説明

セファロスポリンCアシラーゼ変異体及び前記変異体を使用する7−ACAの製造方法

本発明のアシラーゼ変異体はCPCに対する反応性と特異活性が改善されており、1段階酵素法によりCPCから7−ACAを直接製造するために効率的に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシュードモナス(Pseudomonas)sp.SE83に由来するセファロスポリンC(CPC)アシラーゼ変異体ポリペプチド;前記ポリペプチドをコードする遺伝子;前記遺伝子を含む発現ベクター;前記発現ベクターで形質転換された微生物;前記CPCアシラーゼ変異体の作製方法;及び前記CPCアシラーゼ変異体を使用する7−ACAの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セファロスポリンC(以下、「CPC」と言う)はアクレモニウム・クリソゲナム(Acremonium chrysogenum)等の糸状菌により生産されるβラクタムファミリー抗生物質の1種である。CPCは細胞壁合成を妨害することによりグラム陰性菌に対して抗生物質活性を示すが、グラム陰性菌の増殖に対して十分に活性ではない。従って、CPCは主に半合成セファロスポリン抗生物質の製造用中間体を製造するために使用されている。特に、CPCからD−α−アミノアジポイル側鎖を除去することにより製造される7−アミノセファロスポラン酸(以下、「7−ACA」と言う)が抗生物質世界市場のシェアの40%を越える大半の半合成セファロスポリン抗生物質の製造に使用されている。
【0003】
CPCから7−ACAを製造する方法としては化学法と酵素法の2種類の方法が公知である。CPCから7−ACAを合成する化学法はアミン基とカルボキシル基の両者にシリル保護基を使用し、収率は90%を上回る。しかし、この方法は複雑であり、非経済的で環境にやさしくない。従って、化学法に代わって環境上許容可能であると考えられている7−ACAの酵素的製造方法が使用されるようになっている。
【0004】
現在商業的に広く使用されている2段階酵素法はCPCをD−アミノ酸オキシダーゼ(以下、「DAO」と言う)によりグルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(以下、「GL−7−ACA」と言う)に変換する段階(第1段階)と、GL−7−ACAをGL−7−ACAアシラーゼにより7−ACAに変換する段階(第2段階)の2段階からなる(図1参照)。しかし、この方法は第1段階で生成される過酸化水素とDAO基質又は反応生成物の反応により多量の副生物が生じるため、化学法よりも7−ACAの収率が低い。従って、CPCの7位のアミド結合を切断してアミノアジポイル側鎖を除去することが可能な改変CPCアシラーゼを使用してCPCを7−ACAに直接変換するための効率的な1段階酵素法を開発することが必要とされている。
【0005】
CPCに対して活性なCPCアシラーゼ(CPCアミダーゼ又はCPCアミドヒドロラーゼとも言う)がシュードモナスsp.、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、エーロモナス(Aeromonas)sp.、アルスロバクター・ビスコウス(Arthrobacter viscous)等の数種の微生物で発見されており、シュードモナスsp.SE83に由来するacyII遺伝子(Matsudaら,J.Bacteriol.169:5821−5829,1987);シュードモナスsp.N176に由来するCPCアシラーゼ遺伝子(米国特許第5,192,678号);シュードモナスsp.V22に由来するCPCアシラーゼ遺伝子(Aramoriら,J.Ferment.Bioeng.72:232−243,1991);シュードモナス・ベシクラリス(Pseudomonas vesicularis)B965に由来するCPCアミドヒドロラーゼ遺伝子(米国特許第6,297,032号);バチルス・メガテリウムに由来するCPCアミダーゼ遺伝子(米国特許第5,229,274号);及びシュードモナスsp.130に由来するCPCアシラーゼ遺伝子(Liら,Eur.J.Biochem.262:713−719,1999)等の数種のCPCアシラーゼ遺伝子がクローニングされ、配列決定されている。しかし、これらのCPCアシラーゼはCPCの7位のアミド結合を切断するために十分な加水分解活性がないため、CPCから7−ACAを製造する1段階酵素法には適していない。
【0006】
数件の遺伝子工学研究がCPCに対するCPCアシラーゼの酵素活性を高めようと試みている。例えば、藤沢薬品工業株式会社(日本)はCPCに対して野生型の約2.5倍の特異活性を示すシュードモナスsp.N176に由来するCPCアシラーゼ変異体を開発した(米国特許第5,804,429号;米国特許第5,336,613号,日本特許公開1995−222587;日本特許公開1996−098686;及び日本特許公開1996−205864)。しかし、このような変異体はCPCから7−ACAを直接製造するにはCPCに対する特異活性がまだ不十分であり、7−ACAによる最終産物阻害を示す。従って、CPCから7−ACAに直接変換するために実地に使用することはできない。
【0007】
7−ACAを製造するための1段階酵素法に適用可能なCPCアシラーゼ変異体を開発する目的で本発明者らはGL−7−ACAアシラーゼの三次構造を検討し、シュードモナスsp.KAC−1に由来するGL−7−ACAアシラーゼ(Kimら,Biotech.Lett.23:1067−1071,2001;以下、「CAD」と言う)に関連するアポ酵素(Kimら,Structure 8:1059−1068,2000)とCAD−GL−7−ACA複合体(Kimら,Chem.Biol.8:1253−1264,2001;Kimら,J.Biol.Chem.276:48376−48381,2001)の三次構造を初めて特定した(図2参照)。2種のCAD二元複合体の構造は、GL−7−ACAアシラーゼと基質の最も広範な相互作用がGL−7−ACAのグルタリル部分で行われたことを示唆している。従って、GL−7−ACAアシラーゼにおいて基質を認識するのに主要な因子は基質の側鎖とその結合ポケットの親水性及び疎水性相互作用であると思われる。基質結合親和性が極端に低いCPCとGL−7−ACAの化学構造を比較すると、それらのβラクタム構造は同一でありながら、側鎖が多少相違している(図3参照)。即ち、GL−7−ACAの側鎖はグルタル酸から構成されるが、CPCの側鎖はD−α−アミノアジピン酸から構成される。従って、CAD−CPC複合体の構造のモデリングによると、GL−7−ACAの側鎖とCADの結合関連主要残基はD−α−アミノアジピン酸側鎖の末端のカルボキシル基とD形アミノ基に対して立体的に混雑していると思われる(図4参照)。そこで、(GL−7−ACA側鎖の炭素骨格よりも大きい炭素骨格とD−アミノ基を含む)CPC側鎖を受容するために十分なスペースをCADの基質結合部位に確保することができるならば、CPCに対するGL−7−ACAの特異活性を増加できると考えられる。従って、CADの「酵素−基質」複合体に関する構造分析から、比較的低い基質結合親和性を示すシュードモナスsp.に由来するGL−7−ACAアシラーゼの活性部位に変異を導入することによりCPCに対する特異活性の増加したCPCアシラーゼ変異体を開発するために重要な情報が得られると思われる。
【0008】
そこで、本発明者らはCPCから7−ACAを製造するための1段階酵素法で使用することができるCPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体を開発しようと試みた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的はCPCを7−ACAに変換するのに有利に使用することができるCPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体とその機能的に等価な誘導体を提供することである。
【0010】
本発明の別の目的は前記CPCアシラーゼ変異体とその機能的に等価な誘導体をコードするヌクレオチド配列を提供することである。
【0011】
本発明の別の目的は、前記ヌクレオチド配列を含む発現ベクターと、前記ヌクレオチド配列又は前記発現ベクターで形質転換された微生物を提供することである。
【0012】
本発明の別の目的は前記形質転換微生物を使用してCPCアシラーゼ変異体を作製するための方法を提供することである。
【0013】
本発明の別の目的は前記CPCアシラーゼ変異体を使用してCPCから7−ACA又はその塩を製造するための方法、前記CPCアシラーゼ変異体を含有する組成物、あるいはプロセシングされたCPCアシラーゼ変異体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の1側面によると、配列番号4のCPCアシラーゼαサブユニットのVal121α、Gly139α及びPhe169αならびに配列番号5のCPCアシラーゼβサブユニットのMet31β、Phe58β、His70β、Ile75β、Ile176β及びSer471βから構成される群から選択される少なくとも1個のアミノ酸が、別のアミノ酸で置換されていることを特徴とするCPCアシラーゼ変異体又はその機能的に等価な誘導体が提供される。
【0015】
本発明のCPCアシラーゼ変異体としては、
Val121αがアラニンで置換されているか;
Gly139αがセリンで置換されているか;
Phe169αがチロシンで置換されているか;
Met31βがロイシンで置換されているか;
Phe58βがアラニン、メチオニン、ロイシン、バリン、システイン又はアスパラギンで置換されているか;
His70βがセリン又はロイシンで置換されているか;
Ile75βがスレオニンで置換されているか;
Ile176βかバリンで置換されているか;または
Ser471βがシステインで置換されているものが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の上記及び他の目的は添付図面を参照して本発明の以下の記載から理解されよう。
【0017】
本明細書で使用する「CPCに対する反応性の増加」なる用語はCPCに対する特異活性の増加及び/又は7−ACAによる最終産物阻害の低下を意味する。
【0018】
本明細書で使用する「機能的に等価な誘導体」なる用語は本発明のCPCアシラーゼ変異体と同一の機能的特性を維持するCPCアシラーゼ誘導体を意味する。即ち、機能的に等価な誘導体は、1又は数個のヌクレオチドの配列変異、欠失、挿入、置換、逆位及びその組合せにより変異していてもよいが、CPCアシラーゼ変異体として機能することが可能な天然、合成又は組換えポリペプチド等の可能な全変異体を含む。
【0019】
本明細書で使用する「加工されたCPCアシラーゼ変異体」なる用語は遊離状態ではなく、固定化状態のCPCアシラーゼ変異体を意味する。CPCアシラーゼ変異体は共有結合、イオン結合、親水性結合、物理的結合、マイクロカプセル封入等の慣用方法により、当分野で一般に使用されている慣用の担体に固定化することができる。更に、それ以上精製せずに、CPCアシラーゼ変異体を生産する微生物をそのまま固定化する全細胞固定化法により、加工されたCPCアシラーゼ変異体を作製することもできる。
【0020】
本明細書で使用する「GL−7−ACAアシラーゼ」なる用語は一般にGL−7−ACAを7−ACAに変換することが可能な酵素を意味する。本明細書で使用する「CPCアシラーゼ」なる用語はGL−7−ACAアシラーゼのうちでCPCに対する特異活性をもち、CPCの7位のアミド結合を切断してアミノアジポイル側鎖を除去することによりCPCから7−ACAを直接生産する酵素を意味する。本明細書で使用する「CAD」なる用語はシュードモナスsp.KAC−1に由来するGL−7−ACAアシラーゼを意味する。
【0021】
本発明はCPCに対する反応性の改善されたシュードモナスsp.SE83に由来するCPCアシラーゼ変異体とその機能的に等価な誘導体のアミノ酸配列;前記CPCアシラーゼ変異体とその機能的に等価な誘導体をコードするヌクレオチド配列を提供する。
【0022】
本発明ではCPCアシラーゼ変異体を開発するための出発遺伝子としてシュードモナスsp.SE83に由来するCPCアシラーゼ遺伝子(「acyII遺伝子」)を使用し、acyII遺伝子はMatsudaらにより同定されたCPCアシラーゼ(J.Bacteriol.169:5821−5826,1987;GenBank M18278)のヌクレオチド配列に基づいてDNA合成器を使用して新規に合成される。大腸菌(E.coli)を使用して蛋白質合成効率を増加するためには、AcyIIの従来公知のアミノ酸配列を大腸菌媒介の蛋白質合成において使用されるのに好適なコドンに適合できるように改変する。例えば、acyII遺伝子によりコードされる従来公知のアミノ酸配列においては、フェニルアラニンの唯一のコドンはTTCであり、アルギニンの唯一のコドンは主にCGC又はCGGであるため、本発明で合成されるacyII遺伝子によりコードされるアミノ酸配列はTTTコドンとCGTコドンを夫々フェニルアラニンとアルギニンに使用する。本発明で合成されるacyII遺伝子は配列番号1のヌクレオチド配列をもつ2,325塩基対から構成される。配列番号1では、塩基番号1から2,322(2,323〜2,325:終止コドン)に対応するオープンリーディングフレームは全長蛋白質コーディング領域であり、この配列から誘導される774個のアミノ酸から構成される推定アミノ酸配列を配列番号2に示す。本発明で合成されるacyII遺伝子によりコードされる配列番号2のアミノ酸配列は従来周知のCPCアシラーゼのアミノ酸配列と同一であるが、配列番号1のヌクレオチド配列中の塩基対の18%は既存CPCアシラーゼ遺伝子のヌクレオチド配列と相違する。
【0023】
大半のGL−7−ACAアシラーゼ(又はCPCアシラーゼ)遺伝子から推定されるアミノ酸配列は順にαサブユニットとスペーサーペプチドとβサブユニットから構成される。シュードモナスsp.SE83に由来する野生型CPCアシラーゼは宿主細胞で転写翻訳後に約84kDaのサイズをもつ不活性単鎖ポリペプチドとして生成する。その後、配列番号2のアミノ酸配列の230位と231位のアミノ酸の間と239位と240位のアミノ酸の間に2回の自己消化が生じて、アミノ酸9個から構成されるスペーサーペプチドが除去され、25kDaαサブユニットと約58kDαβサブユニットに分離する。上記のように分離したαサブユニットの1個が疎水性相互作用によりβサブユニットの1個と結合し、アシラーゼ活性をもつ約83kDa二量体を形成する。一般に公知の通り、原核生物で蛋白質合成中に翻訳開始に必要な最初のアミノ酸であるメチオニンコドンは翻訳後に除去される。従って、本発明で使用される野生型CPCアシラーゼの活性形はアミノ酸229個から構成されるαサブユニット(配列番号4)とアミノ酸535個から構成されるβサブユニット(配列番号5)から構成される。
【0024】
対応する遺伝子の転写翻訳後に宿主細胞で適正な自己消化が生じない場合には、不活性ポリペプチド形態のGL−7−ACAアシラーゼ(又はCPCアシラーゼ)が生産される。従って、宿主細胞における自己消化効率は活性蛋白質の獲得に重要な役割を果たす。宿主細胞におけるアシラーゼの過剰生産やスペーサーペプチド又は成熟蛋白質における特定アミノ酸の変異等のいくつかの理由により自己消化効率が低下して不活性蛋白質が生産される可能性があることも報告されている(Liら,Eur.J.Biochem.262:713−719,1999;Kimら,J.Biol.Chem.276:48376−48381,2001)。従って、CPCアシラーゼの反応特性を改善しようとする場合には、酵素反応性を増加するために特定アミノ酸に導入する変異が自己消化効率に影響を与えないかという問題を的確に考慮する必要がある。即ち、CPCアシラーゼ遺伝子の転写/翻訳後に宿主細胞で生産される不活性ポリペプチドの自己消化効率の変化は不活性CPCアシラーゼの生産性に直接関係するので、精製された活性CPCアシラーゼ変異体の反応性特徴を知らずにCPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体を選択することは困難である。このような問題を解決するために、本発明者らは配列番号1のヌクレオチド配列に基づき、翻訳中にαサブユニットとβサブユニットを個々に合成することにより自己消化段階なしに活性CPCアシラーゼを生産することが可能な配列番号3のヌクレオチド配列をもつCPCアシラーゼ遺伝子を設計した。配列番号3のCPCアシラーゼ遺伝子によりコードされるアミノ酸配列は配列番号2の231〜239位の領域に対応するスペーサーペプチドをコードするヌクレオチド配列が変異している以外はCPCアシラーゼ遺伝子acyIIによりコードされる配列番号2のアミノ酸配列と一致する。即ち、αサブユニットの最後のアミノ酸をコードするグリシンコドンの後に翻訳終止コドンが挿入され;制限酵素部位を含むランダムヌクレオチド配列と、−AGGA−として表されるリボソーム結合部位をコードするヌクレオチド配列と、別のランダムヌクレオチド部位と、翻訳開始コドン(メチオニン)を連続的に配置したヌクレオチド配列がβサブユニットの最初のアミノ酸をコードするセリンコドンの前に挿入されている。本発明者らはそれ自体の構造遺伝子を個々に維持するようにαサブユニットとβサブユニットをコードするヌクレオチド配列を各々作製することにより、1個のオペロン構造でCPCアシラーゼ遺伝子を作製しようと試みた。配列番号3のヌクレオチド配列をもち、αサブユニットとβサブユニットを個々に発現するCPCアシラーゼ遺伝子をsemと言う。従って、本発明のCPCアシラーゼ遺伝子semを適切な発現ベクターに挿入し、宿主細胞に形質転換するならば、αサブユニットとβサブユニットは個々に合成され、宿主細胞内で相互に結合し、活性なCPCアシラーゼの二量体形が得られるであろうと予想することができる。配列番号3のsem遺伝子を含む大腸菌形質転換細胞から精製したCPCアシラーゼと配列番号1のacyII遺伝子を含む大腸菌形質転換細胞から精製したCPCアシラーゼの特性を比較すると、semに由来するCPCアシラーゼの特性(例えば分子量、特異活性、基質特異性、最適反応温度及びpH)は実際にacyIIに由来するCPCアシラーゼに一致している。従って、αサブユニットとβサブユニットを別々に発現させると、不活性ポリペプチドの自己消化効率の原因を取り除くことができ、特定アミノ酸残基に導入された変異により誘導される特性の変化を検出することが容易になる。そこで、本発明では、CPCアシラーゼ変異体を開発するための出発DNAとして配列番号3のacyII遺伝子を使用する。
【0025】
本発明で使用するシュードモナスsp.SE83に由来するCPCアシラーゼ(AcyII,配列番号2)のアミノ酸配列の文献命名法は最初のアミノ酸としてαサブユニットのN末端のメチオニンコドンから出発して最後のアミノ酸としてβサブユニットのC末端のアラニンコドンまで連続ナンバリングシステムを採用している。しかし、最初のアミノ酸であるメチオニンとスペーサーペプチドは宿主細胞でCPCアシラーゼ遺伝子の転写翻訳後に除去されるので、成熟蛋白質のアミノ酸配列には存在しない。即ち、活性蛋白質のアミノ酸配列はαサブユニットのアミノ酸配列とβサブユニットのアミノ酸配列から構成される。従って、本発明で使用するナンバリングシステムは成熟CPCアシラーゼの活性形に存在するαサブユニットとβサブユニットを各々連続的にナンバリングする。CPCアシラーゼのアミノ酸配列の特定残基の呼称は慣用命名法に従い、配列番号4のアミノ酸配列のαサブユニットの最初の残基であるスレオニンをThr1αとし、配列番号5のアミノ酸配列のβサブユニットの最初の残基であるセリンをSer1βとする。従って、Thr1αとSer1βは配列番号2のアミノ酸配列中の2番目の残基スレオニンと240番目の残基セリンを夫々意味する。
【0026】
CPCアシラーゼのアミノ酸配列中に変異を導入した特定残基の呼称は慣用命名法に従い、αサブユニットの169番目の残基フェニルアラニンをチロシンで置換する変異残基をF169αYとし、βサブユニットの176番目の残基イソロイシンをバリンで置換する変異残基はI176βVとする。
【0027】
本発明のCPCアシラーゼ変異体は配列番号3のCPCアシラーゼ遺伝子semを出発DNAとし、慣用点変異法と遺伝子工学技術を使用して以下のように作製した(図5参照)。
【0028】
まず、CPCに対するCPCアシラーゼ変異体の特異活性を高めるために、コンピュータープログラムを使用したCAD−CPC複合体の三次構造モデリングにおける仮想変異誘発の結果に基づき、変異させるべきアミノ酸残基をAcyIIのアミノ酸配列から選択した。上記のように選択した変異アミノ酸配列に対応するヌクレオチド配列を含む人工オリゴヌクレオチドを合成し、PCRにかけ、CPCアシラーゼ遺伝子に部位特異的変異誘発を誘導した。変異遺伝子を微生物に形質転換し、形質転換細胞を適切な条件下で培養し、CPCアシラーゼを生産した。次に、こうして生産されたCPCアシラーゼの酵素活性を測定し、CPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体を選択した。選択したCPCアシラーゼ変異体をコードする遺伝子のヌクレオチド配列を分析した。その結果、配列番号4及び5のAcyIIアミノ酸配列におけるPhe169α、Met31β、Phe58β、His70β及びIle176βから構成される群から選択されるアミノ酸残基の1個以上に導入された変異はCPCに対するCPCアシラーゼ反応性を高めることが判明した。
【0029】
CPCに対するCPCアシラーゼ変異体の反応性を更に高めるために、選択したCPCアシラーゼ変異体をエラープローンPCRにかけ、ランダム部位に点変異を誘導した。変異遺伝子を宿主細胞に形質転換して変異体ライブラリーを構築し、CPCに対する反応性の増加したCPCアシラーゼ変異体を含む宿主細胞を変異体ライブラリーからスクリーニングした。こうして作製されたCPCアシラーゼ変異体の酵素活性を測定し、改善されたCPCアシラーゼ反応性をもつCPCアシラーゼ変異体を選択し、上記の選択したCPCアシラーゼ変異体をコードするヌクレオチド配列を分析した。その結果、配列番号4及び5のAcyIIアミノ酸配列におけるVal121α、Gly139α、Ile75β及びSer471βから構成される群から選択されるアミノ酸残基の1個以上に導入された変異はCPCを7−ACAに変換するCPCアシラーゼの効率を高めることが判明した。
【0030】
従って、本発明のCPCアシラーゼ変異体は配列番号4のCPCアシラーゼαサブユニットのVal121α、Gly139α及びPhe169αならびに配列番号5のCPCアシラーゼβサブユニットのMet31β、Phe58β、His70β、Ile75β、Ile176β及びSer471βから構成される群から選択される少なくとも1個のアミノ酸が別のアミノ酸で置換されていることを特徴とするアミノ酸配列をもつことが好ましい。
【0031】
CPCに対するCPCアシラーゼの反応性を高めるための上記アミノ酸置換において、特定アミノ酸残基をグリシン、アラニン、バリン、ロイシン、セリン、スレオニン、システイン、イソロイシン、メチオニン、プロリン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、ヒスチジン、リジン及びアルギニンから構成される群から選択される別のアミノ酸で置換することが好ましい。Val121αをアラニン;Gly139αをセリン;Phe169αをチロシン;Met31βをロイシン;Phe58βをアスパラギン、メチオニン、アラニン、ロイシン、バリン又はシステイン;His70βをセリン又はロイシン;Ile75βをスレオニン;Ile176βをバリン;Ser471βをシステインで置換することがより好ましい。
【0032】
本発明の1好適態様では、Val121αをアラニン;Gly139αをセリン;Phe58βをアスパラギン;Ile75βをスレオニン;Ile176βをバリン;Ser471βをシステインで置換したCPCアシラーゼ変異体遺伝子S12を作製した。S12変異体遺伝子はCPCに対する特異活性が増加しているが、7−ACAによる最終産物阻害の低下を示す。S12変異体遺伝子は配列番号6のヌクレオチド配列をもち、S12変異体遺伝子によりコードされる活性なCPCアシラーゼ変異体は配列番号7のαサブユニットと配列番号8のβサブユニットから構成される。
【0033】
本発明は更に、CPCアシラーゼ変異体の機能的に等価な誘導体も含む。本発明において機能的に等価な誘導体とは本発明のCPCアシラーゼ変異体の一般特徴を維持するCPCアシラーゼを意味する。即ち、機能的に等価な誘導体は、1又は数個のヌクレオチドの配列変異、欠失、挿入、置換、逆位及びその組合せにより変異しており、CPCアシラーゼ変異体として機能することが可能な天然、合成又は組換えポリペプチド等の可能なすべての変異体を含む。
【0034】
更に、本発明はCPCに対する反応性の改善された前記CPCアシラーゼ変異体又はその機能的に等価な誘導体をコードするポリヌクレオチドを含む。このポリヌクレオチドは配列番号6のヌクレオチド配列をもつことが好ましい。本発明において機能的に等価な誘導体とはCPCアシラーゼ変異体のαサブユニット及び/又はβ−サブユニットをコードするポリヌクレオチドの主要機能特性を維持するポリヌクレオチドとその誘導体を意味する。従って、本発明は特定スペーサーペプチドを介してβサブユニットと結合したαサブユニットを含むCPCアシラーゼ変異体をコードするポリヌクレオチドのみならず、スペーサーペプチドを介さずにCPCアシラーゼ変異体のαサブユニットとβサブユニットの両者をコードするポリヌクレオチドもその範囲に含む。更に、CPCアシラーゼ変異体のαサブユニットのみをコードするポリヌクレオチドとCPCアシラーゼのβサブユニットのみをコードするポリヌクレオチドも本発明の範囲に含まれる。
【0035】
本発明は本発明のCPCアシラーゼ変異体遺伝子のヌクレオチド配列又はCPCアシラーゼ変異体アミノ酸配列から推定されるヌクレオチド配列と、本発明のCPCアシラーゼ変異体遺伝子のヌクレオチド配列中の遺伝コードのコドン縮重により作製されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドもその範囲に含む。
【0036】
更に、本発明は本発明のCPCアシラーゼ変異体をコードする遺伝子を含む組換え発現ベクターを含む。前記組換え発現ベクターは慣用方法(Sambrookら,Molecular Cloning,Cold Spring Harbor Laboratory,1989)に従ってCPCアシラーゼ変異体遺伝子と適切な転写/翻訳調節配列を含むDNAフラグメントを適切な発現ベクターに挿入することにより作製することができる。本発明においては、外来遺伝子を宿主で発現することが可能な任意発現ベクターを使用することができる。例えば、好ましい発現ベクターとしては限定されないが、プラスミド、ファージベクター及び組込みベクターが挙げられる。
【0037】
上記のように作製した組換え発現ベクターを慣用形質転換法(Sambrookら,前出)に従って適切な宿主細胞に導入することができる。組換えDNAの発現に適した宿主細胞としては、細菌、放線菌、酵母、真菌、動物細胞、昆虫細胞又は植物細胞を使用することができる。これらの宿主細胞のうちでは大腸菌又はバチルス(Bacillus)種等の細菌;ストレプトマイセス(Streptomyces)種等の放線菌;サッカロマイセス(Saccharomyces)種、フミコーラ(Humicola)種又はピキア(Pichia)種等の酵母;アスペルギルス(Aspergillus)種又はトリコデルマ(Trichoderma)種等の真菌;及びセファロスポリウム(Cephalosporium)種又はアクレモニウム(Acremonium)種等のCPC産生微生物が好ましい。
【0038】
本発明の1好適態様において、本発明のCPCアシラーゼ変異体遺伝子S12(配列番号6)を含む組換え発現ベクターで大腸菌BL21(DE3)を形質転換し、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブダペスト条約に従って2003年7月30日付けでKorean Collection for Type Cultures(KCTC)(所在地:Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology(KRIBB),#52,Oun−dong,Yusong−ku,Taejon,305−333,大韓民国)にアクセション番号KCTC 10503BPで寄託された大腸菌BL21(DE3)/pET−S12と呼ぶ大腸菌形質転換細胞を得る。
【0039】
CPCアシラーゼ変異体はCPCアシラーゼ変異体をコードする遺伝子又はその機能的に等価な誘導体を含む発現ベクターを導入した前記形質転換微生物を適切な培地で適正な条件下に培養することにより作製することができる。
【0040】
更に、CPCアシラーゼ変異体はCPCアシラーゼ変異体をコードするαサブユニット遺伝子又はその機能的に等価な誘導体のみを含む発現ベクターで形質転換された微生物と、CPCアシラーゼ変異体をコードするβサブユニット遺伝子又はその機能的に等価な誘導体のみを含む発現ベクターで形質転換された微生物を適切な培地で適正な条件下に培養し、夫々の形質転換微生物でαサブユニット蛋白質とβサブユニット蛋白質を別々に生産し、精製した2種のサブユニット蛋白質をインビトロ混合することにより作製することもできる。
【0041】
こうして作製したCPCアシラーゼ変異体をそのまま使用するか又は精製形で使用し、1段階酵素法で所望生成物7−ACAを生産することができる。CPCアシラーゼ変異体はCPCアシラーゼの特徴に基づく各種カラムクロマトグラフィー技術を特定目的に従って多少改変するか又は改変せずに使用し、慣用蛋白質精製法により精製することができる。更に、ニッケルカラムに対するヒスチジンペプチドの結合親和性又はセルロースに対するセルロース結合ドメイン(CBD)の結合親和性等の結合親和性を利用してアフィニティークロマトグラフィーによりCPCアシラーゼ変異体を精製することもできる。
【0042】
本発明のCPCアシラーゼ変異体は固定化形態で使用することもできる。CPCアシラーゼ変異体の固定化は担体(例えばセルロース、澱粉、デキストラン及びアガロース等の天然ポリマー;ポリアクリルアミド、ポリアクリレート、ポリメタクリレート及びEupergit C等の合成ポリマー;又はシリカ、ベントナイト及び金属等の鉱物)を使用する慣用方法により実施することができる。CPCアシラーゼ変異体は共有結合、イオン結合、親水性結合、物理的結合又はマイクロカプセル封入等の慣用の固定化方法により前記担体に結合させることができる。更に、グルタルアルデヒド又は臭化シアンの作用により担体と酵素の間に共有結合を形成することによりCPCアシラーゼ変異体を固定化することも可能である。CPCアシラーゼ変異体を精製せずに、CPCアシラーゼ変異体を生産する微生物細胞を全細胞固定化法によりそのまま固定化することが好ましい。微生物により産生されるCPCアシラーゼ変異体の反応性を高めるためには、細胞壁に穴を開けるか又は細胞表面発現技術を適用することも可能である。
【0043】
更に、本発明は前記CPCアシラーゼ変異体を使用して式IのCPCから式IIの7−ACA又はその塩を製造するための方法を提供する。
【0044】
下式中、Rはアセトキシ(−OCOCH)、ヒドロキシ(−OH)、水素(−H)又はその塩である。Rはアセトキシ(−OCOCH)が好ましく、塩はナトリウム、カリウム又はリチウム塩等のアルカリ金属塩が好ましい。
【0045】
【化2】

【0046】
7−ACA(II)はCPC(I)を本発明のCPCアシラーゼ変異体と接触させることにより製造することができ、ここで、このCPCアシラーゼはCPCアシラーゼ変異体産生株の培養液として使用してもよいし、CPCアシラーゼ変異体、精製遊離酵素自体又は前記酵素の固定化形態を含む組成物として使用してもよい。CPCアシラーゼ変異体とCPC(I)の接触反応は水溶液中で実施することが好ましい。CPC(I)の好適濃度は1〜500mMであり;CPCアシラーゼ変異体の添加量は0.1〜100U/mlであり;反応混合物のpHは7〜10であり;反応時間は0.1〜24時間であり;反応温度は4〜40℃である。上記酵素反応により生成された7−ACA(II)を慣用方法により反応混合物から単離精製することができる。
【0047】
更に、本発明のCPCアシラーゼ変異体をCPC(I)とインビボで接触させることにより7−ACA(II)を製造することもできる。特に、7−ACA(II)はアクレモニウム・クリソゼナム(Acremonium crysozenum)等のCPC生合成活性をもつ微生物にCPCアシラーゼ変異体をコードする遺伝子又はその機能的に等価な誘導体を導入する段階と;形質転換細胞を適切な培地で適正な条件下に培養する段階と;CPCアシラーゼ変異体を前記形質転換細胞中で生合成されたCPC(I)と自然接触させる段階により製造することができる。
【0048】
以下、実施例により本発明を更に例証する。当然のことながら、以下の実施例は本発明の好適態様に関するものであるが、例証に過ぎない。上記記載と以下の実施例から当業者は本発明の本質的特徴を認識し、発明の精神と範囲から逸脱することなく、各種用途と条件に合わせて本発明の種々の変更及び変形を実施することができる。
【実施例1】
【0049】
CPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体の作製
<1−1>構造情報に基づくCPCアシラーゼ変異体の作製
<1−1−1>構造情報に基づく変異対象AcyIIアミノ酸残基の選択
CAD−GL−7−ACA複合体の三次構造が最近決定された(Kimら,Chem.Biol.8:1253−1264,2001;Kimら,J.Biol.Chem.276:48376−48381、2001)。図3に示すように、CADの基質結合部位に存在するArg57β、Tyr33β、Tyr149α及びArg155αはGL−7−ACAと直接水素結合を形成し、Phe177β、Leu24β及びVal70βは疎水性相互作用によりGL−7−ACAと結合する。更に、Gln50βはGL−7−ACAと直接相互作用しないが、Arg57β及びTyr149αと水素結合を形成し、これらの残基を触媒反応に適した位置に配置する。一方、CADとGL−7−ACAの結合において、アセトキシ基と6員環と4員βラクタム環を含むGL−7−ACAのβラクタムコアは活性部位残基との結合に有意な影響を与えない。逆に、GL−7−ACA側鎖としてのグルタル酸領域はArg57β、Tyr33β、Tyr149α及びPhe177βと正確に結合することにより基質結合に最大影響を及ぼす(図2及び3)。更に、Leu24βとVal70βは基質を適切な位置まで占有させることによりSer1βの触媒反応の刺激に役割を果たすと推定されている。
【0050】
一方、CAD−GL−7−ACA複合体の三次構造とCAD−CPC複合体の三次構造のオーバーラップの結果、GL−7−ACAのグルタル酸側鎖との結合に関与するArg57β、Tyr33β、Phe177β及びTyr149α等のCADの主要残基はCPCのD−α−アミノアジピン酸側鎖の末端領域のカルボキシル基及びD形アミノ基とぶつかる(図4)。これらのモデリング結果から、CPC側鎖(即ち、GL−7−ACA側鎖に比較してCPC側鎖に付加的に存在する炭素骨格とD−アミノ基)を受容するために十分なスペースをCADの基質結合部位の内側に確保できるならば、CPCに対するGL−7−ACAアシラーゼの特異活性を増加できると予想される。
【0051】
また、CAD、ペニシリンGアシラーゼ及びシュードモナスsp.に由来するGL−7ACAアシラーゼの構造を比較した結果、シュードモナスsp.に由来するGL−7−ACAアシラーゼは他の酵素と同様の基質結合及び反応パターンを示すことが推定された(Kimら,Chem.Biol.8:1253−1264,2001;Fritz−Wolfら,Protein Sci.11:92−103,2002)。更に、CADはCPCに対する活性をもたないが、シュードモナスsp.に由来するGL−7−ACAアシラーゼ(AcyII)はGL−7−ACAに比較して約5%のレベルのCPCに対するアシラーゼ活性をもつことが報告されている(Matsudaら,J.Bacteriol.169:5815−5820,1987)。従って、CPCに対する酵素活性をもたないCADよりも、CPCに対して安定したレベルの酵素活性をもつAcyIIに基づいてCPCアシラーゼ変異体を開発することが有利である。そこで、本発明はCPCアシラーゼ変異体を開発するための基本遺伝子としてシュードモナスsp.SE83に由来するCPCアシラーゼ遺伝子(acyII)を使用した。
【0052】
本発明はCAD−CPC複合体の三次構造と仮想変異誘発情報に基づいてAcyIIの活性部位を選択した後に、選択した活性部位のうちでCPC結合の妨害に関与するAcyII残基に部位特異的変異誘発を実施することにより、野生型AcyIIよりもCPCに対して良好な特異活性をもつCPCアシラーゼ変異体を作製しようと試みた。表1は部位特異的変異誘発の対象としたCADの活性部位残基に対応するAcyII残基を示す。
【0053】
【表1】

【0054】
CAD−CPC複合体の三次構造モデリングの結果に基づき、CPC側鎖の結合を著しく阻害すると推定されるCADのPhe58β、Tyr33β、Phe177β及びTyr149α残基に対応するAcyIIのPhe58β、Met31β、Ile176β及びPhe169α残基と、Ser1β活性部位の触媒反応を刺激するCADのVal70β残基に対応するAcyIIのHis70β残基に部位特異的変異誘発を実施した(図5)。
【0055】
<1−1−2>pBCPC及びpBSEMプラスミドの作製
以下のように配列番号1のacyII構造遺伝子DNAフラグメントをpBC KS(+)ベクター(Stratagene,米国)のXhoI/XbaI部位に挿入することによりpBCPCプラスミドを構築した。まず、DNA合成器を使用することにより、シュードモナスsp.SE83に由来するCPCアシラーゼ遺伝子(acyII)のDNAヌクレオチド配列と前記配列によりコードされる蛋白質AcyIIのアミノ酸配列(GenBankアクセション番号M18278)に基づいてacyII構造遺伝子を合成した。この場合、acyII遺伝子によりコードされるアミノ酸配列は文献に公開されている配列と同一としたが、そのヌクレオチド配列はacyII遺伝子が大腸菌に1個以上の好ましいコドンを含むように多少改変して合成した。
【0056】
制限酵素認識部位とリボソーム結合部位をacyII構造遺伝子に導入するようにPCRを実施した。PCR反応溶液(100μl)は合成acyII遺伝子DNA10ng、CPC−Fプライマー(配列番号13)及びCPC−Rプライマー(配列番号14)各50pmol、dNTP混合物0.2mM、Taq緩衝液(5mM KCl,5mM Tris−HCl,(pH8.3),1.5mM MgCl)、及びExTaqポリメラーゼ(タカラ,日本)2.5単位を含有するものとした。プログラマブルサーマルサイクラー(Peltier Thermal Cycler PTC−200;MJ Research,米国)を用い95℃にて5分間予備変性させることにより反応を開始した。PCR条件は、1分95℃(変性)、30秒58℃(アニール)、及び1分30秒72℃(重合)を25サイクルからなり、10分72℃(後重合)の最終伸長とした。PCR増幅後、PCR産物約2.5kbをXbaI/XhoIで消化し、精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、インサートDNAを得た。更に、pBC KS(+)ベクターDNAを、XbaI/XhoIで消化し、CIPで脱リン酸化し、ベクターDNAを得た。T4DNAリガーゼ(Roche,ドイツ)を使用して16℃で12〜16時間、インサートDNAをベクターDNAに連結し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、形質転換細胞を選択した。選択した形質転換細胞からプラスミドを精製し、インサートDNAのヌクレオチド配列を分析した。その結果、配列番号1のacyII構造遺伝子を含むpBCPCプラスミドが作製され、pBCPCプラスミドを含む大腸菌形質転換細胞を大腸菌MC1061(pBCPC)と命名した。
【0057】
配列番号3のsem構造遺伝子DNAフラグメントをpBC KS(+)ベクター(Stratagene,米国)のXhoI/XbaI部位に挿入することによりpBSEMプラスミドを構築した。次のように一連のPCR増幅を実施した。pBCPCプラスミドを鋳型とし、M13−Rプライマー(配列番号11)とαORF−Rプライマー(配列番号15)を使用して0.8kbのPCR産物を得、pBCPCプラスミドを鋳型とし、βORF−Fプライマー(配列番号16)とHindIII−Rプライマー(配列番号18)を使用して約0.96kbのPCR産物を得、pBCPCプラスミドを鋳型とし、HindIII−Fプライマー(配列番号17)とM13−Fプライマー(配列番号12)を使用して0.75kbのPCR産物を得た。上記のように得られた0.8kb、0.96kb及び0.75kbのPCR産物を混合し、プライマーを添加しなかった以外は上記と同一のPCR条件下でPCRを実施し、3個のPCR産物を1個に融合した約2.5kbのPCR産物を得た。その後、T3プライマー(配列番号9)とT7プライマー(配列番号10)を使用して約2.5kbのPCR産物をPCRにかけ、サイズ約2.5kbのsem遺伝子DNAフラグメントを増幅した。PCR増幅後、約2.5kbのPCR産物をXbaI/XhoIで消化し、精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、インサートDNAを得た。更に、pBC KS(+)ベクターDNAをXbaI/XhoIで消化し、CIPで脱リン酸化し、ベクターDNAを得た。T4DNAリガーゼ(Roche,ドイツ)を使用してインサートDNAとベクターDNAを16℃で16時間連結し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、形質転換細胞を選択した。選択した形質転換細胞からプラスミドを精製し、インサートDNAのヌクレオチド配列を分析した。その結果、配列番号3のsem構造遺伝子を含むpBSEMプラスミドが作製され、pBSEMプラスミドを含む大腸菌形質転換細胞を大腸菌MC1061(pBSEM)と命名した。
【0058】
pBCPCプラスミドに由来する大腸菌形質転換細胞によるCPCアシラーゼ生産性をpBSEMプラスミドに由来する大腸菌形質転換細胞による生産性と比較するために、各大腸菌形質転換細胞から得られたCPCアシラーゼ粗酵素溶液を次のように調製した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB培地(1%Bacto−Tryptone,0.5%Yeast Extract,0.5%NaCl)3mlに各大腸菌形質転換細胞を接種し、30℃、200rpmで16時間激しく振盪しながら培養した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えた新鮮なLB培地50mlに培養液50μlを移し、更に25℃、200rpmで48時間激しく振盪しながら培養した。培養液を4℃、8,000rpmで10分間遠心して沈殿を分離し、この沈殿を0.1M Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で2回洗浄した。この沈殿を同一緩衝液5mlに懸濁し、4℃で10分間超音波処理した。その後、懸濁液を4℃、15,000rpmで20分間遠心し、CPCアシラーゼ粗酵素溶液として使用可能な上清を分離した。
【0059】
Parkら(Parkら,Kor.J.Appl.Microbiol.Biotechnol.23:559−564,1995)により記載されている方法を以下のように多少変更してCPCに対するCPCアシラーゼ変異体の酵素活性を測定した。CPC(純度74.2%;CJ Corp.,韓国)を0.1M Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に濃度20mg/mlで溶かし、1N NaOHでpHを8に調整することにより基質溶液を調製した。上記のように調製した粗酵素溶液20μlとCPC溶液20μlを混合し、反応混合物を37℃で5分間インキュベートした。反応後、50mM NaOHと20%氷酢酸(1:2)の混合物(200μl)を加えて反応を停止した。メタノールに溶かした0.5%(w/v)PDAB(p−ジメチルアミノベンズアルデヒド;Sigma,米国)40μlと遠心により反応混合物から回収した上清200μlを混合し、反応混合物を37℃で10分間インキュベートした。反応後、反応混合物の吸光度を415nmで測定し、標準材料の校正曲線と比較することにより定量した。この場合、1分間にCPCから7−ACA1モルを生産することができる酵素の量として1単位を定義した。一方、Bradford(Bradford,M.,Anal.Biochem.72:248−254,1976)により記載されている方法に従って酵素溶液中に残存している蛋白質の量を測定し、蛋白質1mgに対応する活性単位として表すことにより、CPCに対するCPCアシラーゼ変異体の特異活性を測定した。CPCに対するCPCアシラーゼ変異体の反応性は、同一量の蛋白質を反応混合物に加える段階と、酵素反応を規定時間実施する段階と、反応混合物中で生産された7−ACAの量を測定する段階と、前記量を相対値として表す段階とにより測定した。同一活性単位に対応する蛋白質を反応混合物に加え、酵素反応を規定時間実施し、反応混合物中で生産された7−ACAの量を測定し、前記量を相対値として表すことにより、7−ACAによる最終産物阻害を測定した。
【0060】
CPCに対する酵素活性の測定の結果、大腸菌形質転換細胞MC1061(pBCPC)により生産されたCPCアシラーゼの生産性は約97単位/リットルであったが、大腸菌形質転換細胞MC1061(pBSEM)による生産性は約11単位/リットルに過ぎなかった。
【0061】
<1−1−3>Met31β/Phe58β二重変異体の作製
CPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体を開発するために、以下のようにMet31β/Phe58β二重変異体を作製した。CAD−CPC複合体の三次構造モデリングに示すように、CPC側鎖はGL−7−ACA側鎖に比較して付加的に炭素骨格とD−アミノ基を含むので、CADはCPCと結合するためにGL−7−ACAよりも大きなスペースを必要とする。CPCとの結合に十分なスペースを確保するために、AcyIIの基質結合部位の内側の2個の残基を同時に変異させた。CPC側鎖の結合に最も重要な残基としてCADのArg57βに対応するAcyIIのHis57βを保存し、CPC側鎖の末端のカルボキシル基とD−アミノ基にぶつかると考えられるAcyIIのとMet31βをロイシンで置換した。同時に、AcyIIのHis57β側鎖にねじれ角の変化を誘導することによりCPC側鎖の結合スペースを更に確保するために、アラニン、バリン、ロイシン、メチオニン、システイン又はアスパラギン等の比較的小さい側鎖をもつ別のアミノ酸残基でAcyIIのPhe58βを置換した。その結果、オーバーラップPCRによりM31βL/F58βM、M31βL/F58βC、M31βL/F58βL、M31βL/F58βA、M31βL/F58βV及びM31βL/F58βN二重変異体が作製された(Hoら,Gene 15:51−59,1989)。これらの二重変異体の作製方法を以下に詳述する。
【0062】
部位特異的変異誘発に使用したPCR反応溶液(100μl)は鋳型DNA10ng、フォワード及びリバースプライマー各50pmol、dNTP混合物0.2mM、Taq緩衝液(5mM KCl,5mM Tris−HCl,(pH8.3),1.5mM MgCl)、及びExTaqポリメラーゼ(タカラ,日本)2.5単位を含有するものとした。プログラマブルサーマルサイクラー(Peltier Thermal Cycler PTC−200;MJ Research,米国)で95℃にて5分間変性させることにより反応を開始した。PCR条件は1分95℃、30秒58℃及び60〜90秒72℃を25サイクルからなり、10分72℃の最終伸長とした。
【0063】
特に、以下の鋳型とプライマーを使用してM31βL/F58βM二重変異体を作製するための一連のPCR増幅を実施した。即ちpBSEMプラスミドを鋳型とし、M13−Rプライマー(配列番号11)とM31βL−Rプライマー(配列番号19)を使用して1.0kbのPCR産物を得、pBSEMプラスミドを鋳型とし、F58βM−Fプライマー(配列番号20)とM13−Fプライマー(配列番号12)を使用して1.6kbのPCR産物を得た。
【0064】
上記のように得られた1.0kbと1.6kbのPCR産物を混合し、プライマーを添加しなかった以外は上記と同一の条件下でPCRを実施し、2個のPCR産物を相互に結合することにより1個に融合した約2.5kbのPCR産物を得た。その後、T3プライマー(配列番号9)とT7プライマー(配列番号10)を使用して約2.5kbのPCR産物をPCRにかけ、サイズ約2.5kbの二重変異体DNAを増幅した。PCR増幅後、約2.5kbのPCR産物をXbaI/XhoIで消化し、精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、インサートDNAを得た。更に、pBC KS(+)ベクターDNAをXbaI/XhoIで消化し、CIPで脱リン酸化し、ベクターDNAを得た。T4DNAリガーゼ(Roche,ドイツ)を使用してインサートDNAをベクターDNAに16℃で16時間連結し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、二重変異体遺伝子を含む形質転換細胞を選択した。選択した形質転換細胞からプラスミドを精製し、インサートDNAのヌクレオチド配列を分析し、変異残基を確認した。
【0065】
上記と同一方法により、M31βL/F58βC、M31βL/F58βL、M31βL/F58βA、M31βL/F58βV及びM31βL/F58βN二重変異体を作製した。この場合、M31βL/F58βCには、M13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)とF58βC−Fプライマー(配列番号21)及びM13−Fプライマー(配列番号12);M31βL/F58βLには、M13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)とF58βL−Fプライマー(配列番号24)及びM13−Fプライマー(配列番号12);M31βL/F58βAには、M13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)とF58βA−Fプライマー(配列番号22)及びM13−Fプライマー(配列番号12);M31βL/F58βVには、M13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)とF58βV−Fプライマー(配列番号23)及びM13−Fプライマー(配列番号12);M31βL/F58βNには、M13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)とF58βN−Fプライマー(配列番号25)及びM13−Fプライマー(配列番号12)をオーバーラップPCR増幅に使用した。
【0066】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、各CPCアシラーゼ変異体の粗酵素溶液を使用することにより、上記のように得られた二重変異体のCPCに対する特異活性を測定した。その結果、M31βL/F58βM、M31βL/F58βC、M31βL/F58βN、M31βL/F58βL、M31βL/F58βA及びM31βL/F58βV二重変異体の特異活性は野生型AcyIIの夫々2.4倍、2.3倍、2.0倍、1.8倍、1.6倍及び1.6倍であることが確認された。
【0067】
<1−1−4>Met31β/Phe58β/His70β三重変異体の作製
6種の二重変異体のうちで最高の特異活性増加を示すM31βL/F58βMの特異活性を更に高めるために、活性部位S1βの触媒反応を刺激するCADのVal70βに対応するAcyIIのHis70βをセリン又はロイシンで置換し、三重変異体を作製した。
【0068】
QuickChange(登録商標)部位特異的変異誘発キット(Stratagene,米国)を製造業者の指示に従って使用することにより、M31βL/F58βM/H70βS三重変異体を作製した。PCR反応溶液(50μl)はM31βL/F58βM二重変異体DNA40ng、H70βS−Fプライマー(配列番号26)及びH70βS−Rプライマー(配列番号27)各100pmol、dNTP混合物1μl、緩衝液(100mM KC1,100mM (NHSO,200mM Tris−HCl,(pH8.8),20mM MgSO,1% Triton X−100及び1mg/ml BSA)5μl、及びpfuTurbo(登録商標)DNAポリメラーゼ(Strategene,米国)2.5単位を含有するものとした。プログラマブルサーマルサイクラー(Peltier Thermal Cycler PTC−200;MJ Research,米国)で95℃にて30秒間変性させることにより反応を開始した。PCR条件は30秒95℃、1分55℃、及び12分68℃を16サイクルとした。PCR増幅後、DpnI制限酵素10単位をPCR反応溶液に加え、37℃で1時間インキュベートし、変異が生じない鋳型DNAを除去した。変異体DNAを精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、形質転換細胞を選択した。選択した形質転換細胞からプラスミドを精製し、インサートDNAのヌクレオチド配列を分析し、変異残基を確認した。
【0069】
H70βL−Fプライマー(配列番号28)とH70βL−Rプライマー(配列番号29)を使用した以外は上記と同一方法に従い、QuickChange(登録商標)部位特異的変異誘発キット(Stratagene,米国)を使用することによりM31βL/F58βM/H70βL三重変異体を作製した。
【0070】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、各CPCアシラーゼ変異体の粗酵素溶液を使用することにより、CPCに対する三重変異体の特異活性を測定した。その結果、M31βL/F58βM/H70βS及びM31βL/F58βM/H70βL三重変異体の特異活性はM31βL/F58βM二重変異体の夫々3.2倍と2.4倍を示した。
【0071】
<1−1−5>Phe169α/Met31β/Phe58β/His70β四重変異体の作製
2種の三重変異体のうちで最高の特異活性増加を示すM31βL/F58βM/H70βSの特異活性を更に高めるために、活性部位S1βの効率的触媒反応に適した位置にCPCを配置するのを助長するCADのTyr149αに対応するAcyIIのPhe169αをチロシンで置換し、四重変異体F169αY/M31βL/F58βM/H70βSを作製した。チロシン側鎖はフェニルアラニン側鎖に比較して付加的にヒドロキシル(−OH)基をもつので、CPC側鎖及び/又はその隣接残基と水素結合を形成することによりS1βの触媒反応を刺激することができる。
【0072】
M31βL/F58βM/H70βS三重変異体を鋳型とし、F169αY−Fプライマー(配列番号30)とF169αY−Rプライマー(配列番号31)を使用した以外は実施例<1−1−4>に記載したと同一方法に従い、QuickChange(登録商標)部位特異的変異誘発キット(Stratagene,米国)を使用することにより、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体を作製した。
【0073】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、四重変異体の粗酵素溶液を使用することにより、CPCに対するF169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体の特異活性を測定した。その結果、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体の特異活性はM31βL/F58βM/H70βS三重変異体の2.1倍に増加した。
【0074】
<1−1−6>Phe169α/Met31β/Phe58β/His70β/Ile176β五重変異体の作製
CPCに対するF169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体特異活性の特異活性を更に高めるために、CPC側鎖の結合の妨害に関与していると思われるCADのPhe177βに対応するAcyIIのIle176βをバリンで置換し、五重変異体F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/Ile176βVを作製した。実施例<1−1−3>では、AcyIIのPhe58βをメチオニンで置換した。一方、AcyIIのIle176βはAcyIIのPhe58βに非常に近接して位置しており、CPC結合を妨害すると予想される。そこで、CPC基質側鎖の結合をより効率的にするために、イソロイシンと同様の構造でサイズが小さい側鎖をもつバリンでIle176βを置換した。
【0075】
F169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体を鋳型とし、Ile176βV−Fプライマー(配列番号32)とIle176βV−Rプライマー(配列番号33)を使用した以外は実施例<1−1−4>に記載したと同一方法に従い、QuickChange(登録商標)部位特異的変異誘発キット(Stratagene,米国)を使用することにより、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体を作製した。
【0076】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、五重変異体の粗酵素溶液を使用することにより、CPCに対するF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体の特異活性を測定した。その結果、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体の特異活性はF169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体の2.4倍に増加した。
【0077】
<1−2>CPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体の作製
<1−2−1>Phe169α/Met31β/Phe58β/Ile176β四重変異体の作製
7−ACAの大規模1段階酵素的製造方法に既存CPCアシラーゼを適用することは困難であるが、これは、7−ACAによる最終産物阻害とCPCに対するCPCアシラーゼの特異活性が低いことからCPCから7−ACAへの変換効率が非常に低いためである。一方、実施例<1−1>においてCPCアシラーゼ変異体の特異活性を増加させる一連の部位特異的変異誘発から明らかなように、His70βの変異はCPCに対するCPCアシラーゼ変異体の特異活性を有意に増加するが、7−ACAによる最終産物阻害レベルも著しく増加する。そこで、実施例<1−1−6>のF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体をH70βSの復帰変異誘発により野生型残基ヒスチジンに変異させ、F169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体を作製した(図5)。F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体を鋳型とし、H70β−Fプライマー(配列番号34)とH70β−Rプライマー(配列番号35)を使用した以外は実施例<1−1−4>に記載したと同一方法に従い、F169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体を作製した。
【0078】
野生型、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体及びF169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体の各粗酵素溶液の調製後に同一活性単位に対応する酵素溶液を使用することにより、実施例<1−1−2>に記載したと同一の方法により、最終産物阻害を測定した。その結果、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体のH70βSを野生型残基ヒスチジンに復帰変異させると、7−ACAによる最終産物阻害は野生型酵素と同等レベルまで低下することが確認された(図6)。
【0079】
<1−2−2>Gly139α/Phe169α/Met31β/Phe58β/Ile176β及びVal121α/Phe169α/Met31β/Phe58β/Ile176β五重変異体の作製
CPCに対するF169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体の反応性を更に高めるために、四重変異体DNAにエラープローンPCRを実施し、ランダム部位に点変異をもつ変異体ライブラリーを構築した。この場合、平均して四重変異体遺伝子1個当たりアミノ酸残基1個に置換が生じるように前記エラープローンPCRのエラー率を調節した。変異体ライブラリーの具体的な構築手順は以下の通りとした。
【0080】
エラープローンPCRに使用したPCR反応溶液(100μl)はF169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体DNA5ng、T3プライマー(配列番号9)及びT7プライマー(配列番号10)各50pmol、dATP及びdGTP各0.2mM、dCTP及びdTTP各1.0mM、5mM KCl,5mM Tris−HCl,(pH8.3),3.5mM MgCl,0.025mM MnCl及びrTaqDNAポリメラーゼ(タカラ,日本)5単位を含有するものとした。プログラマブルサーマルサイクラー(Peltier Thermal Cycler PTC−200;MJ Research,米国)で95℃にて3分間変性させることにより反応を開始した。PCR条件は1分95℃、30秒58℃、及び90秒72℃を20サイクルと、10分72℃の最終伸長とした。エラープローンPCR増幅後、約2.5kbのPCR産物をXbaI/XhoIで消化し、精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、インサートDNAを得た。更に、pBSEMプラスミドDNAをXbaI/XhoIで消化し、ベクターDNAとして使用する3.4kbのDNAフラグメントを得た。T4DNAリガーゼ(Roche,ドイツ)を使用してインサートDNAとベクターDNAを16℃で16時間連結し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、変異体ライブラリーを構築した。
【0081】
上記のように得られた変異体ライブラリーからCPCに対する反応性の改善されたCPCアシラーゼ変異体を以下のようにスクリーニングした。
【0082】
クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB培地200μlを充填した96ウェルプレートにエラープローンPCRによりランダム部位に点変異を導入したCPCアシラーゼ変異体遺伝子を含む大腸菌MC1061形質転換細胞を接種し、30℃、180rpmで60〜70時間激しく振盪しながら培養した。ウェルプレートから取り出した各培養液100μlを別の96ウェルプレートに移した。細胞溶解液(2mg/mlリゾチーム、mM EDTA、0.4%Triton X−100を含有する0.1M Tris−Cl緩衝液(pH8.0))100μlを加え、30℃で2時間放置した。その後、0.1M Tris−Cl緩衝液(pH8.0)に溶かした2.5%(w/v)CPC溶液と5mM 7−ACAの混合物50μlを各ウェルに加え、ウェルプレートを28℃に14〜16時間維持し、CPCの加水分解反応を誘導した。この場合、7−ACAをCPC溶液に添加したが、これはCPCに対する特異活性の改善及び/又は7−ACAによる最終産物阻害の低下を示すCPCアシラーゼ変異体のスクリーニングを容易にするためである。CPCの加水分解反応後、反応混合物を4,200rpmで20分間遠心して上清を分離し、上清50μlを別の96ウェルプレートに移した。停止溶液(酢酸:250mM NaOH,2:1)160μlを各ウェルに加えて酵素反応を停止した後、発色剤(メタノールに溶かした0.5%(w/v)PDAB溶液)40μlを加え、ウェルプレートを室温で10分間放置した。次にウェルプレートをマイクロプレートリーダーに載せ、415nmの吸光度を測定し、測定した吸光度値を比較することによりCPCに対する特異活性の改善されたCPCアシラーゼ変異体を選択した。
【0083】
前記ランダム変異体ライブラリーから約25,000個のコロニーをランダムにスクリーニングした結果、ランダム変異誘発の鋳型として使用したF169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体よりも高い吸光度値を示す2個の変異体(#120及び#213)を選択した。#120変異体はGly139αがセリンで置換されており(G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV五重変異体)、#213変異体はVal121αがアラニンで置換されている(V121αA/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV五重変異体)ことが配列分析により確認された(図5)。
【0084】
更に、実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、各変異体の粗酵素溶液を使用することにより、#120及び#213変異体のCPCに対する反応性を測定した。その結果、#120及び#213変異体はCPCに対する反応性が実施例<1−2−1>のF169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体よりも更に増加していることが確認された(図7)。
【0085】
<1−2−3>Val121α/Gly139α/Phe169α/Met31β/Phe58β/Ile176β六重変異体の作製
V121αA又はG139αS変異をF169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重変異体に組込むと、CPCに対するCPCアシラーゼ変異体の反応性が増加することが実施例<1−2−2>の結果から確認された。そこで、CPCに対する反応性を更に高めるために、#120変異体のG139αS変異を#213変異体に組込むことにより、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体を作製した(図5)。本発明の六重変異体は#213変異体DNAを鋳型とし、G139αS−Fプライマー(配列番号36)とG139αS−Rプライマー(配列番号37)をPCRに使用した以外は、実施例<1−1−4>に記載したと同一方法に従って作製した。本発明では、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体をコードするCPCアシラーゼ変異体遺伝子をTnS5と命名した。
【0086】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、六重変異体の粗酵素溶液を使用することにより、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体のCPCに対する反応性を測定した。その結果、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体(TnS5)のCPCに対する反応性は#213及び#120変異体よりも増加することが確認された(図7)。
【0087】
<1−3>pBC−TnS5αβプラスミドの作製
V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体をコードするTnS5遺伝子は、宿主細胞でαサブユニットとβサブユニットを別々に発現し、これらの2個のサブユニットの自然接触によりCPCアシラーゼの活性形を生成するように設計されたCPCアシラーゼ変異体遺伝子(例えばsem遺伝子)である。
【0088】
野生型アシラーゼ遺伝子(acyII)等のCPCアシラーゼ変異体遺伝子を宿主細胞で転写翻訳後に自己消化プロセスにより得られるα及びβサブユニット各1個から構成されるTnS5遺伝子から活性なCPCアシラーゼ変異体の形成を誘導するために、本発明はV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体のαサブユニットとβサブユニットの間に野生型CPCアシラーゼ(AcyII)のスペーサーペプチドを挿入した六重CPCアシラーゼ変異体をコードするTnS5αβ遺伝子を作製した(図5)。TnS5αβ遺伝子の作製方法を以下に詳細に記載する。
【0089】
TnS5遺伝子をpBC−KS(+)ベクターのXhoI/XbaI部位に挿入し、pBC−TnS5プラスミドを作製した。PCR増幅を2回実施し、pBC−TnS5プラスミドを鋳型とし、M13−Rプライマー(配列番号11)とαCPC−Rプライマー(配列番号38)を使用することにより0.8kbのPCR産物を得、pBC−TnS5プラスミドを鋳型とし、βCPC−Fプライマー(配列番号39)とM13−Fプライマー(配列番号12)を使用して1.7kbのPCR産物を得た。上記のように得られた0.8kbと1.7kbのPCR産物を混合し、プライマーを添加しなかった以外は同一条件下でPCRを実施し、2個のPCR産物を相互に結合することにより1個に融合した約2.5kbのPCR産物を得た。その後、T3プライマー(配列番号9)とT7プライマー(配列番号10)を使用して2.5kbのPCR産物をPCRにかけ、TnS5αβ遺伝子を含むDNAフラグメントを増幅した。PCR増幅後、約2.5kbのPCR産物をXbaI/XhoIで消化し、精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、インサートDNAを得た。更に、pBC KS(+)ベクターDNAをXbaI/XhoIで消化し、CIPで脱リン酸化し、ベクターDNAを得た。T4DNAリガーゼ(Roche,ドイツ)を使用してインサートDNAをベクターDNAに16℃で16時間連結し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、形質転換細胞を選択した。選択した形質転換細胞からプラスミドを精製し、インサートDNAのヌクレオチド配列を分析した。その結果、TnS5αβ遺伝子を含むpBC−TnS5αβプラスミドが作製された。
【0090】
TnS5αβ遺伝子によるCPCアシラーゼ変異体の生産性を検討するために、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体をコードするTnS5及びTnS5αβ遺伝子の各々をpBC−KS(+)ベクターに挿入し、夫々pBC−TnS5及びpBC−TnS5αβ組換えプラスミドを作製し、各組換えプラスミドを大腸菌MC1061に形質転換し、大腸菌形質転換細胞MC1061(pBC−TnS5)及びMC1061(pBC−TnS5αβ)を得た。クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLBブロス50ml中で大腸菌形質転換細胞を25℃、200rpmで48時間激しく振盪しながら培養し、実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、形質転換細胞培養液から調製した粗酵素溶液を使用することによりCPCに対する酵素活性を測定した。その結果、各大腸菌形質転換細胞MC1061(pBC−TnS5)及びMC1061(pBC−TnS5αβ)により生産されたCPCアシラーゼの生産性は夫々約78単位/リットルと162単位/リットルであった。これらの結果から、CPCアシラーゼ変異体遺伝子を宿主細胞で転写翻訳後に自己消化プロセスにより形成される六重CPCアシラーゼ変異体(例えばTnS5αβ)は宿主細胞で別々に発現させたαサブユニットとβサブユニットの自然接触により形成される六重CPCアシラーゼ変異体(例えばTnS5)の生産性の約2倍であることが確認された。
【0091】
更に、大腸菌形質転換細胞MC1061(pBC−TnS5αβ)の培養液から調製した粗酵素溶液を変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(12%SDS−PAGE)にかけ、蛋白質発現パターンを検討した。その結果、サイズ約83kDaの不活性前駆体バンドは出現せず、不活性前駆体形の大半は本発明の培養条件下でTnS5αβ遺伝子の転写翻訳後に効率的自己消化によりCPCアシラーゼ変異体の活性形に変換することが分かった(図7)。従って、以下ではCPCアシラーゼ変異体を開発するための鋳型DNAとしてTnS5αβ遺伝子を使用した。
【0092】
<1−4>CPCに対する反応性が更に増加したCPCアシラーゼ変異体の作製
<1−4−1>Val121α/Gly139α/Phe169α/Phe58β/Ile176β五重変異体の作製
本発明では、実施例<1−1>〜<1−3>で一連の部位特異的変異誘発とランダム変異誘発により、CPCに対する反応性の改善されたV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体をコードするCPCアシラーゼ変異体遺伝子TnS5及びTnS5αβを作製した。TnS5αβ六重変異体を作製するためのこれらの変異誘発操作では、CPC側鎖の末端のカルボキシル基とD−アミノ基にぶつかると予想されるMet31βをロイシンで置換し、Phe58βをメチオニン、システイン又はアスパラギンで同時に置換し、His57β側鎖のねじれ角を変化させることによりCPC側鎖の効率的結合に十分なスペースを確保した。即ち、本発明はCPCに対する反応性を更に高めるために、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体のMet31β及びPhe58β残基を次のように最適化した。
【0093】
本発明は、TnS5αβ六重変異体DNAを鋳型としてM31βLを野生型残基メチオニンに復帰変異誘発すると共にF58βMをアスパラギン又はシステインに置換し、 4個の変異体(V121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βV,V121αA/G139αS/F169αY/F58βC/I176βV,V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βN/I176βV,V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βC/I176βV)を作製した。これらの変異体は実施例<1−1−3>にM31βL/F58βM二重変異体について記載したと同一の作製方法に従って作製した。この場合、以下のプライマー、即ちV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βC/I176βVにはM13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)ならびにF58βC−Fプライマー(配列番号21)及びM13−Fプライマー(配列番号12);V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βN/I176βVにはM13−Rプライマー(配列番号11)及びM31βL−Rプライマー(配列番号19)ならびにF58βN−Fプライマー(配列番号25)及びM13−Fプライマー(配列番号12);V121αA/G139αS/F169αY/F58βC/I176βVにはM13−Rプライマー(配列番号11)及びM31β−Rプライマー(配列番号42)ならびにF58βC−Fプライマー(配列番号21)及びM13−Fプライマー(配列番号12);V121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βVにはM13−Rプライマー(配列番号11)及びM31β−Rプライマー(配列番号42)ならびにF58βN−Fプライマー(配列番号25)及びM13−Fプライマー(配列番号12)を使用してオーバーラップPCRを実施した。
【0094】
CPCに対する酵素反応性は、実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、各変異体の粗酵素溶液を使用することにより測定した。その結果、TnS5αβ六重変異体のF58βMをアスパラギンで置換した変異体は、CPCに対する反応性が著しく増加し、TnS5αβ六重変異体のM31βLをメチオニンに復帰変異させた変異体はCPCから7−ACAをより効率的に生産するが、その特異活性は多少低下することが確認された(図8)。これらの結果から、本発明はTnS5αβ六重変異体よりもCPCに対する反応性が更に増加したV121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βV五重変異体(mF58)を選択した(図5)。
【0095】
<1−4−2>Val121α/Gly139α/Phe58β/Ile176β四重変異体の作製
本発明では実施例<1−1−5>でCPCに対するCPCアシラーゼ変異体の特異反応性を更に高めるためにM31βL/F58βM/H70βS三重変異体のPhe169αをチロシンで置換した。一方、実施例<1−2−1>では7−ACAによる最終産物阻害を低減するためにF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体のH70βS残基をヒスチジンに復帰変異誘発し、実施例<1−4−1>ではV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体のM31βL残基を野生型残基メチオニンに復帰変異誘発した。更に、V121αA/G139αS/F169αY/F58βM/I176βV五重変異体のF58βM変異残基及びI176β残基を夫々アスパラギンとバリンで置換した。こうして、F169αY変異残基を野生型残基フェニルアラニンに復帰変異誘発することによりV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体(F169)を作製した(図5)。
【0096】
V121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βV五重変異体DNAを鋳型とし、F169α−Fプライマー(配列番号45)とF169α−Rプライマー(配列番号46)をPCRに使用した以外は実施例<1−1−4>にM31βL/F58βM/H70βS三重変異体DNAについて記載したと同一の作製方法によりV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体を作製した。
【0097】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、変異体酵素の粗酵素溶液を使用することによりCPCに対するV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体の反応性を測定した。その結果、V121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βV五重変異体のF169αYを野生型残基フェニルアラニンに復帰変異させると、CPCに対するCPCアシラーゼ変異体の反応性が更に増加することが確認された(図9)。
【0098】
<1−4−3>Val121α/Gly139α/Phe58β/Ile75β/Ile176β及びVal121α/Gly139α/Phe58β/Ile176β/Ser471β五重変異体の作製
CPCに対するV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体の反応性を更に高めるために、V121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体をエラープローンPCRにかけ、ランダム変異体ライブラリーを構築した。上記のように構築したランダム変異体ライブラリーからV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体よりもCPCに対する反応性が更に増加した変異体をスクリーニングした。この場合の、エラープローンPCRの反応条件、前記変異体ライブラリーの作製方法及び変異体のスクリーニング方法は、CPCに対する反応性が更に増加した変異体を変異体ライブラリーからスクリーニングする際に5mM 7−ACA(終濃度)を反応混合物に添加した以外は実施例<1−2−2>に記載したものと同一とした。
【0099】
前記ランダム変異体ライブラリーから約15,000個のコロニーをスクリーニングした結果、ランダム変異誘発の鋳型として使用したV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体よりも高い吸光度値を示す2個の変異体(#59及び#76)を選択した。配列分析の結果、#59変異体はIle75βがスレオニンで置換されており(V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV五重変異体)、#76変異体はSer471βがシステインで置換されている(V121αA/G139αS/F58βN/I176βV/S471βC五重変異体)ことが確認された(図5)。
【0100】
更に、実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、各変異体の粗酵素溶液を使用することによりCPCに対する#59及び#76変異体の反応性を測定した。その結果、CPCに対する#59及び#76変異体の反応性はV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体(F169)よりも高いことが確認された(図9)。
【0101】
<1−4−4>Val121α/Gly139α/Phe58β/Ile75β/Ile176β/Ser471β六重変異体の作製
CPCに対する反応性はV121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重変異体にIle75βT又はS471βC変異を導入することにより増加することが上記から確認された。そこで、CPCに対する反応性を更に高めるために、本発明では#59変異体のIle75βT変異を#76変異体に導入することによりV121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重変異体を作製した(図5)。本発明の六重変異体は、#76変異体DNAを鋳型とし、I75βT−Fプライマー(配列番号43)とI75βT−Rプライマー(配列番号44)をPCR増幅に使用した以外は、実施例<1−1−4>に記載したと同一の方法により作製した。本発明ではV121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重変異体をコードするCPCアシラーゼ変異体遺伝子をS12と命名した。
【0102】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、六重変異体の粗酵素溶液を使用することにより、V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重変異体のCPCに対する反応性を測定した。その結果、V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重変異体(S12)のCPCに対する反応性は#76変異体(V121αA/G139αS/F58βN/I176βV/SβC五重変異体)よりも高いことが確認された(図10)。
【実施例2】
【0103】
CPCアシラーゼ変異体の精製とその反応特性の分析
<2−1>CPCに対する特異活性の増加したCPCアシラーゼ変異体の精製
クロラムフェニコール25μg/mlを加えたテリフィックブロス(1.2%Bacto−Trypton,2.4%Yeast Extract,0.4%グリセロール,0.17M KHPO,0.72M KHPO)1リットル中で野生型又は本発明のCPCアシラーゼ変異体遺伝子を導入した組換えプラスミドを含む大腸菌MC1061形質転換細胞を30℃で16時間培養し、前培養液を得た。前培養液10mlを同一培地に接種した後、25℃、200rpmで48時間激しく振盪しながら培養した。培養液を4℃、8,000rpmで10分間遠心して沈殿を分離し、沈殿を20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で2回洗浄した。沈殿を同一緩衝液100mlに懸濁した。この懸濁液を4℃で20分間超音波処理し、細胞壁を破壊し、4℃、15,000rpmで20分間遠心して不溶性材料と細胞破片を除去し、以下に粗酵素溶液として使用する上清を得た。
【0104】
硫酸アンモニウムを粗酵素溶液に加え、その最終飽和率を30%に調整し、反応混合物を4℃で1時間飽和まで撹拌した。その後、反応混合物を4℃、12,000rpmで15分間遠心して沈殿を除去し、硫酸アンモニウムを上清に加えて最終飽和率を60%に調整した。反応混合物を4℃で1時間飽和まで撹拌し、4℃、12,000rpmで15分間遠心して沈殿を回収した。沈殿を20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に懸濁し、50mM NaClを加えた20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で一晩透析した。
【0105】
50mM NaClを加えた20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)でDEAE−セファロースアニオン交換カラム(5×18.5cm)を平衡化し、透析により得られた蛋白質溶液をクロマトグラフィーにかけ、カラムを同一緩衝液3容量で洗浄し、吸着しない蛋白質分子を除去した。NaCl濃度を50mMから200mMまで漸増させることにより吸着した蛋白質を溶出させた。CPCアシラーゼ活性を示すフラクションを集め、透析バッグでポリエチレングリコール(M.W.20,000)により濃縮した。25%硫酸アンモニウムを加えた20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で濃縮蛋白質を透析した。
【0106】
25%硫酸アンモニウムを加えた20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)でPhenyl−Toyoperlカラム(2.5×6cm)を平衡化し、上記により得られた透析物をクロマトグラフィーにかけ、蛋白質をカラムに吸着させ、硫酸アンモニウム濃度を25%から0%まで漸減させることにより吸着した蛋白質を溶出させた。各フラクションのCPCアシラーゼ活性を確認した後に、酵素活性をもつフラクションを回収し、ポリエチレングリコールで濃縮し、20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で透析し、野生型及び本発明のCPCアシラーゼ変異体を精製した。
【0107】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法により酵素活性を測定した。
【0108】
<2−2>野生型CPCアシラーゼの物性と反応特徴の分析
実施例<2−1>に記載したと同一方法に従い、実施例<1−1−2>で作製したpBCPC又はpBSEMプラスミドを含む大腸菌形質転換細胞から野生型CPCアシラーゼを精製した。pBCPCプラスミドに由来する野生型CPCアシラーゼ(AcyII)とpBSEMプラスミドに由来する野生型CPCアシラーゼ(Sem)の物性と反応特徴を分析した結果、同一の物性(例えば分子量)と反応特徴(例えば特異活性、最適温度、最適pH)を示した。
【0109】
更に、実施例<2−1>で得られた野生型CPCアシラーゼの活性フラクションに非変性PAGEとクーマシーブルー染色を実施した。その結果、約83kDaの分子量に対応する位置に単一バンドが検出され、野生型CPCアシラーゼが純粋に精製されたことを示した(図11a〜11c)。非変性PAGEの結果に加え、MALDI−TOF質量分析により精製酵素(即ち活性CPCアシラーゼ)の分子量は約83kDaであることが確認された。更に、αサブユニットに対応する約25kDaのバンドとβサブユニットに対応する約58kDaのバンドが変性SDS−PAGEにより検出された。これらの結果から、本発明のCPCアシラーゼ変異体は約25kDaのαサブユニットと約58kDaのβサブユニット1個ずつから構成される二量体であることが確認された。
【0110】
α及びβサブユニットを変性SDS−PAGEゲルから精製し、各サブユニットフラグメントの分子量をMALDI−TOF質量分析により測定した。その結果、pBCPCプラスミドに由来する野生型CPCアシラーゼ(AcyII)は配列番号2のアミノ酸配列の230位と231位のアミノ酸の間と239位と240位のアミノ酸の間の2つの位置に生じる自己消化により9個のアミノ酸から構成されるスペーサーペプチドを除去することにより、約25kDaのαサブユニットと約58kDaのβサブユニットに分離されると予想された。
【0111】
野生型CPCアシラーゼの特異活性を検討した結果、野生型CPCアシラーゼは約23.1単位/mg蛋白質のGL−7−ACAに対する特異活性と約0.33単位/mg蛋白質のCPCに対する特異活性を示した。従って、シュードモナスsp.SE83に由来するAcyIIのCPCに対する特異活性はGL−7−ACAに対する特異活性の約1.4%に過ぎないことが分かった。
【0112】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従って酵素反応を実施した後に、Lineweaver−Burkプロット法により精製酵素の速度論的パラメーターを測定した。その結果、野生型CPCアシラーゼAcyIIのKm、Kcat及び触媒効率(即ちKcat/Km)は夫々50mM、0.9/sec及び0.02/sec/mMであった。
【0113】
更に、野生型CPCアシラーゼAcyIIの最適反応温度及びpHを検討した結果、CPCの最適反応温度及びpHは夫々40℃と9.0であった。
【0114】
<2−3>特異活性の増加したCPCアシラーゼ変異体の反応特徴の分析
実施例<2−1>に記載したと同一方法に従い、M31βL/F58βM二重変異体、M31βL/F58βM/H70βS三重変異体、F169αY/M31βL/F58βM/H70βS四重変異体及びF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体をコードする各CPCアシラーゼ変異体遺伝子を含むプラスミドで形質転換した組換え大腸菌から各CPCアシラーゼ変異体を精製した。
【0115】
各変異体酵素の反応特徴を分析した結果、その反応特徴(例えば最適温度及びpH)と物性(例えば分子量)は野生型CPCアシラーゼと同一であった。他方、各変異体酵素の特異活性を検討した結果、CPCに対する各変異体の特異活性は変異誘発が定常的に進行するにつれて漸増した(表2)。これらの順次変異誘発から、CPCに対する特異活性が野生型CPCアシラーゼの約11.2倍に増加したF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体が得られた。
【0116】
【表2】

【0117】
実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従って酵素反応を実施した後に、Lineweaver−Burkプロット法によりF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体酵素の速度論的パラメーターを測定した。その結果、Km、Kcat及びKcat/Kmは夫々8mM、2.4/sec及び0.30/sec/mMであった。F169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重変異体は野生型酵素に比較してKm値が約6.3分の1に減少し、CPC反応効率が約15倍に増加した。これらの結果から、CADの三次構造に基づく一連の部位特異的変異誘発により得られた本発明のCPCアシラーゼ変異体はCPCに対する結合親和性と特異活性が増加していることが確認された。
【0118】
<2−4>CPCに対する反応性の増加したCPCアシラーゼ変異体の精製とその反応特徴の分析
実施例<2−1>に記載したと同一方法に従い、実施例<1−3>のV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重変異体をコードするCPCアシラーゼ変異体遺伝子(TnS5αβ)又は実施例<1−4−4>のV121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重変異体をコードするCPCアシラーゼ変異体遺伝子(S12)を含むプラスミドで形質転換した組換え大腸菌から各六重CPCアシラーゼ変異体を精製した。
【0119】
各精製変異体酵素TnS5αβ及びS12の反応特徴を分析した結果、その反応特徴(例えば最適温度及びpH)と物性(例えば分子量)は野生型CPCアシラーゼと同一であった。
【0120】
各CPCアシラーゼ変異体CPCに対する特異活性と7−ACAによる最終産物阻害を検討するために、反応混合物のpHを8.5に調整した以外は実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従って酵素反応を実施した。その結果、TnS5αβ及びS12変異体酵素のCPCに対する特異活性は野生型CPCアシラーゼの2.3倍と8.5倍に対応する夫々1.5単位/mg蛋白質と5.8単位/mg蛋白質であった。更に、S12変異体酵素の7−ACAによる阻害定数(Ki)を測定した結果、野生型酵素のKi値は0.4mMであったが、S12変異体酵素のKi値は1.9mMであり、S12変異体酵素の7−ACAによる最終産物阻害が野生型酵素に比較して有意に低下したことが判明した。これらの結果から、本発明のS12変異体酵素(V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重変異体)はCPCに対する特異活性が増加すると同時に7−ACAによる最終産物阻害が低下することが確認された。
【実施例3】
【0121】
大腸菌におけるCPCアシラーゼ変異体の生産
<3−1>pBC KS(+)ベクターを使用したCPCアシラーゼ変異体の生産
V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体をコードする遺伝子TnS及びTnS5αβと、V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体をコードする遺伝子S12をpBC KS(+)ベクターに挿入し、夫々pBC−TnS5、pBC−TnS5αβ及びpBC−S12組換えプラスミドを得、得られた各組換えプラスミドで大腸菌MC1061を形質転換した。
【0122】
クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLBブロス50ml中で各大腸菌形質転換細胞を25℃、200rpmで48時間激しく振盪しながら培養し、実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、培養液から調製した粗酵素溶液を使用することによりCPCアシラーゼの生産性を測定した。この場合、野生型アシラーゼをコードする遺伝子acyII及びsemを夫々含む組換えプラスミドpBSEM及びpBCPCを対照として使用した。その結果、pBC−S12プラスミドを含む大腸菌形質転換細胞は712単位/リットルのレベルの最高のCPCアシラーゼ生産性を示した。
【0123】
【表3】

【0124】
<3−2>pET29−a(+)ベクターを使用したCPCアシラーゼ変異体の生産
<3−2−1>pET29−TnS5αβ及びpET29−S12プラスミドの作製
pET29−Fプライマー(配列番号40)とpET29−Rプライマー(配列番号41)を夫々使用して組換えプラスミドpBC−TnS5αβ及びpBC−S12をPCR増幅し、各々2.5kbのPCR産物を得た。PCR増幅後、PCR産物をXbaI/XhoIで消化し、精製キット(QIAEX II Gel Extraction Kit;Qiagen,ドイツ)で精製し、インサートDNAを得た。更に、pET29−a(+)ベクターDNA(Novagen,米国)をXbaI/XhoIで消化し、CIPで脱リン酸化し、ベクターDNAを得た。T4DNAリガーゼ(Roche,ドイツ)を使用してインサートDNAをベクターDNAに16℃で16時間連結し、エレクトロポレーションにより大腸菌MC1061株に形質転換した。カナマイシン20μg/mlを加えたLB寒天プレートにこの大腸菌株を播種し、30℃インキュベーターで一晩培養し、変異体遺伝子を含む形質転換細胞を選択した。選択した形質転換細胞からプラスミドを精製し、インサートDNAのヌクレオチド配列を分析し、pET29−TnS5αβ及びpET29−S12プラスミドを得た。
【0125】
<3−2−2>pET29−TnS5αβ又はpET29−S12プラスミドを含む大腸菌形質転換細胞によるCPCアシラーゼ変異体の生産
pET29−TnS5αβ及びpET29−S12プラスミドの各々をエレクトロポレーションにより大腸菌BL21(DE3)に形質転換し、夫々pET29−TnS5αβ及びpET29−S12プラスミドを含む組換え大腸菌を作製し、各組換え大腸菌における六重CPCアシラーゼ変異体の生産性を測定した。これらの組換えプラスミドにおけるTnS5αβ及びS12CPCアシラーゼ変異体遺伝子はpET29−a(+)ベクター上に存在するLacIオペレーターの制御下のT7プロモーターの作用により転写された。
【0126】
カナマイシン20μg/mlを加えたLBブロス3mlにpET−TnS5αβプラスミドを含む組換え大腸菌を接種し、30℃、200rpmで16時間激しく振盪しながら培養した。カナマイシン20μg/mlとラクトース各0、0.02、0.2及び2%を加えた新鮮なLBブロス50mlに培養液50μlを移し、25℃、200rpmで80時間激しく振盪しながら培養した。この場合、培養時間の経過に従ってCPCアシラーゼ変異体の生産性を測定するために、培養中の24、36、48、72及び80時間に培養フラスコから培養ブロス5μlを採取した。各培養液を4℃、8,000rpmで10分間遠心して沈殿を分離し、沈殿を0.1M Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で2回洗浄した。沈殿を同一緩衝液500μlに懸濁し、4℃で1分間超音波処理し、4℃、15,000rpmで20分間遠心し、六重CPCアシラーゼ変異体の粗酵素溶液として使用可能な上清を分離した。前記粗酵素溶液を使用して実施例<1−1−2>に記載したと同一方法に従い、六重CPCアシラーゼ変異体のCPCに対する活性を測定した。
【0127】
pET29ベクターと大腸菌BL21(DE3)の発現系で外来遺伝子の高度発現用インデューサーとして一般に使用されているIPTGは非常に高価であるので、IPTGを工業規模の培養に適用するのは難しい。そこで、本発明ではCPCアシラーゼ変異体の大量生産用にIPTGの代わりに廉価なインデューサーであるラクトース(DIFCO,米国)を使用した。更に、pET29ベクターと大腸菌BL21(DE3)の発現系は初期培養段階でインデューサーを添加せずに規定時間形質転換細胞を培養して増殖させ、規定時点でインデューサーを添加して更に培養することにより外来遺伝子を短時間で高度に発現することが一般に知られている。しかし、CPCアシラーゼを生産させるための上記誘導発現法では大量の不活性ポリペプチドが副生物として生成したので、本発明では構成的発現を誘導するために初期培養段階にラクトースを添加して大腸菌形質転換細胞を培養した。その結果、2%ラクトースの存在下に培養した場合には、CPCアシラーゼの生産性は培養時間の経過に従ってインデューサーとしてのラクトースの作用により増加した(表4)。
【0128】
更に、培養後48時間に採取した各種濃度のラクトース(0.02、0.2及び2%)を含有する3種の培養ブロスから各粗酵素溶液を調製し、変性SDS−PAGE(12%SDSポリアクリルアミドゲル)により蛋白質の発現パターンを検討した。その結果、2%ラクトースの存在下に培養した場合には大量のCPCアシラーゼ変異体が生産された(図12)。更に、約83kDaの分子量に対応する不活性前駆体バンドは出現せず、不活性前駆体形の大半は効率的自己消化により活性形のCPCアシラーゼに変換されることが確認された。
【0129】
【表4】

【0130】
更に、カナマイシン20μg/mlとラクトース2%を加えたLBブロス50mlを主培養に使用し、大腸菌形質転換細胞を25℃、200rpmで72時間激しく振盪しながら培養した以外は上記と同一方法に従い、pET29−S12組換えプラスミドを含む大腸菌BL21(DE3)形質転換細胞中のS12変異体酵素によるCPCアシラーゼの生産性を測定した。その結果、V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体(S12)の生産性は1.207単位/リットルであった。
【0131】
本発明のV121αA/G139αS/F58βN/F75βT/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体遺伝子S12を含むpET29−S12プラスミドで形質転換した大腸菌BL21(DE3)は大腸菌BL21(DE3)/pET−S12と命名し、特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブダペスト条約に従って2003年7月30日付けでKorean Collection for Type Cultures(KCTC)(所在地:Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology(KRIBB),#52,Oun−dong,Yusong−ku,Taejon,305−333,大韓民国)に受託番号KCTC 10503BPで寄託した。
【実施例4】
【0132】
CPCアシラーゼ変異体を使用したCPCから7−ACAへの1段階変換
カナマイシン20μg/mlとラクトース2%を加えたLBブロス5ml中で実施例<3−2>のpET29−TnS5αβ及びpET29−S12プラスミド各1個を含む大腸菌BL21(DE3)形質転換細胞を25℃、200rpmで72時間激しく振盪しながら培養した。更に、クロラムフェニコール25μg/mlを加えたLBブロス10リットル中で野生型CPCアシラーゼ遺伝子を含む大腸菌MC1061(pBCPC)も25℃、200rpmで48時間激しく振盪しながら培養した。その後、野生型CPCアシラーゼ、TnS5αβ及びS12CPCアシラーゼ変異体を夫々実施例<2−1>に記載したと同一方法に従って各培養ブロスから精製した。上記のようにして得られた精製蛋白質を50mM燐酸緩衝液(pH8.5)で透析し、透析により得られた透析物をCPC変換反応に使用した。
【0133】
CPCを終濃度50mMで50mM燐酸緩衝液(pH8.5)に溶かした後、同一緩衝液に溶かした精製酵素溶液を上記のように得られたCPC溶液に終濃度5単位/mlで添加し、反応混合物50mlを調製した。反応混合物を25℃で1時間撹拌し、CPC変換反応を誘導した。この場合、反応混合物のpHが変換反応中に低下しないようにするために、反応混合物のpHが8.4に達したら0.2N NaOH溶液をpH調節器により反応混合物に自動注入し、反応混合物のpHを常に8.5に維持した。変換反応中の規定時点から反応混合物100μlを採取し、すぐにHPLC分析し、反応混合物中のCPCと7−ACAの量を定量した。HPLC分析では、Symmetry C18カラム(Waters,米国)と、移動相として20mM酢酸アンモニウム緩衝液(pH5.0)とアセトニトリルの混合物(90:10)を使用した。更に、移動相の流速は0.6ml/minとし、注入するサンプル(20μl)は反応混合物を50mM燐酸緩衝液(pH8.5)で適宜希釈することにより調製し、その吸光度はUV250nmで検出した。
【0134】
その結果、野生型CPCアシラーゼは上記反応条件下で60%のレベルのCPC変換率を示したが、本発明のTnS5αβ及びS12CPCアシラーゼ変異体は夫々86%と98%のレベルのCPC変換率を示した(図13)。特に、本発明のS12CPCアシラーゼ変異体は高レベルの7−ACA収率(90%以上)でCPCを7−ACAに効率的に変換した(図13及び14)。
【0135】
以上、本発明の態様を記載及び例証したが、当然のことながら、本発明の精神から逸脱せずに種々の変更や変形を加えることができ、本発明は特許請求の範囲のみにより制限される。
【図面の簡単な説明】
【0136】
【図1】CPCから7−ACAを製造するための1段階及び2段階酵素法の反応スキームを示す。
【図2】シュードモナスsp.KAC−1に由来するCAD−GL−7−ACA複合体の三次構造(A)とその活性部位に隣接する結合残基の一般スキーム(B)を示す。
【図3】シュードモナスsp.KAC−1に由来するCADとGL−7−ACAの結合パターンを示す。
【図4】シュードモナスsp.KAC−1に由来するCAD−CPC複合体のモデリングを示す
【図5】本発明のCPCアシラーゼ変異体の作製方法の模式図を示す。
【図6】野生型CPCアシラーゼ(−●−,Sem)、F169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重CPCアシラーゼ変異体(H70)及びF169αY/M31βL/F58βM/H70βS/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−○−,mI176)で観察された7−ACAによる最終産物阻害の比較を示す。
【図7】F169αY/M31βL/F58βM/I176βV四重CPCアシラーゼ変異体(−◇−,H70)、V121αA/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−○−,#213)、G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−■−,#120)及びV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−●−,TnS5)のCPCに対する反応性の比較を示す。
【図8】V121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−▽−,mF58)、V121αA/G139αS/F169αY/F58βC/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−■−)、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βN/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−○−,TnS5αβ)、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βC/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−▼−)及びV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βM/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−●−,TnS5)のCPCに対する反応性の比較を示す。
【図9】V121αA/G139αS/F58βN/I176βV四重CPCアシラーゼ変異体(−▼−,F169)、V121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−▽−,#59)、V121αA/G139αS/F58βN/I176βV/S471βC五重CPCアシラーゼ変異体(−■−,#76)、V121αA/G139αS/F169αY/F58βN/I176βV五重CPCアシラーゼ変異体(−○−,mF58)及びV121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βN/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−●−,TnS5αβ)のCPCに対する反応性の比較を示す。
【図10a】図10a及び10bはV121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体(−▼−,S12)、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βN/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−●−,TnS5αβ)及びV121αA/G139αS/F58βN/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体(−○−,#76)で観察されたCPCに対する反応性(A)と7−ACAによる最終産物阻害(B)の比較を示す。
【図10b】図10a及び10bはV121αA/G139αS/F58βN/I75βT/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体(−▼−,S12)、V121αA/G139αS/F169αY/M31βL/F58βN/I176βV六重CPCアシラーゼ変異体(−●−,TnS5αβ)及びV121αA/G139αS/F58βN/I176βV/S471βC六重CPCアシラーゼ変異体(−○−,#76)で観察されたCPCに対する反応性(A)と7−ACAによる最終産物阻害(B)の比較を示す。
【図11a】図11a〜11cはシュードモナスsp.SE83に由来する野生型CPCアシラーゼの分子量を示す。11a:SDS−PAGE(M:サイズマーカー;1:無細胞抽出物;2:精製酵素)。11b:非変性PAGE(M:サイズマーカー;1:精製酵素)。11c:MALDI−TOF質量分析。
【図11b】図11a〜11cはシュードモナスsp.SE83に由来する野生型CPCアシラーゼの分子量を示す。11a:SDS−PAGE(M:サイズマーカー;1:無細胞抽出物;2:精製酵素)。11b:非変性PAGE(M:サイズマーカー;1:精製酵素)。11c:MALDI−TOF質量分析。
【図11c】図11a〜11cはシュードモナスsp.SE83に由来する野生型CPCアシラーゼの分子量を示す。11a:SDS−PAGE(M:サイズマーカー;1:無細胞抽出物;2:精製酵素)。11b:非変性PAGE(M:サイズマーカー;1:精製酵素)。11c:MALDI−TOF質量分析。
【図12】pET29−TnS5プラスミドを含む大腸菌BL21(DE3)培養液から単離した粗酵素のゲル電気泳動とクーマシーブルー染色の結果を示す。M:標準サイズマーカー;1:0%ラクトース,48時間培養;2:0.02%ラクトース,48時間培養;3:0.2%ラクトース,48時間培養;4:2%ラクトース,48時間培養;5:2%ラクトース,72時間培養。
【図13】野生型CPCアシラーゼ、TnS5及びS12CPCアシラーゼ変異体で観察されたCPCから7−ACAへの変換率の比較を示す。
【図14】本発明のS12CPCアシラーゼ変異体の作用によりCPCから生産された7−ACAを測定するためのHPLC分析結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号4のCPCアシラーゼαサブユニットのVal121α、Gly139α及びPhe169αならびに配列番号5のCPCアシラーゼβサブユニットのMet31β、Phe58β、His70β、Ile75β、Ile176β及びSer471βから構成される群から選択される少なくとも1個のアミノ酸が、別のアミノ酸で置換されていることを特徴とするCPCアシラーゼ変異体又はその機能的に等価な誘導体。
【請求項2】
Val121αがアラニンで置換されているか;
Gly139αがセリンで置換されているか;
Phe169αがチロシンで置換されているか;
Met31βがロイシンで置換されているか;
Phe58βがアラニン、メチオニン、ロイシン、バリン、システイン又はアスパラギンで置換されているか;
His70βがセリン又はロイシンで置換されているか;
Ile75βがスレオニンで置換されているか;
Ile176βかバリンで置換されているか;または
Ser471βがシステインで置換されている、請求項1に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項3】
Met31βがロイシンで置換されており、Phe58βがアラニン、メチオニン、ロイシン、バリン、システイン又はアスパラギンで置換されている、請求項2に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項4】
His70βが更にセリン又はロイシンで置換されている、請求項3に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項5】
Phe169αが更にチロシンで置換されている、請求項4に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項6】
Ile176βが更にバリンで置換されている、請求項5に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項7】
Phe169αが更にチロシンで置換されており、Ile176βが更にバリンで置換されている、請求項3に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項8】
Val121αが更にアラニンで置換されている、請求項7に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項9】
Gly139αが更にセリンで置換されている、請求項7に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項10】
Val121αが更にアラニンで置換されており、Gly139αが更にセリンで置換されている、請求項7に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項11】
Val121αがアラニンで置換されており;Gly139αがセリンで置換されており;Phe58βがアラニン、メチオニン、ロイシン、バリン、システイン又はアスパラギンで置換されており;Ile176βがバリンで置換されている、請求項2に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項12】
Phe169αが更にチロシンで置換されている、請求項11に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項13】
Ile75βが更にスレオニンで置換されている、請求項11に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項14】
Ser471βが更にシステインで置換されている、請求項11に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項15】
Ile75βが更にスレオニンで置換されており、Ser471βが更にシステインで置換されている、請求項11に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項16】
配列番号7のCPCアシラーゼαサブユニットと配列番号8のCPCアシラーゼβサブユニットを含むアミノ酸配列をもつ、請求項15に記載のCPCアシラーゼ変異体。
【請求項17】
請求項1に記載のCPCアシラーゼ変異体又はその機能的に等価な誘導体をコードする遺伝子。
【請求項18】
配列番号6に記載のヌクレオチド配列をもつ、請求項17に記載の遺伝子。
【請求項19】
請求項17に記載の遺伝子を含む組換え発現ベクター。
【請求項20】
pET29−S12である請求項19に記載の組換え発現ベクター。
【請求項21】
請求項19に記載の組換え発現ベクターで形質転換された微生物。
【請求項22】
大腸菌(E.coli)BL21(DE3)(pET29−S12)(受託番号:KCTC 10503BP)である、請求項21に記載の微生物。
【請求項23】
請求項21に記載の微生物を適切な条件下で培養する段階と、培養ブロスからCPCアシラーゼ変異体を回収する段階を含む請求項1に記載のCPCアシラーゼ変異体の作製方法。
【請求項24】
初期培養段階にインデューサーとしてラクトースを培養ブロスに添加する段階を更に含む、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
1段階酵素法により7−ACAを製造するための請求項1に記載のCPCアシラーゼ変異体を含有する組成物。
【請求項26】
式Iの化合物を請求項1に記載のCPCアシラーゼ変異体と接触させる段階を含む式IIの化合物:
【化1】

[式中、Rはアセトキシ(−OCOCH)、ヒドロキシ(−OH)、水素(−H)又はその塩である]の製造方法。
【請求項27】
CPCアシラーゼ変異体が請求項21に記載の微生物の培養ブロスの形態で、請求項25に記載の組成物で、培養液から精製されたCPCアシラーゼ変異体の遊離形態で、又はCPCアシラーゼ変異体の固定化形態で使用される、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
式Iの化合物とCPCアシラーゼ変異体の接触反応を水溶液中で実施する、請求項26に記載の方法。
【請求項29】
式Iの化合物の濃度が1〜500mMであり、CPCアシラーゼ変異体の添加量が0.1〜100U/mlである、請求項26に記載の方法。
【請求項30】
式Iの化合物とCPCアシラーゼ変異体の接触反応をpH7から10、4から40℃で0.1から24時間実施する、請求項26に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10a】
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【図10b】
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【図11a】
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【図11b】
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【図11c】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公表番号】特表2007−502108(P2007−502108A)
【公表日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−523127(P2006−523127)
【出願日】平成16年8月10日(2004.8.10)
【国際出願番号】PCT/KR2004/002005
【国際公開番号】WO2005/014821
【国際公開日】平成17年2月17日(2005.2.17)
【出願人】(305008042)サンド・アクチエンゲゼルシヤフト (54)
【Fターム(参考)】