説明

タンパク多糖体を含有する全身性炎症反応症候群(SIRS)の予防又は治療に有用な薬剤、組成物及び飲食物

【課題】本発明は、全身性炎症反応症候群(SIRS)の治療や予防に役立つ新規な薬剤などを提供すること。
【解決手段】カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体、例えば、前記担子菌の菌糸体、培養物、子実体のいずれかから得られるタンパク多糖体を有効成分として含有する全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome)の予防又は治療剤を提供し、さらには、同タンパク多糖体を有効成分として含有する組成物や飲食物などを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome)の予防又は治療に係わる技術に関する。より詳しくは、カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体を有効成分として用いて、全身性炎症反応症候群の予防又は治療を行う技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に「SIRS」と略称される全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome、以下「SIRS」という。)は、American College of Chest PhysiciansとSociety of Critical Care Medicineの合同カンファレンスにおいて1992年に提唱された臨床概念である。このSIRSは、炎症性サイトカインや抗炎症性サイトカインの過剰放出に伴う症状であり、全身性炎症を反映する体温、心拍数、呼吸数、白血球数の4項目の中の2項目以上において異常がある場合にSIRSと診断される。
【0003】
SIRS発症の代表的なトリガーは、感染症、急性膵炎、外傷、熱傷、BT(Bacterial Translocation:腸内細菌や真菌が腸管壁を通過して、腸間膜リンパ節や門脈などに侵入する現象)である。特に、感染症が原因となるSIRSは、敗血症(sepsis)と定義され、さらに、臓器不全(臓器障害)、臓器還流異常などを伴った場合が重症敗血症(severe sepsis)であり、低血圧を合併した場合は敗血症性shock(septic shock)と定義される。病原性微生物に対する化学療法や医療技術の進歩にも拘らず、敗血症患者は増加しており、多くの場合致命的な重篤状態となっている。
【0004】
SIRSの病理は複雑である。このSIRSを一旦発症してしまうと、その初期段階では免疫応答は過剰に働くが直ぐに低下して、いわゆるCARS(Compensatory Anti-inflammatory Response Syndrome)の状態に至り、ホメオスタシスのバランスが大きく崩れてしまう。このSIRSからCARSの状態に至る一連のカスケードを防止することは難しく、過剰な免疫応答の際に起こる炎症や凝固、繊維素溶解は、血管内凝固や微小血栓の全身撒き散らしの原因となり、臓器不全に陥り、場合によっては死に至る。特に、ICUで免疫抑制性の医療処置を受けて感染抵抗性が低下している患者にとって、SIRS発症防止のためには、免疫能の維持・改善が重要である。
【0005】
現在、SIRSの発症とその進行の防止を目的として、抗TNF-α抗体、phospholipase A2阻害剤、nitric oxide阻害剤、抗endotoxin抗体、抗凝固剤、補体の阻害剤、glucocorticoids、antioxidantsなどの効果が動物モデルや患者において評価されている。
【0006】
その他、SIRSに有効なTNF過剰産生抑制剤(特許文献1)、SIRSに有効な縮合キノロン誘導体(特許文献2)、SIRSに有効なイソキノリン誘導体(特許文献3)、SIRSに有効なプロスタグランジン誘導体(特許文献4)、クロマノール配糖体を有効成分とするSIRS治療剤(特許文献5)等が既に提案されている。
【特許文献1】特開平07−258097号公報。
【特許文献2】特開2001−247571号公報。
【特許文献3】特開2000−256327号公報。
【特許文献4】特開2005−104836号公報。
【特許文献5】特開2005−154154号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、これまでのところ、グラム陽性細菌と陰性細菌による生体反応のカスケードの違いや薬剤の活性不足などの様々な理由から、期待したほどのSIRSに対する治療又は予防の効果が上がっていないのが実情である。
【0008】
そこで、本発明は、全身性炎症反応症候群(SIRS)の治療や予防に役立つ新規な薬剤などを提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体の新規機能及び用途を提供するものであって、第一には、前記タンパク多糖体を有効成分として含有する全身性炎症反応症候群(SIRS)の予防又は治療剤を提供する。本発明において、前記タンパク多糖体の収得手段は特に限定されないが、例えば、前記担子菌の菌糸体(Mycelium)、培養物(Broth)、子実体(Fruiting body)、胞子(Spore)のいずれかから得ることが可能である。
【0010】
本発明では、第二に、SIRSの予防又は治療のための有効成分であるカワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体を含む組成物や同タンパク多糖体をSIRSの予防又は治療の有効成分として含有する飲食物を提供する。さらに、同タンパク多糖体のSIRSの予防又は治療のための使用を提案する。
【0011】
ここで、本発明に係る「カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体」それ自体は、例えば、特公昭46−17149号公報、特公昭51−36322号公報、特公昭56−14274号公報、特公昭56−14275号公報、特公昭56−14276号公報などに記載されている。本タンパク多糖体は、サルノコシカケ科(Polyporaceae)のカワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌を培養して得られる菌糸体、培養物、子実体、胞子などからの抽出物であり、約18〜38重量%のタンパク質を含み、分子量(超遠心分離測定法)が5000以上、好ましくは5000〜30,000のタンパク多糖体である。
【0012】
このタンパク多糖体のうち、例えば、カワラタケ菌糸体(FERM-P2412(ATCC20547)由来のあるタンパク多糖体は、「クレスチン」(登録商標)という商品名の抗悪性腫瘍剤(略号PSK)として、三共株式会社から市販されており、その主要画分の糖部分はβ-D-グルカンで、グルカン部分の構造は、1→3、1→4及び1→6結合を含む分枝構造であり、タンパク質の構成アミノ酸は、アスパラギン酸やグルタミン酸等の酸性アミノ酸と、バリンやロイシン等の中性アミノ酸が多く、リジンやアルギニン等の塩基性アミノ酸は少ない。水に可溶であるが、メタノール、ピリジン、クロロホルム、ベンゼン又はヘキサンには殆ど溶けない。約120℃から除々に分解する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、全身性炎症反応症候群(SIRS)の治療や予防に役立つ新規な薬剤、組成物、飲食物を提供することができる。また、カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体の全身性炎症反応症候群(SIRS)の治療や予防の分野での使用を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための好適な形態について、添付図面を参照しながら説明する。なお、添付図面に示された各実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0015】
本発明に係るタンパク多糖体は、サルノコシカケ科(Polyporaceae)のカワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌カワラタケ属に属する天然の担子菌、又はカワラタケ属に属する担子菌の人工培養によって得た菌糸体、培養物、子実体、若しくは胞子を、水又は水系溶媒によって抽出することによって得ることができる。なお、水系溶媒とは、水を主体とした抽出溶媒であって、水に可溶性の酸、塩基、塩、又は有機溶媒の1種以上を少量含む溶媒を意味する。
【0016】
人工培養は、例えば、カワラタケ属に属する担子菌が着生している腐朽植物体の一部、あるいはその植物体上に発生している子実体の組織、又は胞子を適当な寒天培地に移植し、数週間培養し、この培養操作を更に2〜3回繰り返し行って、雑菌の混入が無いことを確認した後、これを母菌として液体培地又は固形培地に接種して培養を行う。液体培地における培養には、例えば、静置、振盪、通気、及び通気撹拌培養等が含まれ、固形培地としては、例えば、寒天、ゼラチン、澱粉、鋸屑、木材、パルプ、海綿、合成樹脂、ゴム、又は砂粒等を挙げることができ、それらを適宜組み合わせることもできる。前記の担子菌を培養するための培地は、固体又は液体の何れでも使用可能であるが、液体の方が取り扱い及び生産性の点から非常に便利である。
【0017】
培養のための培地としては、通常の培養に用いられる処方で充分であり、前記担子菌の発育に必要な諸栄養素が含有されていればよい。すなわち、炭素源としては、例えば、ブドウ糖、麦芽糖、乳糖、ショ糖、デンプン、又は廃糖密などを使用することができ、窒素源としては、例えば、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、酵母、コーンステイーブリカー、アンモニウム塩類、若しくは尿素などをはじめとする有機又は無機の窒素含有物を使用することができる。
【0018】
他の無機塩類としては、例えば、リン酸塩、マグネシウム塩、鉄塩、又はその他の無機塩類を使用することができる。この他に生長に必要なビタミン等を適宜添加することができる。培養の初発pHは約2〜7であり、20〜33℃において通常2〜20日間培養を行うのが好ましい。通気撹拌培養を行う場合には、通気量0.1〜2.0リットル/リットル(培地)/min、撹拌速度30〜800rpmの範囲で実施するのが適当である。
【0019】
カワラタケ属に属する担子菌は、抽出に際しては、そのまま用いることもできるが、通常、前処理、例えば、蒸留水、生理食塩水、又は各種緩衝液などにて洗浄を行った後、乾燥して、親油性有機溶媒(例えば、n−ヘキサン、ベンゼン、石油エーテル、クロロホルム、又は四塩化炭素等)によって脱脂した後、細粉するか、あるいは細粉せずに抽出の原料とすることもできる。また、水性液体培地を用いてカワラタケ属に属する担子菌の深部培養を行い、得られる培養混合物、すなわち、菌体と培地における培養生成物との混合物であるブロス(broth)を乾燥処理した後、水又は水系溶媒により抽出し、さらに得られる抽出液より分子量5000以下の物質を除去することによって精製することもできる。すなわち、一旦、前記培養物を乾燥した後、水又は水系溶媒で抽出することにより、目的とするタンパク多糖体を得ることができる。
【0020】
ここで、前記の「深部培養」とは、通気と撹拌とを行いながら液中で培養する方法を意味し、菌体の増殖は液体培地の表面ではなく、液層の深部において主として行われる。この際の通気量は、一般には0.1〜2.0リットル/リットル(培地)/minであり、撹拌速度は30〜800rpmの範囲である。約7日間の培養期間で、目的とするタンパク多糖体が十分に産生される。この培養物の乾燥は、好ましくは60℃〜150℃、より好ましくは90℃〜130℃において、水分含有率が約20重量%以下になるように実施することが好ましい。この乾燥処理に用いる乾燥手段は特に限定されることはなく、例えば、ドラムドライアー、フラッシュドライアー、又はザンバイ等の一般的な乾燥手段を使用することができる。
【0021】
カワラタケ属に属する天然の担子菌、あるいはカワラタケ属に属する担子菌の人工培養によって得た菌糸体及び/又は子実体、あるいは乾燥処理を施された培養混合物(broth)は、水又は水系溶媒によって抽出することができる。抽出は撹拌下に行なうことも、又は撹拌せずに行なうこともできる。
【0022】
抽出処理では、カワラタケ属に属する担子菌(カワラタケ属に属する担子菌の子実体又は菌糸体)を0.01N〜2Nのアルカリ水溶液を用いて抽出し、得られる抽出液を限外濾過及び/又は逆浸透圧法により処理することによって、その抽出液中に含有される分子量5000以下の低分子物を除去する処理が、好ましい。特に限定するものではないが、0.01N〜2Nのアルカリ水溶液を、菌体原料(乾燥重量)に対して5〜200倍の量で使用するのが好ましい。0.01N〜2Nの濃度範囲のアルカリ水溶液を用いて上記担子菌を抽出する場合、好ましくは50℃〜100℃、より好ましくは80℃〜98℃の温度下で20分〜10時間程度の処理で、充分に目的を達成することができる。また、上記抽出操作は1回でもよいが、必要に応じ数回(2回〜10回、好ましくは3〜8回)反復して行なうこともできる。
【0023】
また、水又は希アルカリ水溶液により行い、逐次高濃度のアルカリ水溶液を用いて多段階的に行なうこともできる。すなわち、担子菌から目的物質を抽出するには、水又は微量のアルカリを含む水系溶媒を最初に使用し、ついで次第に高濃度のアルカリを含む水系溶媒へと逐次高濃度のアルカリを含む水溶液を抽出溶媒として使用することにより複数回抽出処理(すなわち、多段的抽出)を行うものである。
【0024】
なお、上記抽出過程の一部において、同一濃度の抽出液による抽出を反復することも差し支えない。抽出操作を数回反復した際、抽出の回数にかかわらず、上記温度下での加熱時間の合計は20時間以下であることが、有効成分の分解を防止する上から好ましい。使用することのできるアルカリとしては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、又はアンモニア水などを挙げることができるが、特に水酸化ナトリウムが好ましい。
【0025】
このようにして得られる抽出液は、鉱酸(例えば、希塩酸)により、常法通り中和した後、次の精製処理工程にかけるのが好ましい。この場合、各抽出毎に抽出液を精製処理することもできるが、また、各抽出液を合わせて精製処理することもできる。
【0026】
精製処理工程は、例えば、透析、限外濾過、逆浸透圧処理、ゲル濾過、イオン交換樹脂処理、硫安などによる塩析、及び有機溶媒による沈殿処理などの1種又は2種以上の方法の適用によって行なうことができる。これらの内、特に効果的に適用することができる方法は、限外濾過及び/又は逆浸透圧処理である。
【0027】
限外濾過法又は逆浸透圧法において用いることのできる膜は、分画分子量5000〜15000表示の膜であり、標準物質としてチトクロームc(分子量13000)に対して阻止率98〜100%以上を有するものが有効である。
【0028】
また、上記膜を用いて本発明による抽出液を精製するための操作条件に関しては、例えば、装置の形状、又は抽出液の処理量などにより、若干の変動があることは当然であるが、限外濾過の場合には、圧力は好ましくは0.5〜5kg/cm2 、より好ましくは1〜4kg/cm2 の加圧下で行い、操作温度は、膜の性状により異なるが、通常5〜70℃で行うことが一般的である。
【0029】
一方、逆浸透圧法の場合には、圧力は、通常、20〜35kg/cm2 、好ましくは20〜25kg/cm2 の範囲において、操作温度は、膜の性状により異なるが、5〜20℃の範囲で行なうのが一般的である。上記抽出液を精製するに当たっては、限外濾過法又は逆浸透圧法を各々単独で適用することもできるが、両者を併用することもできる。上記精製処理によって前記抽出液から分子量5000以下の低分子物質を除去した後は、例えば、噴霧乾燥又は凍結乾燥した後、製品化するものである。
【0030】
上記のように、前記タンパク多糖体は、担子菌の一種であるカワラタケ属に属する菌類を培養して得られる菌糸体、培養物(Broth)、又は子実体から抽出により得ることができる。前記タンパク多糖体は、約18〜38重量%のタンパク質を含み、超遠心分離測定法により測定する分子量が5,000以上、好ましくは5,000〜1,000,000である。
【0031】
本発明の有効成分として用いることのできる「カワラタケ属に属する担子菌由来のタンパク多糖体」の代表例は、一般名でPSKと呼称されているものであって、クレスチンという商品名で三共株式会社から医薬品として販売されている。PSKは、すでに臨床的に用いられており、化学療法との併用による術後胃癌患者および結腸・直腸癌患者の生存期間を延長させる効果や、化学療法との併用による小細胞肺癌患者の奏効期間延長が実証されている[Nakazato,H.,et al.,The Lancet,343,1122−1126(1994)]。
【0032】
また、PSKについては、最近の新薬(1977年)第28集第14〜16頁、最近の新薬(1978年)第29集第96〜101頁、又は医薬品要覧(昭和54年5月第6版、薬業時報社発行)第1346頁等にも記載されている。その性状の一端を示すと次のとおりである。
【0033】
PSKは、カワラタケ、

【0034】
CM−101株[FERM−P2412(ATCC 20547)]の菌糸体から得られるタンパク多糖体であって、その主要画分の糖部分はα−及びβ−D−グルカンで、このグルカン部分の構造は、β1→3、β1→4、及びβ1→6結合を含む分枝構造であり、主な構成単糖は、グルコースやマンノースである。また、PSKは約18〜38%のタンパク質を含む。タンパク質の構成アミノ酸は、アスパラギン酸やグルタミン酸等の酸性アミノ酸と、バリンやロイシン等の中性アミノ酸が多く、リジンやアルギニン等の塩基性アミノ酸は少ない。水に可溶であるが、メチルアルコール、ピリジン、クロロホルム、ベンゼン、又はヘキサンには殆ど溶けない。約120℃から徐々に分解する。
【0035】
なお、本発明の出発原料に関しては、前記のカワラタケ菌CM−101株のみならず、カワラタケ属に属する他のカワラタケ菌株(例えば、FERM−P No.2413〜2426)、ニクスバタケ[Coriolus consors(Berk.)Imaz.]、ヤキフタケ

【0036】
ミノタケ[Coriolus biformis(Klotz.)Pat.]、アラゲカワラタケ

【0037】
サカズキカワラタケ[Coriolus conchifer(Schw.)Pat.]、又はハカワラタケ[Coriolus pargamenus(Fr.)Pat.]等の担子菌株も使用可能である。
【実施例】
【0038】
(1)実験材料と方法。
(動物)
SPFグレードの雌性BALB/c マウスは日本クレア(東京)から購入し、予備飼育の後、8週齢で実験に供した。飼料(CE-2、オリエンタル酵母、東京)と滅菌水道水は自由摂取とした。飼育室の温度は24±2℃、湿度は55±10%、室内照明は約5luxで、午前8時から午後8時までのサイクルとした。動物飼育の担当者と実験担当者のみが飼育室に入室した。原則として、動物実験の1群匹数は10〜15で、in vitroおよびex vivo実験の1群匹数は8〜10とし、同一実験を2回以上繰り返した。実験デザインは、株式会社クレハ・生物医学研究所(東京)の動物実験委員会でレビューされ、委員会ガイドラインに沿って実験を行った。
【0039】
(試薬)
クレスチン(株式会社クレハ、東京)は、pH4.0の滅菌PBSに溶解し、125 mg/kg/日、250 mg/kg/日、500 mg/kg/日又は1000 mg/kg/日を20日間、連日経口投与した。実験によっては、カララタケ由来多糖体製剤であるカルボクリン末(大洋薬品、名古屋)、クレチ―ル(沢井製薬、大阪)、エトール末(東菱薬品、東京)を用いた。
【0040】
ヤギ抗マウスIL-12 IgG fraction (Sigma Aldrich社, MO, USA)、clone 37895.11由来のラット抗マウスIFN-γ monoclonal antibody (以下、mAbと称す;Genzyme社, MA,米国)、ヤギ抗マウスIL-10 IgG fraction (Sigma Aldrich社)、 ヤギ抗マウスTNF-α IgG fraction (Sigma Aldrich社)、 および非免疫のヤギ血清IgG fraction (Sigma Aldrich社)は滅菌PBSに溶解して、マウス尾静脈内に注射した。
【0041】
抗生物質D(-)-α-aminobenzoil penicillin sodium salt (以下、ampicillin と称す)、抗炎症剤α-methyl-4-(isobutyl) phenylacetic acid sodium salt (以下、ibuprofenと称す)は Sigma Alrdich社から購入し、滅菌PBSに溶解して, マウスに投与した。副腎皮質ホルモン11β, 21-dihydroxy-4- pregnene-3,20-dione (以下、corticosteroneと称す)及び免疫調整物質anomeric mixture of N2-[(N-acetyl muramoyl)-L-alanyl-D- isoglutaminyl]-N6-stearoyal -L-lysine (以下、romurtideと称す)は、それぞれ、Sigma Aldrich社および 第一化学薬品(東京)から購入し、エチルアルコールに溶解後、Polyethylene glycol 400で所定濃度に調整、マウスに投与した。
【0042】
(腫瘍細胞の移植)
株式会社クレハ・生物医学研究所で維持しているマウス同系腫瘍細胞であるcolon 26 (以下、C26と称す) を実験に用いた。盲腸壁への腫瘍移植は原田らの方法に準じた(Harada M et al.: The involvement of transforming growth factor-β in the impaired antitumor T-cell response at the gut-associated lymphoid tissue (GALT). Cancer Res 55: 6146-51, 1995)。即ち、エーテル麻酔したマウスの腹中線を挟みで約2cm開き、盲腸と近辺臓器を露出させた。Hanks Balanced Salt Solution (以下、HBSSと称す)で5×10/50μLに調整したC26細胞浮遊液を、盲腸壁に移植、露出臓器を元の場所に戻し、手術用ホッチキスを用いて腹部を閉じ、マウスケージに収容した。死亡時には、マウスは剖検し、死因と、肺や肝臓などの臓器への転移の有無を調べた。対照として、細胞浮遊液の代わりに、HBSSを盲腸壁に注射、シャム群とした。腫瘍移植マウスの生存期間は、19.0±5.1日であり、PSK経口投与は生存期間に大きな影響を及ぼさないことを確認した。
【0043】
(CLP)
CLPはBakerらの方法に準じた(Baker CC et al. : Evaluation of factors affecting mortality rate after sepsis in a murine cecal ligation and puncture model. Surgery 94: 331-335, 1983)。即ち、マウスをエーテル麻酔し、バリカンを用いて腹部の毛を剃った。マウスの腹中線を挟みで約2cm開き、盲腸と近辺臓器を露出させた。手術用絹糸3.0を用いて、腸が閉塞しないように、盲腸部下部を縛った。次に、盲腸を21ゲージ注射針で刺し、指で少量の腸内容物を押し出して、刺口が閉じていないことを確認した後、露出臓器を元の場所に戻し、手術用ホッチキスを用いて腹部を閉じ、マウスケージに収容した。体液補給のため、生理食塩水1mLを皮下注射した。CLP処置後、動物の生死を1日2回観察した。死亡時の剖検により、死因がCLPによるものかを調べた。さらに、予備試験で、CLPによる死亡は処置後5日以内に起こることを確認した。
【0044】
(腹腔細胞数とサブセット)
マウスをエーテル麻酔下と殺、10%の熱不活性化FBSと5U/mLへパリン加RPMI1640培地を5mL腹腔内注射、腹部を指で充分にマッサージした後、lavage fluids を回収し、血球計算盤を用いて細胞数を計数した。細胞浮遊液は150×gで10 分間遠心分離し、細胞ペレットを回収、ギムザ染色を施し、differential cell countsを行った。
【0045】
(腹腔マクロファージの貪食活性)
マクロファージ機能の評価はLiらの方法に準じた(Li G et al. 2003: P-selectin enhances generation of CD14+CD16+ dendritic-like cells and inhibits macrophage maturation from human peripheral blood monocytes. J. Immunol., 171: 669-677.)。即ち、10匹のマウスの腹腔から細胞を回収し、RPMI 1640培地で洗浄後、10% FBS加RPMI 1640培地で5×105 cells/mlに調整した。細胞浮遊液を、FBSコート培養皿に分注し、37℃の5%CO 培養器中に30分間おき、培地交換することにより、培養皿非接着細胞を除いた。この操作を3回繰り返した後、0.2% sodium EDTAナトリウムと5% FBS加PBSを培養皿に添加し、4℃で40分間放置し、付着細胞を剥した。剥離細胞を遠心分離し、培地で3回洗浄した後、腹腔マクロファージとして実験に用いた。
【0046】
日本バイオテスト社(東京)から購入したヒツジ赤血球浮遊液(SRBC)を遠心分離し、HBSSで3回洗浄した後、1×109/mL HBSSに調整した。本細胞浮遊液と100μg/mLのウサギ抗SRBC IgG液を37℃で1時間反応させることによりオプソニン化させた。HBSSで3回洗浄の後、オプソニン化SRBCと腹腔マクロファージとを200:1の比で、37℃、30分間反応させた。貪食されなかったSRBC を0.25% PBS で20秒間処理することにより溶解除去した。HBSSで洗浄の後、Cytospin (CF-120, サクラ精機, 東京)を用いて、腹腔マクロファージを回収し、Wright-Giemsa染色した。顕微鏡を用いて、SRBCを貪食しているマクロファージを観察し、貪食指数(PI)、マクロファージ100 cells当たりの貪食SRBC数、貪食百分率(PP)、マクロファージ100 cells当たりのinternalized SRBC数を算出した。個々の実験で、少なくとも300 cells を計数した。
【0047】
(腹腔マクロファージのSuperoxide産生)
1×105 cellsの腹腔マクロファージ浮遊液および50μMの CLA-phenyl溶液 (東京化成)を試験管に分注し、0.25%ヒトアルブミン加HBSSを175μL加え、更に400ng/mLのphorbol 12-myristate 13-acetate (PMA, Sigma-Aldrich) 25μL を添加、20℃で反応させ、Luminescence Meter (Aloka, 東京)を用いて発生する蛍光を定量した。
【0048】
(血液中の生細菌数)
エーテル麻酔下のマウス静脈から採血し、氷冷下、その10 μL を、滅菌PBSを用いて段階希釈した。個々の段階希釈液をtryptose soy agar blood agar (Difco, Detroit, MI) 平板に撒き、37℃で24時間培養、生成コロニーを計数した.生細菌数はcolony forming unit (cfu)/ mLで表示した。
【0049】
(脾細胞サブセット)
脾細胞浮遊液をfluorescence isothiocyanate (FITC)標識mAbと反応させた後、 FACS CaliburTM (Becton Dickinson社, CA, USA)を用いてサブセットを計数した。実験に供したmAbsは、FITC-標識 rat anti-mouse CD4 mAb, rat anti-mouse CD8 mAb, rat anti-mouse CD45R/B220 mAb,および rat anti-mouse CD11b mAb (BD PharMingen, CA, USA)である。
【0050】
(脾におけるサイトカイン遺伝子発現)
RT-PCRによりサイトカイン遺伝子発現を調べた。即ち、マウスをと殺後、脾臓を摘出し、直ちに液体窒素中で凍結させ、-80°Cで保存した。TRIzol試薬(Life Technologies Inc., MD, 米国)中で、凍結サンプルをホモゲナイズし、Chomczynski et al.(Chromczynski P & Sacchi N: Single-step method of RNA isolation by acid guanidium thiocyanate-phenol-chloroform extraction. Anal. Biochem. 162: 156-159, 1987)の方法に準じてtotal RNAを調製した。Superscript reverse transcriptase (Life Technologies Inc.)、random hexamers、およびdeoxynucleotide triphosphate存在下、メーカーの使用説明書に従って、RNAサンプルを逆転写させた。Taq DNA polymerase (Perkin Elmer Corp., NJ,米国)、deoxynucleotide triphosphateおよびプラーマー対の存在下、PCRにより、調製したcDNAs (25 ng)を増幅させた。実験に用いたセンス・プライマーおよびアンチセンス・プライマーの塩基配列は次の通りである。
【0051】
β‐actinのセンス・プライマー(Harada M et al. : Role of the endogenous production of interleukin 12 in immunotherapy. Cancer Res. 58: 3073-3077, 1998〕;5’-TGGAATCCAGTGGCATCC ATGAAAC-3’(配列番号1)、β-actinのアンチセンス・プライマー5’-TAAAACGC AGCTCAGTAA CAGTCCG-3’(配列番号2)、IL-10のセンス・プライマー(Gajewski TF & Fitch FW: Anti-proliferative effect of IFN-γ in immune regula- tion. 1. IFN-γinhibits the proliferation of Th2 but not Th1 murine helper T cell clones, J. Immunol 140: 4245-4252, 1988)5’-CATTTCCGATAAGGCTTGC -3’(配列番号3)、IL-10のアンチセンス・プライマー;5’-CGGGAA GACAATAACTG -3’(配列番号4)、IFN-γのセンス・プライマー(Lee FF et al. : Isolation and characterization of a mouse interleukin cDNA clone that expresses B-cell stimulatory factor 1 activities and T-cell- and mast-cell- stimulating activities. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83: 2061-5, 1986.)5’-GACTTCAAAGAGTCT GAGG -3’(配列番号5)、IFN-γのアンチセンス・プライマー; 5’- AACGCTACAC ACTGCATCTTGG -3’(配列番号6)。次に、ethidium bromide を含有する2% agarose gels を用いて、PCR産物を電気泳動し、Bio-Rad Multi-Analyst System (Bio-Rad Lab.,東京)を用いてスポット度を測定した。
【0052】
PCR の条件とサイクル数は、個々のサイトカインプライマー対で厳密に管理し、input RNA とPCR最終産物との間に直線の関係が得られるようにした。更に、cDNA増幅産物とgenomic DNAを識別できるように、プライマーは、exons部分に加え、genomic DNA introns部分を増幅するように設計した。個々のアッセイでは、Concanavalin-A- またはLPS-刺激マウス脾細胞由来Total RNAを同時測定し、cDNA のPCR産物のみを検知できるようにした。また、実験には、DNAの汚染のない試薬類を用いた。
【0053】
(Enzyme-linked immunospot (ELISPOT) アッセイ)
Murine IFN-γおよびIL-10 ELISPOT キット(BD PharMingen)を用いてELISPOTアッセイを行った。即ち、T cell CD4 subset column (R&D Systems)を用いてnegative selection法により全脾細胞からCD4陽性T細胞を得た。次に、CD4陽性T細胞 4 x 104 cellsと500 ng/ml のionomycin (Sigma Aldrich)を、抗anti-mouse IFN-γ又はIL-10抗体をコートしたPVDF-bottomed-96ウエルプレートの各ウエルに分注し、37℃の炭酸ガス培養容器中で15時間培養した。培養終了後、ウエル中の細胞浮遊液を除き、ビオチン結合抗マウスIFN-γ抗体または ビオチン結合抗マウスIL-10抗体を分注、さらに37℃の炭酸ガス培養容器中で1.5時間培養した。次に、streptavidin結合alkaline phosphatase溶液を各ウエルに分注、BCIP/NBT溶液を加えて発色させた後、ウエル底部の紫色スポットを計数した。
【0054】
(培養上清および血清サイトカインの定量)
10% FCSと2 mM glutamine含有RPMI 1640 培地に浮遊させた脾細胞2×106cells/mLを96-ウエルの培養プレート(前もって、clone 145-2C11由来でBD PharMingenから購入した抗CD3e mAbを固着)に添加し、37℃で72時間培養した。培養終了後, 遠心分離により上清を回収し、ELISA キット (R&D System, Minneapolis, MN,米国)を用いてサイトカイン量を定量した。血清のTNF-αおよびIL-10 レベルもELISA kits (R&D System)を用いて定量した。
【0055】
(血液検査)
自動血液分析機(JCA-BM8, JEOL、東京)を用いて、血清 aspartate transaminase (ASAT), alanine transaminase (ALAT), blood urea nitrogen (BUN)および creatinineを測定した。Myeloperoxidase (MPO)測定のため、 0.1 gの細切臓器に1 mL のcomplete protease inhibitors (Calibiochem)含有PBSを加えホモゲナイズし、次いで、凍結融解を2回繰り返した。ホモゲネートを4℃、6,000 ×gで20分間遠心分離し、上清を得た。ELISA キット(Oxis Health Products社, Inc., Oregon, 米国)を用いて、上清中のMPOレベルを定量した。臓器中のMPOレベルはng/mg タンパク質で表示した。
【0056】
(エンドトキシン)
活性測定用のサンプル、試薬および培地中のエンドトキシン含量は、生化学工業株式会社(東京)のキットを用い、比色法により測定した。
【0057】
(統 計)
数値は平均値±標準偏差(SD)で示した。log rank test および Student’s t testにより有意差を検定し、p<0.05 を有意とした。
【0058】
(2)成 績。
(2−1)C26腫瘍の盲腸移植によるCLP誘発全身性炎症反応性症候の促進。
【0059】
まず、マウスのCLP処置マウスの生存期間および全身性炎症反応性症候関連指標に及ぼす腫瘍の盲腸移植の影響を調べた。健常または腫瘍移植マウスにCLP処置またはシャム手術を施し、その後の生死を観察した。その観察結果を図1に示す。この図1に示すように、健常マウスの場合(図1の(A)参照)、CLP処置後5日以内に40%のマウスが死亡し、死亡マウスの平均生存日数は2.9±0.9日であった。C26腫瘍を盲腸に移植後5日のマウスの場合(図1の(B)参照)、CLP処置後5日以内の死亡率は80%で、死亡マウスの平均生存日数は3.3±1.0日であった。腫瘍移植後10日目のマウスの場合(図1の(C)参照)、CLP処置により全例が5日以内に死亡し、5日以内死亡マウスの平均生存日数は、3.1±1.0日であった。CLP処置群では、健常マウスと腫瘍移植マウスとの間にlog-rank testで有意差があった(A vs B p = 0.016, Avs C p = 0.017)。一方、シャム手術群では、処置後の平均生存日数は、それぞれ20日以上、12.1±1.9日、10.1±2.1日であり、死亡マウスの剖検時所見は腫瘍死であった。
【0060】
次に、全身性炎症反応性症候群関連指標の変動を調べるため、腫瘍移植後10日目にCLPまたはシャム手術後、24時間目の血中の細菌数を測定した。シャム手術ではどの群でも菌は検出されなかったが、腫瘍移植・CLP処置群では2.83±0.38 cfu/mLの菌が検出され、健常・CLP処置群の1.93±0.28 cfu/mLとの間に、p<0.05で有意差があった(表1参照)。さらに、腫瘍移植後10日目CLP処置群の血中TNFαレベル,血液生化学値(ASAT,ALAT,BUN,Creatinine、Amylase)、および臓器(肝,肺,腎)抽出物のMPO活性は健常・CLP処置群よりも高値傾向であったが、有意差は無かった。
【0061】
【表1】

【0062】
(2−2)腫瘍移植マウスのCLP誘発全身性炎症反応性症候群に対するクレスチンの投与時期および用量依存的軽減効果。
【0063】
盲腸壁腫瘍移植マウスのCLP誘発全身性炎症反応性症候群に及ぼすクレスチン経口投与の影響を調べた。腫瘍移植10日目にCLP処置を施す系において、CLP処置前後にクレスチン500mg/kgを連日20回経口投与し、生存期間に及ぼす影響を観察した。腫瘍移植・生理食塩水投与マウス(I)の死亡率100%と生存期間2.8±0.5日に比し、CLP処置30日前(II)、20日前(III)、またはCLP処置2日後(IV)からクレスチン投与したマウスのそれは、それぞれ,90%と2.7±0.6日、60%と3.5±0.7日および100%と3.3±0.7日であり、I群とIII群の間にlog-rank test : p =0.001、I群とIV群の間にlog-rank test : p =0.035で有意差があった(図2の(A)参照)。
【0064】
次に,腫瘍移植10日目にCLP処置を施したマウスに,処置20日前から連日20回クレスチンを経口投与する系において,クレスチンの用量依存性を調べた。腫瘍移植・クレスチン:125 mg/kg(VI)および250 mg/kg投与マウス(VII)の死亡率と生存期間は、それぞれ,100%と3.1±0.8日および90%と3.1±0.6日であり、腫瘍移植・生理食塩水投与マウス(V)の100%と2.7±0.6日と大きな違いはなかったが、クレスチン500 mg/kg(VIII)および1000mg/kg投与マウス(IX)のそれは、それぞれ70%と3.7±0.6日および50%と3.8±0.6日であり、V群との間にlog-rank test で、それぞれ、p =0.001およびp<0.001で有意差があった(図2の(B)参照)。
【0065】
更に、腫瘍移植10日目にCLP処置を施したマウスを用いて,カワラタケ由来多糖製剤であるカルボクリン末、クレチ―ル、エトール、抗生物質ampicillin、抗炎症剤ibuprofen、副腎皮質ホルモンcorticosterone、muramyldipeptide誘導体romurtide、または抗TNF-α抗体のCLP処置前投与の影響を調べ、クレスチンと比較した。
【0066】
その結果、これら薬剤投与群の生存期間は、生理食塩水投与群に比べると、延長傾向にあり、romurtide投与群ではp<0.05で有意差があった(表2参照)。しかし、クレスチン投与群の生存マウス4例にくらべると、他の薬剤投与群では5日以上の生存例はなかった(表2参照)。
【0067】
【表2】

【0068】
(2−3)腫瘍移植マウス腹腔細胞および機能に対するクレスチンの効果。
【0069】
クレスチンの作用メカニズムを解析するため、腹腔細胞数および機能に及ぼす腫瘍移植およびクレスチン投与の影響を調べた。腫瘍移植10日目の時点、生理食塩水投与群およびクレスチン投与群の腹腔細胞数は、それぞれ、(1.86±0.62)×106と(2.98±0.63)×106であり、クレスチン投与群においてp<0.05で有意に増加していた(表3参照)。更に、腫瘍移植・生理食塩水投与群腹腔細胞のSRBC貪食能およびスーパーオキサイド産生能は、コントロール群に比べて低下していたが、腫瘍移植・クレスチン投与群のそれは健常群とほぼ同じレベルであった。
【0070】
【表3】

【0071】
(2−4)CLP誘発全身性炎症反応性症候群マウス脾細胞のIL-10産生及びIFN-γ産生に対するクレスチンの作用。
【0072】
CLP処置後の血中サイトカインレベルに及ぼす腫瘍移植およびクレスチン投与の影響を調べた。健常・生理食塩水投与群のCLP処置後の血清TNF-αレベルは,12時間をピークにその後低下した(図3の(A)参照)。12時間目では、腫瘍移植・生理食塩水投与群のレベルは健常マウスより低い傾向にあったが、腫瘍移植・クレスチン投与群のそれは健常群・生理食塩水投与群とほぼ同じレベルであった。
【0073】
一方、健常・生理食塩水投与群では、CLP処置24時間後をピークにサイトカインIL-10が検出された(図3の(B)参照)。腫瘍移植・生理食塩水投与群のレベルは健常・CLP処置群よりもp<0.05で有意に高かったが、腫瘍移植・クレスチン投与群では健常・生理食塩水投与群とほぼ同じレベルであった。
【0074】
そこで、脾細胞サブセットに及ぼす腫瘍移植およびクレスチン投与の影響を調べた。その結果、腫瘍移植後10日目では、腫瘍移植・生理食塩水投与群のCD4陽性T細胞数は、健常・生理食塩水投与群のそれよりも有意に低かったが、腫瘍移植・クレスチン投与群のそれは健常・生理食塩水投与群とほぼ同じレベルにあった(表4参照)。
【0075】
【表4】

【0076】
次に、脾細胞を用いて、CLP処置マウスのサイトカイン産生に及ぼす腫瘍移植およびクレスチン投与の影響を調べた。腫瘍移植10日目のマウスにCLP処置又はシャム手術を施し、6時間後に脾細胞を取り出し、サイトカイン遺伝子発現、ionomycin刺激サイトカイン産生性CD4陽性T細胞数および抗CD3e抗体刺激サイトカイン産生能を測定した。
【0077】
いずれの実験群でも,CLP処置により,IL-10遺伝子発現、産生細胞数、および産生能は有意に促進され、IFN-γ遺伝子発現、産生細胞数および産生能は有意に抑制された(図4参照)。クレスチンの投与はこれらの変動を防止した。
【0078】
(2−5)抗IL-12抗体または抗IFN-γ抗体処置によるクレスチンの作用。
【0079】
CLP処置マウスにおいて、クレスチンの効果発現にIL-12やIFN-γが関与しているか否かを、中和抗体を用いて調べた。腫瘍移植後9日目のクレスチン投与マウスに、抗IL-12 抗体 0.5 mg, 抗IFN-γ抗体 0.5 mg, 抗IL-10抗体 0.5 mg, または非免疫ヤギ血清IgG 0.5 mg を静脈内注射し、翌日にCLP を施し、その後の生存期間を観察した。その結果を次の「表5」に示す。
【0080】
【表5】

【0081】
前掲の表5に示されているように、抗-IL-12 抗体または抗IFN-γ抗体の処置は、非免疫ヤギ血清処置に比し、クレスチン投与マウスの生存期間を減少させた。しかし、抗IL-10抗体処置はクレスチン投与マウスの生存期間に殆ど影響を及ぼさなかった。これらの結果は、IL-12と IFN-γが、クレスチンの効果発現に関与していることを示唆している。
【0082】
(3)考 察。
CLPモデルは、多彩な臨床像を示す全身性炎症反応性症候群の動物モデルとして汎用されている。CLP誘発の病態に影響を及ぼす因子に関しては良く研究されているが、基礎疾患が本病態に及ぼす影響に関しては報告例が少なく、腫瘍移植マウスにおけるサプレッサーT細胞機能亢進やX線照射マウスにおけるマクロファージ機能低下、火傷マウスにおけるLAK活性低下を介した抵抗性の低下などが挙げられているに過ぎない。
【0083】
がん微小環境では、様々な生理活性分子や細胞が存在し、癌と宿主との相互作用に様々な影響を与えることから、担がん生体のBiological Response は、抗腫瘍免疫反応と臓器特有反応を併せ持った同所移植腫瘍モデルを用いて評価するのが実際的である。特に、食物アレルギーなどを防止するためにトレランス誘導メカニズムが絶えず作動している腸管においては、TGF-β産生性のCD8陽性細胞やanergy誘導により、抗腫瘍免疫反応は抑制されることが知られており、by stander的に他のパラメーターも変動させる可能性がある。
【0084】
以上を踏まえ、本発明者は、盲腸壁に腫瘍細胞を移植したマウスを用い、CLP処置が全身性炎症反応性症候群病態に及ぼす影響を評価したところ、その生存期間は、シャム処置群に比して有意に短縮され、生存率は低下、血中生菌数や血清TNFα、臓器MPOレベルなどの全身性炎症反応性症候群指標も促進傾向にあることを見出した。このことは、癌近辺部位でのCLP処置により引き起こされた一連の生体反応が、全身性炎症反応性症候群予病態を促進させたものと考えられる。
【0085】
健常マウスをCLP処置して経過を観察する実験系において、CLP誘発の全身性炎症反応性症候群病態や生存は、proinflammatory cytokinesとanti-proinflammatory cytokinesのバランスに依存している。代表的なanti-proinflammatory cytokineであるIL-10の主な生理学的役割は、細胞機能を負に制御し、炎症を抑制することにある。
【0086】
全身性炎症反応性症候群病態の免疫機能亢進期においては、IL-10はマクロファージや好中球のproinflammatory cytokines産生抑制を通じて、病態進展に抑制的に作用する。外因性IL-10の投与はマウスの実験的エンドトキシン症を防御し、CLP処置2時間後前の抗体処置による内因性IL-10阻害は、病態を促進させる。一方、全身性炎症反応性症候群病態の免疫機能抑制期における抗体処置は、全身性炎症反応性症候群進展を抑制する。
【0087】
本実施例の盲腸壁腫瘍移植マウスにおいて、CLP処置12、24、48時間後の血清proinflammatory cytokine TNF-αレベルはCLP12時間後に減少傾向を示したのみであったが、IL-10レベルは、シャム手術群に比べ、観察期間を通じて有意に亢進していた。更に、CLP処置6時間後の腫瘍移植群脾細胞においては、シャム手術群に比べ、IL-10遺伝子発現、IL-10分泌CD4陽性T細胞数、およびIL-10産生能は有意に促進された。
【0088】
即ち、本実施例に係わる実験系では、IL-10産生は腫瘍の同所腫瘍移植により促進されているにも拘わらず、CLP誘発の免疫機能亢進期病態は改善されず、むしろ憎悪した。このメカニズムは現在のところ不明であるが、サイトカイン産生のバランス異常などが複雑に関与しているのかも知れない。
【0089】
盲腸壁腫瘍移植10日目のマウスに誘発したCLP全身性炎症反応性症候群に対し、5種類の薬剤を投与した結果、抗TNF-α抗体や抗生剤ampicillin、抗炎症剤ibuprofen、副腎皮質ホルモンcorticosterone投与は無効であり、免疫調節剤MDP誘導体とクレスチンの投与は生存期間を有意に延長させた。更に、クレスチン投与群では生存例がみられた。
【0090】
また、クレスチンの効果は投与時期および用量依存性であり、CLPマウスにおけるIL-10亢進とIFN-γ減少を有意に防止することを、遺伝子および蛋白質レベルで確認することができた。一方、MDP誘導体の作用は、IL-10による免疫細胞機能抑制に拮抗的なものかも知れない。
【0091】
今回評価した薬剤以外に、IL-10介在をメカニズムとした抗敗血症薬剤として、AS101が挙げられる。AS101の効果は投与時期に依存し、CLP処置12時間後投与は有効であるが、7時間後又は24時間前投与は無効と報告されている。また、glucan phosphateのCLP処置1時間前の腹腔内投与は、CLP処置後血清のIL-10レベルを抑制することなく、tissueのphosphoinositide 3-kinase pathwayを介して、生存期間を延長させる。これら薬剤の作用発現様式は、CLP処置10日前からの投与で有効なクレスチンとは明らかに異なる。
【0092】
クレスチンの効果は、CLP処置前の抗IL-12抗体又は抗IFN-γ抗体処置により減弱することから、本剤の薬効発現にIL-12とIFN-γの関与が示唆された。IL-12はIFN-γ産生を誘導すると共に、Th1細胞を誘導する。クレスチンはin vitroでIL-12 p40とIL-12 p70を誘導するだけでなく、in vivoで真菌感染マウス脾臓のTh1機能を改善させる。
【0093】
これらを総合すると、効果発現メカニズムとして、経口投与されたクレスチンが腸管から吸収され、一部modifyした分子形態で全身の免疫臓器に分布し、単球や樹状細胞、マクロファージやBリンパ球に作用してIL-12を誘導・産生させた結果、Th1がdominant状態になり、Th1とTh2のバランスに変化が生じ、IL-10抑制と生存期間改善に至った可能性が考えられる。しかし、クレスチンの持つ別の作用、例えば、免疫抑制分子TGFβ中和作用や活性酸素捕捉作用、プロスタグランジン代謝調節作用などの関与もあり得る。様々な宿主要因が関係して複雑な病態を示す全身性炎症反応性症候群の予防や治療成績を改善するため、今後、様々なアプローチによる知見集積が必要であるが、適切なタイミングでの生物学的防御反応の利用は有望である。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明は、全身性炎症反応症候群(SIRS)の治療や予防に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】CLP処置マウスの生存期間に及ぼす腫瘍移植の影響を示す図(グラフ)である。
【図2】CLP処置担がんマウスの生存期間に及ぼすクレスチン経口投与の影響を示す図(グラフ)である。
【図3】CLP処置担癌マウスの血中サイトカインレベルに及ぼすクレスチン経口投与の影響を示す図(グラフ)である。
【図4】CLP処置担がんマウス脾細胞のサイトカイン遺伝子発現、産生細胞数および産生能に及ぼすクレスチン経口投与の影響を示す図(グラフ)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体を有効成分として含有する全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome)の予防又は治療剤。
【請求項2】
前記タンパク多糖体は、前記担子菌の菌糸体、培養物、子実体のいずれかから得られることを特徴とする請求項1記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
前記タンパク多糖体は、タンパク質を18〜38重量%含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome)の予防又は治療のための有効成分であるカワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体を含む組成物。
【請求項5】
カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体を、全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome)の予防又は治療の有効成分として含有する飲食物。
【請求項6】
カワラタケ属(Coriolus)に属する担子菌から得られるタンパク多糖体の全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome)の予防又は治療のための使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−169166(P2007−169166A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−364746(P2005−364746)
【出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】