説明

セルロースアセテート誘導体の製造方法、及び新規なセルロースアセテート誘導体

【課題】 種々の特性、特に光学的特性に優れた置換度の高いセルロースアセテート誘導体を工業的に効率よく製造する方法を提供する。
【解決手段】 本発明のセルロースアセテート誘導体の製造方法では、アセチル基総置換度が1.5〜2.9であるセルロースアセテートに、水酸基反応性の修飾剤を反応させ、グルコース骨格の6位の水酸基に前記修飾剤に対応する修飾基を導入して、置換度のより高いセルロースアセテート誘導体を製造する方法であって、反応開始時の反応系内に含まれる水のモル数をx、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の6位の水酸基のモル数をy、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の2位及び3位の水酸基の総モル数をzとしたとき、前記修飾剤をxモルより多く(x+y+0.5z)モル以下の範囲で使用して、前記修飾基をグルコース骨格の6位の水酸基に選択的に導入することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着剤、フィルム、光学異性体分離剤等の原材料、特に写真材料や光学材料等として有用な置換度の高いセルロースアセテート誘導体の製造方法、及び6位に芳香族アシル基が選択的に導入された新規なセルロースアセテート誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースの水酸基に複数の修飾基(例えば、アセチル基とアセチル基以外の修飾基)が導入されているセルロース誘導体が知られている。例えば、特開2002−322201号公報には、セルロースの水酸基の水素原子が、置換もしくは無置換の芳香族アシル基と置換もしくは無置換の脂肪族アシル基で置換されているセルロース混合酸エステル化合物が開示されており、このセルロース混合酸エステル化合物によれば、光学的等方性、透明性、耐水性、寸度安定性に優れたフィルムを形成可能であることが記載されている。この文献の実施例ではセルロースベンゾエートトリフルオロアセテート等が合成されている。
【0003】
また、特開2006−328298号公報には、セルロースエステルを主とする組成物を溶融して製膜した光学フィルムであって、該セルロースエステルが下記式(1)及び(2)を満たす光学フィルムが開示されている。
式(1) 2.4≦X+Y≦2.9
式(2) 0.3≦Y≦1.5
(式中、Xは酢酸による置換度を表し、Yは芳香族カルボン酸による置換度を表す)
この文献の実施例では、セルロースを原料とし、これに2種のカルボン酸を反応させてセルロースアセテートベンゾエート等のセルロース混合アシレートを合成している。しかし、この反応は不均一条件下での反応であり、均一に反応が進行しない。また、セルロース表面で反応性の高い方のカルボン酸が反応し、その後、反応性の低い方のカルボン酸が反応すると考えられる。さらに、生成するセルロースエステル誘導体は、アセチル基リッチな誘導体、ベンゾイル基リッチな誘導体等、分子間のばらつきが大きい組成物となる。その結果、生成物間で溶媒に対する溶解度が異なり、相分離を起こしたり、ドープとした場合に濁りを生じる、濾過がしにくい、濾過ができない、分子間置換度分布が大きくなる等の不利な特徴を持つ組成物が得られる。
【0004】
特開2007−199392号公報および特開2007−199391号公報には、特定の光学特性を有するセルロースアシレートフィルムが開示されている。しかし、これらの文献では、グルコース骨格の6位のベンゾイル基置換度が高いものは得られているものの、総置換度が高く、且つ6位にアセチル基以外のアシル基をリッチに導入したセルロースアシレートは得られていない。
【0005】
【特許文献1】特開2002−322201号公報
【特許文献2】特開2006−328298号公報
【特許文献3】特開2007−199392号公報
【特許文献4】特開2007−199391号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は種々の特性、特に光学的特性に優れた置換度の高いセルロースアセテート誘導体を工業的に効率よく製造する方法を提供することにある。本発明の他の目的は、種々の特性、特に光学的特性に優れた新規なセルロースアセテート誘導体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討した結果、 アセチル基総置換度が1.5〜2.9であるセルロースアセテートに、反応系内の水分量とグルコピラノース骨格の各位置の水酸基量を考慮した量の水酸基反応性の修飾剤を反応させると、グルコピラノース骨格の6位の水酸基に前記修飾剤に対応する修飾基が選択的に導入されること、及びこうして得られるセルロースアセテート誘導体は光学的特性に優れることを見いだし、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、アセチル基総置換度が1.5〜2.9であるセルロースアセテートに、水酸基反応性の修飾剤を反応させ、グルコース骨格の6位の水酸基に前記修飾剤に対応する修飾基を導入して、置換度のより高いセルロースアセテート誘導体を製造する方法であって、反応開始時の反応系内に含まれる水のモル数をx、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の6位の水酸基のモル数をy、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の2位及び3位の水酸基の総モル数をzとしたとき、前記修飾剤をxモルより多く(x+y+0.5z)モル以下の範囲で使用して、前記修飾基をグルコース骨格の6位の水酸基に選択的に導入することを特徴とするセルロースアセテート誘導体の製造方法を提供する。
【0009】
前記修飾剤として、カルボン酸、カルボン酸ハライド、カルボン酸無水物およびイソシアネート化合物から選択された化合物を使用できる。
【0010】
前記製造方法において、修飾剤を反応させた後、反応生成物にさらに別の修飾剤を反応させて、該修飾剤に対応する修飾基を残存する水酸基の少なくとも一部に導入してもよい。
【0011】
本発明は、また、アセチル基総置換度が1.5〜2.9であり、6位におけるアセチル基以外のアシル基置換度が、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基置換度の和よりも大きいことを特徴とするセルロースアセテート誘導体を提供する。このセルロースアセテート誘導体において、6位におけるアセチル基以外のアシル基置換度が、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基置換度の和の1.5倍以上であるのが好ましい。また、アセチル基以外のアシル基は芳香族アシル基又はプロピオニル基であってもよい。
【0012】
なお、原料として用いるセルロースアセテート及び生成物であるセルロースアセテート誘導体の各アシル基の総置換度は慣用の方法、例えば1H−NMR法、13C−NMR法などにより測定できる。また、各アシル基の置換度分布(グルコース骨格の2位、3位及び6位の置換度)は、13C−NMR法などの公知の方法により測定できる。測定方法については、手塚(Tezuka, Carbohydr. Res., 273, 83(1995))の方法、及び特開2002−338601号公報を参照できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によれば、アセチル基総置換度が1.5〜2.9という有機溶媒に溶解しやすいセルロースアセテートを原料として用いるので、均一系でアシル化反応等を行うことができるため、セルロースを原料とする場合と比較して反応速度を著しく速めることができるとともに、分子間で置換度が均一なセルロースアセテート誘導体を効率よく製造できる。また、反応開始時の反応系内の水分量及び原料セルロースアセテートのグルコース骨格の2位、3位及び6位の水酸基の量を考慮して修飾剤の使用量を定めるので、該修飾剤に対応する修飾基(例えば、ベンゾイル基等)を位置選択的に、すなわちグルコース骨格の6位に高選択的に、且つ所望量導入することができる。また、修飾剤を反応させた後、反応生成物にさらに別の修飾剤を反応させることにより、所望の位置に所望する修飾基を導入することができる。また、本発明の製造方法によれば、6位の水酸基に芳香族アシル基が選択的に導入された新規なセルロースアセテート誘導体を工業的に効率よく製造できる。
【0014】
また、本発明により6位の水酸基に芳香族アシル基が選択的に導入された新規なセルロースアセテート誘導体が提供される。このセルロースアセテート誘導体は、種々の特性、特に光学的特性、例えばフィルム化して延伸した場合の配向複屈折や光弾性係数に係る特性に優れるため、光学材料等として使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
[セルロースアセテート誘導体の製造]
【0016】
本発明のセルロースアセテート誘導体の製造方法では、アセチル基総置換度が1.5〜2.9であるセルロースアセテートに、水酸基反応性の修飾剤を反応させ、グルコース骨格の6位の水酸基に前記修飾剤に対応する修飾基を導入して、置換度のより高いセルロースアセテート誘導体を製造する。
【0017】
本発明では、原料としてアセチル基総置換度が1.5〜2.9のセルロースアセテートを用いるので、原料が有機溶媒に溶解しやすく、均一系でアシル化反応等の修飾基導入反応を行うことができる。そのため、セルロースを原料として修飾基を導入する場合と比較して、分子間の置換度分布のばらつきを少なくでき、置換度分布の均一なセルロースアセテート誘導体を得ることができる。原料として用いるセルロースアセテートのアセチル基総置換度は、好ましくは1.7〜2.7、さらに好ましくは1.9〜2.5である。
【0018】
水酸基反応性の修飾剤としては、水酸基に対して反応性を有する修飾剤であればよく、例えば、カルボン酸、カルボン酸ハライド、カルボン酸無水物、イソシアネート化合物などが挙げられる。
【0019】
カルボン酸には、脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸、脂環式カルボン酸などが含まれる。これらのカルボン酸は置換基を有していてもよい。置換基としては、例えば、ハロゲン原子、シアノ基、ヒドロキシル基、ニトロ基、シリル基、シリルオキシ基、炭素数1〜12のアルキル基(メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、t−ブチル基等)、炭素数1〜12のアルコキシ基(メトキシ、エトキシ、プロポキシ基等)、炭素数6〜20のアリール基(フェニル、ナフチル基等)、炭素数6〜20のアリールオキシ基(フェニルオキシ、ナフチルオキシ基等)、炭素数1〜20のアシル基(アセチル、プロピオニル、ベンゾイル基等)、炭素数1〜20の置換又は無置換カルバモイル基、炭素数1〜20の置換又は無置換カルバモイルオキシ基、炭素数1〜20のスルファモイル基、炭素数1〜20のスルファモイルオキシ基、ホスフィノ基、ホスフィニル基、ホスホノ基、ホスフィニルオキシ基、ホスホノオキシ基、ホスフィニルアミノ基、ホスホノアミノ基、炭素数1〜20のウレイド基、カルボキシル基、炭素数1〜20の置換オキシカルボニル基(アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アラルキルオキシカルボニル基等)などが挙げられる。
【0020】
カルボン酸の代表的な例として、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ペンタン酸、ヘキサン酸、(メタ)アクリル酸、桂皮酸、トリフルオロ酢酸などの置換基を有していてもよい脂肪族カルボン酸;安息香酸、1−ナフチルカルボン酸、2−ナフチルカルボン酸、m−メチル安息香酸、p−メチル安息香酸、m−メトキシ安息香酸、p−メトキシ安息香酸、3,5−ジメトキシ安息香酸、3,4,5−トリメトキシ安息香酸、2,4,6−トリメチル安息香酸、m−シアノ安息香酸、p−シアノ安息香酸、m−クロロ安息香酸、p−クロロ安息香酸、m−フルオロ安息香酸、p−フルオロ安息香酸、2,5−ジクロロ安息香酸、p−アセチル安息香酸、p−フェニル安息香酸、p−ホルミル安息香酸、p−t−ブチル安息香酸、p−ブトキシ安息香酸、m−アセトキシ安息香酸、p−アセトキシ安息香酸、m−メトキシカルボニル安息香酸、p−メトキシカルボニル安息香酸、m−ベンジルオキシ安息香酸、p−ベンジルオキシ安息香酸、p−シクロヘキシル安息香酸、p−メタンスルホニルアミノ安息香酸、p−ニトロ安息香酸、m−ニトロ安息香酸、m−アセトアミノ安息香酸、p−アセトアミノ安息香酸、m−ベンゾイルアミノ安息香酸、p−ベンゾイルアミノ安息香酸、m−ベンゾイルオキシ安息香酸、p−ベンゾイルオキシ安息香酸、m−ベンジル安息香酸、p−ベンジル安息香酸、m−(N−フェニルカルバモイルオキシ)安息香酸、p−(N−フェニルカルバモイルオキシ)安息香酸、p−(エトキシカルボニルアミノ)安息香酸、p−メチルチオ安息香酸、p−フェニルチオ安息香酸、p−ヒドロキシ安息香酸、p−(4−ピリジル)安息香酸などの置換基を有していてもよい芳香族カルボン酸;シクロヘキサンカルボン酸等の置換基を有していてもよい脂環式カルボン酸などが挙げられる。
【0021】
カルボン酸ハライドには、前記カルボン酸に対応するカルボン酸クロライド、カルボン酸ブロマイドなどが含まれる。カルボン酸無水物には、前記カルボン酸に対応するカルボン酸無水物が含まれる。
【0022】
イソシアネート化合物には、芳香族イソシアネート、脂肪族イソシアネート、脂環式イソシアネートなどが含まれる。これらのイソシアネートは置換基を有していてもよい。置換基としては前記カルボン酸が有していてもよい置換基と同様の置換基が挙げられる。
【0023】
イソシアネート化合物の代表的な例として、例えば、フェニルイソシアネート、1−ナフチルイソシアネート、2−ナフチルイソシアネート、2−メチルフェニルイソシアネート、3−メチルフェニルイソシアネート、4−メチルフェニルイソシアネート、3,5−ジメチルフェニルイソシアネート、2−クロロフェニルイソシアネート、3−クロロフェニルイソシアネート、4−クロロフェニルイソシアネート、2−メトキシフェニルイソシアネート、3−メトキシフェニルイソシアネート、4−メトキシフェニルイソシアネート、2−ニトロフェニルイソシアネート、3−ニトロフェニルイソシアネート、4−ニトロフェニルイソシアネート等の芳香族イソシアネート;メチルイソシアネート、エチルイソシアネート、ブチルイソシアネートなどの脂肪族イソシアネートなどが挙げられる。
【0024】
6位の水酸基に導入される修飾基は、修飾剤がカルボン酸、カルボン酸ハライド又はカルボン酸無水物の場合は、対応するアシル基であり、修飾剤がイソシアネート化合物の場合は、対応する置換カルバモイル基である。例えば、修飾剤が酢酸、酢酸クロライド又は無水酢酸の場合は、導入される修飾基はアセチル基であり、修飾剤が安息香酸、安息香酸クロライド又は無水安息香酸の場合は、導入される修飾基はベンゾイル基であり、修飾剤がフェニルイソシアネートである場合には、導入される修飾基はフェニルカルバモイル基である。
【0025】
本発明の重要な特徴は、反応開始時の反応系内に含まれる水のモル数をx、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の6位の水酸基のモル数をy、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の2位及び3位の水酸基の総モル数をzとしたとき、前記修飾剤をxモルより多く(x+y+0.5z)モル以下の範囲で使用する点にある。修飾剤を失活させる系内の水分量を考慮して、修飾剤の使用量を前記の範囲とすることで、所望の修飾基をグルコース骨格の6位の水酸基に選択的に、且つ所望量導入することができる。
【0026】
修飾剤の使用量は、好ましくは、(x+0.1y)モル以上、(x+y+0.2z)モル以下の範囲である。また、(x+0.1y)モル以上、(x+1.2y)モル以下の範囲も好ましい。修飾剤の使用量を前記範囲内で選択することにより、修飾剤の6位水酸基への導入量を調整できる。
【0027】
原料セルロースアセテートと水酸基反応性の修飾剤を反応させると、セルロースアセテートのグルコース骨格の6位の水酸基に、該修飾剤に対応する修飾基が優先して導入される。その後、残りの水酸基(6位の残りの水酸基、2位及び3位の水酸基)には、反応生成物に(必要に応じて後処理をし、反応生成物を単離した後)別の修飾剤(第2の修飾剤)を反応させて、該第2の修飾剤に対応する修飾基を導入することもできる。第2の修飾剤の使用量を選択することにより、該修飾剤の導入量を調整できる。
【0028】
例えば、原料セルロースアセテートに、修飾剤として芳香族アシル化剤(芳香族カルボン酸、芳香族カルボン酸ハライド又は芳香族カルボン酸無水物)を反応させて、グルコース骨格の6位の水酸基に芳香族アシル基(ベンゾイル基等)を選択的に導入することにより、6位芳香族アシル基リッチなセルロースアセテート誘導体を得ることができる。また、原料セルロースアセテートに、第1の修飾剤として芳香族アシル化剤を反応させて、グルコース骨格の6位の水酸基に芳香族アシル基(ベンゾイル基等)を選択的に導入した後、第2の修飾剤として脂肪族アシル化剤(脂肪族カルボン酸、脂肪族カルボン酸ハライド又は脂肪族カルボン酸無水物)を反応させ、グルコース骨格の2位及び3位の水酸基に脂肪族アシル基(アセチル基等)を導入することにより、6位芳香族アシル基リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体を得ることができる。さらに、原料セルロースアセテートに、第1の修飾剤として脂肪族アシル化剤を反応させて、グルコース骨格の6位の水酸基に脂肪族アシル基(アセチル基等)を選択的に導入した後、第2の修飾剤として芳香族アシル化剤を反応させ、グルコース骨格の2位及び3位の水酸基に芳香族アシル基(ベンゾイル基等)を導入することにより、2位及び3位芳香族アシル基リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体を得ることができる。
【0029】
このようにして、最初に用いる修飾剤(第1の修飾剤)の使用量、及び必要に応じて次に用いられる別の修飾剤(第2の修飾剤)の使用量を選択することにより、置換度(第1の修飾剤に対応する修飾基の置換度、第2の修飾剤に対応する修飾基の置換度、及び総置換度)、及び置換基分布を制御することができる。
【0030】
セルロースアセテートと修飾剤との反応において、反応溶媒としては、原料や生成物の溶解性に優れ且つ反応を阻害しないような溶媒であれば特に限定されず、原料の種類等により適宜選択できる。そのような溶媒として、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、イソホロンなどのケトン系溶媒;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、乳酸エチル、蟻酸メチルなどのエステル系溶媒;ピリジン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、アセトニトリル、ニトロメタンなどの含窒素化合物;テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジオキソランなどのエーテル類(環状エーテル類、鎖状エーテル類);塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロエタン、テトラクロロエタン、四塩化炭素などのハロゲン化炭化水素;ジメチルスルホキシドなどの含硫黄化合物などが例示される。これらの中でも、原料や生成物の溶解性等の点でピリジン、塩化メチレン、クロロホルム、シクロヘキサノンが好ましく、特にピリジンが好適である。溶媒は単独で又は2種以上を組み合わせて使用できる。
【0031】
反応に供する原料セルロースアセテートの反応系中における濃度は、溶解度や反応効率等を考慮して適宜選択できるが、一般には2〜50重量%、好ましくは5〜20重量%程度である。
【0032】
本発明の製造方法において、修飾剤(カルボン酸、カルボン酸ハライド、カルボン酸無水物、イソシアネート化合物等)の反応系への添加方式としては特に制限はなく、一括して添加してもよいが、反応を制御するため、逐次添加(連続的又は間欠的に添加)するのが好ましい。
【0033】
反応系には、反応の促進、生成するハロゲン化水素等の捕捉のため、必要に応じて塩基を添加してもよい。塩基としては、例えば、ピリジン、ジメチルアミノピリジン等の含窒素芳香族化合物、トリエチルアミン、トリn−ブチルアミン、トリi−プロピルアミン等の第三級アミン、無機塩基などが挙げられる。ピリジンなどは前記のように溶媒としても使用できる。また、修飾剤としてカルボン酸を用いる場合には、硫酸、過塩素酸等の酸触媒を反応系に添加してもよい。
【0034】
反応温度は、原料の種類によっても異なるが、通常0〜150℃、好ましくは30〜130℃程度である。
【0035】
上記反応により、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の6位の水酸基に使用した修飾剤に対応する修飾基(例えば、アシル基、置換カルバモイル基等)が選択的に且つ所望量導入されたセルロースアセテート誘導体が生成する。前記のように、残りの水酸基には、別の修飾基を同様にして導入できる。
【0036】
反応終了後、反応混合液にアルコールを添加して、反応性の高い残存する過剰の修飾剤(酸ハライド、酸無水物、イソシアネート化合物等)を、反応性が極めて低く水や有機溶媒に対する溶解性の高いエステルに変換するのが好ましい。このように過剰の修飾剤をエステルに変換することにより、修飾剤剤由来の不純物、例えば、修飾剤の加水分解生成物であるカルボン酸などの水や有機溶媒に対する溶解性の低い化合物、その他の不純物による製品の着色や白濁、機能発現の妨害、製品中への不純物の混入などのトラブルを防止することができ、高純度、高品質のセルロースアセテート誘導体を工業的に効率よく得ることが可能となる。
【0037】
前記アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、2−ブタノール、イソブチルアルコール、s−ブチルアルコール、t−ブチルアルコール、ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、シクロペンチルアルコール、シクロヘキシルアルコール、ベンジルアルコールなどの一価アルコール;エチレングリコール、グリセリンなどの多価アルコールが使用できる。これらの中でも、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、2−ブタノール、t−ブチルアルコール、ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノールなどの炭素数1〜5のアルコールが好ましい。
【0038】
アルコールの使用量は、残存する過剰の修飾剤をすべてエステル化するのに必要な量であればよく、例えば、残存する過剰の修飾剤1モルに対して、1〜20モル、好ましくは1.5〜10モル程度である。アルコールの量が少なすぎると、修飾剤が完全にエステル化されずに残存する場合があり、アルコールの量が多すぎると生成したセルロースアセテート誘導体が沈殿する場合がある。この段階でセルロースアセテート誘導体が沈殿すると不純物を取り込みやすいため、残存する修飾剤のエステル化反応は、生成したセルロースアセテート誘導体が沈殿しない条件で(均一系で)行うのが好ましい。
【0039】
アルコールと残存する過剰の修飾剤との反応における反応温度は、目的物であるセルロースアセテート誘導体や添加するアルコールの種類に応じて適宜選択できるが、セルロースアセテート誘導体における水酸基の置換基(修飾基)と添加するアルコールとのエステル交換反応を抑制するため、通常80℃以下、好ましくは60℃以下、さらに好ましくは50℃以下である。反応温度の下限は反応の進行を損なわない温度であればよく、例えば30℃、好ましくは40℃である。反応時間は、反応温度等により異なるが、一般には0.1〜12時間、好ましくは0.1〜3時間程度である。
【0040】
前記原料セルロースアセテートと修飾剤との反応後の反応混合液から、必要に応じて上記のように過剰のアシル化剤等の修飾剤をエステル化した後、目的物であるセルロースアセテート誘導体を分離する。セルロースアセテートの分離方法としては特に限定されず、例えば、沈殿、晶析、濾過、洗浄、乾燥、抽出、濃縮、カラムクロマトグラフィーなどの方法を単独で又は2以上を適宜組み合わせて使用できるが、操作性、精製効率等の点で、沈殿(再沈殿を含む)操作によりセルロースアセテート誘導体を分離する方法が特に好ましい。沈殿操作は、生成したセルロースアセテート誘導体を含む溶液をセルロースアセテート誘導体の貧溶媒中に注ぐなど、セルロースアセテート誘導体を含む溶液を該貧溶媒と混合することにより行われる。セルロースアセテート誘導体を含む溶液の溶媒(セルロースアセテート誘導体の良溶媒)としては、例えば、ピリジン等の含窒素複素環化合物、アセトン等のケトン、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素、エステル、エーテル、アミド、非プロトン性極性溶媒などが挙げられる。これらの溶媒は単独で又は2種以上を組み合わせて使用できる。前記溶媒として、特に、ピリジン等の含窒素複素環化合物、アセトン等のケトン、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素が好ましい。
【0041】
セルロースアセテート誘導体の貧溶媒としては、セルロースアセテート誘導体の溶解度の低い溶媒であればよく、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、2−ブタノール、t−ブチルアルコール、ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノールなどの炭素数1〜5のアルコール(特に一価アルコール);水;ヘキサン等の脂肪族炭化水素;シクロヘキサン等の脂環式炭化水素などが挙げられる。これらの溶媒は単独で又は2種以上を組み合わせて使用できる。2種以上の溶媒を組み合わせた例として、2種以上の炭素数1〜5のアルコールの混合液、炭素数1〜5のアルコールと水との混合液などが挙げられる。貧溶媒としては、特に炭素数1〜5のアルコールが好ましい。
【0042】
前記沈殿操作の際に用いる貧溶媒の量は、セルロースアセテート誘導体の溶液100重量部に対して、例えば50〜20000重量部、好ましくは100〜10000重量部、さらに好ましくは150〜1000重量部である。貧溶媒の量が少なすぎると、高品質のセルロースアセテート誘導体を効率よく取得することが困難になる場合があり、逆に貧溶媒の量が多すぎると、経済的に不利になる。
【0043】
沈殿したセルロースアセテート誘導体は、濾過、遠心分離等の固液分離操作に付し、得られた固体を、必要に応じて再沈殿に付した後、乾燥することにより、高純度、高品質のセルロースアセテート誘導体を得ることができる。
【0044】
セルロースアセテート誘導体の精製方法として、セルロースアセテート誘導体の粉体(例えば、上記沈殿操作により得られたもの)を、セルロースアセテート誘導体は溶解しにくく、アシル化剤等の修飾剤とアルコールとの反応で生成するエステルやその他の不純物は溶解しやすい溶媒で洗浄(抽出)する方法も好ましい。このような溶媒としては、前記セルロースアセテート誘導体の貧溶媒として例示した溶媒が挙げられる。それらのなかでも、前記炭素数1〜5のアルコールが好ましい。
【0045】
本発明の製造法により、置換基(修飾基)による総置換度が1.6〜3.0、アセチル基総置換度が1.5〜2.9、アセチル基以外の置換基による総置換度が0.1〜1.5、2位の置換度が0.5〜1.0、3位の置換度が0.5〜1.0、6位の置換度が0.5〜1.0であるセルロースアセテート誘導体を得ることができる。
【0046】
また、上記のように、第1の修飾剤としてアセチル化剤以外のアシル化剤(芳香族アシル化剤、プロピオニル化剤等)を用い、必要に応じて第2の修飾剤として脂肪族アシル化剤(アセチル化剤等)を用いることにより、6位がアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)リッチなセルロースアセテート誘導体(6位芳香族アシル基等リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体を含む)を得ることができる。また、第1の修飾剤として脂肪族アシル化剤(アセチル化剤等)を用い、第2の修飾剤としてアセチル化剤以外のアシル化剤(芳香族アシル化剤、プロピオニル化剤等)を用いることにより、2位及び3位がアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体を得ることができる。上記のアセチル基以外のアシル基としては、芳香族アシル基又はプロピオニル基が好ましく、特に芳香族アシル基が好ましい。
【0047】
前記6位アセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)リッチなセルロースアセテート誘導体においては、アセチル基総置換度が1.5〜2.9であり、6位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度が、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度の和よりも大きいのが好ましい。6位における芳香族アシル基置換度は、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度の和の1.5倍以上、特に1.7倍以上であるのがより好ましい。6位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度は、例えば0.10〜0.40、好ましくは0.15〜0.35程度であり、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度は、それぞれ、例えば0〜0.12、好ましくは0〜0.09程度である。
【0048】
前記2位及び3位アセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体においては、アシル基総置換度が1.6〜3.0、アセチル基総置換度が1.5〜2.9、アセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)総置換度が0.1〜1.5であるのが好ましい。アシル基による総置換度は、好ましくは2.8〜3.0、さらに好ましくは2.9〜3.0である。また、アセチル基による総置換度は、好ましくは1.8〜2.8、さらに好ましくは2.2〜2.7である。アセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)総置換度は、好ましくは0.2〜1.2、さらに好ましくは0.3〜0.8である。また、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度の和は、6位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度に対して、好ましくは2.5倍以上であり、さらに好ましくは3.0倍以上である。2位におけるアシル基置換度、3位におけるアシル基置換度、6位におけるアシル基置換度は、それぞれ、通常0.9〜1.0の範囲である。また、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度の和は、通常0.1〜1.0、好ましくは0.15〜0.7、さらに好ましくは0.2〜0.5程度である。さらに、6位におけるアセチル基以外のアシル基(芳香族アシル基、プロピオニル基等)置換度は、通常0〜0.5、好ましくは0〜0.3、さらに好ましくは0〜0.2(例えば0.01〜0.2)程度である。アセチル基による6位の置換度は、通常0.5〜1.0、好ましくは0.7〜1.0、さらに好ましくは0.8〜1.0である。
【0049】
本発明の製造方法では、硫酸触媒を必要としないので、低分子量成分の生成を抑制でき、分子量分布を小さくすることができるとともに、生成物の着色を低減できる。例えば、本発明の方法により、着色度が、ハーゼン単位色数で、200以下、より好ましくは150以下、さらに好ましくは100以下のセルロース混合アシレートを得ることができる。
【0050】
本発明の方法により得られるセルロースアセテート誘導体は、そのまま又はさらに誘導化して、繊維、吸着剤、フィルム(特に光学フィルム等)、光学異性体分離剤などの材料として使用できる。また、このセルロースアセテート誘導体又はさらにその誘導体を他の物質や材料に添加することで機能を変化させたり新たな機能を付加することができる。
【0051】
特に、前記6位芳香族アシル基リッチなセルロースアセテート誘導体や、2位及び3位芳香族アシル基リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体は、光学的特性、例えばフィルム化して延伸した場合の配向複屈折や光弾性係数に係る特性に優れるため、光学材料等として好適に使用できる。この点に関し、以下に説明する。
【0052】
グルコピラノース環の水酸基に芳香族アシル基が導入されたセルロースアセテート誘導体では、高分子鎖を延伸により配向させた場合、グルコピラノース環に酸素原子のみを介して結合している2位及び3位に導入された芳香族アシル基の芳香環は高分子鎖に対して直交方向に配置され、芳香環に起因する分極率は高分子鎖に対して直交する方向を向くと考えられる。したがって、2位及び3位に導入された芳香族アシル基はセルロース混合アシレートの配向複屈折を負にする作用をすると考えられる。一方、グルコピラノース環にメチレンオキシ基を介して結合している6位に導入された芳香族アシル基の芳香環はフレキシビリティに富むため、高分子鎖と同じ方向に配向し、芳香環に起因する分極率は高分子鎖に対して平行する方向を向くと考えられる。したがって、6位に導入された芳香族アシル基はセルロース混合アシレートの配向複屈折を正にする作用をすると考えられる。このため、芳香族アシル基が6位と比較して2位及び3位に相対的にリッチに存在する前記2位及び3位芳香族アシル基リッチな高置換度セルロースアセテート誘導体は、高分子鎖に直交する方向に分極率が大きい材料となり、大きな複屈折を示す方向がフィルムの延伸方向に対して直交することとなる(負の配向複屈折)。また、芳香族アシル基が2位及び3位と比較して6位に相対的にリッチに存在する前記6位芳香族アシル基リッチなセルロースアセテート誘導体は、高分子鎖に沿って分極率が大きい材料となり、大きな複屈折を示す方向がフィルムの延伸方向になる(正の配向複屈折)。正の配向複屈折を有する材料と負の配向複屈折を有する材料を適宜な割合でブレンドすることにより、位相差フィルムの配向複屈折を制御することができる。また、上記芳香族アシル基の置換位置の分布は光弾性複屈折にも影響を与えると考えられる。以上、藤井貞男、「高分子系位相差フィルムの要求特性と材料設計」、『液晶』、第9巻、第4号、2005年、第227頁〜第236頁参照。したがって、本発明のセルロースアセテート誘導体は位相差フィルムや、偏光フィルムの保護フィルムなどの原材料として有用である。
【0053】
本発明のセルロースアセテート誘導体においては、硫酸根の含有量が該セルロースアセテート誘導体に対して、例えば200重量ppm以下(例えば1〜200重量ppm)、好ましくは150重量ppm以下(例えば1〜150重量ppm)、さらに好ましくは100重量ppm以下(例えば1〜100重量ppm)、特に好ましくは50重量ppm以下(例えば1〜50重量ppm)である。硫酸根が多く残留すると、製品乾燥時や経時変化で製品の色味が黄色に着色するなどの問題を生じることがある。また、機能阻害を起こす要因になる可能性がある。
【0054】
ここでいう硫酸根は、結合硫酸、非結合の硫酸、硫酸塩、硫酸エステル、硫酸錯体などの形でセルロース混合アシレート中に存在している硫酸根の全量を意味する。セルロース混合アシレート中の硫酸根の含有量は、絶乾状態の試料(セルロース混合アシレート)を1300℃の電気炉で焼成し、昇華した亜硫酸ガスを10重量%過酸化水素水にトラップし、電量測定法によって定量する(SO42-換算の値)ことにより測定できる。単位はセルロース混合アシレートに対する重量ppmである。電量滴定法の分析条件は以下の通りである。電量滴定法に用いる機器として、例えば、三菱化学製の商品名「TOX−10Σ」などが挙げられる。
温度:1100℃
試料量:20±2mg
燃焼ガス:酸素ガス(99.7%以上)
通気量:アルゴン200ml/min、酸素150ml/min
燃焼管:石英ガラス管(内管内径13mm、外管内径22mm)
【0055】
本発明の製造方法によれば、硫酸を用いる必要がないので、前記のような硫酸根の含有量が極めて低いセルロース混合アシレートを得ることができる。
【実施例】
【0056】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。実施例及び比較例中、「2位Ac基」は2位のアセチル基置換度、「3位Ac基」は3位のアセチル基置換度、「6位Ac基」は6位のアセチル基置換度、「2位Pr基」は2位のプロピオニル基置換度、「3位Pr基」は3位のプロピオニル基置換度、「6位Pr基」は6位のプロピオニル基置換度、「2位Bz基」は2位のベンゾイル基置換度、「3位Bz基」は3位のベンゾイル基置換度、「6位Bz基」は6位のベンゾイル基置換度を示す。また、「ppm」はケミカルシフト、又は重量ppmを意味する。
【0057】
なお、アシル基の置換度(DS)、グルコース骨格の2位の置換度(DS2)、グルコース骨格の3位の置換度(DS3)、及びグルコース骨格の6位の置換度(DS6)の測定は以下のようにして行った。測定条件は以下に示す通りである。
測定機器:Bruker製AVANCE600
測定モード:1H−NMR、13C−NMR
測定溶媒:重クロロホルム(TMS入)
測定温度:40℃
置換基分布は、アシル基が導入されたカルボニル基のシグナルより求める。シグナルは、置換基の種類、置換度、置換基が導入された位置によって形状が変わるため、置換基の種類、置換度、導入された位置によって、シグナルが出てくる位置をシンプルな系で確認した上で、該セルロースアシレートの測定を行う必要がある。置換度や置換基分布によって、正確な位置の特定方法は異なるが、今回の実施例における置換基分布の数値は、以下のようにして算出したものである。
例えばセルロースアセテートベンゾエートの場合、試料をピリジン溶媒中、無水プロピオン酸でプロピオニル化した後、重クロロホルム溶媒中で1H−NMRスペクトルを測定し、各置換基の置換度を算出した後、13C−NMRスペクトルを測定し、164〜167ppm付近に現れるベンゾイルカルボニル炭素のシグナルを、図1で示したような点(図中、△で示す。シグナルの谷の位置;164.9ppm付近及び165.5ppm付近)で分割し、高磁場側から2、3、6位の各ベンゾイルカルボニル炭素の積分強度と定義する。次式からグルコース骨格のi位におけるベンゾイル置換度DSBzi(iは2、3又は6)を求めた。DSBzはベンゾイル基総置換度を示す。
DSBzi=DSBz×(i位ベンゾイルカルボニル炭素シグナル積分強度)/(2 ,3及び6位ベンゾイルカルボニル炭素シグナル積分強度の和)
【0058】
また、着色度は、JIS−K0071−1化学製品の色をもとに測定を行った。すなわち、塩化メチレン/メタノール=90/10の混合溶媒40mLに、製品2.4gを溶かして得られたドープを比色管に入れ、前記のJIS規格に記載の基準色と比較することで、着色度(ハーゼン単位色数)を測定した。
【0059】
製造例1
α−セルロースの含量が97%の木材パルプを解砕し、水分含量が5%となるまで乾燥した。解砕したパルプを前処理装置に供給し、100重量部のα−セルロースあたり25重量部の氷酢酸をパルプに加え、50℃にて30分間混合してセルロースを活性化させた。
活性化したセルロースを混練機型のアセチル化装置に移し、予め10℃に冷却しておいた280重量部の無水酢酸と450重量部の氷酢酸をこのアセチル化装置に加えた。次いで5重量部の濃硫酸を加えて、全混合物を混合した。反応によって内容物に熱が蓄積するので、アセチル化は、系の温度が最初の温度の10℃から68℃までほぼ一定の速度で50分間にわたって上昇するよう冷却により系の温度を制御しつつ行い、系の温度が68℃に10分間保持されるようにして実施した。
68℃の系に、24重量部の20重量%酢酸マグネシウム水溶液を加えた。酢酸マグネシウムの添加量は、系中の硫酸の中和に必要な量より化学量論的に過剰な量とした。完全に中和した混合物をオートクレーブに移し、ゲージ圧力が5kg/cm2の水蒸気を、混合物を攪拌しつつ混合物に吹きこんで、120℃に加熱した。混合物をこの温度に130分間保って第一熟成を行った。反応混合物を100℃以下まで急冷し、攪拌装置を備えた沈澱槽に移し、この槽に水を加えた。生成した酢酸セルロースを沈澱させ、遠心して溶剤を除去し、水洗槽に移してこの槽中で水で十分に洗い、槽から取り出して乾燥させた。
得られたセルロースジアセテートのアセチル基総置換度は2.19、2位のアセチル基置換度は0.76、3位のアセチル基置換度は0.79、6位のアセチル基置換度は0.64であった。
【0060】
実施例1(塩化ベンゾイルを用いたセルロースジアセテートのアシル化)
ガラス製の1L三口フラスコに、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥したセルロースジアセテート(製造例1で得られたセルロースジアセテート;2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64)24.0g(グルコピラノース単位0.094mol)とピリジン456.0g(5.76mol)を添加して、50℃に液温を調整し、溶解した。次に共沸脱水を行い、173.5kgを留出させた。系内にピリジンを129.2g(1.64mol)を加えた後、系内水分をカールフィッシャー水分計を用いて測定したところ、系内水分は289ppmであった。続いて、塩化ベンゾイル6.32g(0.045mol)を23分かけて滴下した後、40℃に液温を調整し、温度を保って5時間熟成した。熟成後、反応液をメタノール1770.0g中に添加して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール150.0g×2回でリンス洗浄してから、アセトン348.0gで再溶解した。溶解液を、メタノール1770.0g中に投入し、再度、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール157.0g×2回でリンス洗浄してから、一晩減圧乾燥することで、セルロースアセテートベンゾエートを25.9g(収率:92.7%)得た。この製品の置換度、置換基分布を13C−NMRで測定したところ、2位Ac基:0.78、3位Ac基:0.78、6位Ac基:0.64、2位Bz基:0.09、3位Bz基:0.04、6位Bz基:0.31であった。着色度はハーゼン単位色数で350であった。
【0061】
実施例2(無水酢酸と塩化ベンゾイルを用いたセルロースジアセテートのアシル化)
ガラス製の1L三口フラスコに、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥したセルロースジアセテート(製造例1で得られたセルロースジアセテート;2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64)50.1g(グルコピラノース単位0.20mol)とピリジン450.1g(5.7mol)を溶解した。系内水分をカールフィッシャー水分計を用いて測定したところ、系内水分は401.8ppmであった。50℃に液温を調整して、無水酢酸7.3g(0.08mol)を添加した後、60℃に液温を昇温し、7時間熟成を行った。続いて、反応液をメタノール2000.1g中に投入して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール199.9gでリンス洗浄してから、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥した。乾燥した繊維状個体をピリジン450.1g(5.7mol)で再溶解し、これに室温で塩化ベンゾイル38.0g(0.27mol)を30分かけて滴下した後、60℃に液温を調整し、温度を保って7時間熟成した。熟成後、液温を40℃以下にしてからメタノール8.7gを添加し、残存の塩化ベンゾイルを処理した。続いて反応液をメタノール1999.4g中に添加して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール199.9gでリンス洗浄してから、アセトン800.2gで再溶解した。溶解液を、メタノール4000.7g中に投入し、再度、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール400.1gでリンス洗浄してから、一晩減圧乾燥することで、セルロースアセテートベンゾエートを54.1g(収率:89.6%)得た。この製品の置換度、置換基分布を13C−NMRで測定したところ、2位Ac基:0.87、3位Ac基:0.81、6位Ac基:0.87、2位Bz基:0.14、3位Bz基:0.21、6位Bz基:0.09であった。着色度はハーゼン単位色数で350であった。
【0062】
実施例3(塩化ベンゾイルと無水酢酸を用いたセルロースジアセテートのアシル化)
ガラス製の1L三口フラスコに、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥したセルロースジアセテート(製造例1で得られたセルロースジアセテート;2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64)24.0g(グルコピラノース単位0.09mol)とピリジン456.0g(5.7mol)を溶解した。これを共沸脱水し、Pyを173.5gを留去した。その後、Pyを129.2g、系内に追加し、系内水分をカールフィッシャー水分計を用いて測定したところ、系内水分は289ppmであった。25℃に液温を調整して、塩化ベンゾイル6.3g(0.045mol)を30分かけて滴下した後、40℃に液温を調整し、温度を保って5時間熟成した。続いて、無水酢酸6.39g(0.06mol)を添加した後、60℃に液温を昇温し、5時間熟成を行った。続いて、液温を40℃以下にしてからメタノール200.1gを添加し、残存の無水酢酸を処理した。続いて反応液をメタノール1770.4g中に添加して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール300.9gでリンス洗浄してから、アセトン348.2gで再溶解した。溶解液を、メタノール1770.7g中に投入し、再度、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール150.1gでリンス洗浄してから、一晩減圧乾燥することで、セルロースアセテートベンゾエートを24.7g(収率:88.4%)得た。この製品の置換度、置換基分布を13C−NMRで測定したところ、2位Ac基:0.91、3位Ac基:0.96、6位Ac基:0.69、2位Bz基:0.09、3位Bz基:0.04、6位Bz基:0.31であった。着色度はハーゼン単位色数で100であった。
【0063】
実施例4(無水プロピオン酸と塩化ベンゾイルを用いたセルロースジアセテートのアシル化)
ガラス製の1L三口フラスコに、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥したセルロースダイアセテート(製造例1で得られたセルロースジアセテート;2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64)10.0g(グルコピラノース単位0.039mol)とピリジン90.0g(1.1mol)を溶解した。系内水分をカールフィッシャー水分計を用いて測定したところ、系内水分は650.98ppmであった。50℃に液温を調整して、無水プロピオン酸3.69g(0.028mol)を添加した後、60℃に液温を昇温し、7時間熟成を行った。続いて、反応液をメタノール400.1g中に投入して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール40.3gでリンス洗浄してから、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥した。乾燥した繊維状個体をピリジン90.1g(1.1mol)で再溶解し、これに室温で塩化ベンゾイル4.98g(0.035mol)を30分かけて滴下した後、60℃に液温を調整し、温度を保って7時間熟成した。熟成後、液温を40℃以下にしてからメタノール40.1gを添加し、残存の無水プロピオン酸を処理した。続いて反応液をメタノール400.0g中に添加して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール40.0gでリンス洗浄してから、アセトン160.0gで再溶解した。溶解液を、メタノール800.0g中に投入し、再度、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール80.1gでリンス洗浄してから、一晩減圧乾燥することで、セルロースアセテートベンゾエートプロピオネートを11.9g(収率:93.8%)得た。この製品の置換度、置換基分布を13C−NMRで測定したところ、2位Ac基:0.78、3位Ac基:0.74、6位Ac基:0.68、2位Bz基:0.14、3位Bz基:0.17、6位Bz基:0.17、2位Pr基:0.08、3位Pr基:0.09、6位Pr基:0.15であった。着色度はハーゼン単位色数で200であった。
【0064】
実施例5(無水酢酸と無水プロピオン酸を用いたセルロースジアセテートのアシル化)
ガラス製の1L三口フラスコに、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥したセルロースダイアセテート(製造例1で得られたセルロースジアセテート;2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64)10.0g(グルコピラノース単位0.039mol)とピリジン90.0g(1.1mol)を溶解した。系内水分をカールフィッシャー水分計を用いて測定したところ、系内水分は600.30ppmであった。50℃に液温を調整して、無水酢酸8.04g(0.079mol)を添加した後、60℃に液温を昇温し、7時間熟成を行った。続いて、反応液をメタノール400.1g中に投入して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール40.3gでリンス洗浄してから、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥した。乾燥した繊維状個体をピリジン90.1g(1.1mol)で再溶解し、これに室温で無水プロピオン酸4.61g(0.035mol)を30分かけて滴下した後、60℃に液温を調整し、温度を保って7時間熟成した。熟成後、液温を40℃以下にしてからメタノール40.2gを添加し、残存の無水プロピオン酸を処理した。続いて反応液をメタノール400.2g中に添加して、再沈殿を行った。得られた繊維状固体をろ過後、メタノール40.3gでリンス洗浄してから、アセトン160.0gで再溶解した。溶解液を、メタノール801.1g中に投入し、再度、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール80.0gでリンス洗浄してから、一晩減圧乾燥することで、セルロースアセテートプロピオネートを10.6g(収率:90.7%)得た。この製品の置換度、置換基分布を13C−NMRで測定したところ、2位Ac基:0.82、3位Ac基:0.78、6位Ac基:0.76、2位Pr基:0.18、3位Pr基:0.22、6位Pr基:0.24であった。着色度はハーゼン単位色数で50であった。
【0065】
比較例1(塩化ベンゾイルを用いたセルロースジアセテートのアシル化(全ベンゾエート化))
ガラス製の1L三口フラスコに、真空乾燥機内、60℃で一晩、減圧乾燥したセルロースダイアセテート(製造例1で得られたセルロースジアセテート;2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64)50.0g(グルコピラノース単位0.19mol)とピリジン450.3g(5.7mol)を溶解した。系内水分をカールフィッシャー水分計を用いて測定したところ、系内水分は581.5ppmであった。30℃に液温を調整して、塩化ベンゾイル35.9g(0.26mol)を添加した後、30℃で12時間熟成を行った。続いて、反応液をメタノール2143.7g中に投入し、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール214.4gでリンス洗浄してから、アセトン800.1gで再溶解した。溶解液を、メタノール4001.5g中に投入し、再度、繊維状の固体を析出させた。得られた繊維状固体を濾取し、メタノール400.1gでリンス洗浄してから、一晩減圧乾燥することで、セルロースアセテートベンゾエートを60.8g(収率:91.3%)得た。この製品の置換度、置換基分布を13C−NMRで測定したところ、2位Ac基:0.76、3位Ac基:0.79、6位Ac基:0.64、2位Bz基:0.24、3位Bz基:0.21、6位Bz基:0.36であった。着色度はハーゼン単位色数で60であった。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】セルロースアセテートベンゾエート(3種)の13C−NMRスペクトル(一部分)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセチル基総置換度が1.5〜2.9であるセルロースアセテートに、水酸基反応性の修飾剤を反応させ、グルコース骨格の6位の水酸基に前記修飾剤に対応する修飾基を導入して、置換度のより高いセルロースアセテート誘導体を製造する方法であって、反応開始時の反応系内に含まれる水のモル数をx、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の6位の水酸基のモル数をy、原料セルロースアセテートのグルコース骨格の2位及び3位の水酸基の総モル数をzとしたとき、前記修飾剤をxモルより多く(x+y+0.5z)モル以下の範囲で使用して、前記修飾基をグルコース骨格の6位の水酸基に選択的に導入することを特徴とするセルロースアセテート誘導体の製造方法。
【請求項2】
修飾剤が、カルボン酸、カルボン酸ハライド、カルボン酸無水物およびイソシアネート化合物から選択された化合物である請求項1記載のセルロースアセテート誘導体の製造方法。
【請求項3】
修飾剤を反応させた後、反応生成物にさらに別の修飾剤を反応させて、該修飾剤に対応する修飾基を残存する水酸基の少なくとも一部に導入する請求項1記載のセルロースアセテート誘導体の製造方法。
【請求項4】
アセチル基総置換度が1.5〜2.9であり、6位におけるアセチル基以外のアシル基置換度が、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基置換度の和よりも大きいことを特徴とするセルロースアセテート誘導体。
【請求項5】
6位におけるアセチル基以外のアシル基置換度が、2位及び3位におけるアセチル基以外のアシル基置換度の和の1.5倍以上である請求項4記載のセルロースアセテート誘導体。
【請求項6】
アセチル基以外のアシル基が芳香族アシル基又はプロピオニル基である請求項4又は5記載のセルロースアセテート誘導体。

【図1】
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【公開番号】特開2009−91543(P2009−91543A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85242(P2008−85242)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】