説明

タンパク質溶液製剤およびその安定化方法

【課題】本発明は、常温で長期保存できるタンパク質溶液製剤を提供することを目的とする。特に、樹脂製容器に予め充填して市場に供給しても常温で長期間安定なタンパク質製剤を提供することを目的とする。
【解決手段】タンパク質溶液製剤を収納する容器の少なくとも該製剤と直接接触する部分の容器材質が疎水性の樹脂であって、前記タンパク質が糖鎖を有する遺伝子組換えタンパク質であって、前記疎水性樹脂が以下のものから選択される常温で長期間保存することができる安定したタンパク質溶液製剤:
1)環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー、
2)シクロオレフィン類開環重合体、
3)シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は取り扱いが簡単で長期安定なタンパク質溶液製剤に関する。さらに詳しくは、本発明は樹脂製容器に予め充填された安定なタンパク質溶液製剤に関する。本発明はさらにタンパク質溶液製剤の安定化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術の発達によって、種々のタンパク質製剤が安定した供給量で提供されるようになった。これらの製剤は安定性を確保するため、凍結乾燥したタンパク質成分粉末とこれを溶解するための水溶性希釈液とを別途包装し、使用時に溶解する形態で提供されるか、あるいは安定性を向上させるための添加剤を加えたタンパク質溶液製剤の形で提供されている。両製剤を比較するとき、使用時の便宜性を考えると、溶液製剤が有利であるが、安定性を確保することが困難である。
【0003】
通常、タンパク質溶液製剤は、有効成分であるタンパク質に加えて、希釈剤、溶解補助剤、等張化剤、賦形剤、pH調整剤、緩衝剤、含硫還元剤、酸化防止剤などを含み、これをバイアル、アンプルまたはディスポーザブル注射器のような容器中に入れて市場に提供される。このような容器が満足すべき条件として、(1)タンパク質製剤が長期保存状態で安定であること、(2)滅菌に使用する条件に耐えうる耐熱性、耐圧性を有すること、(3)耐薬品性を有すること、(4)使用時に容器断片が溶液製剤中に混入しないこと、(5)容器が注射器である場合には、プランジャーの摺動性がよいこと、(6)溶液の濁り、異物などを検出できるように透明性があること、(7)輸送に便利であること、(8)容器からの溶出物が少ないことなどが挙げられる。
【0004】
ガラス容器は耐熱性、耐圧性、耐薬品性、透明性の点では優れているが、シリコンなどの表面処理剤の塗布あるいは焼付などの作業が煩雑でコストがかかる。また、薬物が不安定化あるいは不溶性異物発生の原因となるガラス材質由来の溶出物があったり、さらに、ガラス容器は重く、また割れやすいので、輸送の点からも問題がある。
【0005】
また、タンパク質を溶液製剤とする場合には、特に常温で長期保存しようとする場合にタンパク質の凝集、変性、分解に伴う含量の低下が問題であった。
従って、常温で長期保存できるタンパク質溶液製剤の開発が望まれているが、上記の要件を全て満足するものは開発されておらず、樹脂製容器に予め充填して市場に供給されている安定なタンパク質製剤はなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、常温で長期保存できるタンパク質溶液製剤を提供することを目的とする。特に、樹脂製容器に予め充填して市場に供給しても常温で長期間安定なタンパク質製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らはタンパク質とガラス表面との反応性を検討した結果、本来ガラス材質表面に存在するシラノール、シリルオキシなどの極性残基が生理活性を有するタンパク質の分解、会合を引き起こす主要な原因であることが推定された。従来の手段としては、これらの極性残基の影響を減少させるため、ガラス表面へのポリシリコン、アルキルシリコンなどの塗布、またシラノール残基の化学的なマスキングなどの方法が考えられ使用されてきたが、本質的な安定性向上のための手段とはなっていなかった。
【0008】
本発明者らは、特にタンパク質がエリスロポエチン(EPO)である場合、タンパク質溶液が接触する容器表面への親和性の面で、ガラス表面の純相、すなわち固定相が親水性基で満たされた場合にはタンパク質の親水性部分が多く分配されることになり、これが安定性低下につながるのではないか、と考えた。この仮説に基いた場合、容器表面がガラス表面とは異なる、極性残基を有しない疎水性の逆相とした場合には、タンパク質の脂溶性残基がより多く分配され、分解、会合の原因となるタンパク質の極性部分が容器表面とは逆の方向となることにより、タンパク質の安定性向上に大きく寄与しうることが期待された。
【0009】
また、特に糖鎖のついたタンパク質は容器に吸着しやすいという傾向があり、本発明は糖鎖のついたタンパク質溶液製剤の安定性向上に大きく寄与しうることが期待された。
本発明者らは、疎水性の逆相をもつ容器を選択することにより容器表面を処理することなく、タンパク質の安定性が確保できることを発見した。すなわち、本発明者らは、特定材料の樹脂容器中にタンパク質溶液製剤を充填すると長期にわたって凝集、変性、分解が抑えられ、高含量のタンパク質を保持できることを見いだして本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
(1)タンパク質溶液製剤を収納する容器の少なくとも該製剤と直接接触する部分の容器材質が疎水性の樹脂であって、前記タンパク質が糖鎖を有する遺伝子組換えタンパク質であって、前記疎水性樹脂が以下のものから選択される常温で長期間保存することができる安定したタンパク質溶液製剤:
1)環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー、
2)シクロオレフィン類開環重合体、
3)シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの。
(2)容器が樹脂製容器である前記(1)記載のタンパク質溶液製剤。
(3)シクロオレフィン類開環重合体がノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンの開環重合体である前記(1)又は(2)記載のタンパク質溶液製剤。
(4)シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したものがノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンの開環重合体に水素添加したものである前記(1)又は(2)記載のタンパク質溶液製剤。
(5)シクロオレフィンコポリマーがノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンまたはその誘導体と、エチレンまたはプロピレンとの共重合体である前記(1)又は(2)記載のタンパク質溶液製剤。
(6)シクロオレフィンコポリマーがノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンとエチレンとの共重合体である前記(5)記載のタンパク質溶液製剤。
(7)樹脂が熱可塑性ノルボルネン系樹脂または熱可塑性テトラシクロドデセン系樹脂である前記(1)又は(2)記載のタンパク質溶液製剤。
(8)容器形状が、バイアル、アンプル、注射器および瓶からなる群より選択される前記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
(9)プレフィルドシリンジ溶液製剤である前記(8)記載のタンパク質溶液製剤。
(10)タンパク質がエリスロポエチンである前記(1)〜(9)のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
(11)タンパク質が顆粒球コロニー刺激因子である前記(1)〜(9)のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
(12)常温で長期間保存することができる前記(1)〜(11)のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
(13)タンパク質溶液製剤を、少なくとも該製剤と直接接触する部分の容器材質が疎水性の樹脂である容器に充填して保存することからなるタンパク質溶液製剤を常温で長期間安定化させる方法であって、前記タンパク質が糖鎖を有する遺伝子組換えタンパク質であって、前記疎水性樹脂が以下のものから選択される前記方法:
1)環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー、
2)シクロオレフィン類開環重合体、
3)シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明で使用する容器の材料に適した樹脂は、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、ポリエチルメタクリレートなどの公知の医用容器材料を含み、好ましいのは、例えばノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンまたはそれらの誘導体などのシクロオレフィン類開環重合体およびその水素添加物、ノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンまたはその誘導体などのシクロオレフィンと、エチレンまたはプロピレンとの重合により分子鎖にシクロペンチル残基や置換シクロペンチル残基が挿入された共重合体である樹脂である。ここで、シクロオレフィンは単環式および多環式のものを含む。好ましいのは、熱可塑性ノルボルネン系樹脂または熱可塑性テトラシクロドデセン系樹脂である。熱可塑性ノルボルネン系樹脂としては、ノルボルネン系単量体の開環重合体、その水素添加物、ノルボルネン系単量体の付加型重合体、ノルボルネン系単量体とオレフィンの付加型重合体などが挙げられる。熱可塑性テトラシクロドデセン系樹脂としては、テトラシクロドデセン系単量体の開環重合体、その水素添加物、テトラシクロドデセン系単量体の付加型重合体、テトラシクロドデセン系単量体とオレフィンの付加型重合体などが挙げられる。熱可塑性ノルボルネン系樹脂は、例えば特開平3−14882号、特開平3−122137号、特開平4−63807号などに記載されている。
【0012】
特に好ましいのは、ノルボルネンとエチレン等のオレフィンを原料とした共重合体、およびテトラシクロドデセンとエチレン等のオレフィンを原料とした共重合体であるシクロオレフィンコポリマー(COC)、また、ノルボルネンを開環重合し、水素添加した重合物であるシクロオレフィンポリマー(COP)も好ましい。このようなCOCおよびCOPは例えば特開平5−300939号あるいは特開平5−317411号に記載されている。このような好ましいCOC、COPの構造を以下に示す。
【0013】
【化1】

【0014】
COCは、例えば三井化学製、アペル(登録商標)として市販されており、またCOPは、例えば日本ゼオン製、ゼオネックス(登録商標)又はゼオノア(登録商標)や大協精工製、Daikyo Resin CZ(登録商標)として市販されている。
【0015】
COCおよびCOPは、耐熱性や耐光性などの化学的性質や耐薬品性はポリオレフィン樹脂としての特徴を示し、機械特性、溶融、流動特性、寸法精度などの物理的性質は非晶性樹脂としての特徴を示すことから最も好ましい材質である。
【0016】
本発明のタンパク質溶液製剤とは、生理活性タンパク質を含む溶液製剤を、少なくとも該製剤と直接接触する部分の容器材質が疎水性の樹脂である容器に予め充填して長期間保存可能にした製剤をいう。
【0017】
本発明でタンパク質溶液製剤を充填する容器は、使用目的に応じて選択することができるが、バイアル、アンプル、注射器のような規定容量の形状のもの、ならびに瓶のような大容量の形状の物を含む。最も好ましいのは注射器、特にディスポーザブル注射器である。このような注射器に予め溶液を充填して、プレフィルドシリンジ溶液製剤として供給することにより、医療現場における医療ミスを防ぎ、溶解操作や薬液吸引の操作が省け、迅速な対応が可能となる。
【0018】
本発明において有効成分として使用する生理活性タンパク質は、例えば、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン等の造血因子、インターフェロン、IL-1やIL-6等のサイトカイン、モノクローナル抗体、組織プラスミノーゲン活性化因子(TPA)、ウロキナーゼ、血清アルブミン、血液凝固第VIII因子、レプチン、インシュリン、幹細胞成長因子(SCF)などを含むが、これらに限定されない。タンパク質の中でも、EPO、G−CSF、トロンボポエチン等の造血因子及びモノクロナール抗体が好ましく、さらに好ましくはEPO、G−CSF及びモノクローナル抗体である。
【0019】
本発明において有効成分として使用する生理活性タンパク質とは、哺乳動物、特にヒトの生理活性タンパク質と実質的に同じ生物学的活性を有するものであり、天然由来のもの、および遺伝子組換え法により得られたものを含むが、好ましいのは遺伝子組換え法により得られたものである。遺伝子組換え法によって得られるタンパク質には天然タンパク質とアミノ酸配列が同じであるもの、あるいは該アミノ酸配列の1又は複数を欠失、置換、付加したもので前記生物学的活性を有するものを含む。さらには、生理活性タンパク質はPEG等により化学修飾されたものも含む。
【0020】
本発明において有効成分として使用する生理活性タンパク質としては、特に糖鎖を有するタンパク質が好ましい。糖鎖の由来としては、特に制限はないが、哺乳動物細胞に付加される糖鎖が好ましい。哺乳動物細胞には、例えば、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、BHK細胞、COS細胞、ヒト由来の細胞等があるが、この中でも、CHO細胞が最も好ましい。
【0021】
本発明において有効成分として使用する生理活性タンパク質がEPOである場合には、EPOはいかなる方法で製造されたものでもよく、ヒト尿より種々の方法で抽出し、分離精製したもの、遺伝子工学的手法(例えば特開昭61−12288号)によりチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO)、BHK細胞、COS細胞、ヒト由来の細胞などに産生せしめ、種々の方法で抽出し分離精製したものが用いられる。さらには、PEG等により化学修飾されたEPOも含む(国際特許出願公開番号WO90/12874参照)。さらに、糖鎖のついていないEPOをPEG等により化学修飾したものも含む。また、EPOのアミノ酸配列中のN−結合炭水化物鎖結合部位もしくはO−結合炭水化物鎖結合部位において、1以上のグリコシル化部位の数を増加させるように改変したEPO類似体も含む(例えば、特開平8−151398号、特表平8−506023号参照)。さらには、糖鎖結合部位の数は変化させずに、シアル酸等の含量を増加させることにより糖鎖の量を増加させたものであってもよい。
【0022】
本発明において有効成分として使用する生理活性タンパク質がG−CSFである場合には、G−CSFは高純度に精製されたG−CSFであれば全て使用できる。本発明におけるG−CSFは、いかなる方法で製造されたものでもよく、ヒト腫瘍細胞の細胞株を培養し、これから種々の方法で抽出し分離精製したもの、あるいは遺伝子工学的手法により大腸菌などの細菌類;イースト菌;チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、C127細胞、COS細胞などの動物由来の培養細胞などに産生せしめ、種々の方法で抽出し分離精製したものが用いられる。好ましくは大腸菌、イースト菌又はCHO細胞によって遺伝子組換え法を用いて生産されたものである。最も好ましくはCHO細胞によって遺伝子組換え法を用いて生産されたものである。さらには、PEG等により化学修飾されたG−CSFも含む(国際特許出願公開番号WO90/12874参照)。
【0023】
本発明において有効成分として使用する生理活性タンパク質がモノクローナル抗体である場合には、モノクローナル抗体はいかなる方法で製造されたものでもよい。モノクローナル抗体は、基本的には公知技術を使用し、感作抗原を通常の免疫方法にしたがって免疫し、得られる免疫細胞を通常の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させ、通常のスクリーニング法により、モノクローナルな抗体産生細胞をスクリーニングすることによって作成できる。さらに、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマが産生するモノクローナル抗体に限られるものではなく、ヒトに対する異種抗原性を低下させること等を目的として人為的に改変されたキメラ抗体を含む。あるいは再構成(reshaped)したヒト抗体を本発明に用いることもできる。これはヒト以外の哺乳動物、たとえばマウス抗体の相補性決定領域によりヒト抗体の相補性決定領域を置換したものであり、その一般的な遺伝子組換手法も知られている。その既知方法を用いて、本発明に有用な再構成ヒト型化抗体を得ることができる。
【0024】
本発明のタンパク質溶液製剤には、希釈剤、溶解補助剤、等張化剤、賦形剤、pH調整剤、無痛化剤、緩衝剤、含硫還元剤、酸化防止剤等を含有してもよい。例えば、等張化剤としては、ポリエチレングリコール;デキストラン、マンニトール、ソルビトール、イノシトール、グルコース、フラクトース、ラクトース、キシロース、マンノース、マルトース、シュークロース、ラフィノースなどの糖類を用いることができる。含硫還元剤としては、N−アセチルシステイン、N−アセチルホモシステイン、チオクト酸、チオジグリコール、チオエタノールアミン、チオグリセロール、チオソルビトール、チオグリコール酸およびその塩、チオ硫酸ナトリウム、グルタチオン、並びに炭素原子数1〜7のチオアルカン酸等のスルフヒドリル基を有するもの等が挙げられる。また、酸化防止剤としては、エリソルビン酸、ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、α−トコフェロール、酢酸トコフェロール、L−アスコルビン酸およびその塩、L−アスコルビン酸パルミテート、L−アスコルビン酸ステアレート、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、没食子酸トリアミル、没食子酸プロピルあるいはエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(EDTA)、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム等のキレート剤が挙げられる。さらには、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、炭酸水素ナトリウムなどの無機塩;クエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、酢酸ナトリウムなどの有機塩などの溶液製剤に通常添加される成分を含んでいてもよい。
【0025】
本発明のタンパク質溶液製剤にはさらに、各タンパク質に適切な安定化剤を含んでいてもよく、安定化剤には界面活性剤(例えば、非イオン界面活性剤であるソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンミツロウ誘導体、ポリオキシエチレンラノリン誘導体、ポリオキシエチレン脂肪酸アミド;陰イオン界面活性剤であるアルキル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルスルホコハク酸エステル塩;天然系の界面活性剤であるレシチン、グリセロリン脂質、スフィンゴリン脂質、ショ糖脂肪酸エステルなどが挙げられ、特にポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルが好ましく、とりわけポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(ポリソルベート80)およびポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(ポリソルベート20)が好ましい)、およびアミノ酸(例えば、D−、L−およびDL−体のロイシン、トリプトファン、セリン、グルタミン酸、アルギニン、ヒスチジン、リジン、メチオニン、フェニルアラニンおよびアセチルトリプトファンならびにその塩であり、より好ましいのはL−ロイシン、L−トリプトファン、L−グルタミン酸、L−アルギニン、L−ヒスチジンおよびL−リジンならびにその塩である)などを含むが、これに限定されない。
【0026】
本発明の安定なタンパク質溶液製剤は通常非経口投与経路で、例えば注射剤(皮下又は静注)、経皮、経粘膜、経鼻などで投与されるが、経口投与も可能である。
本発明の安定なタンパク質溶液製剤中に含まれるタンパク質の量は、使用するタンパク質、治療すべき疾患の種類、疾患の重症度、患者の年齢などに応じて決定できる。
【0027】
一般的には、本願製剤、または糖類を添加した後の注射用組成物の全体量に対して、0.01μg〜100mg/ml、好ましくは0.5μg〜50mg/mlのタンパク質を含む。例えばEPOの場合には溶液製剤中のEPOの量は、一般には100〜500000IU/ml(約0.5〜3000μg/ml)、好ましくは200〜100000IU/ml(約1〜600μg/ml)、さらに好ましくは750〜72000IU/ml(約4〜400μg/ml)である。また、G−CSFの場合には、一般には最終投与濃度で1〜1000μg/ml、好ましくは10〜800μg/ml、さらに好ましくは50〜500μg/mlである。また、抗体である場合には、一般には最終投与濃度で0.1〜200mg/ml、好ましくは1〜120mg/mlである。
【0028】
本発明の溶液製剤はこれらの成分をリン酸および/又はクエン酸緩衝液などの溶液製剤の分野で公知の水性緩衝液に溶解することによって調製できる。リン酸緩衝液は、リン酸一水素ナトリウム−リン酸二水素ナトリウム系が好ましく、クエン酸緩衝液としてはクエン酸ナトリウムの緩衝液が好ましい。
【0029】
本発明のタンパク質溶液製剤がエリスロポエチン溶液製剤である場合には、その中にはEPO、非イオン性界面活性剤(例えばポリソルベート80、ポリソルベート20)、等張剤(例えば塩化ナトリウム)および必要に応じて安定化剤(例えばアミノ酸、好ましくはL−ヒスチジン)を含み、pHを5.0−8.0、好ましくは5.5−7.0とすることが好ましい。
【0030】
本発明のタンパク質溶液製剤がG−CSF溶液製剤である場合には、その中にはG−CSF、非イオン性界面活性剤(例えばポリソルベート80、ポリソルベート20)、および必要に応じて希釈剤、溶解補助剤、等張化剤、賦形剤、pH調整剤、無痛化剤、緩衝剤、含硫還元剤、酸化防止剤等を含み、pHを5.0−8.0、好ましくは6.0−7.0とすることが好ましい。
【0031】
本発明の疎水性樹脂製容器に予め充填された安定なタンパク質溶液製剤はEPO及びG−CSFを用いて試験した後述する実施例に示すように、40℃−4ヶ月の加速試験を行った後にも、ガラス製容器に比較して極めて良好なEPO残存率を示す。
【0032】
本発明はまた、タンパク質溶液製剤を上述した樹脂製容器に充填して保存することからなるタンパク質溶液製剤の安定化方法を提供する。本発明における安定化とは、充填するタンパク質の種類によって異なるが、例えばエリスロポエチン溶液製剤の場合であれば、これを例えば10℃で2年間以上、又は25℃で6ヶ月以上、好ましくは1年以上、さらに好ましくは2年以上、あるいは40℃で2週間以上保存し、その際にエリスロポエチンの残存率を90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上に保つことを意味する。
【0033】
本発明によってタンパク質溶液製剤を常温で安定に長期保存することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の疎水性樹脂製容器に予め充填されたタンパク質溶液製剤は、タンパク質の生理活性含量が長期にわたって低下せず、従来のガラス製容器に予め充填された溶液製剤よりも安定である。本発明により、従来低温保存していたタンパク質溶液製剤を常温で長期間安定に保存することも可能になる。本発明の樹脂製容器の製造は熱成型であるために工程が簡素化される利点がある。さらに、樹脂製容器はガラス製容器に比べて重量が軽く、破損しにくいので、輸送にも適しており、本発明の産業上の利用価値は極めて大きいものがある。
【実施例】
【0035】
以下の実施例では、エリスロポエチン(EPO)または顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)を代表例として用いて、長期安定性試験、加速試験を実施した結果を記載するが、本発明の範囲はこれに限定されない。種々の変更、修飾が当業者には可能である。
【0036】
なお、以下の実施例において、製剤の評価はRP−HPLC分析法を用いてEPOまたはG−CSFの含量を求めることにより行った。
実施例1:EPO溶液製剤の10℃、25℃保存における長期安定性試験
EPO溶液製剤の調製
調剤溶液1ml中に以下の成分:
EPO 1500国際単位
ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート
(ポリソルベート80) 0.05mg
塩化ナトリウム 8.5mg
L−ヒスチジン 1.35mg
を含み、10mMリン酸緩衝溶液にてpH6.0に調整した。
試験方法
前記のようにして調製したエリスロポエチン溶液製剤0.5mLを、表面にシリコンを塗布したガラス製容器、およびCOP製容器(ノルボルネンの開環重合体の水素添加物であるCOPから製造:大協精工製、Daikyo Resin CZ(登録商標))にそれぞれ充填してEPO溶液製剤を調製し、10℃で3ヶ月および9ヶ月、ならびに25℃で3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月および24ヶ月の安定性試験を行った。
【0037】
なお、本実施例で使用したEPOはCHO細胞で産生された糖鎖を有する組換えタンパク質である。
得られた結果を以下の表1(10℃保存)、および表2(25℃保存)に示す。数字はRP−HPLC分析法で測定したEPOの含量を示し、カッコ内の数字は充填時(Initial)の残存率を100%としたときの残存率を示す。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
表から明らかなように、10℃、3ヶ月、9ヶ月保存では、ガラス製容器、COP製容器ともにEPO残存率は充填時に比較してほぼ100%保持されている。また、25℃、3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月保存では、COP製容器のEPO残存率は充填時に比較して100%保持されており、24ヶ月保存後でも96〜98%程度保存されているのに対して、ガラス製容器はやや低くなる傾向が見られた。
【0041】
この結果から、本発明の樹脂容器に予め充填されたタンパク質溶液製剤、特にEPOのように糖鎖のついたタンパク質溶液製剤が常温で長期間保存しても極めて高い安定性を示すことが確認された。
【0042】

実施例2:EPO溶液製剤の40℃加速試験
実施例1と同様にしてガラス製およびCOP製容器に充填して調製したEPO溶液製剤を、40℃の加速試験で2ヶ月、4ヶ月および6ヶ月保存した。
【0043】
得られた結果を以下の表3に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
これらの結果から、40℃、6ヶ月までの試験では、EPO溶液製剤はCOP製容器に充填した方がガラス製容器に充填したものよりも安定であった。

実施例3:EPO溶液製剤の50℃加速試験
実施例1と同様にしてガラス製およびCOP製容器に充填して調製したEPO溶液製剤を、50℃の加速試験で1ヶ月、2ヶ月および3ヶ月保存した。
【0046】
得られた結果を以下の表4に示す。
【0047】
【表4】

【0048】
ガラス製容器、COP容器いずれに充填したものも、50℃で加速すると3ロットともに残存率が低下していく傾向は同じであり、ロット間の差は認められなかった。50℃、3ヶ月までの加速試験では、EPO溶液製剤はCOP製容器に充填した方がガラス製容器に充填したものよりも安定であった。
【0049】

実施例4:EPO溶液製剤の60℃加速試験
実施例1と同様にしてガラス製およびCOP製容器に充填して調製したEPO溶液製剤を、60℃の加速試験で1週間、2週間および3週間保存した。
【0050】
得られた結果を以下の表5に示す。
【0051】
【表5】

【0052】
ガラス製容器、COP容器いずれに充填したものも、60℃で加速すると3ロットともに残存率が低下していく傾向は同じであり、ロット間の差は認められなかった。60℃、3週間までの加速試験では、EPO溶液製剤はCOP製容器に充填した方がガラス製容器に充填したものよりも安定であった。
【0053】

実施例5:G−CSF溶液製剤の40℃加速試験
G−CSF溶液製剤の調製
調剤溶液1ml中に以下の成分:
G−CSF 125μg
ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート
(ポリソルベート20) 0.1mg
塩化ナトリウム 7.5mg
を含み、1mol/L塩酸にてpH6.5に調整した。
試験方法
前記のようにして調製したG−CSF溶液製剤0.5mLを、表面にシリコンオイルを塗布しないガラス製容器、シリコンオイルを塗布したガラス製容器、およびCOP製容器(ノルボルネンの開環重合体の水素添加物であるCOPから製造:大協精工製、Daikyo Resin CZ(登録商標))にそれぞれ充填してG−CSF溶液製剤を調製し、40℃の加速試験で2週間保存した。
【0054】
なお、本実施例で使用したG−CSFはCHO細胞で産生された糖鎖を有する組換えタンパク質である。
得られた結果を以下の表6に示す。数字はRP−HPLC分析法で測定したG−CSFの含量を示し、カッコ内の数字は充填時(Initial)の残存率を100%としたときの残存率を示す。
【0055】
【表6】

【0056】
充填時と比較した残存率は、ガラス製容器が2週間にて85.4%(シリコンオイル未塗布)および84.8%(シリコンオイル塗布)であり、COP製容器は94.6%であった。この結果から、40℃、2週間までの試験では、G−CSF溶液製剤はCOP製容器に充填した方がガラス製容器に充填したものよりも安定であった。
【0057】

実施例6:不純物の溶出試験ならびに容器への吸着性試験
調剤溶液1ml中にEPOを1500国際単位又は48000国際単位含むエリスロポエチン溶液製剤を調製した。1500国際単位含む製剤は実施例1に記載するようにして調製した。また48000国際単位含む製剤は、以下のように調製した。
【0058】
調剤溶液1ml中に以下の成分:
EPO 48000国際単位
ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート
(ポリソルベート80) 0.05mg
塩化ナトリウム 7.0mg
L−ヒスチジン 1.35mg
を含み、25mMリン酸緩衝溶液にてpH6.0に調整した。
【0059】
上記のように調製した製剤0.5mlを、表面にシリコンを塗布したガラス製シリンジ、COP製シリンジ、COP製バイアル(いずれもノルボルネンの開環重合体の水素添加物であるCOPから製造:大協精工製、Daikyo Resin CZ(登録商標))、表面にシリコンを塗布していないガラス製アンプルおよび表面にシリコンを塗布していないガラス製バイアルにそれぞれ充填してEPO溶液製剤を調製した。
不純物の溶出試験
各容器中に調製したEPO溶液製剤の残存率をRP−HPLC分析法を用いて定量するときに、EPOのピーク以外の、容器から溶出した不純物のピークが観察されるかを試験した。全てのサンプルについて不純物のピークは観察されず、容器からの不純物の溶出はないことが確認された。
容器への吸着性試験
各容器中のEPOを回収して、EPO調製液に対する回収率(%)を測定した。結果(3回の試験から得られた平均)を表7に示す。
【0060】
【表7】

【0061】
COP容器に調製したEPOは、シリコンオイルを塗布したガラス製容器に調製したEPOと同等あるいはそれ以上の回収率であり、シリコンオイル未塗布のガラス容器と比較するとはるかに回収率がよかった。従って、COP容器は器壁への吸着が少ない、優れた容器であることが判明した。
【0062】

実施例7:種々の樹脂製容器中のEPO溶液製剤の長期安定性試験及び加速度試験
調剤溶液1ml中にEPOを1500国際単位含むエリスロポエチン溶液製剤(実施例1と同様に調製)0.5mlを、ガラス製容器、COP製容器(ノルボルネンの開環重合体の水素添加物であるCOPから製造:大協精工製、Daikyo Resin CZ(登録商標))、COC製容器(テトラシクロドデセンとエチレン等のオレフィンを原料とした共重合体:三井化学製、アペル(登録商標))にそれぞれ充填してEPO溶液製剤を調製した。
【0063】
このようにして調製したEPO溶液製剤について(1)25℃で2ヶ月、3ヶ月および6ヶ月の安定性試験を行い、またガラス製容器とCOC製容器に充填したEPO溶液製剤についてはさらに(2)40℃で2ヶ月、4ヶ月および6ヶ月の加速度試験、(3)50℃で1ヶ月、2ヶ月および3ヶ月の加速度試験、(4)60℃で1週間、2週間および3週間の加速度試験を行った。得られた結果(3回の試験から得られた平均)をそれぞれ以下の表8、表9、表10および表11に示す。数字は充填時(Initial)の残存率を100%としたときの残存率を示す。
【0064】
【表8】

【0065】
【表9】

【0066】
【表10】

【0067】
【表11】

【0068】
いずれの試験においても、樹脂製容器に調製したEPO溶液製剤はガラス製容器に調製したものよりも高い残存率を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質溶液製剤を収納する容器の少なくとも該製剤と直接接触する部分の容器材質が疎水性の樹脂であって、前記タンパク質が糖鎖を有する遺伝子組換えタンパク質であって、前記疎水性樹脂が以下のものから選択される、常温で長期間保存することができる安定したタンパク質溶液製剤:
1)環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー、
2)シクロオレフィン類開環重合体、
3)シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの。
【請求項2】
容器が樹脂製容器である請求項1記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項3】
シクロオレフィン類開環重合体がノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンの開環重合体である請求項1又は2記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項4】
シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したものがノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンの開環重合体に水素添加したものである請求項1又は2記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項5】
シクロオレフィンコポリマーがノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンまたはその誘導体と、エチレンまたはプロピレンとの共重合体である請求項1又は2記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項6】
シクロオレフィンコポリマーがノルボルネンもしくはテトラシクロドデセンとエチレンとの共重合体である請求項5記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項7】
樹脂が熱可塑性ノルボルネン系樹脂または熱可塑性テトラシクロドデセン系樹脂である請求項1又は2記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項8】
容器形状が、バイアル、アンプル、注射器および瓶からなる群より選択される請求項1〜7のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項9】
プレフィルドシリンジ溶液製剤である請求項8記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項10】
タンパク質がエリスロポエチンである請求項1〜9のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項11】
タンパク質が顆粒球コロニー刺激因子である請求項1〜9のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項12】
常温で長期間保存することができる請求項1〜11のいずれかに記載のタンパク質溶液製剤。
【請求項13】
タンパク質溶液製剤を、少なくとも該製剤と直接接触する部分の容器材質が疎水性の樹脂である容器に充填して保存することからなるタンパク質溶液製剤を常温で長期間安定化させる方法であって、前記タンパク質が糖鎖を有する遺伝子組換えタンパク質であって、前記疎水性樹脂が以下のものから選択される前記方法:
1)環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー、
2)シクロオレフィン類開環重合体、
3)シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの。

【公開番号】特開2011−168610(P2011−168610A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108579(P2011−108579)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【分割の表示】特願2006−2884(P2006−2884)の分割
【原出願日】平成12年9月8日(2000.9.8)
【出願人】(000003311)中外製薬株式会社 (228)
【Fターム(参考)】