タンパク質結晶の凍結方法及び凍結装置
【課題】窒素ガスの吹き付けをしなくても、液体窒素の表層の低温ガス層を効率良く除去できる、タンパク質結晶の凍結方法及びその装置を提供する。
【解決手段】タンパク質結晶を液体窒素LNの中へ入れて凍結させるタンパク質結晶の凍結方法において、容器13中に収容された液体窒素LNの表層に存在する低温ガス層18を形成するガスを、壁部材12と容器13壁とによって形成されたガス搬送路と、ファン19とを用いた吸引によって表層18から除去しながら、タンパク質結晶を液体窒素LNの表層を通過させて液体窒素LNの中へ入れる。タンパク質結晶を液体窒素LNへ挿入するときには、低温ガス層18が無くなっているので、タンパク質結晶を液体窒素LNによって急速冷却できる。
【解決手段】タンパク質結晶を液体窒素LNの中へ入れて凍結させるタンパク質結晶の凍結方法において、容器13中に収容された液体窒素LNの表層に存在する低温ガス層18を形成するガスを、壁部材12と容器13壁とによって形成されたガス搬送路と、ファン19とを用いた吸引によって表層18から除去しながら、タンパク質結晶を液体窒素LNの表層を通過させて液体窒素LNの中へ入れる。タンパク質結晶を液体窒素LNへ挿入するときには、低温ガス層18が無くなっているので、タンパク質結晶を液体窒素LNによって急速冷却できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質結晶を凍結させるための凍結方法及び凍結装置に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質(protein)とは、L−アミノ酸が多数連結(重合)してできた高分子化合物であり、生物の重要な構成成分のひとつである。タンパク質に代表される生体高分子の立体構造に関する知見が生命科学の分野において非常に重要で不可欠であることは知られている。近年、タンパク質の立体構造の知見を基にそのタンパク質が持つ機能を解明することを目的とした学問分野である構造生物学が注目されている。
【0003】
タンパク質の立体構造を分子レベル、さらには原子レベルで決定できる有力な手段としてX線分析装置が知られている。被検物質であるタンパク質にX線を照射したときにそのタンパク質から出る2次X線、例えば回折線、散乱線等を検出して分析することにより、タンパク質の分子立体構造又は原子立体構造を知ることができ、その知見に基づいて分子生物学におけるタンパク質の解析を行うことができる。
【0004】
タンパク質の構造解析は、一般に、図9に示す工程図のような手順で行われる。具体的には、まず、工程P1において、被検対象であるタンパク質を結晶化する。得られた結晶は、工程P2において、X線回折測定に適した試料となるように調整される。例えば、キャピラリチューブに封入されたり、凍結させられたりする。キャピラリチューブに封入するのは、タンパク質結晶には溶媒(例えば水)が含まれているが、空気中に放置すると溶媒分子が蒸発して結晶が壊れるおそれがあるからである。他方、タンパク質結晶を凍結させるのは、結晶に含まれる溶媒(例えば水)をガラス状態(非晶質状態)にすることにより、タンパク質結晶からの回折線の邪魔になる回折線を生じさせないようにするためである。
【0005】
次に、工程P3においてタンパク質結晶を試料としてX線回折測定を行って、回折線強度I(hkl)を求める。次に、求められた回折線強度I(hkl)に基づいて、工程P4において結晶構造因子F(hkl)を計算し、さらに求められた結晶構造因子F(hkl)をフーリエ合成して単位格子内の電子密度ρ(xyz)を求める。
【0006】
次に、求められた電子密度ρ(xyz)に基づいて、工程P5においてタンパク質の分子モデルを組み上げて行き(分子モデルの構築)、さらに構築された分子モデルと回折強度測定で得られた分子モデルが十分に一致するように分子モデルを修正する(分子モデルの精密化)。こうして、タンパク質の分子モデルが最終的に決定されて、構造解析の目的が達成される。
【0007】
上記のタンパク質の構造解析処理に関して Warkentin 等は非特許文献1において、特に試料調整工程P2に関して次のことを開示している。すなわち、タンパク質結晶の凍結は、その結晶を液体窒素の中へ突っ込み冷却(plunge cool)することにより達成できるはずである。しかしながら、液体窒素の液面表層には低温ガス層(cold gas layer)が形成されており、結晶を液体窒素の中へ突っ込む際には、結晶がその低温ガス層を横切って液体窒素へ入れられることから、次のような問題が発生する。
【0008】
結晶は本来、瞬間的に冷却(flash cooling)されて凍結され、内部の溶媒(例えば水)がガラス状(非晶質状)にされるべきであるが、上記の低温ガス層を横切るときにゆっくりと冷却されるため、溶媒が結晶化することがある。このような溶媒結晶が生成されると、この溶媒結晶から出る回折線が分析対象であるタンパク質結晶からの回折線と干渉し、タンパク質結晶についての正確な回折線強度が得られなくなり、正確なタンパク質の構造決定を行うことができなくなるおそれがある。
【0009】
溶媒結晶の生成を抑制するために、凍結処理に供されるタンパク質結晶に凍結防止剤、すなわち抗凍結剤(cryoprotectant)を添加すること、具体的には、抗凍結剤に結晶を浸すことが考えられる。例えば、抗凍結剤を25%含ませれば、102K(ケルビン)/秒以下の冷却速度で溶媒の結晶化を防止できる。抗凍結剤が6%であれば、104K/秒以下の冷却速度が必要である。抗凍結剤が0%であれば、106K/秒以下の冷却速度が必要である。しかしながら、抗凍結剤を使用すると、タンパク質結晶の内部に浸透圧が生じ、その結果、結晶の破損、分解、構造変化等が発生して、正確な分析ができなくなるおそれがある。
【0010】
Warkentin 等は非特許文献1において、液体窒素の表層の低温ガス層を除去することにより、タンパク質結晶を凍結させるための冷却速度を高速にすることができ、タンパク質結晶の瞬間冷却を実現でき、その結果、抗凍結剤の含有量を小さくできることを教示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】"Hyperquenching for protein cryocrystallography", Matthew Warkentin, Vitacheslav Berejnov, Naji S. Husseini and Robert E. Thorne, Journal of Applied Crystallography (2006).39, 805-811
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
液体窒素の表層の低温ガス層を除去するために、Warkentin 等は非特許文献1において、液体窒素の表層の近傍にノズルを配置し、そのノズルを通して窒素ガスを液体窒素の表層に吹き付けることにより、低温ガス層を吹き飛ばすことを提案している。
【0013】
しかしながら、この除去方法を実現するにあたっては、窒素ガスのガスタンクを含んだ大掛かりな設備を準備しなければならない。しかも、窒素ガスの消費量はかなり大きい。これらのため、広い設備空間及び大きな経費が必要となる。
【0014】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるという問題も生じる。
【0015】
本発明は、上記の問題点を解消するために成されたものであって、窒素ガスの吹き付けをしなくても、液体窒素の表層の低温ガス層を効率良く除去できる、タンパク質結晶の凍結方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係るタンパク質結晶の凍結方法は、タンパク質結晶を冷媒の中へ入れて凍結させるタンパク質結晶の凍結方法において、容器中に収容された前記冷媒の表層に存在する低温ガス層を形成するガスを、吸引によって当該表層から除去しながら、前記タンパク質結晶を前記冷媒の表層を通過させて当該冷媒の中へ入れることを特徴とする。
【0017】
タンパク質結晶は多量の溶媒(例えば水)を含んで結晶化するので、溶媒が蒸発等するとその蒸発等の際に結晶が壊れるおそれがある。タンパク質結晶を凍結すれば、溶媒を凍結してその動きを規制でき、タンパク質結晶が壊れることを回避できる。その際、凍結した溶媒、例えば氷が結晶状態をとっていると、X線回折測定を行ったときに、被検試料であるタンパク質結晶から出る回折線以外に、氷の結晶からの不要な回折線が出てしまい、タンパク質結晶からの回折線を正確に測定できないおそれがある。
【0018】
溶媒である水が凍結するときに、結晶状態の氷が生成されることなく、ガラス状(非晶質状)の氷が生成されれば、上記のような氷の結晶からの回折線が無くなり、タンパク質結晶からの回折線を正確に捕らえることができるようになる。このように氷の結晶が生成されないようにするためには、溶媒としての水を含んだタンパク質結晶を急速に冷却することが有効である。
【0019】
タンパク質結晶を凍結させるために用いられる冷媒(例えば液体窒素、液体プロパン等)は、通常、タンパク質結晶を十分に急速に冷却できる特性を有している。例えば、液体窒素の温度は81K(ケルビン、−192℃)であるので、この液体窒素にタンパク質結晶を入れれば、タンパク質結晶を急速冷却することができ、氷の結晶の生成を回避できるはずである。
【0020】
しかしながら、液体窒素等といった冷媒はその温度が非常に低温であるが故に、その液面表層に必然的に低温ガス層が形成される。従って、タンパク質結晶を液体窒素へ突っ込み投入するさいには、タンパク質結晶は必ずこの低温ガス層を通過する。この低温ガス層は緩やかな温度勾配をもって温度変化する層であるので、この低温ガス層を通過するタンパク質結晶は液体窒素で急冷される前に低温ガス層によって比較的ゆっくりと冷却されてしまう。このようなゆっくりとした冷却では、溶媒である水をガラス状に凍結させることは難しく、結晶化してしまう。この氷の結晶はX線回折測定の妨げとなる。
【0021】
本発明によれば、低温ガス層を吸引によって液体窒素等といった冷媒の表層から除去した上で、タンパク質結晶をその液体窒素へ挿入することにしたので、タンパク質結晶は意図通りに急速に冷却され、その結果、溶媒を結晶化させることなくガラス状に凍結できる。このため、タンパク質結晶についての回折線を正確に検出できる。
【0022】
しかも、本発明では、低温ガス層の除去のために窒素ガスの噴き付けを行うことが無いので、窒素ガス設備を準備する必要が無く、それ故、設備のためのコストが安く、窒素ガスを準備するためのコストも不要であり、非常に経済的である。
【0023】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるのであるが、本発明によれば、そのような霧の発生が無いので、作業が非常にやり易くなる。
【0024】
本発明方法においては、前記低温ガス層を形成するガスを前記容器の周縁の一部又は全域において吸引することが望ましい。ガスを吸引する場所は種々考えられるが、容器の周縁から吸引することが、低温ガス層を除去する上で効果的である。
【0025】
本発明方法において、前記冷媒は液体窒素であることが望ましい。冷媒は液体プロパン等とすることもできるが、安全性、経済性等の観点から液体窒素であることが望ましい。
【0026】
次に、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置は、タンパク質結晶を凍結させる冷媒を収容しタンパク質結晶を出し入れできる開口を有した容器と、前記開口の周縁領域の一部又は全部において当該開口上のガスを吸引して当該開口上から除去するガス除去手段とを有することを特徴とする。
【0027】
本発明装置によれば、冷媒の表面に形成された低温ガス層をガス除去手段によって除去した上で、タンパク質結晶をその冷媒中へ入れることができるので、タンパク質結晶内の溶媒(例えば水)を結晶化でなくガラス状に凍結させることができる程度に、タンパク質結晶を急速冷却できる。このため、タンパク質結晶のX線回折測定を正確に行なうことができる。
【0028】
しかも、窒素ガスの吹き付けによる低温ガス層の除去ではないので、非常に経済的である。さらに、窒素ガスの吹き付けによる霧の発生の心配も無いので、作業が非常に楽である。
【0029】
次に、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置において、前記ガス除去手段は、前記容器の開口の周縁領域の一部又は全部にガス吸引用の開口を有したガス搬送路と、該ガス搬送路内のガスを吸引する吸ガス器とを有することが望ましい。ガスを容器開口の周縁から吸い出すようにすれば、低温ガス層の除去を確実に行うことができる。
【0030】
この構成において、前記ガス搬送路は、前記容器の周壁を間隔をおいて覆う壁部材と、前記容器の開口の周縁領域を間隔をおいて覆う庇部とを有することができる。そして、前記庇部は前記壁部材に連続して形成することができる。この構成の場合、ガス搬送路は、壁部材と容器壁とによって形成された空間によって形成される。壁部材によってガス搬送路を形成すれば、特別なガス管が不要であり、装置全体の構造が簡単で取り扱い易い構造となる。
【0031】
本発明装置においては、前記壁部材が前記容器の全体を覆い、前記壁部材に囲まれた領域内であって前記容器の外側の部分に前記吸ガス器が設けられることが望ましい。そして、前記吸ガス器は、前記容器と反対側へガスを吸引するファンとすることが望ましい。この構成により、本発明のタンパク質結晶の凍結装置の全体的な構造を非常に簡単にすることができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明方法及び装置によれば、低温ガス層を吸引によって液体窒素等といった冷媒の表層から除去した上で、タンパク質結晶をその液体窒素へ挿入することができるので、タンパク質結晶は意図通りに急速に冷却され、その結果、溶媒を結晶化させることなくガラス状に凍結できる。このため、タンパク質結晶についての回折線を正確に検出できる。
【0033】
しかも、本発明では、低温ガス層の除去のために窒素ガスの噴き付けを行うことが無いので、窒素ガス設備を準備する必要が無く、それ故、設備のためのコストが安く、窒素ガスを準備するためのコストも不要であり、非常に経済的である。
【0034】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるのであるが、本発明によれば、そのような霧の発生が無いので、作業が非常にやり易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置の一実施形態を示す斜視図である。
【図2】図1の凍結装置の側面断面図である。
【図3】低温ガス層の温度特性を示すグラフである。
【図4】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置の他の実施形態を示す断面図である。
【図5】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図6】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図7】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図8】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図9】タンパク質のX線構造解析方法の一般的な工程図である。
【図10】結晶化処理の一例を示す模式図である。
【図11】結晶化されたタンパク質を模式的に示す図である。
【図12】X線回折測定系の一例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(タンパク質結晶の凍結方法及び凍結装置の第1実施形態)
本発明に係るタンパク質結晶の凍結方法及び凍結装置を説明する前に、まず、X線分析を用いたタンパク質の構造解析方法について図9に示された工程図に基づいて簡単に説明する。
【0037】
まず、工程P1でタンパク質の結晶化が行われる。結晶化する理由は、第1に、タンパク質が気体や溶液の状態であると分子が激しく動いて立体構造が確定しないからである。第2に、結晶化して分子を規則正しく配列させると高強度の回折線を得ることができるからである。
【0038】
結晶化の方法としては、静置バッチ法、自由界面拡散法、微量透析法、蒸気拡散法、等といった種々の方法があるが、例えば蒸気拡散法に従って結晶化を行うものとすれば、図10に示すように、容器1内に沈殿剤を含んだ緩衝液2を収容し、容器1の開口をガラスの蓋3で密封する。そして、沈殿剤を含んだタンパク質溶液4を蓋3に吊り下げる。
【0039】
タンパク質溶液4に含まれる沈殿剤の濃度は、緩衝液2に含まれる沈殿剤の濃度の1/2である。緩衝液2とタンパク質溶液4とが蒸気平衡に近づくにつれてタンパク質溶液4から溶媒である水が蒸発し、タンパク質溶液中の沈殿剤濃度が上昇し、タンパク質が結晶化する。得られた結晶は、図11に符号5で示すように、ループと呼ばれる捕集具6によって溶液と共に捕集される。
【0040】
捕集具6に捕集されたタンパク質結晶5は、工程P3で行われるX線回折測定に適した状態の試料となるように、工程P2において調整処理を受ける。本実施形態では、その調整のために、タンパク質結晶5を抗凍結剤を含んだ溶液に浸した後、そのタンパク質結晶5を凍結する。
【0041】
タンパク質結晶を凍結させるのは、水が蒸発することを防止したり、結晶に含まれる溶媒である水をガラス状態(非晶質状態)にすることにより、タンパク質結晶からの回折線の邪魔になる回折線を生じさせないようにするためである。また、タンパク質結晶5に抗凍結剤を加えるのは、結晶に含まれる又は結晶の周囲にある水が結晶状態に氷結することを防ぐためである。
結晶の凍結処理については後で詳しく説明する。
【0042】
凍結されたタンパク質結晶5は、図9のX線回折測定工程P3において、図12に示すように、X線源7及び2次元X線検出器8を含んだX線回折測定装置のX線光軸X0上に置かれる。X線源7は測定の種類に応じて白色X線又は特性X線を出射する。2次元X線検出器8は試料であるタンパク質結晶5から出た回折X線を検出するための検出器であり、平面形あるいは湾曲形のものが用いられる。例えば、2次元X線検出器8は蓄積性蛍光体によって形成された平板状のX線検出器であり、試料であるタンパク質結晶5から出た回折線を平面内で受光する検出器である場合で説明する。なお、X線回折測定装置はX線源7及びX線検出器8以外に、スリット、モノクロメータ等といった各種X線光学要素を含むものであるが、それらの図示は省略している。
【0043】
X線源7から放出されたX線が試料であるタンパク質結晶5に入射すると、結晶5の原子立体構造に応じてX線光軸X0に対して所定の回折角度位置に回折線が生じ、その回折線がX線検出器8によって受光される。図では符号Pで受光点を模式的に示している。X線受光点Pが形成されるとき、回折線の強度の大きさに応じてX線検出器8によるX線受光量が変化し、受光部分Pに蓄積される蓄像量が変化する。X線検出器8に蓄積された蓄像量は、引き続いて行われる次の工程でレーザ光等といった輝尽励起光を受けて読み取られる。読み取られた結果は、回折線強度I(hkl)として電気信号によって特定される。
【0044】
回折線強度I(hkl)が得られると、工程P4において、電子密度ρ(xyz)を求めるための計算を行う。具体的には、I(hkl)に基づいて結晶構造因子F(hkl)を計算によって求め、さらに求められた結晶構造因子F(hkl)をフーリエ合成して電子密度ρ(xyz)を求める。
【0045】
その後、求められた電子密度ρ(xyz)に対して、工程P5においてアミノ基を当てはめてタンパク質の分子モデルを組み上げて行く作業を行う(分子モデルの構築)。さらに、構築された分子モデルと回折線強度測定で得られた分子モデルとを比較しながら分子モデルを修正する(分子モデルの精密化)。以上により、目標とするタンパク質結晶の分子モデルが求められる。
【0046】
以下、工程P2において行われるタンパク質結晶の凍結工程を詳しく説明する。
この工程では、例えば図1に示す凍結装置11を使用する。この凍結装置11は内部が中空である円筒形状の壁部材12を有し、その壁部材12の内部に容器13及び吸ガス器としてのファン19が設けられている。
【0047】
容器13は、図2に示すように、上端に開口14を有する有底の容器である。容器13の内部に冷媒である液体窒素LNが収容されている。冷媒としては、液体プロパンを用いることもできる。ファン19は、軸15を中心として回転する複数の羽部材16を有している。羽根部材16が回転すると、ファン19と容器13との間にある空気又はガスがファン19の下方へ吸引される。吸引された空気又はガスは壁部材12の下部に設けた開口を通して外部へ排出される。また、容器13の底部は、下端が緩やかに湾曲する底部となっていても良い。
【0048】
壁部材12の上端は容器13の開口14よりも上方へ張り出しており、その上端部に庇部17が設けられている。庇部17は、容器13の上端縁を越えて水平方向へ延び、開口14の周縁領域まで延在している。つまり、開口14の周縁領域は庇部17によって覆われている。庇部17のうち開口14の周縁領域の上方に位置する部分は容器13の内部方向へ向かって下がる傾斜部となっている。本実施形態では、庇部17が開口14の周縁領域の全域に設けられているが、周縁領域の一部には庇部17が無い部分があっても良い。
【0049】
本実施形態では、壁部材12と容器13との間の空間がガス搬送路を形成している。そして、その空間内に吸ガス器としてのファン19が設けられている。ファン19が作動すると、ガス搬送路内の空気が吸引されて外部へ排出される。ガス搬送路とファン19とによって、後述する低温ガス層を除去するためのガス除去手段が構成されている。
【0050】
容器13内に収容された液体窒素LNの温度は81K(ケルビン)(−192℃)である。ファン19が停止状態(通電OFF状態)のとき、低温度である液体窒素LNに起因して、液体窒素LNの表層に低温ガス層(cold gas layer)18が形成される。この低温ガス層18は図3に曲線L1で示すような温度特性を有している。具体的には、液体窒素LNの液面からの距離が大きくなるに従って徐々に温度が上がる特性を有している。曲線L1において、液体窒素LNの液面から距離D1の所の温度がTh=235Kとなっている。液体窒素LNの液面から距離D1の所までが低温ガス層18であると考えられる。
【0051】
図11のタンパク質結晶5を凍結させる際には、タンパク質結晶5が捕集具6ごと図2の低温ガス層18を通過して液体窒素LNの中へ挿入される。挿入されたタンパク質結晶5は低温度の液体窒素LNによって凍結状態とされる。しかしながら、タンパク質結晶5が低温ガス層18を通過する際には、液体窒素LNへ入って本格的に冷却される前に、タンパク質結晶5が低温ガス層18の作用によって冷却され始める。このときの冷却速度は比較的遅いものであり、例えば8×103K/S程度である。
【0052】
本実施形態ではタンパク質結晶5に抗凍結剤が添加されるので、タンパク質結晶5に含まれる水及びタンパク質結晶5の周囲の水がタンパク質結晶5の冷却の最中に氷の結晶となることはある程度抑えられる。しかしながら、抗凍結剤の添加が多量であると、浸透圧が高くなりすぎてタンパク質結晶5が破損するおそれがあるので、抗凍結剤の添加量はタンパク質結晶5の破損が生じない程度の少量に抑えられている。
【0053】
このように抗凍結剤が少量に抑えられている場合に、低温ガス層18の作用によってタンパク質結晶5に対する冷却速度が低く抑えられてしまうと、タンパク質結晶5に含まれる水及びタンパク質結晶5の周囲の水は、ガラス状態(非晶質状態)ではなく、結晶状態で氷結する。こうして氷の結晶が生成されると、図12において、タンパク質結晶5からの回折線Pに加えて氷の結晶からの回折線が発生してそれがX線検出器8に受光されてしまうので、タンパク質結晶5の回折線を正確に捉えることができなくなる。
【0054】
そこで、本実施形態では、タンパク質結晶5の凍結処理を行う際には、ファン19がON状態とされる。すると、壁部材12と容器13との間に形成されるガス搬送路内の空気が吸引され、その結果、当該ガス搬送路の先端開口部、すなわち容器13の開口14の周縁領域に向かい合っているガス搬送路の開口部から、低温ガス層18を形成しているガスが吸引されて開口14から除去される。
【0055】
こうして液体窒素LNの表層の低温ガス層18が除去されると、その表層部分の温度勾配は、図2の曲線L2で示すように、液面からの距離が小さい間に急速に高温領域へ立ち上がる状態となる。この状態において図11のタンパク質結晶5を捕集具6ごと容器13内の液体窒素LN内へ突っ込み投入すると、タンパク質結晶5は十分な冷却速度で急速に冷却されて凍結状態となる。このときの冷却速度は、例えば、8×104K/S程度の高い値である。
【0056】
このようにタンパク質結晶5が急速冷却されて凍結されると、タンパク質結晶5に含まれる水及びタンパク質結晶5の周囲の水は、ガラス状態(非晶質状態)で氷結する。従って、これにX線が照射されても高強度の回折ピークは生じない。このため、X線検出器8に捕らえられるのはタンパク質結晶5からの回折線だけとなり、正確なX線回折測定が行われる。
【0057】
非特許文献1(Warkentin等)は、液体窒素の液面近傍にノズルを配置して、このノズルから窒素ガスを放出して、液体窒素の表層の低温ガス層を吹き飛ばして除去する技術を開示している。しかしながら、この技術の場合には、窒素ガスのガスタンクを含んだ大掛かりな設備を準備しなければならない。しかも、窒素ガスの消費量はかなり大きい。これらのため、広い設備空間及び大きな経費が必要となる。
【0058】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなる。
【0059】
本実施形態では、窒素ガスの吹き付けによって低温ガス層を除去するのではなく、ガス吸引によって低温ガス層を除去することにしたので、大掛かりな窒素ガス噴射系を設置する必要がなくなり、窒素ガスを消費するという事態も発生せず、さらに、窒素ガスの噴射により液体窒素の液面に霧が発生してオペレータによる凍結処理作業をやり難くするということも無い。
【0060】
(タンパク質結晶の凍結装置の第2実施形態)
図4は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置の他の実施形態を示している。上記の第1実施形態では、図2に示したように、壁部材12を容器13よりも長い円筒形状に形成し、容器13の下方領域の壁部材12の内部領域内に吸ガス器であるファン19を設けた。
【0061】
本実施形態では、壁部材12の長さを容器13を覆う程度に短縮し、その壁部材12にガス管21を接続し、そのガス管21の途中に吸ガス器であるファン19を設けている。この実施形態では、壁部材12と容器13との間の空間と、ガス管21とによってガス搬送路が形成されている。液体窒素LNの液面表層の低温ガス層18を形成しているガスを、このガス搬送路を通して吸引して除去できる。
【0062】
(タンパク質結晶の凍結装置の第3実施形態)
図5は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。この実施形態では、壁部材12の長さを図4の実施形態よりもさらに短縮し、容器13の底部が壁部材12の下方へ突出している。壁部材12の底面は、容器13の壁面に気密に接触している。この状態でも、壁部材12と容器13との間の空間と、ガス管21とによってガス搬送路が形成されている。
【0063】
(タンパク質結晶の凍結装置の第4実施形態)
図6は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。図2、図4、図5で示した各実施形態では、円筒形状の壁部材12と容器13との間の空間と、ガス管21とによってガス搬送路を形成した。これに対し、本実施形態では、ガス管22によってガス搬送路を形成している。
【0064】
本実施形態では、液体窒素LNの液面表層の低温ガス層18を形成しているガスを、ガス管22を通してファン19によって吸引して液面表層から除去する。ガス管22のガス吸引用開口は、ガス管22の先端の開口23である。図では2本のガス管22が示されているが、ガス管22の数は、1本でも良いし、2本以上でも良い。
【0065】
(タンパク質結晶の凍結装置の第5実施形態)
図7は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。この実施形態が1本又は複数本のガス管24を用いてガス搬送路を形成していることは、図6に示した実施形態と同じである。
【0066】
この実施形態では、ガス管24の先端部分が液体窒素LNの中に挿入されており、ガス吸引用開口25は、ガス管24の先端よりも少し上方位置の側面に形成されている。もちろん、開口25の位置は、液体窒素LNの液面よりも上方の位置である。
【0067】
(タンパク質結晶の凍結装置の第6実施形態)
図8は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。この実施形態は図2に示した実施形態に改変を加えたものである。図2の実施形態と同じ部材は同じ符号で示すことにしてその説明は省略することにする。
【0068】
本実施形態が図2に示した実施形態と異なる点は、壁部材12の上端開口の上にノズルではない広口の吐出管26を設け、この吐出管26を窒素ガス源27に接続したことである。窒素ガス源27から放出された窒素ガスは、低温ガス層18を吹き飛ばすことなく、液体窒素LNの表層を覆う。
【0069】
窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるおそれがあった。これに対し、本実施形態では、水分を含んでいない窒素ガスによって液体窒素の表層を覆うことにしたので、表層に霧が発生することがない。
【符号の説明】
【0070】
1.容器、 2.緩衝液、 3.蓋、 4.タンパク質溶液、 5.結晶、 6.捕集具、 7.X線源、 8.2次元X線検出器、 11.凍結装置、 12.壁部材(ガス搬送路、ガス除去手段)、 13.容器(ガス搬送路、ガス除去手段)、 14.開口、 15.軸、 16.羽根部材、 17.庇部、 18.低温ガス層、 19.ファン(吸ガス器、ガス除去手段)、21,22,24.ガス管(ガス搬送路、ガス除去手段)、
23,25.ガス管の開口、 26.吐出管、 27.窒素ガス源、 D1.液面からの距離、 LN.液体窒素、 P.受光点、 X0.X線光軸、 L1,L2.液体窒素の液面上の温度特性曲線
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質結晶を凍結させるための凍結方法及び凍結装置に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質(protein)とは、L−アミノ酸が多数連結(重合)してできた高分子化合物であり、生物の重要な構成成分のひとつである。タンパク質に代表される生体高分子の立体構造に関する知見が生命科学の分野において非常に重要で不可欠であることは知られている。近年、タンパク質の立体構造の知見を基にそのタンパク質が持つ機能を解明することを目的とした学問分野である構造生物学が注目されている。
【0003】
タンパク質の立体構造を分子レベル、さらには原子レベルで決定できる有力な手段としてX線分析装置が知られている。被検物質であるタンパク質にX線を照射したときにそのタンパク質から出る2次X線、例えば回折線、散乱線等を検出して分析することにより、タンパク質の分子立体構造又は原子立体構造を知ることができ、その知見に基づいて分子生物学におけるタンパク質の解析を行うことができる。
【0004】
タンパク質の構造解析は、一般に、図9に示す工程図のような手順で行われる。具体的には、まず、工程P1において、被検対象であるタンパク質を結晶化する。得られた結晶は、工程P2において、X線回折測定に適した試料となるように調整される。例えば、キャピラリチューブに封入されたり、凍結させられたりする。キャピラリチューブに封入するのは、タンパク質結晶には溶媒(例えば水)が含まれているが、空気中に放置すると溶媒分子が蒸発して結晶が壊れるおそれがあるからである。他方、タンパク質結晶を凍結させるのは、結晶に含まれる溶媒(例えば水)をガラス状態(非晶質状態)にすることにより、タンパク質結晶からの回折線の邪魔になる回折線を生じさせないようにするためである。
【0005】
次に、工程P3においてタンパク質結晶を試料としてX線回折測定を行って、回折線強度I(hkl)を求める。次に、求められた回折線強度I(hkl)に基づいて、工程P4において結晶構造因子F(hkl)を計算し、さらに求められた結晶構造因子F(hkl)をフーリエ合成して単位格子内の電子密度ρ(xyz)を求める。
【0006】
次に、求められた電子密度ρ(xyz)に基づいて、工程P5においてタンパク質の分子モデルを組み上げて行き(分子モデルの構築)、さらに構築された分子モデルと回折強度測定で得られた分子モデルが十分に一致するように分子モデルを修正する(分子モデルの精密化)。こうして、タンパク質の分子モデルが最終的に決定されて、構造解析の目的が達成される。
【0007】
上記のタンパク質の構造解析処理に関して Warkentin 等は非特許文献1において、特に試料調整工程P2に関して次のことを開示している。すなわち、タンパク質結晶の凍結は、その結晶を液体窒素の中へ突っ込み冷却(plunge cool)することにより達成できるはずである。しかしながら、液体窒素の液面表層には低温ガス層(cold gas layer)が形成されており、結晶を液体窒素の中へ突っ込む際には、結晶がその低温ガス層を横切って液体窒素へ入れられることから、次のような問題が発生する。
【0008】
結晶は本来、瞬間的に冷却(flash cooling)されて凍結され、内部の溶媒(例えば水)がガラス状(非晶質状)にされるべきであるが、上記の低温ガス層を横切るときにゆっくりと冷却されるため、溶媒が結晶化することがある。このような溶媒結晶が生成されると、この溶媒結晶から出る回折線が分析対象であるタンパク質結晶からの回折線と干渉し、タンパク質結晶についての正確な回折線強度が得られなくなり、正確なタンパク質の構造決定を行うことができなくなるおそれがある。
【0009】
溶媒結晶の生成を抑制するために、凍結処理に供されるタンパク質結晶に凍結防止剤、すなわち抗凍結剤(cryoprotectant)を添加すること、具体的には、抗凍結剤に結晶を浸すことが考えられる。例えば、抗凍結剤を25%含ませれば、102K(ケルビン)/秒以下の冷却速度で溶媒の結晶化を防止できる。抗凍結剤が6%であれば、104K/秒以下の冷却速度が必要である。抗凍結剤が0%であれば、106K/秒以下の冷却速度が必要である。しかしながら、抗凍結剤を使用すると、タンパク質結晶の内部に浸透圧が生じ、その結果、結晶の破損、分解、構造変化等が発生して、正確な分析ができなくなるおそれがある。
【0010】
Warkentin 等は非特許文献1において、液体窒素の表層の低温ガス層を除去することにより、タンパク質結晶を凍結させるための冷却速度を高速にすることができ、タンパク質結晶の瞬間冷却を実現でき、その結果、抗凍結剤の含有量を小さくできることを教示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】"Hyperquenching for protein cryocrystallography", Matthew Warkentin, Vitacheslav Berejnov, Naji S. Husseini and Robert E. Thorne, Journal of Applied Crystallography (2006).39, 805-811
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
液体窒素の表層の低温ガス層を除去するために、Warkentin 等は非特許文献1において、液体窒素の表層の近傍にノズルを配置し、そのノズルを通して窒素ガスを液体窒素の表層に吹き付けることにより、低温ガス層を吹き飛ばすことを提案している。
【0013】
しかしながら、この除去方法を実現するにあたっては、窒素ガスのガスタンクを含んだ大掛かりな設備を準備しなければならない。しかも、窒素ガスの消費量はかなり大きい。これらのため、広い設備空間及び大きな経費が必要となる。
【0014】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるという問題も生じる。
【0015】
本発明は、上記の問題点を解消するために成されたものであって、窒素ガスの吹き付けをしなくても、液体窒素の表層の低温ガス層を効率良く除去できる、タンパク質結晶の凍結方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係るタンパク質結晶の凍結方法は、タンパク質結晶を冷媒の中へ入れて凍結させるタンパク質結晶の凍結方法において、容器中に収容された前記冷媒の表層に存在する低温ガス層を形成するガスを、吸引によって当該表層から除去しながら、前記タンパク質結晶を前記冷媒の表層を通過させて当該冷媒の中へ入れることを特徴とする。
【0017】
タンパク質結晶は多量の溶媒(例えば水)を含んで結晶化するので、溶媒が蒸発等するとその蒸発等の際に結晶が壊れるおそれがある。タンパク質結晶を凍結すれば、溶媒を凍結してその動きを規制でき、タンパク質結晶が壊れることを回避できる。その際、凍結した溶媒、例えば氷が結晶状態をとっていると、X線回折測定を行ったときに、被検試料であるタンパク質結晶から出る回折線以外に、氷の結晶からの不要な回折線が出てしまい、タンパク質結晶からの回折線を正確に測定できないおそれがある。
【0018】
溶媒である水が凍結するときに、結晶状態の氷が生成されることなく、ガラス状(非晶質状)の氷が生成されれば、上記のような氷の結晶からの回折線が無くなり、タンパク質結晶からの回折線を正確に捕らえることができるようになる。このように氷の結晶が生成されないようにするためには、溶媒としての水を含んだタンパク質結晶を急速に冷却することが有効である。
【0019】
タンパク質結晶を凍結させるために用いられる冷媒(例えば液体窒素、液体プロパン等)は、通常、タンパク質結晶を十分に急速に冷却できる特性を有している。例えば、液体窒素の温度は81K(ケルビン、−192℃)であるので、この液体窒素にタンパク質結晶を入れれば、タンパク質結晶を急速冷却することができ、氷の結晶の生成を回避できるはずである。
【0020】
しかしながら、液体窒素等といった冷媒はその温度が非常に低温であるが故に、その液面表層に必然的に低温ガス層が形成される。従って、タンパク質結晶を液体窒素へ突っ込み投入するさいには、タンパク質結晶は必ずこの低温ガス層を通過する。この低温ガス層は緩やかな温度勾配をもって温度変化する層であるので、この低温ガス層を通過するタンパク質結晶は液体窒素で急冷される前に低温ガス層によって比較的ゆっくりと冷却されてしまう。このようなゆっくりとした冷却では、溶媒である水をガラス状に凍結させることは難しく、結晶化してしまう。この氷の結晶はX線回折測定の妨げとなる。
【0021】
本発明によれば、低温ガス層を吸引によって液体窒素等といった冷媒の表層から除去した上で、タンパク質結晶をその液体窒素へ挿入することにしたので、タンパク質結晶は意図通りに急速に冷却され、その結果、溶媒を結晶化させることなくガラス状に凍結できる。このため、タンパク質結晶についての回折線を正確に検出できる。
【0022】
しかも、本発明では、低温ガス層の除去のために窒素ガスの噴き付けを行うことが無いので、窒素ガス設備を準備する必要が無く、それ故、設備のためのコストが安く、窒素ガスを準備するためのコストも不要であり、非常に経済的である。
【0023】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるのであるが、本発明によれば、そのような霧の発生が無いので、作業が非常にやり易くなる。
【0024】
本発明方法においては、前記低温ガス層を形成するガスを前記容器の周縁の一部又は全域において吸引することが望ましい。ガスを吸引する場所は種々考えられるが、容器の周縁から吸引することが、低温ガス層を除去する上で効果的である。
【0025】
本発明方法において、前記冷媒は液体窒素であることが望ましい。冷媒は液体プロパン等とすることもできるが、安全性、経済性等の観点から液体窒素であることが望ましい。
【0026】
次に、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置は、タンパク質結晶を凍結させる冷媒を収容しタンパク質結晶を出し入れできる開口を有した容器と、前記開口の周縁領域の一部又は全部において当該開口上のガスを吸引して当該開口上から除去するガス除去手段とを有することを特徴とする。
【0027】
本発明装置によれば、冷媒の表面に形成された低温ガス層をガス除去手段によって除去した上で、タンパク質結晶をその冷媒中へ入れることができるので、タンパク質結晶内の溶媒(例えば水)を結晶化でなくガラス状に凍結させることができる程度に、タンパク質結晶を急速冷却できる。このため、タンパク質結晶のX線回折測定を正確に行なうことができる。
【0028】
しかも、窒素ガスの吹き付けによる低温ガス層の除去ではないので、非常に経済的である。さらに、窒素ガスの吹き付けによる霧の発生の心配も無いので、作業が非常に楽である。
【0029】
次に、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置において、前記ガス除去手段は、前記容器の開口の周縁領域の一部又は全部にガス吸引用の開口を有したガス搬送路と、該ガス搬送路内のガスを吸引する吸ガス器とを有することが望ましい。ガスを容器開口の周縁から吸い出すようにすれば、低温ガス層の除去を確実に行うことができる。
【0030】
この構成において、前記ガス搬送路は、前記容器の周壁を間隔をおいて覆う壁部材と、前記容器の開口の周縁領域を間隔をおいて覆う庇部とを有することができる。そして、前記庇部は前記壁部材に連続して形成することができる。この構成の場合、ガス搬送路は、壁部材と容器壁とによって形成された空間によって形成される。壁部材によってガス搬送路を形成すれば、特別なガス管が不要であり、装置全体の構造が簡単で取り扱い易い構造となる。
【0031】
本発明装置においては、前記壁部材が前記容器の全体を覆い、前記壁部材に囲まれた領域内であって前記容器の外側の部分に前記吸ガス器が設けられることが望ましい。そして、前記吸ガス器は、前記容器と反対側へガスを吸引するファンとすることが望ましい。この構成により、本発明のタンパク質結晶の凍結装置の全体的な構造を非常に簡単にすることができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明方法及び装置によれば、低温ガス層を吸引によって液体窒素等といった冷媒の表層から除去した上で、タンパク質結晶をその液体窒素へ挿入することができるので、タンパク質結晶は意図通りに急速に冷却され、その結果、溶媒を結晶化させることなくガラス状に凍結できる。このため、タンパク質結晶についての回折線を正確に検出できる。
【0033】
しかも、本発明では、低温ガス層の除去のために窒素ガスの噴き付けを行うことが無いので、窒素ガス設備を準備する必要が無く、それ故、設備のためのコストが安く、窒素ガスを準備するためのコストも不要であり、非常に経済的である。
【0034】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるのであるが、本発明によれば、そのような霧の発生が無いので、作業が非常にやり易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置の一実施形態を示す斜視図である。
【図2】図1の凍結装置の側面断面図である。
【図3】低温ガス層の温度特性を示すグラフである。
【図4】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置の他の実施形態を示す断面図である。
【図5】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図6】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図7】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図8】本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示す断面図である。
【図9】タンパク質のX線構造解析方法の一般的な工程図である。
【図10】結晶化処理の一例を示す模式図である。
【図11】結晶化されたタンパク質を模式的に示す図である。
【図12】X線回折測定系の一例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(タンパク質結晶の凍結方法及び凍結装置の第1実施形態)
本発明に係るタンパク質結晶の凍結方法及び凍結装置を説明する前に、まず、X線分析を用いたタンパク質の構造解析方法について図9に示された工程図に基づいて簡単に説明する。
【0037】
まず、工程P1でタンパク質の結晶化が行われる。結晶化する理由は、第1に、タンパク質が気体や溶液の状態であると分子が激しく動いて立体構造が確定しないからである。第2に、結晶化して分子を規則正しく配列させると高強度の回折線を得ることができるからである。
【0038】
結晶化の方法としては、静置バッチ法、自由界面拡散法、微量透析法、蒸気拡散法、等といった種々の方法があるが、例えば蒸気拡散法に従って結晶化を行うものとすれば、図10に示すように、容器1内に沈殿剤を含んだ緩衝液2を収容し、容器1の開口をガラスの蓋3で密封する。そして、沈殿剤を含んだタンパク質溶液4を蓋3に吊り下げる。
【0039】
タンパク質溶液4に含まれる沈殿剤の濃度は、緩衝液2に含まれる沈殿剤の濃度の1/2である。緩衝液2とタンパク質溶液4とが蒸気平衡に近づくにつれてタンパク質溶液4から溶媒である水が蒸発し、タンパク質溶液中の沈殿剤濃度が上昇し、タンパク質が結晶化する。得られた結晶は、図11に符号5で示すように、ループと呼ばれる捕集具6によって溶液と共に捕集される。
【0040】
捕集具6に捕集されたタンパク質結晶5は、工程P3で行われるX線回折測定に適した状態の試料となるように、工程P2において調整処理を受ける。本実施形態では、その調整のために、タンパク質結晶5を抗凍結剤を含んだ溶液に浸した後、そのタンパク質結晶5を凍結する。
【0041】
タンパク質結晶を凍結させるのは、水が蒸発することを防止したり、結晶に含まれる溶媒である水をガラス状態(非晶質状態)にすることにより、タンパク質結晶からの回折線の邪魔になる回折線を生じさせないようにするためである。また、タンパク質結晶5に抗凍結剤を加えるのは、結晶に含まれる又は結晶の周囲にある水が結晶状態に氷結することを防ぐためである。
結晶の凍結処理については後で詳しく説明する。
【0042】
凍結されたタンパク質結晶5は、図9のX線回折測定工程P3において、図12に示すように、X線源7及び2次元X線検出器8を含んだX線回折測定装置のX線光軸X0上に置かれる。X線源7は測定の種類に応じて白色X線又は特性X線を出射する。2次元X線検出器8は試料であるタンパク質結晶5から出た回折X線を検出するための検出器であり、平面形あるいは湾曲形のものが用いられる。例えば、2次元X線検出器8は蓄積性蛍光体によって形成された平板状のX線検出器であり、試料であるタンパク質結晶5から出た回折線を平面内で受光する検出器である場合で説明する。なお、X線回折測定装置はX線源7及びX線検出器8以外に、スリット、モノクロメータ等といった各種X線光学要素を含むものであるが、それらの図示は省略している。
【0043】
X線源7から放出されたX線が試料であるタンパク質結晶5に入射すると、結晶5の原子立体構造に応じてX線光軸X0に対して所定の回折角度位置に回折線が生じ、その回折線がX線検出器8によって受光される。図では符号Pで受光点を模式的に示している。X線受光点Pが形成されるとき、回折線の強度の大きさに応じてX線検出器8によるX線受光量が変化し、受光部分Pに蓄積される蓄像量が変化する。X線検出器8に蓄積された蓄像量は、引き続いて行われる次の工程でレーザ光等といった輝尽励起光を受けて読み取られる。読み取られた結果は、回折線強度I(hkl)として電気信号によって特定される。
【0044】
回折線強度I(hkl)が得られると、工程P4において、電子密度ρ(xyz)を求めるための計算を行う。具体的には、I(hkl)に基づいて結晶構造因子F(hkl)を計算によって求め、さらに求められた結晶構造因子F(hkl)をフーリエ合成して電子密度ρ(xyz)を求める。
【0045】
その後、求められた電子密度ρ(xyz)に対して、工程P5においてアミノ基を当てはめてタンパク質の分子モデルを組み上げて行く作業を行う(分子モデルの構築)。さらに、構築された分子モデルと回折線強度測定で得られた分子モデルとを比較しながら分子モデルを修正する(分子モデルの精密化)。以上により、目標とするタンパク質結晶の分子モデルが求められる。
【0046】
以下、工程P2において行われるタンパク質結晶の凍結工程を詳しく説明する。
この工程では、例えば図1に示す凍結装置11を使用する。この凍結装置11は内部が中空である円筒形状の壁部材12を有し、その壁部材12の内部に容器13及び吸ガス器としてのファン19が設けられている。
【0047】
容器13は、図2に示すように、上端に開口14を有する有底の容器である。容器13の内部に冷媒である液体窒素LNが収容されている。冷媒としては、液体プロパンを用いることもできる。ファン19は、軸15を中心として回転する複数の羽部材16を有している。羽根部材16が回転すると、ファン19と容器13との間にある空気又はガスがファン19の下方へ吸引される。吸引された空気又はガスは壁部材12の下部に設けた開口を通して外部へ排出される。また、容器13の底部は、下端が緩やかに湾曲する底部となっていても良い。
【0048】
壁部材12の上端は容器13の開口14よりも上方へ張り出しており、その上端部に庇部17が設けられている。庇部17は、容器13の上端縁を越えて水平方向へ延び、開口14の周縁領域まで延在している。つまり、開口14の周縁領域は庇部17によって覆われている。庇部17のうち開口14の周縁領域の上方に位置する部分は容器13の内部方向へ向かって下がる傾斜部となっている。本実施形態では、庇部17が開口14の周縁領域の全域に設けられているが、周縁領域の一部には庇部17が無い部分があっても良い。
【0049】
本実施形態では、壁部材12と容器13との間の空間がガス搬送路を形成している。そして、その空間内に吸ガス器としてのファン19が設けられている。ファン19が作動すると、ガス搬送路内の空気が吸引されて外部へ排出される。ガス搬送路とファン19とによって、後述する低温ガス層を除去するためのガス除去手段が構成されている。
【0050】
容器13内に収容された液体窒素LNの温度は81K(ケルビン)(−192℃)である。ファン19が停止状態(通電OFF状態)のとき、低温度である液体窒素LNに起因して、液体窒素LNの表層に低温ガス層(cold gas layer)18が形成される。この低温ガス層18は図3に曲線L1で示すような温度特性を有している。具体的には、液体窒素LNの液面からの距離が大きくなるに従って徐々に温度が上がる特性を有している。曲線L1において、液体窒素LNの液面から距離D1の所の温度がTh=235Kとなっている。液体窒素LNの液面から距離D1の所までが低温ガス層18であると考えられる。
【0051】
図11のタンパク質結晶5を凍結させる際には、タンパク質結晶5が捕集具6ごと図2の低温ガス層18を通過して液体窒素LNの中へ挿入される。挿入されたタンパク質結晶5は低温度の液体窒素LNによって凍結状態とされる。しかしながら、タンパク質結晶5が低温ガス層18を通過する際には、液体窒素LNへ入って本格的に冷却される前に、タンパク質結晶5が低温ガス層18の作用によって冷却され始める。このときの冷却速度は比較的遅いものであり、例えば8×103K/S程度である。
【0052】
本実施形態ではタンパク質結晶5に抗凍結剤が添加されるので、タンパク質結晶5に含まれる水及びタンパク質結晶5の周囲の水がタンパク質結晶5の冷却の最中に氷の結晶となることはある程度抑えられる。しかしながら、抗凍結剤の添加が多量であると、浸透圧が高くなりすぎてタンパク質結晶5が破損するおそれがあるので、抗凍結剤の添加量はタンパク質結晶5の破損が生じない程度の少量に抑えられている。
【0053】
このように抗凍結剤が少量に抑えられている場合に、低温ガス層18の作用によってタンパク質結晶5に対する冷却速度が低く抑えられてしまうと、タンパク質結晶5に含まれる水及びタンパク質結晶5の周囲の水は、ガラス状態(非晶質状態)ではなく、結晶状態で氷結する。こうして氷の結晶が生成されると、図12において、タンパク質結晶5からの回折線Pに加えて氷の結晶からの回折線が発生してそれがX線検出器8に受光されてしまうので、タンパク質結晶5の回折線を正確に捉えることができなくなる。
【0054】
そこで、本実施形態では、タンパク質結晶5の凍結処理を行う際には、ファン19がON状態とされる。すると、壁部材12と容器13との間に形成されるガス搬送路内の空気が吸引され、その結果、当該ガス搬送路の先端開口部、すなわち容器13の開口14の周縁領域に向かい合っているガス搬送路の開口部から、低温ガス層18を形成しているガスが吸引されて開口14から除去される。
【0055】
こうして液体窒素LNの表層の低温ガス層18が除去されると、その表層部分の温度勾配は、図2の曲線L2で示すように、液面からの距離が小さい間に急速に高温領域へ立ち上がる状態となる。この状態において図11のタンパク質結晶5を捕集具6ごと容器13内の液体窒素LN内へ突っ込み投入すると、タンパク質結晶5は十分な冷却速度で急速に冷却されて凍結状態となる。このときの冷却速度は、例えば、8×104K/S程度の高い値である。
【0056】
このようにタンパク質結晶5が急速冷却されて凍結されると、タンパク質結晶5に含まれる水及びタンパク質結晶5の周囲の水は、ガラス状態(非晶質状態)で氷結する。従って、これにX線が照射されても高強度の回折ピークは生じない。このため、X線検出器8に捕らえられるのはタンパク質結晶5からの回折線だけとなり、正確なX線回折測定が行われる。
【0057】
非特許文献1(Warkentin等)は、液体窒素の液面近傍にノズルを配置して、このノズルから窒素ガスを放出して、液体窒素の表層の低温ガス層を吹き飛ばして除去する技術を開示している。しかしながら、この技術の場合には、窒素ガスのガスタンクを含んだ大掛かりな設備を準備しなければならない。しかも、窒素ガスの消費量はかなり大きい。これらのため、広い設備空間及び大きな経費が必要となる。
【0058】
さらに、窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなる。
【0059】
本実施形態では、窒素ガスの吹き付けによって低温ガス層を除去するのではなく、ガス吸引によって低温ガス層を除去することにしたので、大掛かりな窒素ガス噴射系を設置する必要がなくなり、窒素ガスを消費するという事態も発生せず、さらに、窒素ガスの噴射により液体窒素の液面に霧が発生してオペレータによる凍結処理作業をやり難くするということも無い。
【0060】
(タンパク質結晶の凍結装置の第2実施形態)
図4は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置の他の実施形態を示している。上記の第1実施形態では、図2に示したように、壁部材12を容器13よりも長い円筒形状に形成し、容器13の下方領域の壁部材12の内部領域内に吸ガス器であるファン19を設けた。
【0061】
本実施形態では、壁部材12の長さを容器13を覆う程度に短縮し、その壁部材12にガス管21を接続し、そのガス管21の途中に吸ガス器であるファン19を設けている。この実施形態では、壁部材12と容器13との間の空間と、ガス管21とによってガス搬送路が形成されている。液体窒素LNの液面表層の低温ガス層18を形成しているガスを、このガス搬送路を通して吸引して除去できる。
【0062】
(タンパク質結晶の凍結装置の第3実施形態)
図5は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。この実施形態では、壁部材12の長さを図4の実施形態よりもさらに短縮し、容器13の底部が壁部材12の下方へ突出している。壁部材12の底面は、容器13の壁面に気密に接触している。この状態でも、壁部材12と容器13との間の空間と、ガス管21とによってガス搬送路が形成されている。
【0063】
(タンパク質結晶の凍結装置の第4実施形態)
図6は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。図2、図4、図5で示した各実施形態では、円筒形状の壁部材12と容器13との間の空間と、ガス管21とによってガス搬送路を形成した。これに対し、本実施形態では、ガス管22によってガス搬送路を形成している。
【0064】
本実施形態では、液体窒素LNの液面表層の低温ガス層18を形成しているガスを、ガス管22を通してファン19によって吸引して液面表層から除去する。ガス管22のガス吸引用開口は、ガス管22の先端の開口23である。図では2本のガス管22が示されているが、ガス管22の数は、1本でも良いし、2本以上でも良い。
【0065】
(タンパク質結晶の凍結装置の第5実施形態)
図7は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。この実施形態が1本又は複数本のガス管24を用いてガス搬送路を形成していることは、図6に示した実施形態と同じである。
【0066】
この実施形態では、ガス管24の先端部分が液体窒素LNの中に挿入されており、ガス吸引用開口25は、ガス管24の先端よりも少し上方位置の側面に形成されている。もちろん、開口25の位置は、液体窒素LNの液面よりも上方の位置である。
【0067】
(タンパク質結晶の凍結装置の第6実施形態)
図8は、本発明に係るタンパク質結晶の凍結装置のさらに他の実施形態を示している。この実施形態は図2に示した実施形態に改変を加えたものである。図2の実施形態と同じ部材は同じ符号で示すことにしてその説明は省略することにする。
【0068】
本実施形態が図2に示した実施形態と異なる点は、壁部材12の上端開口の上にノズルではない広口の吐出管26を設け、この吐出管26を窒素ガス源27に接続したことである。窒素ガス源27から放出された窒素ガスは、低温ガス層18を吹き飛ばすことなく、液体窒素LNの表層を覆う。
【0069】
窒素ガスをノズルによって液体窒素の表層に吹き付ける場合には、空気中の水分が凍って水滴化して霧が発生し、その霧が液体窒素の表層を覆い、オペレータの視界が遮られ、オペレータがタンパク質結晶を液体窒素の中に入れる作業が非常にやり難くなるおそれがあった。これに対し、本実施形態では、水分を含んでいない窒素ガスによって液体窒素の表層を覆うことにしたので、表層に霧が発生することがない。
【符号の説明】
【0070】
1.容器、 2.緩衝液、 3.蓋、 4.タンパク質溶液、 5.結晶、 6.捕集具、 7.X線源、 8.2次元X線検出器、 11.凍結装置、 12.壁部材(ガス搬送路、ガス除去手段)、 13.容器(ガス搬送路、ガス除去手段)、 14.開口、 15.軸、 16.羽根部材、 17.庇部、 18.低温ガス層、 19.ファン(吸ガス器、ガス除去手段)、21,22,24.ガス管(ガス搬送路、ガス除去手段)、
23,25.ガス管の開口、 26.吐出管、 27.窒素ガス源、 D1.液面からの距離、 LN.液体窒素、 P.受光点、 X0.X線光軸、 L1,L2.液体窒素の液面上の温度特性曲線
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質結晶を冷媒の中へ入れて凍結させるタンパク質結晶の凍結方法において、
容器中に収容された前記冷媒の表層に存在する低温ガス層を形成するガスを、吸引によって当該表層から除去しながら、前記タンパク質結晶を前記冷媒の表層を通過させて当該冷媒の中へ入れる
ことを特徴とするタンパク質結晶の凍結方法。
【請求項2】
前記低温ガス層を形成するガスを前記容器の周縁の一部又は全域において吸引する
ことを特徴とする請求項1記載のタンパク質結晶の凍結方法。
【請求項3】
前記冷媒は液体窒素であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のタンパク質結晶の凍結方法。
【請求項4】
タンパク質結晶を凍結させる冷媒を収容しタンパク質結晶を出し入れできる開口を有した容器と、
前記開口の周縁領域の一部又は全部において当該開口上のガスを吸引して当該開口上から除去するガス除去手段と、
を有することを特徴とするタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項5】
前記ガス除去手段は、
前記容器の開口の周縁領域の一部又は全部にガス吸引用の開口を有したガス搬送路と、
該ガス搬送路内のガスを吸引する吸ガス器と、
を有することを特徴とする請求項4記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項6】
前記ガス搬送路は、
前記容器の周壁を間隔をおいて覆う壁部材と、前記容器の開口の周縁領域を間隔をおいて覆う庇部と、を有し、
前記庇部は前記壁部材に連続している
ことを特徴とする請求項5記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項7】
前記壁部材は前記容器の全体を覆い、
前記壁部材に囲まれた領域内であって前記容器の外側の部分に前記吸ガス器が設けられている
ことを特徴とする請求項6記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項8】
前記吸ガス器は前記容器と反対側へガスを吸引するファンであることを特徴とする請求項7記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項1】
タンパク質結晶を冷媒の中へ入れて凍結させるタンパク質結晶の凍結方法において、
容器中に収容された前記冷媒の表層に存在する低温ガス層を形成するガスを、吸引によって当該表層から除去しながら、前記タンパク質結晶を前記冷媒の表層を通過させて当該冷媒の中へ入れる
ことを特徴とするタンパク質結晶の凍結方法。
【請求項2】
前記低温ガス層を形成するガスを前記容器の周縁の一部又は全域において吸引する
ことを特徴とする請求項1記載のタンパク質結晶の凍結方法。
【請求項3】
前記冷媒は液体窒素であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のタンパク質結晶の凍結方法。
【請求項4】
タンパク質結晶を凍結させる冷媒を収容しタンパク質結晶を出し入れできる開口を有した容器と、
前記開口の周縁領域の一部又は全部において当該開口上のガスを吸引して当該開口上から除去するガス除去手段と、
を有することを特徴とするタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項5】
前記ガス除去手段は、
前記容器の開口の周縁領域の一部又は全部にガス吸引用の開口を有したガス搬送路と、
該ガス搬送路内のガスを吸引する吸ガス器と、
を有することを特徴とする請求項4記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項6】
前記ガス搬送路は、
前記容器の周壁を間隔をおいて覆う壁部材と、前記容器の開口の周縁領域を間隔をおいて覆う庇部と、を有し、
前記庇部は前記壁部材に連続している
ことを特徴とする請求項5記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項7】
前記壁部材は前記容器の全体を覆い、
前記壁部材に囲まれた領域内であって前記容器の外側の部分に前記吸ガス器が設けられている
ことを特徴とする請求項6記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【請求項8】
前記吸ガス器は前記容器と反対側へガスを吸引するファンであることを特徴とする請求項7記載のタンパク質結晶の凍結装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−190457(P2010−190457A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33526(P2009−33526)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名: 第21回国際結晶学連合会議 主催者名 : 日本結晶学会及び日本学術会議の共催 開催日 : 平成20(2008)年8月23日〜31日
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名: 第21回国際結晶学連合会議 主催者名 : 日本結晶学会及び日本学術会議の共催 開催日 : 平成20(2008)年8月23日〜31日
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】
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