説明

タンパク質の熱安定化方法および熱安定化されたタンパク質溶液

【課題】安価な方法で、また幅広い温度領域で、さらに幅広いタンパク質に対して熱安定化を行うことのできるタンパク質の熱安定化法を提供する。
【解決手段】タンパク質を含有する溶液に、不活性雰囲気において炭化された、有機物の炭化物を粉砕することにより得られた非晶質炭素微粒子を添加する。非晶質炭素微粒子は、例えば木材、竹などの有機物を不活性雰囲気において所定の温度で順次温度を上げて加熱し、前記雰囲気中及び有機物中の炭素以外の所期成分を、500℃以下の温度において分解温度の低いものから順次熱分解させて個別的に遊離させて製造された炭化物を粉砕することにより製造されたものであり、粒径1nm以下のような炭素超微粒子の集合体からなっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の熱安定化法に関し、特に溶液中に含まれる酵素などのタンパク質が熱によって不活性化することを防ぐ方法および熱安定化されたタンパク質溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は、物理的あるいは化学的な原因で変性・失活するが、熱により変性・失活する場合が多い。熱変性は、酵素反応をはじめタンパク質製剤や食品添加物調製あるいはタンパク質貯蔵において問題となる。タンパク質の熱変性について図1を参照して簡単に説明する。まず、タンパク質が高温にさらされると、図1に示されるようにまず可逆的に立体構造が破壊され、さらに不可逆的にタンパク質間の凝集やタンパク質分子自体の分解などが生じる。タンパク質の熱変性過程において、特にタンパク質の凝集が問題となる。そこで、タンパク質の熱安定化をはかるための一つの方法として、無機塩、糖、アルコールなどをタンパク質水溶液に添加することによりタンパク質の凝集を抑制することが知られている。しかし、これらの方法はある程度の効果は見られるものの、十分な効果が得られないことが多い。
【0003】
さらに、遺伝子組み換えなどによりタンパク質分子の構造を改変させてタンパク質の熱安定性の向上をはかる方法があるが、製造方法の煩雑さと特殊な設備等を伴うのでごく一部の特殊なケースを除き汎用性に乏しいのが現状である。また、タンパク質の立体構造形成および構造変化に関与する因子として分子シャペロンに関心が高まっており、シャペロニンによるタンパク質の安定化による試みもなされている(特許文献1参照)が、シャペロニンは一般的にATP、CTP、UDPといった高エネルギー物質を共存させる必要があり、利便性に欠ける。非常に高濃度のシャペロニンを用いれば、ATPなどの高エネルギー物質を必要とせずにタンパク質を安定化することができると報告された例があるが、シャペロニンは高価であり経済性に問題があった。
【0004】
タンパク質の中でも特に酵素については、温和な条件で使用され、それの触媒作用により特異性の高い反応を行うことができ、種々の分野で利用されている。酵素も他の触媒と同様、温度が上昇するにしたがって反応速度が上昇するのが一般的であるが、上記のとおり耐熱温度を超えると活性を失ってしまうことから、安価な方法で、また幅広い温度領域で、さらに幅広いタンパク質に対して熱安定化を行うことのできる熱安定化剤が要望されている。
【0005】
【特許文献1】特開平7−67641号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、上記従来から要望されている安価な方法で、また幅広い温度領域で、さらに幅広いタンパク質に対して熱安定化を行うことのできる熱安定化法を提供することである。
【0007】
また、本発明の他の目的は、タンパク質の熱安定性を向上させることで、長期安定性に優れたタンパク質含有溶液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究を行ったところ、驚くべきことに、特定の炭素微粒子をタンパク質と共に用いることによりタンパク質の熱安定性が改善されることを見出し、この知見に基づいて本発明をなしたものである。
【0009】
すなわち、本発明は、以下に示すタンパク質の熱安定化方法および熱安定化されたタンパク質含有溶液に関する。
【0010】
(1)タンパク質を含有する溶液に、不活性雰囲気において炭化された有機物の炭化物を粉砕することにより得られた非晶質炭素微粒子を添加することを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0011】
(2)上記(1)に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子が、有機物を不活性雰囲気において所定の温度で順次温度を上げて加熱し、前記雰囲気中及び有機物中の炭素以外の所期成分を、500℃以下の温度において分解温度の低いものから順次熱分解させて個別的に遊離させて製造された炭化物を粉砕することにより製造されたものであることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0012】
(3)上記(1)または(2)に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子は平均粒径が50μm以下であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0013】
(4)上記(3)に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子は1nm以下の粒径の炭素超微粒子集合体であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0014】
(5)上記(4)に記載のタンパク質の熱安定化方法において、1nm以下の粒径の炭素超微粒子は、原子状炭素からなることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0015】
(6)上記(1)〜(5)のいずれかに記載のタンパク質の熱安定化方法において、タンパク質が酸化還元酵素、転移酵素、加水分解酵素、脱離酵素、異性化酵素、合成酵素、血漿タンパク質、ペプチドホルモンまたは遺伝子組み換えタンパク質であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0016】
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載のタンパク質の熱安定化方法において、タンパク質が酵素であり、熱安定化が酵素の温度上昇時の活性保持であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0017】
(8)上記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質の熱安定化方法において、溶液が水溶液であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【0018】
(9)タンパク質を含有する溶液に、不活性雰囲気で炭化された有機物の炭化物を粉砕することにより得られた非晶質炭素微粒子が添加、含有されてなることを特徴とする熱安定化されたタンパク質含有溶液。
【0019】
(10)上記(9)に記載の熱安定化されたタンパク質含有溶液において、前記非晶質炭素微粒子は平均粒径が50μm以下であることを特徴とする熱安定化されたタンパク質含有溶液。
【0020】
(11)上記(10)に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子は1nm以下の粒径の炭素超微粒子集合体であることを特徴とする熱安定化されたタンパク質含有溶液。
【発明の効果】
【0021】
本発明に用いられる非晶質炭素微粒子は安価に製造することができる。そして、この安価に製造された非晶質炭素微粒子をタンパク質含有溶液に添加するのみで、簡単にかつ効果的にタンパク質の熱安定化を図ることができ、加熱された場合においてもタンパク質の活性が保持された溶液を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
上記のとおり、本発明においては、タンパク質の熱安定化のために、不活性雰囲気において炭化された炭化物を粉砕することにより得られた非晶質炭素微粒子を用いることから、まず本発明で用いられる非晶質炭素微粒子およびその製造方法について説明する。
【0023】
まず、図2に、本発明において用いられる非晶質炭素微粒子の200万倍の透過型電子顕微鏡写真を示す。この電子顕微鏡写真によれば、炭素微粒子は所謂結晶化(グラファイト化)していないで粒径が1nm(ナノメートル)以下(計算値によれば1.66Å)の炭素超微粒子の集合体であることが確認できる。図2の写真から、炭素超微粒子はそれぞれ原子状炭素、すなわち炭素原子1〜10個程度の炭素からなっている。また、図3に、図2の電子顕微鏡写真を撮影するために用いられた非晶質炭素微粒子のX線解析結果を示す。図3から、図2の炭素微粒子が結晶化していないことが分かる。
【0024】
このような結晶化していない炭素の超微粒子の集合体からなる炭素微粒子は、有機物を不活性雰囲気(無酸素雰囲気)において所定の温度で順次温度を上げて加熱し、前記雰囲気中および有機物中の炭素以外の所期成分(酸素、水素、窒素など)を、500℃以下、好ましくは450℃以下の温度において分解温度の低いものから順次熱分解させて個別的に遊離させ、その都度不活性雰囲気を保ったままの状態で上記分解され生成した成分を雰囲気外に排除し、得られた塊状の原子状炭素を不活性雰囲気下で冷却した後粉砕することにより得られる。このような炭素化は、例えば図4に示されるような装置を用いて行われる。なお、例示された装置は、本発明の非晶質炭素微粒子を製造するために用いられる好ましい態様の炭化装置を示すものであるが、本発明の非晶質炭素微粒子を製造する装置が例示された装置に限られるものではない。
【0025】
図4に示される炭化装置は、不活性ガスを処理槽1内に導入するための、開閉弁23を有する不活性ガス導入管21と有機物の熱分解により生成するガスを処理槽1内から排出するための、開閉弁24を有する熱分解ガス排出管22を備えた、気密に閉鎖可能な蓋2を有する処理槽1からなり、またこの装置においては、処理槽1の底部12にポール13が立設されている。
【0026】
更に詳しく説明すると、処理槽1は、例えば適宜の径と深さとを有する有底円筒型で、開口部に例えばねじ込み等により気密に開閉可能な蓋体2が嵌装されており、鉄又はそれに類する金属により形成されたカマ111の内側に、適宜の手段により処理槽1の外部から通電可能な遠赤外線炭素セラミックヒータや炭素フィラメント等のヒータ112が網体113により装着されており、カマ111の外側面には断熱材114を介して最外部に外装材115が配置されており、内部の周壁11及び底部12及び底部12に立設されたポール13にヒータ112が装備されている。
【0027】
図4に示される装置を用いて有機物の熱分解による炭化を行うには、まず蓋2を開け、処理槽1内に有機物からなる原料3を装填し、蓋を閉めて気密状態とした後、不活性ガス導入管21から不活性ガスを導入して処理槽1内の雰囲気を無酸素雰囲気にする。不活性ガスとしては、窒素が代表的なものであるが、アルゴンなどの不活性ガスが用いられてもよい。次いで、不活性ガス注入開閉弁を閉鎖した後、処理槽1内のヒータ112に通電し、処理槽1内の温度を徐々に上げて行き、前記雰囲気中及び有機物3中の炭素以外の所期成分を、分解温度の低いものから順次熱分解させて、生成された排出ガスを排出管22から排出させる。その後、処理槽1内に残存する炭化物を回収し、これをボールミルなどの従来公知の粉砕機により粉砕することにより、本発明で用いられる非晶質炭素微粒子が得られる。こうして得られた炭素微粒子が、図2の透過型電子顕微鏡写真に示されたものである。
【0028】
上記製造方法で製造された非晶質炭素微粒子は、水に対する濡れ性がよく、水に添加することにより簡単に水中に分散し、透明な液となる。このため、溶液中の炭素微粒子の濃度制御は簡単に行うことができる。炭化物の粉砕も、例えば備長炭などの粉砕に比べ短時間に粉砕が行われ、平均粒径(D50)が50μm以下の非晶質炭素微粒子を容易に得ることができる。本発明において用いられる非晶質炭素微粒子の平均粒径は特に限定されるものではないが、炭素微粒子の分散の容易さ、均一分散性、分散液の透明性などを考えると、平均粒径の小さいものがより好ましい。本発明の非晶質炭素微粒子としては、例えば50μm程度以下の平均粒径を有するものについては特に問題なく使用できる。しかし、30μm以下の平均粒径であることがより好ましい。
【0029】
原料3として用いられる有機物としては、固形物が好ましく用いられる。このような有機固形物をしては、例えば高分子や植物等の普通に存在する有機物、例えば炭水化物からなる材料を用いることができる。しかし、炭素単体を含むものは炭素単体が結晶化して分子状を呈していることと、このような分子状の炭素単体は本発明の原子状の炭素に変換することはできず、製造した炭素に分子状の炭素が混入するので原料としては好ましくない。炭素原料としては特に木材や竹(生のものがよい)などの炭水化物からなる材料が好適である。
【0030】
この装置を用いて例えば原料3として木材を用いて炭化を行う方法を述べると、まず、蓋2を開放した状態で、細かく切断された生の木材を装填して蓋2を閉じ、開閉弁23、24を開放した状態で不活性ガス導入管21から処理槽1内に例えば窒素ガスを送入する。これにより、処理槽1内から大気、とりわけ酸素を排出管22を通して排出し、処理槽1内を窒素ガスで完全に置換して無酸素状態とし、不活性ガス導入管21の開閉弁23を閉じる。ここでは送入する不活性ガスとして窒素ガスを使用しているが、例えばアルゴンなどの他の不活性ガスを使用してもよい。
【0031】
次いで、ヒータ112に通電して最初に処理槽1内、即ち、装填した原料3を100〜150℃に保ち、原料3及び窒素雰囲気中の水分を充分に気化させ、排出管22からまず水分を処理槽1の外部へと排出する。このとき、処理槽1内に酸素が残存しないよう、必要に応じ不活性ガス導入管21から窒素を導入しながら加熱を行ってもよい。
【0032】
その後、再び、処理槽1内を窒素雰囲気とした後、ヒータ112に通電して原料3を200〜350℃に保ち、原料3中の塩素などを遊離させて前記水分の場合と同様にして原料3内の塩素などを処理槽1から排出する。
【0033】
更に、処理槽1内を窒素雰囲気とした後、ヒータ112に通電して原料3を350〜450℃に保ち、前記水分及び塩素の場合と同様にして原料3中の残りの高分子成分を遊離させて処理槽1から排出する。
【0034】
以上の工程を終了した時点で、処理槽1内には450℃では気化しない炭素すなわち、原子状炭素が残存する。次いで、ヒータ112の通電を停止して、不活性ガス導入管21から低温の窒素を処理槽1内に導入し、これを排出管22から排出させることにより、内容物を50〜100℃程度まで冷却した後、蓋2を開放して処理槽1内に残存する炭化物を取り出した後、粉砕する。粉砕は、処理槽内で行われてもよい。このような方法により、簡単に平均粒径が30μm以下の非晶質炭素微粒子を得ることができる。
【0035】
なお、上記例では炭化は450℃以下の温度で行われたが、加熱温度を550℃とし、30分炭化して得られた炭素微粒子の200万倍の透過型電子顕微鏡写真を図5に示す。図5から、550℃で炭化した場合には、炭素がグラファイト化しており、このような結晶化した炭素は本発明の炭素微粒子としては好ましくない。グラファイト化は炭化温度が450℃を超えると急速に進むことから、450℃以下の炭化条件が好ましいのである。
【0036】
本発明において熱安定化できるタンパク質は、特に限定されるものではないが、例えば、グルコースオキシダーゼ、カタラーゼ、リボキシゲナーゼ、チトクロムC、ペルオキシダーゼなどの酸化還元酵素、シクロデキストリングルコシルトランスフェラーゼ、トランスアミナーゼなどの転移酵素、α−アミラーゼ、β−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、セルラーゼ、α−キモトリプシン、ズブチリシン、リパーゼ、ペクチナーゼ、リゾチームなどの加水分解酵素、アスパルターゼ、ヒアロウロキナーゼなどの脱離酵素、グルコースイソメラーゼなどの異性化酵素、アミノアシルtRNA合成酵素、DNA連結酵素などの合成酵素、アルブミン、γ−グロブリン、血液凝固因子、リューマチ因子などの血漿タンパク質、インスリン、インターフェロンなどのペプチドホルモンさらには遺伝子組み換え等で作製されたタンパク質が挙げられる
【0037】
また、タンパク質が不溶性担体に固定化させるとタンパク質の安定性が向上することが知られている(A.Illanes,
Electronic Journal of Biotechnology, Vol.2, 1-9 (1999))。本発明におけるタンパク質の熱安定化の理論的解明は十分には行われていないが、次のようなことによるものと考えられる。しかし、以下に述べる説明により本発明は何ら限定されるものではない。すなわち、無酸素雰囲気で加熱処理して得られた非晶質炭素微粉末は水に濡れやすく水溶液中に速やかに分散しやすい。水溶液中に微細に分散したナノスケールのカーボンにタンパク質が効率よく吸着固定化され、加熱によるタンパク質間の凝集を抑制するとともに固定化によるタンパク質分子の安定化がタンパク質の熱安定性の向上を促進するものと推察される。
【0038】
本発明によるタンパク質の熱安定化方法は、酵素剤や治療用薬剤、生化学用試薬のほか入浴剤、洗顔料、ボディ洗浄剤、シャンプー、リンス、パック、化粧液、ローション、クリーム、歯磨き、衣類洗剤等クリーム状、乳液状、ゼリー状、液状等のトイレタリー製品等に含有するタンパク質の熱安定化に用いることができる。また、酵素反応を行う際のより高温での反応をも可能とすることができる。
【0039】
タンパク質を熱安定化させるため、炭素微粒子は適宜の量用いられればよく特に限定されるものではない。使用量があまりにも少なすぎると所期の効果を得ることが難しいし、また必要以上の量を用いても、さらに効果が増すことはない。通常、タンパク質1重量部に対し0.01〜10重量部程度用いられればよい。
【0040】
また、溶液を構成する溶剤としては水が好ましいが、アルコールなど水に可溶性の溶剤を含む水性溶液であってもよいし、有機溶剤が用いられてもよい。また溶液形態としては、タンパク質の溶解溶液が好ましいが、分散液であってもよい。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0042】
実施例1
本実施例では、モデルタンパク質としてかぜ薬や目薬などの天然抗菌剤として使用されている卵白リゾチーム(シグマ社製)を用い、炭素微粒子として、前記製造方法で木材を酸素不存在下に炭化して得られた炭素微粒子(EEN社製;平均粒径18μm)を用い、上記リゾチームを含む水溶液に所定量の炭素微粒子を加えた後、その混合液を所定温度、所定時間湯浴中で加熱処理を施した。加熱処理後、リゾチームの残存活性を測定した。また、活性測定に使用するMicrococcus lysodeikticusはシグマ社製を用いた。
【0043】
すなわち、100μM卵白リゾチームを含むpH7の0.01Mリン酸緩衝液に0.1g/Lの炭素微粒子を添加し、90℃で30分間加熱処理を施した。加熱処理後のリゾチーム溶液10μLを予めセルに入れておいた0.2g/LのMicrococcus lysodeikticusを含む0.1Mリン酸緩衝液(pH7)3mLに加え、25℃で450nmに設定された分光光度計により濁度の変化を追跡して残存活性を測定した。残存活性は35.9%であった。なお、炭素微粒子を添加して25℃、30分保持した後のリゾチームの残存活性は70.9%であった。
【0044】
比較例1
炭素微粒子を添加しなかったことを除き実施例1を繰り返し実施した。リゾチームの残存活性は0%であった。
【0045】
なお、比較例1の炭素微粒子を含んでいないリゾチーム水溶液を加熱処理したとき、水溶液には変性リゾチームの凝集物の生成に起因した白濁が観察された。一方、実施例1の炭素微粒子を含むリゾチーム水溶液を加熱処理したときにおいても、水溶液には白濁が観察されたが、炭素微粒子無添加時のものに比べて視覚的に白濁の度合いがやや小さく、さらに溶液粘性も小さい傾向を示した。
【0046】
また、炭素微粒子は、常温では水溶液中において卵白リゾチームの活性のある程度の減少を引き起こした。他方本実施例の加熱処理条件(通常完熟のゆで卵ができる条件)において、炭素微粒子はタンパク質の熱安定性を向上させた。
【0047】
実施例2
実施例2においては、モデルタンパク質としてα−キモトリプシン(シグマ社製)を用いた。非晶質炭素微粒子として、実施例1と同じ木材炭素化微粒子(EEN社製)を用いた。N−アセチル−L−トリプトファンエチルエステル及びN−アセチル−L−トリプトファンはシグマ社製を用いた。
【0048】
80μMのα−キモトリプシンを含むpH7の0.01Mリン酸緩衝液に0.1g/Lの炭素微粒子を加えた後、その混合液を60℃、5分間湯浴中で加熱処理を施した。加熱処理後、α−キモトリプシンの残存活性を以下の方法で測定した。
【0049】
基質としてN−アセチル−L−トリプトファンエチルエステルを加熱処理後のα−キモトリプシンを含む緩衝液に10mM加えて、恒温槽中で25℃、120rpm、10分間振とう攪拌させた。生成したN−アセチル−L−トリプトファンの濃度を逆相カラム付高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析を行った。このとき、UV検知器を290nmに設定した。残存活性は9.7%であった。
【0050】
比較例2
炭素微粒子を添加しなかったことを除き実施例2を繰り返し実施した。α−キモトリプシンの残存活性は0%であった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】タンパク質の熱変性を説明する説明図である。
【図2】図面代用写真であり、本発明の実施例で用いられる非晶質炭素微粒子の200万倍透過型電子顕微鏡写真である。
【図3】図2の撮影に用いられた非晶質炭素微粒子のX線解析結果を示す図である。
【図4】本発明で用いられる非晶質炭素微粒子を製造するために用いられる炭化装置の一例である。
【図5】図面代用写真であり、グラファイト化した炭素微粒子の200万倍透過型電子顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0052】
1 処理槽
2 蓋
11 周壁
12 底部
13 ポール
21 不活性ガス導入管
22 熱分解ガス排出管
23、24 開閉弁
111 カマ
112 ヒータ
113 網体
114 断熱材
115 外装材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質を含有する溶液に、不活性雰囲気において炭化された有機物の炭化物を粉砕することにより得られた非晶質炭素微粒子を添加することを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子が、有機物を不活性雰囲気において所定の温度で順次温度を上げて加熱し、前記雰囲気中及び有機物中の炭素以外の所期成分を、500℃以下の温度において分解温度の低いものから順次熱分解させて個別的に遊離させて製造された炭化物を粉砕することにより製造されたものであることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子は平均粒径が50μm以下であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項4】
請求項3に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子は1nm以下の粒径の炭素超微粒子集合体であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項5】
請求項4に記載のタンパク質の熱安定化方法において、1nm以下の粒径の炭素超微粒子が原子状炭素からなることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のタンパク質の熱安定化方法において、タンパク質が酸化還元酵素、転移酵素、加水分解酵素、脱離酵素、異性化酵素、合成酵素、血漿タンパク質、ペプチドホルモンまたは遺伝子組み換えタンパク質であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載のタンパク質の熱安定化方法において、タンパク質が酵素であり、熱安定化が酵素の温度上昇時の活性保持であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のタンパク質の熱安定化方法において、溶液が水溶液であることを特徴とするタンパク質の熱安定化方法。
【請求項9】
タンパク質を含有する溶液に、不活性雰囲気において炭化された有機物の炭化物を粉砕することにより得られた非晶質炭素微粒子が添加、含有されてなることを特徴とする熱安定化されたタンパク質含有溶液。
【請求項10】
請求項9に記載の熱安定化されたタンパク質含有溶液において、前記非晶質炭素微粒子は平均粒径が50μm以下であることを特徴とする熱安定化されたタンパク質含有溶液。
【請求項11】
請求項10に記載のタンパク質の熱安定化方法において、前記非晶質炭素微粒子は1nm以下の粒径の炭素超微粒子集合体であることを特徴とする熱安定化されたタンパク質含有溶液。

【図1】
image rotate

【図4】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−148364(P2010−148364A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−327007(P2008−327007)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【出願人】(508377521)株式会社EEN (2)
【Fターム(参考)】