説明

スライディングモード制御装置の制御入力設定方法

【課題】スライディングモード制御装置において、切換入力の平滑関数パラメータを理論的に決定できるようにする。
【解決手段】平滑関数パラメータδを、定常偏差σと切換入力unlとを座標軸とする座標上で定常偏差限界σeに安全率を見込んだ値σth[σe−安全率]と入力変動最大値dmaxとによって定まる点Paと座標の原点[0,0]とを結ぶ直線Laよりも切換入力軸側の範囲で設定することで、定常偏差限界σeの時に切換入力unlが入力変動最大値dmaxよりも上回るようになり、入力変動に対するロバスト性を確保することができる。このように、平滑関数パラメータδを、σ−unl座標を用いて定常偏差限界σeと入力変動最大値dmaxとに基づいて設定することで、平滑関数パラメータδを理論的に設定することが可能となり、作業者によるチューニング結果やチューニング工数のばらつきを低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクチュエータなどの制御系に用いられるスライディングモード制御装置の制御入力設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アクチュエータなどの制御系において、制御対象の複数の状態量(例えば、制御対象の変位、変位速度、変位加速度等)を所望の目標状態量に追従する制御として、PID制御等のフィードバック制御が一般に行われている。しかしながら、PID等の従来制御では、外乱や制御対象の特性変化に対するロバスト性を十分に確保することが困難となる場合がある。
【0003】
そこで、近年では、アクチュエータ等の制御系の制御に、現在制御の一つであるスライディングモード制御が適用されている。スライディングモード制御は、制御対象の複数の状態量を変数とする切換関数によって表される切換超平面を予め設計しておき、制御対象の状態量を高ゲイン制御によって切換超変面に収束させる(切換関数の値を0に収束させる)とともに、等価制御入力によって状態量を超切換平面上に拘束する制御である(例えば特許文献1〜4参照)。このようなスライディングモード制御によれば、外乱や制御対象の特性変化などに対するロバスト性を十分に確保しながら、制御対象の状態量を切換超平面上に安定して拘束することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−134302号公報
【特許文献2】特開2005−293564号公報
【特許文献3】特開2009−299510号公報
【特許文献4】特開2010−229973号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
スライディングモード制御を用いて制御対象を制御する制御装置においては、制御対象の状態量が切換超平面近傍で高周波振動する現象、いわゆるチャタリングが生じる場合があり、こうしたスライディングモードのチャタリングを抑制するために平滑関数を用いることがある。この場合、ロバスト性を保ちつつ、チャタリングを抑制するには、切換入力ゲイン及び平滑関数のパラメータのチューニング(適合)が必要になるが、平滑関数パラメータを理論的に決定する手法が確立されていない。このため、平滑関数パラメータのチューニングは、作業者が経験に基づき試行錯誤的に行っているのが現状であり、そのチューニング結果やチューニング工数に、どうしても、ばらつきが生じてしまう。また、チューニング後のロバスト性の確認を実機評価にて行う必要がある。
【0006】
本発明はそのような実情を考慮してなされたもので、制御対象をスライディングモードサーボ制御にて制御するスライディングモード制御装置において、2つの制御入力(等価制御入力、切換入力)のうち、切換入力の平滑関数パラメータを理論的に決定することが可能な制御入力設定方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、制御対象の状態量を変数とする切換関数によって設定される切換超平面に前記状態量を収束するための制御入力(等価制御入力(線形入力)、切換入力(非線形入力))を算出して、制御対象をスライディングモードサーボ制御(状態量に誤差積分値z=∫(r−y)dtを含むサーボ制御)にて制御するスライディングモード制御装置に適用される制御入力設定方法を前提としており、このような制御入力設定方法において、スライディングモードのチャタリングを平滑関数を用いて抑制する場合に、その平滑関数パラメータを、定常偏差と切換入力とを座標軸とする座標上で定常偏差限界と入力変動最大値とによって定まる点と座標の原点とを結ぶ直線よりも切換入力軸側の範囲で設定することを技術的特徴としている。
【0008】
本発明によれば、状態量に誤差積分値z=∫(r−y)dtを含むスライディングモードサーボ制御系において、切換入力の平滑関数パラメータδ(後述する(10)式参照)を、定常偏差と切換入力とを座標軸とする座標上(図4参照)で定常偏差限界と入力変動最大値とによって定まる点と座標の原点とを結ぶ直線よりも切換入力軸側の範囲で設定するので、定常偏差限界の時に切換入力(到達入力)が入力変動最大値よりも上回るようになり、入力変動に対するロバスト性を確保することができる。そして、上記座標上の上記直線よりも切換入力軸側の範囲で、かつ、スライディングモードのチャタリングが発生しない範囲で、平滑関数パラメータをなるべく小さい値に設定することで、ロバスト性を確保しながら、チャタリングを抑制することができる。
【0009】
なお、上記定常偏差限界は、制御仕様等から与えられた制御目標性能(定常偏差、定常偏差許容時間)から求めることができる。また、入力変動最大値については、入力外乱から設定(想定)することができる。
【0010】
以上のように、本発明では、切換入力の平滑関数パラメータを、定常偏差と切換入力とを座標軸とする座標を用いて定常偏差限界と入力変動最大値とに基づいて設定するので、チャタリングを抑制する平滑関数パラメータを理論的に設定することができる。これにより、作業者によるチューニング結果及びチューニング工数のばらつきを少なくすることができる。また、チューニング工数の低減化を図ることが可能になる。
【0011】
本発明において、例えば図4に示すように、定常偏差σと切換入力unlとを座標軸とする座標上で、定常偏差限界σeに安全率を見込んだ値σth[σe−安全率]と入力変動最大値dmaxとによって定まる点Paと座標の原点[0,0]とを結ぶ直線Laよりも切換入力軸(縦軸)側の範囲で平滑関数パラメータδを設定するようにしてもよく、このようにすれば、ロバスト性をより確実に確保することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、スライディングモードサーボ制御の切換入力の平滑関数パラメータを、定常偏差と切換入力とを座標軸とする座標を用いて定常偏差限界と入力変動最大値とに基づいて設定しているので、チャタリングを抑制する平滑関数パラメータを理論的に設定することが可能となり、作業者によるチューニング結果やチューニング工数のばらつきを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明を適用する自動化マニュアルトランスミッションが搭載された車両の概略構成図である。
【図2】セレクトアクチュエータ、シフトアクチュエータ及びクラッチアクチュエータの油圧を制御する油圧制御回路の構成、及び、ECU等の制御系の構成を示すブロック図である。
【図3】サーボ型スライディングモード制御系の制御ブロック図である。
【図4】平滑関数パラメータをチューニングする際の処理を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
この例では、シフト変速(ギヤ段切り替え)が自動化された自動化マニュアルトランスミッションを対象としており、その自動化マニュアルトランスミッションのアクチュエータ(自動クラッチのアクチュエータも含む)を制御するスライディングモード制御に、本発明を適用した例について説明する。
【0016】
まず、自動化マニュアルトランスミッションが搭載された車両について、図1を参照して説明する。この例の車両には、エンジン1、自動クラッチ2、上記自動化マニュアルトランスミッション3、油圧制御回路400、及び、ECU(Electronic Control Unit)100などが搭載されている。
【0017】
エンジン1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関であって、その出力軸であるクランクシャフト11は自動クラッチ2に連結されている。
【0018】
自動クラッチ2は、乾式単板の摩擦クラッチ20及びクラッチ操作装置200を備えている。摩擦クラッチ20は、エンジン1のクランクシャフト11に連結されるフライホイール、クラッチディスク、プレッシャプレート、ダイヤフラムスプリング、及び、クラッチカバーなどを備えている(例えば、特開2010−203586公報参照)。
【0019】
クラッチ操作装置200は、レリーズベアリング、レリーズフォーク、及び、油圧式のクラッチアクチュエータ201などを備えており、そのクラッチアクチュエータ201の駆動力(前進・後進運動)をレリーズフォーク及びレリーズベアリングを介してダイヤフラムスプリングに与えることにより、上記摩擦クラッチ20のプレッシャプレートを変位させることによって、当該プレッシャプレートとフライホイールとの間にクラッチディスクを強く挟む状態(クラッチ係合状態)、または、プレッシャプレートをクラッチディスクから引き離す状態(クラッチ切断状態)に設定することができる(例えば、特開2010−203586公報参照)。なお、クラッチアクチュエータ201の駆動(作動油流量制御)は油圧制御回路400及びECU100によって制御される。
【0020】
自動化マニュアルトランスミッション3は、例えば前進6段・後進1段の平行歯車式変速機などの一般的な手動変速機と同様の構成を有している。
【0021】
自動化マニュアルトランスミッション3(以下、「トランスミッション3」ともいう)は、シンクロメッシュ機構300を備えた常時噛み合い式の有段変速機であって、入力軸31及び出力軸32と、これら入力軸31及び出力軸32に設けられた減速比の異なる6組のギヤ対311,312・・316とを備えており、それらギヤ対311,312・・316のうちの1つが選択されて動力伝達状態となることにより、前進6段の変速比が設定される。なお、図1には、3組のギヤ対311(ギヤ311aと311b)、ギヤ対312(ギヤ312aと312b)及びギヤ対316(316aと316b)のみを模式的に示している。
【0022】
ギヤ対311,312・・316を構成する一方(入力軸側)のギヤ311a,312a・・316aは、トランスミッション3の入力軸31に一体的に回転または空転するように支持されており、他方(出力軸側)のギヤ311b,312b・・316bは、トランスミッション3の出力軸32に一体的に回転または空転するように支持されている。この例では、入力軸側のギヤ311a,312a・・316aが入力軸31と一体的に回転するように支持されており、出力軸側のギヤ311b,312b・・316bが出力軸32に対して空転するように支持されている。
【0023】
そして、これらのギヤ対311,312・・316のギヤ311a,312a・・316aとギヤ311b,312b・・316bとが、それぞれ、常に噛み合うように配置されており、ギヤ対311,312・・316のうちの1つのギヤ対、例えばギヤ対311の出力軸側のギヤ311bを、シンクロメッシュ機構300によって出力軸32の連結することによりギヤ対311が動力伝達状態となり、そのギヤ対に対応するギヤ段(例えば第1速(1st))を得ることができる。
【0024】
また、ギヤ対316の入力軸側のギヤ316bをシンクロメッシュ機構300によって出力軸32に連結することによりギヤ対316が動力伝達状態となり、そのギヤ対に対応するギヤ段(例えば第6速(6th))を得ることができる。なお、図示はしないが、例えば、トランスミッション3の入力軸31には後進ギヤ対が設けられており、その後進ギヤ対がカウンタシャフトに設けられたアイドルギヤが噛み合うことによって後進ギヤ段を設定できるようになっている。
【0025】
トランスミッション3の入力軸31は上記摩擦クラッチ20(クラッチディスク)に連結されている。また、トランスミッション3の出力軸32の回転は、ディファレンシャルギヤ5及び車軸6などを介して駆動輪7に伝達される。
【0026】
シンクロメッシュ機構300は、セレクトアクチュエータ301及びシフトアクチュエータ302を駆動源としている。それらセレクトアクチュエータ301及びシフトアクチュエータ302の各駆動(作動油流量制御)は油圧制御回路400及びECU100によって制御される。
【0027】
油圧制御回路400は、図2に示すように、セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402、クラッチソレノイドバルブ403、及び、オイルポンプ404などを備えている。セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402及びクラッチソレノイドバルブ403はいずれもリニアソレノイドバルブである。また、オイルポンプ404としては、エンジン1の作動によって駆動される機械式オイルポンプや電動オイルポンプが用いられる。
【0028】
セレクトソレノイドバルブ401は、ECU100からの指令信号(駆動電流)に応じて、上記自動化マニュアルトランスミッション3のセレクトアクチュエータ301に供給する作動油の流量(油圧:セレクトアクチュエータ301のストローク)を調整するように構成されている。このセレクトアクチュエータ301のピストンロッドがセレクト方向に前進または後退することにより、上記自動化マニュアルトランスミッション3のシンクロメッシュ機構300のセレクト操作が行われる(例えば、特開2010−203586公報参照)。セレクトアクチュエータ301のピストンロッドの移動量(セレクトストローク)はセレクトストロークセンサ501によって検出される。
【0029】
シフトソレノイドバルブ402は、ECU100からの指令信号(駆動電流)に応じて上記自動化マニュアルトランスミッション3のシフトアクチュエータ302に供給する作動油の流量(油圧:シフトアクチュエータ302のストローク)を調整するように構成されている。このシフトアクチュエータ302のピストンロッドがシフト方向に前進または後退することにより、上記自動化マニュアルトランスミッション3のシンクロメッシュ機構300のシフト操作が行われる(例えば、特開2010−203586公報参照)。シフトアクチュエータ302のピストンロッドの移動量(シフトストローク)はシフトストロークセンサ502によって検出される。
【0030】
クラッチソレノイドバルブ403は、ECU100からの指令信号(駆動電流)に応じて、上記自動クラッチ2のクラッチアクチュエータ201に供給する作動油の流量(油圧:クラッチアクチュエータ201のストローク)を調整するように構成されている。このクラッチアクチュエータ201のピストンロッドが前進または後退することにより自動クラッチ2(摩擦クラッチ2)の切断または係合操作が行われる。クラッチアクチュエータ201のピストンロッドの移動量(クラッチストローク)はクラッチストロークセンサ503によって検出される。
【0031】
なお、セレクトソレノイドバルブ401、シフトソレノイドバルブ402、及び、クラッチソレノイドバルブ403の各駆動制御時には駆動電流が連続的に供給される。また、例えばPWM等の高速な電流ON−OFF制御(デューティ制御)であっても出力は実質的に連続となるので、このような場合の通電制御も含まれる。
【0032】
−ECU−
ECU100は、上記クラッチ操作装置200及び変速操作装置300の制御などを実行する。また、この例のECU100は、下記のスライディングモード制御系を構成するスライディングモードコントローラ(SMC)101、オブザーバ102及びリミッタ103などを備えている(図2参照)。
【0033】
−サーボ型スライディングモード制御系−
次に、上記スライディングモードコントローラ(SMC)101を含むサーボ型スライディングモード制御系について、図3の制御ブロック図を参照して説明する。なお、自動化マニュアルトランスミッション3のセレクトアクチュエータ301の制御とシフトアクチュエータ302の制御とは基本的に同じであるので、この例ではセレクトアクチュエータ301を代表として説明する。
【0034】
図3に示すスライディングモード制御系は、上記スライディングモードコントローラ101、オブザーバ102、及び、リミッタ103などによって構成されており、制御対象Tの状態量(例えば、セレクトアクチュエータ301のストローク変位、ストローク変位速度、ストローク変位加速度)を制御する。
【0035】
オブザーバ102は、制御対象Tに入力される制御入力u、及び、制御対象Tの実ストロークy(例えばセレクトストロークセンサ501の検出値)に基づいて、推定状態量[x0^](ストローク変位)、[x1^](ストローク変位速度)、[x2^](ストローク変位加速度)、及び、推定ストローク[y^]を推定する。なお、[x0^]、[x1^]、[x2^]、[y^]は、推定値を表現する一般的な表記である「ハット」の代わりに以後使用するものとし、図面(図3)では一般的な表記を使用するものとする。
【0036】
スライディングモードコントローラ101は、スライディングモード制御理論を適用した公知のサーボコントローラであって、目標ストローク(目標値)rと上記推定ストローク[y^](実ストローク(出力)y)との偏差、及び、上記推定状態量([x0^]、[x1^]、[x2^])が入力される。スライディングモードコントローラ101は、上記目標ストロークrと推定ストローク[y^]との偏差及び上記推定状態量に基づいて制御入力uを算出して制御対象Tに与える。制御入力uは、後述する等価制御入力(線形入力)ueqと切換入力(非線形入力)unlとの2つの制御入力で構成される。
【0037】
ここで、この例のサーボ型スライディングモード制御系においては、セレクトアクチュエータ301の作動油流量(油圧)を制御する、セレクトソレノイドバルブ401の駆動電流の変動(駆動電流ばらつき)を入力外乱として扱っている。
【0038】
なお、図3に示すサーボ型スライディングモード制御系において、リミッタ103は、制御対象Tの入力飽和を考慮して設けられている。
【0039】
−制御入力設定方法−
次に、この例のスライディングモードコントローラ(SMC)101の制御入力設定方法について説明する。
【0040】
<SMC設計用モデル式の導出>
応答性と位置決め精度が重要となるためサーボ系を構築する。まず、サーボ系の設計を行うために、目標値rと出力yとの差の積分値(誤差積分値)zの関係式(下記の(1)式)を定義する。
【0041】
【数1】

【0042】
状態変数に上記(1)の誤差積分値zを付加した拡大系を用いて、1型のサーボ系を構成する(下記の(2)式の状態方程式)。
【0043】
【数2】

【0044】
上記(2)式の展開を行って、下記のベクトル表記の状態方程式((3)式)とする。
【0045】
【数3】

【0046】
<等価制御入力ueq
スライディングモード制御の2つの制御入力のうち、等価制御入力ueqを導出する。等価制御入力ueqについては、線形入力でスライディングモード状態の系の振る舞いを決める。ここでは、切換関数を以下((4)式)のように定義する。
【0047】
【数4】

【0048】
スライディングモードのときの切換関数は、
【0049】
【数5】

【0050】
であり、その切換関数σ(x)により、上記状態方程式((5)式)を変形していくと、
【0051】
【数6】

【0052】
となる。そして、上記の式から等価制御入力ueqは以下((6)式)のように表すことができる。
【0053】
【数7】

【0054】
<切換超平面Sの設計>
切換超平面Sの設計はシステムの零点を利用する設計法を用いる。具体的には、下記の式(式(7))で表される最適制御のフィードバックゲインFregを切換超平面Sとして選定する方法を用いる。
【0055】
【数8】

【0056】
ただし、Pは、任意のQ>0に対するリカッチ方程式(下記(8)式)の解である。
【0057】
【数9】

【0058】
ここで、この例の制御入力設定方法では安定余裕を指定する設計法を適用する。すなわち、システム零点の実部が[−ε]以下となるように切換超平面Sを設定する。具体的には、下式((9)式)のようにA行列を与え、リカッチ方程式から切換超平面Sを設定する。
【0059】
【数10】

【0060】
なお、以上の切換平面Sの求め方は一例であって、一般に知られている他の方法で切換平面Sを求めるようにしてもよい。
【0061】
<切換入力unlの設計>
スライディングモード制御の2つの制御入力のうち、切換入力(到達入力)unlを導出する。具体的には、まず、スライディングモード(σ→0)を実現するために、リアプノフ関数の候補を次式のように選ぶ。
【0062】
【数11】

【0063】
このとき、制御入力が下記の条件
【0064】
【数12】

【0065】
を満たすならば、スライディングモードの存在条件として
【0066】
【数13】

【0067】
が成り立つ。このような条件を踏まえて、切換入力unlを以下のように定義する。
【0068】
【数14】

【0069】
ここで、(10)式のksmcは切換入力ゲインであり、この切換入力ゲインksmcが正の値(ksmc>0)となるように選定すれば、上記リアプノフ関数の微分値を負の値とすることができ、安定なスライディングモードの実現が可能になる。
【0070】
なお、チャタリング防止のために平滑関数パラメータδを用いて平滑関数化した。その平滑化した切換入力unlを図4に示す。この図4に示すように、平滑関数パラメータδを大きい値とすれば、切換入力unlはより平滑化されてチャタリングが小さくなるが、ロバスト性は低下する傾向となる。平滑関数パラメータδを小さい値とすれば、ロバスト性を保つことはできるが、チャタリングが大きくなる傾向となる。
【0071】
<パラメータチューニング>
・切換入力設定値のチューニング
切換入力ゲイン(到達入力ゲイン)ksmcを決定する指針として、マッチング条件を満たすばらつきの最大値dmaxよりも切換入力ゲインksmcを大きい値に設定することが挙げられる。このような設定を行うことによりロバスト性を確保することができる。この例では、上述の如く、セレクトソレノイドバルブ401の駆動電流の変動を入力外乱として扱っているので、想定する電流変動の最大値よりも大きな値となるように切換入力ゲインksmcを設定する。
【0072】
【数15】

【0073】
なお、制御の追従性を上げるには切換超平面Sを大きくすればよいが、切換超平面Sを大きな値とすると、切換入力ゲインksmcも大きな値となってしまい、チャタリングを誘発しやすくなるため、この点を考慮して切換入力ゲインksmcを設定する。
【0074】
・平滑関数パラメータδのチューニング
まず、平滑関数パラメータδの決定条件つまりロバスト性能を損なわずにチャタリングを打ち消すための平滑関数パラメータδの必要条件について以下に説明する。
【0075】
この例の制御入力設定方法では、定常偏差発生時の切換関数σについては状態量の変化量がないと考えられるので、
【0076】
【数16】

【0077】
と導くことができる。つまり、これらの式は、誤差eを速度として切換関数σの値が増加することを意味している。
【0078】
いま、const=0と仮定し、制御仕様(例えばダイアグノーシス条件)等から与えられた制御目標性能(定常偏差[例えば0.5mm]、定常偏差許容時間[例えば700ms継続])に基づいて、スライディングモードから離れてもよい定常偏差量(定常偏差限界σe)を算出する。ここで、入力外乱を包括できる切換入力unlの大きさは決められているので、想定される入力外乱(上記した駆動電流のばらつき)よりも大きくなるように平滑関数パラメータδを設定すればよい。具体的には、上記定常偏差限界σeに安全率を見込んだ値σth[σe−安全率]を用い、その値σth[σe−安全率]の時に、切換入力unlが入力変動最大値dmaxよりも上回るように平滑関数パラメータδを設定することで、入力変動に対するロバスト性を確保することができる。
【0079】
図4を参照して、平滑関数パラメータδの設定方法の具体的な例について説明する。図4には、定常偏差σを横軸とし、切換入力unlを縦軸とする座標を示している。
【0080】
この図4の座標(σ−unl座標)上において、上記定常偏差限界σe(算出値)に安全率を見込んだ値σth[σe−安全率]と入力最大変動値σmax(上記入力外乱の想定値)とによって定まる点をPaとし、その点Paと座標の原点[0,0]とを結ぶ直線Laよりも切換入力unl軸(縦軸)側の範囲で平滑関数パラメータδを設定する。
【0081】
このようにして平滑関数パラメータδを設定することにより、σth[σe−安全率]の時に切換入力unlが入力変動最大値dmaxよりも上回るようになり、入力変動に対するロバスト性を確保することができる。そして、図4に示す座標の直線Laよりも切換入力unl軸(縦軸)側の範囲で、かつ、スライディングモードのチャタリングが発生しない範囲で平滑関数パラメータδをなるべく小さい値に設定することで、ロバスト性を確保しつつ、チャタリングを抑制することができる。
【0082】
以上のように、図4に示す座標を用いて、定常偏差限界σe(算出値)に安全率を見込んだ値σthと入力変動最大値dmax(想定値)とに基づいて平滑関数パラメータδを設定することにより、ロバスト性を確保しつつ、スライディングモードのチャタリングを抑制する平滑関数パラメータδを理論的(可視的)に設定することができるので、作業者(個人差)によるチューニング結果及びチューニング工数のばらつきを少なくすることができるとともに、チューニング工数の低減化を図ることができる。
【0083】
また、図4に基づいて、平滑関数パラメータδのチューニング結果がロバスト性を満足するか否かを一目で確認することが可能になる。これにより、チューニング後のロバスト性の確認を実機にて評価する、という作業を省略することが可能になる。
【0084】
なお、以上の例では、平滑関数パラメータδを、定常偏差限界σeに安全率を見込んだ値σth[σe−安全率]と入力最大変動値σmaxとによって定まる点Paと座標の原点[0,0]とを結ぶ直線Laよりも切換入力unl軸(縦軸)側の範囲で設定しているが、これに限られることなく、図4に示す座標上で定常偏差限界σeと入力最大変動値σmaxとによって定まる点Pbと座標の原点[0,0]とを結ぶ直線Laよりも切換入力unl軸(縦軸)側の範囲で平滑関数パラメータδを設定するようにしてもよい。このような設定方法を採用しても、定常偏差限界σeの時に切換入力unlが入力変動最大値dmaxよりも上回るようになり、入力変動に対するロバスト性を確保することができる。
【0085】
また、以上の例では、自動化マニュアルトランスミッション3のセレクトアクチュエータ301(シフトアクチュエータ302)の制御の例について説明したが、自動クラッチ2のクラッチアクチュエータ201の制御についても、同様な手法により平滑関数パラメータδを設定してもよい。
【0086】
−他の実施形態−
以上の例では、自動化マニュアルトランスミッションのアクチュエータをスライディングモードサーボ制御にて制御する場合の例について説明したが、本発明はこれに限られることなく、状態量が時間的に変化するものであれば、任意の制御対象の状態量をスライディングモードサーボ制御(状態量に誤差積分値z=∫(r−y)dtを含むサーボ制御)にて制御する場合にも適用可能である。
【0087】
例えば、クラッチ及びブレーキと遊星歯車装置とを用いてギヤ段を設定する自動変速機や、変速比を無段階に調整するベルト式の無段変速機(CVT:Continuously Variable Transmission)などの他の変速機のアクチュエータをスライディングモードサーボ制御(状態量に誤差積分値z=∫(r−y)dtを含むサーボ制御)にて制御する場合にも本発明は適用可能である。また、例えば、内燃機関、制動装置(ブレーキ)、電動機などの各種機器・装置を制御対象としてスライディングモードサーボ制御を行う場合にも適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、例えばアクチュエータなどの制御系に用いられるスライディングモード制御装置の制御入力設定方法に利用可能であり、さらに詳しくは、スライディングモード制御の切換入力(非線形入力)の平滑関数パラメータを設定する方法に有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0089】
100 ECU
101 スライディングモードコントローラ
102 オブザーバ
T 制御対象
2 自動クラッチ
201 クラッチアクチュエータ
3 自動化マニュアルトランスミッション
301 セレクトアクチュエータ
302 シフトアクチュエータ
400 油圧制御回路
401 セレクトソレノイドバルブ
402 シフトソレノイドバルブ
403 クラッチソレノイドバルブ
501 セレクトストロークセンサ
502 シフトストロークセンサ
503 クラッチストロークセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象の状態量を変数とする切換関数によって設定される切換超平面に前記状態量を収束するための制御入力を算出して、制御対象をスライディングモードサーボ制御にて制御するスライディングモード制御装置に適用される制御入力設定方法であって、
スライディングモードのチャタリングを平滑関数を用いて抑制する場合に、その平滑関数パラメータを、定常偏差と切換入力とを座標軸とする座標上で定常偏差限界と入力変動最大値とによって定まる点と座標の原点とを結ぶ直線よりも切換入力軸側の範囲で設定することを特徴とするスライディングモード制御装置の制御入力設定方法。
【請求項2】
請求項1記載のスライディングモード制御装置の制御入力設定方法において、
前記平滑関数パラメータを、前記座標上で定常偏差限界に安全率を見込んだ値と前記入力変動最大値とによって定まる点と前記座標の原点とを結ぶ直線よりも切換入力軸側の範囲で設定することを特徴とするスライディングモード制御装置の制御入力設定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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