説明

セトラキサートを含有する花粉症治療又は予防のための医療用組成物

【課題】花粉プロテアーゼ抑制作用を有する、新規な花粉症治療又は予防剤を提供する。
【解決手段】セトラキサート又はその塩を含有する花粉症治療又は予防剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セトラキサートの花粉プロテアーゼ阻害作用を利用した花粉アレルゲンの不活性化、ひいてはセトラキサートを使用した花粉症治療又は予防用途に関する。
【背景技術】
【0002】
花粉症は、植物の花粉が鼻や目などの粘膜に接触することによって惹起され、発作性・反復性のくしゃみ、鼻汁、鼻閉、目の痒み等の一連の症状が特徴的な症候群のことである。
【0003】
本邦ではスギ花粉症が代表であるが、1〜4月にハンノキ、2〜4月にスギ、3〜5月にヒノキやシラカバ、5〜7月にカモガヤ、8〜9月にブタクサ、9〜11月にヨモギ、等の花粉が飛散し、それぞれに花粉症が存在する。また、ヒノキ花粉症患者の約7割がスギ花粉症患者でもあることから、スギ・ヒノキ花粉症とも言われ、花粉症にも共通性が存在する。
【0004】
これまでの花粉症対策は大きく分けて、(1)マスクやゴーグル等による花粉暴露の回避、(2)薬物投与による花粉アレルギー反応の抑制、(3)その他に減感作療法や物理療法等がある。
【0005】
一方で、アレルゲンの免疫学的不活性化又は免疫原性の軽減に関する研究もなされている。例えば、(A)特定の高分子含有溶液をカーペットや布団に散布してハウスダストアレルゲンを物理的に被覆して不活性化させる技術(例えば、特許文献1参照)、(B)特定の界面活性剤によって花粉を破壊し、アレルゲンを強制的に溶出させて無害化させる技術(例えば、特許文献2参照)、(C)花粉の開裂を防止しアレルゲンの溶出を抑制する技術(例えば、特許文献3参照)等が開示されている。しかし、これらは基本的にはアレルゲン環境の改善技術であって、医薬品には応用できる化合物とは言えない。
【0006】
他方で、ダニアレルゲンのもつ蛋白分解酵素(プロテアーゼ)活性が、喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎等のアレルギー疾患と密接に関係していることが知られている。即ち、ダニのもつ特定のプロテアーゼは、炎症反応の憎悪かつ血管透過性の亢進に関与するブラジキニンの生成を促進し、その結果、種々のアレルギー疾患が生じるものと推察され、これまでに、ダニのプロテアーゼを阻害する物質を探索して、ダニアレルギー治療剤に供する試みがなされてきた(例えば、特許文献4参照)。
【0007】
同様の考えの下、各種の花粉症治療剤探索のアプローチとして、各種の花粉プロテアーゼ阻害活性を有する化合物の探索も行われてきた(例えば、特許文献5参照)。
【0008】
胃炎・潰瘍治療薬であるセトラキサート塩酸塩は、(ア)胃粘膜微小循環の改善を主作用とし、さらに胃粘膜内プロスタグランジン生合成増加作用や胃粘膜粘液の保持及び合成促進作用等の細胞保護作用とともに、(イ)粘膜内でのペプシノーゲンの活性化抑制・生成抑制や抗カリクレイン作用による胃液分泌抑制等の攻撃因子抑制作用も併せ持ち、防御・攻撃因子両面での作用により胃粘膜病変を治療する薬剤である(例えば、非特許文献1参照)。
【0009】
また、トラネキサム酸は抗プラスミン薬として知られており、プラスミンはセリンプロテアーゼで、フィブリンを分解する他に、胃粘膜障害発症にも関与し、事実、トラネキサム酸はラットのストレス潰瘍を抑制することが判っている(非特許文献2参照)。また、アレルギーや炎症性病変の原因物質であるキニン等がプラスミンから産生されるのを抑制するため、抗プラスミン剤であるトラネキサム酸が、抗アレルギー・抗炎症作用を有することも知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−128680号公報
【特許文献2】特開平9−157152号公報
【特許文献3】特開2001−240547号公報
【特許文献4】特開平6−192085号公報
【特許文献5】特開平10−306025号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】日本医薬品集 医療薬2008年版 じほう 2007
【非特許文献2】消化器病セミナー・52 1993 p.131−140
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
トラネキサム酸のセリンプロテアーゼ阻害作用と抗アレルギー・抗炎症作用は知られていたが、花粉プロテアーゼ阻害作用は知られていなかった。一方、セトラキサートの花粉プロテアーゼ阻害作用は知られていなく、また抗アレルギー作用の報告もなかった。
【0013】
本発明は、抗潰瘍薬であるセトラキサートの新たな薬理作用を見出すとともに、国民病とも言われる花粉症の有効な治療又は予防のための医療用組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、花粉プロテアーゼを顕著に阻害する薬剤を探索すべく鋭意研究を行った。その結果、セトラキサートに、優れた花粉プロテアーゼ阻害作用があることを見出した。しかも当該作用は陽性対照のAEBSFよりも23倍も強力な阻害作用であることを見出して発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は以下に示す発明を提供するものである。
(1):花粉プロテアーゼ阻害剤として用いるためのセトラキサート又はその塩。
(2):セトラキサート又はその塩を含有する花粉プロテアーゼ阻害剤。
(3):セトラキサート又はその塩を含有する花粉症治療又は予防のための医療用組成物。
(4):花粉プロテアーゼ阻害剤が、ハンノキ、スギ、ヒノキ、シラカバ、カモガヤ、ブタクサ又はヨモギ花粉の花粉プロテアーゼ阻害剤である(1)又は(2)に記載のセトラキサート又はその塩。
(5):花粉プロテアーゼ阻害剤が、スギ花粉の花粉プロテアーゼ阻害剤である(1)又は(2)に記載のセトラキサート又はその塩。
(6):花粉症が、ハンノキ、スギ、ヒノキ、シラカバ、カモガヤ、ブタクサ又はヨモギ花粉による花粉症である(3)に記載の医療用組成物。
(7):花粉症が、スギ花粉による花粉症である請求項3に記載の医療用組成物。
(8):医療用組成物が、点眼薬、点鼻薬、化粧品、マスク、綿棒、衣類散布薬、寝具散布薬、空中散布薬又は洗濯用薬である(3)、(6)又は(7)に記載の医療用組成物。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、後記実施例に記載したように優れた花粉プロテアーゼ阻害効果を示した。したがって、花粉症の治療又は予防のための医療用組成物として有用なものである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明におけるセトラキサート又はその塩の「その塩」としては、薬理上許容される塩を意味する。セトラキサートの塩としては、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩等の鉱酸塩、メタンスルホン酸塩等の有機酸塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等を挙げることができ、セトラキサート塩酸塩が好ましい。セトラキサート塩酸塩は第15改正日本薬局方に収載されている。
【0018】
本発明の「花粉プロテアーゼ阻害剤」とは、花粉を分解する酵素であり、好適には、ハンノキ、スギ、ヒノキ、シラカバ、カモガヤ、ブタクサ又はヨモギ花粉を分解する酵素であり、さらに好適には、スギ花粉を分解する酵素である。
【0019】
本発明の「医療用組成物」とは、花粉プロテアーゼ阻害剤としてセトラキサート又はその塩を含有する組成物であり、その態様としては、点眼薬、点鼻薬、化粧品、マスク、綿棒、衣類散布薬、寝具散布薬、空中散布薬、洗濯用薬等が挙げられる。
【0020】
本発明を経口的に投与する製剤(経口投与製剤)としては、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、液剤、トローチ剤、ゼリー剤等の剤形を挙げることができる。非経口的に投与する製剤(非経口投与製剤)としては、エキス剤、硬膏剤、酒精剤、坐剤、懸濁剤、チンキ剤、軟膏剤、パップ剤、リニメント剤、ローション剤、エアゾール剤、点眼剤、注射剤等の剤形を挙げることができる。
【0021】
本発明は、非経口的に投与する製剤としても好適であり、例えば、点鼻薬、点眼薬、皮膚外用薬として用いられる。
【0022】
本発明の医薬の製剤化は、公知の製剤技術により行うことができ、製剤中には適当な製剤添加物を加えることができる。製剤添加物としては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動化剤、懸濁化剤、乳化剤、安定化剤、保湿(湿潤)剤、保存剤、溶剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味剤、甘味剤、pH調整剤、等張化剤、噴射剤等を挙げることができ、製剤添加物は、本発明の効果を損なわない範囲で適宜選択して、適当量を加えればよい。
【0023】
本発明におけるセトラキサート又はその塩は、服用者の性別、年齢、症状、投与(服用)方法、投与(服用)回数、投与(服用)時期等により適宜検討を行い、適当な投与(服用)量を決めればよい。例えば、内服の場合、1日当たりセトラキサート又はその塩を50〜1000mg投与(服用)することが好ましく、200〜750mg投与(服用)することがさらに好ましく、600〜750mg投与することが特に好ましい。また、皮膚、眼、鼻腔等への局所投与の場合、セトラキサート又はその塩の含有量は、0.1〜10w/v%が好ましく、0.5〜3w/v%がより好ましい。
【0024】
以下に、実施例を示して本発明をさらに説明するが、本発明はなんらこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
1. 花粉プロテアーゼ阻害効果
1.1 被験物質
セトラキサート塩酸塩及びトラネキサム酸は第一三共株式会社のものを用いた。セトラキサートはDMSOに溶解させて100mMの原液を調整し、Tris−Clバッファーで所定濃度まで希釈して使用した。
【0026】
1.2 粗酵素液
スギ花粉は和光純薬工業株式会社のものを用いた。該花粉洗浄後、超音波ホモジナイザーにて花粉細胞を破砕し、遠心分離後の上清を粗酵素液として用いた。
【0027】
1.3 花粉プロテアーゼ阻害活性の測定
基質(Bz−Arg−MCA)溶液と被験物質溶液を混合したものに粗酵素液を加えて混合した後、温浴中で30分反応させた。反応液は蛍光分光光度計によって蛍光強度を測定した。
【0028】
1.4 阻害率
対照(Tris−Clバッファー)の蛍光強度をC;検体含有反応液の蛍光強度をS;及びブランクをB;として以下の式で阻害率を算定した。
阻害率(%)=100×[1−(S−B)/(C−B)]
【0029】
1.5 試験結果
トラネキサム酸、セリンプロテアーゼ阻害薬のAEBSF[4−(2−アミノエチル)ベンゼンスルフォニルフルオライド ハイドロクロライド:和光純薬社]、及びセトラキサート塩酸塩のスギ花粉プロテアーゼに対する50%活性阻害濃度(IC50)の結果を表1に示す。
【0030】
(表1)
IC50(mM)
――――――――――――――――――――――
トラネキサム酸 77.0
AEBSF 0.37
セトラキサート塩酸塩 0.016
――――――――――――――――――――――
【0031】
表1から明らかなように、セトラキサート塩酸塩はセリンプロテアーゼ阻害薬であるAEBSFよりも約23倍も強力なスギ花粉プロテアーゼ阻害作用を示すことが判明した。当該効果は、トラネキサム酸の結果からでも、セトラキサートのセリンプロテアーゼ阻害作用のみからでは全く説明のつかない驚くべき事実であることが判明した。
【0032】
2.製剤例
2.1 錠剤
以下の組成(1日量として6錠)で、常法により錠剤を製造した。
セトラキサート塩酸塩 600mg
結晶セルロース 200mg
ヒドロキシプロピルセルロース 30mg
ステアリン酸マグネシウム 25mg
マクロゴール6000 16mg
酸化チタン 24mg
【0033】
2.2 点眼剤
以下の組成で、常法により点眼用液剤を製造した。
セトラキサート塩酸塩 1%
添加剤 適量
増粘剤 適量
pH調整剤 適量
等張化剤 適量
防腐剤 適量
精製水 残部
【0034】
2.3 点鼻薬
以下の組成で、常法により点鼻用液剤を製造した。
セトラキサート塩酸塩 1%
添加剤 適量
pH調整剤 適量
防腐剤 適量
精製水 残部
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の医薬は、優れたスギ花粉プロテアーゼ阻害作用を有するため、花粉症の治療又は予防に有用なものである。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
花粉プロテアーゼ阻害剤として用いるためのセトラキサート又はその塩。
【請求項2】
セトラキサート又はその塩を含有する花粉プロテアーゼ阻害剤。
【請求項3】
セトラキサート又はその塩を含有する花粉症治療又は予防のための医療用組成物。
【請求項4】
花粉プロテアーゼ阻害剤が、ハンノキ、スギ、ヒノキ、シラカバ、カモガヤ、ブタクサ又はヨモギ花粉の花粉プロテアーゼ阻害剤である請求項1又は2に記載のセトラキサート又はその塩。
【請求項5】
花粉プロテアーゼ阻害剤が、スギ花粉の花粉プロテアーゼ阻害剤である請求項1又は2に記載のセトラキサート又はその塩。
【請求項6】
花粉症が、ハンノキ、スギ、ヒノキ、シラカバ、カモガヤ、ブタクサ又はヨモギ花粉による花粉症である請求項3に記載の医療用組成物。
【請求項7】
花粉症が、スギ花粉による花粉症である請求項3に記載の医療用組成物。
【請求項8】
医療用組成物が、点眼薬、点鼻薬、化粧品、マスク、綿棒、衣類散布薬、寝具散布薬、空中散布薬又は洗濯用薬である請求項3、6又は7に記載の医療用組成物。

【公開番号】特開2011−6391(P2011−6391A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117097(P2010−117097)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(306014736)第一三共ヘルスケア株式会社 (176)
【Fターム(参考)】