説明

タイヤバランス試験方法及びタイヤバランス試験機

【課題】タイヤの回転速度が一定でない域においても、高精度にタイヤの不釣り合い状態を検査でき、ひいては検査サイクルタイムを可及的に短縮可能とするようにする。
【解決手段】本発明のタイヤバランス試験方法は、スピンドル軸2に対するタイヤTの取付け角度が異なるものとされた複数のタイヤT設置状態で且つ種々の回転速度において、タイヤTを保持するスピンドル軸2に発生する荷重を測定し、測定されたバランス荷重から、タイヤTの回転加速時又は回転減速時における補正データを求めておき、実測時には、回転するスピンドル軸2に発生するバランス荷重を測定すると共に、測定されたバランス荷重を補正データを用いて補正することで、タイヤTの不釣り合い状態を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイヤを回転させた時に発生するバランス力(不釣合い力)を検出するタイヤバランス試験技術に関するものであり、特に、タイヤバランス試験において、試験のサイクルタイムを短縮可能とする技術に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤの生産ラインでは、タイヤを回転させた時に発生するバランス力(不釣合い力)を測定する試験がタイヤバランス試験機を用いて行われる。このバランス力の測定は、スピンドル軸に固定されたタイヤを回転ドラムに押し付け、タイヤ軸又は回転ドラムを回転駆動させて、タイヤに発生する変動力を荷重波形として測定するものである。
図1には、代表的なタイヤバランス試験機の模式図が示してある。
【0003】
この図に示す如く、リムを介してタイヤが取り付けられたスピンドル軸は回転駆動自在に支持されていて、回転時にタイヤに発生するバランス力の大きさ、方向、回転位相を装置に備えられたロードセルにて検知し、得られた検出値を基に種々の手法によってタイヤのバランス力を測定する。
このような装置で得られたバランス力を基にした一般的な動バランス計算手法を以下に示す。
【0004】
図2に示す如く、上側のロードセルによる検出荷重F1、下側のロードセルによる検出荷重F2は、試験データの周波数分析から振幅と基準信号に対する位相を有する複素数表現ができる。ここで、B1,B2をタイヤの上面・下面の2面のバランス荷重とすると、バランス荷重B1,B2は、検出荷重F1,F2を基にして式(1)に示すようになる。
【0005】
【数1】

【0006】
なお、a,b,c,dは、図2の如く、タイヤの幅方向中央からの各部への距離であり、検出荷重F1,F2及びバランス荷重B1,B2は複素数で表現されている。
ところで、実際のタイヤバランス試験では、検出荷重F1,F2に外乱(回転数成分)が含まれることになる。この外乱は主にスピンドル軸の上端部に設けられたリムの偏心に起因する。ここでは、これを「装置固有の不釣合い荷重」と呼ぶ。
【0007】
この装置固有の不釣合い荷重は、リム偏心ベクトルUaとしてベクトルで表記できる。図3(a)のベクトル図(アンバランスベクトル図)に示すように、リム偏心ベクトルUaは、スピンドル軸に対するリムの質量不均一によって生じるリム不釣合いベクトルUarと、リムとタイヤの嵌合部の中心線とスピンドル軸との偏位によって生じるタイヤの見かけ上の不釣合いベクトルUasとの合成ベクトルである。すなわち、
【0008】
【数2】

【0009】
である。
ロードセルから得られる検出荷重F1,F2をベクトル表記した検出不釣合いベクトルUDは、タイヤ自体の不釣合いベクトルUtとリム偏心ベクトルUaとの合成であり、
【0010】
【数3】

【0011】
となる。
つまり、式(3)に示すように、ロードセルで検出される検出不釣合いベクトルUDには、リムの偏心ベクトルUaが誤差として含まれていることが明らかで、補正なしではタイヤのみの正しいバランス計測(Utの計測)ができない。
そのため、従来より、種々の検出荷重の補正手段が講じられている(特許文献1、特許文献2)。
【0012】
例えば、特許文献1は、タイヤを回転部に取り付けて回転させ、前記タイヤの回転に伴う前記回転部の振動を測定する試験装置を用い、前記タイヤの前記回転部に対する回転方向の取付角度を変えながら、前記測定を複数回行い、複数回の測定により得られたデータを記憶し、当該記憶データを合成することによって、測定結果から前記回転部の偏心とゆがみの影響を除去するための補正データを得るといった動釣合試験における補正方法を開示する。
【0013】
すなわち、特許文献1は、リムに対するタイヤ取付け位相を複数回変更(n等分)して測定を行い、得られた波形データを合成することでタイヤ不釣合い成分を除去して、バランス補正を行うための補正荷重データのみをあらかじめ求めておく手法である。
特許文献2は、試験体を取り付けて回転するアダプタと、回転中の試験体の不釣合いを検出する不釣合い検出部と、補正データ採取時に、前記アダプタに対する取付角度を異にするn通り(nは3以上の自然数)の取り付け態様においてそれぞれ前記不釣合い検出部から得られたn個の検出不釣合いベクトルのデータを記憶する第1の記憶手段と、前記第1の記憶手段に記憶されたn個の検出不釣合いベクトルの各先端またはその近傍を通る円の中心の座標を求め原点に対する前記円の中心座標のベクトルについて前記原点に関して対称なベクトルを求める演算手段と、このようにして求めたベクトルを偏心補正ベクトルのデータとして記憶する第2の記憶手段と、実測時に、前記不釣合い検出部から得られた検出不釣合いベクトルに対して前記第2の記憶手段に記憶されている偏心補正ベクトルを加算する補正手段とを備えた動釣合試験機を開示する。
【0014】
すなわち、特許文献2では、タイヤ取り付け位相が未知であっても補正荷重を算出することができ、3回以上の任意タイヤ取付け位相での計測荷重ベクトルを複素平面上にプロットし、最小二乗法を利用して円を描き、その中心点を求めるものである。求めた中心がバランス補正荷重ベクトルとなる。
ところで、タイヤのバランス試験においては、計測精度を向上することに加えて、試験のサイクルタイム短縮が課題となっている。
【0015】
例えば、タイヤバランス試験においては、タイヤ回転の加速に約2秒程度、減速に約2秒程度を要し、定常回転時での検査時間が5〜6秒程度であることが多い。そのため、タイヤバランス試験は1つのタイヤで約9〜10秒程度を要していた。もし、タイヤ回転の加速時乃至は減速時にも検査が可能であれば、その分、定常回転での検査時間を短くでき、全体として検査時間を例えば2秒〜4秒程度短縮でき、サイクルタイムの大幅な短縮が可能となる。
【0016】
このようなサイクルタイム短縮を目的としたバランス測定手法としては、上記の如く、タイヤ回転の加速部や減速部などの速度一定でない域を利用することが考えられ、そのための技術として、特許文献3、特許文献4の技術が開発されている。
特許文献3は、供試体の1回転につき予め定める複数個の回転位置信号を出力する回転位置信号出力手段と、供試体に回転を与えることにより発生する振動を検出する振動検出手段と、供試体の回転速度データを演算する回転速度演算手段と、回転位置信号出力手段から出力される回転位置信号に関連づけて前記回転速度演算手段で演算された回転速度データを記憶するための記憶手段と、回転位置信号出力手段から出力される回転位置信号に関連づけて前記振動検出手段で検出される振動データに対してディジタルフィルタを作用させ、不釣合い信号の波形データを求めるためのフィルタリング手段と、フィルタリング手段で求められた不釣合い信号の波形データに対して、前記記憶手段に記憶されている回転速度データに基づく補正を行うための波形データ補正手段と、波形データ補正手段で補正された波形データと、その波形データに合わせたい未定係数を含んだ関数に最小二乗法を作用させて当該未定係数を決定し、決定された係数から不釣合いベクトルを演算し、その結果を出力する不釣合い演算手段とを備えており、供試体の回転が定速回転でなくても不釣合い測定を行えるようにした不釣合い測定装置を開示する。
【0017】
一方、特許文献4は、回動自在に支持されている被測定物を回転させたときの不釣合い力を力検出手段により検出して上記被測定物の動不釣合いを測定する釣合い試験機において、回転する上記被測定物の角速度と回転位置を測定するための速度及び回転位置測定手段と、上記力検出手段により検出された不釣合い力、並びにこの不釣合い力が検出された時に上記速度及び回転位置測定手段により測定された上記被測定物の角速度及び回転位置を使用して上記被測定物の動不釣合いを算出する動不釣合い算出手段と、を具備する釣合い試験機を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2000−234980号公報
【特許文献2】特公平7−50011号公報
【特許文献3】特開2000−97795号公報
【特許文献4】特開2000−221096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
タイヤのバランス試験における計測精度の向上に関しては、特許文献1、特許文献2のような補正方法が有効であるが、いずれの手法も、スピンドル軸の一定回転速度での計測を想定しているため、加速が終わってタイヤが一定の回転数に達してからでなければ満足に測定が行えない。つまり、スピンドル軸の加速・減速時のように回転速度が変化する際に測定されたバランス荷重に対してはそのまま適用できず、加速、減速の時間に計測が行えないという難点が存在する。それ故、タイヤのバランス試験のサイクルタイム(試験時間)を短縮できるものとはなっていない。
【0020】
そこで、本願発明者らは、タイヤバランス試験のサイクルタイム短縮を実現すべく、鋭意研究を重ねた。その結果、特許文献3や特許文献4では、不釣合い荷重はタイヤ回転速度の二乗に比例するとしているが、速度二乗では完全に表現できないことを見出した。その誤差成分を調べたところ、回転速度に依存しない誤差成分、言い換えれば、装置固有の不釣合い成分を含んでおり、斯かる成分を考慮した補正が必要になることを知見するに至った。
【0021】
図3(b)には、従来のタイヤバランス試験機で得られたバランス荷重の実測波形(濃い色の実線)が示されている。一方、薄い色の実線で示される波形は、特許文献3,4の考えに則り、タイヤバランス荷重が回転速度の二乗に比例するとして補正し算出したバランス荷重である。両曲線が一致しないことは明らかである。
そこで、本願発明者らは、回転加速時においても正確なバランス荷重を算出するための補正を考えるにあたり、タイヤの回転加速、回転減速時は「回転速度に依存しない項が存在する」との考えに立脚し、従来、技術者が着目することが無かった「回転速度に依存しない不釣合い成分」に焦点をあて、斯かる不釣り合い成分を考慮した新しい補正手法を開発するに至った。すなわち、回転速度に依存しない不釣合い成分を考慮した上で「タイヤの回転加速時又は回転減速時における補正データ(計測値を補正するデータ)」を求める手法を考えるに至った。
【0022】
以上の如くであり、本発明は、タイヤバランス試験においてタイヤ回転速度が一定でない域においても、正確なタイヤバランス荷重を算出可能とする補正方法、言い換えれば、回転加速時乃至は回転減速時のタイヤバランス荷重を利用して高精度にタイヤの不釣り合い状態を検査でき、ひいては検査サイクルタイムを可及的に短縮可能とするタイヤバランス試験技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上述の目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
すなわち、本発明に係るタイヤバランス試験方法は、タイヤを回転自在に保持するスピンドル軸を有するタイヤバランス試験機を用いてタイヤの不釣り合いを測定する方法であって、前記スピンドル軸に対するタイヤの取付け角度が異なるものとされた複数のタイヤ設置状態で且つ種々の回転速度において、タイヤを保持するスピンドル軸に発生するバランス荷重を測定し、測定されたバランス荷重から、前記タイヤの回転加速時又は回転減速時における補正データを求めておき、実測時には、回転するスピンドル軸に発生するバランス荷重を測定すると共に、測定されたバランス荷重を前記補正データを用いて補正することで、タイヤの不釣り合いを測定することを特徴とする。
【0024】
好ましくは、計測されるバランス荷重Faを、タイヤ自体の不釣り合いに起因する項Ftと、スピンドル軸の回転速度の二乗に比例した項Fz2と、スピンドル軸の回転速度に依存しない項Fz0とを有する関数で表し、前記スピンドル軸に対してタイヤの取付け角度を異にする複数通りのタイヤ設置状態で且つ複数の回転速度でバランス荷重を計測すると共に、計測されたバランス荷重を基に、スピンドル軸の回転速度の二乗に比例した項Fz2とスピンドル軸の回転速度に依存しない項Fz0とを求め、求めたスピンドル軸の回転速度の二乗に比例した項Fz2とスピンドル軸の回転速度に依存しない項Fz0とを前記補正データとするとよい。
【0025】
好ましくは、前記複数通りのタイヤ設置状態において、タイヤの取付け角度が既知とされているとよい。
好ましくは、前記複数通りのタイヤ設置状態において、タイヤの取付け角度が未知であって且つタイヤ設置状態が3種類以上の異なる状態とされているとよい。
一方、本発明に係るタイヤバランス試験機は、タイヤを回転自在に保持するスピンドル軸と、当該スピンドル軸を軸受部を介して回転自在に支持するハウジングと、回転しているタイヤを保持するスピンドル軸に発生するバランス荷重を測定する測定部と、上記したタイヤバランス試験方法を用いて、前記測定部で計測されたバランス荷重を補正し、タイヤの不釣り合い状態を算出する不釣り合い算出部と、が備えられたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係るタイヤバランス試験技術によれば、タイヤ回転速度が一定でない域においても、高精度にタイヤの不釣り合い状態を検査でき、ひいては検査サイクルタイムを可及的に短縮可能とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】タイヤバランス試験機の構造を示した図である。
【図2】試験中のタイヤバランス試験機に作用する力を示した図である。
【図3】(a)は、タイヤバランス荷重を各成分に分解して表示したベクトル図であり、(b)は従来のタイヤバランス試験機によるタイヤバランス荷重の計測波形を示した図である。
【図4】異なるタイヤ回転数においてタイヤに作用する力を複素平面上で示した図である。
【図5】本実施形態のタイヤバランス試験方法の手順を示したフローチャートである。
【図6】異なるタイヤ回転数においてタイヤに作用する力を複素平面上で示した図であり、複素平面上でのバランス荷重ベクトルと近似円及び近似円の中心点を示した図である。
【図7】タイヤのバランス荷重を計測した結果を示した図である。
【図8】本発明に係る計測手法を用いて、タイヤのバランス荷重を分析(補正)した結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態を、図を基に説明する。
本発明のタイヤバランス試験機1を、図面に基づき以降に説明する。
本実施形態のタイヤバランス試験機1は、タイヤTの高速回転させたときに発生するバランス荷重(不釣り合い力)を測定する試験装置である。
図1に模式的に示されるように、タイヤバランス試験機1は、タイヤTを保持するスピンドル軸2と、このスピンドル軸2を軸心回りに回転自在に支持するハウジング3と、を備えている。
【0029】
スピンドル軸2は、上下に軸芯が向く棒体であり、その上端部には、径外側に向かって鍔状に突出するリムが形成されている。このリムは、タイヤTの内周に合わせた外径に形成されておりタイヤTを内周側から保持できるようになっている。
ハウジング3は、スピンドル軸2の外径より大きな内径を備えた円筒体であり、この円筒体の内壁に設けられた上下一対の軸受部5を介してスピンドル軸2を回転自在に支持している。このハウジング3は、1方向の力成分(図1参照)を計測できるロードセル6(測定部)を介して固定フレーム7に連結されている。なお、図1の例では、ハウジング3は上下一対のロードセル6を介して固定フレーム7に取り付けられている。
【0030】
前述したスピンドル軸2へは駆動用モータ8の回転駆動力がベルト9を介して伝達され、その結果、スピンドル軸2が上下軸芯回りに回転する。
回転中のタイヤTに発生したバランス荷重は、ロードセル6で計測され、不釣り合い算出部10にバランス荷重(不釣り合い力)の波形信号として送られる。なお、2箇所のロードセル6は、タイヤTから発生する偏心による不釣合い荷重のうち、図2に示す方向のバランス荷重F1,F2を測定する。
【0031】
不釣り合い算出部10は、測定部であるロードセル6で測定されたバランス荷重F1,F2を基に、前述した式(1)に示した関係を利用してタイヤTのバランス荷重B1,B2を算出するものである。
更に、不釣り合い算出部10は、前もって測定されたバランス荷重から、タイヤバランス試験機1に存在する回転部分の偏心及びゆがみの影響を除去するための補正データを求めておくと共に、タイヤバランス試験時には、回転速度が変化する域において測定されたバランス荷重を前記の補正データを用いて補正して、タイヤTの不釣り合い状態を検出するように構成されている。この不釣り合い算出部10は、コンピュータ等で構成されている。
【0032】
以下、不釣り合い算出部10で行われる補正手法、及びこの補正手法を用いたタイヤバランス荷重の算出方法について述べる。
[第1実施形態]
第1実施形態に係るタイヤバランス荷重の計測方法は、概説すれば、以下の3ステップを有するものである。
【0033】
(i) あるタイヤTにおいて、取付け角度が異なるものとされた設置状態で且つ種々の回転速度の状況下とし、タイヤTを保持するスピンドル軸2に発生する荷重を測定する。
(ii) 測定された荷重から、前記タイヤバランス試験機1に存在する回転部分の偏心及びゆがみの影響を除去するための補正データを求めておく。
(iii) 実測時には、回転速度が変化しながらタイヤTを回転させつつスピンドル軸2に発生する荷重を測定し、測定された荷重を前記補正データを用いて補正することで、タイヤTのバランス荷重を計測する。
【0034】
詳しくは、計測される荷重Faを、タイヤT自体の不釣り合いに起因する項Ftと、スピンドル軸2の回転速度の二乗に比例した項Fz2と、スピンドル軸2の回転速度に依存しない項Fz0とを有する関数で表しておく。その上で、スピンドル軸2に対してタイヤTの取付け角度を異にする複数通りのタイヤT設置状態で且つ複数の回転速度で荷重を計測すると共に、計測された実測荷重と前記の関数との差の二乗が最小となるように未定係数を算出することで、スピンドル軸2の回転速度の二乗に比例した項Fz2とスピンドル軸2の回転速度に依存しない項Fz0とを求める。求めたスピンドル軸2の回転速度の二乗に比例した項Fz2とスピンドル軸2の回転速度に依存しない項Fz0とを補正データとするものである。
【0035】
以下、計算手順を詳細に述べる。
まず、上側のロードセル6で検出される検出荷重F1と、下側のロードセル6で検出される検出荷重F2に対する補正データをそれぞれ求める。
そのためには、まず、タイヤTをリムに取付けて回転角速度ω(rad/sec)で回転させた時にロードセル6で検出される荷重ベクトルをFaとする。そのとき、タイヤTにより発生するバランス荷重(タイヤT自体の不釣り合いに起因する荷重であり、求めたいバランス荷重)をFt、タイヤバランス試験機1に存在する回転部分の偏心及びゆがみの影響による成分、言い換えるならば装置固有の不釣合い成分をFz0とおく。このFz0はスピンドル軸2の回転速度に依存しない成分である。さらに、スピンドル軸2の回転速度の二乗に比例した成分をFz2とおく。なお、Fa、Ft、Fz0、Fz2はベクトルとして表され、このベクトルは周期的な変動性を有するものであるから、本実施形態では複素数で表現される。
【0036】
ロードセル6で検出されるタイヤバランス荷重Faは、式(4)のようになる。
【0037】
【数4】

【0038】
この時、装置固有の不釣合い力をFzは式(5)のようになる。
【0039】
【数5】

【0040】
ここで、Fz0,Fz2を補正データとして予め求めておけば、実測値Faを用いて式(4)からタイヤT本来のバランス荷重Ftが計算できる。Fz0,Fz2は種々の回転速度と複数のタイヤTの設置位相における計測波形をもとに、最小二乗法により算出される。
なお、補正データFz2は、タイヤ質量によって異なることに注意が必要である。タイヤ質量が変化する場合は、そのタイヤ質量で補正データを同定する必要がある。Fz2はタイヤ質量と比例関係にあるため、複数のタイヤ質量データをもとに質量をパラメータとした関数で表現できる。
【0041】
さてここで、タイヤTの設置角度(スピンドル軸2に対する相対角度)が分かっている場合のFz0,Fz2の算出方法を説明する。
複数の実験のリムに対するタイヤT設置角度をφ1,φ2,φ3…とし(基準位置は任意)、その時の観測される荷重をFa1,Fa2,Fa3…とすると、式(4)は、式(6)のようになる。
【0042】
【数6】

【0043】
ここで、未知数はFz0、Fz2、Ftである。これら未知数を算出する方法として、タイヤT角度φ1,φ2,φ3におけるバランス荷重の計測データをfex1,fex2,fex3,…とおき、式(6)のFa1,Fa2,Fa3…を回転角度に対する波形データfa1,fa2,fa3・・・として表現し、fex1,fex2,fex3…との誤差の二乗を最小とするように未知数Fz0、Fz2とFtを算出する。Faの回転角度波形データ(fa(θ))は式(7)で表される。
【0044】
【数7】

【0045】
ここで、Reは複素数の実部を意味し、計測荷重データfexと等価な数値データとなる。ωの値は回転角度θの関数であるため、ω(θ)と表記する。式(8)のJが最小となるようにFz0,Fz2,Ftを求める。nは試験データ番号である。
【0046】
【数8】

【0047】
なお、最小二乗法を適用する角度範囲として、不釣合いによる周期的変動の波形の数ができるだけ多くなるように選定するほど精度はあがる。
以上まとめれば、式(8)が最小となるようにFz0,Fz2を補正データとして予め求めておけば、実測値Faを用いて式(4)からタイヤT本来のバランス荷重Ftが計算できる。このFz0,Fz2を補正データとして利用することで、タイヤTの回転速度が一定でない域(回転加速域、回転減速域)においても、高精度にタイヤTの不釣り合い状態を検査でき、ひいては検査サイクルタイムを可及的に短縮可能とすることができるようになる。
[第2実施形態]
次ぎに、タイヤバランス荷重の測定方法の第2実施形態について述べる。
【0048】
本実施形態の計測方法は、タイヤT設置角度(相対角度)を未知として取り扱う方法である。タイヤTの取付位置にわずかにでも誤差が存在すれば、計測結果に影響を及ぼすことが知られている。そこで、その影響をなくすためにこの方法を用いると、精度よく測定されバランス荷重の補正ができる。
ここでは、3種類の異なるタイヤT設置位相での算出方法を示す。タイヤ実験1〜3のタイヤT自体の不釣合いによる発生荷重(それぞれ設置位相は異なる)をFt1,Ft2,Ft3とおくと、式(4)は式(9)のようになる。
【0049】
【数9】

【0050】
式(9)は、タイヤT設置角度の情報がないために未知数が多く、第1実施形態と同様な数学的手法では解法できない。そこで、式(9)において、各実験データごとに回転速度に依存しない項と回転速度二乗項をそれぞれ単独で算出してから、各式それぞれ同定する方法を考える。
すなわち、速度二乗項のFz2とFtを分離して求めることができないため、Fz2+Ft=Ft’とおいて、式(10)に示す各式からそれらの各係数Fz0とFt'を算出する。
【0051】
【数10】

【0052】
なお、式(10)のFz0については、各実験毎に変数名を変えている。その理由は、Fz0は、本来は同じ値となるべきであるが、各データ毎にFz0とFt'を算出する為に差異が生じるためであり、それぞれを別のパラメータとしている。
これらの係数の算出には前述した方法と同様に最小二乗法を適用する。Faの回転角度波形データは式(11)で表される。nはタイヤ実験番号である。
【0053】
【数11】

【0054】
次ぎに、式(12)で示されるJnが最小となるようにFz0,nとFt',nを求める

【0055】
【数12】

【0056】
各パラメータ算出後、すなわち、Ft'やFz0が既知となった後に、式(10)から複数の回転数での不釣合い荷重ベクトルFa1,Fa2,Fa3を計算し、図4の通り各回転数での計算値に対して近似円を作成して中心点を求める。その際、座標原点から近似円の中心点に向かうベクトルが各回転数での装置固有の不釣合い成分、すなわち補正データであり、式(5)で示したFzに相当する。この手法は、特開平01−142429号公報の図1などに開示されている技術であり、当業者が通常用いる手法である。
【0057】
次ぎに、複数のスピンドル軸回転数でのFzの計算結果から、任意回転速度での装置固有の不釣合い力をFzを速度に依存しない成分Fz0と二乗成分Fz2とで、式(5)に即した形で表す。この場合、回転角速度ω1,ω2,・・・,ωnでの求めた近似円中心をFz'(ω1),Fz'(ω1),・・・,Fz'(ωn)とすると、式(5)を実部と虚部に分けて、n個の式からなる行列にまとめることができる(式(13))。
【0058】
【数13】

【0059】
この式(13)は、式(13)'の如く表現でき、未定係数行列[Fz02]は擬似逆行列を使って求められる(式(13)'’)。これは第1実施形態で用いた最小二乗法に相当する。
なお、実験数をn=3として式を記述したが、実験数が多いほど図4の近似円の精度は上がり、補正データの同定精度は向上する。
【0060】
以上まとめれば、第2実施形態に開示した手法によっても、補正データであるFz0,Fz2を予め算出でき、得られたFz0,Fz2と実測値Faを用いれば、式(4)からタイヤT本来のバランス荷重Ftが計算できる。このFz0,Fz2を補正データとして利用することで、タイヤT回転速度が一定でない域(回転加速域、回転減速域)においても、高精度にタイヤTの不釣り合い状態を検査でき、ひいては検査サイクルタイムを可及的に短縮可能とすることができるようになる。
【実施例】
【0061】
以上述べた本発明に係るタイヤバランス試験方法を用いて、タイヤバランス荷重を同定した(推定した)実施例を以下に述べる。
すなわち、図5(a)で示す手順で補正データを算出し、図5(b)に示す手順でタイヤTの不釣合いを算出する。
まず、図5(a)のS11にて、測定対象であるタイヤTをタイヤバランス試験機1のリムに取り付ける。次ぎにスピンドル軸2の回転を始め、S12において、加速中におけるロードセル6の検出信号(荷重と位相、回転速度データ)取得する。
【0062】
S13にて必要実験回数に達したか否かを判定し、達していない場合(S13でNo)は、S14にてタイヤ設置角度を変更する。S13でYesの場合は、S15にて補正データFz0,Fz2を求める。
その後、タイヤTのバランス荷重の実測定を行う(S16、すなわちS21〜S26)。
【0063】
まず、図5(b)のS21にて、測定対象となっているタイヤT(タイヤ質量)での補正データFz0,Fz2が存在しているか否かを判断する。存在しなければ、図5(a)の処理を行う(S22)。
補正データFz0,Fz2が存在した場合(S21でYes)は、S23にて、測定対象であるタイヤTをタイヤバランス試験機1に装着しバランス測定を実施し、加速中を含む荷重と位相、回転速度データ取得する。さらに、S24において、予め記憶しておいた補正データFz0,Fz2により計測波形を補正し、タイヤ不釣合い荷重Ftを算出する。
【0064】
その後、式(1)などを用いて、タイヤ不釣合い荷重Ftからバランス荷重B1,B2を求める。その後、S26にてタイヤTを取り替えることとする。
次ぎに、図6〜図8に基づいて、上述したS24,S25における補正データを用いたタイヤ不釣合いの算出方法を詳しく説明する。
まず、式(4)から、タイヤT本来の不釣合い荷重Ftは、式(14)のようになる。
【0065】
【数14】

【0066】
一方、実験値fex(θ)と等価な回転角度波形データft(θ)は、式(15)で表される。
【0067】
【数15】

【0068】
このft(θ)の波形をカーブフィット等により、タイヤT本来の不釣合いベクトルFtを算出する。その一例として、式(16)のJが最小となるようにタイヤT不釣合いベクトルFtを算出する方法や逐次最小二乗法等で計算できる。
【0069】
【数16】

【0070】
その後、Ftを各ロードセル6ごとにF1,F2として算出し、式(1)からタイヤTの動バランスB1,B2を算出できる。
また、最小二乗法適用による補正データ同定精度向上のため、回転速度ωに比例する速度比例成分を考慮する場合は、同様の手法で速度比例成分を未知数Fz1(複素数)として定式化し、最小二乗法でFz0,Fz2とFtに加えて速度比例項Fz1を算出することも可能である。
【0071】
例えば、速度項Fz1を考慮した場合、タイヤT(質量未知)を取付時に発生する荷重をFtとすると、ロードセル6での検出荷重Faは、式(17)となる。
【0072】
【数17】

【0073】
式(4)に変わって式(17)を適用することで、ここまでの説明と同様の手順で同定が可能である。
なお、式(4)におけるFz2は、リム振れ起因の荷重(mr=リム振れ×タイヤ質量)を含むため、取り付けたタイヤ質量によって変化する。タイヤ質量が変化する場合は、そのタイヤ質量で補正荷重を同定しておく必要がある。
【0074】
実測値(図1(b)の計測荷重F1、F2)に対する計算結果を示す。
タイヤTの設置位相が分からない場合(取付の位相誤差がある場合)を想定し、式(11)〜式(13)から加速データに対して補正荷重を算出した。タイヤT設置位相を概ね45°刻みで8回変更した実験データに対しての計算例を示す。
図6に各実験(回転角速度ω1〜ω5)の補正荷重係数Fz0nとFtn'から、式(10)により算出した不釣合いベクトルFanを複素平面にプロットした結果を示す。中心点が各回転数での装置固有の補正荷重ベクトルFznとなる。その係数であるFz0とFz2は、式(13)により算出できる。なお、図6では、計測荷重F1に対する不釣合いベクトルを示しているが、F2に対しても同様の計算を実施する必要がある。
【0075】
図7は、式(13)によって算出した係数Fz0とFz2を式(5)に代入して、計測荷重F1、F2それぞれについて、回転数と補正荷重の大きさの関係をプロットしたものである。
一方、図8には、補正データ算出に用いたタイヤTと異なるタイヤTで、設置位相角度を0°〜360°まで45°おきに変えてバランス計測を実施し、加速部から定常部にかけてのデータを用いて計算した結果を示す。比較例として二乗項のみ考慮して定式化し、その式で補正係数を求めて不釣合い計算を実施した結果も示す。
【0076】
不釣合いの大きさは、本来タイヤT設置位相によらず一定であるため、各設置位相での計算値が近いほど精度がよいといえる。図8から提案手法の方が精度がよく、妥当性が確認できる。
以上述べたように、本実施形態のタイヤバランス試験方法を採用することで、回転速度が一定でない場合であってもタイヤT本来のバランス荷重Ftを算出できるようになり、高精度にタイヤTの不釣り合い状態を検査でき、ひいては検査サイクルタイムを可及的に短縮可能とすることが可能となる。
【0077】
ところで、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示的に開示されていない事項、例えば、運転条件や操業条件、各種パラメータ、構成物の寸法、重量、体積などは、当業者が通常実施する範囲を逸脱するものではなく、通常の当業者であれば、容易に想定することが可能な値を採用している。
【符号の説明】
【0078】
1 タイヤバランス試験機
2 スピンドル軸
3 ハウジング
5 軸受部
6 ロードセル(測定部)
7 固定フレーム
8 駆動用モータ
9 ベルト
10 不釣り合い算出部
T タイヤ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイヤを回転自在に保持するスピンドル軸を有するタイヤバランス試験機を用いてタイヤの不釣り合いを測定する方法であって、
前記スピンドル軸に対するタイヤの取付け角度が異なるものとされた複数のタイヤ設置状態で且つ種々の回転速度において、タイヤを保持するスピンドル軸に発生するバランス荷重を測定し、
測定されたバランス荷重から、前記タイヤの回転加速時又は回転減速時における補正データを求めておき、
実測時には、回転するスピンドル軸に発生するバランス荷重を測定すると共に、測定されたバランス荷重を前記補正データを用いて補正することで、タイヤの不釣り合いを測定することを特徴とするタイヤバランス試験方法。
【請求項2】
計測されるバランス荷重Faを、タイヤ自体の不釣り合いに起因する項Ftと、スピンドル軸の回転速度の二乗に比例した項Fz2と、スピンドル軸の回転速度に依存しない項Fz0とを有する関数で表し、
前記スピンドル軸に対してタイヤの取付け角度を異にする複数通りのタイヤ設置状態で且つ複数の回転速度でバランス荷重を計測すると共に、計測されたバランス荷重を基に、スピンドル軸の回転速度の二乗に比例した項Fz2とスピンドル軸の回転速度に依存しない項Fz0とを求め、
求めたスピンドル軸の回転速度の二乗に比例した項Fz2とスピンドル軸の回転速度に依存しない項Fz0とを前記補正データとする
ことを特徴とする請求項1に記載のタイヤバランス試験方法。
【請求項3】
前記複数通りのタイヤ設置状態において、タイヤの取付け角度が既知とされていることを特徴とする請求項2に記載のタイヤバランス試験方法。
【請求項4】
前記複数通りのタイヤ設置状態において、タイヤの取付け角度が未知であって且つタイヤ設置状態が3種類以上の異なる状態とされていることを特徴とする請求項2に記載のタイヤバランス試験方法。
【請求項5】
タイヤを回転自在に保持するスピンドル軸と、
当該スピンドル軸を軸受部を介して回転自在に支持するハウジングと、
回転しているタイヤを保持するスピンドル軸に発生するバランス荷重を測定する測定部と、
請求項1〜4のいずれかに記載されたタイヤバランス試験方法を用いて、前記測定部で計測されたバランス荷重を補正し、タイヤの不釣り合い状態を算出する不釣り合い算出部と、
が備えられたことを特徴とするタイヤバランス試験機。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−247351(P2012−247351A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−120384(P2011−120384)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】