説明

センダイウイルスベクターを用いたワクチンおよびワクチンタンパク質

【課題】インフルエンザワクチンの製造に有用なセンダイウイルスベクター、該ベクターを用いたインフルエンザワクチンを製造方法、該ベクターを用いて製造されるインフルエンザワクチン、並びにセンダイウイルスベクターを利用して得ることができる免疫原用および免疫分析用タンパク質を提供することを課題とする。
【解決手段】 インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)遺伝子を導入した組み換えセンダイウイルスベクターを用いることにより、強毒型インフルエンザに対するワクチンを製造することに成功した。本発明のワクチンを経鼻接種されたマウスは、強毒型インフルエンザウイルスに対して有意な抵抗力を示した。また、センダイウイルスベクターを利用して生産されたタンパク質は強い免疫反応性を有しており、ワクチン用途の免疫原用タンパク質や免疫分析用タンパク質に適していることが判明した。特にHIV感染の血清診断薬用のELISA等の抗原として有用であることが判明した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
〔発明の属する技術分野〕
本発明は、インフルエンザワクチンの製造のために用いられるセンダイウイルスベクター、該ベクターを用いるインフルエンザワクチンの製造方法、および該ベクターを用いて製造されるインフルエンザワクチンに関する。また、センダイウイルスベクターを利用して得ることができる免疫原用および免疫分析用タンパク質に関する。
【背景技術】
【0002】
〔従来の技術〕
オルトミクソウイルス科(Orthomyxoviridae)に属するインフルエンザウイルスは、ヒトを含む多くの動物に感染し呼吸器感染症(インフルエンザ)を引き起こす病原ウイルスである。ウイルスが感染すると数日で発熱、頭痛、関節を含む全身各部の痛みや脱力感を引き起こし、咳やのどの痛み等の呼吸器症状を呈す。時として気管支炎、細菌性肺炎、中耳炎などを併発することが多く、さらに脳症、筋肉炎、心筋炎などを引き起して重症化する場合もある。特に高齢者や妊婦、肺疾患や心疾患、腎疾患患者に感染すると重症化しやすく死亡率も高い。日本でも毎年数万人が罹患し2000人近くが死亡している。歴史的にも、1918年から始まったスペインかぜ、1957年のアジアかぜ、1968年の香港かぜ、1977年のソ連かぜと、今世紀に入ってからも繰り返し汎流行(大流行)を起こし、日本も含めた世界各国において死亡者数や罹患者数の面から莫大な健康被害と社会活動への影響を起こしている。
【0003】
インフルエンザウイルスのうち特に汎流行を起こしやすいA型に属するものには、現在H1〜H15の亜型(subtype)が知られている。ウイルスの宿主はヒト、ブタ、ミンク、クジラ、トリ等広く分布しており、とくにトリで多くの亜型が単離されている。これまでヒトで汎流行した亜型にはH1とH3があり、A香港型(H3N2)やAソ連型(H1N1)などがその代表として知られている。
【0004】
現在、インフルエンザに対する予防方法としては、不活化インフルエンザワクチンが最も主流であり、疫学的にもその有効性は確立している。インフルエンザワクチンを製造するためには通常、インフルエンザウイルスを受精後10日前後の発育鶏卵の漿尿膜内に接種する。通常ウイルスは漿尿膜にのみ感染し、漿尿液中にウイルスが蓄積する。その後漿尿液からウイルスを回収し、濃縮してワクチンの原料となるウイルスが製造される。これから、ホリマリン等で不活化したウイルス全粒子ワクチンや、ウイルスを分解しHAタンパク質画分から製造されるHAサブユニットワクチン等が製造される。
【0005】
HAタンパク質とは血液凝集素(ヘマグルチニン;HA)を指し、ノイラミニダーゼ(NA)と共にインフルエンザウイルス粒子の表面に存在する外殻スパイクタンパク質である。
【0006】
HAタンパク質は変異を起こしやすく、H1〜H15内の同一亜型内であっても多少の変異が見られ(抗原ドリフト)、このため、インフルエンザワクチンが最も有効に機能するためには、ワクチンとして用いたウイルスのタイプが一致することが重要である。例えば、新型のインフルエンザウイルスが出現した場合、感染を有効に予防するためには、そのウイルスと全く同じ抗原性を持つワクチンを新規に製造することが望ましい。
【0007】
インフルエンザウイルスは、10〜40年の周期で不連続変異を起こし、新型インフルエンザウイルスが出現すると言われている(抗原シフト)。新型インフルエンザウイルスがどのような過程を経て出現し、ヒトへ感染するのかについては未だ十分に解明されていない。従来、これらのインフルエンザウイルスがブタ等の体内でヒトインフルエンザウイルスと遺伝子交雑を起こし、新型ウイルスとしてヒトへ感染することがあると言われてきたが、トリなどの他種動物を宿主とするインフルエンザウイルスが直接ヒトへ感染することも知られるようになった(K. Subbarao et al., Science 279: 393-396 (1998)(非特許文献1))。
【0008】
トリを宿主とする亜型H5や亜型H7等のインフルエンザウイルスは強毒型として知られている(Y. Kawaoka et al., Virology 158: 218-227 (1987)(非特許文献2); J.A. Walker and Y. Kawaoka, J.General Virol. 74: 311-314 (1993)(非特許文献3))が、これらのウイルスがヒトへの感染性を獲得する可能性が危惧される。実際、1997年5月以降、それまでトリで確認されていたがヒトでは見つかっていなかった亜型H5インフルエンザウイルス(H5N1)の感染者が複数確認された。これらのインフルエンザウイルスに対するワクチンを一刻も早く製造することが求められている。
【0009】
インフルエンザウイルスが細胞に感染するためには、HAタンパク質(HA0)がトリプシン様タンパク質分解酵素によって一部切断され、HA1およびHA2に開裂する必要があるとされる。HA1が細胞表面のシアル酸受容体に吸着すると、エンドサイトーシスによりウイルス粒子が細胞内リソゾームに取り込まれ、酸性条件下で膜融合が起こって感染が成立する。従来型のインフルエンザウイルスは、肺や上気道にのみ存在するトリプシン様タンパク質分解酵素によって、HAタンパク質のGln/Arg-X-Arg のC端側が切断され開裂し、隣接した細胞に再感染が成立するため、インフルエンザの感染部位は気道部周辺に限られていた(Robert A. Lamb and Robert M. Krug, 'Orthomyxoviridae: The Viruses and Their Replication' in Fields Virology, Third ed., edited by B.N. Fields et al., Lippincon-Raven Publishers, Philadelphia, pp.1353-1445, 1996(非特許文献4))。それに対して H5N1 新型インフルエンザやトリに見られる亜型H5や亜型H7の一部のウイルスは、HAタンパク質の開裂部位に塩基性アミノ酸(Arg-X-Lys/Arg-Arg)が並んで存在し、広い細胞種に存在するFurin様酵素により開裂されるため、感染が全身におよび致死率が非常に高くなることが知られている(Robert A. Lamb and Robert M. Krug, 'Orthomyxoviridae: The Viruses and Their Replication' in Fields Virology, Third ed., edited by B.N. Fields et al., Lippincon-Raven Publishers, Philadelphia, pp.1353-1445, 1996(非特許文献4))。
【0010】
このようなウイルスに対するワクチンを製造するには、通常、上記のように鶏卵でウイルスを増殖させなければならない。ところが、亜型H5や亜型H7等の強毒型のウイルスは鶏卵に感染させると感染が胚へおよび、早期に胚が致死となるため、ワクチンを製造するために十分な量のウイルスを製造することが著しく困難であった。また安全上の観点からも強毒型ウイルスを直接取り扱わなくてすむワクチンの製造方法が望まれていた。
【0011】
これまでに、プロテアーゼ切断部位に変異を導入して強毒型インフルエンザウイルス(H5N1)のHA遺伝子を弱毒型にしたインフルエンザワクチン株の製造が試行されている(西村秀一他,日本ウイルス学会第46回学術集会・総会,IIIE26,1998(非特許文献5))。しかし、このワクチン株はトリインフルエンザウイルスのゲノムを依然として含むことなどから、ヒトへの安全性を十分に確認する必要がある。
【0012】
また、鶏卵を使わずにインフルエンザウイルスのタンパク質を生産する試みが、これまでに行われてきた。例えば水泡性口内炎ウイルス(Vesicular stomatitis virus; VSV)に亜型H1のインフルエンザウイルスHA遺伝子を組み込み、HAタンパク質を発現させ、インフルエンザワクチンの効果を検証した報告がある( Kretzschmar, E., et al., 1997, J. Virol. 71: 5982-5989(非特許文献6); Roberts, A. et al., 1998, J. Virol. 72: 4704-4711(非特許文献7))が、強毒型インフルエンザウイルスに関しては実験されていない。また、このベクターは投与したマウスへ全身感染するため、宿主に対するベクターの病原性が心配される。新型インフルエンザウイルス(H5N1)のワクチン製造はバキュロウイルスとカイコを使った系でも試みられている(日本経済新聞, 1998年2月14日,朝刊,10面(非特許文献8))が、ワクチン効果については現在まで確かめられていない。
【0013】
非分節型の一本鎖RNAウイルスを利用したワクチンの例としては、G.W. Wertzらの特許(WO96/10400)(特許文献1)が知られている。しかしながら、その主張する最適のワクチンは、構造タンパク質が一本鎖RNAウイルス由来のものである。また、WO96/10400(特許文献1)の表1に示されたワクチン開発の候補となる病原の中にオルトミクソウイルスは言及されておらず、ことにインフルエンザ A型 H5N1 は主張されていない。従って、上記文献は、非分節型の一本鎖RNAウイルスの一般的なワクチンとしての利用の可能性を示しているだけであり、実施例中にも in vivoにおける効果は示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】G.W. Wertzら, WO96/10400
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】K. Subbarao et al., Science 279: 393-396 (1998)
【非特許文献2】Y. Kawaoka et al., Virology 158: 218-227 (1987)
【非特許文献3】J.A. Walker and Y. Kawaoka, J.General Virol. 74: 311-314 (1993)
【非特許文献4】Robert A. Lamb and Robert M. Krug, 'Orthomyxoviridae: The Viruses and Their Replication' in Fields Virology, Third ed., edited by B.N. Fields et al., Lippincon-Raven Publishers, Philadelphia, pp.1353-1445, 1996
【非特許文献5】西村秀一他,日本ウイルス学会第46回学術集会・総会,IIIE26,1998
【非特許文献6】Kretzschmar, E., et al., 1997, J. Virol. 71: 5982-5989
【非特許文献7】Roberts, A. et al., 1998, J. Virol. 72: 4704-4711
【非特許文献8】日本経済新聞, 1998年2月14日,朝刊,10面
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、強毒型インフルエンザウイルスに対するワクチンの製造に有用なセンダイウイルスベクター、該ベクターを用いたインフルエンザワクチンの製造方法、該ベクターを用いて製造されるインフルエンザワクチン、ならびにセンダイウイルスベクターを利用して得ることができる免疫原用および免疫分析用タンパク質を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らはこれまで、センダイウイルスがタンパク質の発現ベクターとして、また細胞や個体への遺伝子導入用ベクターとして非常に有用であることを示してきた(国際公開97/16538号および国際公開97/16539号参照)。センダイウイルスベクターは毒性が低く、導入した遺伝子から発現されるタンパク質量が極めて高い。また、宿主染色体へ導入されることがなく発現が一過的であるため、安全性にも優れている。センダイウイルスベクターが持つこのような特徴から本発明者らは、センダイウイルスベクターがインフルエンザウイルスに対するワクチンとして、また該ワクチンの生産ベクターとして有用であることを見出した。
【0018】
本発明者らは、インフルエンザウイルスに対するワクチンを効率よく製造するために、センダイウイルスを用いてインフルエンザウイルスの遺伝子を有する組換え体を製造し、これらの組換え体を利用してインフルエンザウイルスタンパク質を含むセンダイウイルスの製造を行った。その結果、これらの組換え体を利用することにより、効率よく強毒型インフルエンザウイルスのタンパク質が製造されることを見出した。さらに、本発明のセンダイウイルスベクターを用いたワクチンは、強毒型インフルエンザウイルスに対して極めて高いワクチン効果が得られることを見出した。
【0019】
また、本発明者らは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)のエンベロープタンパク質 gp120を発現するセンダイウイルスベクターを作製し、該ベクターを用いてHIV感染者の血清の免疫反応性を調べたところ、該ベクター由来のgp120組換えタンパク質は、HIV感染者の血清と非常に強く、かつHIV-1の亜型特異的に反応することを見出した。
【0020】
即ち本発明は、インフルエンザワクチンの製造のために用いられるセンダイウイルスベクター、該ベクターを用いるインフルエンザワクチンの製造方法、該ベクターを用いて製造されるインフルエンザワクチン、ならびにセンダイウイルスベクターを利用して得ることができる免疫原用および免疫分析用タンパク質に関し、より具体的には、
(1) インフルエンザウイルスタンパク質またはその一部を発現可能に保持するセンダイウイルスベクター、
(2) インフルエンザウイルスが強毒型である、(1)に記載のセンダイウイルスベクター、
(3) インフルエンザウイルスが亜型H5または亜型H7である、(2)に記載のセンダイウイルスベクター、
(4) タンパク質がA型インフルエンザウイルスのHAタンパク質である、(1)から(3)のいずれかに記載のセンダイウイルスベクター、
(5) (1)から(4)のいずれかに記載のセンダイウイルスベクターを用いるインフルエンザワクチンの製造方法、
(6) (a)センダイウイルスベクターを鶏卵に接種する工程、(b)センダイウイルス複合体を鶏卵中で増殖させる工程、および(c)増殖したセンダイウイルスベクターを鶏卵の漿尿液から回収する工程、を含む、(5)に記載の方法、
(7) 回収したセンダイウイルスベクターを不活化する工程をさらに含む、(6)に記載の方法、
(8) センダイウイルスベクターからインフルエンザウイルスタンパク質またはその一部を精製する工程をさらに含む、(6)または(7)に記載の方法、
(9) (1)から(4)のいずれかに記載のセンダイウイルスベクターを含むインフルエンザワクチン、
(10) センダイウイルスの生ワクチンである、(9)に記載のインフルエンザワクチン、
(11) 不活化されたセンダイウイルスを含む、(9)に記載のインフルエンザワクチン、
(12) (1)から(4)のいずれかに記載のセンダイウイルスベクターから精製されたインフルエンザウイルスタンパク質またはその一部を含むインフルエンザワクチン、
(13) (9)から(12)のいずれかに記載のワクチンをヒト以外のインフルエンザウイルスの中間宿主に投与することを特徴とする、インフルエンザに対するワクチネーションの方法、
(14) ワクチンを気道に投与する、(13)に記載の方法、
(15) ワクチンを複数回投与する、(13)または(14)に記載の方法、
(16) センダイウイルスベクターに発現可能に組み込んだ病原体由来のタンパク質をコードする遺伝子を発現させることによって得ることができる、免疫原用タンパク質、
(17) センダイウイルスベクターに発現可能に組み込んだ病原体由来のタンパク質をコードする遺伝子を発現させることによって得ることができる、免疫分析用タンパク質、
(18) (17)に記載のタンパク質を含む、抗体の免疫学的分析用キット、
(19) (17)に記載のタンパク質を含む、抗体のELISA用キット、に関する。
【0021】
なおワクチンとは、免疫反応を誘発する組成物を言う。また本発明において、強毒型インフルエンザウイルスとは、従来から知られる亜型H1N1やH3N2とは異なり、毒性の高いインフルエンザウイルスを言う。このようなウイルスには亜型H5ウイルス、亜型H7ウイルス、鶏卵への接種により胚に感染が及ぶウイルス、HAタンパク質の開裂がFurin様酵素により触媒されるウイルスが含まれる。
【0022】
インフルエンザA型のサブタイプH5ウイルスおよびH7ウイルスは、鳥類の強毒性に関係している。その理由はこれらの型のHAが外来のプロテアーゼの供給なしに開裂する性質によることが知られている(Fields Virology, vol.1, Chapter 46, p1410, Table2; Nestorowicz, A. et al., Virology, 1987, 160: 411-418)。従って、同様の開裂機構を有するインフルエンザウイルスは、強毒型としての性質を示し得ると考えられる。
【0023】
なお、インフルエンザの亜型は抗原性により定義されている(文献「Fields Virology, vol.1, Chapter 46, p1399」または「WHO Memorandum A revised system of nomenclature for influenza virus Bull WHO 1980, 58, p585-591」を参照のこと)。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、従来では困難だった強毒型インフルエンザに対するワクチンを製造することが可能となった。本発明のインフルエンザワクチンを製造するためのセンダイウイルスベクターは、インフルエンザウイルスそのものとは異なり毒性が低く、また従来のインフルエンザワクチンと同様に鶏卵を使って製造できるため、安全で簡便なインフルエンザワクチンの製造が可能となる。また、本発明のセンダイウイルスベクターで製造された病原体由来タンパク質は高い免疫反応性を有するため、免疫原用タンパク質や免疫分析用タンパク質として好適に用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】トリインフルエンザウイルスをマウスで継代したときの、マウスにおける肺内ウイルス増殖の時間経過、マウスの体重変化、および、肺の肉眼病変を示した図である。十字はマウスが死亡したことを表す。
【図2】卵継代株(M-0)、マウス継代3代目(M-3)、およびマウス継代5代目(M-5)のトリ由来インフルエンザウイルスを1×104 CIUでマウスに感染させたときの肺内ウイルス増殖の時間経過、マウスの体重変化、および、肺の肉眼病変を示した図である。十字はマウスが死亡したことを表す。
【図3】インフルエンザウイルスHA遺伝子を組み込んだセンダイウイルスベクターの構造を示す図である。HA遺伝子を含むDNA断片をセンダイウイルスベクターのNotI部位に組み込んだ。「E」および「S」は、それぞれセンダイウイルスの転写終結配列および転写開始配列を表す。「N」、「P」、「M」、「F」、「HN」、および「L」はセンダイウイルスの遺伝子を表す。
【図4】抗H5<Tern/SA>蛍光抗体を用いた、HA組換えセンダイウイルス(SeV/tukH5)およびその対照(SeV/V(-))の染色像を表す顕微鏡写真である。
【図5】抗インフルエンザH5抗体を用いた、組換えセンダイウイルス産生細胞から抽出したタンパク質のウェスタンブロット解析の結果を表す図である。
【図6】精製センダイウイルス粒子から抽出したタンパク質のSDS-PAGEおよびウェスタンブロット解析の結果を表す図である。
【図7】精製センダイウイルス(SeV/tukH5)粒子を抗原として免疫し、作製したニワトリ抗血清の反応性を解析した結果を示す図である。SeV、SeV/tukH5、およびFluVは、それぞれSeV/V(-)、SeV/V(-)、およびインフルエンザウイルスより抽出したタンパク質を泳動したことを示す。
【図8】SeV/tukH5(右)ウイルス粒子中のH5タンパク質の局在を示す免疫電子顕微鏡写真である。対照にSeV/V(-)(左)も用いた。
【図9】組換えセンダイウイルスをマウスに接種したときの、マウスにおける肺内ウイルス増殖の時間経過、マウスの体重変化、および、肺の肉眼病変を示した図である。十字はマウスが死亡したことを表す。
【図10】マウスへの組換えセンダイウイルスの接種、およびインフルエンザウイルスのチャレンジにおける体重変化を示す図である。上段はセンダイウイルス未接種、中段はセンダイウイルスを3×107 CIU 接種、下段はセンダイウイルスを3×107 CIU 接種の後、5×107 CIU でブースターをかけた場合を示す。
【図11】マウスへの組換えセンダイウイルスの接種、およびインフルエンザウイルスのチャレンジを行ったときの、マウスにおけるインフルエンザウイルスの肺内増殖の時間経過、マウスの体重変化、および、肺の肉眼病変を示した図である。抗 HVJ抗体価(白)および抗 H5抗体価(黒)を下段に示した。
【図12】HIV-1 亜型E gp120(SeV/gp120-E)を発現する組換えセンダイウイルス作製用のプラスミド pSeV/gp120-E の構築を示す図である。gp120のオープンリーディングフレームの直後にSeVの転写調節シグナル(EおよびS)が付加されたDNA断片を、NotIタグ付きのプライマーを用いて増幅させ、SeVゲノム全長(15,402塩基)を生成するプラスミドpSeV(+)18bV(-)のNotI部位に挿入した。
【図13】CV-1細胞における組換えセンダイウイルス(SeV/gp120-E)からの組換えgp120-Eの発現を示す図である。(A)はSeV/gp120-Eを感染させたCV-1細胞の培養上清 100μlに含まれるタンパク質の産生の時間経過を示す。バキュロウイルス系で発現させたHIV-1 亜型E CM株の組換えgp120をキャリブレーションマーカーとして用いた(50ng〜500μg)。ゲルから膜に転写した後、HIV-1 亜型Eに感染したタイ人の患者10人の血清のプールをプローブとしてウェスタンブロット解析を行った。(B)は、SeV/gp120-Eを感染させたCV-1細胞の、各時間における培養上清中のSeV/gp120-E量を、パネルAのウェスタンブロットから決定した結果を示す。(C)は親センダイウイルス(SeV(+)18bV(-))(レーン「wt」)、SeV/gp120-B (レーンB)、または SeV/gp120-E (レーンE)を感染させたCV-1細胞の培養上清の銀染色の結果を示す。感染後72時間に、各培養上清を回収した。mAb TQ4B15-2 のアフィニティーカラムにSeV/gp120-Eを感染させたCV-1細胞の培養上清を通して精製したSeV/gp120-Eも同時に電気泳動した(レーンP)。MWはプレステインサイズマーカーを示す。矢印はSeV由来の組換えgp120の位置を表す。
【図14】SeV由来の組換えgp120のウェスタンブロット解析を示す図である。HIV-1 亜型Eに感染した7人の患者またはHIV-1 亜型Bに感染した4人の患者の血清と、組換えgp120-Eまたは組換えgp120-Bとの血清学的反応性をウェスタンブロットにより解析した結果である。組換えgp120-E (レーンE)または組換えgp120-B (レーンB)を約100ng含む培養上清(15μl)を各レーンに泳動し、500倍希釈した血清でプローブした。MWはプレステインサイズマーカーの位置を示す。矢印はSeV由来の組換えgp120の位置を表す。
【図15】SeV/gp120-Eにより産生された組換えgp120-Eの機能解析の結果を示す図である。(A)はCD4発現ヒトT細胞株 MT4への組換えgp120-Eの結合を示す。MT4細胞は、HIV-1 亜型EのV3ループペプチドに対して作製された抗V3ループマウスmAb TQ4B15-2 とインキュベートし、さらにFITC結合抗マウスIgGヒツジF(ab')2を反応させてFACScanにより検出した。(B)は、予め図示した量の組換えgp120-Eで細胞をプレインキュベートした時の、MT4細胞に対する抗CD4 mAb(Leu3a)の結合の阻害を示す図である。図中「C」は親ウイルス(SeV)を感染させた細胞の培養上清を用いた対照である。
【図16】組換えSeVにより産生された組換えgp120の血清学的反応性を示す図である。(A)は血清パネルを用いた組換えgp120-Eおよび組換えgp120-Bの反応性を示す。血清パネルは88のHIV-1 亜型B陽性血清、76のHIV-1 亜型E感染血清、および21のHIV-1血清陰性の健常者の血清を含む。8,000倍に希釈した血清をEIAに用いた。組換えgp120-Eまたは組換えgp120-Bについて、492nmにおける吸光度(OD)の測定により反応性を決定した。○は各血清試料における反応性を示す。カットオフ値(0.3)は、21の陰性対照の平均吸光度に標準偏差(SD)の7倍を加えた値とほぼ同じである(点線)。(B)はSeV由来の組換えgp120を用いたEIAの特異性を表す図である。組換えgp120-E(縦軸)または組換えgp120-B(横軸)に対する各血清(8,000倍希釈)の反応性(OD492)を2次元的にプロットした。○はHIV-1 亜型E血清、△はHIV-1 亜型B血清を表す。点線は、組換えgp120-Bに対する血清の反応性が組換えgp120-Eに対するものと同じであるときの位置を表す。各プロットは点線の片側にはっきりと分かれていることから、SeV由来のgp120を用いたEIA系はHIV-1 亜型EおよびBに対する亜型特異的抗体を検出できることが示された。
【図17】SeV由来のgp120を用いたEIAの感度をV3ペプチドEIAと比較した結果を示す図である。HIV-1亜型Bまたは亜型Eに感染した患者、あるいは血清陰性の健常者の血清を段階希釈し、組換えgp120-E、組換えgp120-B、V3ペプチド PND-E(HIV-1 亜型Eのコンセンサス配列に由来するV3ペプチド)、またはPND-MN(北アメリカやヨーロッパに典型的に見られる単離株であるMN株に由来するV3ペプチド)(Pau, C.P. et al., 1993, AIDS 7: 337-340)に対する反応性を調べた。それぞれのカテゴリーに属する血清から2つを任意に選択し、その平均をプロットした。白丸は組換えgp120-Eに対する亜型E血清の反応性を、白三角は組換えgp120-Bに対する亜型B血清の反応性を、白い菱形はPND-Eに対する亜型E血清の反応性を、白四角はPND-MNに対する亜型B血清の反応性を示す。黒丸黒、黒三角、および黒四角はそれぞれ血清陰性の血清試料の組換えgp120-E、組換えgp120-B、およびPND-MNに対する反応性を示す。
【図18】既知の遺伝的亜型(HIV-1 亜型AからH)の一部を含む血清パネルに対するSeV由来の組換えgp120の血清学的反応性を示す図である。(A)は血清パネルを用いた組換えgp120-Eまたは組換えgp120-Bの反応性(OD492)を示す。(B)は組換えgp120-E(縦軸)または組換えgp120-B(横軸)に対する各血清パネルのEIAにおける反応性を2次元的にプロットしたものである。各HIV-1 亜型の血清は挿入図に示したシンボルで表した。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、インフルエンザウイルスタンパク質またはその一部を発現可能に保持するセンダイウイルスベクターを提供する。本発明において、「センダイウイルスベクター」とは、センダイウイルスに由来し、感染力を有する複合体を含む。また「感染力」とは、本明細書においては、複合体が細胞への接着能および膜融合能を保持していることにより、細胞内に複合体内部の核酸等を導入することのできる能力のことを言う。
【0027】
インフルエンザウイルスタンパク質またはその一部を発現可能に保持するセンダイウイルスベクターは、インフルエンザワクチンの製造や診断用ウイルス抗原の製造に有用である。インフルエンザウイルスタンパク質は、インフルエンザウイルスゲノムがコードするタンパク質を言う。具体的にはキャプシドの核タンパク質(NP)、マトリックス(M1)、ポリメラーゼ(PA、PB1、PB2)、ヘマグルチニン(HA)、ノイラミニダーゼ(NA)などのウイルス粒子構成タンパク質の他に、NS1、NS2、M2などが含まれる。インフルエンザワクチンの製造に用いるには、免疫原性を有するタンパク質またはその部分ペプチド等を用いる。上記のタンパク質は、いずれも免疫原性を有しており、これらのタンパク質またはその部分(免疫原性を有する部分ペプチド)を、センダイウイルスベクターを用いて発現させ、ワクチンの製造を行うことができる。これらのタンパク質は単独で用いても、また複数を組み合わせて用いてもよい。本発明においては、特にインフルエンザウイルス粒子の外殻スパイクタンパク質であるHAおよび/またはNAを用いることが好ましい。より好ましくはHAが用いられる。
【0028】
例えば、センダイウイルスベクターにおいてウイルスが自律的に複製するためには、NP、P/CおよびL遺伝子から作られるタンパク質群が必要だと考えられているが、該タンパク質群をコードする遺伝子自体は、本発明のウイルスベクターに必ずしも含まれている必要なはい。例えば、本発明のベクターを、該タンパク質群をコードする遺伝子を有する宿主細胞を用いて製造し、該宿主細胞から該タンパク質群が供給されてもよい。また、これらのタンパク質群のアミノ酸配列は、ウイルス由来の配列そのままでなくとも、核酸の導入における活性が天然型のそれと同等かそれ以上ならば、変異を導入したり、あるいは他のウイルスの相同遺伝子で代用してもよい。
【0029】
また、例えばセンダイウイルスベクターが伝播力を有するためには、M、FおよびHN遺伝子から作られるタンパク質群が必要だと考えられているが、該タンパク質群をコードする遺伝子自体は、本発明のウイルスベクターに必ずしも含まれている必要なはい。例えば、本発明のベクターを、該タンパク質群をコードする遺伝子を有する宿主細胞を用いて製造し、該宿主細胞から該タンパク質群が供給されてもよい。また、これらのタンパク質群のアミノ酸配列は、ウイルス由来の配列そのままでなくとも、核酸の導入における活性が天然型のそれと同等かそれ以上ならば、変異を導入したり、あるいは他のウイルスの相同遺伝子で代用してもよい。
【0030】
インフルエンザウイルスタンパク質は、インフルエンザウイルスゲノム遺伝子をセンダイウイルスベクターへ導入することで発現させることができる。こうして作製された組換えウイルスゲノムを試験管内または細胞内で転写させ、ウイルスを再構成させることによって、組換えウイルスの複合体を得ることができる。このようなウイルス再構成は、既に開発されている(国際公開97/16539号参照)。
【0031】
また、完全なセンダイウイルスゲノムではなくても、DI分子(J. Virol. 68,8413-8417,1994)などの不完全ウイルスや、合成したオリゴヌクレオチド等も複合体を構成する成分として用いることが可能である。
【0032】
センダイウイルスには伝播力に関わるM、F、HN遺伝子の全ての遺伝子が含まれた複合体を使用することができる。ここで、「伝播力」とは、「感染や人工的な手法で核酸が細胞内に導入された後、細胞内に存在する該核酸が複製後、感染粒子またはそれに準ずる複合体を形成し、別の細胞に伝播することのできる能力」を意味する。しかし、天然型が持つ伝播力を欠失または弱めるために、再構成された複合体に含まれるウイルスゲノムから、伝播力に関わる遺伝子を欠失または機能的に不活化させておくことができる。センダイウイルスの場合、伝播力に関わる遺伝子とは、M、F、および/またはHN遺伝子である。このような複合体の再構成法は既に開発されている(国際公開97/16538号参照)。例えばセンダイウイルスにおいて、再構成された複合体に含まれるウイルスゲノムから、Fおよび/またはHN遺伝子を欠失させたゲノムを有するベクターを作ることができる。このようなベクターも、本発明のベクターに含まれる。
【0033】
複合体には、例えば、エンベロープ表面に特定の細胞に接着しうるような接着因子、リガンド、受容体等が含まれていても構わない。組換え体センダイウイルスは、たとえば免疫原性に関与する遺伝子を不活性化したり、RNAの転写効率や複製効率を高めるために、一部の遺伝子を改変したものでもよい。
【0034】
導入するインフルエンザウイルスタンパク質は、該タンパク質をコードする遺伝子をセンダイウイルスベクターに含まれるRNAの適当な部位に挿入して発現させることができる。センダイウイルスRNAにおいては、R1配列とR2配列との間に、6の倍数の塩基数を有する配列を挿入することが望ましい(Journal of Virology,Vol.67,No.8,1993,p.4822-4830)。挿入した外来性遺伝子の発現量は、遺伝子挿入の位置、また遺伝子の前後のRNA塩基配列により調節しうる。例えば、センダイウイルスRNAにおいては、挿入位置がNP遺伝子に近いほど、挿入された遺伝子の発現量が多いことが知られている。
【0035】
ベクターに含まれるRNAにコードされたインフルエンザウイルスタンパク質は、このベクターを宿主細胞に導入することにより発現させることができる。
【0036】
ワクチンは、1種類のインフルエンザウイルス抗原を用いてもよいが、複数のタイプのインフルエンザウイルスを抗原として用いれば、より広い株のインフルエンザウイルスに対する免疫を獲得させることができる。複数のタイプのインフルエンザウイルスを抗原として用いる場合、その組み合わせに特に制限はなく、例えば、亜型H5と亜型H7など、HAの亜型の異なるウイルス由来の遺伝子を用いてワクチンを製造することができる。また、同じHAの亜型に属し、NAの亜型の異なるウイルスを用いることもできる。複数のインフルエンザウイルスの遺伝子は、それぞれ別々のセンダイウイルスベクターゲノム込んでワクチンを製造後、それらを混合することもできれば、同じセンダイウイルスベクターゲノムに複数の遺伝子を組み込んで発現させることもできる。
【0037】
インフルエンザ亜型H5として知られている13種のウイルス株(A/HK/156/97 (H5N1)、A/Ck/PA/83 (H5N2)、A/Ck/Scot/59 (H5N1)、A/Dk/Ir/83 (H5N8)、A/Dk/MI/80 (H5N2)、A/Mall/WC/75 (H5N3)、A/Tern/SA/61 (H5N3)、A/Tk/Eng/91 (H5N1)、A/Tk/Ir/83 (H5N8)、A/Tk/MN/95 (H5N2)、A/Tk/MN/81 (H5N2)、A/Tk/On/66 (H5N9)、A/Tk/WC/68 (H5N9))のHAタンパク質のアミノ酸配列をマキシムマッチング法により比較したところ、いずれも互いに85%以上の同一性を示した。また、同様に亜型H7として知られる7種(A/Ck/Japan/24 (H7N7)、A/FPV/Rostock/34 (H7N1)、A/FPV/Weybridge (H7N7)、A/Tk/Eng/63 (H7N3)、A/Dk/HK/293/78 (H7N2)、A/Ck/Jena/87 (H7N7)、A/Ck/Victoria/75 (H7N7))のHAタンパク質のアミノ酸配列は、いずれも89%以上の同一性を示した。このように、同じHAの亜型の株の間では、HAタンパク質のアミノ酸配列は高い同一性を有する。従って、あるHAの亜型に属する1種のインフルエンザウイルスのHAタンパク質を抗原とした免疫により、同じHAの亜型に属する異なるNAの亜型の株に対する免疫もある程度獲得できる可能性が高い。
【0038】
センダイウイルスベクターからウイルスの複合体が再構成する限り、再構成に用いるベクター製造用の宿主細胞は特に制限されない。例えばサル腎由来のCVI細胞やLLCMK2細胞、ハムスター腎由来のBHK細胞などの培養細胞を使って、センダイウイルスの複合体を再構成することができる。しかし大量に複合体を得るには、得られた複合体を、発育鶏卵を使って増幅することが好ましい。実施例に示すように、強毒型インフルエンザウイルスタンパク質を発現する本発明の組換えセンダイウイルスは毒性が低く、有意な細胞障害性を示さない。従って、強毒型インフルエンザウイルスそのものを使う場合と異なり、鶏卵を使ってインフルエンザワクチンを大量に製造することが可能である。鶏卵を使ったベクターの製造方法は既に開発されている(中西ら編,(1993),「神経科学研究の先端技術プロトコールIII,分子神経細胞生理学」,厚生社,大阪,pp.153-172)。具体的には、例えば、受精卵を培養器にいれ9〜12日間 37〜38℃で培養し、胚を成長させる。センダイウイルスベクターを漿尿膜腔へ接種し、数日間卵を培養してウイルスベクターを増殖させる。培養期間等の条件は、使用する組換えセンダイウイルスにより変わり得る。その後、ウイルスを含んだ漿尿液を回収する。また、漿尿液からのセンダイウイルスの分離・精製は常法に従って行うことができる(田代眞人,「ウイルス実験プロトコール」,永井、石浜監修,メジカルビュー社,pp.68-73,(1995))。
【0039】
回収されたセンダイウイルスベクターは、生ワクチンとして使うことができる。本発明において生ワクチンとは、センダイウイルスベクターが、投与された個体の中で増殖し、免疫を獲得させるものを言う。実施例に示すように、本発明のセンダイウイルスベクターを用いた強毒型インフルエンザワクチンは細胞障害性が低いため、生ワクチンとして好適に用いられる。このような生ワクチンを接種する対象に制限はなく、ヒト、トリ、ブタ、ウマ、ウシ等インフルエンザウイルスが感染しうるあらゆる動物が含まれる。インフルエンザウイルスは、ブタやトリ等の非ヒト動物からヒトへの感染の可能性があることから、非ヒト動物に対して本発明のワクチンを使用することも有効である。また、前述の伝播力が欠損したセンダイウイルスベクターを用いれば、生ワクチンであってもベクターが伝播しないワクチンを製造することができる。
【0040】
回収されたセンダイウイルスは、また、不活化した全粒子ワクチンとしても使用できる。不活化とは、ウイルス本来の機能が失われ、正常な増殖が起こらなくなることを言う。これにより、ワクチン接種した個体内でのウイルスの増殖のリスクを回避できる。不活化させる方法は特に制限はないが、UV照射、ホルマリン処理等が挙げられる。
【0041】
また、センダイウイルスベクターを断片化させて、全粒子ワクチンよりもアレルギー性をより低下させ許容度を高めることもできる。断片化の方法は特に制限されないが、エーテルやクロロホルム等の溶剤および/またはイオン系、非イオン系界面活性剤による処理が挙げられる。
【0042】
またセンダイウイルスベクターから、発現させたインフルエンザウイルスタンパク質を分離・精製してワクチンとすることもできる。センダイウイルスベクターには、限られた種類のタンパク質しか含まれないため、例えば発現ベクター等を用いて細胞内で発現させたインフルエンザウイルスタンパク質を細胞全抽出物から分離するのに比べ、格段に精製が容易である。タンパク質の精製には周知の分離技術を使用することができる。例えば、インフルエンザH5タンパク質に対する抗体を用いて、実施例8に記載したようなイムノアフィニティーカラムにより精製することも可能である。精製タンパク質をワクチンとして使うことで、生ワクチンや不活化ワクチンに比べ接種後の発熱や局所反応が起きる頻度が抑えられることが期待できる。
【0043】
本発明によって得ることができる病原体のタンパク質には、そのタンパク質が由来する天然の病原体のタンパク質よりも強い抗原活性が期待できる。すなわち、実施例においてHIVの env 抗原タンパク質gp120で確認されたように、本発明にしたがってセンダイウイルスベクターを発現ベクターとして用いた場合、その発現生成物は天然のgp120のエピトープを構成する合成ペプチドよりも抗体との反応性が向上する現象が確認されている。インフルエンザウイルス抗原において、細胞障害活性を低く抑えながら強い免疫刺激を達成することができたのも、センダイウイルスベクターの利用によって抗原性が強化されたことが原因の一つとして推測される。本発明によって得ることができる病原体タンパク質が抗原活性を強化する機作は明らかでない。しかし同じ遺伝子を利用している以上アミノ酸配列には変異は生じないはずなので、抗原性の強化は糖鎖構造の変化や、タンパク質の立体構造の違いによってもたらされている可能性が有る。
【0044】
いずれにせよ本発明によって得ることができる病原体のタンパク質は、免疫原タンパク質として、あるいは抗体を検出するための免疫分析用タンパク質として有用である。本発明によるタンパク質を免疫原に用いた場合には、免疫原性の向上によって安全性と有効性に優れたワクチンの原料として期待できる。
【0045】
ワクチンは必要に応じて、薬理学上許容される担体または媒体(生理食塩水、植物油、懸濁剤、界面活性剤、安定剤など)を含んでよい。また保存剤やその他の添加剤を添加することができる。また、免疫原性を高めるために、サイトカイン、コレラ毒素、サルモネラ毒素等の免疫促進剤を添加することもできる。
【0046】
ワクチンの接種は、経皮的、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、静脈内、または経口的に行われうる。投与量は、ワクチンの形態や投与方法などにより変動し得るが、当業者であれば適宜適当な投与量を選択することができる。インフルエンザウイルスは上気道の細胞で増殖すると発熱などの症状を直ちに誘発するので、この周辺すなわち鼻腔内粘膜や上気道においてワクチン接種により作られた局所抗体が働くことが好ましい。例えば皮下注射によるワクチンの接種では血液中に多量の抗体ができるが、鼻腔内粘膜や上気道に滲出する抗体の量が少ないため、肺炎などの重症化防止には有効でも、初期症状に対する効果が薄れると考えられる。そのため、インフルエンザワクチンを鼻内噴霧等により気道へ接種することが有効と考えられる。
【0047】
また、特に新型インフルエンザに対しては基礎免疫を持たないと考えられるため、ワクチンの2回接種により十分な免疫を得ることが有効であると考えられる。ヒトの場合、2回の接種の間隔は通常2〜4週間である。
【0048】
ワクチン接種が可能な動物としては、免疫系を有し、かつインフルエンザウイルスに感染するあらゆる宿主が挙げられ、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、ウシ、ウマ、サル、トリなどが含まれる。
【0049】
また本発明による病原体のタンパク質を抗体検出用の抗原に用いれば、より特異的で高感度な免疫分析系を構成することができる。本発明において病原体のタンパク質としては、たとえばウイルスの糖タンパク抗原等を示すことができる。ウイルスの糖タンパク質には、インフルエンザウイルスのHA抗原やHIVのエンベロープタンパク質gp120等の、免疫分析用抗原として重要なものも多く含まれる。本発明によるタンパク質を用いて病原体タンパク質に対する抗体を測定することができる。病原体に対する抗体は、その病原体の感染経験を示す重要な臨床的指標である。本発明によるタンパク質は、公知の免疫学的分析手法に適用することができる。中でも、酵素標識を利用したELISAに代表される手法は、安価に高感度な分析系を確立することができるので望ましい。ELISAによる抗体の分析は、抗原を感作した固相に試料を接触させ、抗原に結合する抗体を酵素標識した抗IgG抗体で検出する手法が一般的である。あるいは、プロテインAなどを利用して試料中の全てのIgGを捕捉した後に、酵素標識した抗原で病原体に対する抗体のみを検出することもできる。ELISAに必要な固相抗原や酵素標識抗体は予め組み合わせてキットとして供給することができる。
【実施例】
【0050】
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実施例1] トリインフルエンザウイルスのマウス順化株の作製
マウスで継代可能で、病原性を示すウイルスを得るため、鶏卵から分離されたトリインフルエンザウイルス A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3) 株をマウス経鼻接種で継代した。マウス継代3代目まではその時点における最大ウイルス量を接種し、感染1〜3日目で最も高い感染価を示したマウスの肺のホモジェネートを次代へと継代した。ウイルスは、卵継代株を「M-0」、マウス継代1〜5代目をそれぞれ「M-1」〜「M-5」と名付けた。
【0052】
マウス継代に伴ってウイルスは速やかにマウスに順化してよく増殖するようになり、病原性も強くなり、その条件では死亡するマウスも観察された。即ち、マウス継代に伴いウイルスの増殖能は上昇し、肺病変も強くなった。そこで、4代目以降はウイルス接種量を1×104 CIU/マウスとした。4代目以降はウイルスのタイターはプラトーに達した。そのときの肺内ウイルス増殖の時間経過、マウスの体重変化、および、肺の肉眼病変を図1に示した。
【0053】
肺内ウイルスの増殖は、肺をPBS中ですりつぶして得たホモジェネートの10%中に含まれるウイルス力価で表した。また、肺の肉眼病変は、肺全体に対する充血領域の割合を測定し、<25%ならば 1、25〜50%ならば 2、50〜75%ならば 3、>75%ならば 4、死亡した場合は 5とした(A. Kato et al., EMBO J. 16: 578-587 (1997))。
【0054】
M-0、M-3、M-5の3株について、それぞれ1×104 CIU/マウスで経鼻接種し、体重変化、肺の肉眼病変、および肺内ウイルス増殖の時間経過を測定した。その結果を図2に示す。いずれの株も肺内ウイルス増殖は急速で、感染1〜2日目に最大になり、以降徐々に減少するパターンを示した。しかし、M-0はマウス継代株に比して明らかに肺内ウイルスの増殖の程度は弱く、肺の病変も軽症で、体重の減少も殆ど見られず、死亡するマウスも見られなかった。M-3とM-5の間にはウイルス増殖には大きな違いは見られなかったが、肺の病変と体重減少の程度はM-5の方が強かった。
【0055】
次にマウスでの継代に伴うマウス病原性の変化を調べるため、M-0、M-3、M-5の3株についてマウスに対する LD50 を測定した。その結果を表1に示す。表中の「死亡マウス/接種マウス」は感染13日目の死亡率で示した。M-0は、4×106 CIU 接種において全くマウスを殺さなかったため、便宜的に LD50=>1.26×107 CIU/マウスとした。一方、マウス継代株はいずれも強い病原性を示し、M-3およびM-5の LD50 はそれぞれ <31.6 CIU/マウスおよび 12.6 CIU/マウスと計算された。
【0056】
〔表1〕
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
接種量 死亡マウス LD50
ウイルス (CIU/マウス) /接種マウス (CIU/マウス)
────────────────────────────────
M-0 4×106 0/5 =>1.26×107
────────────────────────────────
M-3 1×105 5/5
1×104 5/5 <31.6
1×103 5/5
1×102 5/5
────────────────────────────────
M-5 1×104 5/5
1×103 5/5 12.6
1×102 5/5
1×101 2/5
────────────────────────────────
非感染 (-) 0/5
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【0057】
即ち、トリインフルエンザウイルス A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3) 株はマウス肺で継代することにより、速やかにマウスの肺で増殖するようになり、マウスに対する病原性も急速に強くなり、5代継代で LD50 は100万分の1になった。なお、M-3については、102 CIU で全マウスを殺してしまったために、便宜的に LD50 < 31.6 CIU としたが、M-5と同様の病原性を示す可能性がある。
【0058】
[実施例2] 組換えセンダイウイルスベクターの作製
インフルエンザウイルス株(A/turkey/Ireland/1378/83 (H5N8))(Kawaoka Y. et al., Virology, 1987, 158:218-227)から、文献「Kawaoka Y. et al., Virology, 1987, 158:218-227」に従って鋳型DNAを調製した。プライマーHKH5-F(5'-aag cgg ccg ctc tgt caa aat gga gaa aat-3')(配列番号:1)及びプライマーHKH5-R(5'-aag cgg ccg cga tga act ttc acc cta agt ttt tct tac tac ggc gta cgt taa atg caa att ctg cat t-3')(配列番号:2)を用い、「NT/60/5/4」(J.A. Huddleston and G.G. Brownlee, 1982, Nucleic Acids Res. 10: 1029-1038)上のHA遺伝子を標準的なPCR法により増幅した。増幅断片の塩基配列を配列番号:3に示す。増幅断片をNotIで消化し、1758塩基の断片をNotIで消化したpSeV(+)18bV(-)(実験医学 Vol.15 No.19(増刊)1997; Kato A., et al., ENBO J. 16:578-587 (1997))に挿入した(図3)。次いで、これを大腸菌に形質転換し大腸菌の各コロニーのDNAを「Miniprep」法で抽出し、期待される大きさのDNA断片を含んでいることが確認されたクローンを選抜することで、目的のプラスミドを得た。得られたプラスミドを塩化セシウム密度勾配遠心により精製した。
【0059】
このプラスミドおよび挿入のない対照プラスミドを、公知の方法に従い、LLCMK2細胞に導入しセンダイウイルス粒子を再構成させ、産生された組換えセンダイウイルス粒子を、さらに鶏卵に接種して増幅させた(国際公開97/16539号および国際公開97/16538号参照)。回収したウイルス粒子はPBSに希釈し、ウイルス力価を測定したところ、3×10 CIU(平均値)であった。
【0060】
組換えウイルス(「SeV/tukH5」と称する)および親株のセンダイウイルス(「SeV/V(-)」と称する)を感染させたLLCMK2細胞およびCV-1細胞は、細胞観察の結果、各々の細胞形態に大きな違いがないことから、亜型H5 HAの発現による細胞障害性は認められなかった。
【0061】
[実施例3] 抗H5抗血清を用いた免疫化学的解析
3−1) インフルエンザウイルス亜型H5抗血清の作製
発育鶏卵で増殖させたA/Tern/South Africa/61 (H5N3)株を、マウスのL細胞に感染させ、感染後1日目で細胞を取り、この細胞をPBSとまぜて10%乳剤とし、ホルマリンで不活化後に、マウスの皮下に接種して常法に従いマウス抗H5<Tern/South Africa>抗血清を作製した。
【0062】
また、発育鶏卵で増殖させたA/Tern/South Africa/61(H5N3)株を、超遠心(30,000rpm、90分)で沈殿させ、これを抗原として常法に従いニワトリに免疫し、ニワトリ抗H5<Tern/South Africa>抗血清を作製した。
【0063】
3−2)間接蛍光抗体法による解析
チェンバースライドグラスの上にCV1細胞モノレイヤーを作った。それに、moi1で親株であるSeV/V(-)(挿入を持たない対照)あるいはSeV/tukH5を感染させた。感染後、血清無しの培地で一晩培養した。培養液を除いた後、PBSで一度細胞を洗った。0.5%ホルマリン/PBSで室温5分で、細胞を固定した。PBSで一度洗浄後、0.2% NP-40を含んだPBS溶液を加えて、室温5分で細胞膜の透化処理を行った。次に0.1 mlの200倍希釈したマウス抗インフルエンザウイルスA/Tern/SAを、室温で1時間処理した。その後、PBSで5回洗浄し、最後に抗マウスIg(H+L)にFITCを結合させた抗体(市販品 Cappel社製)を100倍希釈で0.1 mlを室温で1時間作用させた。その後、PBSで5回洗浄後、80%グリセリン/PBSと共にカバーグラスをかけ、検鏡した。
その結果、SeV/tukH5感染細胞特異的に細胞の蛍光像が観察された(図4)。
【0064】
3−3)感染細胞のウエスタンブロット解析
BHK細胞を6穴の組織培養プレートにモノレイヤーになるように培養した。次に、この細胞にmoi 10でSeV/V(-)あるいはSeV/tukH5を感染させた。約24時間後に、細胞をラバーポリスマンでかきとり、6,000rpm 5分遠心して細胞を沈澱として回収した。この沈澱物に0.1 mlのPBSと同じく0.1 mlの2xSDSサンプルバッファーを加えて溶解し、90℃で5分加熱してから、SDS-PAGEにかけた。
【0065】
ゲルの濃度は12.5%で、泳動後はPVDF膜にセミドライ法で電気泳動的にブロッティングした。転写後は、一部はそのまま、転写膜をクマシーブリリアントブルー(CBB)で染色し、残りは3%のスキムミルクで室温1時間のブロッキング処理後に、500倍に希釈したマウス抗H5抗血清と混ぜて、さらに1時間、室温で反応させた。その後、抗血清を抜き取り、20mM Tris-HCl pH 7.4, 150 mM NaCl, 0.1 % Tween 20からなる洗浄液で4回洗った。洗った後に、パーオキシダーゼ標識した抗マウスIgG (市販品Cappel社製)を250倍に希釈して加え、同様に1時間、室温で作用させた。最後に再び、洗浄液で4回洗った後、コニカイムノステインキットの方法に従って、発色させた。
【0066】
その結果、組換えセンダイウイルスを感染させたBHK細胞では、トリプシン非存在下にも関わらず、インフルエンザのHAタンパク質は、HA0がHA1およびHA2に開裂していることが示された(図5)。
【0067】
3−4)精製センダイウイルス粒子の解析
SeV/V(-)またはSeV/tukH5を接種した発育鶏卵のしょう尿液を3日目に回収した。その液を集めて、冷却高速遠心機で9,000rpm、15分遠心して、血球や細胞成分を落とした。その上清を集めて、今度は超遠心(30,000rpm、90分)にかけて、ウイルスを今度は沈澱として回収した。この沈澱に数mlのPBSを加え、超音波破砕機を使って、完全に懸濁させた。この懸濁液を60%と20%の2層からなる庶糖の最上部に静かに乗せ、27,000rpmで90分間、密度勾配遠心にかけた。遠心終了後、20%と60%の層の間に来たウイルス液を回収した。
【0068】
こうして回収した精製ウイルス粒子をSDS-PAGEにかけ、インフルエンザウイルスに対するマウス抗H5抗血清を使ってウエスタンブロッティングを行った。その結果、SeV/tukH5では精製ウイルス粒子中のインフルエンザウイルスのHAタンパク質はHA1およびHA2に開裂していることが、クマシー染色、そして、イムノブロットの結果観察された(図6)。そのため、インフルエンザウイルスHAの一部はSeV粒子中に取り込まれると結論された。
【0069】
また、この精製SeV/tukH5ウイルス粒子、および、対照として同様に精製したSeVを抗原として、常法に従いニワトリに免疫し、それぞれ抗SeV/tukH5抗血清および抗SeV抗血清を作製した。得られた抗SeV/tukH5抗血清が亜型H5のインフルエンザウイルスと反応するかどうかを確かめるために、インフルエンザウイルス(A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3) 株)を抗原としてイムノブロットを行った。その結果、SeV/tukH5ウイルス粒子に対して作られた抗血清が、亜型H5のHA分子に対して反応性を有することが確認された(図7)。このことからも、インフルエンザウイルスHAはSeV粒子中に取り込まれることが証明された。
【0070】
[実施例4] 免疫電顕による解析
SeV/tukH5ウイルス粒子において、H5タンパク質がセンダイウイルスの表面に局在しているかを調べるため、免疫電顕による解析を行った。SeV/tukH5を接種した発育鶏卵のしょう尿液を超遠心(28,000rpm、30分)にかけてSeV/tukH5ウイルス粒子を集め、蒸留水に懸濁した。このウイルス懸濁液(1×10 粒子/ml)5μlを支持膜付きのマイクログリッド上に滴下し乾燥させた。0.1%BSAを含むPBSで30分間前処理を行い、その後前処理液をろ紙で吸い取り、0.1%BSAを含むPBSで200倍に希釈したマウス抗H5抗血清をグリッドに滴下し、保湿状態で60分間反応させた。PBSで6回洗浄した後、余分の水分をろ紙で吸い取り、0.1%BSAを含むPBSで20倍希釈した金コロイド標識抗マウスIgG(ISN社)をグリッドに滴下し、保湿状態で60分間反応させた。PBSで6回洗浄した後、さらに蒸留水で2回リンスし、風乾させた。4%酢酸ウラニウムで3分間染色し、風乾させた。電子顕微鏡 JEM-1200EXII(日本電子)にて観察、撮影した(図8)。
【0071】
その結果、金コロイドはセンダイウイルス粒子の表面に観察されたことから、SeV/tukH5ウイルス粒子において、H5タンパク質はウイルス粒子の表面に発現していることが示された。
【0072】
[実施例5] 組換えセンダイウイルスによるマウスの免疫
5−1)
マウスをエーテルで軽く麻酔し、希釈した組換えセンダイウイルスベクター(野生株、SeV/V(-)株、およびSeV(-)/tuk-H5)(1×107 CIU/25μL)を、マウスに経鼻接種により免疫した。マウスは ICR/Crj(CD-1)株、3週齢の雄(8〜10g)を用いた。センダイウイルスを接種後、0、1、3、5、7、9日目に肺内ウイルスを測定した。また、0、5、7、10、14、28日後には、血清中の抗体産生を測定した。また、感染後 0、1、および3日後には脾臓、肝臓および血液中からのウイルス分離も試みた。血液はヘパリン血を用いた。採血にあたっては、マウスをエーテルで軽く麻酔後鼠径部皮膚を小切開し、大腿動静脈をハサミで切り、出血してきた血液をキャピラリーピペットで採血した。なお、ヘパリン血採取にあたっては、あらかじめエッペンドルフチューブ内にヘパリン 20μlを入れておき、マイクロピペットで 180μlの血液を採取して混和した。
【0073】
抗SeV ELISA IgG 抗体価(抗センダイウイルス ELISA IgG 抗体価)の測定には、HVJ浜松株の精製ウイルス粒子を抗原とし、抗 H5 ELISA IgG 抗体価の測定には、A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3) の精製ウイルス粒子を抗原として ELISA 法にて測定した(表2)。
【0074】
5−2)
センダイウイルスベクターなしのワクチン(偽接種)、センダイウイルス野生株(107 CIU)、挿入を持たない組換えセンダイウイルス(SeV/V(-))(107 CIU)(A. Kato et al., EMBO J. 16: 578-587 (1997))、およびSeV(-)/tuk-H5(107 CIU)をそれぞれマウスに経鼻接種したときの、マウスの体重変化、肺の肉眼病変、および肺内ウイルス増殖の測定結果を図9に示す。観察期間を通して顕著な体重変化は認められなかった。SeV(-)/tuk-H5 感染マウスは感染後1日目までは 106〜107 のオーダーのウイルス増殖を示したが、2日目以降急速に肺から排除され、7日目以降は完全に検出されなくなった。肺の肉眼病変もそれほど重症化することはなかった。また、肺以外の臓器や血液からのウイルスの分離は全例陰性であった。
【0075】
5−3)
免疫マウスの抗体産生の時間的経過を表2に示す。SeV(-)/tuk-H5感染の経過に伴って、センダイウイルスおよびH5タンパク質に対する抗体価(それぞれ表中の「抗 HVJ」および「抗 H5 」の欄)は上昇した。測定したマウス全てにおいて、両ウイルス抗原に対する抗体応答が確認された。
【0076】
〔表2〕
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
感染後 マウス SeV/V(-) SeV(-)/tuk-H5
の の ELISA-IgG抗体価 ELISA-IgG抗体価
日数 番号 ────────── ──────────
抗 HVJ 抗 H5 抗 HVJ 抗 H5
────────────────────────────────────
0 1 10 <10 <10 <10
2 10 <10 <10 <10
3 10 <10 <10 <10
────────────────────────────────────
5 1 400 <10 20 <10
2 800 <10 10 <10
3 400 <10 <10 <10
────────────────────────────────────
7 1 2,000 <10 800 200
2 2,000 <10 800 20
3 1,000 <10 800 40
────────────────────────────────────
9 1 800 <10 1,000 10
2 4,000 <10 800 100
3 4,000 <10 800 40
────────────────────────────────────
14 1 20,000 <10 8,000 800
2 20,000 <10 10,000 4,000
3 10,000 <10 4,000 400
────────────────────────────────────
21 1 20,000 <10 ND ND
2 20,000 <10 ND ND
────────────────────────────────────
28 1 80,000 <10 80,000 1,000
2 20,000 <10 80,000 2,000
────────────────────────────────────
陽性対照-1(抗-HVJ抗血清) 8,000 <10
陽性対照-2(抗-H5抗血清) <10 20,000
陰性対照(正常血清) <10 <10
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【0077】
[実施例6] 組換えセンダイウイルスによる免疫マウスのインフルエンザウイルスのチャレンジに対する防御能の測定
マウス(ICR/Crj(CD-1)株、3週齢の雄(8〜10g))をエーテルで軽く麻酔し、希釈した組換えセンダイウイルスベクター(SeV(-)/tuk-H5)(3×107 CIU/25μL)を、マウスに経鼻接種により免疫した。マウスは毎日体重を測定した。センダイウイルスを接種後、2週間目に採血し、血清中の抗体産生を測定した。半数のマウスは、組換えセンダイウイルスベクター(SeV(-)/tuk-H5)(5×107 CIU/マウス)を経鼻接種してブースターし、残り半分のマウスはそのまま飼育した。ブースター2週目に、実施例1においてマウスに順化させたトリインフルエンザウイルス由来株(M-5) 1×104 CIU を経鼻でチャレンジ(感染)し、0、1、2、3、および5日後の肺内ウイルス増殖を測定した。
【0078】
抗SeV ELISA IgG 抗体価の測定には、HVJ浜松株の精製ウイルス粒子を抗原とし、抗 H5 ELISA IgG 抗体価の測定には、A/whistling swan/Shimane/499/83(H5N3) の精製ウイルス粒子を抗原として ELISA 法にて測定した。
【0079】
センダイウイルス接種後の体重変化を図10に、インフルエンザウイルスのチャレンジ後の体重変化、肺の肉眼病変および肺内ウイルス増殖の時間経過を図11に示す。
【0080】
実施例5と同様に、センダイウイルスワクチン接種によって、インフルエンザウイルスのチャレンジまでの観察期間を通して体重変化に顕著な影響は認められなかった(図10)。また、ブースターによる体重増加への影響も見られなかった。
【0081】
インフルエンザウイルスのチャレンジに対する防御効果については、非免疫マウスでは、チャレンジ1日目に 107 CIU のウイルスが検出され、2日目にはさらに増殖し、3日目以降は減少し、5日目には 105.5 前後となった。これに応じて2日目から体重の減少が見られ、3日目から肺の肉眼病変も出現し、4日目には1匹のマウスが死亡した。
【0082】
これに対し免疫マウス(非ブースター)ではチャレンジ1日目の肺内ウイルス量は非免疫マウスのそれとほとんど同じレベルであったが、二日目には既に減少する傾向が見られた。体重減少は3匹中1匹において認められたが、非免疫マウスのそれと比して明らかにその程度は弱く、肺病変も5日目になって出現したが、死亡するマウスは見られなかった。ブースターを施した免疫マウスでは、チャレンジ1日目にはほぼ完全にウイルス増殖を抑制した。2日目以降ウイルスの増殖を許すが、その程度は非免疫マウスのそれの 1/10 前後であった。体重減少も認められず、肺の病変もきわめて軽微なものであった。
【0083】
抗 SeV 抗体および抗 H5 抗体の産生(それぞれ表中の「抗 HVJ」および「抗 H5 」の欄)の時間経過を肺の肉眼病変およびインフルエンザウイルス増殖の時間経過と共に表3に示した。
【0084】
〔表3〕
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
マウス ELISA-IgG抗体価 肺の ウイルス
日数 の ───────── 肉眼病変 (CIU/ml)
番号 抗 HVJ 抗 H5
────────────────────────────────────
免疫2週目 -1 20,000 4,000
(ブースター前) -2 20,000 40
-3 20,000 4,000
-4 20,000 20
-5 20,000 1,000
-6 10,000 2,000
────────────────────────────────────
免疫4週目 非免疫 -1 ND
(ブースター -2 ND
2週後、 -3 ND
チャレンジ前) ───────────────────────────
ブースター(-) -1 40,000 400 0 <20
-2 40,000 8,000 0 <20
-3 40,000 1,000 0 <20
───────────────────────────
ブースター(+) -1 160,000 4,000 0 <20
-2 80,000 8,000 0 <20
-3 80,000 1,000 0 <20
────────────────────────────────────
チャレンジ 非免疫 -1 <10 <10 0 6.34x106
1日目 -2 <10 <10 0 1.07x107
-3 <10 <10 0 4.35x106
───────────────────────────
ブースター(-) -1 100,000 2,000 0 5.01x106
-2 100,000 2,000 0 5.81x106
-3 200,000 2,000 0 4.49x106
───────────────────────────
ブースター(+) -1 200,000 2,000 0 4.00x101
-2 400,000 4,000 0 4.00x101
-3 200,000 8,000 0 4.00x101
────────────────────────────────────
チャレンジ 非免疫 -1 <10 <10 0 3.10x106
2日目 -2 <10 <10 0 2.15x107
-3 <10 <10 0 1.46x107
───────────────────────────
ブースター(-) -1 100,000 200 0 2.13x105
-2 100,000 100 0 1.98x106
-3 400,000 800 0 1.38x106
───────────────────────────
ブースター(+) -1 200,000 2,000 0 4.99x105
-2 200,000 8,000 0 5.68x105
-3 100,000 2,000 0 3.91x106
────────────────────────────────────
チャレンジ 非免疫 -1 <10 <10 0 1.82x106
3日目 -2 <10 <10 0 8.26x105
-3 <10 <10 1 1.58x106
───────────────────────────
ブースター(-) -1 160,000 2,000 0 2.75x105
-2 160,000 2,000 0 3.80x105
-3 160,000 2,000 0 5.44x105
───────────────────────────
ブースター(+) -1 80,000 200 0 2.48x105
-2 40,000 1,000 1 3.29x105
-3 80,000 8,000 1 2.48x105
────────────────────────────────────
チャレンジ 非免疫 -1 <10 <10 0 1.57x105
5日目 -2 <10 <10 5 4.03x105
-3 <10 <10 3 3.80x105
───────────────────────────
ブースター(-) -1 80,000 8,000 3 1.98x105
-2 80,000 8,000 2 2.06x105
-3 80,000 200 1 6.73x105
───────────────────────────
ブースター(+) -1 160,000 2,000 1 5.68x105
-2 40,000 200 0 2.99x105
-3 80,000 2,000 0 4.62x105
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【0085】
[実施例7] HIV-1 亜型E gp120遺伝子を持つ組換えセンダイウイルスの構築
7−1) プラスミド構築
次にヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)のエンベロープタンパク質遺伝子(env)を発現するSeVベクターの構築を行った。SeV発現プラスミドの構築に使用したHIV-1亜型E gp120 遺伝子は、日本で同定されたHIV-1 亜型EのR5株であるNH2(HIV-1NH2)由来のenv遺伝子全長を含むpNH2a-1より単離した(Sato, H. et al., 1997, AIDS 11: 396-397)。SeVをベースとしたHIV-1 亜型E gp120の発現プラスミドは文献「Kato, A. et al., 1997, EMBO J. 16: 578-587、Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466」と同様にして作製した(図12)。簡単には、HIV-1 亜型E env gp120 遺伝子(1,515 bp)を、NotIタグを付加したプライマー対 NH2SU501A[5'-AAgcggccgcAAGACAGTGGAAATGAGAGTGAAGGAGACACAGATG-3'/配列番号:4(センス鎖)]および NH2SU502B[5'-TTgcggccgcGATGAACTTTCACCCTAAGTTTTTCTTACTACGGCGTACGtcaTCTTTTTTCTCTCTCC-3'/配列番号:5(アンチセンス鎖)]を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。配列中の下線のない小文字はNotI認識部位を表す。下線のある大文字は、保存された介在配列である 3'-GAA-5' を介して連結された SeVの新しいSおよびEシグナルを表す。下線のある小文字は gp120 遺伝子のオープンリーディングフレームの直後に挿入したストップコドンを表す。E(終結)およびS(開始)シグナルは、それぞれ、挿入したgp120遺伝子の転写を終結させ、下流にあるN遺伝子の転写を開始させる機能を有している(図12)。gp120遺伝子の発現はSeVベクターのN遺伝子のSシグナルにより開始されるように設計した。PCRはExTaqポリメラーゼ(Takara Shuzo Co., Japan)を用いて行い、増幅した断片はNotI切断の後、pSeV(+)18bV(-)(Kato, A. et al., 1997, EMBO J. 16: 578-587)のNotI部位に直接挿入し、gp120が組込まれたセンダイウイルスベクターpSeV/gp120-Eを得た。HIV-1 亜型B(pNL432)のenv gp120を持つpSeVをベースとした発現プラスミド(Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466)は、pSeV/gp120-Bと名付け、実験に用いた。
【0086】
7−2) HIV-1 gp120s を発現する組換えセンダイウイルスの再構築
組換えセンダイウイルス(SeV)のストックは、文献(Kato, A. et al., 1996, Genes Cells 1: 569-579)に従い調製し、ウイルス力価を決定した。簡単には、直径60 mmのプラスチックプレート上で、10%ウシ胎児血清(FCS)および抗生物質(100 units/ml ペニシリンGおよび100μg/ml ストレプトマイシン)を含む最少必須培地(MEM)を用いてサル腎臓由来細胞株LLCMK2を70〜80%コンフルエント(2×10細胞)になるまで培養し、T7ポリメラーゼを発現する組換えワクシニアウイルス vTF7-3(Fuerst, T.R. et al., 1986, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83: 8122-8126、Kato, A. et al., 1996, Genes Cells 1: 569-579)を 2 PFU/細胞で感染させた。感染1時間後、60μgのpSeV/gp120-Eを、全長センダイウイルスゲノムの生成に必須なトランスに作用するウイルスタンパク質を発現するプラスミド(24μgのpGEM-N、12μgのpGEM-P、および24μgのpGEM-L)(Kato, A. et al., 1996, Genes Cells 1: 569-579)と共にリポフェクション法(DOTAP, Boehringer-Mannheim, USA)によりトランスフェクションした。トランスフェクションを行った細胞は、40μg/mlのシトシンアラビノシド(araC)(Sigma, USA)および100μg/mlのリファンピシン(Sigma, USA)を含む血清不含のMEMで培養し、ワクシニアウイルスによる細胞毒性を最少にとどめ、ウイルスの回収率を最大にするようにした(Kato, A. et al., 1996, Genes Cells 1: 569-579)。トランスフェクションから48時間後、細胞を回収し、凍結融解を3回繰り返して細胞を破砕した後、10日齢の発育鶏卵のしょう尿膜内へ接種した。3日後、しょう尿液を回収し、ウイルス力価を決定した。回収されたセンダイウイルスの力価は10〜10 PFU/mlであり、共に含まれていたワクシニアウイルス vTF7-3は10〜10 PFU/mlであった。10−6に希釈し鶏卵で再増幅させ、ワクシニアウイルスを除去した。この2回目の継代で得られた組換えウイルスをストックし、それぞれSeV/gp120-EまたはSeV/gp120-Bと名付け、以後の実験に使用した。ウイルスストックのプラーク形成能はLLCMK2細胞に感染させて決定し、赤血球凝集活性(HA)は「endo-point 希釈法」(Kato, A. et al., 1996, Genes Cells 1: 569-579)により決定した。鶏卵で2回継代を行った組換えウイルスのウイルスストックは、一般的に10 PFU/mlまたは10,240 HA unit/mlの力価を有していた。
【0087】
[実施例8] HIV-1 亜型Eの組換えgp120の発現
組換えgp120の発現および調製のため、サル腎臓細胞株 CV-1 細胞を10%ウシ胎児血清(FCS)および抗生物質(100 units/ml ペニシリンG および100μg/ml ストレプトマイシン)を含む最少必須培地(MEM)で培養した。組換えセンダイウイルス(pSeV/gp120-BまたはpSeV/gp120-E)を10 PFU/細胞で37℃1時間感染させ、1回PBSで洗浄後、血清を含まないDMEMで培養した(Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466)。さまざまな時間に培養上清を回収し、HIV-1 亜型BまたはEのどちらかに感染した患者の血清から10血清をプールしたものを用いてgp120生産レベルをウェスタンブロットにより解析した。すなわち培養上清を3容量のエタノールと混合し、-80℃で1時間冷却後、12,000gで30分間遠心して沈殿を等量の2%SDS含有PAGE用サンプルバッファー(Daiichi Pure Chemical Co., Japan)に溶解させた。試料をSDS-PAGEにかけ、膜へ電気泳動的に転写してHIV-1 亜型EまたはBに感染した患者の血清プールを500倍に希釈してインキュベートし、125IラベルしたプロテインA(NEX146, Dupnt, USA)を加え、BAS2000(Fujix, Japan)を用いてオートラジオグラフィーを行った。gp120の定量には、既知の濃度の亜型Eレファレンスタンパク質(バキュロウイルスベクターにより発現されたCM株由来のHIV-1 亜型 E gp120;「National Institute of Allergy and Infectious Diseases AIDS Research and Reference Reagent Programn, USA」より供与。 Lot番号 4-96196)を段階希釈して、試料と共にウェスタンブロット解析を行った。
【0088】
銀染色には、組換えSeVを感染させたCV-1細胞の培養上清(200μl)を3容量(600μl)のエタノールと混合し、-80℃で1時間冷却後、12,000gで30分間遠心して沈殿を等量の2%SDS含有PAGE用サンプルバッファー(Daiichi Pure Chemical Co., Japan)に溶解させた。5μlの試料を、SDSを含む4-20%ポリアクリルアミドグラジエントゲルで電気泳動し、キット(BIO-RAD, USA)を用いて銀染色を行った。
【0089】
ウェスタンブロット解析の結果、見かけの分子量約110-120 kDaの位置に、HIV-1エンベロープ gp120に対応するバンドが検出された(図13A)。組換えgp120-Eの産生は、感染後24時間で検出され、感染後72時間で最大となった。その動態はpSeV/gp120-Bによる組換えgp120-Bのそれと同様であった(Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466)(図13AおよびB)。培養上清において、検出された組換えgp120-Eは、見かけの分子量が約100-120 kDaである主要タンパク質であり、銀染色によるタンパク質像の解析から、全体のタンパク質の約10-20%を占めると考えられた(図13C)。組換えgp120-Eの見かけの分子量に幅があるのは、グリコシレーションの程度やパターンに違いがあるためと思われる。SeVベクター系によりCV-1細胞で産生された組換えgp120-Eは、バキュロウイルス系によりSf-9細胞で発現されたHIV-1 亜型E CM株のgp120(NIH AIDS Reagent Programより供与)に比べ、SDS-PAGEにおける電気泳動の移動度が遅かった。これは哺乳動物細胞と昆虫細胞におけるグリコシレーションの程度やパターンの違いに起因すると思われる。CV-1細胞の培養上清に分泌された組換えgp120-Eの量は、ウェスタンブロット解析による、CM gp120バキュロウイルス産物の既知の濃度のタンパク質との比較から判断して、6穴プレートの培養では感染後72時間で約2μg/mlに達し(図13A)、50mlボトル培養では、感染後72時間で6μg/mlに達した。それに対して、商業的に入手可能なgp120定量キット(HIV-1 gp120 Antigen Capture Kit (Advanced Biotechnologies, USA)および gp120 Capture ELISA kit (Immuno Diagnostics, Inc. USA)を含む)では組換えgp120-Eを定量することはできなかった。これらのキットはHIV-1 亜型Bのgp120を検出するように設計されており、HIV-1の亜型EとBのgp120の抗原上の相異によるものと思われる。
【0090】
次に、HIV-1 亜型E のV3ループに対するモノクローナル抗体(mAb) TQ4B15-2(Emini, E.A. et al., 1992, Nature 355(6362): 728-730)を結合させたシングルステップアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより、培養上清から均一な組換えgp120-Eを精製した。SeV/gp120-Eを感染したCV-1細胞の培養上清を、感染72時間後に回収した。5mlのmAb TQ4B15-2を結合させ、PBSで平衡化したイムノアフィニティーカラム(Affi-Gel Hz Immunoaffinity Kit (Bio Rad, USA))に回収した培養上清50mlを通した。カラムは10mlのPBSで2回洗浄し、結合したタンパク質を10mlの0.2M グリシン-HClバッファー pH4.0で溶出した。タンパク質画分を 1M Tris-HCl pH9.5でpH7.4に中和し、-80℃で保存し実験に使用した。アフィニティーカラムでの回収率は約60%であった。精製したタンパク質の銀染色像を図13C(レーンP)に示す。
【0091】
[実施例9] 患者血清に対する組換えgp120の血清学的反応性
組換えgp120-Eおよび組換えgp120-Bの抗原上の違いを検証するため、HIV-1 亜型Eに感染した患者の血清プール(7血清)または亜型Bに感染した患者の血清プール(4血清)に対する各タンパク質の反応性をウェスタンブロットで解析した。図14に示したように、亜型E血清および亜型B血清は、それぞれに対応する亜型の組換えgp120と特異的に反応した(図14)。
【0092】
[実施例10] 組換えgp120-Eの機能解析
SeV由来の組換えgp120-Eの機能を解析するため、SeV/gp120-Eに感染させたCV-1細胞の粗精製培養上清を用いてCD4に対する結合活性をFACSにより測定した。具体的には、ヒトCD4+ T細胞株 MT4細胞(2×10)を、5μg/mlの組換えgp120-Eと10%FCSを含むMEMで室温で1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、細胞に、HIV-1 亜型EのV3-ループに対する上記マウスmAb(TQ4B15-2)を4℃で45分間反応させた。結合した抗体を、マウスIgGに対するFITC結合ヒツジF(ab')2断片(Pharmaceuticals Inc., USA)で4℃45分間反応させレベルした。FACScan(Becton Dickinson, USA)を用いて蛍光強度の違いを測定し、平均蛍光強度を決定した。別の実験では、MT4細胞をさまざまな組換えgp120-Eで、室温で1時間インキュベートし、さらに抗CD4 mAb Leu-3a(Becton Dickinson, USA)で4℃45分間インキュベートした。上記のようにFITC結合F(ab')でラベルし、FACS解析を行った。
【0093】
その結果、SeVベクターで発現させた組換えgp120-Eは、CD4を発現するMT4細胞の表面に結合できることが判明した(図15A)。また、gp120の細胞表面への結合と立体的に競合することが知られている抗CD4抗体(Leu3a)(Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466)の細胞表面への結合が、組換えgp120-Eの用量依存的に阻害された(図15B)。対照実験において、親ウイルスであるSeVを感染させたCV-1細胞の培養上清は、CD4結合活性もLeu3aの結合に対する競合も示さなかった(図15A,B中の"C")。従って、gp120-Eは天然のgp120と同様、HIV-1の主要な受容体であるCD4を特異的に認識する活性を有していることが示された(Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466)。
【0094】
[実施例11] EIAの血清学的反応性の解析
SeV由来の組換えgp120の酵素免疫アッセイ(EIA)における血清学的反応性を、V3ループペプチドEIA(Pau, C.P. et al., 1993, AIDS 7: 337-340)と比較しながら検証した。
【0095】
HIV-血清陽性の血清を得るため、タイ(n=20)、ベトナム(n=44)、マレーシア(n=3)、カンボジア(n=9)、および日本(n=88)のHIV-1感染患者から、計164のHIV-血清陽性(seropositive)の血清を集めた。24のHIV陰性の対照血清も、健康な血清陰性(seronegative)の日本人から採取した。これらの血清について、HIV-1 亜型EまたはB gp120に対する抗体を持っているかを、V3-ペプチド酵素免疫アッセイ(EIA)により検定した(Pau, C.P. et al., 1993, AIDS 7: 337-340)。また、HIV-1のエンベロープ C2/V3領域の324塩基の配列を、文献「Kusagawa, S. et al., 1998, AIDS Res. Hum. Retroviruses 14: 1379-1385」に従ってPBMCまたは血清からPCRにより増幅し、配列を決定した。env C2/V3領域の塩基配列を用いて最近隣法により系統解析を行い、遺伝的亜型を決定した。東南アジア諸国由来の76の全試料が、HIV-1 亜型Eの感染を受けていることが確認された。日本の全88のHIV陽性血清は、1980年代初頭に北アメリカ由来の血液製剤の輸血により感染した血友病患者に由来する。彼らはHIV-1 亜型Bの感染を受けていた(Hattori, T. et al., 1991, AIDS Res. Hum. Retroviruses 7: 825-830,Komiyama, N. et al., 1989, AIDS Res. Hum. Retroviruses 5: 411-419,Shimizu, N. et al., 1992, J. Mol. Evol. 35: 329-336)。これら164のHIV陽性血清(亜型Eが76血清、亜型Bが88血清)と、21の対照の陰性血清を用いた。
【0096】
予備的な実験によれば、SeV由来の組換えgp120を濃度15 ng/wellで固定化し、血清を1:8,000希釈する条件が、SeV由来組換えgp120を用いたEIAに最適であった。V3-ペプチドを用いたEIAの場合、HIV-1 亜型EおよびBのV3ループペプチド(14mer)1μg/wellと200倍希釈の血清を用いる条件で行った(Pau, C.P. et al., 1993, AIDS 7: 337-340)。組換えgp120またはV3ループペプチドをマイクロタイターEIAプレート(Immulon II microtiter plate, Dynatech Laboratories, USA)に4℃で一晩インキュベートして固定化した。5%スキムミルク、0.3%Tween 20を含むPBS(ミルクバッファー)でブロッキング後、0.05% Tween 20を含むPBSで洗浄し、8,000倍希釈の血清[HIV-1 亜型E感染タイ人(n=11)、HIV-1 亜型B感染日本人血友病患者(n=21)、または健常者(n=20)]を含むミルクバッファーで37℃1時間インキュベートし、ウェルに結合した抗体を2,000倍希釈した西洋ワサビパーオキシダーゼ結合ヤギ抗ヒトIgG(Bio−Rad, USA, Catalog番号 172-1001)で37℃1時間インキュベートした。o-フェニルジアミンジヒドロクロライドとH2O2を含む基質(GENEVAVIA MIX, Sanofi Diagnostic Pasteur, France)を加え、室温で6分発色させた。反応は 1N H2SO4を添加して終了させた。492nmの吸光度を測定して反応性を決定した(図16)。
【0097】
図中、陰性対照の平均吸光度に標準偏差の7倍の数値を足した値(0.3)をカットオフ値とした(図16A)。図16Bに示したように、SeV系で発現させた組換えgp120-EおよびBを用いたEIA(EIA/SeV)では、亜型特異的抗体が高い特異性を持って検出され(図16B)、結果は遺伝データと100%一致していた。組換えgp120-Eや組換えgp120-Bを用いたEIAは、V3ペプチドEIAに比べほぼ1,000倍の感度を有していた(図17)。これらは亜型特異的抗体を100%の感度で検出することができた(亜型E試料については76血清中76、亜型B試料については88血清中88)のに対し、HIV-1 亜型EおよびMN株のV3ループペプチドを用いたペプチドEIA(PEIA)の感度は、それぞれに対し90.8%(76中69)、76.1%(88中67)であった。遺伝的にはHIV-1 亜型Eであるものの、HIV-1 亜型EのV3ループペプチドを用いたPEIAでは反応性が見られなかった7つの血清試料に対しても、組換えgp120-Eは例外なく特異的な反応性を示した。同様に、MN株のV3ループペプチドを用いたPEIAでは反応性を示さなかったが、組換えgp120-Bとは血清学的反応を示した21の血清試料は、遺伝的にもHIV-1 亜型Bであることが確認された。
【0098】
SeV由来組換えgp120の血清学的反応性を、違った血清パネルを用いてさらに検証した。血清パネルは、WHOパネルG(n=8)、および「UNAIDS Network for HIV isolation and characterization」を通して収集した20の血清(Dr. Osmanov, WHO, スイス、Dr. Harvey Holmes, NISHC、およびDr. Johnathan Weber, UK より供与)を含む。この血清パネル(n=28)は、HIV-1 亜型Aの血清(ルワンダより5血清、ウガンダより1血清)、亜型Bの7血清(ブラジルより)、亜型Cの4血清(ブラジルより)、亜型Dの4血清(ウガンダより)、亜型Eの6血清(タイより)、亜型Fの1血清(ブラジルより)を含む。
【0099】
図18Bは、これら複数の国に由来するそれぞれの血清に対する組換えgp120-E(縦軸)または組換えgp120-B(横軸)のEIA反応性を2次元で表したものである。図からわかるように、HIV-1 亜型Eおよび亜型B血清は、特異的に同じ亜型の組換えgp120と特異的に反応した。それに対し、その他の亜型の血清は、亜型が非特異的であることを反映して、組換えgp120-Eや組換えgp120-Bとは低いレベルでしか反応せず、反応のなんらの傾向も認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インフルエンザウイルスの免疫原性タンパク質または免疫原性を有するその部分ペプチドを発現可能に保持するセンダイウイルスベクター。
【請求項2】
タンパク質がインフルエンザウイルスのHAタンパク質またはNPタンパク質である、請求項1に記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項3】
タンパク質が、インフルエンザウイルスのHAタンパク質である、請求項2に記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項4】
インフルエンザウイルスのHAタンパク質またはNPタンパク質を発現可能に保持する、請求項2に記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項5】
インフルエンザウイルスのHAタンパク質を発現可能に保持する、請求項4に記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項6】
インフルエンザウイルスが強毒型である、請求項1から5のいずれかに記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項7】
インフルエンザウイルスが亜型H5または亜型H7である、請求項6に記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項8】
タンパク質がA型インフルエンザウイルスのHAタンパク質である、請求項1から7のいずれかに記載のセンダイウイルスベクター。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載のセンダイウイルスベクターを用いるインフルエンザワクチンの製造方法。
【請求項10】
請求項2に記載のセンダイウイルスベクターを用いる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項3に記載のセンダイウイルスベクターを用いる、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
請求項4に記載のセンダイウイルスベクターを用いる、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
請求項5に記載のセンダイウイルスベクターを用いる、請求項9に記載の方法。
【請求項14】
(a)センダイウイルスベクターを鶏卵に接種する工程、(b)センダイウイルス複合体を鶏卵中で増殖させる工程、および(c)増殖したセンダイウイルスベクターを鶏卵の漿尿液から回収する工程、を含む、請求項9から13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
回収したセンダイウイルスベクターを不活化する工程をさらに含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
センダイウイルスベクターからインフルエンザウイルスタンパク質またはその一部を精製する工程をさらに含む、請求項14または15に記載の方法。
【請求項17】
請求項1から8のいずれかに記載のセンダイウイルスベクターを含むインフルエンザワクチン。
【請求項18】
請求項2に記載のセンダイウイルスベクターを含む、請求項17に記載のワクチン。
【請求項19】
請求項3に記載のセンダイウイルスベクターを含む、請求項17に記載のワクチン。
【請求項20】
請求項4に記載のセンダイウイルスベクターを含む、請求項17に記載のワクチン。
【請求項21】
請求項5に記載のセンダイウイルスベクターを含む、請求項17に記載のワクチン。
【請求項22】
センダイウイルスの生ワクチンである、請求項17から21のいずれかに記載のインフルエンザワクチン。
【請求項23】
不活化されたセンダイウイルスを含む、請求項17から21のいずれかに記載のインフルエンザワクチン。
【請求項24】
請求項17から23のいずれかに記載のワクチンをヒト以外のインフルエンザウイルスの中間宿主に投与することを特徴とする、インフルエンザに対するワクチネーションの方法。
【請求項25】
ワクチンを気道に投与する、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
ワクチンを複数回投与する、請求項24または25に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2012−191948(P2012−191948A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−150056(P2012−150056)
【出願日】平成24年7月4日(2012.7.4)
【分割の表示】特願2009−183932(P2009−183932)の分割
【原出願日】平成11年3月8日(1999.3.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成10年9月9日 日本ウイルス学会発行の「日本ウイルス学会第46回学術集会・総会 プログラム・抄録集」に発表
【出願人】(595155107)株式会社ディナベック研究所 (22)
【Fターム(参考)】