説明

センス鎖、アンチセンス鎖を固定化したアレイ

【課題】 未知のnon-coding RNAを簡便かつ網羅的に解析する手段の提供。
【解決手段】 標的核酸領域に設定された80〜10,000塩基長の複数の核酸断片のそれぞれに対し、各核酸断片のセンス鎖とアンチセンス鎖の両方を固相基板上の特定位置に固定化し、対応するセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度を比較することにより、前記標的ゲノム領域中のnon-coding RNAを検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、センス鎖、アンチセンス鎖を固定化したアレイとこれを利用したnon-coding RNAの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物からヒトまで多くの生物種において全ゲノム配列が決定されることにより遺伝子の配列が予測可能となった。しかし、遺伝子予測プログラムは蛋白質に翻訳される領域(ORF領域)を指標として遺伝子を検索するため、蛋白質に翻訳されないRNA分子(non-coding RNA)は予測不能である。
【0003】
近年、細胞内のRNA量の調節に関与する、遺伝子に相補的な配列を有するnon-coding RNAの存在が知られてきた。しかし、これらnon-coding RNAの種類、発現調節については不明の点が多い。
【0004】
網羅的な遺伝子発現解析に用いられるマイクロアレイは核酸を基板上に固定して作製されているが、その製法は大きく (1)基板上で25塩基程度の任意のDNA配列を合成するアフィメトリクス型、(2)あらかじめ合成した核酸分子をガラス基板上に固定するスタンフォード型、に分けられる。このうち(2)のスタンフォード型は、さらに(2)-1:数十塩基の一本鎖DNAを固定する方法、(2)-2:PCR増幅断片等により調製した2重鎖DNAを固定する方式に分けられる。(1)及び(2)-1は、検出対象である標識核酸に特異的にハイブリダイズするよう、当該核酸に相補的な核酸分子を固定することが必要である。
【0005】
(1)及び(2)-1により作製されるマイクロアレイを用いてnon-coding RNAを検出する場合は、検出対象とするnon-coding RNAに相補的な核酸を固定すればよい。しかしながら、non-coding RNAの塩基配列が未確定の場合は固定化する相補的な核酸の合成が不可能であるため、新規non-coding RNAを検出するマイクロアレイの作製は不可能である。
【0006】
一方、(2)-2の方式により各々の遺伝子をPCRにより増幅して得た2重鎖DNAを固定したアレイを作製すれば、遺伝子のORFに相補性を有するnon-coding RNAもハイブリダイズすると予想される。しかし、アレイから検出される標識核酸の信号はセンス鎖にハイブリダイズした核酸に由来する信号とアンチセンス鎖にハイブリダイズした核酸に由来する信号とを区別することが不可能である。つまり、non-coding RNAがハイブリダイズしたとしても、得られた標識信号が遺伝子のORF配列に由来するものか、ORF配列に相補性を有するnon-coding RNAに由来するものかを判別することはできない。そのため、(2)-2の方式によっても新規non-coding RNAを検出するマイクロアレイの作製は不可能である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、塩基配列が未確定の新規non-coding RNAを簡便に検出し、non-coding遺伝子の発現とその配列に相補的な遺伝子の発現変化の関連を解析するための手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する手段として、本発明者らは、検出対象とする標的ゲノム領域を網羅するように複数の核酸断片を増幅し、各核酸断片についてセンス鎖とアンチセンス鎖の両方をそれぞれ固相基板上の特定位置に固定化したアレイを作製した。また、標的とする遺伝子の断片を増幅し、各核酸断片についてセンス鎖とアンチセンス鎖の両方をそれぞれ固相基板上の特定位置に固定化したアレイを作製した。そして、このアレイに試料をハイブリダイズさせ、対応するセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度を比較することにより、蛋白質に翻訳されない新規non-coding RNAを簡便に検出できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、標的とするゲノム領域内又は遺伝子配列内に設定された80〜10,000塩基長の複数の核酸断片のそれぞれに対し、各核酸断片のセンス鎖とアンチセンス鎖の両方を固相基板上の特定位置に固定化し、対応するセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度が比較できるようにしたことを特徴とする固相化試料を提供する。
【0010】
また、本発明は前記固相化試料を用いたnon-coding RNA配列の検出方法を提供する。すなわち、前記固相化試料に試料をハイブリダイズさせ、対応するセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度を比較することにより、前記標的ゲノム領域内又は遺伝子配列内のnon-coding RNA配列を検出する。
【0011】
具体的には、ハイブリダイゼーションによって得られた対応するセンス鎖とアンチセンス鎖の両方からバックグラウンドに比較して有意な信号強度が得られた場合に、当該核酸断片をnon-coding RNAに対応するものと特定する。
【0012】
本発明の方法を利用することにより、non-coding RNAの発現調節を解析することができる。すなわち、組織、時間、条件(刺激の有無等)が異なる複数の試料について前記ハイブリダイゼーションを行い、各試料間におけるセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度の変化を解析することにより、non-coding RNAとその相補的な遺伝子の組織、時間、条件に応じた発現調節を解析することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、配列が未確定のnon-coding RNAの簡便な検出を可能とし、さらにnon-coding遺伝子の発現とその配列に相補的な遺伝子の発現変化の関連を解析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について具体的に説明する。
1.プローブの設計
まず、検出対象配列を特異的に増幅するPCRプライマーを設計する。PCRの鋳型としては標的遺伝子を含むゲノムDNA断片あるいはcDNA断片を用い、PCRによって検出対象配列からなる2本鎖核酸断片を作製する。
【0015】
増幅して得た2本鎖核酸断片について、それぞれセンス鎖、アンチセンス鎖からなる1本鎖核酸断片(プローブ)を合成する。1本鎖核酸分子の合成方法としては、片側プライマーを用いて一方の核酸分子のみを合成するSingle-primer extension法、T3、T7、またはSP6ポリメラーゼを用いたRNA合成反応等が挙げられるが、これらに限定されない。このプローブの合成工程においては、基板上への固定化効率を高めるために、5’端をチオール基等の官能基で標識したプライマーを用いて、当該プローブの末端に所望の官能基を導入してもよい。
【0016】
2.基板上への固定化
基板上へのプローブの固定化方法は特に限定されず、ガラス、金属、シリコン等の基板上にプローブを結合させてもよいし、ナイロン、ニトロセルロース等のフィルターにプローブを埋め込んでもよい。特に、ガラス等の基板は有効固定面積が小さく、電荷チャージも少ないので、プローブの固定化効率を高めるために、ポリシラン、シラン、ポリカルボジイミド、アミノシラン等であらかじめ表面処理を施しておくことが望ましい。あるいは、そのような表面処理が施された市販のポリリシン化ガラスやシラン化ガラスを用いることが好ましい。
【0017】
基板上への固定は、通常スポッターを用いて自動的に行われるが、対応するセンス鎖プローブとアンチセンス鎖プローブからの信号を比較できるように、各遺伝子の固定位置を把握しておくことが望ましい。プローブの固定位置は、そのような比較が可能である限り特に限定されない。すなわち、対応するセンス鎖プローブとアンチセンス鎖プローブからの信号が比較可能であれば、各プローブは2つの基板に別個に固定されていてもよいが、作業の簡便さから1つの基板上の特定位置であることが好ましい。
【0018】
3.シグナル検出と解析
サンプルより常法にしたがいtotal RNAを抽出し、mRNA或いはcDNA(ターゲット)を調製する。ターゲットはサンプルからのmRNA或いはcDNAの調製段階において、予め適当な蛍光試薬(例えば、Cy3-UDP、Cy5-UDP等)等で標識する。この標識されたターゲットを前述のプローブを固定化した基板にハイブリダイゼーションさせ、洗浄後、各プローブ固定位置からの蛍光強度(信号強度)を検出する。スキャナーで読み取った蛍光強度は必要に応じて、誤差の調整や試料毎のばらつきの正規化を行ってもよい。正規化は、ハウスキーピング遺伝子等各サンプルで共通に発現している遺伝子を基準に行うことができる。さらに、信頼性限界ラインを特定して、相関性の低いデータを除いてもよい。
【0019】
4.Non-coding RNAの検出
本発明の固相化試料は、標的ゲノム領域上の核酸断片あるいは標的遺伝子断片の各々について、そのセンス鎖とアンチセンス鎖の両方が固定化されている。したがって、標的核酸のセンス鎖配列を有するmRNAとアンチセンス鎖配列を有するmRNAが同時検出できる。すなわち、対応するセンス鎖とアンチセンス鎖それぞれのプローブからバックグラウンドノイズと比較して有意な信号強度が得られた場合、サンプルであるtotal RNA中には、その標的核酸のセンス鎖配列を有するmRNAとアンチセンス鎖配列を有するmRNAが同時に存在し、一方はnon-coding RNAと予測することができる。すなわち、本発明の固相化試料を用いることにより、所望のゲノム領域あるいは遺伝子配列において、未確定のnon-coding RNAを簡便に検出することができる。
【0020】
5. Non-coding RNAとその相補鎖配列の発現量比較
本発明の固相化試料を複製することにより、複数試料のmRNAを用いたnon-coding RNAの検出が可能である。すなわち、複数試料間のセンス鎖信号強度の変化とアンチセンス鎖信号強度の変化を比較することにより、標的核酸のセンス鎖mRNAとアンチセンス鎖mRNAの発現量の変化を解析することが出来る。これにより、non-coding RNAとその相補的な遺伝子の組織、時期、ストレス等の刺激による発現調節を解析することができる。
【実施例】
【0021】
実施例1:センス鎖、アンチセンス鎖を固定したマイクロアレイの作製
1.標的遺伝子クローンの作製
遺伝子特異的プライマーを用いてヒト由来mRNAを逆転写して得たcDNA断片より、標的遺伝子DNA断片を増幅する。増幅産物をpUC19クローニングベクターに連結し、標的遺伝子クローンを得る。
【0022】
2.センス鎖、アンチセンス鎖プローブの合成
標的遺伝子クローンプラスミドを鋳型としたPCRにより80〜10,000塩基長程度の基板固定用プローブを合成する。プローブ合成のPCRにはクローニングに用いたpUC19のマルチクローニングサイトに存在する配列に特異的なプライマーであるM13Fプライマー(TGTAAAACGACGGCCAGT:配列番号1)及びM13Rプライマー(ACACAGGAAACAGCTATGAC:配列番号2)を用いる。さらに反応においてはプライマーセットの一方にチオール基を付加したオリゴヌクレオチドを使用し、センス鎖及びアンチセンス鎖をそれぞれ合成する2組のPCRを行う。すなわち、チオール基を付加したM13Fプライマーと無標識のM13Rプライマーの組み合わせによるPCRと無標識のM13Fプライマーとチオール基を付加したM13Rプライマーの組み合わせによるPCRを行うことにより、チオール基を持つセンス鎖核酸分子とチオール基を持つアンチセンス鎖核酸分子を個別に得る。PCR産物は増幅断片長を指標として確認を行った後、余剰のプライマーの除去を目的として精製を行う。
【0023】
3.プローブの基板への固定
プライマーに付加したチオール基に反応して結合するアミノシランによって表面加工を施したガラス基板に、前述の精製したPCR産物を与え、チオール基を介した基板への固定化を行う。基板への固定化においては、対応するセンス鎖及びアンチセンス鎖からの信号強度が比較可能なように、各プローブを基板上の特定位置にスポッター(SP-BioIII:日立ソフト社製)により固定化する。固定化処理後、基板を加熱及び洗浄することによりチオール基を持たない相補鎖核酸を除去する。この工程により、センス鎖核酸にチオール基を有するPCR産物ではセンス鎖核酸のみが基板に固定され、アンチセンス鎖核酸にチオール基を有するPCR産物ではアンチセンス鎖核酸のみが基板に固定される。
【0024】
実施例2:non-coding RNAの検出
ヒト組織より常法に従いtotal RNAを抽出する。このtotal RNAを鋳型とし、oligo-d(T)プライマーを用いた逆転写反応によりCy3あるいはCy5にて標識した蛍光標識一本鎖cDNAを合成する。蛍光標識一本鎖cDNAと基板に固定したプローブとのハイブリダイゼーション反応を62℃で12時間行う。洗浄後、各固定プローブに特異的な蛍光強度(信号強度)をスキャナー(ScanArray 5000)を用いて測定する。標的遺伝子のセンス鎖プローブの標識信号強度とアンチセンス鎖プローブの標識信号強度およびバックグラウンドノイズに相当する信号強度を比較する。
【0025】
センス鎖とアンチセンス鎖それぞれのプローブからバックグラウンドノイズと比較して有意な信号強度が得られた場合、サンプルであるtotal RNA中にその標的遺伝子のセンス鎖配列を有するmRNAとアンチセンス鎖配列を有するmRNAが同時に存在し、一方はnon-coding RNAであると予測される。
【0026】
実施例3:non-coding RNAとその相補鎖配列の発現比較解析
実施例2で行うnon-coding RNAの検出を複数のtotal RNA試料について実施する。すなわち、種々の組織から得た試料、あるいは刺激の前後における試料からそれぞれtotal RNAを抽出し、実施例2に準じてセンス鎖プローブからの信号強度の変化とアンチセンス鎖プローブからの信号強度の変化を比較する。この結果に基づき、non-coding RNAとその相補的な遺伝子の組織特異的、あるいは刺激に応じた発現調節を解析する。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、non-coding RNAの検出及びnon-coding RNAとその相補鎖配列の発現比較解析に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1は、本発明にかかる固相化試料の一例であるセンス鎖、アンチセンス鎖を固定したマイクロアレイの作製方法の概要を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0029】
配列番号1−人工配列の説明:プライマー
配列番号2−人工配列の説明:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的とするゲノム領域内又は遺伝子配列内に設定された80〜10,000塩基長の複数の核酸断片のそれぞれに対し、各核酸断片のセンス鎖とアンチセンス鎖の両方を固相基板上の特定位置に固定化し、対応するセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度が比較できるようにしたことを特徴とする固相化試料。
【請求項2】
標的とするゲノム領域内又は遺伝子配列内に設定された80〜10,000塩基長の複数の核酸断片のそれぞれに対し、各核酸断片のセンス鎖とアンチセンス鎖の両方を固相基板上の特定位置に固定化し、試料をハイブリダイゼーションさせて得られる対応するセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度を比較することにより、前記標的ゲノム領域内又は遺伝子配列内のnon-coding RNA配列を検出する方法。
【請求項3】
前記センス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度が共にバックグラウンドに比較して有意な場合に、当該核酸断片をnon-coding RNAに対応するものと特定する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項2又は3に記載の方法を利用したnon-coding RNAの発現調節を解析する方法であって、複数の試料について前記ハイブリダイゼーションを行い、各試料間におけるセンス鎖とアンチセンス鎖からの信号強度の変化を解析することにより、non-coding RNAとその相補的な遺伝子の発現調節を解析することを特徴とする前記方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−187220(P2006−187220A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−173(P2005−173)
【出願日】平成17年1月4日(2005.1.4)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】