説明

セルロースの溶解方法およびセルロースの分子量分布の測定方法

【課題】従来よりも作業時間が短時間で、汎用性があり、かつ、コスト的にも優れたセルロースの溶解方法およびセルロースの分子量分布の測定方法を提供する。
【解決手段】セルロースをイオン液体に溶解させる工程を含むセルロースの溶解方法である。イオン液体のアニオンがハロゲンイオンであり、得られたセルロース溶解液をリチウム錯塩溶液で希釈する。ハロゲンイオンが塩化物イオンであることが好ましく、また、リチウム錯塩がハロゲン化リチウムであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースの溶解方法およびセルロースの分子量分布の測定方法に関し、詳しくは、従来よりも作業時間が短時間で、汎用性があり、かつ、コスト的にも優れたセルロースの溶解方法およびセルロースの分子量分布の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは構造中に強固な水素結合をもつため、一般的な手法では溶融も溶解もしないことから、様々な溶解方法や希薄溶液の調製方法が提案されている。セルロースの溶解方法としては、例えば、二硫化炭素によってセルロースを誘導体化して溶解する方法が挙げられる。また、銅エチレンジアミン水溶液やハロゲン化リチウムのジメチルアセトアミド溶液を用いてセルロースを錯体化して溶解させる方法も知られている。
【0003】
しかしながら、二硫化炭素を用いてセルロースを誘導体化すると、セルロースの分子構造が変化したり、分子量が低下したりと問題が生じる。また、銅エチレンジアミン水溶液やハロゲン化リチウムのジメチルアセトアミド溶液を用いて錯体化する方法においては、セルロースの種類によって最適な溶解方法が異なり、溶解条件の選定、管理が難しく、溶解に要する時間も長い。さらに、一部のセルロースでは溶解が不可能である場合や、溶解中に分子量の低下を伴うなどの問題が生じる場合がある。
【0004】
これら以外にも、近年、イミダゾリウム塩等のイオン液体を用いてセルロースを水和し、溶解させる手法が報告されている(例えば、特許文献1および2)。イオン液体を用いたセルロースの溶解方法は、セルロースの溶解が容易であり、セルロース溶液の調製時間が短く、プロセス的に優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2008−50595号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、イオン液体を用いたセルロースの溶解方法は、イオン液体の粘度が非常に高いため汎用性に乏しいという欠点を有している。また、イオン液体は高価であることから、セルロースの分子量分布の測定等の分析への応用も含め、広範な用途に用いるには課題があった。
【0007】
そこで、本発明の目的は、従来よりも作業時間が短時間で、汎用性があり、かつ、コスト的にも優れたセルロースの溶解方法およびセルロースの分子量分布の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解消するために鋭意検討した結果、下記構成とすることにより、上記課題を解決することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のセルロースの溶解方法は、セルロースをイオン液体に溶解させる工程を含むセルロースの溶解方法において、
前記イオン液体のアニオンがハロゲンイオンであり、得られたセルロース溶解液をリチウム錯塩溶液で希釈することを特徴とするものである。
【0010】
本発明においては、前記ハロゲンイオンは塩化物イオンであることが好ましい。また、本発明においては、前記リチウム錯塩はハロゲン化リチウムであることが好ましい。さらに、本発明においては、前記リチウム錯塩溶液の溶媒はアセトアミド基を有する溶媒であることが好ましい。さらにまた、本発明においては、前記ハロゲン化リチウムは塩化リチウムであることが好ましい。また、本発明においては、前記アセトアミド基を有する溶媒はジメチルアセトアミドであることが好ましい。また、本発明においては、前記イオン液体のカチオンはイミダゾリウム骨格を有することが好ましく、さらに、前記イミダゾリウム骨格は1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムであることが好ましい。さらにまた、本発明においては、前記イオン液体にジメチルアセトアミドを添加することが好ましい。
【0011】
本発明のセルロースの分子量分布の測定方法は、本発明のセルロースの溶解方法により調製されたセルロース溶解液を、ハロゲン化リチウムのジメチルアセトアミド溶液を移動相とするサイズ排除クロマトグラフに付することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来よりも作業時間が短時間で、汎用性があり、かつ、コスト的にも優れたセルロースの溶解方法およびセルロースの分子量分布の測定方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
本発明のセルロースの溶解方法は、セルロースをイオン溶液に溶解させる工程を含むセルロースの溶解方法である。本発明においては、イオン液体のアニオンがハロゲンイオンであり、得られたセルロース溶解液をリチウム錯塩溶液で希釈することが重要である。イオン液体は、ほとんどのセルロース種を溶解することが可能であり、セルロース種を問わずにセルロース溶解液を調製することができる。セルロースをイオン液体に溶解させるには、80〜110℃で2〜8時間程度接触させればよい。より好ましくは、80〜90℃で3〜5時間程度である。
【0014】
次いで、得られたセルロース溶解液を、リチウム錯塩溶液を用いて希釈させる。これにより、イオン液体により水和されたセルロースが、リチウムと錯体を形成し、溶媒に可溶となる。その結果、静置、振とうのみで希釈が可能となるため、作業が簡易化、短縮化される。また、本発明のセルロースの溶解方法によれば、イオン液体の使用量を従来の1/100以下に減らすことができるため、コスト的に優れている。
【0015】
さらに、本発明のセルロースの溶解方法は、多くのセルロース種に対して適用可能であり、同一の条件で短時間かつ簡易に、希薄溶液を調製することができる。さらにまた、イオン液体としてアニオンがハロゲンであるイオン液体と、リチウム錯塩希釈溶液と、を用いることで、任意の倍率に希釈することが可能であるため、セルロースの分子量分布の測定の試料調製に好適に用いることができる。また、セルロースの溶解液をリチウム錯塩溶液で希釈した希薄溶液の粘度は、後述する本発明のセルロースの分子量分布の測定方法の移動相に用いるリチウム錯塩溶液とほぼ同程度である。そのため、セルロースの分子量分布の測定においても、従来から行われている、リチウム錯塩溶液を用いた分子量分布測定と同等の条件で分析することが可能であるという利点も有している。
【0016】
本発明に用いるイオン液体のカチオンとしては、イミダゾリウム骨格を有していることが好ましい。イミダゾリウム骨格を有するカチオンの具体例としては、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−n−プロピル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−n−ペンチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−n−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−n−オクチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムイオン、1−n−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムイオン、1−アリル−3−メチルイミダゾリウム等のメチルイミダゾリウム骨格を有しているイオン液体のカチオンが好ましい。なかでも、特に、1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムイオンが好ましい。
【0017】
また、イオン液体のアニオンとしては、ふっ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン等のハロゲンイオンであるが、好ましくは、塩化物イオンである。なお、これら以外のアニオン、例えば、HSO、CHSO等の無機アニオンやカルボン酸系アニオン、例えば、ギ酸アニオン、酢酸アニオン、プロピオン酸アニオン等のカルボン酸系アニオンの使用は、後述するリチウム錯塩による希釈時に析出が生じる関係上、好ましくない。
【0018】
本発明においては、イオン液体としては、好適なアニオンとカチオンの組み合わせである、1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを好適に用いることができる。イオン液体は、上記イオン液体を単独で用いてもよいが、ジメチルアセトアミドを混合して用いることも好ましい。これにより、イオン液体の粘度を減少させて、溶解性を向上させることができる。さらに、ジメチルアセトアミドは、後述のセルロースの分子量分布の測定方法の移動相に用いられているため、混合溶媒として好適である。なお、セルロースのイオン液体への溶解性を考慮すると、混合液中のジメチルアセトアミドの量は、25〜50質量%程度とすることが好ましい。
【0019】
また、本発明においては、セルロース溶解液の希釈に用いるリチウム錯塩溶液中のリチウム錯塩としては、ふっ化リチウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム等のハロゲン化リチウムを好適に用いることができる。これは、セルロースを溶解しているイオン液体が、リチウム錯塩によって置換され、リチウムイオン−セルロース水酸基の相互作用により溶解するためである。特に好適には塩化リチウムである。
【0020】
本発明においては、リチウム錯塩溶液の溶媒としては、リチウムイオンと錯体を形成し、セルロース水酸基との相互作用によりセルロースを溶解可能とする溶媒を用いることができるが、好適にはジメチルアセトアミドである。本発明においては、リチウム錯塩溶液のリチウム錯塩濃度は、0.5〜10質量%程度とすることができる。
【0021】
次に、本発明のセルロースの分子量分布の測定方法について説明する。
本発明のセルロースの分子量分布の測定方法は、本発明のセルロースの溶解方法により製造された溶解液を用いて、サイズ排除クロマトグラフによりセルロースの分子量分布を測定するものである。セルロースの分子量分布の測定は、通常、塩化リチウムまたは臭化リチウムを添加したジメチルアセトアミドを移動相として、サイズ排除クロマトグラフにより分析する。本発明のセルロ−スの溶解方法により得られた溶解液の粘度は、上記移動相とほぼ同程度であるため、セルロースの分子量分布の測定においても、従来からのリチウム錯塩溶液を用いた分子量分布の測定方法と同様の条件で分析が可能である。
【0022】
例えば、移動相のジメチルアセトアミド中のハロゲン化リチウムの濃度は0.5〜10質量%程度とすることができるが、セルロース溶解液の溶媒組成と同じとすることが好ましい。また、サイズ排除クロマトグラフで用いる分離カラムとしては、メタクリレートポリマーを基材とした充てん剤を用いたカラムが使用可能であり、検出器としては、例えば、示差屈曲率検出器(RI)を用いることができる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
<実施例1−1>
110℃で8時間乾燥することにより脱水した、重合度が1000〜1500の製紙用パルプに対し、1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド/ジメチルアセトアミド75/25(質量比)溶媒を加え、80℃/4時間攪拌して、10質量%パルプ溶液を得た。得られた10質量%パルプ溶液に対し、8質量%塩化リチウム/ジメチルアセトアミド溶液を12.5倍等量になるように加え、軽く浸透した後、半日静置し、さらにジメチルアセトアミドで8倍に希釈することでセルロース溶解液(0.1質量%溶液)を得た。得られたセルロース溶解液をフィルターにてろ過後、下記条件にて分子量分布の測定を行った。得られた結果を表1に示す。
【0024】
分析方法:サイズ排除クロマトグラフ
装置:HLC−8020(東ソー株式会社製)
カラム:TSKgel SuperAWM−H(東ソー株式会社製:6.0mmI.D.×15cm)×2
移動相:1質量%塩化リチウム/ジメチルアセトアミド溶液
流速:0.4mL/min.
温度:40℃
検出器:RI
【0025】
<実施例1−2>
重合度が300〜800である製紙用パルプを用いた以外は、実施例1−1と同様の手法でセルロース溶解液を得た。得られたセルロース溶解液をフィルターにてろ過後、下記条件にて分子量分布の測定を行った。得られた結果を表1に示す。
【0026】
<従来例1−1>
重合度が1000〜1500の製紙用パルプに対し、蒸留水、アセトンおよびジメチルアセトアミドの各溶媒で洗浄、攪拌浸漬(1日)、脱溶媒を行い、60℃/40時間真空乾燥して試料を作製した。得られた試料に8質量%塩化リチウム/ジメチルアセトアミド溶液を数滴加え、数日攪拌することで、0.8質量%セルロース溶解液を得た。得られた0.8質量%パルプ溶液をジメチルアセトアミド溶液で8倍に希釈することで、0.1質量%セルロース溶解液とし、実施例1と同様の手法で分子量分布の測定を行った。得られた結果を表1に示す。
【0027】
<従来例1−2>
重合度が300〜800である製紙用パルプを用いた以外は、従来例1−1と同様の手法でセルロース溶解液を得た。得られたセルロース溶解液をフィルターにてろ過後、下記条件にて分子量分布の測定を行った。得られた結果を表1に示す。
【0028】
<実施例2−1〜2−6および比較例2−1〜2−3>
以下の9種類のイオン液体を用いて、5質量%パルプ溶液を作製した。得られた5質量%パルプ溶液を1質量%塩化リチウム/ジメチルアセトアミド溶液(A液)および1質量%臭化リチウム/ジメチルアセトアミド溶液(B液)を用いて50倍に希釈し、目視にてパルプの溶解性を判断した。評価は、溶解している場合を○、溶解していない場合を×とした。結果を表2に示す。
【0029】
実施例2−1:1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド
実施例2−2:1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライド
実施例2−3:1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド
実施例2−4:1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド/ジメチルアセトアミド(75/25:質量比)
実施例2−5:1−アリル−3−メチルイミダゾリウムクロライド/ジメチルアセトアミド(75/25:質量比)
実施例2−6:1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド/ジメチルアセトアミド(75/25:質量比)
比較例2−1:1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート/ジメチルアセトアミド(75/25:質量比)
比較例2−2:1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムジエチルホスフェート/ジメチルアセトアミド(75/25:質量比)
比較例2−3:メチルトリブチルホスホニウムジメチルホスフェート/ジメチルアセトアミド(75/25:質量比)
【0030】
【表1】

※1:数平均分子量
※2:重量平均分子量
【0031】
【表2】

【0032】
従来技術によれば、セルロース溶解液を調製するためには、1週間程度が必要であったが、本発明のセルロースの溶解方法によれば、1日でセルロース溶解液を調製することができる。また、従来例においては、高重合度のパルプは、低重合度のパルプと同じ手法ではセルロース溶解液を作製することができなかった(表1)。一方、本発明のセルロースの溶解方法では、イオン液体を用いた溶媒を介してセルロース溶解液を調製するため、高重合度のパルプおよび低重合度のパルプいずれでもセルロース溶解液を調製することができた。これにより、本発明のセルロースの溶解方法は、パルプ種を問わずに適用できることがわかる。
【0033】
さらに、表1からわかるように、高重合度のパルプの分子量分布と、低重合度のパルプの分子量分布の差を区別することができる。さらにまた、低重合度のパルプの分子量分布は従来技術と本発明の分子量分布の測定方法とほぼ同じ値を示した。このことから、本発明のセルロースの溶解方法は、従来の方法と比較して、容易かつ短時間でセルロース溶解液を調製することができ、かつ、セルロースの分子量分布の測定への応用が可能であることがわかる。
【0034】
また、表2より、本発明のセルロースの溶解方法においては、イオン液体とリチウム錯塩との組み合わせとして、メチルイミダゾリウム骨格を有するイオン液体のハロゲン塩とハロゲン化リチウムの組み合わせが優れていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースをイオン液体に溶解させる工程を含むセルロースの溶解方法において、
前記イオン液体のアニオンがハロゲンイオンであり、得られたセルロース溶解液をリチウム錯塩溶液で希釈することを特徴とするセルロースの溶解方法。
【請求項2】
前記ハロゲンイオンが塩化物イオンである請求項1記載のセルロースの溶解方法。
【請求項3】
前記リチウム錯塩がハロゲン化リチウムである請求項1または2記載のセルロースの溶解方法。
【請求項4】
前記リチウム錯塩溶液の溶媒がアセトアミド基を有する溶媒である請求項1〜3のうちいずれか一項記載のセルロースの溶解方法。
【請求項5】
前記ハロゲン化リチウムが塩化リチウムである請求項3または4記載のセルロースの溶解方法。
【請求項6】
前記アセトアミド基を有する溶媒がジメチルアセトアミドである請求項4または5記載のセルロースの溶解方法。
【請求項7】
前記イオン液体のカチオンがイミダゾリウム骨格を有する請求項1〜6のうちいずれか一項記載のセルロースの溶解方法。
【請求項8】
前記イミダゾリウム骨格が1−n−ブチル−3−メチルイミダゾリウムである請求項7記載のセルロースの溶解方法。
【請求項9】
前記イオン液体にジメチルアセトアミドを添加した請求項1〜8のうちいずれか一項記載のセルロースの溶解方法。
【請求項10】
請求項1〜9のうちいずれか一項記載のセルロースの溶解方法により調製されたセルロース溶解液を、ハロゲン化リチウムのジメチルアセトアミド溶液を移動相とするサイズ排除クロマトグラフに付することを特徴とするセルロースの分子量分布の測定方法。

【公開番号】特開2012−126755(P2012−126755A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−276424(P2010−276424)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】