説明

チタンまたはチタン合金の表面処理方法

【課題】 溶射等で問題となる基材とアパタイト間の密着力を考慮する必要がなく、材料表面へのアパタイトの析出に要する時間が短く生体内での早期の骨結合が期待できるチタンまたはチタン合金の表面処理方法を提供すること。
【解決手段】 チタンまたはチタン合金に対する生体親和性を高めるための表面処理方法において、5〜100 m mol/Lの塩化カルシウム及び/または酢酸カルシウム溶液中に120℃〜250℃の温度で1〜48時間浸漬することを特徴とするチタンまたはチタン合金の表面処理方法とし、チタン合金がパラジウムまたはプラチナを含有するチタン合金であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内に埋入されるインプラント用のチタンまたはチタン合金の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科用インプラントの分野では、主としてチタンまたはチタン合金が素材として利用されてきた。これはチタンまたはチタン合金では、その表面がTiO2を主体とする酸化膜で被覆されており、この被膜が体液中での腐食に対する不動態膜となってチタンまたはチタン合金の腐食を抑制すること、及びこの被膜が骨に対して高い親和性をもつことがその理由である。
【0003】
特に歯科用インプラントにおいては、インプラントを一旦顎骨に埋入してインプラントと骨との十分な結合を待ってからインプラント体上部に補綴物を装着する必要があり、このインプラントの埋入から上部補綴物の装着までの時間はインプラントと骨との結合が得られる期間に依存する。骨結合に要する期間は短い場合でも3ヶ月あまりの長期間を要し、このことが骨との初期固定の失敗やチタンまたはチタン合金製の歯科用インプラントの普及を妨げる一つの要因となっている。
【0004】
骨結合の期間を短縮する一つの方法として、チタンまたはチタン合金の表面に骨の主な無機成分であるハイドロキシアパタイト(以下アパタイトと略)を被覆する各種溶射やスパッタリング等の方法が提案されてきた(例えば、特許文献1参照。)。これらの方法による歯科用インプラントでは早期に骨との結合を実現でき、結果として治療期間の短縮をはかることができる。しかし、金属であるチタンまたはチタン合金の表面にセラミックであるアパタイト層を被覆するため、両者間の密着力の低下が経時的に認められ5年以上の長期にわたる予後の問題が指摘されている。
【0005】
一方、骨結合の期間を短縮するための別な方法としては、アルカリや過酸化水素水中へチタンまたはチタン合金を浸漬する方法が知られている(例えば、特許文献2参照。)。これらの処理を行ったインプラントを使用すると、カルシウムやリンイオンの存在下で材料表面に骨に類似のアパタイトが形成されるため早期の骨結合を期待できるばかりでなく、溶射等で問題となる基材とアパタイト間の密着力を考慮する必要がない利点もある。しかし、アパタイトの析出にはかなりの時間が必要であった。
【0006】
また、チタンまたはチタン合金をカルシウムイオンを含む溶液に室温から沸点までの任意の温度で浸漬する方法も提案されている。この方法で処理された材料はカルシウムやリンイオンを含む疑似体液中に保存された場合、表面にアパタイトの析出を確認することができ(例えば、特許文献3参照。)、大掛かりな処理装置を使用しない利点がある。しかし、このときの処理表面へのアパタイトの析出効果も低いので実際の材料では治療時間がかかる問題があった。
【0007】
【特許文献1】特開平8-182755号公報
【特許文献2】特開平8-299429号公報
【特許文献3】特開平9- 94260号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明は、溶射等で問題となる基材とアパタイト間の密着力を考慮する必要がなく、材料表面へのアパタイトの析出に要する時間が短く生体内での早期の骨結合が期待できるチタンまたはチタン合金の表面処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前述の課題を解決すべく鋭意検討した結果、チタンまたはチタン合金の表面に骨の主な無機成分であるアパタイトを被覆する各種溶射やスパッタリング等の方法と比較して基材とアパタイト間の密着力を考慮する必要がないカルシウムイオンを含む溶液中へ浸漬する表面処理方法に関し、特定濃度の塩化カルシウム及び/または酢酸カルシウム溶液中に特定の温度条件下でチタンまたはチタン合金材料を浸漬する処理を行うと、処理後の材料に短期間での骨結合が期待できる効果が得られることを見出して本発明を完成した。
【0010】
即ち本発明は、チタンまたはチタン合金に対する生体親和性を高めるための表面処理方法において、5〜100 m mol/Lの塩化カルシウム及び/または酢酸カルシウム溶液中に120℃〜250℃の温度で1〜48時間浸漬することを特徴とするチタンまたはチタン合金の表面処理方法であり、チタン合金がパラジウムまたはプラチナを含有するチタン合金であることが好ましいチタン合金の表面処理方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るチタンまたはチタン合金の表面処理方法は、従来の溶射等で問題となる基材とアパタイト間の密着力を考慮する必要がなく、更に処理後の材料表面へのアパタイトの析出に要する時間が短いので早期の骨結合を期待できるチタンまたはチタン合金の表面処理方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係るチタンまたはチタン合金の表面処理方法においては、溶液として塩化カルシウム及び/または酢酸カルシウム水溶液を用い、チタンまたはチタン合金のインプラントを溶液中に120℃〜250℃の温度で1〜48時間浸漬する。本発明においてはこの処理温度が重要であり圧力は所望の温度での平衡圧力となる。従来のような室温からその常圧での沸点までの温度下での表面処理と比較して短時間に処理が行える。また、同じ処理時間であれば確実な表面処理を効率よく行うことができる。
【0013】
120℃未満の処理温度では処理時間がかかってしまうか、または120℃以上での処理と比較して得られる酸化膜が薄く表面処理の効果が低い。一方、250℃を超えた処理温度は効果的ではあるが処理自体に危険を伴う問題がある。1時間未満の浸漬では本発明における処理温度であってもアパタイト析出の効果は未処理と比較して有意な効果が得られない。一方、48時間を超えた浸漬は擬似体液中の浸漬時に得られるアパタイト層が厚くなりすぎて埋入後の剥離の危険性がある。
【0014】
本発明にかかるチタンまたはチタン合金の表面処理方法において、塩化カルシウム及び/または酢酸カルシウム溶液の濃度は5〜100 m mol/Lであることが必要であり、5m mol/L未満では効率のよい表面処理を行うことができず、100 m mol/Lを超えても処理効率は格段上昇しない。
【0015】
本発明に係るチタンまたはチタン合金の表面処理方法においては、表面処理を行うチタン合金がパラジウムまたはプラチナを含有するチタン合金であることが好ましい。これらのチタン合金は、フッ素イオンの存在下で低酸素分圧または低水素イオン濃度の条件で、純チタンや現在使用されているTi-6Al-4V合金と比較して高い耐食性を示し生体材料として有望な素材であるためである。
【実施例】
【0016】
以下に、本発明に係るチタンまたはチタン合金の表面処理方法の実施例と比較例を示す。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0017】
<実施例1>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン(JIS2種)の板を5 m mol/Lの塩化カルシウム水溶液中に120℃(約2気圧),48時間浸漬した。
【0018】
<実施例2>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン-プラチナ合金の板を10 m mol/Lの塩化カルシウム水溶液中に250℃(約6.5気圧),6時間浸漬した。
【0019】
<実施例3>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン(JIS2種)の板を90 m mol/Lの塩化カルシウム水溶液中に150℃(約4.7気圧),5時間浸漬した。
【0020】
<実施例4>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン-パラジウム合金の板を30 m mol/Lの酢酸カルシウム水溶液中に150℃(約4.7気圧),6時間浸漬した。
【0021】
<比較例1>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン(JIS2種)の板を8.8 mol/Lの過酸化水素+0.1 mol/Lの塩酸溶液中に60℃(約1気圧),24時間浸漬した。
【0022】
<比較例2>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン(JIS2種)の板を5 m mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液中に60℃(約1気圧),24時間浸漬した。
【0023】
<比較例3>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン(JIS2種)の板を10 m mol/Lの塩化カルシウム水溶液中に60℃(約1気圧),24時間浸漬した。
【0024】
<比較例4>
#1500の耐水ペーパーで最終研磨し洗浄したチタン(JIS2種)の板(未処理)。
【0025】
これら試料を37℃の擬似体液(Na+ 142 m mol/L,K+ 5.0 m mol/L,Mg2+ 1.5 m mol/L,Ca2+ 2.5 m mol/L,Cl- 147.8 m mol/L,HCO3- 4.2 m mol/L,HPO42- 1.0 m mol/L,SO42- 0.5 m mol/L,)中に7日間浸漬し、擬似体液中のカルシウムイオン濃度及びリンイオン濃度をICP発光分析により測定した。結果を表1に示す。
【0026】
実施例2に使用した試料表面を浸漬7日後にX線回析装置で分析した。その結果を図1に示す。また、比較例1及び比較例4の試料の浸漬7日後を分析しその結果を図1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
「図1」

【0029】
本発明に係るチタンまたはチタン合金の表面処理方法による表面処理を施した実施例1〜4の試料では、表1から明らかなように、擬似体液中でのCa、ならびにPの濃度が時間と共に急速に減少し結果としてCa及びPが試料表面に取り込まれていることが分かる。更に図1に示すように、取り込まれたCa及びPは試料表面でアパタイトを形成していることが分かる。しかし未処理の比較例4では、擬似体液中のCa及びP濃度はほぼ一定であり試料表面への取り込みも僅かに認められた程度であった。一方、比較例1〜3の処理では擬似体液に浸漬した後に擬似体液中のCa及びPの濃度が減少はするが、その減少速度は実施例1〜4に比較して遅く、また試料表面でのアパタイトの形成は僅かであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンまたはチタン合金に対する生体親和性を高めるための表面処理方法において、5〜100 m mol/Lの塩化カルシウム及び/または酢酸カルシウム溶液中に120℃〜250℃の温度で1〜48時間浸漬することを特徴とするチタンまたはチタン合金の表面処理方法。
【請求項2】
チタン合金がパラジウムまたはプラチナを含有するチタン合金である請求項1に記載のチタン合金の表面処理方法。

【公開番号】特開2006−102212(P2006−102212A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−293612(P2004−293612)
【出願日】平成16年10月6日(2004.10.6)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【Fターム(参考)】