説明

セレノジスルフィド化合物及びその製造方法

【課題】優れた抗腫瘍性と抗変異原性を示す新規なセレノスルフィド化合物を提供する。
【解決手段】「R−(Se)−R」の一般式で表され、前記一般式において(Se)はn個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、nは2〜4の整数であり、R及びRは同一の又は異なる有機基であっていずれもチオール基(−SH)を有すると共にそのチオール基が前記セレン原子の直鎖状の結合体の各一端に結合しているセレノジスルフィド化合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセレノジスルフィド化合物及びその製造方法に関し、更に詳しくは本発明は、少なくとも優れた抗腫瘍性と抗変異原性(遺伝子の損傷に対する保護作用)とを期待できる新規なセレノジスルフィド化合物、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セレンは生命維持に欠かすことのできない必須微量元素であり、セレン又はセレン化合物に関しては従来より、抗腫瘍性や抗変異原性あるいは様々な病気の予防作用についての報告がなされている。
【非特許文献1】Rayman MP. “The importance of selenium to human health” Lancet. 2000 Jul15;356(9225):233-41 非特許文献1において、Raymanは、セレンはヒトの健康に関して基本的に重要な必須微量元素であって、例えば、ダイエット中のセレンの摂取が癌その他の病気のリスクを低減させる旨を報告している。
【特許文献1】特開昭61−267514号公報 今までにセレン化合物として各種のものが開示又は報告されている。例えば特許文献1においては、フェニル亜セレン酸及びそのエステル、オキシ塩化セレン及びその各種錯体、ジアルキルセレニト等を開示しており、これらのセレン化合物は抗腫瘍剤の有効成分であるとしている。
【特許文献2】特表2001−510468号公報 特許文献2では、一定の一般式で示される各種の環状有機セレン化合物を開示しており、これらの環状有機セレン化合物は、血管、消化器管、呼吸器管等における炎症性あるいは虚血性の多様な病状の処置等に有効である、としている。
【0003】
一方、各種のセレン化合物の内でもセレノスルフィド化合物は生理活性や生体に対する安全性が高いと考えられ、特に重要である。セレノスルフィド化合物に関しては、例えば以下に述べる文献が公知である。
【非特許文献2】Edgar Page Painter “The Chemistry and Toxicity of Selenium Compound withSpecial Reference to the Selenium Problem” page 170-213 非特許文献2においてPainterが初めて報告したように、セレンは亜セレン酸として生体内に取り込まれ、酸性条件下でシステインと反応して、セレノスルフィド化合物を生成する。
【非特許文献3】Howard E. Ganther “Reduction of the Selenotrisulfide Derivative ofGlutathione to a Persulfide Analog by Glutathione Reductase” Biochemistry, Vol.10, No.22, 1971 続いてGantherは、非特許文献3において、グルタチオン、システイン又は2−メルカプトエタノール等のチオール化合物が酸性条件下に亜セレン酸に対して4倍のモル濃度比で反応してセレノジスルフィド化合物を生成することを確かめ、以下の式(1)の反応式を提案している。
【0004】
4RSH+H2SeO3→RSSeSR+RSSR+3H2O・・・(1)
その後、Kiceによるセレノスルフィド生成反応メカニズムの研究(Kice, 1980)や、Braga及びGabel−Jensenによる無細胞系及びラットでのセレン代謝モデルの研究(Braga, 2004、Gabel, 2006)等がなされている。
【非特許文献4】T. Nakagawa, Y. Hasegawa, Y. Yamaguchi, H. Tanaka, M. Chikuma, H.Sakurai, M. Nakayama “Isolation,Characterization and Thiol Exchange Reaction of Penicillamine Selenotrisulfides”BIOCHEMICAL AND BIOPHYSICAL RESEARCH COMMUNUCATIONS, vol.135, No. 1, 1986,February 26, 1986, page 183-188 更に近年、非特許文献4に示されるように、Nakayamaグループにより化学的に安定なセレノジペニシラミン(PSSeSP)が単離され、その生体における有効利用がマウスを用いて研究されている。このセレノジペニシラミンは酸性条件下で1モルの亜セレン酸と4モルのペニシラミンを反応させて得られるものであって、1原子のセレンに対して2分子のペニシラミンがそのチオール基において結合したモノセレノジペニシラミンである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記した従来の各種のセレン化合物は、その生理活性を十分に検証していない場合が多く、検証した場合でも抗腫瘍性と抗変異原性に関して十分に高い効果を示すとは言えないものが多い。
本発明は、上記いずれの公知文献にも開示あるいは示唆されておらず、かつ、少なくとも優れた抗腫瘍性と抗変異原性とを期待できる新規なセレノスルフィド化合物と、その有効な製造方法とを提供することを、解決すべき技術的課題とする。
【0006】
本願発明者は、上記の非特許文献4に開示されたセレノジペニシラミンの生成反応を種々に検討する過程で、反応条件、特に亜セレン酸とペニシラミンとのモル濃度比を特定の濃度比領域に変更すると、意外なことに、2原子以上のセレンの直鎖状結合体の両端にそれぞれ1分子のペニシラミンが結合してなるポリセレノジペニシラミンが生成すること、しかも、これらのポリセレノジペニシラミンが優れた生理活性を発揮することを見出して、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(第1発明)
上記課題を解決するための本願第1発明の構成は、「R−(Se)−R」の一般式で表され、前記一般式において(Se)はn個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、nは2〜4の整数であり、R及びRは同一の又は異なる有機基であっていずれもチオール基(−SH)を有すると共にそのチオール基が前記セレン原子の直鎖状の結合体の各一端に結合している、セレノジスルフィド化合物である。
【0008】
(第2発明)
上記課題を解決するための本願第2発明の構成は、前記第1発明に係るセレノジスルフィド化合物が以下の「化18」〜「化20」のいずれかの一般式で表される化合物であり、これらの一般式においてはいずれも、「Se2−4」が2〜4個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合したポリセレノジスルフィドである、セレノジスルフィド化合物である。
【0009】
【化18】

(上記の「化18」式において、R〜R、R、Rはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜3のアルキル基を示し、R、Rはそれぞれ独立に水素、炭素数1〜3のアルキル基又はアミド結合したアミノ酸を示し、R、R10はそれぞれ独立に水素又はアミド結合したアミノ酸を示す。)
【0010】
【化19】

(上記の「化19」式において、R、R、R、Rはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜3のアルキル基を示し、Rは水素、炭素数1〜3のアルキル基又はアミド結合したアミノ酸を示し、Rは水酸基又はアミド結合したアミノ酸を示し、Rは炭素数1〜3のアルキル基又は炭素数1〜3のアルキルカルボン酸基を示す。)
【0011】
【化20】

(上記の「化20」式において、Rは炭素数1〜3のアルキル基又は炭素数1〜3のアルキルカルボン酸基を示す。2個のRは、同一であっても、異なっていても良い。Rは水素又は炭素数1〜3のアルキル基を示す。2個のRは、同一であっても、異なっていても良い。)
(第3発明)
上記課題を解決するための本願第3発明の構成は、前記第2発明に係る「化18」の一般式で表されるポリセレノジスルフィドが、以下の「化21」〜「化24」のいずれかで表されるものである、セレノジスルフィド化合物である。
【0012】
【化21】

(上記の「化21」式において、「Se2−4」は2〜4個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【0013】
【化22】

(上記の「化22」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【0014】
【化23】

(上記の「化23」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【0015】
【化24】

(上記の「化24」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
(第4発明)
上記課題を解決するための本願第4発明の構成は、前記第2発明に係る「化19」の一般式で表されるポリセレノジスルフィドが、以下の「化25」〜「化28」のいずれかで表されるものである、セレノジスルフィド化合物である。
【0016】
【化25】

(上記の「化25」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【0017】
【化26】

(上記の「化26」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【0018】
【化27】

(上記の「化27」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【0019】
【化28】

(上記の「化28」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
(第5発明)
上記課題を解決するための本願第5発明の構成は、前記第2発明に係る「化20」の一般式で表されるポリセレノジスルフィドが、以下の「化29」で表されるものである、セレノジスルフィド化合物である。
【0020】
【化29】

(上記の「化29」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
(第6発明)
上記課題を解決するための本願第6発明の構成は、モル濃度比を(A):(B)=1:1〜1:8の範囲内に調整した下記の(A)成分と(B)成分をpH1〜4の酸性条件下に反応させることにより、2〜4個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端に(A)成分のチオール基が結合してなるポリセレノジスルフィドの1種又は2種以上を製造する、セレノジスルフィド化合物の製造方法である。
(A)成分:チオール基(−SH)を有する1種又は2種の有機化合物
(B)成分:亜セレン酸(HSeO)又はその塩
(第7発明)
上記課題を解決するための本願第7発明の構成は、前記第6発明に係る(A)成分が、下記「化30」に示すペニシラミン、下記「化31」に示すシステイン、下記「化32」に示す2−メルカプトプロピオン酸、下記「化33」に示すメルカプトコハク酸、下記「化34」に示すグルタチオンから選ばれるものである、セレノジスルフィド化合物の製造方法である。
【0021】
【化30】

【0022】
【化31】

【0023】
【化32】

【0024】
【化33】

【0025】
【化34】

(第8発明)
上記課題を解決するための本願第8発明の構成は、以下の(1)〜(7)のいずれかに該当するモノセレノジスルフィドである、セレノジスルフィド化合物である。
【0026】
(1)1原子のセレンに対して、1分子のペニシラミンと1分子のグルタチオンとが、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0027】
(2)1原子のセレンに対して、1分子のペニシラミンと1分子の2−メルカプトプロピオン酸とが、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0028】
(3)1原子のセレンに対して、1分子のシステインと1分子の2−メルカプトプロピオン酸とが、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0029】
(4)1原子のセレンに対して、1分子のグルタチオンと1分子の2−メルカプトプロピオン酸とが、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0030】
(5)1原子のセレンに対して、1分子のグルタチオンと1分子のメルカプトコハク酸とが、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0031】
(6)1原子のセレンに対して、2分子の2−メルカプトプロピオン酸が、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0032】
(7)1原子のセレンに対して、2分子のメルカプトコハク酸が、それらのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド。
【0033】
(8)下記の「化35」の式に示すモノセレノジスルフィド。
【0034】
【化35】

【発明の効果】
【0035】
第1発明〜第5発明に係るセレノジスルフィド化合物はいずれも従来は報告されていなかった新規な化合物であり、かつ、2〜4個のセレン原子の直鎖状の結合体を含むというユニークな化学構造を持つポリセレノジスルフィド化合物である。従来、このような構造のポリセレノジスルフィド化合物は報告あるいは示唆されておらず、かつ、その製造方法も知られていなかった。従って、公知の各種有機セレン化合物からの類推でこれらのポリセレノジスルフィド化合物を着想することは困難である。
【0036】
後述の実施例において実証され、又は各種の公知有機セレン化合物あるいは公知セレノジスルフィド化合物が共通して示す性質から確定的に推定されるように、第1発明〜第5発明に係るセレノジスルフィド化合物はいずれも、少なくとも抗腫瘍性と抗変異原性(遺伝子の損傷に対する保護作用)とを示す。しかも、恐らくは上記のポリセレノジスルフィド化合物のユニークな化学構造と関係して、各種の生理的活性が非常に優れている。
【0037】
又、第6発明又は第7発明に係るセレノジスルフィド化合物の製造方法は、特定の酸性条件下に、本願発明者が新たに見出したモル濃度比の領域で有機チオール化合物と亜セレン酸又はその塩とを反応させることにより、各種ポリセレノジスルフィドを容易・確実に製造することができる。実際には、相当するモノセレノジスルフィドも併せ生成する場合が多い。
【0038】
更に、第8発明に列挙するモノセレノジスルフィドも、従来は報告されていない新規なセレノジスルフィド化合物であって、抗腫瘍性や抗変異原性等の優れた生理的活性を期待することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
次に、本発明を実施するための形態を、その最良の形態を含めて説明する。
【0040】
〔セレノジスルフィド化合物〕
本発明に係るセレノジスルフィド化合物は、「R−(Se)−R」の一般式で表され、前記の一般式において(Se)はn個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、nは2〜4の整数であり、R及びRは同一の又は異なる有機基であっていずれもチオール基(−SH)を有すると共にそのチオール基が前記セレン原子の直鎖状の結合体の各一端に結合している、ポリセレノジスルフィドである。チオール基を有する有機化合物としては、限定はされないが、ペニシラミン、システイン、2−メルカプトプロピオン酸、メルカプトコハク酸及びグルタチオンを好ましく例示することができる。
【0041】
本発明に係るセレノジスルフィド化合物の内、特に好ましいものは、前記した「化18」〜「化20」のいずれかの一般式で表されるセレノジスルフィド化合物であり、これらの一般式においてはいずれも、「Se2−4」が2〜4個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合したポリセレノジスルフィドである。
【0042】
「化18」の一般式で表されるセレノジスルフィド化合物の特に好ましい例として、前記した「化21」〜「化24」のいずれかで表されるポリセレノジスルフィドを例示することができる。「化19」の一般式で表されるセレノジスルフィド化合物の特に好ましい例として、前記した「化25」〜「化28」のいずれかで表されるポリセレノジスルフィドを例示することができる。「化20」の一般式で表されるセレノジスルフィド化合物の特に好ましい例として、前記した「化29」で表されるポリセレノジスルフィドを例示することができる。
【0043】
更に、他のセレノジスルフィド化合物として、第8発明において(1)〜(8)として列挙した新規なモノセレノジスルフィドを挙げることができる。
【0044】
〔セレノジスルフィド化合物の製造方法〕
本発明に係るセレノジスルフィド化合物の製造方法においては、モル濃度比を(A):(B)=1:1〜1:8の範囲内、より好ましくは1:2〜1:4の範囲内に調整した下記の(A)成分と(B)成分を、pH1〜4、より好ましくはpH1〜2の酸性条件下に反応させることにより、2〜4個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端に(A)成分のチオール基が結合してなるポリセレノジスルフィドの1種又は2種以上を製造する。(B)成分としては、亜セレン酸(HSeO)が特に好ましい。
(A)成分:チオール基(−SH)を有する1種又は2種の有機化合物
(B)成分:亜セレン酸(HSeO)又はその塩
1種又は2種以上のポリセレノジスルフィド化合物として、2個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端に(A)成分のチオール基が結合したジセレノジスルフィド化合物、3個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端に(A)成分のチオール基が結合したトリセレノジスルフィド化合物、4個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端に(A)成分のチオール基が結合したテトラセレノジスルフィド化合物を挙げることができる。
【0045】
上記の(A)成分としては、ペニシラミン、システイン、2−メルカプトプロピオン酸、メルカプトコハク酸、グルタチオン等が特に好ましい。
【0046】
(A)成分として2種類のチオール化合物A1及びA2を用いた場合においては、主に以下の(a)のポリセレノジスルフィドを生成するが、併せて以下の(b)、(c)のポリセレノジスルフィドも生成する。
(a)2〜4個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端にA1とA2がチオール結合したポリセレノジスルフィド,
(b)2〜4個のセレン原子の直鎖状結合体の両端に各1分子のA1がチオール結合したポリセレノジスルフィド。
(c)2〜4個のセレン原子の直鎖状結合体の両端に各1分子のA2がチオール結合したポリセレノジスルフィド。
【0047】
更に、本発明に係るセレノジスルフィド化合物の製造方法において、実際には、上記の各種のポリセレノジスルフィドに相当するモノセレノジスルフィドも併せ生成する場合が多い。一般的に、反応系において、(A)成分(チオール基を有する有機化合物)に対する(B)成分(亜セレン酸)のモル濃度比が大きいほど、相対的にポリセレノジスルフィド化合物の生成量が増大する。
【0048】
本発明に係るセレノジスルフィド化合物の製造方法において、(A)成分と(B)成分との反応条件は、前記した酸性条件下である限りにおいて限定されない。このような酸性条件を維持するための手段は限定されないが、例えば、適当量の塩酸、硫酸、トリフルオロ酢酸、ギ酸等を反応系に投与することができる。
【0049】
(A)成分と(B)成分との反応時の各種反応条件は適宜に設定すれば良く、特段に限定されないが、反応溶媒としては、チオール化合物と亜セレン酸又はその塩とがほぼ均一になるように溶解し、且つこれらと反応しない溶媒であれば良く、好ましくは水、ジメチルスルフォキシド、メタノールなどのアルコールまたはこれらの混合溶媒が良い。反応温度は−20℃から50℃の間が望ましい。
【0050】
本発明に係るセレノジスルフィド化合物の生成は、LC−MS分析から得られる水素付加分子イオンピーク[M+H]のセレンの天然同位体の存在比率を観測することで、容易に構造を確認することができる。
【0051】
反応後、様々な割合で生成する本発明に係るセレノジスルフィド化合物とその他のジスルフィド化合物を適当な分離手段により精製することで、本発明に係るセレノジスルフィド化合物を純粋に単離することができる。分離手段としては、逆相シリカゲルカラムを用いるHPLC、順相シリカゲルによるカラムクロマトグラフィー、もしくは、樹脂(例えばAmberlite XAD-2またはOASIS HLB)によるクロマトグラフィーが良く、場合によっては再結晶法も有効な手段である。
【実施例】
【0052】
以下に本発明の実施例を比較例と共に説明する。本発明の技術的範囲はこれらの実施例や比較例によって限定されない。
【0053】
〔実施例1−1:ポリセレノジペニシラミンの合成と単離・精製〕
0.4mLの水に、500mMのD−ペニシラミン水溶液0.2mL、1Mの亜セレン酸水溶液0.4mL、0.1Nの塩酸水溶液0.05mLを加え、攪拌後、室温で1時間放置した。次いで3,000rpmで5分間遠心分離後、上澄みを高速液体クロマトグラフィー連結エレクトロスプレーイオントラップ質量分析(高速液体クロマトグラフィー:Agilent社製1100 Series;カラム:野村化学社製デベェロシルC18,3ミクロン,内径4.6mm,長さ50mm; 移動相:0.05%ギ酸含有水溶液からメタノールへの15分間の直線濃度勾配;流速:0.8mL/min;質量分析:ThermoFisher
Scientific社製LCQ DECAXP IonTrap
mass spectrometer;検出:選択イオン量または総イオン量)に供し、6.36分、7.83分および9.44分に溶出されるピークのマススペクトルを測定することで、ポリセレノジペニシラミンであるジセレノジペニシラミン(PSSeSP)、トリセレノジペニシラミン(PSSeSP)及びテトラセレノジペニシラミン(PSSeSP)の生成を確認した。
【0054】
これらのポリセレノジペニシラミンの水素付加分子イオンピーク[M+H]は、含有するセレン原子の数によって特徴的な天然同位体比率を示す(図1〜4参照)。これらの単離・精製は、上澄みを分取高速液体クロマトグラフィー連(高速液体クロマトグラフィー:島津社製DC Series;カラム:野村化学社製デベェロシルC18,3ミクロン,内径10mm,長さ200mm; 移動相:0.05%ギ酸含有水溶液からメタノールへ60分間の直線濃度勾配;流速:4.5mL/min;検出:UV300nm)に供し、40分から60分に溶出されるピークを集め、減圧濃縮することで、純粋なジセレノジペニシラミン、トリセレノジペニシラミン、及びテトラセレノジペニシラミンをそれぞれ得ることができる。
【0055】
〔実施例1−2:その他のポリセレノジペニシラミンの合成と単離・精製〕
(A)成分(チオール化合物)として、実施例1−1で用いたD−ペニシラミンに代え、あるいはD−ペニシラミンと共に、L−システイン、2−メルカプトプロピオン酸、メルカプトコハク酸及びグルタチオンから選ばれる1種又は2種を用いた。そして、これらの(A)成分の合計投与量が実施例1−1におけるD−ペニシラミンと同一濃度となるように調整して、実施例1−1の場合と全く同様のプロセスにより、表1に列挙する各種のモノセレノジスルフィドあるいはポリセレノジスルフィドを得た。
【0056】
【表1】

上記の表1において、「化合物」の欄に「既知物質」と表記したものは本願発明者が調査した限りにおいて公知であることが判明したセレノジスルフィド化合物であり、その他の化合物については「化合物」の欄に「化21」等の該当する化学式番号を表記した。
【0057】
又、表1においては、「略号」の欄に各化合物の略号化した表記を示した。この表記において、「P」はD−ペニシラミンを、「C」はL−システインを、「MP」は2−メルカプトプロピオン酸を、「MC」はメルカプトコハク酸を、「G」はグルタチオンを、「Se」はセレンを、それぞれ表す。そして、例えば、「略号」の欄における「PSeP」との表記は、その化合物が1原子のセレンに対して2分子のD−ペニシラミンがそのチオール基において結合したモノセレノジスルフィド化合物であることを示す。又、例えば、「略号」の欄における「PSe3G」との表記は、その化合物が3原子のセレンの直鎖状結合体の各一端に、それぞれD−ペニシラミンとグルタチオンが1分子ずつ、そのチオール基において結合したポリセレノジスルフィド化合物であることを示す。
【0058】
表1の「n」の欄はその化合物1分子に含まれるセレン原子の個数を表す。又、表1の「R1」〜「R10」等の欄には、該当する番号の化学式における「R1」、「R2」等の置換基の種類を具体的に示した。更に「保持時間」の欄は、実施例1−1でも説明したように、ODSカラム(野村化学社製デベェロシルC18,3ミクロン,内径4.6mm,長さ50mm)を用い、移動相(A液:0.05%ギ酸含有水溶液、B液:メタノール)をA液100%からB液100%へ直線濃度勾配で15分かけて流速0.8mL/minで流した時にその化合物が溶出する時間(分)を表す。検出は、選択イオン又は総イオンを質量分析計を用いて行った。表1中の「80Seでのプロトン付加分子イオン[M+H]」は、質量スペクトルで観察されるピークの一つである。
【0059】
〔実施例2:酸化的DNA損傷抑制効果の測定〕
仔牛胸腺DNA(100μM),NADH(40μM),CuCl(20μM),カテコール(40μM),リン酸緩衝液(4mM,pH7.8)から成るDNA損傷系に、最終濃度が2〜16μMになるようにモノセレノジペニシラミン(比較例)又はジセレノジペニシラミン(実施例)を加え、37℃で1時間保持、アガロースゲル電気泳動(1%アガロース,1×TAE buffer,pH8.1)後、全長DNA量を蛍光バイオイメージアナライザー(日立社製FMBIO・II Multi-view)で定量した。
【0060】
又、対照として、銅(II)とカテコールによるDNA損傷系も、モノセレノジペニシラミンあるいはジセレノジペニシラミンも添加しないDNA非損傷条件下において、同様に全長DNA量を定量した。
【0061】
そして、上記の銅・カテコールによる酸化的DNA損傷に対する抑制効果を、下記の式(2)から算出した。式(2)において、(A)は上記したDNA損傷系に各濃度のモノセレノジペニシラミン又はジセレノジペニシラミンを加えた場合における全長DNA量の測定値であり、(B)は非損傷条件下での全長DNA量の測定値である。
【0062】
[(A)/(B)]×100(%)・・・式(2)
その結果、モノセレノジペニシラミンは図6に示すように13.5μMの濃度で、ジセレノジペニシラミンは図5に示すように7.0μMの濃度で、それぞれ銅・カテコールによる酸化的DNA損傷を50%抑制し、両者の有意な効果差が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明によって、優れた抗腫瘍性と抗変異原性(遺伝子の損傷に対する保護作用)とを示す新規なセレノスルフィド化合物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】実施例1での、高速液体クロマトグラフィー連結エレクトロスプレーイオントラップ質量分析法によるD−ペニシラミンと亜セレン酸との反応液の分析結果を示す総陽イオンクロマトグラフである。
【0065】
【図2】実施例1における、高速液体クロマトグラフィー連結エレクトロスプレーイオントラップ質量分析法によるD−ペニシラミンと亜セレン酸との反応液の分析結果を示すジセレノシペニシラミン(PSSeSP)のマススペクトル(プロトン付加分子イオン)である。
【0066】
【図3】実施例1における、高速液体クロマトグラフィー連結エレクトロスプレーイオントラップ質量分析法によるD−ペニシラミンと亜セレン酸との反応液の分析結果を示すトリセレノシペニシラミン(PSSeSP)のマススペクトル(プロトン付加分子イオン)である。
【0067】
【図4】実施例1における、高速液体クロマトグラフィー連結エレクトロスプレーイオントラップ質量分析法によるD−ペニシラミンと亜セレン酸との反応液の分析結果を示すテトラセレノシペニシラミン(PSSeSP)のマススペクトル(プロトン付加分子イオン)である。
【0068】
【図5】実施例2における、ジセレノジペニシラミンによる銅・カテコールによる酸化的DNA損傷に対する抑制効果を示すグラフである(縦軸:銅・カテコールによる酸化的DNA損傷に対する抑制率(%);横軸:ジセレノジペニシラミンの濃度(マイクロM))。
【0069】
【図6】実施例2における、セレノジペニシラミンによる銅・カテコールによる酸化的DNA損傷に対する抑制効果を示すグラフである(縦軸:銅・カテコールによる酸化的DNA損傷に対する抑制率(%);横軸:セレノジペニシラミンの濃度(マイクロM))。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
「R−(Se)−R」の一般式で表され、前記の一般式において(Se)はn個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、nは2〜4の整数であり、R及びRは同一の又は異なる有機基であっていずれもチオール基(−SH)を有すると共にそのチオール基が前記セレン原子の直鎖状の結合体の各一端に結合していることを特徴とするセレノジスルフィド化合物。
【請求項2】
前記セレノジスルフィド化合物が以下の「化1」〜「化3」のいずれかの一般式で表される化合物であり、これらの一般式においてはいずれも「Se2−4」が2〜4個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合したポリセレノジスルフィドであることを特徴とする請求項1に記載のセレノジスルフィド化合物。
【化1】

(上記の「化1」式において、R〜R、R、Rはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜3のアルキル基を示し、R、Rはそれぞれ独立に水素、炭素数1〜3のアルキル基又はアミド結合したアミノ酸を示し、R、R10はそれぞれ独立に水素又はアミド結合したアミノ酸を示す。)
【化2】

(上記の「化2」式において、R、R、R、Rはそれぞれ独立に水素又は炭素数1〜3のアルキル基を示し、Rは水素、炭素数1〜3のアルキル基又はアミド結合したアミノ酸を示し、Rは水酸基又はアミド結合したアミノ酸を示し、Rは炭素数1〜3のアルキル基又は炭素数1〜3のアルキルカルボン酸基を示す。)
【化3】

(上記の「化3」式において、Rは炭素数1〜3のアルキル基又は炭素数1〜3のアルキルカルボン酸基を示す。2個のRは、同一であっても、異なっていても良い。Rは水素又は炭素数1〜3のアルキル基を示す。2個のRは、同一であっても、異なっていても良い。)
【請求項3】
前記「化1」の一般式で表されるポリセレノジスルフィドが、以下の「化4」〜「化7」のいずれかで表されるものであることを特徴とする請求項2に記載のセレノジスルフィド化合物。
【化4】

(上記の「化4」式において、「Se2−4」は2〜4個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【化5】

(上記の「化5」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【化6】

(上記の「化6」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【化7】

(上記の「化7」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【請求項4】
前記「化2」の一般式で表されるポリセレノジスルフィドが、以下の「化8」〜「化11」のいずれかで表されるものであることを特徴とする請求項2に記載のセレノジスルフィド化合物。
【化8】

(上記の「化8」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【化9】

(上記の「化9」式において、「Se2−3」は2個又は3個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【化10】

(上記の「化10」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【化11】

(上記の「化11」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【請求項5】
前記「化3」の一般式で表されるポリセレノジスルフィドが、以下の「化12」で表されるものであることを特徴とする請求項2に記載のセレノジスルフィド化合物。
【化12】

(上記の「化12」式において、「Se」は2個のセレン原子の直鎖状の結合体を示し、その直鎖状の結合体の各一端にチオール基が結合している。)
【請求項6】
モル濃度比を(A):(B)=1:1〜1:8の範囲内に調整した下記の(A)成分と(B)成分をpH1〜4の酸性条件下に反応させることにより、2〜4個のセレン原子の直鎖状結合体の各一端に(A)成分のチオール基が結合してなるポリセレノジスルフィドの1種又は2種以上を製造することを特徴とするセレノジスルフィド化合物の製造方法。
(A)成分:チオール基(−SH)を有する1種又は2種の有機化合物
(B)成分:亜セレン酸(HSeO)又はその塩
【請求項7】
前記(A)成分が下記「化13」に示すペニシラミン、下記「化14」に示すシステイン、下記「化15」に示す2−メルカプトプロピオン酸、下記「化16」に示すメルカプトコハク酸、下記「化17」に示すグルタチオンから選ばれるものであることを特徴とする請求項6に記載のセレノジスルフィド化合物の製造方法。
【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

【化17】


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−126483(P2010−126483A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−302597(P2008−302597)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年10月17日及び18日に社団法人日本薬学会 環境・衛生部会の主催のもとに熊本で開催された研究集会「フォーラム2008 衛生薬学・環境トキシコロジー」において文書をもって発表。
【出願人】(599002043)学校法人 名城大学 (142)
【Fターム(参考)】