と、シクロヘキサン中間体(C11)とに解離する。そして、第2段階では、上記シクロヘキサン中間体は、白金表面に上記アクシアル水素原子を残して、白金表面から遠ざかっていく。このとき、白金表面には、上記アクシアル水素原子が吸着(結合)する。以上、本発明にかかる解離吸着反応について説明したが、本発明における解離吸着反応が、これに限定されるものでないことはいうまでもない。
【0034】
また、「共有結合により結合された原子を有する分子」は、分子内に、共有結合で結合された原子を有する分子であればよい。したがって、当該分子を構成する原子数や、共有結合により結合された原子数などは特に限定されるものではない。また、上記分子の構造や特性についても、特に限定されるものではない。例えば、シクロヘキサンや、酸素分子、水素分子などを挙げることができる。
【0035】
本発明にかかる反応の制御方法は、触媒Aまたは触媒Bを用いて、上記第1段階および第2段階の少なくとも一方の活性化障壁を所望に低下させる方法である。より具体的には、本発明にかかる反応の制御方法は、(a)上記触媒Aを用いて上記第2段階の活性化障壁を特異的に低下させる方法、(b)上記触媒Bを用いて上記第1段階および第2段階の両方の活性化障壁を低下させる方法である。
【0036】
ここでは、上記方法(a)および方法(b)について、詳細に説明する。
【0037】
(1−1)方法(a)
上記方法(a)では、触媒として、触媒Aを用いる。これにより、触媒として、白金表面を用いる場合と比較して、上記第1段階の活性化障壁を実質的に変化させることなく、上記第2段階の活性化障壁を特異的に低下させることができる。つまり、上記方法(a)では、上記分子Dが上記触媒Aに接近し、原子Cが白金原子Eと相互作用するのに要するエネルギーを実質的に変化させることはない。その一方で、共有結合が切断され、上記分子Dから原子Cが解離する過程に要するエネルギーを低下させる。
【0038】
上記触媒Aは、1原子で他の分子と相互作用することが可能な白金原子を有する触媒であればよい。このような触媒では、上記白金原子は、スピン分極されている。「1原子で他の分子と相互作用することが可能な白金原子」とは、触媒に含まれる他の原子の影響を受けることなく、1原子単独で、他の分子と相互作用することが可能な白金原子を意味する。つまり、触媒Aでは、それに含まれる白金原子の少なくとも1原子が、触媒に含まれる他の原子の影響を受けることなく、1原子単独で、他の分子と相互作用できるように配置されているものである。このような触媒Aは、白金を含有する触媒の白金原子の位置関係を、リソグラフィーなどによって制御することにより、得ることができる。なお、本発明では、触媒Aの製造方法については特に限定されるものではない。
【0039】
(1−2)方法(b)
上記方法(b)では、触媒として、触媒Bを用いる。これにより、触媒として、白金表面を用いる場合と比較して、上記第1段階の活性化障壁および上記第2段階の活性化障壁を共に、低下させることができる。つまり、上記方法(b)では、上記分子Dが上記触媒Aに接近し、原子Cが白金クラスターFと相互作用するのに要するエネルギーを低下させる。さらに、共有結合が切断され、上記分子Dから原子Cが解離する過程に要するエネルギーも低下させる。
【0040】
上記触媒Bは、複数の白金原子からなる白金クラスターを薄膜として有する触媒であればよい。上記薄膜は、複数の白金原子からなる白金クラスターからなる。このような触媒では、上記白金クラスターはスピン分極されている。本発明では、上記薄膜は、白金原子の1原子層からなることが好ましい。このような触媒Bは、例えば、白金以外の金属表面に、従来公知の方法で、白金薄膜を形成させることにより得ることができる。より具体的には、土台となる白金以外の金属層上に、白金を、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、またはイオンプレーティング法等の物理的蒸着法を用いて薄膜を成長させることによって、製造することができる。上記白金以外の金属は特に限定されるものではない。例えば、鉄を挙げることができる。なお、本発明では、触媒Bの製造方法については特に限定されるものではない。
【0041】
また、本発明において、上記触媒Aおよび触媒Bには、白金以外の成分が含まれていてもよい。例えば、チタン、バナジウム、ガリウム、ジルコニウム、ニオブ、セリウム、タンタル、インジウム、ルテニウム及びこれらの金属の酸化物からなる群より選択される成分が含まれていてもよい。これら成分は、1種を単独で含んでいてもよいし、複数種を組み合わせて含んでいてもよい。上記添加物を含有させることにより、触媒Aおよび触媒Bの触媒活性をより向上させることができる。
【0042】
上記成分の形態は特に限定されるものではないが、粉末状であることが好ましい。また、その平均粒子径は、1〜20nmであることが好ましく、1〜10nmであることがより好ましい。また、上記添加物の添加量は、特に限定されるものではない。一般的には、Pt100重量%に対して0〜50重量%であることが好ましく、0〜25重量%であることがより好ましい。
【0043】
<2.本発明の利用>
本発明にかかる反応の制御方法は、上述したように、特定の構造の白金原子を有する触媒、例えば、触媒Aまたは触媒Bを用いることにより、共有結合を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法である。したがって、本発明によれば、1原子で他の分子と相互作用可能な白金原子、白金クラスターとして他の分子と相互作用可能な白金クラスターを含有する薄膜、および白金表面が所望の割合で存在するように触媒を製造することにより、触媒活性が制御された白金を含有する触媒を製造することができる。したがって、本発明には、本発明にかかる反応の制御方法を用いて、触媒活性が制御された触媒および当該触媒の製造方法も含まれる。
【0044】
本発明にかかる触媒について、より具体的に説明すると、1原子で他の分子と相互作用可能な白金原子を含有させることにより、上記解離吸着反応における第2段階の活性化障壁を特異的に低下させた触媒を製造できる。また、白金クラスターとして他の分子と相互作用可能な白金クラスターを含有する薄膜を含有させることにより、上記解離吸着反応における第1段階および第2段階の活性化障壁を共に低下させた触媒を製造できる。さらに、1原子で他の分子と相互作用可能な白金原子と、白金クラスターとして他の分子と相互作用可能な白金クラスターを含有する薄膜とを組み合わせたり、上記に加えて、さらに白金表面と組み合わせたりすることにより、上記解離吸着反応における第1段階および第2段階の活性化障壁を所望に制御した触媒を製造することができる。このような構成によれば、共有結合により結合された原子を有する分子の解離吸着反応に対する触媒活性が所望に制御された触媒を実現することができる。
【0045】
また、本発明にかかる触媒には、白金以外の成分を含有させてもよい。例えば、チタン、バナジウム、ガリウム、ジルコニウム、ニオブ、セリウム、タンタル、インジウム、ルテニウム及びこれらの金属の酸化物からなる群より選択される成分が含まれていてもよい。これら成分は、1種を単独で含んでいてもよいし、複数種を組み合わせて含んでいてもよい。上記添加物を含有させることにより、本発明にかかる触媒の触媒活性をより向上させることができる。
【0046】
上記成分の形態は特に限定されるものではないが、粉末状であることが好ましい。また、その平均粒子径は、1〜20nmであることが好ましく、1〜10nmであることがより好ましい。また、上記添加物の添加量は、特に限定されるものではない。一般的には、Pt100重量%に対して0〜50重量%であることが好ましく、0〜25重量%であることがより好ましい。
【0047】
また、本発明を用いれば、共有結合を有する分子の解離吸着反応に対して所望の触媒活性を有する触媒をスクリーニングすることができる。具体的には、上述の原子Cを有する分子Dの解離吸着反応を制御可能な白金を含有する触媒をスクリーニングすることができる。したがって、本発明には、このような触媒をスクリーニングする方法も含まれる。
【0048】
本発明にかかるスクリーニング方法では、まず、候補触媒において上述した原子Cと相互作用する白金を、1原子で他の分子と相互作用可能な白金原子、白金クラスターとして他の分子と相互作用可能な白金クラスターを含有する薄膜、および白金表面に分類する。このような白金の原子の配置位置を検出する方法は特に限定されるものではない。例えば、走査型トンネル顕微鏡(STM)などを用いて検出することができる。
【0049】
次に、上記のようにして得た分類結果に基づき、当該触媒における上記白金原子、白金クラスター、白金表面の分布および比率の少なくとも一方を算出する。そして、その結果に基づいて、当該触媒の触媒活性を評価する。具体的には、算出した分布および比率と、上記白金原子を含む領域のポテンシャルエネルギー、上記白金クラスターを含む領域のポテンシャルエネルギー、および白金表面を含む領域のポテンシャルエネルギーとを用いて、候補触媒の触媒活性を評価する。触媒活性の評価方法は、特に限定されないが、後述の実施例に示すような密度汎関数理論(DFT)に基づいた第一原理計算によって、評価することができる。上記構成によれば、候補触媒の触媒活性の評価が可能となるため、所望の触媒活性を有する触媒をスクリーニングすることができる。
【0050】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲にしめした範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0051】
本発明について、実施例、並びに図1〜図7に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0052】
〔実施例1:触媒Aによるシクロヘキサン脱水素反応の触媒活性〕
計算は、密度汎関数理論(DFT)に基づいた第一原理計算で、B3PW91交換相関汎関数の範囲内で行った。シクロヘキサン(C12)のC−H結合1本を1原子の白金原子によって解離させる反応を検討した。図1に示すように、白金原子に、D3d対称で構造最適化したシクロヘキサンのアクシアル水素原子の1つを結合させ、C−H−Ptが一直線上となるクラスターモデルを構成した。全ての計算において、このC−H−Pt内の距離および角θ以外は全て一定値に固定した。白金は、バルクとしてはスピンをもたない。一方、原子としてはスピンをもち、triplet状態をとる。これらを考慮し、系のスピン状態は、singlet状態およびtriplet状態をそれぞれ考慮した。すなわち、本実施例において、singlet状態の白金(白金原子)は、スピンをもたない白金表面を模擬的に表すものである。一方、triplet状態の白金(白金原子)は、スピンをもつ実際の白金原子を示すものである。
【0053】
C−Pt距離および角θを緩和させ、C−H距離を関数とした、最小ポテンシャルエネルギー曲線(PEC)を描いた。エネルギー原点は、シクロヘキサンに白金原子を吸着させたときのsinglet状態およびtriplet状態におけるエネルギーをそれぞれ基準とした。そこから、C−H解離に必要なエネルギーを見積もった。その結果、図3に示すように、C−H距離が1.8Å付近までは、singlet状態およびtriplet状態のいずれの白金原子を用いた場合であっても、ポテンシャルエネルギーに大きな違いはなく、実質的に同じであった。一方、C−H距離が、1.8Åを越えると、徐々にsinglet状態の白金原子を用いる場合と、triplet状態の白金原子を用いる場合とで、ポテンシャルエネルギーに違いが見られ始めた。具体的には、triplet状態の白金原子を用いる場合のほうが、singlet状態の白金原子を用いる場合よりもポテンシャルエネルギーが小さかった。本実施例において、C−H距離が1.8Å付近よりも短いときは、上述した第1段階のポテンシャルエネルギーを表し、1.8Å付近よりも長いときは、上述した第2段階のポテンシャルエネルギーを表す。したがって、図3の結果は、triplet状態の白金原子を用いると、上記第2段階でのポテンシャルエネルギーが低下することを示している。つまり、白金原子がsinglet状態にあるときよりも、triplet状態にあるときのほうが、シクロヘキサンからアクシアル水素原子が解離しやすいことが分かった。換言すれば、スピンをもつ白金原子のほうが、スピンをもたない白金表面よりも、シクロヘキサンの脱水素化反応に関して、シクロヘキサンからアクシアル水素原子を解離させやすいことが分かった。
【0054】
〔実施例2:触媒Bによる酸素分子の解離反応の触媒活性〕
計算は、密度汎関数理論(DFT)に基づいた第一原理計算で、スピン分極を考慮した一般化密度勾配近似(GGA)の範囲内で行った。
【0055】
図4(a)および(b)に示すように、Fe(001)表面上の白金原子薄膜について、Fe(001)表面は5原子層スラブモデルで表し、スラブ内の最隣接Fe−Fe原子間距離は2.87Åとした。図5(a)および(b)に示すように、Ptはhollowサイトに置き、Pt−Fe(001)距離は、最適化した値の1.57Åを用いた。このとき、Ptの磁気モーメントは、図6に示すように、0.44μ/atomと,磁化されていることが分かった。
【0056】
Fe(001)表面上のPt原子薄膜における酸素分子の解離吸着反応(酸素分子が、2つの酸素原子に解離して、その酸素原子が表面に吸着する反応)を検討した。Pt原子薄膜における酸素分子の解離吸着反応では、まず、Pt原子薄膜に、酸素分子が接近し、Pt原子薄膜と、酸素分子とが相互作用する。続いて、酸素分子の共有結合が切断され、解離した酸素原子が、Pt原子薄膜に吸着する。
【0057】
図7(a)および(b)には、酸素分子の重心がFe(001)表面上の白金原子薄膜(図7(a))、または白金表面(Pt(001))(図7(b))のbridgeサイト上にあり、各酸素原子がbridgeサイトから互いに反対方向にあるhollowサイトへ解離して吸着する場合のシミュレーション結果を示した。全ての計算において、白金表面(Pt(001))、およびFe(001)表面上のPt原子薄膜の原子間距離は固定し、酸素分子軸は薄膜に平行に固定した。酸素分子の重心と表面との距離をz、酸素分子内の酸素原子間距離をrとし、zおよびrとの関数としてポテンシャルエネルギー曲面(PES)を描いた。エネルギー原点は、酸素分子が表面から無限遠にあるとき(すなわちz=∞、r=1.2Å)のエネルギーを基準とした。ポテンシャルエネルギー曲面(PES)から、酸素分子の解離吸着の活性化障壁を見積もったところ、スピン分極していない通常のPt(001)表面では〜1eVであった。一方、Fe(001)表面上のPt原子薄膜では、〜0.3eVと低下していた。
【0058】
つまり、白金表面(Pt(001))を用いるよりも、Fe(001)表面上の白金原子薄膜を用いるほうが、酸素分子の解離吸着反応が促進されることが分かった。換言すれば、スピンをもつ白金原子薄膜のほうが、スピンをもたない白金表面よりも、酸素分子の解離吸着反応を促進させることが分かった。
【0059】
また、本実施例では、酸素分子がFe(001)表面上の白金原子薄膜に接近し、相互作用する第1段階と、酸素分子の共有結合が切断され、解離した酸素原子が白金原子薄膜に吸着する第2段階との両方の活性化障壁が低下した。
【0060】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上のように、本発明では、スピンをもつ白金原子を特定の位置関係に配置させた触媒を用いて、共有結合を有する分子の解離吸着反応の特定の段階の活性化障壁を低下させる。したがって、本発明は、共有結合を有する分子の解離吸着反応に対する触媒活性を所望に制御した触媒、およびそのような触媒を備える電極や装置などに利用することができる。さらに、共有結合を有する分子における当該共有結合の切断反応を制御することが必要な技術分野、例えば、医療分野、農業分野、電気分野、化学分野など幅広い産業分野に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】図1は、シクロヘキサンの脱水素化反応プロセスにおいて、白金原子とシクロヘキサンとの位置関係を模式的に示す図である。
【図2】図2は、シクロヘキサンの脱水素化反応プロセスを模式的に示す図である。
【図3】図3は、C−H距離を関数とした最小ポテンシャルエネルギー曲線(PEC)を示す図である。
【図4】図4は、Fe(001)上の白金原子薄膜を模式的に示す図であり、図4(a)は、Fe(001)上の白金原子薄膜を上から見た上面図であり、図4(b)は、横から見た断面図である。
【図5】図5は、Fe(001)上の白金原子薄膜について、最適な構造をシミュレーションした結果を示す図である。
【図6】図6は、Fe(001)上の白金原子薄膜における各原子へのスピン分布を示す図である。
【図7】図7は、酸素分子の重心と触媒表面((a)Fe(001)上の白金原子薄膜、(b)スピンをもたないPt(001))との距離z、および酸素分子内の酸素原子間距離rとの関数としたポテンシャルエネルギー曲面(PES)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒を用いて、共有結合により結合された第1の原子を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法であって、
上記解離吸着反応は、上記分子が上記触媒に接近し、上記分子と上記触媒とが相互作用する第1段階と、
上記共有結合が切断され、上記第1の原子が上記分子から解離し、上記分子から解離した上記第1の原子が上記触媒に吸着する第2段階とからなり、
上記触媒として、上記分子と1原子で相互作用可能な白金原子を有する触媒を用い、
上記触媒として白金表面を用いる場合と比較して、上記第1段階の活性化障壁を実質的に変化させることなく、上記第2段階の活性化障壁を低下させることを特徴とする方法。
【請求項2】
上記第1段階において、上記第1の原子と、1原子の上記白金原子とを相互作用させ、
上記第2段階において、上記分子から解離した上記第1の原子を、上記白金原子と結合させることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記第1の原子は、水素原子であることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記分子は、シクロヘキサンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
触媒を用いて、共有結合により結合された第1の原子を有する分子の解離吸着反応を促進させる方法であって、
上記解離吸着反応は、上記分子が上記触媒に接近し、上記分子と上記触媒とが相互作用する第1段階と、
上記共有結合が切断され、上記第1の原子が上記分子から解離し、上記分子から解離した上記第1の原子が上記触媒に吸着する第2段階とからなり、
上記触媒として、複数の白金原子からなる白金クラスターを薄膜として有する触媒を用い、
上記触媒として白金表面を用いる場合と比較して、上記第1段階の活性化障壁と、上記第2段階の活性化障壁とを共に低下させることを特徴とする方法。
【請求項6】
上記第1段階において、上記第1の原子と、上記白金クラスターとを相互作用させ、
上記第2段階において、上記分子から解離した上記第1の原子を、上記白金クラスターを形成する1つの白金原子と結合させることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
上記触媒として、鉄表面上に白金の薄膜を形成してなる触媒を用いることを特徴とする請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
上記第1の原子は、酸素原子であることを特徴とする請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
上記分子は、酸素分子であることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
共有結合により結合された第1の原子を有する分子の解離吸着反応を制御する、白金を含有する触媒のスクリーニング方法であって、
上記第1の原子と相互作用する白金を、1原子で他の分子と相互作用可能な白金原子、白金クラスターとして他の分子と相互作用可能な白金クラスターを含有する薄膜、および白金表面に分類し、
当該分類の結果から、上記白金原子、上記白金クラスター、および白金表面の分布および比率の少なくとも一方を算出し、その結果に基づき、当該触媒の触媒活性を評価することを特徴とするスクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−7422(P2008−7422A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−176888(P2006−176888)
【出願日】平成18年6月27日(2006.6.27)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】