説明

チェザーおよびねじ切り加工方法

【課題】ねじの仕上げ面品位を向上させるチェザーおよびねじ切り方法を提供する。
【解決手段】このチェザーは、少なくとも一組の荒刃R1,R2および仕上げ刃Fで構成される複数の凸台形状のねじ切れ刃4を有し、前記凸台形の上底となる先端稜に形成される正面切れ刃5と、前記上底の両端部から夫々底部に向かって延びる一対の側切れ刃6と、隣り合うねじ切れ刃4間の底部に形成される底切れ刃7とを有する。正面切れ刃5のうち少なくとも荒刃R1,R2の正面切れ刃5に沿って、正面切れ刃5の直交断面視で、すくい面2に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニング10を形成し、前記直線状ホーニング10の、該直線状ホーニング10と逃げ面5との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ねじ切り切削加工に用いられるチェザー、およびチェザーによるねじ切り加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ねじ切り加工に用いられるチェザーにおいて、切れ刃稜線部にホーニングを付設したものがある。例えば、特開2005−118925号公報に開示された被覆チェザーは、超硬合金からなる母材と、前記母材上に被覆されると共に、チタン化合物のみからなる被覆膜とを具え、前記母材には、刃先稜線部が設けられ、前記刃先稜線部において、逃げ面側の刃先処理量が掬い面側の刃先処理量よりも大きいことを特徴とするものである。さらに有利な手段として、逃げ面側の刃先処理量が0.03〜0.06mm、掬い面側の刃先処理量が0.02〜0.04mmであること、刃先稜線部は、滑らかな曲線形状であること、および掬い面と逃げ面とがなす角が60°以上90°以下であることなどが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−118925号公報
【0004】
特許文献1に記載の被覆チェザーは、掬い面側よりも逃げ面側の刃先処理量を大きくすることで、仕上げ面品位の向上を図ると共に切削抵抗の軽減を図っている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の被覆チェザーにおいて、その山形をなすねじ切り刃の先端側稜線部は、仕上げ面品位の向上および切削抵抗の軽減に寄与するものの、側端側稜線部は、先端側稜線部にくらべ切込み(取代)が比較的小さいため、先端側稜線部と同一の刃先処理を施すと切れ味の低下を招いてしまう。そのため、側端側稜線部と被削材との著しい擦り現象が生じるため、切れ刃摩耗の早期進展、仕上げ面のむしれ、およびビビリの発生によって、仕上げ面品位が悪化する。
【0006】
本発明は、上述した問題を解決するためになされたもので、ねじ切り加工において、仕上げ面品位を向上させるチェザーおよびねじ切り方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明のチェザーは、すくい面と逃げ面との交差稜線部に、前記すくい面側からみた正面視で略凸台形状のねじ切れ刃を形成し、前記ねじ切れ刃を少なくとも一組の荒刃および仕上げ刃で構成してなるチェザーであって、前記凸台形のねじ切れ刃は、前記凸台形の上底となる先端稜に形成される正面切れ刃と、前記上底の両端部から夫々底部に向かって延びる一対の側切れ刃と、隣り合うねじ切れ刃間の底部に形成される底切れ刃とを有し、前記正面切れ刃のうち少なくとも前記荒刃の正面切れ刃に沿って、前記正面切れ刃の直交断面視で、前記すくい面に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニングを形成し、前記直線状ホーニングの、該直線状ホーニングと前記逃げ面との交差部、および、前記交差部を除く部分の少なくとも一部がワークの外周面又は内周面に接触することを特徴とする。
【0008】
前記チェザーにおいて、前記逃げ面側からの投影において、前記荒刃および仕上げ刃の前記正面切れ刃の長さが前記一対の側切れ刃の長さの総和よりも大きいことが望ましい。
【0009】
前記チェザーにおいて、前記荒刃の正面切れ刃のみに前記直線状ホーニングを形成することが望ましい。
【0010】
さらに、前記直線状ホーニングを形成した切れ刃に沿って、前記直線状ホーニングと、前記直線状ホーニングと前記すくい面および前記逃げ面との交差稜線部にそれぞれ滑らかにつながる丸ホーニングとからなる複合ホーニングを形成することが望ましい。
【0011】
さらに、前記残存する直線状ホーニングの前記すくい面に直交する方向の幅が前記丸ホーニングの曲率半径の1倍〜3倍の範囲であることが望ましい。
【0012】
本願発明のねじ切り加工方法は、すくい面と逃げ面との交差稜線部に、前記すくい面側からみた正面視で略凸台形状のねじ切れ刃を形成し、前記ねじ切れ刃を少なくとも一組の荒刃および仕上げ刃で構成してなるチェザーを用い、前記一組の荒刃および仕上げ刃をワークの外周面又は内周面に接触させることによりワークにねじを切削するねじ切り方法であって、前記凸台形のねじ切れ刃は、前記凸台形の上底となる先端稜に形成されかつ前記ワークの回転中心線に対して略平行に延びる正面切れ刃と、前記上底の両端部から夫々底部に向かって延びる一対の側切れ刃と、隣り合うねじ切れ刃間の底部に形成される底切れ刃とを有し、前記正面切れ刃のうち少なくとも前記荒刃の正面切れ刃に沿って、前記正面切れ刃の直交断面視で、前記すくい面に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニングを形成し、前記直線状ホーニングの、該直線状ホーニングと前記逃げ面との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部をワークの外周面又は内周面に接触させつつワークにねじを切削することを特徴とする。
【0013】
前記ねじ切り加工方法において、前記逃げ面側からの投影において、前記荒刃および仕上げ刃の前記正面切れ刃の長さが前記一対の側切れ刃の長さの総和よりも大きいことが望ましい。
【0014】
前記ねじ切り加工方法において、前記ワークが薄肉円環状をなすパイプ材であり、該パイプ材の外周面又は内周面にねじを切削することが望ましい。
【発明の効果】
【0015】
本願発明のチェザーは、各ねじ切れ刃において、正面切れ刃のうち少なくとも荒刃の正面切れ刃に沿って、前記正面切れ刃の直交断面視で、すくい面に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニングを形成し、前記直線状ホーニングの、該直線状ホーニングと逃げ面との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触するようにしたことから、ワークの周面の法線方向に高い切削抵抗を作用させることができ、ワークを前記法線方向に押え付けることができる。これにより、ねじ切り加工中のワークおよびチェザーのびびり振動を強制的に抑制することができ、このびびり振動に起因する、ねじ切れ刃の急速な摩耗の進行やワークの加工面のむしれを改善することができる。
【0016】
本願発明のねじ切り加工方法は、各ねじ切れ刃において、正面切れ刃のうち少なくとも荒刃の正面切れ刃に沿って、前記正面切れ刃の直交断面視で、すくい面に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニングを形成し、前記直線状ホーニングの、該直線状ホーニングと逃げ面との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部をワークの外周面又は内周面に接触させることで、ワークの周面の法線方向に高い切削抵抗を作用させ、前記周面を法線方向に押え付けた状態にすることができる。これにより、ねじ切り加工中のワークやチェザーのびびり振動を強制的に抑制したねじ切り加工が可能となり、ねじ切れ刃の急速な摩耗の進行やワークの加工面にむしれを改善した加工方法を提供することができる。この加工方法を薄肉円環状の横断面を有するパイプ状のワークへ適用することによって、上述の改善効果が顕著となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明を適用した第1の実施形態に係るチェザーの正面図である。
【図2】図1に示すチェザーの底面図である。
【図3】本発明を適用した第1の実施形態に係るチェザーの要部斜視図である。
【図4】本発明を適用した第2の実施形態に係るチェザーの要部斜視図である。
【図5】本発明を適用した第3の実施形態に係るチェザーの要部斜視図である。
【図6】正面切れ刃の直交断面図(S1−S1線断面図)である。
【図7】正面切れ刃の直交断面図(S2−S2線断面図)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明を適用した第1の実施形態に係るチェザーは、チェザー本体1は、超硬合金、サーメットなどから形成され、図1に図示するように略長方形板状をなす。チェザー本体1の上面がすくい面2、下面が着座面、少なくとも1つの側面が逃げ面3となり、すくい面2と逃げ面3との交差稜線部がねじ切れ刃4となる。このねじ切れ刃4は、すくい面2側からみて所定間隔で並列配置した略凸台形状で構成され、一組の荒刃R1,R2および仕上げ刃Fで構成されている。荒刃R1,R2は該チェザー本体1の送り方向前方側に二つ配され、仕上げ刃Fは前記荒刃R1,R2の送り方向後方側に一つ配される。
【0019】
荒刃R1,R2および仕上げ刃Fには、すくい面2に対向する側からみて、凸台形の上底となる先端稜に正面切れ刃5が形成され、前記上底に隣接する両側の辺稜に略円弧状のコーナを介して一対の側切れ刃6が夫々形成され、隣り合う凸台形の間には略円弧状のコーナを介して底切れ刃7が形成される。図2に図示したようにねじ切れ刃の逃げ面3側からの投影において、荒刃R1,R2および仕上げ刃Fは、これら荒刃R1,R2および仕上げ刃Fの正面切れ刃5の切れ刃長さL1,L2およびL3が前記正面切れ刃5の両端部から夫々延びる一対の側切れ刃の切れ刃長さの総和Ls1+Ls2,Ls3+Ls4およびLs5+Ls6よりも長く、L1>Ls1+Ls2,L2>Ls3+Ls4,L3>Ls5+Ls6の関係が満足される。
【0020】
図3に図示したように、荒刃R1,R2および仕上げ刃Fの正面切れ刃5の稜線部には、該正面切れ刃5に沿ってホーニングが形成されている。図6に図示したように、このホーニングは、前記正面切れ刃5の直交断面視で、すくい面2および逃げ面3に交差する直線状ホーニング10である。さらに、この直線状ホーニング10は、すくい面2に対する傾斜角αが60°〜90°の範囲になるように形成されている。
【0021】
このチェザーは、回転中心線まわりに回転するワークに対して前記回転中心線に平行な方向の送りを与えられ、荒刃R1,R2、仕上げ刃Fがワークの外周面又は内周面に接することによりねじ切り加工を行う。前記送り方向前方側に配される二つの荒刃R1,R2が仕上げ刃Fに先行してねじの荒加工した後、前記荒刃R1,R2の前記送り方向後方側に配される一つの仕上げ刃Fが荒加工されたねじを所定のねじ形状に仕上げ加工する。
【0022】
該ねじ切り加工方法について以下に説明する。チェザーは、荒刃R1,R2および仕上げ刃Fの正面切れ刃5がワークの回転中心線に平行な方向に延在するとともに、荒刃R1,R2の正面切れ刃5に形成される直線状ホーニング10がワークの外周面又は内周面の法線に略直交するように、ワークに対して設置される。仕上げ刃Fより先行する荒刃R1,R2は、該荒刃R1,R2に形成される直線状ホーニング10の、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触しつつ、仕上げ刃Fに先行してねじの荒加工をする。仕上げ刃Fは、荒刃R1,R2で加工された不完全なねじにわずかに切込むことにより、所定のねじ形状に仕上げ加工をする。ここで、仕上げ刃Fの正面切れ刃5に形成される直線状ホーニング10は、ワークの外周面又は内周面の法線に略直交しており、仕上げ加工中、前記直線状ホーニング10の、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部をワークの外周面又は内周面に接触させつつ、ねじの仕上げ加工をする。ここで、前記直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部にあらわれる稜線が正面切れ刃5となる。そのため、直線状ホーニング10が形成された正面切れ刃5は、前記直線状ホーニング10の断面形状に対応して、すくい面2より下面の着座面側へ下がった位置にある。これに加えて、直線状ホーニング10のすくい面2に対する傾斜角度αが60°〜90°に設定されることから、前記直線状ホーニング10は、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、すなわち正面切れ刃5の稜線、および、前記稜線を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触することとなる。
【0023】
一般的なチェザーでは、側切れ刃6がワークと接触することによって、主としてワークの回転中心線方向に切削抵抗が作用するものの、ワークの外周面又は内周面の法線方向に作用する切削抵抗は僅少である。前記法線方向の切削抵抗が僅少である場合、ワークを前記法線方向に押え付ける力が不足し、ねじ切り加工中にワークは強制びびりや再生びびりといった振動を生じるため、当該ねじ切り加工に悪影響をおよぼすおそれがある。しかしながら、本チェザーにおいては、ワークの外周面又は内周面の法線方向に略直交する正面切れ刃5の稜線に沿って直線状ホーニング10を形成し、該直線状ホーニングの、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触するようにした。このことにより、前記外周面又は内周面の法線方向に高い切削抵抗を作用させることができる。よって、ワークを前記法線方向に安定的に押え付けることができ、ねじ切り加工中のワークおよびチェザーのびびり振動を効果的に抑えることができ、安定したねじ切り加工を可能にする。前記びびり振動を抑制することで、加工面のむしれ(面精度の劣化)、ワークに対するねじ切れ刃4の擦り現象による摩耗の早期進行が改善され、該チェザーの長寿命化、および加工ねじの高精度化がはかられる。
【0024】
ねじ切れ刃4の逃げ面3側からの投影において、荒刃R1,R2および仕上げ刃Fが、その正面切れ刃5の切れ刃長さL1,L2,L3が前記正面切れ刃の両端部から夫々延びる一対の側切れ刃6の切れ刃長さの総和Ls1+Ls2,Ls3+Ls4,Ls5+Ls6よりも長くなるように形成される場合には、ワークの外周面又は内周面の法線方向に作用する切削抵抗を効果的に増加させることができるため、上述のチェザーの長寿命化、および加工ねじの高精度化といった効果がきわめて高くなる。
【0025】
図4に例示した、本発明を適用した第2の実施形態に係るチェザーは、第1の実施形態と同様に荒刃R1,R2の正面切れ刃5に沿って形成した直線状ホーニング10に加え、図6に図示したように、この直線状ホーニング10とすくい面2および逃げ面3との交差稜線部に沿って、前記正面切れ刃5の直交断面視で、略円弧状の丸ホーニング11を形成したものである。すなわち、直線状ホーニング10と丸ホーニング11とから構成した複合ホーニングを形成したものである。丸ホーニング11の追加により直線状ホーニング10は、すくい面2に直交する方向の幅を減じるが、前記幅が丸ホーニング11の曲率半径の1倍〜3倍の大きさとなるように形成されることが望ましい。例えば丸ホーニング11の曲率半径Rは0.02mm〜0.5mmの範囲から選ばれ、これに対応して直線状ホーニング10のすくい面2に直交する方向の幅は、0.02mm〜1.5mmの範囲にするのが望ましい。
【0026】
この第2の実施形態に係るチェザーによれば、既述した第1の実施形態と同様に、荒刃R1,R2の正面切れ刃5に形成した直線状ホーニング10により、チェザーおよびワークのびびり振動、前記びびり振動による加工面のむしれ(面精度の劣化)、ワークに対する切れ刃の擦り現象による摩耗の早期進行が改善され、該チェザーの長寿命化、および加工ねじの高精度化がはかられる。さらに、これらの効果に加え、直線状ホーニング10とすくい面2および逃げ面3との交差部がワークとの接触で局所的に損傷することを防止する効果がある。
【0027】
なお、本実施形態に係るチェザーにおいては、荒刃R1,R2の正面切れ刃5に丸ホーニング11を追加するに際して、ダイヤモンド粉末とブラシによるブラシホーニング処理を採用してもよい。このブラシホーニング処理では、荒刃R1,R2の正面切れ刃5に加え、該荒刃R1,R2の側切れ刃6、および仕上げ刃Fの正面切れ刃5、側切れ刃6、ならびに各底切れ刃7にも前記ブラシを接触させることにより、荒刃R1,R2の正面切れ刃5を除く切れ刃に、すくい面2と逃げ面3との交差稜線部に、両者に滑らかにつながる丸ホーニング11を形成することが可能である。この丸ホーニング11は切れ刃強度を高める作用を有する。さらに、丸ホーニング11は、すくい面2側のホーニング量と逃げ面3側のホーニング量がほぼ等しくなるように形成されることから、この丸ホーニング11を形成した荒刃R1,R2および仕上げ刃Fの側切れ刃6、ならびに各底切れ刃7は、直線状ホーニング10を形成した荒刃R1,R2の正面切れ刃5にくらべ切れ味の低下が比較的小さい。このことにより、ねじ切り加工中の切削抵抗を増大させるたり、被削材との著しい擦り現象が生じたりすることがないため、切れ刃摩耗の早期進展、仕上げ面のむしれ、およびビビリの発生を防止することができ、仕上げ面品位の悪化を防止することができる。以上のことから、該チェザーの切れ刃寿命のさらなる向上がはかられるとともに、加工ねじの高精度化がはかられる。
【0028】
図5に例示した第3の実施形態に係るチェザーは、仕上げ刃Fの正面切れ刃5に直線状ホーニング10を形成しないものである。すなわち、直線状ホーニング10が荒刃R1,R2の正面切れ刃5のみに形成されるものである。前記正面切れ刃5に形成される直線状ホーニング10は、先の実施形態1と同一であるため、同一の構成については同じ符号で示し、その説明を省略する。このチェザーにおいては、荒刃R1,R2の正面切れ刃5を除く切れ刃には、ホーニングが一切形成されないか、もしくは、丸ホーニングのみが形成される。
【0029】
この第3の実施形態に係るチェザーは、仕上げ刃Fに先行してねじ切りする荒刃R1,R2の正面切れ刃5に形成される直線状ホーニング10は、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触することで、前記外周面又は内周面の法線方向に高い切削抵抗が発生する。このことにより、ワークは、その外周面又は内周面がその法線方向に押え付けられて、びびり振動を抑制される。荒刃R1,R2に続いてねじを最終形状に仕上げる仕上げ刃Fの正面切れ刃5には直線状ホーニングが形成されず、切れ味に優れるため、該仕上げ刃Fによって生じるワークの外周面又は内周面の法線方向の切削抵抗は荒刃R1,R2によって生じる切削抵抗にくらべ大幅に減少する。以上のことから、荒刃R1,R2によってワークのびびり振動が抑えられた状態で、切れ味の良好な仕上げ刃Fによる低抵抗なねじの仕上げ加工が行われることで、きわめて高精度なねじ切り加工が可能となる。
【0030】
第1の実施形態のように仕上げ刃Fに直線状ホーニング10を形成すると、その直線状ホーニング10の形状によっては、すくい面2側からみた仕上げ刃Fの輪郭形状が前記直線状ホーニング10形成前の輪郭形状に対して歪み、仕上げ刃Fの形状精度が劣化するおそれがある。このことに関して、本実施形態に係るチェザーは、図5に例示したように仕上げ刃Fの正面切れ刃5、側切れ刃6、および側切れ刃6に隣接する底切れ刃7にわたってホーニングが形成されていない。そのため、仕上げ刃Fの輪郭形状の精度劣化がなくなるため、加工ねじの精度がきわめて高くなる。
【0031】
本発明を適用したねじ切り加工方法によれば、仕上げ刃Fより先行してねじの荒加工をする荒刃R1,R2は、その正面切れ刃5がワークの回転中心線に略平行に延在し、前記正面切れ刃5に形成される直線状ホーニング10の、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部がワークの外周面又は内周面に接触しつつ、ねじの荒加工をする。このことにより、前記荒刃R1,R2は、前記外周面又は内周面に接して、前記周面の法線方向に作用する高い切削抵抗によってワークを前記法線方向に強制的に押え付ける。仕上げ刃Fは、荒刃R1,R2で荒加工された不完全なねじをわずかな取り代を除去することで所定のねじ形状に仕上げ加工をする。ここで、仕上げ刃Fの正面切れ刃5に形成される直線状ホーニング10は、ワークの外周面又は内周面の法線に略直交しており、仕上げ加工中、前記直線状ホーニング10の、該直線状ホーニング10と逃げ面3との交差部、および、前記交差部を除く部分のうち一部をワークの外周面又は内周面に接触させつつ、ねじの仕上げ加工をする。このことにより、ワークおよびチェザーのびびり振動を抑制したねじ切り加工が可能となり、ワークに高精度のねじを加工することができる。
【0032】
このねじ切り加工方法では、ねじ切れ刃4の逃げ面3側からの投影において、荒刃R1,R2および仕上げ刃Fが、その正面切れ刃5の切れ刃長さL1,L2,L3が前記正面切れ刃の両端部から夫々延びる一対の側切れ刃6の切れ刃長さの総和Ls1+Ls2,Ls3+Ls4,Ls5+Ls6よりも長くなるように形成される場合には、ワークの外周面又は内周面の法線方向に作用する切削抵抗を効果的に増加させることができるため、ワークおよびチェザーのびびり振動が効果的に抑制される。したがって、ワークに加工されるねじの精度をさらに高めることができる。
【0033】
仕上げ刃Fの正面切れ刃5の稜線に直線状ホーニングを形成しない場合にも、荒刃R1,R2がワークの外周面又は内周面に接してこれら周面の法線方向にワークを押え付けるので、ねじ切り加工中にワークおよびチェザーのびびり振動が抑えられる。このことにより、仕上げ刃Fは、ワークおよびチェザーのびびり振動が抑えられた状態でねじの仕上げ加工を行うことができる。しかも、仕上げ刃Fの稜線には直線状ホーニング10を形成していないので、仕上げ刃Fの切れ味が良好となり低抵抗なねじの仕上げ加工が可能となるため、きわめて高精度なねじ切り加工が可能となる。
【0034】
本ねじ切り加工方法を薄肉円環状断面を有するパイプ状のワーク等の低剛性なワークへのねじ切り加工、又は保持剛性が低いワークへのねじ切り加工に適用した場合には、ワークおよびチェザーのびびり振動を抑制する作用がきわめて強くなるため、チェザーの長寿命化、および加工ねじの高精度化に非常に有効である。
【符号の説明】
【0035】
1 チェザー本体
2 すくい面
3 逃げ面
4 ねじ切れ刃
5 正面切れ刃
6 側切れ刃
7 底切れ刃
R1,R2 荒刃
F 仕上げ刃
10 直線状ホーニング
11 丸ホーニング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
すくい面と逃げ面との交差稜線部に、前記すくい面側からみた正面視で略凸台形状のねじ切れ刃を形成し、前記ねじ切れ刃を少なくとも一組の荒刃および仕上げ刃で構成してなるチェザーであって、
前記凸台形のねじ切れ刃は、前記凸台形の上底となる先端稜に形成される正面切れ刃と、前記上底の両端部から夫々底部に向かって延びる一対の側切れ刃と、隣り合うねじ切れ刃間の底部に形成される底切れ刃とを有し、前記正面切れ刃のうち少なくとも前記荒刃の正面切れ刃に沿って、前記正面切れ刃の直交断面視で、前記すくい面に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニングを形成し、前記直線状ホーニングの、該直線状ホーニングと前記逃げ面との交差部、および、前記交差部を除く部分の少なくとも一部がワークの外周面又は内周面に接触することを特徴とするチェザー。
【請求項2】
前記逃げ面側からの投影において、前記荒刃および仕上げ刃の前記正面切れ刃の長さが前記一対の側切れ刃の長さの総和よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載のチェザー。
【請求項3】
前記荒刃の正面切れ刃のみに前記直線状ホーニングを形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載のチェザー。
【請求項4】
前記直線状ホーニングを形成した切れ刃に沿って、前記直線状ホーニングと、前記直線状ホーニングと前記すくい面および前記逃げ面との交差稜線部にそれぞれ滑らかにつながる丸ホーニングとからなる複合ホーニングを形成したことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のチェザー。
【請求項5】
前記残存する直線状ホーニングの前記すくい面に直交する方向の幅が前記丸ホーニングの曲率半径の1倍〜3倍の範囲であることを特徴とする請求項4に記載のチェザー。
【請求項6】
すくい面と逃げ面との交差稜線部に、前記すくい面側からみた正面視で略凸台形状のねじ切れ刃を形成し、前記ねじ切れ刃を少なくとも一組の荒刃および仕上げ刃で構成してなるチェザーを用い、前記一組の荒刃および仕上げ刃をワークの外周面又は内周面に接触させることによりワークにねじを切削するねじ切り方法であって、
前記凸台形のねじ切れ刃は、前記凸台形の上底となる先端稜に形成されかつ前記ワークの回転中心線に対して略平行に延びる正面切れ刃と、前記上底の両端部から夫々底部に向かって延びる一対の側切れ刃と、隣り合うねじ切れ刃間の底部に形成される底切れ刃とを有し、前記正面切れ刃のうち少なくとも前記荒刃の正面切れ刃に沿って、前記正面切れ刃の直交断面視で、前記すくい面に対して60°〜90°の角度で交差する直線状ホーニングを形成し、前記直線状ホーニングの、該直線状ホーニングと前記逃げ面との交差部、および、前記交差部を除く部分の少なくとも一部をワークの外周面又は内周面に接触させつつワークにねじを切削することを特徴とするねじ切り加工方法。
【請求項7】
前記逃げ面側からの投影において、前記荒刃および仕上げ刃の前記正面切れ刃の長さが前記一対の側切れ刃の長さの総和よりも大きいことを特徴とする請求項6に記載のねじ切り加工方法。
【請求項8】
前記ワークが薄肉円環状をなすパイプ材であり、該パイプ材の外周面又は内周面にねじを切削することを特徴とする請求項6又は7に記載のねじ切り加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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