説明

スペーサ固定用糸及びスペーサ固定用糸付きスペーサ

【課題】 スペーサを骨に固定する操作を容易かつ確実に行うことができ、かつ生体に悪影響を及ぼさないスペーサ固定用糸、及びそのスペーサ固定用糸を備えた、骨同士の間隙を確保する操作を容易に行うことのできるスペーサ固定用糸付きスペーサを提供する。
【解決手段】 骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられるスペーサ固定用糸であって、前記糸の少なくとも一方の端部に、補強部材を溶着してなる硬化部を有することを特徴とするスペーサ固定用糸、及びスペーサ骨同士の間隙に挿入される、貫通孔を有するスペーサであって、前記スペーサ固定用糸を前記貫通孔に挿通してなることを特徴とするスペーサ固定用糸付きスペーサ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スペーサを骨に固定する際に用いられるスペーサ固定用糸及びこのスペーサ固定用糸を備えたスペーサに関する。
【背景技術】
【0002】
頚椎脊椎症性脊髄症、後縦靭帯骨化症、黄色靭帯骨化症、椎間板ヘルニア等の治療として、正中縦割式頚椎拡大椎弓形成術が行なわれている。
【0003】
正中縦割式拡大椎弓形成術では、椎弓や棘突起の正中部(中央部)を切断し、正中部を境にして、両側の椎弓をヒンジのようにして開くことにより、脊柱管を拡大する。この際、椎弓や棘突起を切断して開いた間隙には、スペーサが挿入される。
【0004】
スペーサは、例えば、平面視でほぼ台形状のものを、幅の狭い部分が脊柱管(椎孔)側となるように、前記間隙に挿入して使用される。
【0005】
スペーサが椎弓又は棘突起から離脱するのを防止するために、椎弓又は棘突起に形成された貫通孔、及びスペーサに形成された貫通孔に縫合糸を挿通し、スペーサを締め付けるように縛って固定する(例えば、特開2007-082826号(特許文献1)参照)。このスペーサの固定は通常複数の縫合糸を用いて行なわれるが、これらの縫合糸を貫通孔に挿通する操作は極めて煩雑であり、改良が望まれている。
【0006】
「整形外科手術クルズス(改訂第2版)」、株式会社南江堂、2006年6月1日、第139頁(非特許文献1)には、頚椎椎弓形成術においてスペーサを固定するための糸を予めスペーサに設けられた貫通孔に通す際、糸の両端を医療用アロンアルファ(登録商標)又は骨ろうで固めて用いることが記載されている。しかしながら、医療用アロンアルファ(登録商標)又は骨ろうは比較的生体には悪影響が少ないものの、できるだけリスクを低減するという観点からは改良が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007-082826号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「整形外科手術クルズス(改訂第2版)」、株式会社南江堂、2006年6月1日、第139頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、スペーサを骨に固定する操作を容易かつ確実に行うことができ、かつ生体に悪影響を及ぼさないスペーサ固定用糸、及びそのスペーサ固定用糸を備えた、骨同士の間隙を確保する操作を容易に行うことのできるスペーサ固定用糸付きスペーサを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、縫合糸の少なくとも一方の端部に、溶着により硬化された硬化部を形成することにより、骨及びスペーサに設けた貫通孔に容易に挿通することができ、かつ生体に悪影響を及ぼさない縫合糸が得られ、その結果、スペーサを固定し骨同士の間隙を確保する操作を容易に行うことができることを見出し、本発明に想到した。
【0011】
すなわち、本発明のスペーサ固定用糸は、骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられ、前記糸の少なくとも一方の端部に、補強部材を溶着してなる硬化部を有することを特徴とする。
【0012】
前記補強部材は、前記糸とは別の他の糸であるのが好ましい。
【0013】
本発明のもう一つのスペーサ固定用糸は、骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられ、前記糸の少なくとも一方の端部に、前記糸を折り返すことにより糸同士が重なる部分を溶着してなる硬化部を有することを特徴とする。
【0014】
本発明のさらにもう一つのスペーサ固定用糸は、骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられ、前記糸がマルチフィラメント糸であり、前記糸の少なくとも一方の端部に、前記マルチフィラメント糸を構成するモノフィラメント糸同士を溶着してなる硬化部を有することを特徴とする。
【0015】
前記溶着は、糸を構成する材料の軟化温度以上で行なわれるのが好ましい。
【0016】
本発明のスペーサ固定用糸付きスペーサは、骨同士の間隙に挿入され、貫通孔を有するスペーサであって、前記スペーサ固定用糸を前記貫通孔へ挿通してなることを特徴とする。
【0017】
前記スペーサ固定用糸付きスペーサは、スペーサ固定用糸を2本以上有するのが好ましい。前記2本以上の糸は互いにその端部が接合されていてもよく、前記2本以上の糸は互いにその端部が独立していてもよい。
【0018】
前記スペーサが、椎弓、又は椎弓及び棘突起を切断して開いた間隙に挿入するためのものであるのが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明のスペーサ固定用糸は、少なくとも一方の端部に、溶着により硬化された硬化部を有するので、スペーサ及び自骨に形成された貫通孔へ容易に挿通することができ、かつ接着剤成分を含まないので生体に対するリスクがない。
【0020】
本発明のスペーサ固定用糸付きスペーサは、予めスペーサに糸が通っているので術者の負担が軽減できるとともに、糸の少なくとも一方の端部に、溶着により硬化された硬化部を有するので、糸を自骨に形成された貫通孔へ容易に挿通することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のスペーサ固定用糸の例を示す模式図である。
【図2】正中縦割式拡大椎弓形成術を説明するための模式図である。
【図3】正中縦割式拡大椎弓形成術を説明するための他の模式図である。
【図4】正中縦割式拡大椎弓形成術を説明するためのさらに他の模式図である。
【図5】正中縦割式拡大椎弓形成術を説明するためのさらに他の模式図である。
【図6】スペーサを固定する方法を説明するための模式図である。
【図7】本発明のスペーサ固定用糸の他の例を示す模式図である。
【図8】本発明のスペーサ固定用糸付きスペーサの一例を示す斜視図である。
【図9】本発明のスペーサ固定用糸の端部を示す模式図である。
【図10】本発明のスペーサ固定用糸の硬化部を形成するための方法を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[1] 正中縦割式拡大椎弓形成術
本発明のスペーサ固定用糸、及びスペーサ固定用糸付きスペーサは、例えば正中縦割式拡大椎弓形成術において使用する。正中縦割式拡大椎弓形成術を図2〜図5を用いて説明する。なお、図2〜図5において、上側が背側、下側が腹側である。
【0023】
図2に示すように、椎骨100は、椎体110と、椎体110の後方(図2中の上側)に延び、脊柱管(椎孔)140を形成する椎弓120と、椎弓120の中央部から後方に突出する棘突起130とを有する。
【0024】
まず、図3に示すように、棘突起130を、正中線200に沿ってエアドリル等を用いて切断し、椎弓120を2分割して切断部130a、130bを形成する。また、椎弓120の根元部の外側に、エアドリル等を用いて溝121a、121bを形成する。この溝121a、121bは、外板のみ削り内板を削らない程度の深さとする。この溝121a、121bを形成した部位は、ヒンジ部(蝶番)122a、122bとなる。
【0025】
次に、図4に示すように、ヒンジ部122a、122bを軸に、切断部130a、130bを回動させることにより、棘突起130の切断した部分を広げ、間隙150をあける。ここで、必要に応じて、切断部130a、130bの間隙150に面した内側面を整形する。
【0026】
次に、切断部130a、130bに貫通孔131a、131bをあける。その後、図5に示すように、平面視でほぼ台形状のスペーサSを間隙150に挿入する。これにより、患者の棘突起130と、スペーサSとで、拡大された椎弓160が形成される。
【0027】
この操作を行う途中又は終了後、棘突起130の貫通孔131a、131b及びスペーサSの貫通孔S1に、本発明のスペーサ固定用糸1を2本挿通する。そして、後述するように、スペーサ固定用糸1の第1の糸10a及び補強部材として用いる別の糸11aを用いて、スペーサSを切断部130a、130bに固定する。
【0028】
スペーサSとしては、アルミナ、ジルコニア、リン酸カルシウム系化合物等のバイオセラミックスで構成されるものが好適に用いられる。また、気孔率は、70%以下(特に、30〜50%)のものが好適である。
【0029】
[2]スペーサ固定用糸
本発明のスペーサ固定用糸は、骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられるものであり、前記糸の少なくとも一方の端部に、硬化部を有することを特徴とする。前記硬化部は、補強部材を溶着することにより形成(第一の実施形態)しても良いし、前記糸を折り返し、その折り返し部分の糸同士を融着することにより形成(第二の実施形態)しても良いし、また前記糸にマルチフィラメント糸を用いて、そのマルチフィラメント糸を構成するモノフィラメント糸同士を融着して形成(第三の実施形態)しても良い。前記補強部材としては前記糸とは別の糸、チューブ状の部材(熱収縮性のチューブ、チューブ状のより糸等)、熱可塑性のシート等を用いることができる。
【0030】
(1)第一の実施形態
(a) 補強部材として別の糸を融着する場合
図1(a)に示すように、スペーサ固定用糸1は、直径Dを有する1本の糸10と、この糸10の少なくとも一方の端部に形成した、長さLの前記糸10とは別の糸11aを溶着してなる硬化部11とからなる。図1(a)に示すスペーサ固定用糸1は、その両端部に、それぞれ別の糸11aを溶着してなる硬化部11を有する例である。
【0031】
(i)硬化部
硬化部11は、例えば、図9(a)又は図9(b)に示すような形状に成形するのが好ましい。図9(a)に示す形状に成形した場合、硬化部11の径がほぼ均一なものとなることから、糸10と別の糸11aとの接合面方向xに対する硬化部11の曲げ強度と、これと直交する方向yに対する硬化部11の曲げ強度とを、ほぼ同等の大きさにすることができるのでより好ましい。
【0032】
スペーサ固定用糸1の端部に形成した硬化部11は、2つの糸10、11aが接合されて形成されているため、糸10の硬化部11が形成されていない部分よりも剛性(曲げ強度)が高くなっている。このため、スペーサ固定用糸1を、貫通孔131a、131b及びS1に挿通する操作を容易に行うことができる。
【0033】
さらに、図1(a)に示す例では、硬化部11がスペーサ固定用糸1の両端部に設けられているので、スペーサ固定用糸1を貫通孔131a、131b及びS1に挿通する際に、いずれの端部側からでも、挿通する操作を行うことができる。
【0034】
<曲げ強度>
硬化部11の長手方向における曲げ強度は、スペーサ固定用糸1を貫通孔131a、131b及びスペーサSの貫通孔S1に挿通することができる強度を有していれば良く、下記試験法による強度が0.5〜3.5 N程度であるのが好ましく、1〜2.5 N程度であるのがより好ましく、1〜2 N程度であるのが最も好ましい。硬化部11の曲げ強度を前記範囲に設定すれば、硬化部11は、十分に高い剛性を有するようになる。このため、前記挿通操作をより確実かつ容易に行うことができる。
【0035】
曲げ強度の測定は、硬化部11を所定長さに切断し、その一部(約10 mm)が突出するように強度測定機(島津製作所社製、「EZ-Test」)にセットし、この突出部を基台にほぼ垂直に5 mm/分で押し付けることにより行い、折れ曲がるまでの最大強度で評価する。
【0036】
なお、同じ方法で測定した各前記糸10の長手方向における曲げ強度、すなわち硬化部11が形成されていない部分の曲げ強度は、0.02〜0.1 N程度であるのが好ましく、0.025〜0.09 N程度であるのがより好ましい。このような曲げ強度を有する糸10は、比較的柔軟性が高いため、スペーサSを棘突起130の切断部(骨)130a、130bに固定する操作を行い易い。
【0037】
<長さ>
各硬化部11の長さLは、特に限定されないが、1〜3.5 cm程度であるのが好ましく、1.5〜2.5 cm程度であるのがより好ましい。硬化部11の長さを前記範囲とすることにより、硬化部11を確実に指等で把持することができる。また、前記範囲であれば、硬化部11の長さが長過ぎることがなく、貫通孔131a、131b及び貫通孔S1へのスペーサ固定用糸1の挿通操作を容易に行うことができる。
【0038】
(ii)糸
<材質>
糸10は、特に限定されないが、主として高分子材料からなるのが好ましい。また、糸が生体適合性を有する材料からなることが好ましい。
【0039】
高分子材料としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)等のポリオレフィン、環状ポリオレフィン、変性ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリカーボネート、ポリ-(4-メチルペンテン-1)、アイオノマー、アクリル系樹脂、ポリメチルメタクリレート、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS樹脂)、アクリロニトリル-スチレン共重合体(AS樹脂)、ブタジエン-スチレン共重合体、ポリオキシメチレン、ポリビニルアルコール(PVA)、エチレン-ビニルアルコール共重合体(EVOH)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリシクロヘキサンテレフタレート(PCT)等のポリエステル、ポリエーテル、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルイミド、ポリアセタール(POM)、ポリフェニレンオキシド、変性ポリフェニレンオキシド、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォン、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリレート、芳香族ポリエステル(液晶ポリマー)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、フッ素系樹脂等が挙げられ、これらを組み合わせて用いてもよい。
【0040】
これらの中でも、ポリエステルが好ましい。ポリエステルを用いることにより、糸10に比較的高い柔軟性を付与することができ、スペーサSを固定する操作がし易くなる。
【0041】
<形状>
糸10の表面には、スペーサ固定用糸1を指等で把持した際に、滑り難くするための表面処理が施されていてもよい。表面処理としては、シリコーン樹脂での被覆等が挙げられる。
【0042】
糸10を、モノフィラメント糸で構成してもよく、マルチフィラメント糸で構成してもよい。ここで、モノフィラメント糸とは、長く連続して形成された接続部を有さない一本の繊維のことを言い、マルチフィラメント糸とは、複数のモノフィラメントを撚り合わせて構成された一本の繊維のことを言う。
【0043】
モノフィラメント糸を用いた場合、糸10の腰が強くなり、スペーサSをより強固に締め付けること(固定すること)ができるという利点がある。一方、マルチフィラメント糸を用いた場合は、糸10の柔軟性が高まり、スペーサSをより容易かつ正確に締め付けることができるようになるという利点がある。
【0044】
<長さ>
糸10の長さは、特に限定されないが、30〜100 cm程度であるのが好ましく、50〜80 cm程度であるのがより好ましい。
【0045】
<太さ>
糸10の径Dは、特に限定されないが、0.05〜1.0 mm程度であるのが好ましく、0.2〜0.8 mmであるのがより好ましい。糸10と補強部材として用いる別の糸11bとは、ほぼ等しい径を有しているのが好ましい。
【0046】
(iii)別の糸
補強部材として用いる別の糸11aは、糸10と同じ種類の糸であっても良いし、別の種類の糸であっても良い。別の種類の糸である場合、太さの違い、マルチフィラメント糸とモノフィラメント糸との違い、材質の違い等、目的に応じて自由に選択し組み合わせることができる。図1(a)は、補強部材として用いる別の糸11aが1本の場合を示すが、別の糸11aは2本以上であっても良い。
【0047】
図7にその端部を拡大して示すように、補強部材として用いる別の糸11aと、糸10とを、それらの端面をずらすことにより、前記別の糸11aが硬化部11より突出し、その一端部に別の糸11aのみの長さL1の突出部12が存在するように融着して硬化部11を形成しても良い。
【0048】
このようにして硬化部11を形成したスペーサ固定用糸1は、硬化部11の径より細い突出部12 (補強部材として用いる別の糸11aからなる)が存在するので、スペーサ固定用糸1を、貫通孔131a、131b及びS1に挿通する操作がよりし易くなる。
【0049】
前記突出部12の長さL1は、特に限定されないが、0.5〜1 cm程度であるのが好ましい。前記突出部12の糸がマルチフィラメント糸である場合、前記突出部12が加熱により硬化されているのが好ましい。
【0050】
なお、図7は、別の糸11aが硬化部11より突出し、その一端部に別の糸11aのみの長さL1の突出部12が存在するように融着して形成した硬化部11を示すが、これとは逆に、糸10が硬化部11より突出し、その一端部に糸10のみの長さL1の突出部12が存在するように融着して硬化部11を形成してもよい。
【0051】
(iv)硬化部の形成方法
糸10と、補強部材として用いる別の糸11aとを融着する方法としては、熱融着、超音波融着及び高周波融着等が挙げられるが、熱融着が最も好ましい。熱融着は、高価な設備を必要とせず、容易かつ確実に糸10と別の糸11aとを接合し、硬化部11を形成することができる。熱融着による方法を用いた場合、縫合糸を構成する成分は実質的に糸の成分のみであるため、体内への異物混入の恐れを低減できる。
【0052】
融着温度は、使用する糸の軟化温度以上、融解温度程度の温度であるのが好ましい。軟化温度よりも低い温度で融着した場合、接着強度が不十分となる。融解温度よりもさらに高い温度で融着しても良いが、硬化部の形状を維持したまま軟化温度以下に冷却する必要があるので、十分な接着強度が得られる温度であれば融着温度は低い方がよい。特に、(軟化温度+5℃)〜(融解温度−5℃)であるのが好ましい。例えば、糸の材質がポリエステルの場合、処理温度は245℃〜255℃程度であるのが好ましい。融着時間は、所望の接合強度が得られる要にするために適時決めることができるが、0.1秒〜1秒程度であるのが好ましく、0.2秒〜0.5秒程度であるのがより好ましく、0.2秒〜0.4秒程度であるのが最も好ましい。
【0053】
糸10と別の糸11bとの熱融着は、フィルムシーラー等を用いて行うことができるが、例えば、図10(a)に示すような治具を用いて糸同士を熱融着することにより隣接する糸同士の融着面積を一定に調節し、一定の強度を有する硬化部を形成できる。融着面積は、前記治具の型の幅w及び深さdを調節することにより自由に設定することができる。
【0054】
図10(a)に示すような治具を用いて糸同士を融着する際には、治具によって2本の糸をはさんだ状態で、前記融着温度で一定時間保持した後、糸の軟化温度よりも十分に低い温度になるまで固定したまま放置してから取り出すのが好ましい。糸の軟化温度よりも高い温度の状態で取り出すと、剥離したり、そりなどの変形を起こしたりすることがある。
【0055】
隣接する糸同士の融着は、必ずしも糸の丸い形状を保持している必要はなく、例えば、図10(b)に示すような治具を用いて四角い形状に成形しても良く、図9(a)に示すように、硬化部11の断面をほぼ円形状に成形してもよい。また、補強部材として使用する別の糸を2本以上使用して硬化部を形成する場合、図10(a)又は図10(b)に示す治具の型の幅wを拡張し、又は深さdを深くし、3本以上の糸を一度に融着できるようにして硬化部を形成することができる。
【0056】
(b) 補強部材としてチューブを融着する場合
図1(b)に示すように、スペーサ固定用糸1は、直径Dを有する1本の糸10と、この糸10の少なくとも一方の端部に形成した、長さLのチューブ11bを被覆した状態で、前記糸10にチューブ11bを溶着してなる硬化部11とからなる。図1(b)に示すスペーサ固定用糸1は、その両端部に、それぞれチューブ11bを融着してなる硬化部11を有する例である。
【0057】
補強部材として用いるチューブとしては、熱収縮性のチューブが好ましい。熱収縮性のチューブを用いることにより、スペーサ固定用糸1の少なくとも一方の端部に、硬化部11を容易に形成することができる。また、チューブとして、チューブ状に編んだ糸を用いてもよいし、熱可塑性のシート等をチューブ状に巻いて使用しても良い。
【0058】
硬化部11の曲げ強度、長さL、糸10の材質、形状、長さ、作用及び効果等は、補強部材としてチューブを融着して硬化部11を形成する場合も、前記補強部材として別の糸を融着して硬化部11を形成する場合と同様である。
【0059】
(2)第二の実施形態
図1(c)に示すように、スペーサ固定用糸1は、直径Dを有する1本の糸10と、この糸10の少なくとも一方の端部に形成した、長さLで折り返した前記糸の糸同士が重なる部分を溶着してなる硬化部11とからなる。図1(c)に示すスペーサ固定用糸1は、その両端部に、前記硬化部11を有する例である。
【0060】
この硬化部11は、第一の実施形態における補強部材として別の糸を融着する場合と同様にして形成することができる。つまり、長さLで折り返した前記糸の糸同士が重なる部分を前述の方法で融着することにより形成する。
【0061】
硬化部11の曲げ強度、長さL、糸10の材質、形状、長さ、作用及び効果等は、折第二の実施形態においても、前記補強部材として別の糸を融着して硬化部11を形成する場合と同様である。
【0062】
(3)第三の実施形態
図1(d)に示すように、スペーサ固定用糸1は、直径Dを有する1本のマルチフィラメント糸10と、この糸10の少なくとも一方の端部に形成した、前記マルチフィラメント糸を構成するモノフィラメント糸同士を溶着してなる硬化部11とからなる。図1(d)に示すスペーサ固定用糸1は、その両端部に、前記硬化部11を有する例である。
【0063】
マルチフィラメント糸を構成するモノフィラメント糸同士を溶着するには、公知のフィルムシーラー等を用いて熱融着することによって行う。熱融着の条件は、第一の実施形態と同様である。
【0064】
硬化部11の長さL、糸10の材質、形状、長さ、作用及び効果等は、第三の実施形態においても、前記補強部材として別の糸を融着して硬化部11を形成する場合とほぼ同様である。硬化部11の曲げ強度は第一及び第二の実施形態よりも若干劣るが、マルチフィラメント糸を用いた第三の実施形態の固定用糸は容易に製造できる点で有利である。
【0065】
(4)スペーサ固定用糸の使用例
スペーサ固定用糸1を用いて、スペーサSを棘突起130の切断部130a、130bに固定する方法について図6を用いて説明する。なお、図6は、正中縦割式拡大椎弓形成術を説明する図4と図5との間の段階を示すものである。
【0066】
(i) スペーサ固定用糸1の一方の硬化部11を指等で把持し、スペーサSの貫通孔S1に挿通する(図示せず)。2本のスペーサ固定用糸1,1についてこの操作を行い、2本のスペーサ固定用糸1,1をスペーサSの貫通孔S1に挿通した状態で、それぞれのスペーサ固定用糸1,1の一方の硬化部11,11を切断部130aにあけた貫通孔131aに、他方の硬化部11,11を切断部130bにあけた貫通孔131bに挿通する(図6(a)参照)。
【0067】
硬化部11を分離した後スペーサを固定する際に、異なる糸10の端部同士を結んでしまわないようにするために、2本のスペーサ固定用糸1,1は、互いに異なる色に着色されているのが好ましい。
【0068】
このとき、硬化部11は、前述のような高い曲げ強度を有するので、確実に把持することができるとともに、貫通孔131a、131b及びS1に挿通する際に折れ曲がり難く、この操作を確実に行うことができる。
【0069】
(ii)2本のスペーサ固定用糸1,1の両端部を離間する方向に引っ張るとともに、スペーサSを間隙150に挿入する(図6(b)参照)。
【0070】
(iii)2本のスペーサ固定用糸1,1を、それぞれスペーサSを締め付けるようにして結ぶ。これにより、スペーサSを切断部130a、130bに固定することができる。
【0071】
(iv) 2本のスペーサ固定用糸1,1の不要な部分を切断して、正中縦割式拡大椎弓形成術を完了する(図6(c)参照)。
【0072】
なお、本実施形態では、硬化部11がスペーサ固定用糸1の両端部に設けられているが、貫通孔131a、131b及びS1に、スペーサ固定用糸1を挿通する操作のし易さの点だけを考慮した場合、硬化部11は、スペーサ固定用糸1のいずれか一方の端部にのみ設けるようにしてもよい。
【0073】
[3]スペーサ固定用糸付きスペーサ
図8に示すように、スペーサ固定用糸付きスペーサ1Sは、貫通孔を有するスペーサSに、前記第一〜第三実施形態で説明したようなスペーサ固定用糸1を前記貫通孔に挿通してなるものである。前記貫通孔に挿通するスペーサ固定用糸1は2本であるのが好ましい。
【0074】
スペーサ固定用糸1は目的によっては、3本以上の糸で構成されていてもよい。この場合、例えば、2本の糸でスペーサを骨に固定し、残りの糸は、椎弓から棘突起を切離した場合に、この切離した棘突起を元の位置に固定するために使用したり、棘突起から靭帯を切離した場合に、この切離した靭帯を棘突起に固定するために使用したりすることができる。
【0075】
スペーサ固定用糸1は、例えば、スペーサSの貫通孔S1に挿通された状態で術者に提供される。スペーサ固定用糸1は、生体適合性を有する材料等を用いて、スペーサSに固定されていても良い。
【0076】
スペーサ固定用糸付きスペーサを用いることで、術場で、スペーサSの貫通孔S1にスペーサ固定用糸1を挿通する操作を省略することができるので、手術時間の短縮を図ることができ、術者及び患者の負担を軽減できる。
【0077】
以上、本発明のスペーサ固定用糸及びスペーサ固定用糸付きスペーサを図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明は、これらの実施形態に限定されるものではなく、各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換することができ、又は任意の構成のものを付加することができる。
【0078】
前記実施形態で示したスペーサは、椎弓及び棘突起を切断することにより形成された骨同士の間隙に使用するスペーサ、すなわち、棘突起スペーサであったが、椎弓を切断することにより形成された骨同士の間隙に使用するスペーサ、すなわち、椎弓スペーサであってもよい。さらには、前記スペーサは、椎体間に用いられる椎間スペーサであってもよい。
【符号の説明】
【0079】
1・・・スペーサ固定用糸
10・・・糸
11・・・硬化部
11a・・・別の糸
11b・・・チューブ
12・・・突出部
1S・・・スペーサ固定用糸付きスペーサ
S・・・スペーサ
S1・・・貫通孔
100・・・椎骨
110・・・椎体
120・・・椎弓
121a、121b・・・溝
122a、122b・・・ヒンジ部
130・・・棘突起
130a、130b・・・切断部
131a、131b・・・貫通孔
140・・・脊柱管
150・・・間隙
160・・・拡大された椎弓
200・・・正中線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられるスペーサ固定用糸であって、前記糸の少なくとも一方の端部に、補強部材を溶着してなる硬化部を有することを特徴とするスペーサ固定用糸。
【請求項2】
請求項1に記載のスペーサ固定用糸において、前記補強部材が、前記糸とは別の他の糸であることを特徴とするスペーサ固定用糸。
【請求項3】
骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられるスペーサ固定用糸であって、前記糸の少なくとも一方の端部に、前記糸を折り返すことにより糸同士が重なる部分を溶着してなる硬化部を有することを特徴とするスペーサ固定用糸。
【請求項4】
骨同士の間隙にスペーサを挿入した状態で、前記スペーサを前記骨に固定するのに用いられるスペーサ固定用糸であって、前記糸がマルチフィラメント糸であり、前記糸の少なくとも一方の端部に、前記マルチフィラメント糸を構成するモノフィラメント糸同士を溶着してなる硬化部を有することを特徴とするスペーサ固定用糸。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のスペーサ固定用糸において、前記溶着は、糸を構成する材料の軟化温度以上で行なわれることを特徴とするスペーサ固定用糸。
【請求項6】
骨同士の間隙に挿入され、貫通孔を有するスペーサであって、前記請求項1〜5のいずれかに記載のスペーサ固定用糸を前記貫通孔へ挿通してなることを特徴とするスペーサ固定用糸付きスペーサ。
【請求項7】
請求項6に記載のスペーサ固定用糸付きスペーサにおいて、前記スペーサ固定用糸を2本以上有することを特徴とするスペーサ固定用糸付きスペーサ。
【請求項8】
請求項6〜7のいずれかに記載のスペーサ固定用糸付きスペーサにおいて、前記スペーサが、椎弓、又は椎弓及び棘突起を切断して開いた間隙に挿入するためのものであることを特徴とするスペーサ固定用糸付きスペーサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−217829(P2011−217829A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−87706(P2010−87706)
【出願日】平成22年4月6日(2010.4.6)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】